結局、一睡もできないまま朝の光が防護室に差し込んできた。
俺は重い体を引きずるようにしてキッチンに向かう。L社の食堂のメニューといえば、早い者勝ちで当たりを引けば「揚げたてチキンセット。ウンポンの酒場風」等だが、外れを引くと「これ本当に食用か?」と疑いたくなるような、「ぷにゅにゅんオレンジ味」みたいな必要な栄養素だけを詰め込んだ炭酸ゼリーや、「俺、涙が出そうだよ…ジャーキー」のようにパサついた薄い肉が出てくるのが常だ。だからこそ、自分の好きな味付けと量で料理ができるこの時間は、俺にとって数少ない、人間らしさを取り戻せる幸福なひとときだった。
ジュー、と小気味よい音を立ててベーコンが焼ける。その上に卵を落とし、半熟のベーコンエッグを仕上げていくと、背後から控えめな足音が聞こえてきた。
「お、おはようございます……。準備、手伝いますね……」
やってきた山田先生の顔を見て、俺は思わず手が止まりそうになった。先生の目の下には、隠しきれない立派な隈ができている。……俺があんな「独り言」を言ったせいだ。
(……余計なこと言っちゃったかな。罪悪感がすごい……)
「あ、ありがとうございます、先生。……その、よく眠れました?」
「ふぇっ!? え、ええ、まあ、バッチリですぅ! 羊を……ええと、3万頭くらい数えましたから!」
明らかに動揺して目が泳いでいる。ここで「俺のせいでごめんなさい」なんて言えば、責任感の強い彼女のことだ。「私のせいであなたまで寝不足に!」と、自分を責めてさらにパニックになるのは目に見えている。俺はドキドキする心臓を無視して、努めて平静を装いながら朝食を皿に盛った。
その後、片付けを済ませて先生と一緒に登校するのが、最近の俺たちのルーティンだ。
生徒たちで溢れかえる前の、静かな校舎。早朝練習の掛け声が遠くに響く中、他愛もない世間話をして歩く。
「今日の授業、ISの機体制御の座学ですよね」
「はい、難しいところですけど、頑張って教えますね……!」
なんてことない会話。けれど、俺の脳裏には昨夜の自分の言葉がリフレインしていた。
(……本当に、あんなこと言うべきじゃなかったか?)
教室の席に座り、俺はぼんやりと窓の外を眺めていた。
こういう時、L社の最強夫婦であるローランさんやアンジェリカさんなら、どんなアドバイスをくれるだろう。
ローランさんなら: 「ま、人生なんてそんなもんだ。言っちまったもんは仕方ねぇ、ポップコーンでも食って次を考えようぜ」とか適当なことを言いそうだ。
アンジェリカさんなら: 黙って微笑みながら、「自分の気持ちに誠実になりなさい」と、一番難しい正論を突きつけてくる気がする。
結局、自分の尻は自分で拭くしかない。
「おーい、どうしたんだよ。お前がそんなに上の空なんて珍しいな」
隣から一夏が声をかけてきた。
「……いや、なんでもない。昨日の朝の騒動に比べれば、今日は静かで平和だと思ってな」
「確かに。昨日の噂合戦と、シャルルの転校はマジでビビったよな。今日は何もないといいけど……」
そんな一夏のフラグ建築に応えるかのように、教室のドアが勢いよく開いた。
現れたのは、織斑千冬先生。その後ろに、見慣れない制服を着た少女が立っていた。
銀髪のショートヘアに、左目を覆う黒い眼帯。
「ドイツからの転入生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
千冬先生が素っ気なく紹介する。ラウラと呼ばれた少女は、教室を見渡すその一瞥だけで、空気を凍りつかせるような鋭いプレッシャーを放っていた。
「そこに座れ」
「了解した、教官」
千冬先生が「教官はやせ、織斑先生だ」と少し不機嫌そうに訂正したが、ラウラは不承不承といった様子で「……織斑先生」と返した。過去に軍か何かで深い関わりがあったのだろうか。
だが、問題はその直後だった。
ラウラが席へ向かう途中、一夏の横を通る瞬間に足を止めた。
「……私は、お前を認めない」
「えっ? 俺?」
突然の宣戦布告に一夏が呆然とする。
ラウラはそのまま、殺気すら感じる手つきで一夏の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
俺は一瞬で席を立ち、ラウラの手首を横から掴んで一夏から引き剥がした。
「そこまでだ、転校生。ここは教室だぞ」
「……なんだ、貴様は。邪魔をするな」
射抜くような隻眼の視線が俺を捉える。
俺は落ち着いて、左手でポケットからL社の「特別3級職員」としての名刺(IS学園での身分証も兼ねたもの)を差し出した。
「これを見ろ。俺はここの生徒だ」
ラウラは差し出された名刺を一瞥し、忌々しそうに鼻を鳴らした。
「……ロボトミーコーポレーションか。あの会社の技術は、得体が知れなくて好かん。国家の介入を拒み、ブラックボックスを抱え込む傲慢な組織だ」
「はは、手厳しいな。まあ、秘匿事項が多いのは否定しないよ。撃退してきた連中からは相当恨まれてるみたいだしな」
ストレートに嫌いと言われるのは、下手に探られるよりずっとマシだ。
俺が淡々と答えると、ラウラはそれ以上俺に構うのは無駄だと判断したのか、無言で指定された席へと向かった。
一夏は助かったという顔をしていたが、俺の背筋には冷たい汗が流れていた。
シャルル、そしてラウラ。
昨夜の山田先生とのドキドキとはまた別の、不穏で厄介な「IS学園の日常」が加速していく予感がした。
その日の午前の座学が終わり、食堂へ向かう俺たちの背後には、未だ熱の冷めない上級生のお姉様方の熱視線が突き刺さっていた。
「一夏君、こっち向いてー!」「シャルル君、可愛いわねぇ……!」
「ひぇっ、なんか午前中より囲囲が激しくなってないか……?」
「急ごう、一夏、シャルル! ここで捕まったら午後の実習に間に合わなくなるぞ!」
俺たちは文字通り脱兎のごとく逃げ出し、食堂の隅の席を確保した。
「ふぅ……。さて、何を食べるかな」
一夏が「俺はこれにするか」と指差したのは、個数限定の寿司セット。それを見たシャルルが「日本の文化を学びたいんだ」と興味深そうに同じものを注文した。二人のメニューを見て、俺もなんだか魚が食べたくなり、アジフライ定食を選択する。L社の食堂の「夢見る流れ刺身」に比べれば、ここのアジフライは黄金色に輝く至宝だ。
「シャルル、箸の持ち方はこうだぞ」
「こうかな? ……あ、滑っちゃった」
隣の席で一夏が甲斐甲斐しくシャルルに箸の使い方を教えている。その光景を遠巻きに見ていた女子生徒たちが「美少年同士のああいうシーン、いいわよねぇ……」なんてうっとりしているが、俺からすれば「お姉様方、ツッコミどころが渋滞してますよ」と言いたくなる。
だが、シャルルは一夏の教え方が上手かったのか、あっという間にコツを掴んだ。
「できた! いただきます」
意気揚々と寿司を頬張ったシャルルだったが――次の瞬間、その動きが止まった。
「……っ!? ……ふ、ふぇっ……ぅ、うぅぅ……」
「お、おいシャルル!? 大丈夫か?」
みるみるうちに涙目になり、鼻を押さえるシャルル。犯人はわさびだ。
「もぅ……一夏君、これ、すごく辛いよ……っ」
「わりぃわりぃ! 言うの忘れてた。水飲め、水!」
一夏が慌てて謝り、なんとかその場は収まったが、この騒動で二人の距離は一気に縮まったようだ。一夏が「『一夏君』じゃなくて『一夏』でいいぞ」と言えば、シャルルも少し照れくさそうに「わかったよ、一夏」と返し、名前呼びに変わった。
俺はカリカリのアジフライを齧りながら、その光景を眺める。
「わさびはなぁ……。まあ、それも日本での良い経験だよ」
「……なんだよ、他人事だと思って。なんか含みのある笑いだな」
「いや、ただね。こうして午後の食堂で、野郎同士で平和に飯を食えるのが、どれだけありがたいことかと思ってさ」
俺の言葉に、一夏は深く、深く納得したように頷いた。
「……確かに。いつもなら、箒かセシリア、鈴にどこかしらへ連行されて、食事どころじゃなかったからな……」
「へぇ、一夏も大変だったんだね」
「大変なんてもんじゃないぞ、シャルル」
なんて冗談を飛ばしながら、俺たちは束の間の平和を噛み締めた。
しかし、その平和は午後のグラウンドで無惨にも打ち砕かれた。
男女別に分かれての訓練。その最中、突如としてドイツの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒがISを展開し、一夏に襲いかかったのだ。
「待て、ラウラ! 何を考えてる!」
俺は咄嗟に割って入り、一夏を庇う。もし一夏のIS展開がコンマ一秒遅れていたら、今頃彼は再起不能のダメージを負っていただろ。L社の安全基準なら即座に始末書案件だ。
「どけ、弱者の協力員。私は、そこの『出来損ない』に用がある」
「ふざけるな! 訓練中に本気で殺しにくる奴があるか!」
ラウラは俺の抗議を無視してなおも襲いかかろうとする。俺は一夏に「とにかく防衛に徹しろ!」と叫び、他の生徒を指導していた織斑千冬先生を呼び寄せた。
「――そこまでだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
千冬先生の鋼のような一喝で、ようやくラウラは動きを止めた。
「……チッ」
不承不承といった様子でISを解除するラウラ。俺は千冬先生に駆け寄る。
「織斑先生、放っておけば明日も同じことが起きます。何か対策を……!」
千冬先生は少し思案した後、鋭い目で全員を見渡した。
「……いいだろう。今日は特別メニューだ。専用機持ちの生徒同士で訓練を行う。その勝者が、明日の一夏に対するトレーニングメニューを決定する権利を得ることにする」
その言葉に、女子生徒たちの空気が変わった。
特にセシリアと鈴音の二人は、欲望が顔に隠しきれていない。
(「勝って一夏さんと二人きりの特訓を……!」「一夏を独占してやるわ!」)
なんて心の声がダダ漏れだ。専用機がない箒は、地獄の底から這い上がってきたような怨めしい目で二人を睨んでいる。
俺と一夏、そしてシャルルは顔を見合わせた。
「……これ、どう転んでも地獄だろ」
「ああ。総当たりをする時間はなさそうだし、どうする?」
結局、くじ引きと協議の結果、以下の2対2のチーム戦が決定した。
セシリア & 鈴音 ペア
一夏 & ラウラ ペア
俺 & シャルル ペア
見学する他の生徒たちが盛り上がる中、シャルルが不安そうに俺に尋ねてきた。
「ねぇ、どうして僕と組むのを選んでくれたの?」
俺は周囲に聞こえないよう、小声で俺の「勝算」を伝えた。
第1チーム(セシリア&鈴音):
一夏を巡って争っている以上、決定的な場面で必ず足を引っ張り合う。協力プレイなんて夢のまた夢だ。
第2チーム(一夏&ラウラ):
最悪の組み合わせだ。一夏には悪いが、ラウラの暴走を一夏が抑える形になり、まともなチームプレーは不可能。ある意味、ラウラの戦力を削ぐための封印だ。
俺たちの狙い:
もし他の2チームが優勝したら、明日の一夏への実習は「欲望のワンツーマン」か「殺意の特訓」になり、一夏が崩壊する。俺たちが勝って、ラウラの襲撃を公的に封じ、一夏の安全を確保するしかない。
「そういうことか……。一夏の身が持たないもんね。わかった、僕も全力を出すよ。君のサポート、喜んで協力するよ!」
シャルルの力強い言葉が、レティシアの衣装でボロボロになった俺の心に染み渡った。
「第一試合、セシリア・オルコット及び凰鈴音ペア、対、織斑一夏及びラウラ・ボーデヴィッヒペア。両陣営、前へ」
織斑千冬先生の凛とした声が、午後のグラウンドに響き渡る。
俺とシャルルは、万が一の流れ弾を防ぐためのエネルギー防壁が張られた安全な観覧エリアから、その様子を見守っていた。
「ねえ、本当に君の言った通りになるのかな? あの中には、学年でもトップクラスの実力を持つ代表候補生が3人もいるんだよ?」
シャルルが少し不安そうに、グラウンドの中央で向かい合う4機のISを見つめながら聞いてくる。
「なるさ。個人の武力がいかに高かろうと、あれは『組織』として完全に破綻している」
俺は、L社のいち職員としての経験――いや、ごく当たり前の一般的な組織論として断言した。部下が上司の背中を撃ち、同僚同士が手柄を奪い合い、明確な指揮系統が存在しないチームが、まともに機能するはずがない。目的意識がバラバラなのだ。今のグラウンドにいる4人は、まさにその最悪のケースを体現しようとしていた。
「戦闘開始!」
千冬先生の腕が振り下ろされ、開始の合図が響いた瞬間、俺の危惧は即座に現実のものとなった。
「死ね、出来損ないが!!」
ラウラ・ボーデヴィッヒの駆る漆黒の第3世代IS『シュヴァルツェア・レーゲン』が、凄まじい推進力で宙に浮き上がったかと思うと、あろうことか対面の敵であるセシリアたちには目もくれず、真横にいた味方である一夏の『白式』へとレールカノンの砲門を向けたのだ。
「なっ、お前、味方だろうが! なんで俺を狙うんだよ!」
一夏が驚愕の声を上げ、咄嗟に白式のスラスターを吹かして横っ飛びに回避する。一夏がいた地面が、レールカノンの直撃を受けて大きく爆ぜた。
「貴様と組むなど反吐が出る。まずは貴様をここでスクラップにして、私が教官の指導を受けるに相応しいと証明してやる!」
「ルール聞いてなかったのか!? チーム戦だって言ってるだろ!」
味方同士で殺し合いを始めるという前代未聞の光景。しかし、事態はそれだけでは収まらない。一夏が攻撃されたのを見た対戦相手の二人が、一瞬にして頭に血を上らせたからだ。
「ちょっと! 私の一夏さんに何をしているんですの!」
「あんた、味方撃ちとか卑怯よ! 一夏から離れなさい!」
セシリアの『ブルー・ティアーズ』と、鈴音の『甲龍』が、同時にラウラへと牙を剥いた。
セシリアの背部から展開された青いクリスタル状のビットが空に散開し、全方位からのレーザーの雨を降らせる。同時に、鈴音は甲龍の圧倒的な近接機動力を活かし、地を這うような低空飛行で一気にラウラの懐へと飛び込み、双星刃(そうせいじん)を振り被った。
二人とも、自分たちの「チームとしての連携」など完全に忘れ去り、ただ「一夏を攻撃したラウラを仕置する」という個人的な感情だけで動いている。
「……雑魚が。まとめて捻り潰してやる」
ラウラは冷笑を浮かべ、シュヴァルツェア・レーゲンの肩部装甲を展開した。
直後、彼女の機体を中心に、空間そのものが歪むような特殊な力場が発生する。第3世代ISの特権とも言える絶対防御兵装――AIC(慣性停止結界)だ。
「なっ……!?」
「嘘でしょ!?」
飛来する無数の青いレーザーも、鈴音が渾身の力で振り下ろした双星刃の斬撃も、ラウラに届く数メートル手前の空中で、まるでビデオの再生を一時停止したかのようにピタリと静止させられた。運動エネルギーそのものを強制的に停止させる悪魔のような兵装。
「隙だらけだ」
ラウラがワイヤーアンカーを射出する。それは空中で身動きが取れなくなっていた鈴音の機体に巻き付き、そのまま勢いよく後方へと放り投げた。
「きゃあっ!」
「鈴音! くそっ、やめろラウラ!」
吹き飛ばされる鈴音を見て、一夏が近接専用ブレード『雪片弐型』を構えてラウラへと斬りかかる。だが、そこにさらなる悲劇が入った。
「一夏さん、どいてください! その女を蜂の巣にしますわ!」
「一夏、あんたは下がってなさい! 私がぶっ飛ばす!」
セシリアの放った大口径のスナイパーライフルによる狙撃がラウラを狙うが、その射線上に、態勢を立て直して突撃しようとした鈴音が飛び込んでしまう。
「ちょっとイギリス女! 射線被ってんのよ! 危ないじゃない!」
「あなたの動きが猪みたいに単調すぎるんですのよ、中国娘! 邪魔しないでくださいな!」
「なんだとぉ!?」
味方同士であるはずのセシリアと鈴音が、空中で足を止めて口論を始め、挙句の果てには鈴音が放った龍砲の余波が、セシリアの展開していたビットのいくつかを吹き飛ばす始末。目標であるラウラを放置しての、見事な同士討ちだった。
「ひどい……ひどすぎるよ、あれ」
隣で見ていたシャルルが、信じられないものを見るような目で乾いた笑いを漏らす。
「ああ。それぞれが単独で動き、味方の射線を塞ぎ、感情だけで攻撃目標を変える。戦術の体をなしていない。あの戦場で唯一まともに立ち回ろうとしているのは一夏だけだが、味方と敵の両方から攻撃されていては、どうにもならないな」
俺は額を押さえた。L社の過酷な労働環境でも、ここまで酷いチームワークは稀だ。パニックになった職員ですら、もう少しマシな動きをするだろう。
泥沼の乱戦――いや、1対1対1対1の四つ巴の喧嘩の中、事態は唐突にクライマックスを迎えた。
「ええい、鬱陶しい羽虫どもめ! 貴様らまとめて消し飛べ!」
いつまでもまとわりつくセシリアたちと、ちょこまかと回避を続ける一夏に苛立ちを募らせたラウラが、機体の最大火力であるプラズマキャノンを構えた。
黒い砲口に、周囲の空気を焼き焦がすほどの莫大なエネルギーが収束していく。それが放たれれば、口論の最中で隙だらけになっているセシリアと鈴音は、シールドごと吹き飛ばされて大ダメージを負うだろう。
「させねえっ!」
その瞬間、最も戦場全体を見えていた一夏が動いた。
白式のスラスターを限界まで全開にし、セシリアと鈴音の前に立ち塞がるように、ラウラの真正面へと飛び込む。
「零落白夜!!」
一夏が叫ぶと同時、雪片弐型の刀身が眩い光を放った。敵のエネルギー攻撃を無効化し、自らのシールドエネルギーへと変換・吸収する白式の絶対的なワンオフ・アビリティ。
プラズマキャノンの極太の破壊光線が放たれた瞬間、一夏の輝く剣がそれを真っ向から受け止め、強引に切り裂いた。光と光が衝突し、凄まじい衝撃波がグラウンドを吹き荒れる。観覧エリアの防壁すら軋むほどの余波。
「ぐぅぅぅっ……!!」
「チィッ、忌々しい機能を……!」
数秒の拮抗の末、一夏の刃がプラズマの奔流を完全に相殺し、霧散させた。
しかし、その代償は一夏にとってあまりにも大きすぎた。ラウラの最大火力を真正面から受け止めたことで、白式のエネルギー変換効率が限界を超え、自らのシールドエネルギーを一気に食いつぶしてしまったのだ。
『ピーッ! シールド残量、ゼロ。システム、スタンバイモードへ移行します』
無情な電子音声とともに、白式の装甲が光の粒子となって消え去り、一夏は生身のまま空を落下し始めた。
「一夏ァ!」
「一夏さん! 今お助けしますわ!」
シールド・ダウンして落下していく一夏を見て、セシリアと鈴音が血相を変えて飛び出した。
二人とも、自分こそが一夏を受け止めようと最高速で急降下する。
「私が受け止めますわ!」
「私よ! あんたは引っ込んでなさい!」
空中で一夏を奪い合おうとした二人の機動軌道は、最悪の形で交差した。
「あっ」
「えっ」
ドゴォォォンッ!!
という鈍い衝突音とともに、セシリアのブルー・ティアーズと鈴音の甲龍が、空中で真っ向から正面衝突を果たしたのだ。激しい火花が散り、両者ともに完全にバランスを崩して、きりもみ状態のままグラウンドへと墜落していく。
遅れて落下してきた一夏は、墜落して土煙を上げる二人のISのクッション(装甲部分)の上に、運良くボスンと着地し、無傷で助かっていた。
『ピーッ! セシリア・オルコット機、凰鈴音機、共にシールド残量ゼロ。戦闘不能です』
アナウンスが虚しく響き渡る。
一方、最大火力を防がれた反動と、無理な出力によるエネルギー切れを起こしたラウラのシュヴァルツェア・レーゲンもまた、プシューと排熱音を鳴らしながらその場に膝をつき、完全に機能停止していた。
砂埃が晴れたグラウンドの中央。
そこには、完全にダウンした3機のISと、気絶しているセシリアと鈴音、そしてその上に乗っかった状態で頭を抱えている一夏だけが残されていた。
「…………。全機、シールド・ダウン。戦闘不能につき、第一試合……勝負なし!」
長いため息のあと、千冬先生の呆れ返ったような、ひどく疲労の滲む宣告がグラウンドに響き渡った。
「見事な共倒れだったね……」
「ああ。反面教師としては、これ以上ない最高のお手本だったよ」
俺とシャルルは顔を見合わせ、ただ乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
「シャルル、俺の武装の特性と作戦を伝える。よく聞いてくれ」
俺、便宜上〇〇とする俺は、試合開始前にシャルルへ自機の性能と戦術を共有していた。
「一夏には悪いが、まずは彼に早々に退場してもらう。ラウラは確実に一夏ごと俺たちを吹き飛ばそうとするはずだ。そのフレンドリーファイアを利用して、三方向からの十字砲火で一夏を沈め、その後ラウラと2対1の状況を作る」
「なるほど。一夏を助けるんじゃなくて、あえて最初に狙うんだね。……理にかなってるよ」
そしてグラウンドの中央。
レティシアの衣装の上から、最低限のIS装甲を展開している〇〇の姿を見て、対面のラウラは眉をひそめていた。
「……アレがクラリッサの言っていた『女装』というやつか。日本の男は変な趣味をしているな」
ラウラの侮蔑の視線が突き刺さるが、もはや〇〇の心は凪のように静かだった。
「両陣営、前へ。……戦闘開始!」
織斑先生の合図が響いた直後。
「まとめて消し飛べ!」
予想通り、ラウラは味方である一夏を巻き込む形で、最大火力の砲門をこちらへ向けてきた。
「今だ、散開!」
〇〇とシャルルは即座に左右へ分かれる。ラウラの直線的な砲撃を躱しつつ、逃げ場を失った一夏に対し、二人は容赦のない遠距離射撃を浴びせた。
「うわぁっ!? お前らまで俺を狙うのかよ!」
〇〇、シャルル、そして味方であるラウラ。お互いの射線が被らないように計算された完璧な三方向からの攻撃。防戦一方となった一夏の白式のシールドは瞬く間に削られ、あっけなく機能停止してグラウンドに墜落した。
「フン、足手まといが消えて清々した。次はお前たちだ」
味方が倒れたというのに、ラウラは一切動じることなく、未だ〇〇たちを舐めきった態度を崩さない。
「シャルル、予定通り行くぞ」
「了解!」
〇〇は機体のシステムにアクセスし、武装の根幹たるE.G.Oを切り替えた。
『E.G.O変更――宇宙の欠片』
赤と白のフリル衣装から一転、〇〇の纏うスーツの表面に、まるで子供がクレヨンで描いたような不気味で奇妙な「ハート模様」が次々と浮かび上がる。
「なんだ、そのふざけた装甲は! 私を愚弄するか!」
激昂したラウラが突撃してくる。しかし、〇〇の狙いは物理的な打撃ではない。
「共鳴しろ」
〇〇が腕を振るうと同時、E.G.O『宇宙の欠片』の追加機能で加わった不可視の「音響攻撃」がグラウンドに放たれた。物理的な防壁をすり抜け、直接頭を揺らされるような不協和音。
「ぐっ!? な、なんだこれは……頭が、割れ……!」
突如として精神を掻き乱すノイズを叩き込まれ、ラウラの動きが完全に硬直した。ISの制御が一瞬にして乱れ、空中で無防備な姿を晒す。
「もらったよ!」
その決定的な隙を見逃すシャルルではない。
音響攻撃の影響を受けないよう事前に死角へ回り込んでいたシャルルが、ラウラの背後へ肉薄。ラファール・リヴァイヴ・カスタムの全火砲を至近距離から一斉に叩き込んだ。
「あぁぁぁぁっ!!」
凄まじい爆発と共に、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドゲージが蒸発。ラウラの機体はエネルギー切れを起こし、グラウンドへと墜落していった。
「……終了。勝者、〇〇・シャルルチーム!」
織斑先生の勝利宣言が響く。
こちらの消費エネルギーは驚くほど少なく、このまま連戦しても全く問題ないほどの余力を残しての完勝。予想以上の出来だった。
さらに、本来なら次に対戦するはずだったセシリア・鈴音ペアが先ほどの同士討ちで気絶したままだったため、〇〇とシャルルのチームが不戦勝でこのチーム戦の完全優勝を果たした。
「見事な連携だった。さて、勝者のお前たちには一夏の明日のメニューを決める権利があるが、どうする?」
試合後、織斑先生から問われた〇〇は、あらかじめ用意していた計画表のデータ端末を提出した。
「一つは、ラウラ・ボーデヴィッヒにあんな暴挙をしないようにしてやってください」
彼女に「首輪」をつけ、IS学園の集団生活という枠組みに強制的に組み込む。それが最も彼女の暴走を抑止できる手段だった。
「もう一つは、俺とシャルルで当分の間、一夏の特訓を担当します。特性に合った対遠距離戦の回避以外にも、彼の操縦技術には教え込むべき基礎が山ほどありますから」
織斑先生はあなたからの計画案を聞くと、小さく頷いた。
「……よく出来ている。あの馬鹿弟を、しっかり鍛えてやってくれ。お前たちもよくやったな」
厳しい教官からの労いの言葉に、〇〇とシャルルはホッと胸を撫で下ろした。
「それと、全員に伝達だ。近々、学年でのタッグ戦トーナメントが開催される。お前らも、今日の〇〇とシャルルのような連携ができるように精進しろ」
織斑先生のその発表に、見学していた生徒たちがざわめき始める。
「お前たちはどうする? 出場するか?」
織斑先生にそう尋ねられた〇〇は、苦笑いを浮かべて首を振った。
「いえ、俺はクラス代表戦の時みたいに、また『保安要員』として裏方に回ることになると思いますよ。L社の装備で、またあんな目立つわけにはいきませんからね……」
〇〇の社会的尊厳が死んだ、あの『レティシア装備』の全校配信映像。
それをフランスで見ていたシャルルも事情を察し、「あはは……そうだね、あれは君には酷すぎるよ」と同情するように苦笑いで返すのだった。
蜘蛛の巣良秀を引いたが人の心があるのかと問いたいストーリー