お昼の時間になり、海辺にはいくつもの大きなテントが張られ、待ちに待ったクラス対抗のバーベキュー大会が始まった。
クラスの垣根を越え、色々なグループがコンロを囲んでワイワイと肉を焼いたり、野菜を串に刺したりしている。
串焼き専門に徹して職人のように焼き続ける生徒たちがいれば、コンロごとに焼くものを変えて色々なグループと交流を図る生徒たちもいる。臨海学校ならではの、実に見事で微笑ましい光景だ。
――ただ一箇所、一夏のいるコンロの周りを除いては。
「ねえ一夏! 私が焼いたお肉、早く食べてよ!」
「一夏さん! わたくしの特製料理を!」
案の定というか、そこには凄まじい女子生徒の人だかりが出来ていた。
「ふふっ。あの子、すごくモテモテじゃない。青春ねぇ」
紙コップに入った烏龍茶を飲みながら、アンジェリカさんが楽しそうに笑う。しかし、その光景を傍でずっと見てきた俺と織斑先生は、全く同じタイミングで深くため息をついた。
「「モテモテ過ぎるから大変なんだ(ですよ)」」
見事なハモリを見せた俺たちを見て、トングを握っていたローランさんが飄々とした口調で笑った。
「まあ、その分こっちはゆっくり肉が焼けるから平和だがな。ほら〇〇、この串、いい具合に焼けてるぞ」
「あ、ありがとうございます」
俺たちのコンロを囲んでいるのは、俺、山田先生、織斑先生、そしてL社からやってきたローランさんとアンジェリカさんの五人だ。
黒っぽい私服や落ち着いた服装のため、遠目から見れば『L社の極秘会議』か何かのように見えなくもないが、実際はただ平和に肉を焼いているだけである。
特にローランさんの手際は尋常ではなかった。彼自身もしっかりと口に肉を運びながら、絶妙な火加減で次々と周囲の食材を完璧な状態に仕上げていく。
「すごい……お肉がすっごく柔らかいです!」
「おう、美味いか? まだまだあるからどんどん食えよ」
山田先生が目を輝かせると、ローランさんはくたびれた顔に人の良さそうな笑みを浮かべる。
そんなローランさんの見事な焼きっぷりと、どこかミステリアスな大人特有の余裕に惹かれたのか、周囲のコンロの生徒たちがチラチラとこちらを覗き込んできた。
「ねえねえ、〇〇君。あの大人っぽいお二人ってどういう人なの?」
「ああ、俺のL社での上司だよ。ちなみにあの二人、夫婦なんだ」
「えーっ! 凄く素敵なご夫婦だね!」
女子生徒たちが目を輝かせる中、平和な空気を楽しんでいた俺は、ふと一夏のコンロの方から凄まじい『悪寒』を感じ取った。
「……ん?」
よく見ると、セシリアが自信満々に一夏に差し出しているのは、完全に炭化して原型を留めていない謎の黒い物体だった。そしてその隣では、ラウラが血が滴りそうなほど分厚い、サバイバル仕様の生肉の塊を突きつけている。
対照的に、シャルロット、鈴音、箒の三人は、ちゃんと美味しそうに焼けた串を一夏に渡そうとしているのだが、セシリアとラウラのインパクトが強すぎて一夏は完全に顔を引き攣らせてドン引きしていた。
「……あれは、肉への冒涜に近いな」
トングを持ったまま遠い目をするローランさんに、俺は深く頷いた。
「激しく同意します」
そんな周囲の喧騒を眺めながら、俺が山田先生と並んで網の上の野菜をひっくり返していると、缶ビールを手にした織斑先生が、ジロリとこちらを見て口角を上げた。
「……おいお前たち。さっきから、妙に距離が近くないか?」
「えっ?」
ビクッとして俺と山田先生が顔を見合わせると、ローランさんとアンジェリカさんも面白そうなものを見つけた子供のように、悪戯っぽく目を細めた。
「おや? もしかして〇〇、山田先生と付き合ってるのか?」
「あらあら。〇〇君も隅に置けないわねぇ」
「そ、そそそ、そんな関係じゃありませんよっ!?」
「ち、違いますっ! お付き合いだなんて、そんな……っ!」
大人三人がかりのからかいに、俺と山田先生は顔を真っ赤にして全力で否定した。
しかし、昨晩お互いの本心を伝え合ったばかりで、無意識のうちに意識しまくっていた俺たちの口から、あろうことか『昨晩の約束』がポロリとこぼれ落ちてしまったのだ。
「「だから、卒業まで待ってください!!」」
「「「…………え?」」」
見事すぎるハモリと、その言葉が意味する『事実上の告白』に、織斑先生、ローランさん、アンジェリカさんの三人は目を丸くして固まった。
そして数秒後。
「ははっ! なるほど、そういうことか! そいつは目出度いな、〇〇!」
ローランさんが大笑いしながら俺の肩をバシバシと叩き、アンジェリカさんも口元を隠して上品に、しかしとても嬉しそうに笑った。
「ふふっ、本当に目出度いわね。二人とも、頑張りなさいよ?」
「……フッ。まあ、精々大事にしてやれ」
織斑先生も、呆れたように息を吐きながらも、どこか優しい目で俺と山田先生の肩をポンッと叩いてくれた。
「あ、あうう……っ」
「~~~~っ!」
自爆とも言える盛大な失言により、俺と山田先生はこれ以上ないほど真っ赤になり、恥ずかしさのあまり煙を上げるバーベキューコンロの陰に、二人揃ってしゃがみ込んでしまうのだった。
幸いにも、俺と山田先生の叫びは周囲の喧騒にかき消され、他の生徒たちには聞こえていなかったようだった。
しかし、そこに都合よく(?)駆け込んできた人物が一人いた。
「ぜぇ……ぜぇ……っ! おーい、〇〇! 織斑先生! ……って、なんで〇〇と山田先生は顔を真っ赤にして屈み込んでんだ?」
一夏だった。彼が首を傾げながら三人の大人たちに「何があったんですか?」と尋ねると、ローランさんとアンジェリカさんはニヤニヤしながら、織斑先生は少し気まずそうに答えた。
「……まあ、色々とな」
「大人の事情ってやつだ。察してやれ」
「な、なんだよそれ……? まぁいいや、頼むから俺を匿ってくれ!」
必死な様子で俺たちの背後に隠れようとする一夏。俺は真っ赤な顔のまま立ち上がり、息を整えながら尋ねた。
「どうしたんだよ一夏。また追いかけ回されてるのか?」
「そうなんだよ! セシリアとラウラが焼いてくれた肉が、どう見ても中まで火が通ってない生焼けだったんだ。だから『ちゃんと焼けてないから危ないぞ』って箸を置いて説明して立ち去ったら、二人が『せっかく焼いたのに!』って怒り出しちゃって……」
「……お前、相変わらず言い方が不器用だな」
一夏の自業自得感に呆れつつ、俺は彼の肩をポンと叩いた。
「大変だな、一夏。……まあ、隠れるならもう少し早く走るべきだったな」
「え?」
「もう後ろにいるぞ」
「――見〜つけましたわ、一夏さん♪」
「逃がさんぞ、嫁よ……!」
一夏が青ざめて振り返ると、そこには笑顔(しかし目は全く笑っていない)のセシリアとラウラが立っていた。二人は一夏の両手をガシッと掴むと、焦げ目と生肉の赤みが同居した謎の肉塊を突きつけてきた。
「さあ一夏さん! わたくしの愛を召し上がれ!」
「私の愛も受け取れ!」
「ちょ、お前ら待て! 腹壊すって――っ!」
あまりにもあんまりな光景に、俺は思わず二人の間に割って入った。
「そこまでにしときな、二人とも。……そんな生肉を一夏に食わせて腹でも壊させたら、感謝されるどころか本気で嫌われるぞ?」
「「……っ!?」」
俺の『嫌われるぞ』の一言は劇薬のように効いたらしい。セシリアとラウラはハッと息を呑み、急におとなしくなった。
「嫌われる……わたくしが、一夏さんに……!?」
「くっ、それは……非常に困る……!」
「というか二人とも、それ自分たちで味見したのか?」
俺が尋ねると、二人は申し訳なさそうに、ぶんぶんと首を横に振った。
「……そこへ行くと、一夏! これ食べなよ!」
「一夏君、こっちの串焼きも上手に出来たわよ!」
「……一夏、私の焼いた肉も、食うか?」
そこへ、タイミングよくシャルロット、鈴音、箒の三人がやってきた。彼女たちの手には、しっかりと火が通り、香ばしいタレの匂いを漂わせる完璧なバーベキュー串が握られている。
「おおおっ! ありがとうみんな! 美味いっ!」
一夏は救われたような顔で三人の串焼きを頬張り、「うまい、うまい!」と絶賛している。その様子を、セシリアとラウラは羨ましそうに、そして落ち込んだ様子で見つめていた。
「はぁ……仕方ないな」
俺は調理台から包丁とトングを持ち出すと、二人に向き直った。
「セシリア、ラウラ。お肉の正しい焼き加減と切り方を教えてやるよ。一夏においしいのを食わせたいんだろ?」
「〇〇さん……! は、はい! よろしくお願いしますわ!」
「む……うむ! 伝授を願う!」
俺の指導の下、二人は肉の厚みに合わせた火の通し方や、包丁を入れるタイミングを真剣に学んでいった。数分後、二人が見事に焼き上げた柔らかくジューシーなお肉が完成した。
「一夏さん! 今度こそ、召し上がってくださいませ!」
「食え、一夏!」
「お、おお……! これ、ちゃんと火が通ってるな。……モグッ。――うまっ! これめちゃくちゃ美味いぞ二人とも!」
「「本当ですの!? / 本当か!?」」
一夏の「美味い」の一言に、セシリアとラウラはパッと表情を輝かせ、飛び上がって喜んでいた。
そんな若者たちのドタバタ劇を、少し離れたところから眺めていたアンジェリカさんとローランさんが、織斑先生に話しかけた。
「ねえ、千冬。あなたのお弟さんって、いつもあんな感じなの?」
織斑先生は頭を押さえ、苦々しい顔で深く頷いた。
「……ああ。毎日がアレだ」
その横で、俺は烏龍茶を飲みながら小声で付け加えた。
「一夏はですね……全方位に対して無自覚なタラシなんですよ。悪気ゼロなのがタチ悪いんです」
「なるほどな……」
ローランさんはトングを弄びながら、しみじみと疑問を口にした。
「あいつ……いつか誰かに背中から刺されるんじゃないか?」
「俺も本気でそれを心配してます」
俺とローランさんが固い握手を交わしていると――突然、沖合の海から異様な重低音が響き渡った。
ババババババババババッ!!
「ん……? なんだあの音は?」
全員の視線が一斉に海へと向けられる。
そこには、波を蹴立てて猛スピードでこちらへ爆走してくる、巨大な兎型のロボット(あるいは水上乗り物)の姿があった。
「な、なんだあれーーーっ!?」
「怪物!? ISですか!?」
生徒たちが騒然とする中、その兎型メカが浜辺の手前で急停止したかと思うと、操縦席のハッチがパカッと開き、中から人影が飛び出してきた。
ドォンッ!!
人間離れした大ジャンプで砂浜に着地したその人物は、直線コースで織斑先生に向かって猛ダッシュを開始した。
「ち〜ちゃ~~~んっ!! 会いたかったよ〜〜〜っ!!」
「ぐふっ……!? お前、寄るなと言っているだろうがっ!」
勢いよく飛びついてきた人物を、織斑先生は容赦なく顔面を掴んでズザーッと引き剥がした。
「痛い痛いっ! 相変わらず冷たいな〜ちーちゃんは!」
ピョンピョンと跳ねながら抗議しているのは、派手なウサギ耳のフードを被った、一風変わった女性だった。俺はその異様なテンションに気圧されながら、織斑先生に尋ねた。
「お、織斑先生……その人は?」
「……はぁ。お前がここに上がってくるとは思わなかったぞ。……〇〇、コイツは篠ノ之束だ。箒の姉で……ISを生み出した元凶だ」
「えっ!? この人が、あの篠ノ之束博士……!?」
俺が驚愕していると、ちょうどそのタイミングで、昼休みの終了を告げるチャイムが臨海学校の敷地内に鳴り響いたのだった。
BGMを全部買ったら紐が1000ぐらい溶けてしまった