俺、涙が出そうだよ…
そしてシャルロットの胸部を矯正した器具を売ればもうかるのでは?
防音の施された静かな別室。俺は端末の画面に表示された「A」の文字をタップし、発信ボタンを押した。
この世界におけるL社の最高責任者。その名は――アンジェラ。
数回の呼び出し音の後、電子的なノイズと共に、涼やかで寸分の狂いもない声がスピーカーから流れてきた。
『……私よ、〇〇。昨夜の事案報告書は既に確認しているわ。わざわざ直接通信を入れてくるということは、例の学生――シャルロット・デュノアの処遇についてね?』
「相変わらず話が早くて助かります、アンジェラ」
俺は小さく苦笑しながら、本題を切り出した。
「昨夜の報告書の通り、彼女には複合的な幻想体共鳴の兆候が見られました。E.G.Oの適性検査を実施すること、そして、彼女の身柄の確保を兼ねて実家の『デュノア社』との技術提携を進めることについて、社長の判断を仰ぎたいのですが」
『適性検査に関しては、あなたの見立てを信用するわ。次の休日に、学園の近くに配置しているL社の支部に機材を用意させるから、彼女を連れてきなさい』
アンジェラは事務的にそう告げると、少しだけ声音を落とした。
『問題はデュノア社との提携ね。L社の技術を外部のIS企業に開示・提供するとなれば、エネルギー運用や装甲コーティングの分野で大きな変革が起きる。……これに関しては、技術部のチーフに見解を確認する必要があるわ。10分後に掛け直すから、一度切りなさい』
「了解しました。お待ちしています」
ツ、ツ、と無機質な切断音が響き、通信が切れる。俺は静かに息を吐き、壁の時計に目をやった。L社の技術部――あの型破りなチーフ(配属チームの面々)がISの技術、それも世界最先端のブラックボックスに興味を示さないはずがない。
正確に10分後、手元の端末が予定通りに震えた。画面をスライドして耳に当てる。
『待たせたわね、〇〇。……結論から言うと、提携の用意はこちらで進める方針で固まったわ。技術部のチーフがね、手元の端末の向こうで『ISとE.G.Oの複合運用なんて最高に刺激的だ! 是非ともやらせてくれ!』って、今にも空間切断してでそっちに押し掛けそうな勢いで叫んでいたものだから』
アンジェラの言葉に、俺は脳内で技術部のチーフが目を輝かせて騒いでいる姿を幻視して、少しだけ冷や汗をかいた。
『ただし、形だけの提携では意味がないわ。デュノア社にL社の傘下もしくは提携先としての実利を持たせ、彼女の安全を完全に保証させるには、当然、デュノア社最高責任者――つまり、シャルロットさんの父親の正式な承認とサインが必要になるわ』
アンジェラの声に、社長としての冷徹なビジネスの響きが混ざる。
『これから、こちらからフランスのデュノア社本国へ緊急の対談を申し込むわ。向こうの父親を通信の場へ呼び出すための段取りを組むから……〇〇、そこにいるシャルロットさんを電話口に呼びなさい。実の娘からの連絡とL社からの要請が重なれば、あの男が拒む理由は無いはずよ』
「分かりました。すぐに連れてきます」
俺は力強く答えて通信を繋いだままにし、特別室へと繋がる重い扉を開けた。
室内では、一夏とシャルロット、そして千冬先生と楯無先輩が、固唾を呑んで俺の帰りを待っていた。
「シャルロット、ちょっと来てくれ」
俺は驚く彼女に向けて、手元の端末を軽く掲げて微笑んだ。
「L社の社長――アンジェラからだ。お前のお父さんをこの場に引っ張り出す準備ができた。……未来を変えるための、最初の交渉を始めよう」
「シャルロット、こっちへ。ボサッとしてる暇はないぞ」
俺が手招きすると、シャルロットは驚きで目を丸くしながらも、すがるような面持ちで小走りに別室へとやってきた。彼女に端末を手渡し、スピーカーモードに切り替える。
『初めまして、シャルロット・デュノアさん。私がL社の最高責任者、アンジェラよ』
端末から流れるアンジェラの、冷徹でありながらもどこか絶対的な安心感を与える声音に、シャルロットはごくりと息を呑んで背筋を伸ばした。
「は、初めまして、アンジェラ社長……! 〇〇くんから、お話は……」
『ええ、聞いているわ。単刀直入に言うけれど、あなたの父親と直接の連絡ラインを繋ぐことは可能かしら?』
「はい……! 潜入任務の定時連絡用につくられた、秘匿の直通回線があります。それなら、フランスの本社にいるお父様に直接繋がります」
『結構。なら今すぐお父様に繋いでちょうだい。そしてこう伝えるのよ。『L社の最高責任者が、デュノア社の未来に関する重大な商談を求めている』とね。話が早くて助かるわ』
「わかりました……!」
シャルロットは震える手で端末を操作し、自身の秘匿回線からフランスの本国へ発信した。数回のコールの後、画面の向こうで厳格そうな中年男性の声が響く。シャルロットは一瞬だけ気圧されそうになりながらも、俺の顔を見て意を決し、アンジェラから言われた通りの言葉を毅然と言い放った。
父親が驚愕し、二つ返事で承諾して頷く気配が通信越しに伝わってくる。
『交渉のテーブルに着く用意ができたようね』
アンジェラが割り込むように告げた。
『シャルロットさん、通信をL社の特設暗号サーバーへリダイレクトしたわ。〇〇、立会人としてそこにいる織斑先生や学園長、生徒会長も巻き込みなさい。一夏くんもね。全員の目の前で、公式な電子契約を交わすわ』
「了解しました」
俺が答えると同時にアンジェラとの通話が切れ、俺とシャルロットは揃って特別室へと戻った。
「更識会長、すみません。カメラ付きのノートパソコンを一台、大至急用意していただけますか? 画面をメインモニターにミラーリングしたいので」
「ええ、もちろんよ! 待ってて」
事態の急展開に目を輝かせた楯無先輩が、部屋の隅のデスクから手際よくノートパソコンを持ってきて机に広げた。
俺は即座に端末へ送られてきたL社の秘匿URLをパソコンに入力し、回線を繋ぐ。
「織斑先生、学園長、お手数ですがカメラの映る位置へお願いします。デュノア社の社長、L社のアンジェラ社長との三者(+IS学園)会談を始めます」
千冬先生がフンと鼻を鳴らして俺の隣に立ち、学園長と楯無先輩も席を詰める。一夏はシャルロットの肩にそっと手を置き、背後で見守る姿勢をとった。
数秒のロードの後、ノートパソコンの画面が4分割された。
画面上部には、どこか豪奢なオフィスで焦燥感を隠せない表情を浮かべる、シャルロットの父親――デュノア社社長。
画面左下には、L社の社長室を思わせる無機質で洗練された空間に、冷徹な美貌を湛えて座るアンジェラ社長。
そして右下には、俺たちIS学園の特別室の面々が、カメラ越しにバッチリと映し出された。
没落寸前のIS企業トップと、世界のエネルギーを牛耳る巨人のトップ。シャルロットの未来を賭けた、緊迫の国際オンライン会議が、ここに幕を開けた。
「あ、待ってください。大事な人がもう一人足りない」
画面が繋がった瞬間、俺は思い出したように指をパチンと鳴らし、千冬先生と顔を見合わせた。「先生、山田先生を」
「ああ、あの件の第一発見者かつ、昨夜の処理を手伝わせたからな。すぐに呼べ」
千冬先生の指示で、俺はすぐに山田先生の端末へ超緊急の呼び出しを入れた。
数分後、「お、織斑先生! 〇〇君! 何事ですか!?」と息を切らせて特別室に飛び込んできた山田先生は、部屋の空気の重さと、モニターに映し出されたデュノア社社長およびL社アンジェラ社長の姿を見るなり、すべてを察して一瞬で真剣な表情へと切り替わった。静かに千冬先生の隣へと滑り込み、背筋を正す。
画面の向こうで、まずは互いの社長が形式的ながらも冷徹な挨拶を交わした。
緊迫した沈黙の中、学園長が厳かに口を開く。
「デュノア社長。まず大前提として証明しておこう。現在、このIS学園において、君の娘であるシャルロット・デュノアくんが女性であり、男装して潜入していたという事実を知っているのは、今この部屋にいる立会人のみだ。情報統制は完璧に敷いている。……これを踏まえた上で、L社との話を聞くといい」
その言葉に、画面の向こうの父親が僅かに安堵し、同時に身構えるのが分かった。
それを確認すると、アンジェラは一切の無駄を省き、単刀直入に本題を切り出した。
『挨拶はここまでにするわ、デュノア社長。単刀直入に言うけれど、我がL社が保有するIS技術は、まだまだ未発達もいいところよ。世界基準で見れば遅れている。だからこそ、私たちはデュノア社の持つ優れたIS技術とノウハウの協力を求めているわ』
その言葉に、シャルロットの父親は眉をひそめ、不快感を隠そうともせずに冷たい声を返してきた。
『……L社のアンジェラ社長。世界を牛耳る貴社が、我が娘の犯した不祥事をダシにして、我が社の技術を一方的に搾取しようというわけですか?』
『搾取? 誤解しないでちょうだい。L社は等価交換を原則としているわ。代価は当然、そちらの想像以上のものを用意している』
アンジェラは微動だにせず、淡々と、しかし決定的な条件を並べ立てた。
『デュノア社が、世界で唯一、L社とIS技術における提携を結ぶ「独占権」を与えるわ。それに伴い、シャルロット・デュノアさんの身柄と安全は我が社が永久に保護する。……もしあなたが、現在傾きかけているデュノア社の経営改善と、業績の大幅な跳ね上がりを真剣に試みている実業家であるなら、この提案がどれほど有益なものか、理解できないはずがないわね?』
父親の目が、驚愕と計算の光で激しく揺れ動く。
そこで、俺は一歩前に出て、マイクに向かって声を投げかけた。
「デュノア社長、L社職員の〇〇です。現場からの補足を失礼します。昨夜の暴走データを検証した結果、あなたの娘さんにはL社のコア技術である『E.G.O』への非常に高い業務適性がある可能性が浮上しました。次の休日に検査を行いますが、もし適性があれば、彼女をL社の『外部契約職員』として正式に雇用します。そうなれば、彼女はただの技術的なパイプ役ではなく、両社の提携を象徴する世界で唯一無二の存在になる。そのメリットは、お父様であるあなたにとっても計り知れないはずです」
俺の言葉を聞き、シャルロットの父親は深く背もたれに体重を預け、目を閉じて一考を始めた。
沈黙が部屋を支配する。一夏がじっと拳を握り、シャルロットは父親の言葉を待って息を止めている。
やがて、父親はゆっくりと目を開けると、その表情から冷徹な経営者の仮面を少しだけ外し、画面越しに娘の姿を見つめた。
「……世界唯一の独占提携、そして娘の安全と地位の保証。実業家としても、父親としても、これを拒む理由は我が社にはない。……アンジェラ社長、その提案、謹んでお受けしよう」
そして、父親は俺たちの方を向き、静かに告げた。
「……娘を、シャルロットを頼む」
「はい。責任を持って」
俺が力強く頷くと、シャルロットの目からポロポロと涙がこぼれ落ち、一夏がその肩を優しく叩いた。
『交渉成立ね』
アンジェラが冷酷な、しかし完璧なビジネスの笑みを浮かべる。
『なら、大枠の合意は取れたわ。あとは経営トップ同士、二人きりで細かい契約書の文面と技術開示の範囲を詰めましょうか。IS学園の皆さんは、そこで通信を切ってちょうだい』
プチッ、と画面の右半分が暗くなり、アンジェラとデュノア社長の二者対談へと移行すると同時に、こちらの接続が切断された。
ノートパソコンの画面を閉じ、俺は大きく息を吐き出した。
「……終わった。ひとまずは、大成功ですね」
部屋の中に、張り詰めていた空気がフッと緩む音が響いた。シャルロットの未来を縛り付けていた鎖は、今この瞬間、L社という巨大な後ろ盾によって完全に解き放たれたのだ。
「……よかったな、シャルル。いや、シャルロット」
一夏が、本当に自分のことのように嬉しそうな顔をして、シャルロットの肩に手を置いた。
シャルロットはその温かさに触れ、堪えていた感情が決壊したように、大粒の嬉し涙をボロボロと流しながら何度も何度も頷いた。
「うん……! うん……! ありがとう、一夏くん、〇〇くん……! 本当に、本当にありがとう……っ!」
泣きじゃくる彼女の姿を見ながら、俺はふっと息を抜いて、部屋の皆に向き直った。
「シャルロット、お礼を言うなら一夏にたっぷり言ってやってくれ。……みんな、昨夜の戦闘データはこれから正式に共有しますが、ぶっちゃけ一夏がいなければ、今頃こんなハッピーエンドにはなってませんよ」
「え? 俺……?」
急に名前を挙げられた一夏が、きょとんとして自分を指差す。
「謙遜するな。昨夜のあの状況、もし俺とお前が仕損じて、暴走したシャルロットが学園の防壁を越えて外に出てしまっていたら……本当にそこで終わりだったんだ。さっきも言った通り、L社の鎮圧チームが出動して、彼女の命はまず無かった。それに、あの複合的な幻想体の能力を前にしたら、俺一人だけじゃ抑え込むことも、無傷で拘束することも絶対に不可能だった。一夏が俺を信じて、目を瞑ったまま正確に『零落白夜』を叩き込んでくれたからこそ、彼女の命は救われたんだよ」
俺が真剣なトーンでそう告げると、特別室にいた先生方や学園長も、一夏のその一瞬の決断力と勇気に、感心したように深く頷いていた。
シャルロットは涙を拭い、改めて一夏、そして俺や先生たち一人一人の目を真っ直ぐに見つめ直した。
「一夏くん……ボクの命を救ってくれて、本当にありがとう。先生方も、学園長も、生徒会長も……スパイだったボクのために、ここまでしてくれて……ありがとうございました!」
彼女の心からの感謝の言葉を聞いて、それまで静かに見守っていた楯無先輩が、パチンと小気味よく扇子を閉じた。
「ふふ、これで一件落着かしらね。色々ハラハラさせられたけれど、最後は最高の結果に落ち着いたじゃない」
「ああ。我が学園の生徒が一人、救われたのだからな」
千冬先生が腕を組み、いつもより心持ち柔らかい表情でシャルロットを見つめた後、俺と一夏に視線を移した。
「織斑、〇〇、それとデュノア。昨夜から今朝にかけて、お前たちは働き詰めだ。……今日は特別に公欠(休み)にしてやる。部屋に戻って泥のように眠るなり、好きにしろ」
「えっ、いいんですか!?」と一夏が驚く。
学園長も優しく微笑みながら立ち上がった。
「ええ、もちろん。大人たちの仕事はここまで。あとは、若者同士でこれからのこと、これまでのことを存分に話し合うといい。この部屋はしばらく空けておくからね」
「それでは、私たちはこれで失礼するわ。山田先生、行くぞ」
「はい、織斑先生。皆さん、本当にお疲れ様でした!」
千冬先生と山田先生、そして学園長が静かに部屋を後にし、扉が閉まる。
部屋に残されたのは、俺と一夏、シャルロット、そしてなぜか居残って「ふふん」と楽しそうに微笑んでいる楯無先輩の4人だけだった。窓から差し込む朝の光が、昨日までの重苦しい嘘をすべて洗い流すように、部屋を明るく照らしていた。
「……で、更識会長。なんでまだ居るんですか?」
大人が退室して一息つけるかと思いきや、当然のようにソファに深く腰掛けている楯無先輩を見やり、俺はジト目を向けた。
「あら、冷たいわね〇〇君。私にだってまだやることがあるのよ、生徒会長としてね」
楯無先輩は悪戯っぽくウインクすると、スッと表情を引き締め、一夏とシャルロットの二人を交互に見つめた。
「一夏君、シャルロットちゃん。次の学年別タッグ戦のトーナメントだけど――あなたたち二人でタッグを組んで出なさい」
「「えっ!?」」
一夏とシャルロットの声が綺麗にハモった。驚きに目を見張る二人に対し、楯無先輩はパタパタと優雅に扇子を動かしながら、当然のように言葉を続ける。
「だって、昨夜のあれだけの修羅場を潜り抜けて、お互いに『気脈を通じてる』二人の方がチームとして絶対に強いでしょ? シャルロットちゃんの秘密も、実力も、全部共有できているんだから、これ以上の相棒はいないわ」
「それは……確かに、そうかもしれないけど……」
一夏がチラリとシャルロットを見る。シャルロットはまだ少し顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうに俯いていた。
「というわけで、決定! 一夏君、そのタッグ戦までの間に、〇〇君とシャルロットちゃんに、死ぬほどたくさん鍛えてもらいなさい」
「えっ!? 〇〇だけじゃなくて、シャルル……じゃなくてシャルロットにも!? どういうことだよ、なんで俺が一番鍛えられなきゃいけないんだ?」
一夏が納得いかないといった様子で眉をひそめる。
そのあまりにも鈍すぎる一言に、俺と楯無先輩は綺麗にタイミングを合わせて、ハァ……と深いため息をついた。
「「お前……」」
俺たちの声が見事に重なり、俺は頭を抱え、楯無先輩は呆れたように額に手を当てた。そして、二人揃って一夏に鋭い視線を突き刺す。
「「自分の『価値』ってものを、少しは分かっているの?」」
「え、価値……? 俺の?」
一夏は完全に置いてきぼりを食らったような顔で、自身の顔を指差すのだった。
「一夏。お前、自分がどれほど『特別』な存在か分かってるか?」
俺は呆れ半分に、しかし真剣な眼差しで彼を捉えた。
「ISは本来、女性しか動かせない兵器だ。そんな中で男性である俺たちが操縦できること自体、世界基準で見れば『異質』かつ『異常』なんだよ。学園内は織斑先生の監視があるから安全だが……外の世界は違う。一夏、お前を拉致したり、強引に連れ去ろうとしたりする連中は、世界中に星の数ほどいるんだ」
一夏は驚いたように目を瞬かせた。「……そんな奴らが、本当にいるのか?」
俺は短く頷いた。
「以前、学園の周辺で俺が直接狙われたことがある。その時はたまたまL社の保安チームと同行していたから即座に取り押さえて事なきを得たが……そういう連中にとって、一夏、お前という『サンプル』の価値は計り知れない」
さらに、楯無先輩が扇子で一夏を指し示し、補足する。
「それにね、一夏君。君を確保できれば、君の家族であり、ISの教官でもある織斑千冬先生を脅迫するための『最高の切り札』になるわ。君が守られるべき存在から、誰かを脅すための道具に成り下がる……そんな未来、見たくないでしょう?」
楯無先輩の言葉の重みに、一夏の表情から余裕が消え、次第に険しいものへと変わっていく。
「だからね、一夏君。少なくとも、襲撃を受けた時に自力で防戦し、他の警護部隊や救援が駆けつけるまでの時間を稼げる程度の『腕』は持ってもらわなければ困るの。今のままじゃ、君はただの『守られるだけの希少種』でしかないわ」
一夏は拳を握り締め、深く、重く頷いた。
「……そうか。俺が狙われることは、姉貴を危険に晒すことにもなるんだな……。そんなの、絶対に許せない」
一夏は顔を上げ、先ほどまでの迷いを振り切ったような鋭い眼光を俺たちに向けた。
「分かった。……千冬姉が俺のせいで頭を下げるような真似はさせない。姉貴が安心して暮らせるために、俺は強くなるよ。シャルロット、〇〇、これから頼むぞ!」
その言葉を聞き、シャルロットは少し驚きながらも、すぐに誇らしげな笑みを浮かべて頷いた。
「うん、任せて、一夏くん! ボクがビシビシ鍛えてあげるからね!」
「……さて、一夏君の覚悟も決まったみたいね」
楯無先輩は満足そうに扇子を閉じ、俺にチラリと視線を送った。
「じゃあ、あとは二人にお任せするわ。私は生徒会室に戻って、トーナメントの準備を進めておくから。期待してるわよ?」
先輩が軽やかな足取りで去った後、俺はこれから始まる「地獄の特訓」の準備に思いを馳せ、小さく苦笑した。一夏の成長と、シャルロットとの連携。このタッグ戦、単なるトーナメント以上の意味を持つことになる――そんな予感が、俺の胸に強く残った。
次回は○○と山田先生の話になります