アリーナの上空、初夏の陽光を浴びて4機のISが静いに対峙していた。
試合開始のブザーが鳴る直前、両タッグの間で短い通信が繋がれる。
「一夏、ここまで来たら手加減なしだよ。ボクたちの連携、全部ぶつけるからね!」
シャルロットがラファール・リヴァイヴの出力を安定させながら、気合の入った声で告げる。一夏もまた、白式の雪片弐型を強く握り直した。
「ああ、ここまで来たら優勝しかねぇ! 箒、ラウラ、全力で来い!」
しかし、返ってきたのは、二方向からの冷徹で刺すような敵意だった。
「フン、寝言は寝て言え、一夏。お前をここで徹底的に叩き潰し、私の教官の弟として相応しくないことを証明してやる」
ラウラが眼帯の奥の瞳を獰猛に光らせる。隣の箒も、量産機『打鉄』の実体刀を上段に構え、剥き出しの闘志を一夏へと向けた。
「一夏! 覚悟しろ! 私の剣が、お前のその生半可な構えを叩き斬る!」
「――試合開始!!」
山田先生のコールが響き渡った瞬間、ラウラと箒の2機が凄まじい推進力で動いた。事前の宣言通り、二人は完全に一夏だけを視野に入れ、左右の二方向から挟み込むようにして一夏へと突撃する。
「しまっ――!?」
一瞬、一夏に緊張が走った。しかし、その包囲網が完成するより早く、フランスの俊足が空を裂いた。
「させるかあっ!」
シャルロットがラファール・リヴァイヴの全スラスターを瞬間最大出力で解放し、一夏へ肉薄せんとしていたラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』のインサイドへと、猛烈なスピードで割り込んだ。完璧なインターセプト。
「チッ、邪魔な羽虫が!」
ラウラは舌打ちし、突撃軌道を修正せざるを得なくなる。これにより、目論んでいた「二人での一夏袋叩き」は崩され、戦況は強制的に『一夏 VS 箒』のタイマン、そしてそれを『シャルロットとラウラが互いに相方の援護をしながら睨み合う』という高度な変則乱戦の形へと移行した。
「一夏ぁぁぁッ!!」
自由になった箒が、打鉄の推進力を一点に集中させ、一夏の脳天めがけて鋭い一撃を振り下ろす。
以前の一夏であれば、「上等だ!」とばかりにその一撃を真っ向から力任せに受け止め、無駄にシールドエネルギーを消耗していただろう。しかし、俺との地獄の特訓、そして昨日の試合を経て、今の一夏は確実に戦術を学習していた。
「――そこだ!」
一夏は雪片弐型をあえて真っ直ぐ合わせず、打鉄の刃の軌道を僅かに滑らせるようにして『受け流し』、自身のシールドへの負荷を最小限に抑えた。そのまま最小限のフットワークでバックステップを踏み、箒との絶妙な間合いを保ち続ける。
「なっ……当たらない!? 逃げるな、一夏!」
「逃げてんじゃねえよ、間合いを測ってんだ!」
一夏は箒の猛攻をいなし、牽制の突きを放ちながら、ジリジリと自身の位置をズラしていく。
それはただの回避行動ではない。一夏は、自分の背後にいるシャルロットの『射線』が、箒の無防備な側面に綺麗に通るようなポジションへと、箒を巧みに誘導していたのだ。
「そこ、もらったよ箒さん!」
ラウラとビームブレードを交えながらも、シャルロットはその瞬間を見逃さなかった。マルチ・ウェポンシステムから瞬時にアサルトライフルを展開し、一夏の誘導によって完全にガラ空きになった箒の右駆動部へ向けて、正確な三点バーストを放つ。
「篠ノ之、右だ! 避けろ!」
通信越しにラウラの鋭い警告が飛ぶ。箒は咄嗟に打鉄のスラスターを吹かして軸をずらしたが、シャルロットの放った弾丸は打鉄のショルダー装甲を掠め、シールド値を確実に削り取った。
「くっ、フランスの候補生……! チョコまかと鬱陶しい!」
ラウラはすぐさま箒の後方へ回り込み、一夏に向けてシュヴァルツェア・レーゲンのレールガンを構え、射線を通そうと試みる。相方である箒の障害となる一夏を、遠距離から一気に撃ち抜く腹積もりだ。
しかし、一夏の位置取りと、シャルロットが絶え間なく放つ牽制の光条がそれを許さない。一夏が常に箒の影に隠れるような絶妙な立体交差を維持しているため、ラウラが撃とうとすれば、どうしても手前の箒を巻き込んでしまうのだ。
(チッ……完全に計算された位置取りか。一夏め、あの男との特訓でここまで戦術を身につけたというのか……!)
ラウラは、力任せではない一夏の「老獪な戦い方」に明らかな苛立ちを覚え、即座に力攻めでの射線確保は不可能だと判断した。
「篠ノ之、聞こえるか。これより力技で連携を崩す」
ラウラは冷徹な声で、機内無線を通じて箒に直接指示を出した。
「……今から3秒後、お前の一点五歩右後方に向けて最大出力のプラズマカノンを叩き込む。巻き込まれたくなければ、私のカウントと同時に跳べ」
「な、何!? 分かった!」
箒は打鉄のグリップを握り直し、一夏への猛攻を維持しながらタイミングを計る。
「3――2――1――そこだ、離れろ!!」
ラウラの合図と同時に、箒の打鉄が爆発的な制動で真上へと跳躍した。直後、一夏がいた空間に向けて、ラウラの機体から極太の紫色の光条が、大気を引き裂きながら照射された。
アリーナの観客席は、両陣営を応援する生徒たちの熱狂的な歓声で揺れていた。
「いけーっ! 一夏君、シャルル君! そのまま押し切れ!」
「ラウラ様! 箒さん! 負けないでーっ!」
「どっちも頑張れーっ!」
飛び交うプラズマと激しい金属音の合間に、割れんばかりの声援が響く。そんな熱気の中、警備席から戦況を見下ろしていた俺は、目を見開いて感嘆の息を漏らした。
「……驚きました。あのラウラが、味方と連携してあんな思い切った奇襲をかけるなんて」
「ああ。確かに見違えたな」
隣の織斑先生が、腕を組んだまま満足げに口角を上げた。
「転入してきた当初のラウラなら、一夏を倒すという目的のためだけに、射線上にいる味方ごと躊躇なく撃ち抜いていただろう。だが今は違う。事前の通知を入れ、味方を退避させてから自身の最大火力を叩き込む……軍人としての冷徹さだけでなく、仲間を活かす戦術を覚えた。これで、試合の動きが大きく変わるぞ」
織斑先生の言う通り、戦況は一変していた。
直撃こそ免れたものの、至近距離でプラズマキャノンの余波を浴びた一夏の『白式』は、シールドエネルギーを大幅に削り取られ、体勢を大きく崩していた。
「一夏! 今度こそもらったぁぁッ!」
この決定的な隙を、箒が見逃すはずもなかった。
一夏を一気に沈めるべく、量産機『打鉄』のスラスターを全開にして猛スピードで肉薄する。
「くっ……! シャルル、ラウラを頼む! こっちは俺が引き受ける!」
「了解! ラウラさんはボクが絶対に足止めする! 一夏、逆転のチャンスを掴んで!」
シャルロットが即座にラウラとのドッグファイトに突入し、激しい弾幕を張って彼女を一夏から引き剥がす。これにより、再び『一夏 VS 箒』のタイマンの状況が作り出された。
「逃がさんぞ一夏! 私の剣を正面から受けてみろ!」
箒は凄まじい気迫と共に、実体刀による怒涛の連続攻撃を仕掛ける。上段、中段、袈裟斬り。しかし、一夏は驚くほど冷静だった。
「誰が馬鹿正直に受けるかよ!」
一夏は雪片弐型を最小限の動きで盾にし、箒の猛攻をスレスレで躱し、あるいは受け流し続ける。以前のように力任せに打ち合うことは一切せず、シールドエネルギーの消耗を徹底的に抑えながら、虎視眈々と逆転の一手を狙っていた。
しかし、その一夏の「老獪な防御」は、剣の道に生きる箒のプライドをひどく逆撫でした。
「なぜだ! なぜまともに打ち合わない、一夏! お前の剣はそんなものだったのか!」
「剣の勝負じゃねえ! これはISのタッグ戦だ!」
「うるさい、うるさい、うるさい! 逃げてばかりで勝てると思うなッ!」
焦燥と苛立ち。
自身の剣を正面から受け止めてくれない一夏への不満が、箒の心を乱していく。何度も何度も無謀なラッシュを繰り返すうちに、疲労と怒りが重なり、彼女の『心』と『体』の動きに、ほんの僅かなズレが生じ始めていた。
(……動きが単調になってる。大振りが来るぞ!)
一夏の目が、鷹のように鋭く光った。
そんな一夏の冷静な観察に気づかず、箒は一気に勝負を決めるべく、剣を大きく上段に振りかぶった。
「これで……終わりだ一夏!! ――面ォォォッ!!」
渾身の力を込めた、必殺の振り下ろし。しかし、それは剣道における『隙だらけの大振り』に他ならなかった。
「甘いッ!!」
一夏は迎撃に剣を使わなかった。
箒の剣が振り下ろされるその瞬間、一夏は白式のブースト出力を背部ではなく『前方下部』に集中させ、彼女の懐へとロケットのように飛び込んだのだ。
「なっ……!?」
ガンッ!!
「きゃあっ!?」
剣を振り下ろすより早く、一夏の肩による強烈な『体当たり』が箒の胸部装甲に激突した。完全に虚を突かれた箒は、為す術もなく大きくよろけ、機体のバランスを完全に喪失する。
「そこだァァァッ!!」
体勢を崩し、完全に無防備となった箒の『打鉄』。
その首筋に向けて、一夏の右手に握られた『雪片弐型』の白刃が、一閃の光となって振り抜かれた。
「――っ!!」
ピタリ、と。
打鉄の稼働音が完全に停止し、システムダウンの赤いアラートがアリーナのスクリーンに点灯した。
箒の機能停止を知らせるアラートが鳴り響く中、ラウラは1対2という圧倒的不利な状況に立たされた。しかし、彼女の眼帯の奥の瞳から、余裕の色は全く崩れていなかった。
「……フン、篠ノ之が落とされたか。だが、だからどうしたというのだ」
ラウラの戦術眼は極めて冷静だった。
シールドエネルギーを大幅に消耗している一夏さえ機能停止に追い込めば、残るシャルロットとの1対1なら十分に勝機はある。ラウラは『シュヴァルツェア・レーゲン』の全火力を、ただ一人、一夏へと集中させた。
「一夏ぁっ! お前だけは、ここで確実に叩き潰す!」
「させるかよ、ラウラ!」
レールガンとプラズマ弾の雨が一夏を襲う。しかし、一夏はそれらを紙一重で、かつ全弾回避しながら、ジリジリとラウラとの距離を詰めていく。その背後からは、シャルロットのラファール・リヴァイヴが精密な妨害射撃を行い、ラウラの足止めと弾幕の相殺を完璧にこなしていた。
(……なんなのだ、この男は。なぜこれほどまでに避ける!?)
迫り来る一夏の洗練された動きを見つめながら、ラウラの胸中にどす黒い感情が渦巻き始めた。
一夏の成長は、戦士として認めざるを得ない。教官である千冬の弟としてのポテンシャルは確かにある。……だが、それを認めてしまえば、最強の道具として造られた『自分自身のアイデンティティ』が完全に崩壊してしまう。
自分が最も見下し、絶対に負けるという屈辱を味わいたくない相手。それが、目の前で自分を超えようとしている。
「認めん……! 私は、お前など絶対に認めんぞぉぉぉッ!!」
ラウラが悲痛な叫びを上げたその瞬間だった。
彼女のシュヴァルツェア・レーゲンから、突如として禍々しい黒い光が間欠泉のように噴き出したのだ。
「な、なんだ!? ラウラの機体の様子が……!」
「一夏くん、下がって! 何かおかしいよ!」
一夏とシャルロットが警戒し、距離を取った直後――アリーナの上空から、所属不明の大量の無人機が、隕石のように次々と降り注いできた。
さらに異常は続く。アリーナの強固な床面がドロドロに溶け出し、地中から2体の異形の存在が這い出してきたのだ。
1体は、真っ直ぐにラウラの機体へと飛びつき、そのまま彼女のISとグチャグチャに融合を始めた。黒い光に包まれたラウラの機体からは、おぞましい赤い殻と、ギョロギョロと動く無数の目玉が生え出していく。
もう1体は、ピノキオのように『鼻が長く伸びた木彫りの人形』のような不気味な姿をしており、周囲に落下してきた無人機たちの武装や動きをジロジロと観察し、自身の体を物理的に変形させて『模倣』を開始していた。
「……ラウラ! なんだあの姿は……まさか、『VTシステム』か!?」
警備席で立ち上がった織斑先生が、驚愕に見開いた目で叫んだ。
「織斑先生、山田先生! 観客の生徒たちを直ちに避難させてください! 誘導はお二人に任せます!」
「〇〇君!? あなたはどうする気ですか!」
悲鳴を上げて逃げ惑う生徒たちを背に、俺は腕時計型の起動キーのネジをギリリと力強く回した。
「俺は避難の邪魔をさせないよう、あいつらを押さえ込みます! 無人機の数も多すぎる……避難が終わったら、お二人に加勢を依頼します! それと、鎮圧しながら聞くので、その『VTシステム』について教えてください!」
「……ッ、分かった! 死ぬなよ、〇〇! 真耶、生徒の誘導を急ぐぞ!」
「は、はいっ! 皆さん、落ち着いて! 私たちの指示に従って……!」
二人が力強く頷いたのを確認した瞬間、俺は観客席からアリーナの底へと一気に飛び降りた。
『E.G.O展開――宇宙の欠片』
空中での落下中、ISのフレームを覆うように、不気味で宇宙的な意匠を持つ『宇宙の欠片』のE.G.O装備が俺の全身を包み込む。
着地と同時に、避難経路へ向かおうとしていた無人機の群れへと吶喊した。右手の巨大な大鎌で無人機の装甲を切り裂き、左手で形成した『宇宙の欠片の槍』を敵の関節部へ正確に突き刺し、機能を物理的に停止させていく。
「こちら〇〇! ガブリエルチーフ、聞こえますか!」
俺は槍を振り抜きながら、インカム越しにL社本部の情報チームへ通信を繋いだ。
『ええ、アリーナの映像は全てモニタリングしています。〇〇さん、状況は?』
即座にガブリエルの冷静な声が返ってくる。
「地中から2体の幻想体が出現! 1体はラウラ・ボーデヴィッヒのISに融合し、もう1体は無人機の模倣を行っています! どちらも本社では見なかった個体……新種の可能性が高いです!」
『なるほど。あなたが実戦で調査と足止めを行っている間、こちらで並行してパターン解析を進めます』
「頼みます! それと――」
俺は、赤い殻と無数の目玉を生やし、禍々しい咆哮を上げるラウラの姿を睨みつけた。
「ガブリエルさん。あのラウラに取り憑いた幻想体……アレはマズい。アレは、どう見ても『何もない』の変異体に酷似しています。万が一に備え、レベル5職員のみで構成された特務鎮圧部隊を編成し、即座に制圧できるよう待機させてください!」
『……赤い殻に、多眼。それにあの異常な肉体変化。確かに「何もない」の因子を感じますね。了解しました、特別チームを編成待機させます。くれぐれも、単独で致命傷を負わないように』
ガブリエルとの通信を終えた直後、俺の戦術ネットワークに、一夏、シャルロット、そして織斑先生の通信が強制的に割り込んできた。
『〇〇、聞こえるか! お前の要望通り、これよりあの現象――「VTシステム」について説明する! 一夏、シャルル、お前たちもよく聞け!』
激しい機械音と爆発音が響くアリーナの中で、織斑先生の張り詰めた声が、俺たちの耳に届いた。
今回のテーマは模倣