IS×PM   作:本棚の一冊

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45話 燃え盛る無人機

銀の福音との交戦予定宙域へと海の上を飛行していた俺たちは、眼下の海上に一隻の不審な小型船が停泊しているのを発見した。

 

「こちら作戦部隊。海上の船舶、現在この宙域は極めて危険です。直ちに避難指示に従って退避してください!」

 

俺は通信機越しに警告を発したが、船からの応答は全くない。しかし、船そのものは微速で移動しているのが見えた。

 

「応答なし……。こんな状況で逃げないなんて、密漁か何か、よっぽど後ろめたい事でもしているのか?」

 

俺がもう一度、強めのトーンで警告を発しようと口を開いた、その瞬間だった。

 

――ザバァァァァァッッ!!

 

「なっ……!?」

「ひっ……!? ふ、船が……丸飲みに……っ!?」

 

海面が突如として大きく盛り上がったかと思うと、海中から現れた『巨大な何か』が、一瞬にして船を丸ごと飲み込んでしまった。セシリアが悲鳴を上げる中、船が消えた海域は、見る間に毒々しい緑色へと汚染されていく。

 

さらに不気味なことに、緑色に染まった海面からボコボコと『巨大な貝の殻』のようなものが浮かび上がり、一直線に海岸の方角――つまり臨海学校の旅館がある方向へと移動を始めたのだ。

 

「最悪だ、イレギュラーの発生か……っ!」

 

俺は即座に別回線を開き、地上で待機しているL社の二人に通信を入れた。

 

「ローランさん、アンジェリカさん! 海上に別の幻想体らしき存在が現れました! 貝殻のような姿で、そっちの海岸に向かっています!」

 

『……あー、見えた見えた。全く、次から次へと厄ネタが湧いてきやがる』

 

通信の向こうで、ローランさんが気怠げに首を鳴らす音が聞こえた。

 

『安心しな。そっちは俺とアンジェリカで何とかしてやる。お前は、自分の目の前の大仕事に集中しろ』

「了解です! 頼みます!」

 

L社最強のフィクサー夫婦からの頼もしい返答にホッと息を吐いた直後。

空の彼方から、空気を焼き焦がすような轟音と共に『それ』は飛来した。

 

「……あれが、銀の福音……!」

 

一夏が息を呑む。

アメリカとイスラエルが共同開発した第三世代型IS。しかし、その機体は暴走した幻想体と完全に融合し、全身から赤黒い炎のようなエネルギーフィールドを噴き出していた。

 

「銀っていうか……これじゃ『赤い福音』じゃないか」

 

俺は呟きながら、即座にE.G.O装備のサインを組んだ。

 

俺の機体が狐の着ぐるみのような装甲に覆われると同時に、どんよりとした雨雲が周囲に発生する。俺はすぐさま、一夏やセシリアたち全員の頭上に、狐雨の能力である『ビニール傘』を展開した。

 

「この傘は精神汚染を防いでくれる! 絶対に傘の範囲から出るなよ!」

「〇〇! お前はどうするんだ!?」

「俺はあの中に入る!!」

 

俺はスラスターを全開にし、燃え盛る赤黒い力場の中へと単機で突入した。

 

バチバチバチッ!!

 

周囲の景色が真っ赤に染まり、強烈な熱波が襲いかかってくる。狐雨の防護がなければ、数秒でこんがり焼かれていただろう。

炎の中心にいた銀の福音の姿を間近で捉えた俺は、思わず目を見張った。

 

(機体の背中から生えてるあの羽……『蝶』か『蛾』に似ている……!)

 

俺という外敵を認識したのか、銀の福音――いや、融合した幻想体は、ゆっくりと不気味な羽を広げ、パラパラと怪しげな『粉』を空間に撒き散らし始めた。

 

「させないっ……!」

 

俺は改修型ライフルの銃口を向け、引き金を引いた。

 

特殊な弾丸が対象の装甲に直撃し、青白い閃光を放つ。効果は確実にある。だが、相手の動きを完全に止めるには至らない。

直後、敵がバサァッ!と大きく羽ばたいた。

 

ドドドドドォォォンッ!!

 

「ぐおっ!?」

 

撒き散らされた粉が空気に触れて大爆発を引き起こし、俺が爆風で大きく飛ばされる。

 

「くそっ、手強いな……! 射撃部隊、どうした! 今なら撃ち込めるぞ!」

 

俺は体勢を立て直しながら通信に叫んだが、セシリアやシャルロットからの支援射撃は一向に飛んでこない。

 

『〇〇! 悪い、こっちはそれどころじゃないんだ!!』

「一夏!? 何があった!」

『海の上から、ミジンコを巨大化させたような怪物がうじゃうじゃ湧いてきやがった! しかも、こっちに向かって変な水を吹いて攻撃してきてるんだ!』

 

眼下の海域を見ると、一夏たちが無数の奇妙な水生怪物の群れに取り囲まれていた。L社で見た『大罪』の一種だが大きさは見たそれの比ではない。

 

「ミジンコ……!? おい一夏、絶対にその『水』は食らうな!」

『えっ!?』

「その水を浴びると、前に俺の『狐雨』の憂鬱な雨をモロに受けた時みたいに、気分がどん底まで落ち込んで動けなくなるぞ! 回避を最優先して、そいつらの始末を頼む!」

 

俺の警告に、一夏たちから「マジかよ!」「冗談じゃありませんわ!」という悲鳴のような声が上がる。

 

『分かった! なんとかこいつらを蹴散らす! ……でも、お前はどうするんだよ! 一人で持つのか!?』

 

通信越しに心配する一夏に、俺はライフルのモードを切り替えながら腹をくくった。

 

「心配するな! お前らがそっちを片付けるまで、俺がここで……『銀の福音』とタイマン張って足止めしてやる!」

 

俺は再びスラスターを吹かし、爆発の粉を撒き散らす赤い異形へと、回り込むように突撃を仕掛けた。

 

一方、一夏たちは海上から無数に湧き出るミジンコ型の巨大生物群と激戦を繰り広げていた。

 

「くそっ、こいつら潜ってばっかりで攻撃が当てにくいぞ!」

「しかも、撃ち出してくるあの妙な水の量……制限が全くありませんわ!」

 

一夏とセシリアが苛立たしげに声を上げる。水生生物特有の海中への潜伏と、無尽蔵に吐き出される水鉄砲の連射は厄介極まりなかったが、それでも代表候補生たちの息の合った連携により、確実にその数を減らしていた。

 

「ええいっ! ちょこまかと逃げ回るなっ!」

 

最後の一体が海面から顔を出した瞬間、箒の『紅椿』が瞬く間に距離を詰め、二振りの太刀で一刀両断に切り捨てた。

 

「よし、これで片付いたな! 箒、みんな! すぐに〇〇の援護に向かうぞ!」

 

その頃。俺は『銀の福音』と一対一の死闘を演じていた。

 

相手が蛾のような不気味な翅を羽ばたかせるたびに、周囲の空間で強烈な粉塵爆発が引き起こされる。その上、銀の福音の装備を理解しているのか広域に熱線を放ちこちらを近づけさせない。

 

(あの翅が爆発の起点になっているなら……!)

 

俺は『狐雨』の傘に溜まった大量の雨水を、爆発を封じるために銀の福音の翅めがけてぶつけようとした。しかし――

 

「速い……っ!」

 

第三世代無人機としての異常なスピードと機動力で、放った水は全て空を切る。

 

(スピード勝負じゃ分が悪い。受け身のままじゃジリ貧だ……攻勢に出る!)

 

俺は即座にE.G.O装備を換装した。

 

「――『白雪姫の林檎』!」

 

狐の着ぐるみから一転、機体は真紅のドレスのような装甲と、それに巻き付く無数の緑の茨(いばら)へと姿を変えた。手には、鋭い茨をそのまま真っ直ぐに伸ばしたような無骨な槍が握られている。

 

「おおおおおっ!」

 

俺はスラスターを吹かし、一直線に銀の福音へと肉薄した。

接近を許すまいと、銀の福音は俺の眼の前で連続して粉塵爆発を起こし、さらには力場の温度を急激に上昇させる。

 

「ぐっ……つぅぅっ!」

 

L社の特殊な防護服でかろうじて耐えているが、もしこれが無ければあっという間に黒焦げになっているような地獄の温度だ。

だが、俺は歩みを止めない。あえて背中で強烈な爆発の衝撃を受け、その勢いを利用して急速に前へと吹き飛ばされる。さらにダメ押しでもう一手。銀の福音に背を向け

 

「これで……どうだっ!」

 

俺は改修型ISライフルを自分自身の胴体に向け、『衝撃弾』をゼロ距離で発射した。

ドンッ!! という強烈な反発力が爆風の推進力に上乗せされ、俺は信じられない速度で銀の福音の死角――完全に背後を取ることに成功した。大証に様々な火傷や自分で自分を撃つような衝撃が体を襲う。

 

「逃がすかよっ!」

 

すぐさま超高速で逃げようとする銀の福音に対し、俺は握りしめていた茨の槍を全力で投擲した。

槍は銀の福音の装甲に突き刺さると同時に、白雪姫を呪った林檎の如き禍々しい茨を異常増殖させ、機体全体に巻き付き始める。

それだけではない。槍の末端から伸びた太い茨は、そのまま眼下の海面へと突き刺さり、大量の海水を吸い上げてさらに巨大化・強靭化していった。

 

「ギィィィィィィィィッ!!」

 

完全に茨に絡め取られ、空中で磔(はりつけ)にされた銀の福音。しかし、融合した幻想体は激しく暴れ回り、今度は幻想体由来ではない『銀の福音本来の武装』であるビームやミサイルを無差別に乱射し始めた。

 

「やらせるか!!」

「お前の相手は私だ!」

 

そこに、間一髪で一夏と箒が駆けつけた。

白式の『雪片弐型』と紅椿の太刀が閃き、俺たちを狙う射撃兵装を次々と切り払い、弾き飛ばしていく。

 

「一夏! 箒! みんなも……!」

「〇〇さん、お待たせしましたわ!」

「僕たちもいるよ!」

 

背後を振り返ると、セシリア、シャルロット、鈴音、ラウラの四人が、それぞれの射撃兵装の砲門を、完全に身動きが取れなくなった銀の福音へと照準していた。

 

「いっけえぇぇぇぇっ!!」

 

一夏の叫びと共に、四機のISから放たれた極大の一斉射撃が、一直線に銀の福音へと襲い掛かった。

 

ドッッッッゴォォォォォォンッ!!

 

夜空を真昼のように照らす大爆発。

直撃を受けた銀の福音から、融合していた幻想体の不気味な翅が粉々に砕け散る。

推進力を失った機体は急速に落下を開始し、その過程で、ついに『銀の福音』の装甲そのものが幻想体からボロボロと剥がれ落ちていった。

分たれた役割

 

「よし……! ISの引き剥がしには成功したな」

 

だが、海面スレスレで落下を耐えた幻想体は、翅を失いながらも、まだ燃える蝶か蛾のような姿でウネウネと蠢いている。

俺は『白雪姫の林檎』の槍を呼び戻し、その異形へと向き直った。

 

「……こっからは、こっち(L社)の仕事だ。一夏!」

「おう!」

「お前の『零落白夜』を、剥がれ落ちたあの銀の福音の機体に打ち込んでから、基地まで運んでくれ!」

 

俺の指示に、一夏は落下していく半壊状態の銀の福音を見て、不思議そうに首を傾げた。

 

「えっ? いや、もう半分壊れてるみたいだけど……わざわざエネルギーを打ち込むのか?」

「ああ。万が一、輸送中に再起動なんかされて暴れられたら困るからな。完全に沈黙させておきたい」

 

俺が真剣な声で告げると、一夏は「なるほどな」と素直に頷いた。

 

「分かった! 『零落白夜』!!」

 

白式から放たれた一撃が銀の福音に命中し、機体のエネルギーを完全に強制停止させる。一夏はそのまま機能停止した機体を回収し、箒たちと共に帰還の途につこうとした。

 

「〇〇……絶対にやられるなよ!」

「ええ、無理は禁物ですわよ!」

「生きて帰ってこい!」

 

去り際、一夏たちが口々に心配の声を投げかけてくる。

 

「……絶対に帰ってやる!」

 

みんなの背中が夜空へ消えていくのを見送った後、俺は目の前で最後の足掻きを見せる燃える幻想体へと、静かに歩みを進めた。

 

「さあ、第二ラウンドと行くか」

 

一人残された海上で、俺は小さく息を吐き出した。

熱気のこもるコックピットの中で、瞼の裏に浮かんだのは、旅館で俺の帰りを待っているであろう山田先生の姿だ。バーベキューの時に顔を真っ赤にしていた、あの愛らしい表情が脳裏をよぎる。

 

(俺には、戻るべき場所がある。……愛しい人の元へ無事に帰るために、ここで絶対にアイツを仕留めなきゃならないんだ)

 

思考がスッと落ち着き、冷たい覚悟が決まるのを感じた。俺は操縦桿を強く握り直す。

 

目の前の幻想体は、銀の福音という強力な外殻を剥がされ、翅も破壊されてボロボロになっていた。それでも何とか空中に浮いてはいるが、機動力の大部分をISに依存していたのか、あからさまにスピードが遅くなっている。高度を維持するのもやっとのようで、ほぼ海上スレスレを漂っていた。

 

(だが、こっちの状況も余裕はないな……)

 

モニターのエネルギー残量を示すゲージは、危険域に達しようとしていた。これまでの激戦でISのエネルギーも、俺自身の体力も使いすぎたのだ。

短期決戦で決めるしかない。

幸い、幻想体が纏っていた力場の温度も徐々に下がり始めている。夜の海面スレスレでの、文字通りの最終決戦が始まった。

 

「ギシャアアアアッ!!」

 

先手を取ったのは幻想体の方だった。燃え盛る残りの身体をバネのようにしならせ、捨て身の体当たりを仕掛けてくる。

 

「その直線的な動きなら……!」

 

俺はスラスターの出力を瞬時に絞り、機体の高度をさらに海面ギリギリまで落とした。頭上の空間を、強烈な熱波と共に幻想体の巨体が通り過ぎていくが動きが明らかに鈍っている。躱しきった俺は、すぐさま反撃の体勢に入りながらE.G.O装備を切り替えた。

 

「――『裸の巣』!!」

 

纏っていたドレスが解除され、枯れ木色を基調とした無骨なスーツ姿へと変貌する。俺は手にした重厚なキャノン砲の機構をガチャリとスライドさせ、取り回しの良い『サブマシンガン』の形態へと変形させた。

 

「そこだっ!!」

 

俺は振り向きざまに、幻想体の破壊された翅と胴体の『接合部』――もっとも装甲が薄くなっているであろう弱点に狙いを定め、一斉掃射を浴びせた。

 

ドドドドドドッ!!

 

「ギッ、ギェエエエエ!?」

 

『裸の巣』の武器が持つ最大の特徴。それは、弾丸を喰らった相手の組織を侵食し、『物理攻撃に対して極端に脆くさせる』ことだ。

特殊な弾丸を浴びた幻想体の表皮が、ボロボロと崩れ、防御力がみるみる削がれていく。

 

「防御は引っ剥がしたぞ……! あとは、ありったけをぶち込むだけだ!」

 

俺はスラスターを全開にして、弱体化した幻想体の背後へと完全に回り込んだ。そして、右手に構えた改修型ISライフルを限界まで引き絞る。装填されているのは、アンジェリカさんが近接戦闘用に用意してくれた『散弾』だ。

 

「これで……終わりだぁっ!!」

 

ズドォォォォォンッ!!

 

至近距離から放たれたありったけの散弾が、物理耐性の落ちた幻想体の背中に全弾直撃した。

 

「ギィィィィィィィィィィッ……!!」

 

夜の海に、鼓膜を劈くような断末魔が響き渡った。

燃え盛っていた炎が急速に萎み、巨大だったその身体がシュルシュルと縮んでいく。そして最後には、ボトリと、赤黒く脈打つ一つの小さな『卵状の形態』へと戻り、海面へと落下し始めた。

 

「……捕まえたぞ」

 

俺は間一髪でその卵を空中でキャッチし、完全に疲れ切った体を海に浮かべた。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、尋常ではない量の汗が額を伝い落ちる。それでも、無事に全てが終わったという安堵から、俺の口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 

ピッ。

重い腕を上げて通信回線を開き、L社の面々に呼びかける。

 

「……こちら〇〇。ローランさん、ガブリエルさん、聞こえますか?」

『ああ、聞こえてるぞ〇〇。こっちの海辺の雑魚も、今ちょうどアンジェリカと片付け終わったところだ。……そっちはどうなった?』

『通信状況は良好です。〇〇さん、ご無事ですか?』

 

ローランさんの気怠げな声と、ガブリエルさんの静かな声が耳に届く。

俺は手に持った幻想体の卵を見つめながら、大きく息を吸い込んで報告した。

 

「作戦完了です。銀の福音の無力化、及び対象幻想体の鎮圧に成功しました。……今から、この『卵』を持ってそっちへ帰還します」

 

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