朝食の時間も終わり、2日目の午前中は海辺でのISを使った機動訓練となった。
生徒たちは、専用機持ちの代表候補生グループと、打保(うちほ)などの汎用機を使う一般生徒グループの二手に分かれて訓練を開始する。
そんな中、専用機持ちのグループ――一夏、箒、セシリア、鈴音、ラウラ、シャルロットたちのカリキュラムは、実戦形式の模擬戦と発表された。しかし、そこに俺の名前は入っていなかった。
「あれ? 〇〇、お前は模擬戦やらないのか?」
「そうですわね。〇〇さんの実力なら、わたくしたちの良い訓練相手になると思いますのに」
一夏やセシリアが不思議そうに首を傾げ、他のメンバーも俺の方を見る。
「ああ、俺は今回は見学兼、別メニューだよ。改修に出してた機体がそろそろ来るはずなんだけど、その再調整とチューニングに少し時間がかかるからな。模擬戦に混ざるのは午後からになりそうだ」
「なるほどな。まあ、新しい機体の調整なら仕方ないか」
俺がそう説明して一夏たちが納得してくれた直後だった。
海岸沿いの道路に、重低音のエンジン音を響かせながら、一際目を引く漆黒の大型トレーラーがゆっくりと横付けされた。
トレーラーのドアが開き、運転席と助手席から降りてきたのは、L社の黒いスーツを着崩した見知った男女――ローランさんとアンジェリカさんだった。
「よぉ。久しぶりだな、千冬」
「ご無沙汰しています、織斑先生。臨海学校の引率、お疲れ様です」
ローランさんは飄々とした態度で片手を上げ、アンジェリカさんは丁寧にお辞儀をして織斑先生に挨拶をした。
「……フン。相変わらず忙しそうだな、お前たち」
「全くだ。こんな暑い中、海辺までご苦労なこったよ」
織斑先生が鼻を鳴らすと、ローランさんはくたびれたように首の骨を鳴らし、バインダーを持って俺の方へと歩いてきた。
「〇〇。悪いが、機体の受け取りと輸送の書類だ。ここにサインを頼む」
「あ、はい。遠いところまで輸送ありがとうございます、ローランさん」
俺がペンを受け取り、バインダーの書類にサインを書き込んでいる間、ふと気になって二人に尋ねた。
「そういえば、お二人の娘さんはどうしてるんですか? こんな遠くまで出張だと大変でしょう」
その言葉を聞いた瞬間、ローランさんとアンジェリカさんは、示し合わせたように深い深いため息をついた。
「……今日と明日は、アルガリアに預かってもらってるのよ」
「えっ、アルガリアさんにですか!?」
アンジェリカさんの答えに俺が驚いていると、腕を組んで聞いていた織斑先生が、胡乱な目を向けた。
「おい……アイツにまともな育児が出来るのか? 子供に変な思想でも吹き込みそうだが」
「……あいつのことだ、きっと俺の事を悪く言ってるに違いない。娘に変な入れ知恵をしてなきゃいいんだがな。まあ……それはそれで、これはこれだ。今は頼るしかないからな」
ローランさんは遠い目をしながら、諦めたように肩をすくめた。アンジェリカさんも「本当にね……」と頭を押さえて深く頷いている。
「さて、と。〇〇のサインも貰ったし、次は……」
ローランさんは視線をずらし、俺の少し後ろで興味深そうにこちらを見ていたシャルロットに目を向けた。
「そっちの嬢ちゃんが、外部職員のシャルロットだな? 俺はローラン、こっちはアンジェリカだ。よろしくな」
「あ、はい! シャルロット・デュノアです。こちらこそ、いつもお世話になっています!」
シャルロットが元気よく頭を下げると、アンジェリカさんは微笑みながらタブレット端末を操作した。
「あなたの機体、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムII』の改修プランもL社の方で出来上がっているわ。データは後で送っておくから、今度目を通しておいてちょうだい」
「本当ですか!? ありがとうございます、新しい改修プラン……すごく期待しています!」
シャルロットは目を輝かせ、嬉しそうに両手を合わせた。
シャルロットへの伝達を終えると、アンジェリカさんは再び俺に向き直り、少し呆れたような顔で言った。
「〇〇君。今回届いたあなたの機体なんだけど……技術部の連中曰く、『本当はマイナーチェンジじゃなくて、第三世代機を用意したかった』らしいの。でも、流石にこの臨海学校の日程には間に合わなかったみたいね」
「ああ……」
俺はL社の技術部、特にあの狂信的とも言える開発スタッフたちの顔を思い浮かべ、苦笑いした。
「あそこの人たちの事だから……『新型が間に合わなかったことへの言い訳と熱弁』で、機体の引き継ぎの時、相当話が長かったんじゃないですか?」
俺がそう推測して聞くと、アンジェリカさんとローランさんは、「よく分かってるな」と言わんばかりに、今日一番の深いため息をつきながら同時に頷いた。
「ええ……。おかげで出発が30分遅れたわ」
「こんなときこそ落ち着いて、確実に結果を出さないといけないってのにな。あいつらの熱意は時々方向性を間違える」
くたびれたように愚痴をこぼすローランさんに、俺とシャルロットは思わず顔を見合わせてクスリと笑ってしまうのだった。
「そういえば、改修された機体に何か名前はあるんですか?」
俺が尋ねると、ローランはバインダーに挟まれた書類をパラパラと捲り、気怠そうに読み上げた。
「んー……書類には『先方用鎮圧兵装改良型』と書いてあるな」
「…………」
俺は言葉を失った。
(……技術部のネーミングセンス、どうにかならないのか? もう少しこう、格好良い名前は無いのか……)
俺が内心でがっくりと肩を落としていると、横で聞いていた一夏、鈴音、セシリアの三人が、安堵の表情で顔を見合わせていた。
(((……直球すぎだろ。自分の機体にちゃんと『白式』や『甲龍』、『ブルー・ティアーズ』って格好良い名前が付いてて、本当に良かった……!)))
口にこそ出さないが、三人が開発者に深く感謝しているのが痛いほど伝わってくる。
一方、シャルロットはクスリと笑ってフォローを入れてくれた。
「ふふっ。まあ、僕の機体(ラファール・リヴァイヴ・カスタムII)もほぼ用途と型番そのままみたいなものだから、あまり人のことは言えないかな」
「何を言っている。用途が分かりやすくて良いじゃないか。兵器の名前などそれで十分だ」
ラウラだけは『先方用鎮圧兵装改良型』という身も蓋もないネーミングを大絶賛していたが、俺としては少し複雑な気分だった。
「気を取り直して……アンジェリカさん、具体的に機体のどこが変わったんですか?」
俺が尋ねると、アンジェリカはタブレットを操作しながら詳細な説明を開始した。
「まず、デュノア社との技術提携によって、L社もIS製造の基礎理論を学ぶことができたわ。おかげで、以前私たちが無理矢理組み上げていた時の『メモリの無駄遣い』が大幅に減ったの。その空いた容量を使って、ブースターの出力強化と装備の大幅な変更を行ったわ」
「装備の変更、ですか」
「ええ。あなたの戦闘データを見直したんだけど……背負っていたあの大鎌、完全にデッドウェイトになっていたからオミットしたわ」
バッサリと切り捨てるアンジェリカに、俺は思わず目を丸くした。
「あなたの戦闘スタイルは、様々な『E.G.O装備』を状況に応じて切り替えて運用することが前提よね。それなら、固定の重い近接武器を背負うのは非効率的よ。片手にはクリフォト抑制弾などを撃ち分けるライフルを持ち、もう片方の手は常に空けておいて、状況に合わせてE.G.O装備を瞬時に持ち替える……これが、あなたにとって最適解だと判断したわ」
「なるほど……!」
俺は深く納得した。
L社内でも、武器の扱いに関してトップクラスの実力を持つアンジェリカの分析だ。説得力が違う。
「それと対幻想体用に装甲に月光石を混ぜて精神攻撃に対する強化もしているな」
「ライフルの方も新しく作り直したわ。発射レートを強化して、クリフォト抑制弾の装弾数も増加させた。当然、通常弾との切り替え機能も搭載済みよ。それに加えて、新しく開発した『衝撃弾』と、敵に接近された時のための『散弾』モードも用意しておいたわ」
「すごい……そこまで使いやすく改良してくれたんですね! ありがとうございます、アンジェリカさん!」
俺が満面の笑みでお礼を言うと、アンジェリカもふわりと優しげな笑顔を浮かべた。
「ええ、どういたしまして」
――ゾクッ。
その瞬間、俺の背筋に、何かとてつもなく『嫌な予感』が走った。
ニコニコと微笑んだまま、アンジェリカは足元のケースから『練習用の長剣』を取り出し、俺に向かってポンと投げ渡した。
「おっと……これは?」
「E.G.O装備って、使い手の精神に負担をかけるでしょう? 武器に振り回されず、幻想体に飲まれずに完全に使いこなすためには、まずベースとなる『色んな武器の振るい方』そのものを体に叩き込んでもらう必要があるの」
「……た、確かに、E.G.O装備の武器って、剣から鈍器から特殊なものまで、本当に様々ですよね」
俺が冷や汗を流しながら後ずさると、アンジェリカは一歩前に出て、逃げ道を塞ぐように言葉を続けた。
「ミシェルとガリオンが記録していたわ。『使った事がない武器を闇雲に振り回すよりも、実際に使った経験がある武器に近いものを持たせる方が、E.G.O装備への順応が早い』ってね。だから……今から、私とローランを相手に、実戦形式の訓練を始めるわよ」
「……えっ。い、今からですか!?」
俺が抗議する間もなく、横にいたローランがくたびれた様子を見せつつも、自身も練習用の長剣を手に取り、不敵な笑みを浮かべて構えた。
「よし、いっぺんやってみるか!……言っておくが、手加減はしないから本気で来い、〇〇」
その目には、歴戦のフィクサーとしての鋭い光が宿っていた。
さらに、アンジェリカはポケットから愛用の『黒い手袋』を取り出し、ゆっくりと両手に嵌めながら、極上の笑みを向けてきた。
「ふふっ。安心してね、〇〇君。ちゃんと順番に相手をするから、2対1じゃないわよ?」
「そういう問題じゃないですよ!!」
俺の悲鳴のようなツッコミは、夏の海の青空へと空しく吸い込まれていくのだった。
少し離れた海上では、一夏たちがISを展開し、織斑先生の厳しい監督の下で模擬戦や空中機動訓練を行っている。その激しい駆動音が響く中、砂浜の片隅では、それとは全くベクトルが異なる、極めて泥臭く、しかし文字通り『死闘』と呼ぶにふさわしい白兵戦の訓練が繰り広げられていた。
相手は、L社最強のフィクサー夫婦。
まずは、ローランさんを相手にした長剣での立ち回りだ。
「せいっ……! はああっ!」
「甘い。大振りすぎるぞ、〇〇」
俺は練習用の長剣を全力で振るうが、ローランさんには全く当たらない。当たったとしても、まるで柳に風のように最小限の動きで簡単に受け流されてしまう。
「くっ……!」
手首を返し、ローランさんの鋭い斬撃を間一髪で弾く。幸いにも、これまでの実戦経験とL社での地獄のような訓練のおかげで『受ける』ことだけは出来るようになっていた。
(でも……受けるだけで精一杯だ! 完全に避け切ることが出来れば、そこにカウンターを叩き込めるのに……!)
思考を止めず、砂浜という地形を利用する。俺は踏み込みと同時に足元の砂を大きく蹴り上げ、ローランさんの目潰しを狙った。
「もらった……!」
「砂利遊びか? だが、視界を奪ってからの動きが単調すぎるな。それはそれで、これはこれだ」
「なっ……!?」
ローランさんは全く動揺することなく、むしろ俺が蹴り上げた砂煙を隠れ蓑にして、一瞬で俺の視界から消えた。
背後を取られたと察知した俺は、即座に振り返りながら横薙ぎの一閃を放とうとした。
――ピタリ。
「よし、そこまでだ」
俺の剣が空を切るよりも早く、ローランさんの長剣の切っ先が、俺の首筋にピタリと添えられていた。
「……降参、です」
「ふふっ。〇〇君、前回よりも30秒長く戦えていたわよ。素晴らしい記録更新ね」
ストップウォッチを片手に計測していたアンジェリカさんが、笑顔で拍手をしてくれる。
「ああ、腕を上げたな、〇〇。砂を使った目眩まし自体は悪くなかった。ただ、その後の選択肢が読まれやすかっただけだ。こんなときこそ落ち着いて、確実に次の一手を隠さないとな」
「はい……ありがとうございます、ローランさん」
息を整える間もなく、今度はアンジェリカさんが前に出る。
「さあ、次は私よ。2対1じゃないから安心してねって言ったでしょう?」
「あはは……アンジェリカさん相手じゃ、実質10対1みたいなものじゃないですか……!」
アンジェリカさんが両手に嵌めている愛用の『黒い手袋』。
それは、あらゆる武器を別次元に収納し、取り出す際に『完全な無音』を実現する恐るべき代物だ。打撃音や風切り音は防げなくとも、武器を構えるまでの気配と音が完全に消失するため、どんな攻撃が来るのか全く予測できない。
「行くわよ」
「っ……来い!」
アンジェリカさんが踏み込んでくる。俺は彼女の肩や足運びから動きを見極めようとするが――
(上段から……剣!? 違う、フェイントだ!)
無音で取り出された手斧が俺の脇腹を狙い、それを弾いた瞬間に手斧が消え、今度は長槍の突きが飛んでくる。
「くそっ、速い……っ!」
「どうしたの? 動きが硬いわよ! もっと今までの経験を全部出し切りなさい!」
目まぐるしく変わる得物。対処しきれないほどの猛攻。
俺は全身の筋肉が悲鳴を上げるのを感じながらも、思考の限界までフル回転させ、剣を、そして自分の体を動かし続けた。
「おおおおっ!!」
「良い踏み込みね! でも……そこが空いているわ!」
――ドスッ!
最終的に、アンジェリカさんの小手による強烈な一撃を腹に受け、俺は砂浜に大の字に倒れ伏した。
「……げほっ、かはっ……」
「はい、終了。お疲れ様、〇〇君」
倒れ伏す俺を見下ろし、アンジェリカさんは満足そうに微笑んだ。
「でも、本当に成長しているわね。以前なら、槍から小手への切り替えのタイミングで確実に仕留められていたわ」
「俺もそう思うぜ。よくあの猛攻に食らいついた。見事だ」
二人に褒められながら、俺は荒い息を吐きつつ、その後も剣、槍、斧、小手、レイピアなど、様々な武器の特性と振るい方を徹底的に体に叩き込まれていった。
――そして、2時間後。
お昼が近づく頃。
「ぜぇっ……はぁっ……ぜぇっ……」
俺は全身砂まみれになり、完全にへたり込んで天を仰いでいた。肺が酸素を求めて激しく上下し、指先ひとつ動かすのもしんどい状態だ。
しかし、2時間ぶっ続けで俺の相手をし続けたローランさんとアンジェリカさんは――。
「ん、いい汗かいたな」
「そうね。海辺での運動も悪くないわ」
恐ろしいことに、顔色一つ変わらず、呼吸すら全く乱れていなかった。これが『最強』の領域なのかと、改めて絶望的な差を痛感する。
そこへ、海上の訓練をひと段落させた織斑先生が歩み寄ってきた。
「……おい、〇〇。無様な格好だな。午後にはISの機動訓練も控えているんだぞ。動けるのか?」
厳しい口調だが、その瞳には明らかな気遣いが滲んでいた。俺は砂浜に手をつき、必死に顔を上げる。
「ぜぇっ……ええ。それまでには……きっちり回復させますよ……っ」
「……フッ。まあいい。休めるときに、しっかり休んでおけ」
俺の態度に、織斑先生は心なしか優しい目を向けて頷いた。そして、涼しい顔をしているローランとアンジェリカの方を向く。
「昼は、生徒たちとビーチサイドでバーベキューの予定なんだが。……お前たちも来るか?」
「お? 良いのか?」
「いいの、千冬? 生徒さんたちの邪魔にならないかしら」
遠慮がちに尋ねる二人に、織斑先生はフイッと海の方へ顔を向けながら、ぶっきらぼうに答えた。
「気にするな。態々こんな遠くまで機体を運んで来たんだ、それくらいするさ。美味い肉も用意してあるからな」
「ははっ、そいつはありがたい。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとするか!」
「ふふっ、楽しみね」
L社最強の夫婦の参加が決まり、波乱の予感がしつつも、俺は早く体力を回復させようと、昼食の場所に向かうのであった。
一方そのころアルガリアは育児に翻弄されていた。