IS×PM   作:本棚の一冊

26 / 28
15.5話 8者8葉

あなたと山田先生の場合

 

「あ、おかえりなさい、山田先生。ちょうど今、夕食が出来上がったところですよ」

 

エプロン姿の〇〇がキッチンから顔を出すと、ほぼ同時に電子ロックのドアが開き、山田先生が帰ってきた。

部屋の中に広がるのは、香ばしく炒められた肉と出汁の、どこかホッとする家庭的な匂いだ。L社の配給食のような無機質な匂いとは正反対の、温かい空間。

 

「ただいま戻りましたぁ……。わぁ、凄くいい匂いですね!」

 

山田先生は少し疲れた顔を見せていたが、〇〇の姿と料理を見るなり、パッと表情を明るくした。

昨夜のあの心臓が破裂しそうな「独り言」の緊張感がまだお互いの間に微かに燻ってはいたが、美味しそうな夕食を前にして、二人は自然とテーブルに向かい合って座ることができた。

 

「いただきます」

 

手を合わせて箸をつける。〇〇が自分の好みに合わせて作った料理は、昨日とは違ってしっかりと味が分かり、身体の芯に染み渡るように美味しかった。山田先生も「おいしいですぅ〜!」と何度も口に運びながら、嬉しそうに微笑んでいる。

 

食事が少し落ち着いた頃、山田先生が思い出したように首を傾げて尋ねてきた。

 

「そういえば、〇〇君。明日から一夏君の特訓を始めるそうですけど……具体的に、どんな風に鍛えるつもりなんですか?」

 

〇〇は箸を置き、自身のIS『鎮圧用兵装先鋒型』と一夏の『白式』の特性を思い浮かべながら答えた。

 

「まずは回避行動を中心としたメニューを組み立てるつもりです。一夏の『白式』は近接戦闘に特化している分、遠距離からの攻撃手段が皆無に等しいですからね」

 

〇〇は一息つき、L社での実戦経験を交えるように真剣な目で続ける。

 

「今のあいつの操縦は直線的すぎて、相手の間合いに踏み込む前に蜂の巣にされる可能性が高いんです。だからこそ、まずは徹底的に『弾幕を躱して、生きて自分の間合いに踏み込む技術』を教えないと、一夏は戦う前にやられます」

 

「なるほどぉ……! 確かに、白式の強みを活かすためには、まず相手の攻撃を掻い潜って接近するステップが不可欠ですもんね」

 

山田先生は感心したように何度も頷いた。一夏のISの弱点を正確に見抜き、それを補うための現実的なプランを立てている〇〇の危機管理能力の高さに、改めて納得した様子だった。

 

――けれど。

説明を終えて、再び少し照れくさそうにアジフライを口に運ぶ〇〇を見つめながら、山田先生の胸の奥には、また別の温かい感情がこみ上げていた。

 

(放課後、視聴覚室で観てしまった、あの凄惨な映像……)

 

アルガリアという男に一方的に切り刻まれ、悲鳴を上げながらも、死なない目をして立ち上がらされていた、かつての〇〇の姿。あの地獄のような私刑を生き延びてきた彼が、今、目の前で穏やかにご飯を食べている。

 

学園で一夏たちと楽しそうに笑い合っている姿。

E.G.Oの変な衣装を支給されて、ムキになって怒っている姿。

そして今、こうして自分と同じ部屋で、他愛もない話をしながら夕食の時間を過ごしている姿。

 

あんなに酷い目に遭ってきた〇〇が、この学園で、そして自分の目の前で『楽しそうにしている』。その事実が、山田先生にとってはたまらなく嬉しかった。

 

(〇〇君がここにいる間は、あんな怖い思い、絶対にさせません……!)

 

昨日までのドキドキとした色恋の緊張感とは少し違う。彼が心から安心できる場所を、この部屋で作ってあげたい。この静かで穏やかな心地よさを、ずっと彼と共有していられたらいいなと、山田先生は手元の温かいお茶を愛おしそうに見つめながら、心からそう願うのだった。

 

一夏の場合

 

「全く、女運が悪いなんて大きなお世話だよな。そもそも俺にはそんな浮ついた話、これっぽっちもないっての。これだからネットの占いはあてにならないんだよな」

 

一夏はスマホの画面を閉じ、枕元に放り投げた。

L社の公式サイトというからどれだけ厳格な企業のページかと思えば、餃子作り大会だの、火薬まみれの大剣を笑顔で振り回す関西弁の男だの、挙句の果てに「無自覚な行動が修羅場を呼ぶ」という理不尽な占いの宣告だ。一夏は呆れたように小さく笑い、ベッドの上で大きく寝返りを打った。

 

けれど、彼がそうやって呑気に文句を言っていられるのも、今のうちだけだった。

 

「……よし、明日のために、今はしっかり体を休めておかないと」

 

一夏は天井を見つめ、自身の両手を見つめた。

今日の模擬戦。セシリアや鈴音、そしてラウラの猛攻の前に、自分がいかに無力だったか。白式の性能に甘え、ただ直線的に動くだけだった自分の未熟さを、彼は身を以て痛感していた。

 

放課後、嫌な顔ひとつせずに自分のために頭を下げ、特訓を引き受けてくれた〇〇とシャルル。

 

「待ってろよ、二人とも。俺、絶対にへこたれないで、全部吸収してやるからな……」

 

一夏は胸の中で静かに闘志を燃やしながら、毛布を頭から被った。

明日の〇〇とシャルルとの特訓に備え、自らの肉体と精神を極限まで休めるため、一夏はゆっくりと深い眠りへと落ちていくのだった。

 

箒の場合

 

「……専用機。私に、私だけの専用機があれば……!」

 

動画を閉じた箒は、液晶の消えたスマートフォンの画面を見つめながら、ぽつりと悔しげな呟きを漏らした。

 

今日の放課後に決定した、クラスメイトたちによる2対2のチーム対抗戦。

セシリアと鈴音は自分の専用機で一夏と激戦を繰り広げ、〇〇とシャルルは完璧な連携を見せて勝利を掴み取った。なのに、自分にはまだ専用機がないという理由だけで、あの輪の中に入ることすら許されず、ただグラウンドの端から指をくわえて見ているしかなかったのだ。

 

もし自分に専用機があれば。

くじ引きなんて関係なく、私が一夏とペアを組んで、あいつの背中を守って一緒に戦えたのに。

 

「一夏……」

 

昼間、〇〇とシャルルの二人に嬉しそうに頭を下げていた一夏の笑顔を思い出す。あいつを鍛え、あいつの隣に立つ役目は、幼馴染である自分が一番に務めたかった。

 

込み上げる強い羨望と、何もできない自分へのもどかしさ。箒は自室のベッドの上で、膝の上に置いた拳をギュッと白くなるまで握りしめ、ただただ夜の静寂の中で悔しさに唇を噛み締めていた。

 

鈴音とセシリアの場合

 

その日の夜。日中の醜態(正面衝突ドロー)が嘘だったかのように、セシリアと鈴音の部屋では深夜の緊急秘密会合が開かれていた。

 

「いいですか、中国娘! 本来なら私(わたくし)のブルー・ティアーズが一夏さんを華麗にお救いするはずでしたの。それをあなたが猪のように突っ込んできたせいで、このような……!」

「はぁ!? 何言ってんのよイギリス女! あんたこそ私と一夏の間に割り込んできたじゃない! 完全にそっちのせいでしょ!」

 

お互いにベッドの枕を掴みながら、今日の一戦の全責任をなすりつけ合う二人。しかし、ひとしきり言い争った後、セシリアがハッと表情を険しくしてタブレットの画面を示した。

 

「……ですが、今は私たちが揉めている場合ではありませんわ。これをご覧くださいな」

 

「明日からの実習時間はもちろん、放課後の時間まで、一夏はあの〇〇とシャルル・デュノアに完全に独占されることになっています……!」

「な、何よこれ! じゃあ、私たちが一夏と話す時間も、一緒に訓練する時間もなくなっちゃうってこと!?」

 

鈴音がガタッと椅子を立ち上がる。

〇〇の持つ、あのL社仕込みの苛烈で冷徹な戦術眼。そして、転校してきたばかりだというのに、まるで長年連れ添った相棒のように息の合った連携を見せる美少年、シャルル・デュノア。

あの男二人の鉄壁の包囲網から一夏を奪還するのは、今のバラバラな自分たちでは不可能に近い。

 

「一時休戦ですわ、凰鈴音。ここは共通の敵を前に、手を組むべきです」

「……癪だけど、背に腹は変えられないわね。でも、私たち二人だけであの『変態魔法少女E.G.O』を使いこなす〇〇と、最新鋭機のシャルルを崩せる?」

 

セシリアは不敵に微笑み、人差し指を立てた。

「ふふ、ですから……もう一人、強力なカードを引き込みますわ。一夏さんの『一番古い幼馴染』をね」

 

数十分後。二人は言葉巧みに、同じく一夏不足で悶々としていた篠ノ之箒を空き教室へと呼び出すことに成功した。

 

「……夜分に何の用だ、お前たち。私は明日の朝稽古のために、もう寝る時間なのだが」

腕を組み、不機嫌そうに佇む箒。一夏がシャルルと同室になったことで、彼女のストレスゲージも限界突破寸前だった。

 

「まぁまぁ、箒さん。そう固いことをおっしゃらずに。……実は、一夏さんのことで『由々しき事態』が起きていますの」

セシリアが件の計画表を箒に見せる。

 

「な……ッ!? なんだこれは! 一夏のスケジュールが、〇〇とデュノアの二人で埋め尽くされているではないか!」

「そうなのよ! このままだと一夏は、あの二人(男)に朝から晩まで付きっきりで『調教』されちゃうのよ!」

「言い方を考えなさい、中国娘! ……コホン。とにかく、〇〇さんのあの戦闘能力は異常ですわ。今日の特訓でも更識会長たち3人を相手に立ち回っていたと聞きます。そんな男と、あの妙に距離感の近いフランスの美少年に囲まれて、一夏さんが『男の園』に染まってしまったらどうしますの!?」

 

セシリアと鈴音の必死の訴え――というより、妄想の暴走――に、箒の脳裏に、昼間〇〇が言っていた言葉がよぎった。

『強制的にレティシアみたいなフリフリの魔法少女服を全身に纏わされて……』

 

(……まさか、一夏まで〇〇の趣味(※誤解)に染まり、あの妙ちきりんなフリフリの衣装を着て戦う男になってしまうというのか!? 異国の外道剣技を教え込まれ、挙句の果てにデュノアとかいう美少年と怪しい関係に……!?)

 

箒の脳内で、最悪のパズルがガチリと噛み合ってしまった。

 

「……許せん」

箒の身体から、ゴゴゴゴ……と凄まじい剣気が立ち上る。

 

「〇〇め、自らが同棲(※誤解)している山田先生だけでは飽き足らず、一夏まで怪しい道に引きずり込もうとするとは……! デュノアも、爽やかな顔をして一夏をたぶらかす狐おんな……いや、狐男め!」

「(あ、なんか別のスイッチが入っちゃったみたいですわね……)」

「(いいのよ、結果オーライよ!)」

 

セシリアと鈴音は暗闇の中でパッと手を握り合った。

こうして、一夏を男たちの魔の手(※親切な特訓)から取り戻すため、女子生徒たちの『一夏奪還・共同戦線』が、当人たちの知らないところで秘密裏に結成されたのだった。

 

シャルルの場合

 

「……はぁ」

 

一夏の引っ越しの手伝いを終え、夜も更けた自分の部屋で、シャルル・デュノアはベッドの上に膝を抱えていた。

先ほどまで眺めていたL社の広報サイトの画面は、すでに暗転して消えている。

 

「義理と、恩、か……」

 

頭に浮かぶのは、昼休みに自分を気遣ってくれた〇〇の言葉や、箸の持ち方を優しく教えてくれた一夏の笑顔だった。

 

「〇〇君も、一夏も……本当に、すごくいい人だな」

 

ぽつりと呟いた言葉が、静かな部屋に虚しく響く。

二人の顔を思い浮かべるたび、シャルルの胸には鋭い痛みが走った。彼らは自分を「同じ男子生徒」として、そして「女難の苦労を分かち合える同志」として、なんの疑いもなく受け入れてくれた。特に〇〇は、L社での過酷な経験を滲ませながらも、自身の社会的尊厳(レティシア装備)を賭けてまで一夏の安全を、そして転校生である自分のサポートを最優先に動いてくれたのだ。一夏だって、男同士の相部屋を純粋に喜んで、これから夜通し語り合おうと目を輝かせていた。

 

そんな温かい二人を、自分は「男」だと騙し、偽りの姿で接している。

 

「ごめんね……」

 

誰に届くわけでもない謝罪が、唇からこぼれ落ちる。

フランスのデュノア社という、家のしがらみ。父親から突きつけられた命令に従うためだけに、性別を偽ってこの学園に潜り込んだ。それが任務であり、自分の生きる道だと割り切っていたはずだった。

 

けれど、〇〇や一夏の純粋な優しさに触れれば触れるほど、自分の中の罪悪感がどんどん膨らんでいく。

 

もし、自分が本当は「女の子」だと知ったら、二人はどんな顔をするだろう。

騙されていたと知って、怒るだろうか。それとも、呆れて離れていってしまうだろうか。

 

「……嫌だな、そんなの」

 

ギュッと枕を抱きしめ、シャルルはシーツに顔を埋めた。

昼間の〇〇の特訓で見た、あの子供の落書きのようなハート模様のE.G.O――『宇宙の欠片』から放たれた、人の心を掻き乱す不協和音。今のシャルルの胸の奥には、まさにあの音響攻撃のように、罪悪感という名のノイズが激しく鳴り響いていた。

 

明日の放課後からは、三人での本格的な特訓が始まる。

〇〇と一夏のまっすぐな瞳を正面から見据えることができるだろうか。シャルルは止まらない胸の疼きを抑え込むように、暗い部屋の中で一人、深く息を吐き出すことしかできなかった。

 

ラウラの場合

 

その夜、月明かりだけが照らす静かな自室で、ラウラ・ボーデヴィッヒはベッドの上に端座し、昼間の敗北を噛み締めていた。

 

完璧な奇襲、圧倒的な出力のプラズマキャノン、そして絶対の自信を持っていたAIC(慣性停止結界)。その全てが、あの新入生の男子生徒二人によって無残に瓦解させられた。特に、あの奇妙なハート模様を纏った男が放った音響攻撃と、それに呼応したシャルルの一斉斉射は見事というほかなかった。

 

「……ロボトミーコーポレーションの協力員、か」

 

ラウラは自らの手を見つめ、微かに悔しさに唇を噛む。その時、彼女の脳裏に、ドイツにいる副官――クラリッサから出発前に叩き込まれた、ある教えが唐突に蘇ってきた。

 

それは、世界のあらゆる特殊戦術や心理戦についてのレクチャーを受けていた時のことだ。クラリッサは真面目な顔で、こう言っていた。

 

『ラウラ少佐、世界には我々の常識を超えた凄惨な戦術が存在します。その一つが……【女装】です』

『じょ、じょそう……? 敵の目を欺く潜入任務の変装か?』

『いえ、違います。あれは、常人なら精神が崩壊するほどの凄まじい羞恥心に耐え抜き、己の尊厳を犠牲に捧げた選ばれし強者だけが到達できる戦闘境地なのです。あえて戦場に相応しくない、あり得ない格好で現れることで、敵の精神に強烈な心理的混乱(バグ)を発生させ、生じた一瞬の隙を突いて敵を無力化する……。極めて合理的かつ過酷な戦術です。もし出会うことがあれば、決して油断なさらぬよう』

 

その時のラウラは、「何を馬鹿なことを」と聞き流していた。クラリッサの冗談か、あるいはどこかの小国の奇妙な伝統戦術の類だろうと切り捨てていたのだ。

 

しかし。昼間に目撃した、あの男の戦い方はどうだっただろうか。

 

無骨な専用機の装甲の隙間から、堂々と晒されていた赤と白のフリルスカート。そして、次に現れた子供の落書きのような不気味なハート模様。

並の人間、いや、訓練された軍人であっても、あんな格好で大衆の面前に立てば、羞恥と屈辱でまともに動くことすらできないはずだ。

 

だが、あの男は違った。

周囲の嘲笑や困惑の視線を完全に無視し、むしろその奇異な姿をアドバンテージに変えるかのように、冷徹なまでに無駄のない動きで一夏をハメ、ラウラの精神を内側から揺さぶって無力化してみせた。

 

「……そうか。そういうことだったのか」

 

ラウラの隻眼に、畏怖と、そして深い納得の光が宿る。

 

あの男は、決して変な趣味を持つ異常者などではなかったのだ。

常人なら発狂しかねないほどの凄まじい羞恥心に耐え抜き、精神を鋼のように研ぎ澄まし、その『あり得ない格好』すらをも冷徹に武器として使いこなす、狂気的なまでに勇敢な戦士。己の尊厳を捨ててでも勝利を掴む、L社の過酷な環境が生み出した怪物。

 

「あそこまで自らを追い込み、戦術に昇華させているとは。底知れぬ男だ、〇〇……。私は貴様をただの弱者と侮っていた。見事な精神力(タフネス)だ」

 

夜の闇の中、ラウラは己の無知を恥じるように静かに目を閉じた。

明日から始まる、あの男とシャルルによる地獄の特訓。一般生徒に混じっての訓練という屈辱のペナルティ。しかし、あのレベルの『戦士』が組み立てた計画だ、生半可なものではないだろう。

 

「面白い。L社の戦士が仕掛ける試練、この私が正面から踏み越えて見せる」

 

ラウラは、勘違いが全速力で明後日の方向へかっ飛んでいることなど露知らず、〇〇への評価を「変態」から「畏敬すべき冷徹な兵士」へと格上げし、明日への闘志を静かに燃やすのだった。

 

盾無の場合

 

あの凄惨な映像を見てから、生徒会室に戻った更識楯無は、いつものように優雅に扇子を広げる気にもなれなかった。机の上にぽつんと置かれたお気に入りの扇子を見つめながら、彼女は一人、深く、重い溜息をつく。

 

(……あんなの、ただの私刑じゃない)

 

脳裏に焼き付いて離れない、半年前の映像。青い髪の男――アルガリアが、まるで音楽を奏でるように楽しげに、〇〇君を大鎌で切り刻んでいた光景。首筋に突き立てられる刃、引き裂かれる肉、響き渡る悲鳴。

IS学園という「ルールに守られた学園」しか知らない楯無にとって、それは文字通り異世界の、剥き出しの狂気と暴力そのものだった。

生徒会長として、そして一人の人間として、彼のために何ができるのか。楯無は顎に手を当て、冷徹に思考を巡らせる。

 

「……まずは、世界中にいる『彼を狙う不届き者』への防壁ね」

 

千冬の言葉通り、男性操縦者であり、世界屈指のブラックボックスであるL社の技術を持つ〇〇君の価値は計り知れない。各国の情報機関や企業が、彼を拉致、あるいは懐柔しようと動くのは火を見るより明らかだ。

(生徒会(わたしたち)ができる最大の防護は、この学園を『絶対の安全地帯』にすること。学園のセキュリティシステムと、私のミステリアス・レイヤーズの権限をフルに使って、外部からの不審な接触やデータハッキングは完全にシャットアウトさせてもらうわ)

IS学園という国家主権の及ばない特区の利点を活かし、外交ルートや企業の圧力を生徒会の書類仕事(ペーパーワーク)で徹底的に突っぱねる。それが、彼女が持つ政治的・組織的な武器の使い方だ。

 

だが、問題は外部だけではない。彼の心の奥底に刻まれた、あのアルガリアへの恐怖――特訓後に見せた、あの痛々しい震えだ。

 

(今日の1対3の訓練……〇〇君、私の映像をアルガリアに見られるのを本気で恐れていた。もし見つかったら、またあの地獄に逆戻りすると思っているのね)

 

そこまで考えて、楯無はふっと微かに微笑んだ。少しだけ、いつもの頼もしい生徒会長の目が戻る。

 

「だったら、その『言い訳』を作ってあげるのが、大人の一歩手前にいる私の役目かしら」

 

明日から始まる、〇〇君とシャルル君による一夏の特訓。そして〇〇君自身のE.G.O制御訓練。

楯無は生徒会長の権限を使い、これらの訓練記録の提出義務を「生徒会の最高機密」として処理することを決めた。L社の本国やアルガリアのような外部の人間が、簡単に彼の学園での戦闘データを閲覧できないよう、厳重にロックをかけるのだ。

 

もしアルガリアから「なぜ映像を送らない」と督促が来ても、「IS学園の機密保持規約により、外部へのデータ持ち出しは厳しく制限されています」という公的な盾(言い訳)を〇〇君に持たせてあげられる。

 

(それに……妹の簪も、彼の訓練を熱心に見ているしね。あの子のIS設計の知識があれば、〇〇君のあの特殊なE.G.OとISの同調を、もっと安全に、負荷を減らす形でサポートできるかもしれないわ)

 

窓の外、夜の学園を見下ろしながら、楯無はゆっくりと扇子を拾い上げた。

 

「L社の特別職員だなんて背伸びしてるけど、まだ15か16の男の子じゃない。……これ以上あの子に怯えるような震えはさせないわ。このIS学園(わたしの庭)にいる間くらい、精一杯、普通の男の子らしくもがいてみせなさいな、〇〇君」

 

パチン、と扇子を小気味よく閉じる音が、静かな生徒会室に響いた。




次回、一夏訓練編
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。