IS×PM   作:本棚の一冊

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10話 休みなんてないのだ

世間はゴールデンウィークと呼ばれる長期連休の真っ只中だというのに、俺のいる場所には爽やかな初夏の風も、行楽地へ向かう人々の喧騒も届かない。

ここにあるのは、血と汗と硝煙の匂い、そして鼓膜を劈くような耳障りなアラート音だけだ。

 

L社での泊まり込みという、文字通りの「地獄のような訓練」が始まっていた。

連休初日から、俺は収容されている幻想体への各種作業に追われ、新人がパニックを起こして脱走させてしまった危険な幻想体の鎮圧作業に駆り出された。息をつく暇もなく、右から左へと施設内を駆け回り、文字通り血反吐を吐くような労働環境を強いられている。

 

だが、そんな通常業務すら、この後に控える「特訓」に比べれば準備運動に過ぎなかった。

 

「ふふっ……遅いよ。俺の鎌は、もうそこまで来ているのに」

 

アルガリアが、涼やかな笑みを浮かべながら巨大な大鎌を振るう。

「ヒュンッ」という、空気を切り裂くというよりは空間そのものを削り取るような異音が響く。俺はE.G.Oを全開にして床を蹴り、無様に転がりながらその一撃を回避した。俺が先ほどまでいた場所の床材が、まるで豆腐のように滑らかに切断され、音もなく崩れ落ちる。

 

「くそっ……!」

「そんなんじゃ、俺を楽しませることなんてできないよ。ほら、もっと足掻いてみせて。どうやって逃げるのかな?」

 

アルガリアの放つプレッシャーは尋常ではない。彼の一人称である「俺」という言葉が発せられるたび、空気が凍りつくような錯覚を覚える。これは訓練という名目だが、捕食者と獲物という生ぬるい関係をとうに通り越し、純粋な殺戮の遊戯に近い。

俺は『宇宙の欠片』のE.G.Oを纏い、不条理な恐怖に精神を削られながらも、1秒でも多く時間を稼ぐためにひたすらにアリーナを逃げ回り、槍で牽制し、また逃げた。肺が焼け焦げるように熱く、筋肉は悲鳴を上げている。だが、ここで足を止めれば本当に斬り捨てられる。彼の目に一切の慈悲はないのだから。

 

鎌の先端があなたの首筋を伝った瞬間

「――そこまで! 訓練終了よ!」

 

教育チーム長のミシェルの声がスピーカーから響き渡った瞬間、俺は糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。大の字になって天井を仰ぎ、ぜえぜえと荒い息を繰り返す。

 

「お疲れ様! すごいわよ、今回の記録! 記録開始の時からなんと10秒も伸びたわ!」

バインダーを抱えたミシェルが、小走りで駆け寄ってきて俺を褒め称えた。

……10秒。たった10秒だ。世間一般の感覚なら誤差のような時間だが、あのアルガリアを相手にして生存時間を10秒延ばすことがどれほどの偉業か、このL社にいる者なら痛いほど理解できるはずだ。俺は声も出せず、ただ力なくサムズアップを返すことしかできなかった。

 

息を整える間もなく、俺の端末に通知が入った。

『技術部より通達。試作型ISが完成。直ちに実践投入および起動テストを行うため、技術部へ出頭せよ』

 

「……鬼か、この会社は」

俺は軋む身体を無理やり叩き起こし、ミシェルに一礼してから技術部へと重い足取りで向かった。

 

***

 

技術部のラボに足を踏み入れた瞬間、目の下に深いクマを作った技術部チーフが、血走った目で俺を睨みつけてきた。

 

「遅い! さっさと来い! 待ちに待ったお前の専用ISが遂に組み上がったんだ、とっとと装着しろ!」

 

急かされるままにラボの中央へ進むと、チーフは無骨なデザインの「腕時計」を俺に押し付けてきた。

「それがお前のISを起動するためのコア・デバイスだ。それを使うことで、ISの『稼働状態』と『待機状態』を瞬時に変更できる。いいから早く起動ボタンを押せ!」

 

言われるがまま、俺は腕時計の側面にあるボタンを強く押し込んだ。

直後、手首のデバイスから眩い光が放たれ、俺の身体を幾何学的な光のラインが包み込む。

『IS、スタンバイ。装甲展開プロセスへ移行』

無機質なシステム音声と共に、虚空から実体化した機械のパーツが次々と俺の身体に装着されていく。背部には流線型の高出力ブースター。胸部、肩部、背部を覆う堅牢な装甲。そして腿、脚の先端(フットパーツ)、二の腕の位置に、無駄を削ぎ落としたソリッドな意匠の装甲がカシャッ、カシャッと小気味よい音を立ててロックされていく。

重厚感のある見た目に反して、IS特有の絶対防御と慣性制御のおかげか、身体は羽のように軽かった。

 

「おぉ……これが、俺のIS……!」

感動に打ち震える俺に、チーフは無慈悲な指示を飛ばした。

「感傷に浸っている暇はない。そのまま、今すぐE.G.Oを装着しろ」

 

「え? ISを展開したままですか?」

「そうだ。このISはE.G.Oとの同時運用を前提としている。早くしろ!」

 

俺は言われた通り、精神を集中させてE.G.Oを展開した。

すると、驚くべき現象が起きた。俺の身体を包み込んだE.G.Oのスーツや装束の上から、ISの装甲がスライドし、干渉しないように見事に「上書き」される形で装着されたのだ。E.G.O装備の上に、ISの装甲がピタリと張り付いている。

 

「すごい……全く違和感がない。見事な調整ですね」

俺が感心して自分の身体を見下ろした、次の瞬間。

俺の顔から、さーっと血の気が引いていった。

 

「ま、待ってくださいチーフ。これ……」

 

ISの装甲は、あくまで胸部や肩、腿などの「一部」を覆うに留まっている。つまり、装甲と装甲の隙間からは、ベースとなっているE.G.Oの衣装が【丸見え】なのだ。

『宇宙の欠片』の黒いスーツ程度なら問題はない。だが、もし現状で最も殲滅力が高いがゆえに多用せざるを得ない【レティシア】のE.G.Oを纏った場合、どうなるか。

胸元には可愛らしいリボンと白のブラウス。腰から下はふんわりとした赤いフリフリのスカート。そして白いタイツに赤い靴。その上に、ゴツゴツとしたメカニカルな装甲が申し訳程度に乗っかっているだけになる。身体の大部分が、あの狂気の少女魔女の衣装のまま戦うハメになることが、完全に確定してしまったのだ。

 

「……嘘だろ……」

「ん? どうした。機能美に溢れた素晴らしいフォルムだろう?」

「チーフ、俺は切実に、一刻も早くもっと見た目の良いE.G.Oが提供されることを願います……!」

血の涙を流しながら訴える俺を無視し、チーフは武装の解説に移った。

 

「初期装備の武装を確認しろ。右手にあるのは『大鎌』だ」

俺は手元に実体化した武器を握った。それは、先ほどまで俺を散々痛めつけていたアルガリアの得物を彷彿とさせる、身の丈ほどの巨大な大鎌だった。あのトラウマがフラッシュバックして少し吐き気がするが、取り回しは悪くない。

 

「そして左手にあるのが、専用のライフルだ。ただし、そのライフルの弾は通常の実弾やビームじゃない。『クリフォト抑制弾』という、対幻想体を極めて強く意識した特殊な弾丸を装填している」

 

「クリフォト抑制弾? 初めて聞く名前ですね。どんな効果があるんですか?」

 

「簡単に言えば、幻想体に物理的にぶつけることで、奴らの特殊能力やステータスを強制的に引き下げる効果がある。平たく言えば、命中した幻想体の速度や反応を、一定時間大幅に低下させることができるんだ。これに加えて、お前が展開しているE.G.Oによる専用装備が、このISの基本武装となる」

 

速度を低下させる。それは、常軌を逸した機動力を持つ幻想体を相手にする上で、これ以上ないほどのアドバンテージだ。

「なるほど……それで、この機体の名前は何て言うんですか? 白式とか、甲龍みたいに、さぞカッコいい名前が……」

 

チーフは眼鏡を押し上げ、誇らしげに胸を張った。

「うむ。この機体の名は『鎮圧用兵装先鋒型』だ!」

 

「…………はい?」

「『鎮圧用兵装先鋒型』だ。どうだ、無駄のない完璧なネーミングだろう」

 

俺は遠い目をした。他の代表候補生たちの専用機の名前を思い浮かべる。白式、ブルー・ティアーズ、甲龍。どれも個性的で響きが良い。それに比べて俺の機体は、良い意味で言えばさっぱりしているが、悪い意味で言えばただの型番のような、あまりにも単純すぎる名前だった。少しだけ、いや、かなり他の連中を羨ましく思う。

 

「……用途はなんなんですか? 名前からして、あまり華々しい活躍は期待できそうにないですが」

俺がジト目で尋ねると、チーフは真剣な顔で頷いた。

「その通りだ。この機体のメインコンセプトは『幻想体の解析機能』と『圧倒的な生存性』を重視している。本隊の鎮圧部隊が到着するまで、いかなる強敵を相手にしても絶対に死なずに耐え抜くこと。そのコンセプトを体現したからこその『先鋒型』だ」

 

「それ、要するにただの『囮(おとり)』ですよね!?」

俺の的確すぎるツッコミに、チーフは一瞬目を逸らした。

 

「まぁ聞け。この機体には最大の切り札がある。それは『一部の幻想体の特殊能力の再現』を可能にしている点だ。例えば、お前が『道を失った乗客』のE.G.Oを装備したとしよう。本来なら感応値を大幅に上げて精神汚染の危険を犯さないと使えない『短距離次元移動』や『空間潜航能力』といった超常的なスキルが、このISのシステムを介することで、安全に標準仕様として使えるようになるんだ」

 

「空間転移が……標準で? それは規格外ですね……」

 

「あぁ。だが、その代償として装甲を極限まで削る必要があった。ISのエネルギーとE.G.Oのエネルギーを両立させるためにな。我々技術部としても、生存性を高めるために装甲の増加は何度も検討したんだが……それよりもE.G.Oとの親和性と能力拡張を優先する結論に至った」

俺は深く肩を落とした。つまり、あのレティシアの恥ずかしい格好が装甲で隠れる日は永遠に来ないということだ。

 

「……ちなみに、今持っている装備だとどうなるんですか?」

「『宇宙の欠片』の場合、本来なら周囲に無差別に撒き散らす『意味のわからない言葉(精神ダメージ)』に明確な指向性を持たせ、遠距離の敵へピンポイントで飛ばせるようになる。そして『レティシア』の場合……お前が生成する『プレゼント箱』を届ける範囲と、その爆発の火力が大幅に向上する仕様になっている」

 

想像以上の凶悪な強化に、俺は頬を引きつらせた。

「……実戦で、これが使われないことを切に祈りますよ」

 

俺の言葉に、チーフは深くため息をつきながら同意した。

「あぁ、私もだ。使われないのが一番だ。……実を言うとな」

チーフの目が、突然技術者特有の狂気を帯び始めた。

「本当は、まだ第二世代ISのフレームで実戦投入せざるを得ないのが悔しくてたまらんのだ! 技術者としては、せめて第三世代の機体をベースにしてもっともっと機能を詰め込みたかった! 最低でも月光石による精神防御機能は欲しかったのだが、E.G.Oとの同期システムの構築にリソースを食われすぎて、現行のハードでは第二世代が限界だったんだ! あと半年、いや三ヶ月あれば……ブツブツ……」

 

始まった。技術者の長話だ。俺は「技術者の性ってやつだな」と心の中でぼやきながら、適当に相槌を打って聞き流した。

 

ようやくチーフの長話が終わると、端末にミシェルから別の通知が届いていることに気がついた。

「えっと、なんだ……『貴方を3級職員から、特別3級職員に昇格させます』?」

 

「おぉ、昇格か。おめでとう。それに伴って給与も大幅に昇給するはずだぞ」

チーフの言葉に、俺は一瞬だけ天にも昇る気持ちになった。昇給! この地獄の底で、ようやく報われる日が来たのだ。

だが、通知の続きを読んで、その喜びは一瞬にして絶望へと変わった。

『※なお、特別階級への昇格に伴い、任務の危険度及び対象となる幻想体のクラスも引き上げられます』

 

「……台無しだ。給料が上がっても、命の危険が倍増したら意味がないだろうが……」

 

俺は頭を抱えながら、チーフに最後の質問を投げかけた。

「……チーフ。今の俺の階級とこのISがあれば、どのレベルのE.G.Oまで装備可能ですか?」

 

チーフは少し顎に手を当てて考え込んだ後、答えた。

「そうだな……お前の精神耐性と機体のスペックを考えれば、WAW(ワウ)クラスの一部なら装備できるだろう。だが、強力なE.G.Oを現場に回すかどうかは、あの抽出チームの機嫌次第だ。あまり期待はするな」

抽出チーム。L社の中でも一際異彩を放つ、あの気難しい連中の顔を思い浮かべ、俺はそっとため息をついた。

 

「よし、これで機体の説明と引き継ぎは終わりだ。ISは腕時計(コア)に収納しておけ。そして……」

チーフは少しだけ表情を和らげた。

「上層部からの通達だ。このゴールデンウィーク期間中、お前に『2日間』だけ休暇を与えるそうだ。特別3級職員への昇格祝いも兼ねてな」

 

「……えっ? 2日も、休みがもらえるんですか!?」

 

地獄のような連休が、突然のオアシスへと変わった瞬間だった。

俺はラボを出て、自室への廊下を歩きながら、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。

貴重な2日間の休み。IS学園の連中と遊びに行くか、それとも死んだように眠り続けるか。あるいは、このISを隠してこっそり外の空気を吸いに行くか。

 

想像を絶する死闘と、レティシアの羞恥プレイが待ち受ける未来を今は一旦忘れ、俺は「この貴重な休みをどう使おうか」ということだけを考えながら、久しぶりに軽い足取りで歩き続けたのだった。




着させてみたい幻想体の装備ってありますかね?
装備したライフルですがヴァジェトウーティスが装備したやつを大型化した感じです
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