マルノウチノサンズノカワ
「では、これより『一夏奪還及び徹底強化プラン』に関する第一回オンライン会議を始める!」
前日の夜。篠ノ之箒の勇ましい宣言により、三者間通話のグループチャットが開かれていた。
画面の向こうでは、セシリアが優雅に紅茶を啜り、鈴音が腕を組んでふんすと鼻息を荒くしている。
『〇〇さんとシャルルさんの特訓……確かに動きの最適化としては理にかなっていますが、あまりにも無味乾燥! 華がありませんわ!』
『そうよ! あんなのただの千本ノックじゃない。もっとこう、心を通わせるアプローチが必要なのよ!』
「うむ、その通りだ。一夏の精神を鍛え上げるには、私たちが直接指導するに越したことはない。そこでだ、休日のスケジュールだが……まずは早朝から私と静かな和室で二人きりの座禅を――」
『却下ですわ! 休日は市街地での要人警護訓練と称して、私をエスコートしながら遊園地とショッピングモールを巡回させます! もちろん、私が選んだ服を着ていただきますわ!』
『ちょっとセシリア、それただのデートじゃない! だったら私がいちばん得意な家事スキルを活かして、朝から手作りのお弁当を持たせて一緒に海辺をランニングよ! 胃袋を掴むのが最高の強化プランなんだから!』
三人の話し合いは、開始数分で「いかに自分がいちばんに一夏と親密な時間を過ごすか」という欲望のぶつけ合いに発展した。
『待ちなさいよ、じゃあローテーションにすればいいじゃない! 午前は私、午後はセシリア、夕方は箒!』
『……不本意ですが、〇〇さんたちから一夏さんを取り戻すには、今は協力するしかありませんわね』
「くっ……背に腹は代えられん。よし、名付けて『市街地環境下における総合的護衛および精神・体力増強プログラム』だ!」
彼女たちは気づいていなかった。どれほど大義名分で取り繕おうと、その中身が「自分たちへの接待デート」でしかないことに。
翌日の朝。職員室のデスクで、織斑千冬はその3人の連名で送られてきたメールの文面を読んでいた。
『未熟ながらも、一夏君の更なる向上のため、私たちが考案した特別カリキュラムを提案いたします。〇〇君たちのプランと比較検討していただければ幸いです』
「……ほう。あいつらなりに考えて、対案を出してきたか。その向上心と度胸は評価してやろう」
千冬は少し感心しながら、添付されたスケジュールの詳細を開いた。
その背後から、山田真耶も「生徒たちが自分から教えようとするなんて、素晴らしいですね!」とニコニコしながら画面を覗き込む。
だが、詳細に目を通した瞬間、二人の表情が完全に凍りついた。
放課後のアリーナ練習はまだいい。だが、休日の欄に書かれているのは『遊園地での護衛任務(実費)』『海辺での体力作り(手作り弁当付き)』『和室での精神統一(二人きり)』といった、申し訳程度の訓練理由をこじつけただけの、純度100%のデートプランだった。
「…………」
千冬の額に、ピキッ、と青筋が浮かぶ。
「……なぁ、山田」
「はい、織斑先生」
「ISの訓練カリキュラムに……『デート』という項目はあったか?」
「いいえ。断じて、ありません」
カチャリ、と山田先生が中指で眼鏡を押し上げる。
普段はおっとりとして優しい山田先生の目から、完全に光が失われていた。眼鏡の奥の瞳は絶対零度の怒りを宿し、口元だけが歪な弧を描いている。
急ごしらえとはいえ、〇〇とシャルルが提出したプランは、一夏の生存率と回避能力を確実に引き上げるための、緻密で実践的なものだった。それに比べて、この私欲にまみれた紙屑の山を「比較してほしい」と抜かしたのだ。
「せめて……三人が協力して各々の得意分野を一夏に教える内容なら、未熟でも改善点を教えてやるつもりだったがな」
地獄の底から響くような千冬の声。
その異常な怒気に気づいた他の教師たちが「どうしたんだ?」と声をかけると、山田先生は無言でタブレットを突き出した。
それを見た教師たちは全員が絶句し、「……ああ、これは怒るわ」「山田先生があそこまでキレるなんて……」と、同情と恐怖の入り混じった視線をタブレットに向けた。
そんな大惨事になっているとは露知らず。
朝礼前、廊下を歩いていた俺とシャルルの前に、箒、セシリア、鈴音の三人が意気揚々と立ちはだかった。
「ふん! 〇〇、シャルル。お前たちの無味乾燥な訓練は今日で終わりだ!」
「私たちが、一夏さんのための『完璧なプラン』を織斑先生に提出いたしましたの!」
「そういうこと! 午後からは私たちが一夏を鍛えるから、覚悟しなさいよね!」
勝ち誇ったように言い放ち、三人は去っていく。
「……何があったのかな、急に」
首を傾げるシャルルに、俺は呆れ半分で答えた。
「一夏絡みで、俺たちの特訓よりも優れたメニューを作って提出したつもりなんだろ。……でも、あんな同士討ちをした二人に、恋敵の箒まで加わって、まともなプランがまとまると思うか?」
「あはは……確かに、無理そうだね」
シャルルが苦笑いする。
少し離れた壁に寄りかかり、聞き耳を立てていたラウラも、興味津々な顔をしつつも鼻で笑っていた。
「愚かな。〇〇のあの地獄のような合理性に、あいつらの思いつきが勝てるはずがなかろう」
そして、運命の朝礼の時間。
教室のドアがガラリと開き、織斑先生と山田先生が入ってきた瞬間――教室の空気が、物理的に凍りついた。
織斑先生はいつもより深く眉間に皺を刻み、山田先生は……笑顔のまま、目が全く笑っていなかった。L社で凶悪な幻想体が脱走した時と同じ、純粋な『死』の気配だ。
(……あ、これ終わったな)
俺は瞬時に全てを察した。シャルルも「よっぽど自分の事しか考えてないプランだったんだね……」と冷や汗を流し、ラウラに至っては「あの織斑先生があそこまで静かに激怒しているとは……」と戦慄している。俺たちの案が継続採用されることは、もはや確定事項だった。
クラスの他の生徒や一夏も、「先生たち、何かあったのか……?」と怯えきっている。
しかし、目の前の席にいる箒とセシリアだけは、「あの真剣な顔……私たちのプランの凄さに驚いているのね!」と、致命的な勘違いをしたまま胸を張っていた。彼女たちが己の愚かさを知るのは、午後の実習時間となる。
午後、第3アリーナ。
「篠ノ之、オルコット、凰。前へ出ろ」
千冬先生に呼ばれた三人は、ついに自分たちのメニューが採用されたのだと自信満々に歩み出た。
「先生! 私たちの特訓プラン、採用して――」
セシリアが笑顔で口を開いた、その瞬間。
ズドンッ!!!
三人の頬のすぐ横を、三発の凶悪な実弾が掠め飛んだ。
「「「えっ……?」」」
風圧で髪が乱れ、背後の防壁に弾痕が穿たれる音を聞いて、三人は大量の冷や汗をかきながらゆっくりと振り返った。
そこには、既にISを展開した織斑先生と、同じくISを展開して銃口を向けている山田先生が宙に浮いていた。
「お前たちの特別メニュー……あまりにも『素晴らしかった』のでな。ご褒美として、私と山田で直々に『特別メニュー』を考えてやった」
織斑先生が刀を抜き放つ。
「存分に味わえ。……死ぬ気で逃げろ!!」
「ひぃぃぃぃっ!?」
「なんで!? なんでこうなりますの!?」
「ほら言ったじゃない! セシリアの遊園地デートなんて書くからよ!」
「鈴音さんの手作り弁当のせいですわよ!」
「ええい、お前ら走りながら喧嘩をするな! 先生の目がマジだぞ!!」
お互いを罵り合いながら、凄まじい爆風と弾幕から逃げ惑う三人。
「あのふざけた出来で、よくも私の時間を奪ったな! 基本から叩き直してやる!!」
容赦のない追撃を加える織斑先生と山田先生。グラウンドは阿鼻叫喚の地獄と化した。
「……よし。あっちの騒ぎは見なかったことにして、俺たちは特訓を始めるぞ」
「う、うん……そうだね」
「おい〇〇、あいつら助けなくていいのか!?」
怯える一夏を無理やり引き戻し、俺は告げた。
「自業自得だ。気にするな一夏、今日は回避訓練に加えて、近接戦への移行ステップを叩き込むぞ」
その時、ポツンと取り残された一般の女子生徒の一人が、震える声で呟いた。
「……私たち、今日の実習どうしよう?」
指導教官二人は、馬鹿トリオの粛清に付きっきりだ。
だが、そこで唯一冷静だったラウラが動いた。彼女は自身のISの光学センサーを展開し、俺たちの特訓風景を多角的に撮影・データ収集していたのだ。
それを見た女子生徒たちの目の色が、スッと変わった。普段は一夏のことばかり騒ぎ立てている彼女たちだが、決して馬鹿ではない。IS学園に選抜されたエリートとしての矜持がある。
「ねえ、ラウラさん! 私たちにもその撮影のコツ、教えてくれない!?」
「デバイスで〇〇君たちの機動データを記録して、自分なりの所感と分析レポートを提出すれば……織斑先生も、少しは私たちの自主性を認めてくれるはずよ!」
「……ほう」
ラウラは彼女たちの向上心に満ちた目を見て、軍人らしく口角を上げた。
「良い心がけだ。貴様ら、遊兵になっている暇はないぞ! 私の指揮に従い、3時方向と9時方向から〇〇の重心移動のデータを抜け! スラスターの点火タイミングを絶対に逃すな!!」
「「「了解!!」」」
グラウンドの片隅では、軍人ラウラの的確な指示のもと、女子生徒たちが自ら考え、連携して多角的なビデオ撮影とデータ収集を行うという、見事な自律的訓練環境が構築されていた。
爆炎の向こう側、三人を追い回しながらその光景を遠目で確認した織斑先生は、チッと舌打ちしながらも、ほんの僅かに満足そうな笑みを浮かべた。
「……フン。あいつらなりに、自分の頭で考えて動けるようにはなってきたじゃないか」
そして再び、愚かな三人娘に向けて容赦のない砲撃を放つのだった。
イメージとしては爆風で吹き飛びながら逃げるコメディアニメみたいな感じで3人は逃げております