旅館の一室。
急遽押さえられた大部屋は、先ほどまでのバーベキューの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
部屋には、俺、ローランさん、アンジェリカさん。そして、織斑先生と山田先生、一夏たち専用機持ちの代表候補生たちが集められている。
「よく聞け。これから私が話す内容は、最高機密に属する情報だ」
部屋のふすまをピシャリと閉めた織斑先生が、振り返りざまに冷徹な声で告げた。
「ここにいる人間以外に一言でも漏らせば、即座に査問会にかけられ、一生監視生活を送ることになると思え。いいな?」
その本気の凄みに、一夏たちは息を呑んで頷く。
織斑先生は一つ頷くと、プロジェクターのスイッチを入れ、壁に一枚の画像を映し出した。
「これは、アメリカとイスラエルが共同開発した第三世代型無人IS、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』だ。……現在、こいつが暴走状態に陥り、猛烈な速度でこの周辺宙域に接近している」
「無人ISの暴走……!?」
セシリアが信じられないというように声を上げる。
だが、俺が気になったのはそこじゃなかった。
「……確かに、ISの暴走はとんでもない大事件です。でも、それがどうして俺たち『L社』の管轄案件になるんですか? ……まさか」
俺がローランさんの方へ視線を向けると、彼は無言で深く頷き、持参したノートパソコンを開いた。
数回のキータッチの後、画面にL社の通信回線が繋がり、ガブリエルの姿が映し出された。
『はい。その”まさか”です、〇〇さん』
画面越しのガブリエルは、いつも通りの丁寧な口調で、だが恐ろしい内容をさらりと告げた。
『どうやら、アメリカとイスラエルの共同研究チームは、秘密裏に”幻想体”を独自に研究していたようです。そして、愚かにもそれを新型ISのシステムに組み込もうとした。……結果は、ご覧の通りです。幻想体は暴走し、ISを乗っ取ってしまいました』
「……ちょっと待ってください。そういう危険な実験をしていたなら、隔離施設か研究室があったはずですよね? 暴走したなら、そこからの救難信号や、生き残った研究員からの情報提供があるはずじゃ……」
そこまで言って、俺は言葉を止めた。
……情報がない。つまり。
『……ええ。あなたの推測通りです、〇〇さん』
ガブリエルは静かに、しかし冷酷な事実を告げた。
『研究施設は、すでに”銀の福音”と融合した幻想体によって完全に消滅しました。生き残りは……ゼロです。情報など来るはずがありません』
その言葉に、部屋の空気がさらに一段階冷え込んだ。
一夏たちが青ざめた顔でスクリーンを見つめている。
「……続けるぞ」
重苦しい空気を切り裂くように、織斑先生が口を開いた。
「事態は一刻を争う。専用機持ちのお前たちと、L社のフィクサーであるお前たちに、この『銀の福音』の迎撃・破壊任務を依頼したい」
「!」
「ただし、お前たち生徒はあくまで学生だ。参加は任意とする。強制はしない」
織斑先生の言葉に、俺はローランさんとアンジェリカさんを交互に見た。
「……これ、不参加にしたら社内評価がアレなことになりますよね?」
「ふっ、分かってるじゃないか」
ローランさんが口角を上げて笑う。
「断る予定だったのなら、カーリーとの『手加減なし戦闘訓練・一ヶ月コース』を予定していたのだけれど?」
アンジェリカさんがニコリと微笑みながら、恐ろしいことを言う。
「……そりゃ、こっちの作戦に参加する方がまだ生き残れそうですね。喜んで参加させてもらいますよ」
俺は苦笑いを浮かべながら、即座に参加を表明した。カーリーさんの手加減なし訓練一ヶ月とか、考えるだけで寿命が縮む。
「俺もやります! 放っておいたら、この辺りの街がどうなるか分からないんだろ!?」
「わ、私も参加しますわ! 英国代表候補生として、見過ごすわけにはいきません!」
「僕も! 〇〇たちだけに任せてはおけないよ!」
一夏を筆頭に、シャルロット、セシリア、鈴音、ラウラ、そして箒も、次々と参加を決意していく。
「……礼を言う。お前たちがいてくれて助かる」
織斑先生は少しだけ表情を緩め、頭を下げた。そして、再びプロジェクターの画面を切り替えた。
「これが、現在の『銀の福音』の姿だ」
映し出された最新の画像を見て、俺たちは息を呑んだ。
それは、もはやISとは呼べない異形の姿をしていた。
機械的だったはずの装甲はひしゃげ、そこから巨大な虫の翅のような、不気味な羽が生えている。そして、その羽や機体各所が、まるで生き物のように赤黒く燃え盛っていたのだ。
『補足します』
画面の中からガブリエルが説明を加える。
『機体の周辺には、強烈な力場……おそらくE.G.Oに近いエネルギーフィールドが発生しています。この力場により、周囲の環境は、その幻想体にとって非常に”住みやすい”環境へと作り替えられつつあります。接近するだけで、精神と肉体に深刻なダメージを受ける可能性が高いです。十分に注意してください』
「幻想体と融合し、周囲の環境ごと侵食するIS、か……。こいつは、とんでもないバケモノだな」
ローランさんが忌々しげに呟く。
旅館の一室は、かつてない緊張感に包まれていた。
「織斑先生。一つ確認させてください」
重苦しい空気の中、俺は一歩前に出て織斑先生に問いかけた。
「これをどうすればいいんですか? 破壊していいならともかく、もし上層部からのオーダーが『無傷で回収しろ』なら、難易度が跳ね上がります。機体と幻想体が融合している以上、引き剥がすのは至難の業です。……作戦目標を明確化してください」
「……作戦目標は対象の『無力化』だ。完全な破壊も辞さない。回収などと寝言を言える状況ではないからな」
織斑先生の冷徹な即答に、俺とローランさんはホッと息を吐いた。
「それが聞ければ十分だ。で、ヤツの武装はどうなってる?」
「アメリカとイスラエルから提供された、『銀の福音』の基本スペックデータを表示する」
織斑先生がノートパソコンを操作し、スクリーンに機体の詳細なパラメーターと武装一覧が映し出された。
エネルギー翼による超高速機動に加え、広範囲を薙ぎ払う射撃兵装の数々。
それらを確認しながら、アンジェリカさんが眉をひそめた。
「……最悪なのは、機体を乗っ取った幻想体が、このISの武装をそのまま使い始めるパターンね」
「ああ。あの赤黒く燃え盛る力場を展開したまま、高出力の射撃までバラ撒いてくるとなると……掠っただけでも大火傷じゃ済まないぞ。防護服やシールドごと焼かれるだろうな」
俺がそう推測すると、他の代表候補生たちも青ざめた顔で頷き合った。
「やっほー! みんな深刻な顔してるねぇ!」
不意に、部屋のふすまが勢いよく開き、ウサギ耳のフードを被った篠ノ之束がひょっこりと顔を出した。
相変わらず空気を読まない(あえて読んでいない)テンションに皆が毒気を抜かれる中、束さんは一直線に俺の前へとやってきた。
「ねえねえ君。さっきの話を聞いてて思ったんだけどさ。あの燃え盛ってる環境変化の力場に飛び込んで、接近戦を仕掛けられるのって……E.G.Oで精神と肉体を保護できる君だけだよね?」
「……ええ。普通のISのエネルギーシールドじゃ、あの力場に入った途端にゴリゴリ削られるか、中身の搭乗者が先に精神汚染でやられます。俺が張り付くしかないでしょうね」
俺が頷くと、束さんは「むー」と少しだけ残念そうに頬を膨らませた。
おそらく、妹である箒と最新鋭機の『紅椿』を活躍させたかったのだろうが、彼女の天才的な頭脳が弾き出した最適解もまた同じだったらしい。
「なら、それしかないかぁ。……君がインファイトでバケモノの足止めをしてる間に、周りの子たちが遠距離から一斉に支援射撃を叩き込む。うん、これしかないんじゃない?」
「俺も、それしかないと思います。俺がヘイト(敵意)を全部引き受けて押さえ込みます。セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラは最大火力で――」
「ちょっと待ってくれ!」
「待て、〇〇!」
作戦がまとまりかけた時、声を上げたのは一夏と箒だった。
「俺の白式は、近接武器の『雪片弐型』しかないんだぞ! 遠距離からの支援射撃なんてできない!」
「私の紅椿も同じだ! 二振りの太刀しか武装がない以上、遠距離支援など不可能だぞ!」
確かに、二人の機体は完全な近接特化型だ。しかし、あの力場の中に生身同然で突っ込ませるわけにはいかない。
どうしたものかと俺が思考を巡らせるより早く、束さんがチッチッチッと指を振った。
「甘い甘い、二人とも分かってないなぁ! 君たちはね、付かず離れずの中距離を維持して、遠距離攻撃組への攻撃を引き受けるんだよ!」
「攻撃を引き受ける……?」
「そう! あのバケモノが射撃組を狙ってビームやミサイルを撃ってきたら、一夏クンと箒ちゃんが前に出て、その近接武器で物理的に叩き斬って守るの! 射撃組の盾役兼、遊撃部隊ってわけ!」
束さんの理にかなった説明に、一夏と箒は顔を見合わせ、ポンと手を打った。
「なるほど! 俺たちがセシリアたちの盾になればいいんだな!」
「それならば私にもできる! 紅椿の出力と機動力があれば、敵の攻撃など容易く斬り捨ててみせよう!」
二人が納得したのを見て、織斑先生が力強く頷き、全員を見回した。
「よし、作戦は決まったな。〇〇が対象の懐に潜り込んで足止めし、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラの四名が遠距離から火力を集中させる。一夏と箒は、射撃部隊の防衛と敵の攻撃の迎撃に専念しろ」
「「「了解!!」」」
「ローラン、アンジェリカ。お前たち二人は?」
織斑先生の問いに、ローランさんは首の骨をポキリと鳴らし、不敵に笑った。
「俺たちは、L社の技術で作り上げた光学迷彩ドローンを使って、空から〇〇のバックアップと幻想体の解析データ送信を行う。もし前線が崩れたら、俺たちも直接出るさ」
「頼もしい限りね。〇〇君、無茶はしすぎないようにね?」
「善処しますよ、アンジェリカさん」
全員の意思が一つにまとまった。
窓の外を見ると、すでに日は傾きかけており、遠くの空には不自然に赤黒く染まった雲が渦を巻いているのが見えた。
「――これより、『銀の福音』無力化作戦を開始する! 全員、出撃だ!」
織斑先生の号令と共に、俺たちはそれぞれの決意を胸に、待機している機体へと向かって駆け出した。
海・紅蓮・爆発