IS×PM   作:本棚の一冊

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11話 平和な休日

ゴールデンウィーク。それは、日々の激務と非日常の狂気に削り取られた精神を癒すための、神から与えられたささやかな恩寵である。

L社での地獄のような泊まり込み訓練から解放された俺は、貴重な2日間の休暇の初日を安心して寝て過ごし最終日を、街の大型ショッピングモールで過ごしていた。初夏の暖かな日差しがガラス張りの天井から差し込み、行き交う人々の顔は一様に明るい。どこからか流れてくるポップなBGMが、平和な休日の空気を演出していた。

 

「あぁ、平和だ……。血の匂いも、鼓膜を破るアラートも、狂った幻想体もいない……」

 

心底からの安堵の息を吐きながら、俺は紙袋を片手にモール内を歩いていた。特別3級職員への昇格に伴い給与が上がったため、ボロボロになっていた私服を新調したのだ。

だが、そんな平和な休日の空気を切り裂くような、聞き覚えのある騒がしい声が前方から響いてきた。

 

「一夏! 抜け駆けはずるいぞ! 今日は私と一緒に剣道着を見に行く約束だろう!」

「何を言っていますの箒さん! 一夏さんはわたくしと、この後オープンカフェで優雅なティータイムを過ごす予定ですわ!」

「ちょっと二人とも勝手なこと言わないでよ! 一夏は私と中華街に食べ歩きに行くの! ねっ、一夏!」

 

声のする方へ目を向けると、そこには案の定、IS学園が誇るトラブルメーカーにしてブラックホール、織斑一夏の姿があった。

彼は、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音の三人にそれぞれ腕や服の裾を力いっぱい引っ張られ、文字通り「引きちぎられそう」になっていた。

 

「お、おいお前ら! 引っ張るな、服が破ける! そもそも俺はただ限定のプラモデルを買いに来ただけで、誰かとデートする約束なんて……ぎゃああっ!」

 

三方向からの凄まじい張力に悲鳴を上げる一夏。周囲の客たちは、呆れ顔でその修羅場を遠巻きに眺めている。

「……相変わらず、大変な奴だ」

俺は同情の念を抱きつつも、あの場に首を突っ込めば間違いなく二次災害に巻き込まれると判断した。ショッピングモールの太い柱の陰に身を隠し、気配を殺しながら、嵐が過ぎ去るのを待って静かにその場を離脱した。

 

喧騒から逃れた俺は、モール内の少し落ち着いた雰囲気のカフェへと避難していた。

アイスコーヒーと、軽めのランチプレートを注文し、窓際の席で一息つく。冷たいコーヒーが、歩き疲れた身体に心地よく染み渡る。

 

「ふぅ……」

「あらあら、ため息なんて吐いて。せっかくの休日なのに、幸せが逃げちゃうわよ?」

 

不意に、背後から甘く、からかうような声が降ってきた。

驚いて振り返ると、そこにはIS学園生徒会の面々――更識楯無会長と、その妹の更識簪。そして、不仏虚先輩と、不仏本音の姿があった。四人は示し合わせたかのように俺の席の周りを囲み、当然のように相席してくる。

 

「生徒会長……それに皆さん。どうしてここに?」

「ふふっ、お買い物よ。女の子の休日は忙しいの。それよりあなた君、この前の代表戦での大活躍、お疲れ様!」

 

楯無会長がパチンとウインクを飛ばす。その言葉を皮切りに、四人が次々と口を開いた。

 

「あの時の【レティシア】の装備、本当に可愛かったわよ。学園の掲示板でも、あなたのギャップ萌えについて熱い議論が交わされているくらいなんだから」

「……あ、あの……私も、その……すごく、似合ってた、と、思います……」

楯無会長が淡々と事実を突きつけ、簪が顔を赤らめながら小声で追撃してくる。

 

「あなた君~、学園を守ってくれてありがとねぇ~。私、あのプレゼント箱がドカンって爆発するところ、花火みたいで好きだったな~」

本音ものんびりとした口調で、えげつない攻撃を笑顔で称賛してきた。

 

「……勘弁してください。俺は今、その服のことで頭が痛いんですから」

俺は頭を抱え、彼女たちに「試作型IS」が配備された顛末を語った。

「専用機が来たのはいいんですが、装甲が極端に少ない仕様で……一番有用なレティシアのE.G.Oを展開すると、あのフリフリのスカートやブラウスが、装甲の隙間から丸見えのまま戦うハメになるんです」

 

俺の悲痛な告白を聞いた瞬間、四人は一瞬だけきょとんとし――次の瞬間、カフェに響き渡るような大爆笑を巻き起こした。

 

「あははははっ! なにそれ、最高傑作じゃない! 機械の装甲と魔法少女の融合!? L社の技術部、天才なんじゃないの!?」

「くくっ……ふふ、っ……あ、あの姿で、空を……飛ぶ、んですか……? ぷっ……!」

普段はクールな虚先輩までが腹を抱えて笑い、簪は笑いすぎて涙を拭っている。

「あなた君、次の実戦が楽しみだねぇ~」

散々笑い者にされたが、彼女たちの言葉の端々には、体を張って学園を守った俺への純粋な感謝と、日々の地獄のような特訓の成果を認めてくれる温かさがあった。からかわれつつも、俺の心は不思議と軽く、温かいもので満たされていた。

 

 

生徒会の面々と別れ、買い物を済ませて外に出ると、空はすでに茜色に染まり始めていた。

「そろそろ門限だな……帰るか」

 

両手に荷物を抱え、駅に向かって歩き出そうとした矢先。

「おい、そこのお前」

凛とした、しかしどこか威圧感のある声に呼び止められた。振り向くと、そこには私服姿の織斑千冬先生と、山田真耶先生の二人が立っていた。千冬先生はシックなパンツスーツ、山田先生はふんわりとしたカーディガンにスカートという出で立ちだ。

 

「織斑先生、山田先生。お二人も買い物ですか?」

俺が一礼して尋ねると、千冬先生は小さく頷いた。

「あぁ。少し野暮用があってな。……ちょうどいい所で会った。この前の代表戦での一件、L社の厄介事を片付けてくれた礼をまだしていなかったな。夕食を奢ってやる、ついてこい」

 

「えっ? いや、しかしもうすぐ学園の門限が……」

俺が戸惑っていると、山田先生がポンと胸を叩いてウインクをした。

「大丈夫ですよ! そこは『山田先生と織斑先生の、熱血! 放課後特別指導!』ということにしておきますから! これで門限はクリアです!」

「……山田、ネーミングセンスが絶望的だぞ」

呆れ顔の千冬先生に突っ込まれながらも、山田先生のその言葉は、生徒の身としては非常にありがたく、そして心強いものだった。

 

連れられてやってきたのは、落ち着いた雰囲気の高級そうなレストランだった。

案内されたテーブルに向かうと、そこには見知った、しかしここで会うとは思っていなかった二つの顔があった。

黒いスーツを着崩した細身の男と、白いコートを羽織った美しい女性。L社が誇る最強のフィクサー夫婦――ローランとアンジェリカだった。

 

「おや? 奇遇だな。千冬に、山田先生、それに現地協力員の坊主まで。三人でデートかい?」

ローランさんがニヤニヤと笑いながら手を上げると、山田先生は「デ、デートだなんてそんなっ!」と顔を真っ赤にして両手を振った。

 

千冬先生は動じることなく、二人の向かいの席に視線を向けた。

「……ローラン、アンジェリカ。久しぶりだな。お前たちも休暇か?」

俺が驚いて千冬先生を見ると、彼女は「こいつらとは昔、少しな」と短く答えた。どうやらL社とIS学園の繋がりの中で、何らかの面識があるらしい。

 

「ああ。坊主が報告を上げてくれただろう? あの『おもちゃの幻想体』を生み出していた大元の製造工場……あそこを、俺たちでちょいと始末してきた帰りでね。打ち上げも兼ねて食事をしてたのさ」

ローランの言葉に、俺は目を見開いた。

「工場を……お二人が?」

「ええ。少し骨が折れたけれど、無事に制圧できたわ。あなたも、学園での防衛お疲れ様」

アンジェリカさんが優しく微笑みかけてくれる。

「娘さんは?」とあなたが聞くと

「兄さんが構っているんだけどおじさんといわれてショックを受けていたわ」と笑っていた

「せっかくだ、お前たちも一緒にどうだ? テーブルを繋げよう」

ローランの提案に、千冬先生も「構わんぞ」と同意し、俺たち三人も彼らのテーブルを囲むことになった。

 

料理が運ばれてくるまでの間、俺はふと、不思議な感慨に耽っていた。

一夏と一緒に食事に行くと、いつもあのヒロインたちが乱入してきて、料理の味もわからないほどの修羅場と怒号が飛び交うのが常だった。しかし今、こうして大人たちと一緒に同意の上で一つの卓を囲み、穏やかに会話を楽しんでいる。これが本来の、正常な食事風景なのだ。

 

「どうした坊主、ひどく黄昏た顔をしてるが。何かあったのか?」

ローランがグラスを傾けながら聞いてきたので、俺は昼間にショッピングモールで見た一夏の惨状を語った。

 

「なるほどねぇ……そいつは大変だ。モテる男ってのも、命懸けなんだな。俺はアンジェリカ一筋だから、そういう苦労はよくわからんが」

ローランが肩をすくめると、隣で千冬先生が深く、本当に深くため息を吐いた。

「……愚弟の女心のわからなさには頭が痛くなる。あれは鈍感や唐変木だ。お前も、あいつの巻き添えを食らって苦労しているようだな。すまない」

千冬先生が珍しく俺を慰めるように言葉をかけてくれ、俺は「いえ、俺はただ逃げているだけなので」と苦笑するしかなかった。

 

やがて飲み物が運ばれてきた。大人たちはそれぞれワインやカクテルなどのアルコールを頼み、未成年の俺のグラスには、気分だけでもと琥珀色のジンジャーエールが注がれた。

「それじゃあ、平和な夜と、厄介な仕事の終わりに。乾杯」

ローランの音頭で、グラスが打ち鳴らされる。

 

いい飲み物と美味しい食事、屈託なくはせる会話に心が安らぐ、しれでも場が温まってくると、徐々に大人たちの様子が変わり始めた。

正確に言えば、ローランと千冬先生は全くペースが変わらないのだが、アンジェリカと山田先生の二人が、完全にアルコールに飲まれ始めていたのだ。

 

「だーかーらー! あのシスコン兄貴がさぁ! いっつもいっつも『アンジェリカ、今日の服も素敵だね』とか『アンジェリカ、ローランみたいなチンピラより俺と一緒に……』とか! もう、うっっっざいのよ!! 私にはローランがいるってのに、いつまで妹離れできないわけ!?」

アンジェリカはジョッキサイズのビール(いつの間にか変わっていた)をドンッとテーブルに叩きつけ、兄であるアルガリアの愚痴を豪快にぶちまけ始めた。普段の理知的で美しいフィクサーの面影はどこにもない。

 

それに呼応するように、山田先生も涙目でワイングラスを握りしめた。

「わ、わかりますぅーっ! 私もですよぉ! 担任してるクラスの生徒、みーんな問題児ばっかりで! 授業中は勝手に機体を動かすし、すぐに私闘を始めるし! 私、毎日の始末書と報告書で、もうお肌ボロボロなんですぅーっ!!」

「わかる! あんたも大変ねぇ! 上司や身内がポンコツだと苦労するわよね!」

「アンジェリカさぁーんっ!!」

 

L社最強のフィクサーの妻と、IS学園の気弱な副担任。全く接点のないはずの二人が、ストレスという名の共通言語で完全に意気投合し、肩を組んで泣き上戸と怒り上戸のハイブリッドと化していた。

 

「……アンジェリカ、そろそろ水飲んどけ。な?」

「山田、明日も朝練があるんだぞ。少し控えろ」

ローランと千冬先生が呆れ顔で宥めるが、二人の暴走は止まらない。俺はジンジャーエールをちびちびと啜りながら、「大人の世界って、色々と大変なんだな……」と、社会の縮図を見せつけられたような気分になっていた。

 

「……これ以上は危険だな」

「同感だ。お開きにしよう」

 

このままでは店に迷惑がかかると判断した千冬先生とローランがサクッと会計を済ませ、俺たちは店を出た。

「坊主、色々大変だろうが、学生生活もL社の仕事も、死なない程度に頑張れよ!」

「またお話ししましょうねぇ……ふふっ」

千冬先生に支えられながら千鳥足で歩く山田先生を心配しつつ、ローランとアンジェリカ(半分寝ている)は夜の街へと消えていった。

 

俺たちの帰路は、それはもう悲惨なものだった。

完全に酔いつぶれて足元がおぼつかない山田先生を、左側から俺が、右側から千冬先生が肩を貸して両脇から抱えるようにして、夜の道を歩くハメになったのだ。

 

「……すまんな。こいつ、酒癖が悪いんだ」

「いえ、慣れてますから。……それにしても、先生方も大変ですね」

 

夜風に当たりながら、俺はふと、昼間に生徒会室で話した「専用機」の悩みを千冬先生にこぼしてみた。

「実は、俺のIS……装甲が薄くて、E.G.Oを展開すると、あのフリフリのスカートのまま空を飛んで戦うことになりそうなんです」

 

それを聞いた千冬先生は、少し歩みを緩めた。

酒が入って少しだけ頬を染めている彼女は、俺の顔をじっと見つめ、そして夜空を見上げて、ぼそりと呟いた。

 

「……少し、羨ましいな」

 

「え?」

俺は自分の耳を疑った。

「あ、いや……なんでもない。あの時は機能的だと思っただけだ」

千冬先生は誤魔化すようにそっぽを向いたが、その耳まで赤くなっているのを見逃すほど俺は鈍感ではない。IS学園最強の鉄仮面教師が、まさか「魔女のフリフリの服」に憧れを抱いていたかもしれないとは。この事実を知っただけでも、今日という一日の価値はあったかもしれない。

 

やがて、俺たちの暮らすIS学園の教職員兼特別協力員用の宿舎エリアに到着した。

俺の部屋の前まで来ると、千冬先生は山田先生を俺の方へポンと押し付けた。

「あ、先生?」

「私はこれから、学園長への報告がある。……山田のことは頼んだぞ。ベッドにでも寝かせておいてやってくれ。すまんな」

 

千冬先生はそう言い残すと、足早に廊下の奥へと消えてしまった。

「ちょ、待っ……!」

俺の腕の中には、スースーと寝息を立てる山田先生の柔らかい身体が残された。アルコールの甘い匂いと、大人の女性特有の香水の匂いが混ざり合い、俺の理性を激しく揺さぶってくる。

 

「……とにかく、部屋に入れよう」

俺は心臓の鼓動を抑えながら、カードキーで自室の扉を開け、山田先生を抱えるようにして中に入った。

 

俺の部屋のベッドにそっと山田先生を下ろす。

「はぁ……重かった。先生、大丈夫ですか?」

 

俺が声をかけると、山田先生はうっすらと目を開け、俺の顔を見つめた。

「……〇、○○くん……?」

「はい。俺の部屋です。今日はここで休んで……」

 

俺が言い終わる前に、山田先生の瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。

「うぅっ……ひぐっ……私ぃ、本当に大変なんですよぉ……生徒は言うこと聞かないし、書類はいっぱいだし、彼氏もいないしぃ……っ!」

 

「あー……それは、大変ですね。お疲れ様です」

俺が苦笑しながら優しく背中をさすってやると、山田先生は「そうなんですぅっ!」と大声を上げ、そのまま俺の首に思い切り抱きついてきた。

 

「わっ!?」

バランスを崩した俺は、そのまま山田先生に巻き込まれる形でベッドに倒れ込んだ。

俺が仰向けになり、その上に山田先生が乗りかかるという、完全にアウトな体勢だ。柔らかい胸の感触と、熱い吐息が直接伝わってくる。

 

「せ、先生!? ちょっと、離して……」

「えへへぇ……○○君、あったかいですねぇ……」

 

山田先生は俺の胸に顔を埋め、幸せそうな、とろけるような笑顔を浮かべた。

「今日は……このまま、一緒に寝ましょー……すぅ……」

 

そして、そのままスッと目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めてしまったのだ。

「…………マジか」

 

暗い部屋の中、俺は天井を見つめた。

腕の中には、無防備すぎる大人の女性。少し腕を回せば、その柔らかな身体を堪能することは容易い。男としての本能が、囁きかけてこないわけではない。

 

だが……。

「……先生も、日々戦ってるんだもんな」

 

俺は小さくため息を吐くと、先生の背中に回しかけた手を止め、代わりにベッドの脇に落ちていた毛布を引っ張り上げ、山田先生の肩までしっかりと掛け直してやった。

 

「風邪、引きますよ」

 

日々の激務に追われる彼女のストレスを想えば、ここで手を出そうなどという気は起きなかった。

俺は山田先生の重みと温もりを胸に感じながら、目を閉じる。

激動のゴールデンウィーク最終日。色々なことがあったが、悪くない休日だった。

 

明日からまた、騒がしい日常が始まる。

その事実を胸の奥にしまい込みながら、俺は静かに眠りについたのだった。




若くて美人で真面目なんですが隙を見せてそれを見られて慌てる先生は好きですか?
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