IS×PM   作:本棚の一冊

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L社に入社する条件の一つとしてトラウマがある


15話 明かされる過去

放課後、俺は一夏とシャルルを集めて今後の予定を伝えた。

取り急ぎ、問題児であるラウラは特別扱いせず一般生徒に混じって学ばせるように手配したこと。そして当分の間、俺とシャルルで一夏のIS操作や戦闘技術の基礎を叩き込むこと。

「……ただ、お互いの実習時間も限られてる。時間が足りなくなるかもしれないから、放課後のシャルルの特訓にも参加してもらうことになるが、いいか?」

厳しいスケジュールになるため、少し渋られるかと思ったが、一夏は深く頷き、「ああ、〇〇、シャルル。これからよろしく頼む!」と清々しい笑顔で頭を下げた。

これには俺もシャルルも思わず顔を見合わせ、目を丸くしてしまった。L社の陰湿な環境に慣れきった身としては、一夏のこの底抜けの明るさと素直さには、本当に救われる思いだった。

 

その後、俺は生徒会室へと足を運んだ。

更識楯無会長に明日から一夏のIS訓練を始める旨を報告すると、彼女は優雅に扇子を広げ、楽しそうにクスクスと笑った。

「ええ、さっきの戦闘は特等席で見せてもらったわよ。第一試合のあのお粗末な泥仕合っぷりと、あなたとシャルル君の洗練された連携……あまりにも如実に違いが出ていて傑作だったわ」

「お褒めいただき光栄です」

「でもねぇ……」

会長は扇子から覗く瞳を悪戯っぽく細めた。

「あなたのその無骨な専用機の隙間から、レティシアの愛らしいフリルスカートがバッチリ見えていたわよ? とってもキュートだったわ」

「…………」

俺は何も言い返せず、ただ乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

息つく暇もなく、練習場では俺のISの操縦技術を叩き上げるための特訓が始まった。

メニューは、更識楯無、不仏虚(佛虚)、そして虚の妹である本音の3人を相手にした『1対3』の回避・防衛戦闘訓練だ。

前回の1対2ですら苛烈を極めたというのに、今回はさらに本音が加わり、三次元的な時間差攻撃と射線が殺意を持って交差する。一瞬でも射線への意識を怠れば即座に撃ち落とされる地獄の弾幕。

上手く敵同士の射線の間に別の相手を割り込ませて射撃を躊躇わせる。最小限の機動で立ち回り、ISに装備された大鎌を振るって物理的に弾を弾き落とす。回避不能な弾は直撃を避け、装甲の厚い部分で受けてダメージを軽減する。

脳と機体の処理スピードを限界まで引き上げなければ、数秒すら生き残れない。

 

(……くそっ、これでも全部は捌ききれない!)

 

何百発という弾雨の中で、大鎌で完全に弾き返せたのはほんの数発。

ふと、脳裏に師匠である『青い残響』アルガリアの姿がよぎった。あの男なら、この程度の弾幕など嘲笑いながら全弾弾き返して見せるだろう。自分はまだ、あの男の足元にも及ばない。

もし今の無様な姿をアルガリアに見られたら、また『訓練』という名で隠された、あの一方的な私刑(リンチ)が始まる……。

その光景を想像した瞬間、俺の身体は恐怖でガタガタと震えを止められなくなった。

 

「……〇〇君? どうかしたの、急に顔色を悪くして」

異常な震えに気づいた楯無会長が心配そうに声をかけてくるが、俺は「いえ……ちょっと武者震いが」と誤魔化すのが精一杯だった。

 

特訓後、肩で息をする俺に会長が「1対3はどうだった?」と尋ねてきた。

「……半包囲されるのがほぼ確定の最悪な状況です。そもそも、こんな目に合わないように立ち回らないと命が持ちませんよ」

疲労困憊の顔でそう返すと、会長は「確かにそうね」と納得してくれた。

「でも、貴方の価値はもっとあるわ。男性操縦者で、しかもあの『L社』の人間。貴方を欲しがる連中は世界中に沢山いるのだから、実戦になればこれくらいは平気でやってくるわよ?」

「……ええ、そうですね。今後の練習に、より一層励まないと」

素直に肯定する俺を見て、会長は「感心感心」と嬉しそうに扇子を広げた。

ふと視線を向けると、練習場の隅で、会長の妹である簪(かんざし)さんがじっとこちらの訓練の様子を見つめていた。自身のIS設計で忙しいはずだが、こうして時折顔を出しては俺の戦いを観察しているようだ。

 

「そういえば、今度のタッグ戦も貴方は保安要員で不参加なの?」

「こないだのクラス対抗戦の件(全校生徒への女装配信)がありますからね。不参加です」

俺が即答すると、会長は「ええーっ、貴方が戦うところが見たかったのにー!」とわざとらしく悲しむ演技をした。

「……本音は?」

「レティシアでフリフリと飛び回る貴方を、もっとじっくり拝見したかったわぁ」

からかうように笑う会長に、俺は深々とため息をついた。

 

自室の防護室に戻ると、L社からメールが届いていた。

『新規E.G.O装備支給のお知らせ』

嫌な予感しかしないまま添付画像を開くと、そこには「狐雨」と「白雪姫の林檎」という二つのE.G.Oのデータがあった。

「狐雨」は完全にレインコートを着た狐の着ぐるみのような姿で、武器はなんと『破れたビニール傘』。本気で戦う気があるのか。

そして「白雪姫の林檎」。これはさらに酷かった。赤色のお姫様が着るようなフリフリのドレスに、蔦や茨が巻き付いたデザイン。武器である茨の鏃を撃ち出すクロスボウは格好いいのが、逆に腹立たしい。

 

「……抽出チームの奴ら、絶対に俺を笑いものにしようとしてるだろ」

しかも「白雪姫の林檎」は俺にとって高負荷なWAWランクのE.G.Oであり、装備時間に15分の制限が掛けられているという。

 

だが、メールの続きを読んで、俺は思わずガッツポーズをした。

『なお、次回の支給スケジュールにて、E.G.O「裸の巣」の支給が決定しております』

やった!! 魔女っ子でもお姫様でも着ぐるみでもない、あの禍々しくも全身を覆い隠してくれるL社らしい装備! 俺は久しぶりに会社からの通知に心からの喜びを隠せなかった。

 

さらに、装備の運用方法にもアップデートがあった。

これまでE.G.Oの展開は指輪で行っていたが、数が増えると嵩張り、目立ちやすくなる。そのため、隠密性を高めた『新型の指輪』が同封されていた。

右手の人差し指に嵌め、指の開き閉じを2進数で表現することで、最大32種類のE.G.Oを瞬時に切り替えられるというL社の変態技術の結晶だ。

 

最後に、『放課後の練習において、「白雪姫の林檎」以外のE.G.Oの使用を認める』という一文が添えられていた。

 

一夏の特訓、増えていくトンチキE.G.Oの制御、そして「裸の巣」を迎える準備。

俺のIS学園での実習時間は、これからかつてないほど忙しくなるだろうと、新型の指輪を見つめながら覚悟を決めるのだった。

 

 

〇〇への過酷な特訓が終わった放課後。

静まり返った視聴覚室には、織斑千冬、山田真耶、そして生徒会長である更識楯無の三人が集まり、モニターの前で揃って深い溜息をついていた。

 

「……ひどいものね」

普段は余裕の笑みを絶やさない楯無も、呆れたように呟く。

モニターに映し出されているのは、今日行われたセシリア・鈴音ペア対一夏・ラウラペアの試合映像だ。2対2のタッグ戦になるはずが、フタを開けてみれば1対1対1対1の泥仕合。ISに乗り始めて日が浅い一夏はともかく、軍人であるはずのラウラが独断で味方の一夏ごと最大火力で狙撃し、代表候補生であるセシリアと鈴音は目標を見失って同士討ちを始めた挙句、最後は正面衝突で共に気絶して落下していく。

 

「これを各国の要人に見せたら、最悪の場合、代表候補生の資格剥奪もあり得るわよ……」

楯無が頭を抱える横で、織斑先生は腕を組んだままもう一つの映像に切り替えた。

〇〇とシャルルのペアによる試合だ。

 

「反面、この二人は見事だった。相手の動きの想定やサインの調整など、事前の打ち合わせを完璧に行っていた形跡がある」

映像の中の二人は、ラウラの暴挙を利用し、見事な散開と十字砲火で瞬時に2対1の状況を作り出していた。

「あの二人なら、仮にラウラが味方撃ちをせずとも、十字砲火で一夏を早々に落とし、連携で勝っていただろうな」

 

織斑先生の評価に、山田先生と楯無も深く頷く。しかし、同時に二人の心にはある疑問が浮かんでいた。

 

「織斑先生。〇〇君の危機管理能力や機動力……あれは、どう見ても学生のレベルじゃありません。彼はいったい、L社でどんな経験をしてきたんですか?」

「私も気になっていたわ。今日の1対3の特訓でも、彼の立ち回りは明らかに『命のやり取り』を前提としていたものだった」

 

二人の問いかけに、織斑先生はモニターの電源を一旦落とし、鋭い視線で二人を見据えた。

 

「……見る覚悟はあるか?」

その重苦しい声色に、山田先生と楯無は息を呑み、静かに頷いた。

織斑先生はコンソールを操作し、L社から提出されたという極秘の映像資料を再生する。

地獄の記録と、三人の師匠

 

モニターに映し出されたのは『入学半年前』と注釈されたL社の訓練場。

そこに録画されていたのは、凄惨という言葉すら生ぬるい光景だった。

 

青い残響――アルガリアの大鎌が、〇〇の身体を一方的に切り刻み、嬲っていた。

首筋に冷たい刃を突きつけられ、傷口をわざと広げられる〇〇の悲鳴が視聴覚室に響く。それでも、彼の目は死んでおらず、ヨロヨロと立ち上がっては、再び切り伏せられる。アルガリアはオーケストラの指揮でもするような華麗なステップを踏みながら、一切の躊躇も容赦もなく、彼を破壊し続けていた。

 

「っ……! こんなの、訓練じゃありません! 一方的な私刑……いえ、処刑や殺戮です!」

山田先生が両手で口を覆い、悲鳴のような声を上げる。

カランッ。

楯無の手から扇子が滑り落ち、硬い床に響く音がやけに大きく聞こえた。生徒である彼女にとって、それは直視に耐えない本物の『死線』の光景だった。

 

映像が切り替わり、『入学直前』というテロップが出る。

今度は黒いスーツの男――ローランとの訓練だ。〇〇が懸命に剣を振るうが、ローランは難なく躱し、カウンターで足払いをかけて峰打ちで一本を取る。しかしその後、ローランは悪かった動きと良かった動きを噛み砕いて説明し、「次はこうすると良くなる」と的確な助言を与えていた。

 

次はアンジェリカとの訓練。彼女は様々な武器を瞬時に切り替えながら猛攻を仕掛け、〇〇に防御と回避の切り替えを叩き込んでいた。しかし、その動きには明確な気遣いがあった。〇〇が無理な回避や防御をすれば怪我をするよう、完璧なコントロールで刃を寸止めしているのだ。

 

最後の映像は、カーリーとの訓練。彼女もまた、アルガリアと同じく圧倒的な力で〇〇をあっという間にねじ伏せていた。だが、カーリーは倒れた彼に「立てるか」と問いかけ、果敢に挑む姿に「続けよう」と応えていた。予定時間より前に〇〇が疲れ果てて動けなくなると、「ここまでだ。後は休め」とぶっきらぼうに告げる。自分で歩けると抵抗する〇〇を、彼女は米俵でも持ち上げるように軽々と担ぎ上げ、「今は休むのと、治療を受けるのがお前の仕事だ」と訓練場を去っていった。

映像が終わる。

 

「……この三人の方が、ちゃんと『指導』しているじゃない」

楯無が震える声で言うと、織斑先生は頷いた。

「ああ。ローラン、アンジェリカ、カーリーの三人は、殺す気で教えているが殺すつもりは一切ない。助言もするし、メンタルのケアもやる。……だが、アルガリアは違う」

 

「どうしてあんな男が、彼の師匠になっているんですか!?」

山田先生が涙目で訴える。当然の疑問だ。

 

「〇〇にISの適正が見つかり、入学が決まった際……ローランは長期出張中、アンジェリカは出産直前の身重、カーリーはL社の保安上の理由で付きっきりで教えられなかった。消去法で、あの男に決まったそうだ」

織斑先生は忌々しそうに吐き捨て、〇〇から聞いたという事情を語り始めた。

「〇〇は、空対空で幻想体やねじれを相手にできる唯一の社員になった。だが、アルガリアは重度のシスコンだ。最愛の妹であるアンジェリカが、一番許せない男であるローランと結婚したことが気に食わず、相当荒れていた。……〇〇は、そのストレス解消の『サンドバッグ』にされたのだ。今はアンジェリカの監視や子供の相手があるため、無闇に殺そうとはしなくなったと聞いているがな」

 

さらに、織斑先生は重々しい口調で決定的な事実を告げた。

「〇〇は……かつて韓国で起きた世界最大のねじれ事件、『ピアニスト』の数少ない生き残りだ。先ほどの四人は、あの事件の解決に動いた私と協力関係にあった者たちだ」

 

「もしかして、親御さんや、ご兄弟は……」

山田先生の問いに、織斑先生は無言で、ただ深く頷いた。

 

その瞬間、山田先生の脳裏に、これまでの〇〇の姿がフラッシュバックした。

夜中に時々魘されていたこと。

『10秒も伸びた……』という寝言。あれは、あんな化け物みたいな相手から生き延びる時間が増えたという意味だったのだ。

 

そして、昨日の夜、暗闇の中で彼が発した『独り言』。

『昨日……あの時、先生に抱きしめられて、実はすごく嬉しかったんです』

『もし、あのまま俺が抱き返していたら、どうなっていたんでしょうね』

 

(……ああっ、そうだったんですね)

山田先生は胸を締め付けられるような痛みを覚えた。

あの言葉は、年頃の男の子が抱くような色恋沙汰の感情だけではない。家族を失い、死と隣り合わせの地獄を生き抜いてきた彼が、一緒に生活し、温もりを共有している人を『また失いたくない』という切実な恐怖。そして、誰かに繋ぎ止めてほしいという、無意識のSOSだったのだ。

 

「……今日の訓練の後、彼が一瞬怯えたように震えていた理由が分かったわ」

楯無が、拾い上げた扇子を強く握りしめながら言った。

「1対3の訓練映像を、もしアルガリアに見られたら……。また『訓練』という名の私刑に遭うかもしれないという、恐怖のフラッシュバックだったのね」

 

「それでも、あの子は……」

山田先生は涙を拭い、顔を上げた。

「学園で一夏君たちと話している時や、食堂でご飯を食べている時は、本当に楽しそうに笑うんです。私の熱愛疑惑で巻き込まれた時も、嫌な顔一つせずに無実を証明してくれました」

「ええ。訓練の時も、あのフリフリのE.G.O装備でからかえばムキになって怒るけど、苛烈な訓練そのものに対して不平不満を漏らしたことは一度もないわ。……あんな目に遭っていたなんて、本当に信じられないくらい」

 

生徒である楯無でさえ、その精神の異常なまでのタフさに感嘆の息を漏らす。

 

「あいつなりに、この学園生活を楽しんでいると……そう思いたい」

織斑先生の沈痛な横顔を見て、山田先生は両手を胸の前で強く組み、決意に満ちた目で力強く宣言した。

 

「……あの子がここにいる間は、もう命のやり取りなんてさせません。夜も、安心してぐっすり眠れるように……私が、全力で支えます」

 

その揺るぎない覚悟のこもった言葉に、織斑先生は少しだけ表情を和らげた。

「ああ。アイツにはお前が一番接している。そしてアイツには、お前のような存在が一番必要なんだ。……頼む、山田」

 

織斑先生がさらに何かを付け加えようと口を開きかけた瞬間。

 

「「他言無用、ですね」」

 

山田先生と更識楯無が、示し合わせたように同時にそう言った。

二人の真剣な眼差しを受け止め、織斑千冬は小さく、しかし確かに頷いたのだった。




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