IS×PM   作:本棚の一冊

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猫の手を借りたらどうなるのか


33話 慌ただしい土曜日 後編

「よし、日報はこれで終わり、と」

 

カタカタカタ、とキーボードを叩く小気味良い音が部屋に響く。

最後のエンターキーを少し強めに押し、俺は画面に表示された本日の日報を送信した。

 

「ふぅ……。特訓に、臨海学校の予兆か。考えてみれば、いつの間にかもう夏が近いんだな」

 

窓の外の少し長くなった昼の名残を感じながら、俺は椅子の背もたれに体を預けた。戦い尽くしの日々の中で、季節の移り変わりなんてすっかり忘れていた気がする。

 

画面の隅で、L社の社内ネットワークの通知バッジがピコンと跳ねた。

【広報部より:今月のL社広報・各支部特別号が更新されました】

 

「お、広報の更新か。ちょうどいいや、ちょっと息抜きに見てみるか」

 

俺はマウスを操作して、配信されたページを開いた。L社のイメージアップ戦略の一環として始まったこの広報だが、最近は各支部が競い合うようにコンテンツを投稿しているらしい。

 

まずは我が日本支部のページを開いてみる。

 

「どれどれ……『日本支部特製! ローラン直伝パジョンのレシピ(奥様のアンジェリカ氏絶賛!)』……って、ローランさん、広報で何やってるんですか」

 

画面には、あの黒スーツのローランさんが、エプロン姿でフライパンを握っているシュールな写真が載っていた。パジョン――韓国風のネギお好み焼きのようなものらしい。

 

「へえ、アンジェリカさんが絶賛ねぇ。……いやでも、めちゃくちゃ美味そうだなこれ。外側がカリッとしてて、ネギがたっぷりで……。今日の晩御飯、これにするか?」

 

ゴクリと喉を鳴らしながら、ページをスクロールして今度は韓国本社の読み物コーナーに目を移した。タイトルは『ボンちゃんVSクラップ蟹』。

 

「……なんだこれ? 『本社のマスコットの座を賭けて、熱き戦いが今始まる!』って……おいおい」

 

画面には、大きな目玉がついた丸鶏の化物みたいな生物(ボンちゃん)と、不気味なヤドカリの化物(クラップ蟹)が、謎の競技場で睨み合っているイラストが載っていた。

 

「おい、これどっちもただの幻想体だろ! マスコットにするなよ! ……えーっと、第一種目でボンちゃんが叫び、第二種目でクラップ蟹が泡を吹き……そして最終決戦の直後、なぜか両者諸共、競技場が木っ端微塵に大爆破――って、爆発オチかよ!! どんな競技だよ、ツッコミが追いつかねえよ!」

 

画面に向かって思わず大声でツッコミを入れてしまった。本社の広報担当の頭の中はどうなっているんだ。

 

気を取り直して他のページも見てみる。

 

「あ、これ、先月反響が多かったっていう『今月の指令占い』か。占いの精度の高さが前回から大好評につき続投……って、いや、指令を占いに使うなよ。当たったら当たったで怖いだろ」

 

さらにスクロールすると、今度は妙に知性派なコーナーがあった。

「『簡単にわかる世界文学・第一話:嵐が丘』……へえ、文学好きな職員でもいるのかな……」

 

各支部が出してきた広報物は、まさに玉石混交だった。

「まあ、良く言えば多種多様。悪く言えば、完全に節操がないよなこれ……。イメージを良くしていこうっていう広報部の必死の努力だけは見て取れるけどさ」

 

ふっと笑いながら、俺は最初の日本支部のページに戻った。画面に映る、黄金色に焼けた美味そうなパジョンの画像を見つめる。

 

「よし決めた。山田先生も疲れてるだろうし、今日の夕飯はローランさん直伝のパジョンにしよう。アンジェリカさんお墨付きなら味は間違いないはずだ」

 

俺は端末を操作してそのレシピのページを印刷した。

ウィーンと音を立てて出てきた紙を手に取り、俺はエプロンを締めるために台所へと向かった。

 

「ネギと、イカと、小麦粉はあったっけな……。先生、喜んでくれるといいんだけど」

 

鼻歌交じりに冷蔵庫を開け、俺は好きな人の喜ぶ顔を想像しながら、今夜の夕食の準備を始めるのだった。

 

「よし、片方はレシピ通りに……うん、いい焼き色だ」

 

フライパンの上で、じゅうじゅうと香ばしい音を立てて1枚目のパジョンが焼き上がった。タレの濃い香りが食欲をそそる。

だが、皿に移しながら俺はふと考えた。昨日の今日だ。山田先生はきっと心身ともに疲れ切っているはず。そこに油っこいものは、少し胃に負担がかかるかもしれない。

 

「よし、もう1枚は少しアレンジしてみよう」

 

2枚目は油を極力少なくし、弱火でじっくり火を通すことで野菜の新鮮なシャキシャキ感を中に閉じ込める。仕上げにレモン果汁をキュッと絞って、全体をさっぱりとした風味に仕上げてみた。

 

ちょうどお皿に盛り付け終えたその時、玄関のドアが開く音がした。

 

「ただいま戻りましたぁ……ふぅ」

「おかえりなさい、山田先生! お疲れ様です」

「あ、〇〇君! 戻りました……って、わぁ、すっごく良い匂いがします!」

 

入ってきた山田先生は、昨日の事件の後始末でさすがにクタクタな表情をしていた。けれど、部屋に漂う料理の匂いを嗅いだ瞬間、パッと顔を輝かせた。

 

「ふふ、今日の料理は、さっき届いたL社の広報に載っていた新作レシピを試してみたんです。名付けて『ローラン直伝パジョン』です」

「L社の広報ですか? それはとっても楽しみです! 職員室での書類仕事で頭がパンパンでしたけど、一気に目が覚めちゃいました。さあ、すぐに食事の準備にしましょう!」

 

二人の好物だった学食のおかずも少し添えて、テーブルの上に2種類のパジョンが並ぶ。

 

「美味しいっ! こっちのレシピ通りのはタレが濃厚でガツンと元気が出ますし……あ、でも〇〇君、こっちのレモンが乗っているのは?」

「先生が疲れ気味だと思ったので、油を少なめにして、野菜のシャキシャキ感を残してあっさり食べられるようにアレンジしてみたんです」

「嬉しい……! 本当にさっぱりしていて、いくらでも食べられちゃいますぅ。〇〇君の優しさが隠し味ですね」

 

そう言って嬉しそうに微笑む山田先生を見て、俺の胸がいっぱいになる。レシピの分量自体も非常に適切だったため、多すぎることも少なすぎることもなく、綺麗に2人で完食することができた。

 

食事中の会話は、自然とこれからの話になった。

「一夏君たちに大浴場の件、伝えてくれたんですね。織斑先生から聞きました」

「ええ。一夏はめちゃくちゃ喜んでましたよ。まあ、女子生徒との鉢合わせには気をつけろって脅しておきましたけど」

「あはは、あのクラスなら本当に何か起きそうで怖いです……。あ、それと、夏休みの臨海学校のことなんですけど、本当に海沿いの施設で行うことが正式に決まりましたよ」

「やっぱりそうなんですね。楯無会長も警戒してましたけど、俺たちも裏での警戒は怠らないようにしないとですね」

「はい。でも、〇〇君と一緒なら、なんだか私も少し楽しみで……あ、もちろん引率の教師としてですよ!?」

 

慌てて言い訳する先生が可愛らしくて、俺はただ「分かってますよ」と笑って返した。

 

夕食の後、お互いにお風呂を済ませ、のんびりと夜の時間を過ごした。

そして、いざ寝る時間になってベッドに入った瞬間、俺たちの間に妙な緊張感が走った。原因は、今日の朝の出来事だ。目が覚めたらお互いに抱き合っていたというあのハプニングが、どうしても頭をよぎってしまう。

 

間接照明の薄明かりの中、俺の顔はみるみる赤くなっていくのが自分でも分かった。ちらりと隣を見ると、山田先生も布団を鼻の頭まで引き上げて、顔を真っ赤にしている。

 

「……あの、山田先生」

「は、はいっ! 何でしょう、〇〇君!」

「い、いや、その……流石に2日連続であんな、その……朝起きたら抱き合っちゃってる、みたいなことはないはずですから……ね?」

「そ、そうですよね! あはは……! 昨日は二人とも、本当に疲れ切っていましたから! 今日は絶対に大丈夫です!」

 

山田先生は慌ててブンブンと首を横に振って同意した。

そんなやり取りをしつつも、布団の中でお互いの手がそっと触れ合うと、ごく自然に、指が絡まって手が繋がれた。今やこの学園での過酷な日々を乗り越えるための、俺たちの「おまじない」であり、常態化している約束事だ。

 

繋いだ手から伝わる心地よい体温を感じながら、俺は天井を見つめ、ぽつりと口を開いた。

 

「……独り言なんですけど」

「え、あ、はい。何ですか?」

「今日の朝……目が覚めて、山田先生を抱きしめてるって気付いた時。本当は……時間が止まっていればいいのにって、ちょっと思っちゃいました。本当は、もっとずっと、あのまま抱きしめていたかったです」

 

「っ……!」

 

布団の中で、繋がった山田先生の手がピクッと跳ねた。

長い沈黙が流れる。言わなきゃ良かっただろうか、と俺が焦り始めたその時、山田先生の小さく震える声が聞こえてきた。

 

「……私も、独り言、ですけど」

「はい」

「私も……本当は、朝目が覚めた時、すごくドキドキして、すごく温かくて。もっと、もっと〇〇君に抱きしめられていたかったです。……でも、私は先生で、あなたは生徒、ですから……」

 

言葉の最後は、切なそうに小さく消えていった。

お互いに正面から向き合って伝えることはできない、教師と生徒という越えられない壁。だからこそ、こうして「独り言」という形でお互いの本当の想いを重ね合わせる。

 

「……意気地なしで、すみません」

「ううん、いいんですよ……。今のままで、十分幸せですから……」

 

繋いだ手に、ぎゅっとお互いに愛おしさを込めて力を込める。

顔を真っ赤にしたまま、けれど胸の中を温かい幸福感で満たしながら、俺たちの甘く切ない夜は静かに更けていくのだった。

 

 

週が明けた月曜日の朝。

1年1組の教室は、朝から蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 

「ねえねえ〇〇君! 一夏君! 金曜日の決勝戦、最後どうなったの!?」

「なんかアリーナの下から、黒いバケモノみたいなのがいっぱい出てきたって噂だけど……!」

「ラウラさんの機体から赤い光が出た後、放送が途切れて見えなかったのよ! 教えて!」

 

クラスメイトはおろか、噂を聞きつけた他のクラスの女子たちまでが俺と一夏の席に群がり、目を輝かせながら根掘り葉掘り聞いてくる。

だが、L社の機密である幻想体やVTシステムについて、ここでペラペラと喋るわけにはいかない。

 

「い、いやぁ〜、俺も最後の方は必死すぎてよく覚えてないっていうか……」

「そうそう! 気がついたら終わってて、俺たちも疲れてぶっ倒れちゃってさ。アハハ……」

 

他言無用と固く口止めされている俺たちは、冷や汗を流しながらひたすら誤魔化すしかなかった。

 

「えー、なんだつまんない」

「あ、そういえばシャルル君がまだ来てないわね。どうしたのかしら?」

 

女子たちの矛先がようやく別の話題に移り、俺と一夏がこっそり安堵の息を吐いたその時。

ガラッ! と教室のドアが開き、織斑先生が入ってきた。

 

「席に着け、ホームルームを始めるぞ」

 

先生の鶴の一声で、蜘蛛の子を散らすように生徒たちが自分の席に戻る。

 

「出欠を取る前に、お前たちに転入生を紹介する」

「えっ、また転入生!?」

「今度はどこの国の人だろう?」

 

ざわめく教室内。織斑先生がドアの方へ視線を向け、「入れ」と短く声をかけた。

静かにドアが開き、教室に入ってきたのは――見慣れた男子の制服ではなく、IS学園の可愛らしい女子の制服に身を包んだ、金髪の美少女だった。

 

「――えっ」

「うそっ……シャ、シャルル君!?」

 

誰かが上げた悲鳴のような声に、教室の空気がピタリと止まる。

教壇に立った彼女は、少し頬を染めながらも、凛とした笑顔でクラス全員を見渡した。

 

「皆さん、おはようございます。……驚かせてしまってごめんなさい。ボクの本当の名前は、『シャルロット・デュノア』と言います」

 

シャルロットは、自分がデュノア家の事情で男装をして学園に潜入していたこと、そしてこれからは一人の女子生徒としてこの学園で学んでいくことを、自分の言葉で丁寧に説明した。

騙されていたと怒る者がいるかもしれない――そんな俺の心配は、杞憂に終わった。

 

「なんだ、そういう事情があったのね!」

「うんうん、シャルル君……じゃなくて、シャルロットちゃん! すっごく制服似合ってるよ!」

「女の子同士、これからよろしくね!」

 

「みんな……ありがとうっ」

 

女子生徒たちの温かい歓迎の声に、シャルロットはパッと花が咲いたような笑顔を見せた。

和やかな雰囲気のままホームルームが終わり、一時間目の授業へと移っていく。……だが、嵐はその後の「休み時間」にやってきた。

 

「シャルロットちゃん! なんでボクっ子なの!? 可愛いー!」

「デュノアの最新鋭機ってどうなってるの!?」

女子たちからの質問攻めに合うシャルロット。しかし、そのすぐ隣では、全く別の理由で修羅場が形成されていた。

 

「一夏……。貴様、男のふりをしていたとはいえ、シャルロットとずっと『同じ部屋』で寝泊まりしていたんだな……?」

「わ、わたくしというものがありながら……破廉恥ですわ!」

「一夏! あんた、シャルルが女の子だっていつ気づいたのよ! いや、気づいてて黙ってたんじゃ……!」

 

箒、セシリア、鈴音の三人が、凄まじい殺気と黒いオーラを放ちながら一夏を壁際に追い詰めていた。

 

「ち、ちげーよ! 俺も金曜日まで全然知らなくて……っ! ひぃっ、武器を出すな武器を!」

 

騒がしくも平和ないつもの日常。そんなドタバタ劇を俺が少し離れた席から苦笑して眺めていると、再び教室のドアが勢いよく開いた。

 

「織斑一夏!」

 

そこに立っていたのは、眼帯を付け、完全に元気を取り戻したラウラだった。

彼女は他のクラスの生徒も群がっている教室の中を堂々と闊歩し、一夏の前まで一直線に歩み寄った。

 

「ラ、ラウラ……! お前、もう体は大丈夫なのか?」

「ああ。だがそれよりも、お前に伝えておくべき重要なことがある」

 

ラウラは一夏を見据え、教室にいる全員に響き渡るような、凛とした大声で宣言した。

 

「お前は、私の嫁だ!!」

「――は?」

 

ポカンとする一夏の首に両腕を回すと、ラウラはそのまま背伸びをし――一夏の唇に、自分の唇を力強く押し当てた。

 

「っっっ!?」

 

ちゅ、という生々しい音。

その瞬間、教室の時が完全に止まった。まさに水を打ったような、恐ろしいほどの静寂(シーン……)が落ちる。

 

数秒の空白の後。

 

「「「キャアアアアアアアアアアアアッ!?」」」

 

教室中から、窓ガラスが割れんばかりの悲鳴と歓声が爆発した。

「な、ななな何やってんのよラウラさん!」

「しかも『嫁』って! 逆、逆ー!」

 

あっという間に話題の全てを一夏とラウラがかっさらい、女子たちが猛烈な勢いで二人に質問攻めを始める。

その輪のすぐ外側で……箒、セシリア、鈴音の三人は、目の前で起きたあまりにも衝撃的な略奪キスを前に、魂が抜けたように真っ白になって完全にフリーズ(石化)していた。

 

「……あーあ」

 

俺が呆れ顔でその光景を眺めていると、騒ぎから上手く抜け出してきたシャルロットが隣にやってきた。

 

「まさか、ラウラが復帰早々にここまでド派手に攻め込んでくるとは思わなかったよ……」

「あはは……そうだね。見てよ〇〇、箒さんたち、完全に呆気に取られてフリーズしちゃってるよ」

 

シャルロットが苦笑交じりに石化した三人娘を指差す。あれは再起動までにしばらく時間がかかりそうだ。

 

「ところで〇〇。ラウラさんのあの『私の嫁』って、どういう意味なの? 女性が男性に向かって言う言葉じゃないよね?」

「ああ、それなんだけどさ……」

 

俺は額に手を当てながら、金曜日に精密検査室でラウラから聞いた「クラリッサ」という部下の話をシャルロットに説明した。

 

「――ってわけで、日本のネットスラングだかオタク文化だかの『俺の嫁』っていうのを、部下の勘違いのせいで伝統的な求愛の言葉だと完全に信じ込んでるんだよ、あいつ」

「えっ……」

 

俺の解説を聞いたシャルロットは、少し頬を引きつらせて、引くというよりもはや畏敬の念すら混じったような顔で呟いた。

 

「そ、その『クラリッサ』さんって人……ある意味、すごく『凄い人』だね……」

「だろ? 今度会ったら、日本の文化について小一時間問い詰めてやりたいよ」

 

俺とシャルロットは顔を見合わせ、二人して大きなため息をついた。

夏休みを前にして、IS学園の恋愛模様はさらにカオスな方向へと加速していく。その中心で未だに状況が飲み込めず「え? え?」と目を白黒させている一夏を見ながら、俺は(アイツの胃に穴が空かないといいが)と、密かに同情を寄せるのだった。




そろそろWAWクラスを出したい
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