IS×PM   作:本棚の一冊

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20話 近接戦闘術とラッキースケベと残業

第3アリーナの片隅では、俺とシャルルによる一夏への特別訓練が次の段階へと移行していた。

グラウンドの反対側から時折聞こえてくる、千冬先生の容赦のない砲撃音と、三人の少女たちの悲鳴をBGMにしながら、俺は一夏に向き直った。

 

「回避の基礎は体に馴染んできたな。ここからは近接戦の立ち回りだ。いいか一夏、大前提として、俺たちはまだISの操縦に慣れていない『初心者』だ。だからこそ、徹底して『弱者の戦術』を取るしかない」

 

俺の言葉に、一夏は待機形態の白式を握り締めながら首を傾げた。

「弱者の戦術? でも、俺の白式は近接格闘に特化した専用機だろ? 雪羅のエネルギーも限られてるし、だったら相手の懐に潜り込んで、一撃で仕留めるような戦い方を狙うべきなんじゃないのか?」

 

「それは機体性能に振り回されてるだけの素人の発想だ」

俺はきっぱりと否定し、大鎌の柄を軽く肩に担いだ。

「例えが汚くて悪いが……周りを飛び回るハエや蚊を想像してみてくれ。あいつら、一撃の攻撃力なんて皆無だけど、視界の端をチョロチョロ飛び回って、叩こうとしてもスッと避けられて、ずっと顔の周りに張り付いてくるだろ? すっげぇ鬱陶しいよな」

「あ、ああ。想像しただけでイラッとするな、それ」

「それを俺たちがやるんだ。圧倒的な猛攻で相手に防御を強要してそのまま押し切るとか、正面から装甲ごと一撃でぶち抜くなんて芸当ができるのは……」

俺は親指で背後を指差した。

そこでは、千冬先生が放った極太のレーザーが防壁を丸ごと吹き飛ばし、箒たちが泣き叫びながら逃げ惑っている。

「……今、あそこで阿鼻叫喚の地獄を作ってる『怪物』みたいな人だけだ。俺たちみたいな新米は、もっと泥臭くいくぞ」

 

「なるほど……。じゃあ、具体的にどう動けばいい?」

「百聞は一見に如かずだ。さっきまでの回避訓練の要領で、俺に全力で打ち込んでこい。フェイントも何も考えず、がむしゃらにな」

 

「よし、行くぞ!」

一夏がスラスターを吹かし、白式の雪羅を大上段から振り下ろしてくる。

俺はそれを武器で受け止めず、最小限のステップと重心移動だけでヒラリと躱した。一夏が体勢を立て直して横薙ぎ、突き、逆袈裟と連続で打ち込んでくるが、俺は流れるようにそのすべてを空振りさせ、すれ違いざまに足元を軽く払い、崩れた一夏の首筋にピタリと大鎌の刃を寸止めした。

 

「……っ!」

「ストップ。どうだ一夏、息が上がってるだろ。俺の武器と一度でも打ち合ったか?」

 

一夏はぜぇぜぇと肩で息をしながら、信じられないという顔で俺を見た。

「はぁっ……はぁっ……なんだよそれ。全部躱された……。ただ打ち合うより、めちゃくちゃ疲れるぞ……!」

 

「だろ? 攻撃を防御されるより、空振りさせられる(躱される)方が、スタミナも精神力もゴリゴリ削られるんだよ。近接戦ってのは、格ゲーと同じだ」

俺は鎌を下ろし、一夏に分かりやすい例えを出した。

「格ゲーで、いきなり大振りの必殺技をぶっぱなす奴はいないだろ? 発生の早い小パンチや小足、牽制のジャブをチクチク当てて、相手の動きを制限していく。そうやって相手を焦らせて、隙を引き出すんだ」

 

「あっ……!」

一夏が手をポンと叩いた。

「つまり、さっきのハエの話はそういうことか! 相手の周りに張り付いて、躱して、牽制して……相手にずっとガードを強要させて、ガードクラッシュを誘発するような感じか!」

 

「その通りだ。いいか一夏、これは剣道の試合じゃない。蹴りも体当たりも全部使え。もし地上スレスレでの戦闘なら、スラスターで砂ぼこりを巻き上げて目眩ましにしたっていい」

俺は一夏の肩を軽く叩いた。

「今までやった回避訓練を活かして、相手にへばりつけ。相手の攻撃を避け、時にはいなし、徹底的に鬱陶しく立ち回れ。そうすれば、相手は必ず苛立って大振りの『大きな隙』を晒す。……お前の白式の一撃叩き込んでやれ」

 

「……すげえ。なんだか、やれる気がしてきた。ありがとう、〇〇!」

一夏の目に、確かな自信の光が宿る。

 

そこで、俺たちのやり取りをニコニコと見守っていたシャルルが一歩前に出た。

「うん、近接戦の基礎は〇〇の言う通りだね。……じゃあ、せっかくだから僕からも一つ。この技術が身についてからでいいんだけど、今度のタッグ戦に向けて『立ち位置』の概念も覚えておこうか」

 

シャルルは一夏の前を通り過ぎ、俺を一夏と挟み込むような位置にふわりと移動した。

「例えば、僕と〇〇がチームで、一夏が〇〇と近接戦をしていると仮定してね。……今のこの位置から僕が一夏を狙って射撃したら、どうなると思う?」

 

一夏は周囲を見渡し、ハッとした。

「あ……〇〇が射線上にいる。これじゃ、俺を撃つ前に〇〇に当たっちまうな」

 

「正解。だから射撃担当の僕は、同士討ちを避けるために一夏の側面に回り込んで、この前のタッグ戦みたいに十字砲火を狙おうとするんだ。……でも、一夏はどう動くべきかな?」

シャルルの問いに、一夏は少し考えてから、スッと立ち位置を変えた。常に俺を盾にするように、シャルルとの間に俺を挟み込む位置取りだ。

 

「こうか? これなら、シャルルがどう回り込んでも、〇〇が邪魔で撃てないだろ?」

 

「その通り! 流石一夏、飲み込みが早いね」

シャルルが嬉しそうに拍手をした。

「常に敵の射線を意識して、相手の仲間を盾にするように動く。これができると、射撃機体はすごく戦いづらいんだ。この前の模擬戦で、セシリアさんが鈴音さんを撃っちゃったみたいにね」

 

「味方の動きをよっぽど熟知してたり、心の底から信頼し合ってなきゃ、味方越しに射撃を撃つなんてのは最低の悪手だからな」

俺はシャルルの言葉を引き継ぎ、一夏の顔を見た。

「一夏だって、この前のクラス対抗戦でラウラと組んだ時、後ろから撃たれただろ? あんな風に味方から撃たれるのなんて、冗談じゃないって思うだろ?」

 

「当たり前だろ! あの時は本当に背筋が凍ったぞ。味方に背中を預けられないなんて、生きた心地がしなかった」

一夏が心底嫌そうに身震いする。

 

「そう。背中を預けた相手がそういう真似をすれば、疑心暗鬼になって信頼関係はあっさり崩壊する。動きがバラバラになれば、あとは各個撃破されて終わりだ。……だがな」

「完全に信頼し合える仲間同士なら、話は全く別になる。俺の師匠である人が言ってたんだがな……『本当に息の合った相棒同士は、言葉なんてなくても相手の狙いが手に取るように分かる』らしい」とあなたはローランから教わった言葉を伝える

 

「相手の狙いが、手に取るように……?」

 

「ああ。例えばシャルルが俺ごと一夏を撃ったとしても、俺は『シャルルが撃った弾道』を完全に信じ切って、その弾を避けるついでに一夏の退路を塞ぐような連携に昇華できる。……撃つ側も、避ける側も、完全に信頼し合ってるからこそできる『連携』だ」

 

俺とシャルル、そして一夏。

三人で顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。

「道のりは長そうだがな。まずは目の前の敵の攻撃を避けて、隙を突くところからだ。さぁ、休憩終わり! もう一丁いくぞ、一夏!」

「おう! 何度でも付き合ってやるぜ、〇〇! シャルル!」

 

爆音と悲鳴が響くグラウンドの片隅で、俺たちの特訓はますます熱を帯びていくのだった。

 

その日の実習時間終了の間際。第3アリーナの端には、これでもかとボロ雑巾のようにボコボコにされ、積み重なって白目を剥いて気絶している箒、セシリア、鈴音の三人の姿があった。

だが、グラウンドの反対側では、ラウラの的確な指揮のもとで膨大な戦闘データと駆動ログを収穫した女子生徒たちが、充実感に満ちた表情で談笑していた。

 

「……フン、思った通りだ。あいつら、ただ騒ぐだけの腑抜けではなかったようだな」

暮桜の装甲を解除しながら、織斑先生は満足げな笑みを浮かべていた。自ら考え、動き、他者の優れた技術を貪欲に吸収しようとする生徒たちの姿は、教育者として最も望ましいものだったからだ。

 

しかし、その日の夜。

男子寮の102号室――俺と、シャルルと、一夏が同居するその部屋の浴室で、シャルルは一人、激しい葛藤に苛まれていた。

 

「……ボクは、最低だ」

シャワーの冷たい水しぶきを浴びながら、シャルルは濡れた髪を手で覆い、小さく座り込んだ。

本当の性別は女の子。フランスからの刺客として、世界で唯一の男性IS操縦者である一夏のデータを収集するために、性別を偽ってこの学園に潜入した身。

だが、日々の訓練や、何より一夏やあなたの優しさに触れるたび、騙し続けていることへの罪悪感が彼女の心を黒く塗り潰していく。

 

「本当のことを言いたい……。ボクは男の子なんかじゃなくて、シャルロットなんだって。でも、任務が……お父様の期待が……」

板挟みの苦しみに、胸が引き裂かれそうだった。

 

シャワーを浴び終え、ため息をつきながら脱衣所で着替えていた時のことだ。

「――あ、悪いシャルル、シャンプー切れちまってさ、ストックってどこに……」

ガラッと、不用意にドアが開いた。

入ってきたのは、一夏だった。

 

「え……?」

「あっ……」

 

時が止まった。

そこにいたのは、胸にサラシを巻いた、まぎれもない下着姿の「女の子」――シャルロット・デュノアだった。

一夏は目を見開き、言葉を失って完全にフリーズしている。

 

「あ……あ、あ……」

その瞬間、シャルルの心の中で、張り詰めていた何かが音を立ててパチンと弾け飛んだ。

秘密がバレてしまったという絶望。隠し通せなかった恥ずかしさ。そして二人を裏切り続けていたという莫大な罪悪感。それらが一一気に濁流となって彼女の精神を飲み込んでいく。

 

「見られた……ボクが、女の子だって……。嘘つきだって、思われた……っ!!」

「違うんだシャルル! ボクは、俺はそんな――」

一夏の静止の声は届かない。シャルルの目から光が消え、彼女の身体から漆黒の『憂鬱』と『嫌悪』の光が噴き出した。幻想体に、身も心も乗っ取られてしまったかのように。

 

空間が歪み、ラファール・リヴァイヴが禍々しい姿に変貌して顕現する。

「いやあああああああああああっ!!」

悲鳴と共に、シャルルは浴室の壁を内側から爆破し、夜の闇へと飛び去ってしまった。

 

「いやぁ、今日の夕飯の餃子、すごく美味しかったですね! 〇〇君はお料理もプロ並みです!」

「山田先生が手伝ってくれたおかげですよ。……それにしても、今日の箒たちといい、本当に大変な日々ですね」

 

そんな他愛のない会話をしながらお茶を飲んでいた、その時だった。

俺のスマホが、鼓膜を破らんばかりの勢いでけたたましく鳴り響いた。画面には『一夏』の文字。

 

「もしもし一夏、どうした? 夜中にそんな大声で――」

『〇〇!! 大変なんだ、頼むから助けてくれ!!』

受話器越しでも分かる、一夏のパニック状態の叫び声。

『シャルルが、シャルルが本当は女の子で! それで、俺が着替えのところをうっかり見ちゃったら、シャルルが急に化け物みたいに黒い霧を纏って、ISを展開して外に飛び出しちまったんだ!!』

 

「――なっ!?」

俺の背筋に、一瞬で冷や水が浴びせられた。一夏がシャルルの正体を知ったショックよりも、その後の描写が完全に『精神の崩壊』による、ねじれあるいは幻想体との共鳴現象の特徴そのものだったからだ。

 

「一夏、落ち着いて聞け! 今すぐ白式を展開してシャルルを追え! 攻撃するな、絶対に刺激せずに距離を保つんだ、いいな!?」

『お、おう! 分かった、すぐ行く!』

 

通話を切った俺の顔は、完全に引き攣っていた。

「〇〇君……? 一夏君、なんて……?」

心配そうに見つめてくる山田先生に、俺は極めて真剣なトーンで告げた。

 

「先生、どうやら夜の残業のお時間です。一夏からの連絡ですが……シャルルが性別を偽っていた女の子だったこと。そして、精神的ショックで『幻想体』のように変貌し、暴走して夜空に飛び立ったそうです」

「ええっ!? シャルル君が女の子……!? いえ、それより暴走って……!」

 

俺は立ち上がり、指輪のインターフェースに手をかけた。

「織斑先生と更識生徒会長に超緊急事態だと連絡を。一般生徒に死者や怪我人が出ないよう、アリーナ周辺および学園全域の屋外区域を即座に完全封鎖してください。それと……状況からシャルルは下着姿のまま飛び出したはずです。正気に戻った時に着せるための、大きめのコートを用意して現場に持ってきてください!」

「わ、分かりました! 〇〇君、気をつけて……!」

 

山田先生の悲痛な声を背に受けながら、俺は寮の外へ出た。

「『レティシア』――展開!」

瞬時に身体を包み込む、赤と黒のフリル装甲。俺は夜の闇へと躍り出て、一夏とシャルルが向かったと思われる方角へとスラスターを最大出力で噴射した。

 

飛翔しながら、俺はL社情報チーム長のガブリエルへ暗号通信を繋いだ。

「ガブリエル! 聞こえるか! こちらIS学園、職員の精神崩壊に伴うE.G.Oおよび侵食現象が発生した!」

『――通信確認。〇〇、状況は把握しました。対象のバイタルおよび精神波行をスキャン中……。これは、本人の持つ強烈な罪悪感と自己嫌悪が、幻想体と共鳴したと考えられます』

ガブリエルの冷静な声が耳に届く。

「対処法は!? 通常のパニック状態と同じか!?」

『ええ。幻想体の脱走時と同じく、物理的解決が最良です。機体を大破させるか、あるいはショックを与えて完全に気絶させてください。精神が限界を迎えているため、言葉での説得はほぼ不可能です』

「分かった、力ずくで眠らせる!」

 

通信を切り、前方に視線を向けると、夜空の雲が不自然に渦巻いているのが見えた。

そこには、一夏の白式と――そして、異形と化したラファール・リヴァイヴの姿があった。

 

「シャルル! 頼むから止まってくれ、話を聞いてくれ!」

一夏が必死に呼びかけながら、白式のスラスターで飛び回っている。

だが、対峙するシャルルの状態は異常だった。ラファールの装甲はところどころ黒く歪み、何より、HUDに映る彼女の『顔』が恐ろしかった。

 

「ボクは嘘つきだ……! みんなを騙してた……!」

泣き叫ぶ顔。次の瞬間には、

「あははは! 誰も信じられない! お父様も、一夏も、〇〇も!」

と狂気的に笑う顔に変貌する。悲しみ、怒り、絶望――様々な負の感情の表情に無理矢理コロコロと変わりながら、彼女は狂ったように全方位へ弾幕を撒き散らしていた。

 

「くっ、うおおおおっ!?」

一夏は、昼間の特訓の成果を全開にして、その苛烈な弾幕を必死に躱している。もし回避の特訓がなければ、彼は今頃蜂の巣にされて地上に叩き落とされていただろう。

 

「一夏、持ち堪えろ!」

俺はレティシアの銃口を構え、その狂気の弾幕の渦中へと突っ込んでいった。




次回、ある幻想体が2種類出てきます ヒントは見られるのは嫌
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