ランサーとバゼットのルーン魔術講座   作:kanpan

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原作にはあり得ない夏の日。


ゲルマン共通ルーン24文字
氷《isa》


 ものすごく暑い、ある夏の日のこと。

 

 ランサーが街の偵察を一通り終えて一旦隠れ家に戻ってくるとバゼットが床に倒れていた。

 

「バゼット! おいバゼット!!」

 

 ランサーは慌ててバゼットを助け起こす。

 バゼットの体がすごく熱い。

 ランサーはとっさにバゼットのジャケットを脱がせて、ネクタイも外し、シャツをはだけて 気道を確保した。

 首筋や額は玉のような汗に濡れ、彼女は苦しげに熱を帯びた呼吸をしていた。

 

 一体、バゼットに何が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れ家に帰ったらマスターが、死んだふりをしています。

 

 バゼットは単なる熱中症でぶっ倒れていました。

 アイルランド人の2人は日本の暑さが苦手です。

 

 ランサーはとりあえず彼女をソファーに転がした。

 

 ランサーがテーブルの上にあったラジオをつけたところ、ちょうどお天気情報の時間であった。

 

「本日の冬木市の最高気温は35度……」

 

 黙ってラジオを消す。

 アイルランドの夏の最高気温はせいぜい20度である。

 

「やれやれ、この国の夏の暑さには慣れませんね、ランサー」

 

 ようやくバゼットがソファーから体を起こした。額には氷を入れたビニール袋を乗せている。

 

「まったくだ。けどよ、バゼット。アンタのその格好だと余計暑いんじゃないか」

 

 バゼットはこの夏日に相変わらず長袖長ズボンの黒スーツにきっちりネクタイ姿である。

 

「暑いからといって服装を乱すのはよくありません。服装の乱れは心の乱れ。暑さなど気合いで克服です」

 

 バゼットは毅然と反論した。

 だが額の上に氷をのっけている状態ではまったく説得力がない。

 

「あ、そうだ。この国にはクールビズってものがあるらしいぜ、バゼット」

「あれはオヤジくさいから嫌です!」

 

 ランサーの現実的な提案は間髪入れずにバゼットに拒否されたのだった。

 

 

「それにしてもよー。なあ、バゼット。なんでこの家にはクーラーがないんだ?普通の家には付いているもんだろうが」

 

 部屋の中をぐるっと見回してランサーが問う。

 バゼットが困った顔で答えた。

 

「この家は古いので付いていないのです。何しろ70年前に作られた屋敷ですから。

 しかし、ランサー。あなたはなぜそんな現代の知識を?」

「聖杯の知識さ!便利だろ?」

「実に便利ですね。クーラー取り付けの手配をするとして、当面の問題は今の暑さをどうやって凌ぐかです」

 

 ランサーとバゼットは共に腕組みしてうーん、と考えこむ。

 

「そうだ!」

 

 ランサーがぽん、と手を打った。

 

「でっかい氷をつくって部屋の中に置けばいいんじゃねえか?」

「なるほど。手っ取り早いですね。その手でいきましょう」

 

 とバゼットも頷いた。

 

 ランサーとバゼットは部屋の空いているスペースの床の上にルーン文字を描いた。

 そして2人で同時にルーン魔術を発動する。

 

「「氷結(isa)!」」

 

 部屋の中に巨大な氷の塊が出現した。

 

「それにしてもランサー。この氷はちょっと大きすぎましたね」

 

 バゼットは目の前の氷の塊を眺める。それは部屋の3分の1のスペースを占領してしまっていた。

 これではクーラーがわりというよりも、むしろ部屋が冷蔵庫化している。

 

「そうだなあ……。必要な分だけ残してあとは捨てるか」

 

 ランサーは槍をつかって氷をギコギコと解体しはじめた。

 その反対側ではバゼットが余った氷をガシガシと拳でなぐって粉々に粉砕する。

 その姿をみたランサーはぼそっとつぶやいた。

 

「バゼット、アンタまるでかちわり氷製造機になってるな」

「ランサー、かちわり氷とは?」

「そういう細かく砕いた氷のことをこの国ではそういうんだよ。あ、これも聖杯の知識な!」

 

 そこまで言って、ランサーはまたぽん、と手を叩いた。

 

「いいアイデアを思いついたぜ、バゼット!ちょっと街まで買い物にいってくるわ」

 

 と言い残してランサーは出かけてしまった。

 

「ランサーはいったい何をするつもりなのでしょう……?」

 

 取り残されてしまったバゼットはぽかんとしつつも、引き続き機械のようにガシガシと氷を粉砕し続ける。

 

 ほどなくしてランサーは買い物を終えて戻ってきた。

 手に抱えているのは何やらペンギンの形をした機械と、青と赤のシロップである。

 

「これはなんですか、ランサー?」

「これはかき氷機というものだ。

 これにそこのかちわり氷をいれて、ハンドルを回せばかき氷の出来上がりだ。

 この国の夏の風物詩らしいぜ」

 

 ランサーはバゼットが製造したかちわり氷をペンギンの頭から投入して蓋をし、ガリガリとハンドルを回す。たちまち白く細かい氷の粒の山が出来上がった。

 

 窓辺にテーブルを移動させて庭の木々の間から響く蝉の声を聞きながら、ランサーとバゼットはかき氷をつつく。

 

「なるほど、暑さがやわらぎます。この国の風習もよいものですね」

 

 ちなみにランサーのシロップはブルーハワイ。バゼットのは苺だ。

 

「ところでランサー。例によって私は仕事を探しているのですが」

「……はいはい。無理すんなよ」

「さっき調べたところによると、この国の野球場ではこのかちわり氷を扱う仕事があるらしいです!」

「いやバゼット……、それ作る方じゃなくて、売る方だからな!」

 

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isa(イサ)  

 

象徴:氷

英字:I

意味:氷を象徴する制止、凍結のルーン。 計画の遅延や停止、身動きできない状況を意味するなど束縛の意味も持つ。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




stay nightが冬、hollow ataraxiaが秋でよかったね。

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