土曜日の朝。俺とシャルロットは、運転席でハンドルを握る山田先生の車に揺られ、L社の日本支部へと向かっていた。
IS学園という最先端の施設にいる彼女たちにとって、未知の技術体系を持つ「L社」の内部に入るのは初めてのことだ。車内はさぞ緊張で張り詰めているだろう……と思いきや、ルームミラー越しに見える二人の顔は、不安よりも好奇心と期待でキラキラと輝いていた。
「L社の支部って、どんなところ? やっぱりロボットとかがいっぱい動いてるの?」
「ふふ、私も気になります。〇〇君が普段どんなところでお仕事をしているのか、見られるのが楽しみです」
「いや、そんなSF映画みたいな場所じゃないですよ。ただの無機質なオフィスビルです」
俺は助手席から苦笑して答えたが、二人のワクワクした様子を見て、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
やがて車は、都心部の少し外れにある巨大で無機質なビル――L社日本支部へと到着した。
正面玄関からロビーに足を踏み入れると、すでに二人の見知った顔が出迎えてくれていた。
「ようこそ日本支部へ! 〇〇君、お疲れ様! ゲストのお二人も、よく来てくれたわね!」
ハキハキとした元気な声で出迎えてくれたのは、コントロール部門チーフのエリヤだ。
「初めまして。教育部門チーフのミシェルです。遠いところからありがとうございます。さっそく、入館証の発行と手続きを進めますね」
ミシェルが柔らかい笑顔でタブレットを操作し、山田先生とシャルロットにゲスト用のIDカードを手渡す。二人は緊張しながらも、丁寧にお辞儀をしてカードを受け取った。
入館手続きを終え、俺たちはミシェルの案内で教育部門の測定室へと向かった。
シャルロットのE.G.O適性検査は、多角的なアプローチで行われた。
まずは基本的な心体測定と、基礎体力のテスト。続いて「直感的に10秒以内でチェックを入れる」という簡単な性格検査だ。これは本人の深層心理や精神の耐性を大まかに測るためのものである。
そしていよいよ、実際に低ランクのE.G.O装備を身に纏い、精神波形をチェックする最終テストが行われた。
ガラス越しのコントロールルームで、ミシェルがモニターの波形を見ながら驚いたように声を上げた。
「……凄いわ、〇〇君。シャルロットさん、間違いなくE.G.Oの適性がある。でも、これまでの職員のデータパターンとはかなり違うわね」
検査着から着替えて戻ってきたシャルロットと山田先生の前で、俺はモニターを指差しながら尋ねた。
「違うパターンって、どういうことですか?」
「ええっとね」ミシェルがデータを空中にホログラム展開する。「彼女の場合、E.G.Oの『防具』に対する適性が極端に低いの。装備しても防壁として機能せず、ただの普通の服みたいな状態になっちゃう。その代わり……『武具』に対する適性が異常に高いわ。それに、最近発見されたばかりのEGOの変形機能――『変調』を自然に扱える素養があるみたいなの」
「『変調』ですか……なるほど。防具が機能しないなら、前に出て戦うのは危険ですね。適しているのは射撃系のEGOか」
俺は腕を組み、ミシェルに念を押した。
「彼女はあくまでIS学園の生徒であり、外部職員です。精神汚染のリスクを最小限にするためにも、負担の少ないタイプのE.G.Oを用意してやってください」
「ええ、もちろんよ。あなたの言う通りにするわ」
ミシェルが頷き、俺たち三人は「射撃系かつ負担が少ないE.G.O」の選定に入った。
「うーん……長射程で、威力がそこそこあって、なおかつ精神汚染が少ないものとなると……やっぱり『レティシア』になるのかなぁ」
ミシェルがぽつりと言うと、シャルロットがハッとして俺を見た。
「レ、レティシアって……〇〇が前に着てた、あの可愛い衣装の武器!?」
「ああ、そうだ。安心しろ、防護服の適性はないから、着るのはISのパイロットスーツのままでいい。貸与するのはあのリボンがついたライフルだけだ」
俺が頷くと、シャルロットは少しだけホッとしたような、残念そうな顔をした。
山田先生が不思議そうに首を傾げる。
「他にも射撃用の武器はあるんですか? どうしてそのレティシアという武器が選ばれるんでしょう?」
その疑問に、横からエリヤが答えた。
「L社のE.G.Oって、基本的に幻想体に直接殴りかかる『近接武器』の系統が鎮圧効率の都合上圧倒的に多いのよ。ピストル系の遠距離武器も割とあるんだけど……幻想体相手の戦闘も想定するとなると、火力が全然足りないの」
ミシェルも申し訳なさそうに補足する。
「それに、より火力の高い『WAW』や『ALEPH』クラスの強力なE.G.Oは、持っているだけで使用者の精神をゴリゴリ削るほどの強い精神汚染(リスク)があるの。外部職員のシャルロットさんに、そんな危険なものを装備させるわけにはいかないわ」
「つまり、中堅ランク(HEクラス)で、長射程かつ単発の威力が安定していて、精神的な悪影響がほぼ無い……という条件で絞り込むと、『レティシア』一択に落ち着いてしまうんだ、長射程のEGOは他にもあるんだけど癖が強いというか…見たもの全部貫く魔弾を放ったりや装備が絡まったりして気持ち悪い感覚になるんだ」
俺がそう締めくくった直後、測定室の自動ドアが開き、情報チーム・チーフのガブリエルが足早に入ってきた。彼の手には、先ほど採取されたシャルロットの波形データが束ねられたタブレットが握られている。
「計測データの解析が終わったので、E.G.Oの選定の相談に来たのですが……話は進んでいるようですね」
ガブリエルは俺たちに軽く会釈すると、タブレットの画面をスッと持ち上げた。
「結論から言いましょう。現在の彼女の精神安定性の高さ、そして『変調』を組み込んだ上で可能な限り高火力を引き出せる最適なE.G.Oは――やはり『レティシア』になるでしょう。これ以外に、彼女のポテンシャルを安全に引き出せる選択肢は現状ありません」
「それじゃあ、さっそくレティシアの支給手続きと、初期同調のテストに入りましょうか」
ミシェルが笑顔で頷き、手元で手際よく端末を操作して手配を進めた。
俺たちは教育部門に併設されている屋内練習場へと移動した。
少し待つと、防護ケースに収められた一つのE.G.O武器が運ばれてくる。ケースが開かれると、そこにあったのは――クラシカルなマスケット銃をベースに、子供がつけるような愛らしい黒いリボンが一つ巻き付けられた、独特なデザインのライフルだった。
「これが、HEクラスE.G.O『レティシア』の武器よ。シャルロットさん、どうぞ持って撃ってみて」
ミシェルに促され、シャルロットは緊張でごくりと唾を呑みながら、その銃身に手を伸ばした。
初めて触れるL社の兵器。ISの起動スイッチに触れる時とは全く違う、まるで「武器そのものが自分の精神に語りかけてくる」ような奇妙な感覚に、彼女の身体が僅かに震える。
しかし、そこはさすが代表候補生だ。シャルロットが銃を的に向けて構えた瞬間、その佇まいは一気に見事なスナイパーのそれへと変わった。
「……すごい。ISのレーザーライフルみたいにエネルギーを消費する感覚がないのに、ボクの集中力が高まるのと連動して、銃が勝手に照準を合わせてくれるみたいだ……!」
その性能の異質さに驚きつつも、シャルロットは静かに息を吐き、引き金を引いた。
――ズドンッ!!
重厚な発砲音と共に放たれた一撃は、遥か前方にある標的のど真ん中(ブルズアイ)を正確に撃ち抜いた。
「素晴らしいわ! 初めてでこれだけ同調できるなんて!」
ミシェルがパチパチと手を叩いて絶賛する中、隣からエリヤが楽しげに身を乗り出してきた。
「じゃあ次は、さっきガブリエルが言ってた変形機能――『変調』を使ってみましょう! シャルロットさん、その銃に巻かれているリボンに意識を集中して、『もっと手数を増やして近くを狙う』イメージを持ってみて!」
「手数を増やして、近くを……こう、かな……!?」
シャルロットがエリヤの説明通りに意識を拡張した、その瞬間だった。
ライフルの銃身を覆っていた黒いリボンが生き物のように解け、眩い光の粒子と共に銃が二つに分裂した。光が収まった時、彼女の両手には、それぞれリボンが可愛らしく巻き付けられた、小回りの利きそうな『二丁拳銃』が握られていた。
「えっ!? 形が変わった……!?」
これには、後ろで見守っていた山田先生も「わぁっ!」と声を上げて驚いている。
「即座に形態が変わるなんて……これなら、ライフル形態の隙を突かれて幻想体に急に接近されても、瞬時に近接銃撃戦に切り替えて距離を取りながら対処できそうですね」
俺が感心して頷くと、シャルロットは二丁の銃の感触を確かめるように小さくトリガーを引き、嬉しそうに微笑んだ。
「うん、これならすごく戦いやすいよ、〇〇!」
その後、いくつかの基礎データを計測し、今日の訓練は無事に終了した。
訓練室の重い扉から出てきたシャルロットに、俺と山田先生はすぐに駆け寄った。
「シャルロット、お疲れ様。初めてのE.G.Oで緊張しただろ」
「本当にお疲れ様でした、シャルロットちゃん! 銃を構えた姿、とっても格好良かったですよ!」
「ふふ、ありがとうございます、〇〇くん、山田先生。お二人が見ていてくれたから、安心して集中できました」
シャルロットがはにかみながら汗を拭っていると、時計を見たエリヤが「あ、もうこんな時間!」と声を上げた。
「みんな、ちょうどお昼近くになったし、本部の食堂に行きましょうよ! 今日は〇〇君たちもいるんだから、L社名物の美味しいご飯をご馳走するわ!」
「食堂、ですか? ぜひ行ってみたいです!」と山田先生が目を輝かせる。
一方、俺はエリヤの言葉と、今日が何月何日の「何曜日」であるかを脳内で瞬時に照らし合わせた。そして、L社本部の食堂のスケジュールを思い出した瞬間、俺の頭の中に電撃が走った。
「……待てよ。今日って、まさか……あの『個数限定特製ハムハムパンパン・サンドイッチ』が提供される日か!?」
「え? ええ、そうよ? よく覚えてたわね、〇〇」
エリヤがのんきに頷いた瞬間、俺の目の色が変わった。
ハムハムパンパン――L社職員なら誰もが目の色を変えて奪い合う、超絶絶品にして、一瞬で売り切れる伝説の限定メニュー。もたもたしていたら、すべて食い尽くされてしまう!
「先生! シャルロット! 急ぎ足で行きますよ!!」
「えっ!? 〇、〇〇くん、急にどうしたの!?」
「ちょっと、〇〇君、引っ張らないでください〜!?」
突然、獲物を狙う傭兵のような鋭い顔つきになった俺に、シャルロットも山田先生も完全に戸惑い、目を丸くしている。しかし俺はそんな二人を気にする余裕もなく、しっかりと二人の手を握り締めると、L社名物の限定食を勝ち取るために、食堂へ向かって猛ダッシュ(急ぎ足)を開始するのだった。
上層の食堂は、まるで戦場を駆け抜けた甲斐あって一番乗りだった。
運良く確保した『ハムハムパンパン』のセットをテーブルに並べると、そこにはフライドチキンを贅沢に挟んだボリューム満点のサンドイッチと、彩り豊かなサラダ、そして濃厚なスープが並んでいた。
「いただきまーす!」
シャルロットと山田先生が一口頬張る。次の瞬間、二人の目が大きく見開かれた。
「んっ……! な、何これ……すごく美味しい! チキンはサクサクなのに、パンが驚くほどもちもちしてて……!」
「本当ですね! お肉の旨味とソースのバランスが完璧です……! 〇〇君、これは毎日でも食べたくなりますね」
二人が目を輝かせて食べる姿を見ながら、俺は苦笑して首を振った。
「そう言ってもらえると嬉しいですけど、毎日食べるのは無理ですよ。見てください、あそこ」
俺が顎をしゃくった先では、食堂のドアが勢いよく開き、昼休憩に入った大勢の職員たちが雪崩れ込んできていた。彼らは真っ先に『ハムハムパンパン』のカウンターへ向かうが、掲示板には無情にも『SOLD OUT』の赤い文字。
「うわあああ!? 売り切れ!? 嘘だろ、ハムハムパンパンが!」
「僕の今日の唯一の癒やしがぁぁ!」
悲痛な叫びが食堂に響き渡る。
「……すごいです、皆さん本気なんですね……」
シャルロットが少し引き気味に言うと、エリヤがやれやれといった顔で肩をすくめた。
「ここの食堂は全部、先着順だから人気メニューはああなるのよ。メニュー表を見て」
彼女が指差したメニュー表には、『沈黙代価のシチュー』、『山田団子』、『何もないの肉塊焼き』、『地中の天国への階段サラダ』など、どれも一目では何が材料なのか全く分からない怪しげな料理名が並んでいる。
「味はどれも保証するほど美味しいんだけどね、ネーミングセンスがね……。見た目が結構尖ったものも多いのよ」
ミシェルもガブリエルも深く頷く。そんな会話をしていると、ふらふらと、片手にウィスキーのボトルを下げた男が近寄ってきた。
「……あ、ここの席、空いてますかね?」
ふにゃりと笑って近寄ってきたのは、上層の休憩室長、ジェバンニだった。彼はボトルから直接ウィスキーをグラスに注ぎ、何も割らずにグイッと煽る。
「ちょっとジェバンニ! また昼間から飲んでるのね! いい加減にしなさいよ!」
エリヤが怒り、ミシェルも呆れたように眉を寄せるが、彼は全く意に介さない。
「えへへ、いいじゃないですか。……僕にはこれが必要なんですよね。これがないと、この会社の理不尽な忙しさには耐えられないんですよ」
「……これでも一応、上層の休憩室やここの食堂、自販機の在庫管理とかの手配をする室長なんですよ。いい加減にしてほしいですね」
ガブリエルがため息をつくと、ジェバンニは「努力はしてますよ」とマイペースに返した。
「……ちゃんと仕事はしてるじゃないですか。僕らの休憩室、いつも清潔で快適でしょう?」
その言葉に、3人は「まぁ、それは否定できないけれど……」と苦笑する。昼食時だというのにこの緩い雰囲気。L社という組織の、ある意味で非常にらしい日常だった。
食事を終え、食器を片付け終わると、エリヤが切り出した。
「さて、今日はこれでおしまいですね。シャルロットさんの適性データも取れたし、レティシアの武装も確認できたわ。あとは細部の微調整と、IS仕様への安全措置を施して……準備ができ次第、学園に届けますね」
「ありがとうございます、エリヤさん、ミシェルさん、ガブリエルさん! お世話になりました!」
シャルロットが深々と頭を下げ、俺たちもまた帰路につく。
L社の騒がしくも温かい日常から、再びIS学園という戦いと青春の地へ。シャルロットの瞳には、かつてのスパイとしての冷たさではなく、仲間と共に強くなるという確かな決意が宿っていた。
本場のハムハムパンパンに行ってみたい