翌朝。
規定の起床時間よりも随分と早くに目が覚めた俺は、そっと布団を抜け出してトイレに向かった。
用を済ませて部屋に戻り、「もう少し眠ろうかな」と思っていると、ドアの向こうの廊下から何やらヒソヒソと騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょっと箒! 抜け駆けは許さないわよ!」
「なっ、私はただトイレに行こうと……っ!」
「嘘をおっしゃい! その手にある真新しいタオルは何ですの! わたくしが一夏さんを爽やかにお起こしするのですわ!」
「声が大きいぞセシリア! ……とにかく、ここは幼馴染である私が起こすのが一番自然だろう!」
聞き耳を立ててみると、箒、鈴音、セシリアの三人がよそよそしくお互いを牽制し合いながら、口論のようなものを繰り広げていた。
大方、一夏を誰が起こすのかで揉めているのだろう。
(……朝から元気だな、あいつら)
俺が苦笑いしながら布団に戻ると、隣の布団からパチリと目が開いた。
「ん……どうかしましたか、〇〇君?」
「あ、すみません山田先生。俺が動いたせいで起こしちゃいましたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。……なんだか、外が騒がしいですね?」
首を傾げる山田先生に、俺は肩をすくめて状況を説明した。
「廊下の方で、箒たちが『誰が一夏を起こすか』で揉めてるみたいでして。一夏の部屋の前で小競り合いしてますよ」
「あはは……。でも、織斑君のお部屋は、織斑先生と一緒ですからねぇ……」
山田先生が困ったように笑った、その直後だった。
「――お前らぁっ!! 朝の6時から他人の部屋の前で何をやっている!!」
廊下の方から、空気を震わせるような織斑先生の凄まじい怒声が響き渡った。
「「「ひっ……!? お、織斑先生!?」」」という三人の悲鳴が聞こえ、俺と山田先生は思わず顔を見合わせた。
「……あーあ。織斑先生にバレて怒られてますね」
「ふふっ、そうですね。……さて、私は朝の見回りがありますから、そろそろ準備しますね。〇〇君は、もう少し休んでいていいですよ」
山田先生は優しく微笑むと、着替えを済ませて廊下へと出て行った。
布団の中で寝転がりながら、俺はふと疑問に思った。
(あれ……そういえば、今の騒動にラウラはいなかったな。あいつのことだから一番に突撃しそうなものだけど……一夏と織斑先生が同室だってことに気がついてたのか?)
そんなことを考えているうちに完全に目が覚めてしまった俺は、枕元のスマホを手に取った。
一通の新着メールが届いている。差出人はL社の開発部門からだった。
『機体の改良が完了。本日の午前にはそちらへ到着予定』
朝食の時間になり、昨日の大宴会場へと向かうため、俺は部屋のドアを開けた。
すると、向かいの部屋――一夏と織斑先生が寝泊まりしている部屋の前の廊下で、信じられない光景が広がっていた。
「「「…………」」」
「おはよう。……えっと、どうしたんだお前ら?」
そこには、廊下の端で綺麗な正座をしてうなだれている箒、セシリア、鈴音の三人の姿があった。
「お、おはよう……〇〇」
「朝っぱらから騒ぎを起こした罰だとかで……織斑先生が戻ってくるまで、このままだと言われたのだ……っ」
「あ、足が……わたくしの足が痺れて、もう感覚がありませんわ……っ」
特に正座という文化に慣れていないイギリス代表のセシリアは、生まれたての小鹿のように足をプルプルと震わせて涙目になっていた。
「あはは……どんまい。早く許してもらえるといいな」
俺は三人に心からの同情の視線を送りつつ、宴会場へと足を運んだ。
宴会場に入って席を探していると、奥のテーブルから聞き慣れた声がした。
「あ、〇〇! こっちこっち〜!」
「おはよう、〇〇」
「おはよう、本音、シャルロット」
二人に呼ばれてテーブルに向かうと、そこにはすでに朝食を前にした一夏と、その隣で腕を組んで非常に満足げに頷いているラウラの姿があった。
「おはよう一夏。……お、ラウラは怒られてなかったんだな」
「フフン。嫁の可愛い寝顔は拝みたかったが、あの部屋には教官殿が同室だからな。無謀な突撃で自爆するほど私は愚かではないぞ。……おかげで、こうして朝から嫁の隣という特等席だ」
「なるほど、ちゃんと分かってたのか」
俺が感心して頷くと、一夏は対極の位置に座るシャルロットの方を見て、心底ホッとしたような顔でため息をついた。
「昨日の夕食と違って、もう一つの隣がシャルロットなのもあって……今日は昨日より遥かに平和そうだぜ」
「そうだね。これなら落ち着いてご飯が食べられそうだな」
俺の言葉に、一夏は涙が出そうなくらい深く深く頷いた。
こうして、俺たちのテーブルの座席は、左から順番に
【山田先生・俺・本音・シャルロット・一夏・ラウラ】
という、非常に平和でバランスの取れた並びとなった。
全員で「いただきます」と朝食を食べ始めた頃。
宴会場の入り口から、織斑先生に連行されてきた箒、セシリア、鈴音の三人がよろよろと足を引きずりながら姿を現した。
「……あ。ラウラ、抜け駆けしたわね……!」
「わ、わたくしたちが正座で苦しんでいる間に、一夏さんの隣を……っ!」
「おのれラウラ……っ!」
足の痺れと嫉妬でフラフラになっている三人は、一夏の隣で優雅に味噌汁をすするラウラに向けて、ものすごく恨めしげな視線を送るのだった。
私は正座ができない
感想とか多くもらっている人とそうでない人の違いはなんだろうか