翌朝、登校の準備を済ませた俺は、自室の端末からシャルルへ一通の短いメールを送信した。
『おはよう。今日から本格的に一夏の特訓が始まるが、一つ忠告しておく。多分、箒やセシリア、それに鈴音が俺たちのことをものすごく睨んでくるかもしれない。だが、あれはただの八つ当たりだから絶対に気にしないでいい』
送信して数秒後、すぐに「了解!」という可愛らしいスタンプと共に返信が届いた。
別室でそのメッセージを受け取ったシャルルは、画面を見つめながら小さく息を吐いて苦笑していた。「……なるほどね。あの三人、本当に一夏のことになると周りが見えなくなるくらい好きなんだなぁ」
呆れ半分、微笑ましさ半分といった様子で、シャルルは制服のネクタイを締め直し、賑やかな学園へと登校するのだった。
教室に到着し、自分の席に腰を下ろして一息ついていると、遅れて教室に入ってきたラウラが、迷うことなく俺の机の前に歩み寄ってきた。
彼女は周囲の目も気にせず、軍人特有の隙のない動作で直立不動の姿勢をとると、深く頭を下げた。
「昨日は、非礼を働いてすまなかった」
「……珍しいな、お前が素直に謝るなんて。一体どういう風の吹き回しだ?」
驚きつつ理由を尋ねると、ラウラは真剣そのものの表情で語り始めた。
「実は以前、私の副官であるクラリッサから『日本に古くから伝わるジョソウ(女装)という文化には気をつけろ。彼らは計り知れない力を持っている』と忠告を受けていたのだ。私はそれを単なる迷信だと無視していたのだが……」
「……待て、なんだその偏った知識は」
「だが昨日、お前があのフリルの装甲(レティシアのE.G.O)を纏い、凄まじい覚悟と戦術的効果をもって私を制圧したのを見て、自分の不明を恥じた。軍人として、お前のその『女装の覚悟』に対して無礼な態度をとったこと、心から詫びよう」
大真面目な顔でトンチンカンな謝罪を述べるラウラに、俺は頭痛を覚えてこめかみを揉んだ。
(クラリッサとかいう副官……絶対に日本の文化を何か致命的に誤解しているだろ。そして、アレは女装じゃなくてL社の装備なんだが、訂正するのも面倒だな……)
「……あ、ああ。気にしてないから、頭を上げてくれ」とだけ返し、俺はこの不毛な話題を強制終了させた。
午後。広大な実習場に移動した俺とシャルルは、いよいよ一夏に対するIS操縦の特別カリキュラムを開始した。
「まずは、お前の得物である『雪羅弐型(ゆきひらにがた)』を構えてみろ」
俺の指示に従い、一夏が白式の巨大な太刀を顕現させる。
「よし。これからお前に教えるのは、その剣の刃渡りと長さ、そして『自分の絶対的な間合い』を身体に刻み込むことだ」
俺はISのコンソールを操作し、実習場の空間にホログラムで『教室の座席』を等間隔に投影した。
「実戦の最中、メートルやヤードで距離を測る暇はない。だが、普段から見慣れている物なら直感的に距離が掴めるはずだ。例えば、お前が普段座っている席から、前後左右に座席何個分の距離までなら剣が届くのか。それを身体で覚えろ。日常の風景を、戦場の物差しに変換するんだ」
「なるほど……! 確かに、教室の机の距離なら一瞬でイメージできる!」
一夏はポンと手を打ち、目を輝かせた。
「お前の白式は、極端な近接特化型だ。つまり、『この間合いに入るまで、いかにして生き延びるか』の訓練を中心的にやっていくぞ。いいな?」
「おうっ! よろしく頼む!」
俺とシャルルの言葉に、一夏は力強く頷いた。
弾幕の雨と、最適化される回避軌道
次に行ったのは、ISの特性に合わせて『常に動き回り続ける』ための機動訓練だ。
「回避動作が、実戦でどういう風に生きるのか。それを理論と『体感』の両方で叩き込む。シャルル、頼む!」
「了解! 行くよ、一夏!」
シャルルがラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの武装を展開し、一夏に向けて容赦のない実弾(訓練用ペイント弾)の弾幕を放つ。
「うわぁっ!? ちょっ、容赦ねえな!」
最初はただ闇雲に逃げ回るだけで、あっという間に被弾してしまう一夏。しかし、そこでただ撃たれるままにはしない。
「無駄な動きが多い! 敵の射線に対して直角に動け! 常に機体の慣性を殺さず、次の移動ベクトルへ繋げるんだ!」
俺が通信越しに回避行動の一つ一つを理論立てて指示を出し、シャルルがそれを実証するための正確な射撃を繰り返す。理論と実践の反復。L社の血を吐くような訓練に比べれば、あまりにも優しく、理にかなった手順だ。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
実習の終了時刻が近づく頃には、一夏は全身汗だくになりながらも、シャルルの弾幕を紙一重で躱し、流れるように『雪羅弐型』の間合いへと踏み込む動きを身につけつつあった。
「どうだった、一夏」
機体を休ませる一夏に感想を聞くと、彼は荒い息を吐きながらも、清々しい笑顔を向けた。
「すごい疲れたけど……すっげぇ分かりやすかった! 動き回り続ける大切さが、身に染みて分かったよ。二人とも、本当にありがとう!」
その濁りのない真っ直ぐな感謝の言葉に、俺とシャルルは顔を見合わせて小さく微笑んだ。
そこへ、カツン、カツンとヒールの音を響かせて織斑先生が歩み寄ってきた。
「どうだ、〇〇、シャルル。少しは見込みがありそうか?」
腕を組む教官に対し、俺は客観的な分析結果を報告した。
「ええ。一夏は直感で動く感覚型に近いですが、筋を通した理論を教えてやれば、納得して自分のものにする吸収速度が異常に速いです。このペースなら、タッグ戦トーナメントの時までには十分仕上がりますよ」
続いて、シャルルも嬉しそうに報告を足す。
「僕からは、彼のメンタルと適応力ですね。何度やられても『もう一回!』って立ち上がって粘る姿が凄く良かったです。最初はすぐ被弾してましたけど、僕と〇〇が教えた回避の動きを真似しつつ、無意識のうちに『自分の体格やISの出力』に合わせて最適化しているんです。才能、ありますよ」
二人の高い評価を聞き、織斑先生は僅かに目元を和らげた後、厳格な教官の顔に戻って一夏を睨みつけた。
「……聞いたか。お前のために時間と労力を割いてくれている彼らの努力を、絶対に無駄にするなよ」
彼女なりの不器用な激励。それに気づいた一夏は、顔を綻ばせて元気よく返事をした。
「わかってるよ、千冬ねえ!」
「学校では『織斑先生』と呼べと何度言ったら分かる!!」
すかさずバインダーで一夏の頭を叩く織斑先生だったが、その横顔はどこか誇らしげで、不甲斐ない弟の確かな成長を心から喜んでいるように見えた。