ランサーとバゼットのルーン魔術講座   作:kanpan

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ほくろのない方のランサーでも人を魅了(?)できるんだぜ。


贈り物/愛情 《gebo》

「あれ、バゼット?」

 

 バゼットの姿が見当たらないな、とランサーは部屋をぐるっと見渡す。

 あ、いた。

 バゼットは久しぶりに部屋の隅で膝を抱えて座っている。

 

「また何か失敗したのか?」

「ランサー、すみません……」

 

 バゼットは膝に顔を埋めたまま、窓の近くに置いてある小さな鉢植えを指差した。それは先日ランサーが持ってきた小さなサボテンの鉢だ。見た目丸くて可愛らしいし、なにより水やりが多少滞っても平気な植物である。バゼットにちょうどいいだろうと思って貰ってきたのだったが。

 ランサーが鉢を見に行くとサボテンは茶色に変色してぶよぶよになっていた。

 

「ちゃんと毎朝水をやっていたのですが」

「サボテンに毎日水やってたのかよ……」

 

 水のやり過ぎでサボテンは溺死していた。

 砂漠の植物サボテンへの水やりは時々でよかったのだ。毎日水やりすると根から腐っていってしまう。

 マスターの性格をちょっと見誤った、とランサーは少し反省した。バゼットはずぼらではない。生真面目すぎるだけなのだ。

 

「バゼット、気にすんな」

 

 ランサーはバゼットに慰めの声をかけたが、バゼットは相変わらず部屋の隅で丸まっている。

 仕方ない、しばらくしたら何か別の花を持ってくるか。

 

 

 ランサーは今、花屋でアルバイトをしている。

 知り合いからは決まって「似合わない」と言われるが、意外にも客の評判は上々だ。ランサーから花を買って相手にプレゼントすると恋愛がうまくいくと、街中で噂になるくらいである。

 ランサーが花屋で働き始めてから噂が広まり、ここしばらくの間は客が殺到していた。女も男もランサーから花束を買い求めていく。

 

 ランサーは今日も店先で通行人の眼を引くための花のディスプレイをあれこれと工夫していた。

 

「あのう……こんにちは」

 

 背後からおずおずとした声をかけられてランサーが振り向くと、そこには知り合いの女の子が立っていた。衛宮家に集まっている女の子の一人、間桐桜だ。

 

「いよう、お嬢ちゃん」

 

 ランサーはにっ、と歯を見せて陽気なスマイルを見せた。

 だが、桜は少したじろいでいる。

 以前ランサーが商店街の別の店でバイトしていたとき、この娘を見かけてつい普段のクセでナンパしたら怖がられてしまったのである。

 

「ええと……学校の友達からランサーさんから買ったお花で恋が叶うって聞いたんです。

 それで、いつもお世話になっている先輩のために」

 

「はいよ、まかせときな。

 大丈夫だって。こないだは悪かった。今日はコワイ目にあわせたりしないからさ」

 

 警戒しながら話してくる桜を笑顔を振りまいてなだめながら、ランサーは手早く花束を作り上げる。そして花束の根元にマークを1つ書き込んだ。

 

 そう、これこそが花屋ランサーの繁盛の秘訣。gebo(ゲボ)のルーン。贈り物のルーンであり、愛情を意味するものだ。

 

 ランサーから花束を受け取った桜は表情を和らげて、かわいらしく「ありがとうございます」とお礼を残して去っていった。

 

「やれやれ、これに免じて次はもう少し仲良くなりたいね……っと、もう次のお客か。

 いらっしゃい!」

 

 ランサーの目の前に現れたのは真っ白ないでたちの二人組の女。頭は顔だけ出して白い頭巾ですっぽり覆い、その下はくるぶしまで及ぶ丈長の真っ白くてアンティークな装束。街の人々の外見から浮きまくっている。

 そのうえ二人とも真っ赤な瞳をしている。ランサーの瞳も赤いが、つまり人間の眼ではない。

 

 おい、次の客はアインツベルンのホムンクルスかよ。

 

「おはな、かいにきた」

 

 一見するとそっくりに見える二人のうち、ランサー的見分け方で言えば、胸が大きいほうが幼い言葉遣いをしながら、店頭の花を指差す。

 

「はいよっと。おい、ホムンクルスも恋愛するのか?」

「違います。これはイリヤスフィール様のおいいつけです」

 

 今度はもう1人の胸の小さい方がぴしり、とした言葉遣いで返事をしてきた。おや、こっちはしっかり者みたいだね。

 

 この二体のホムンクルスはアインツベルンの召使いだ。商店街で買い物するのにも召使いをよこすのかよ。まったく箱入りお嬢様だな。

 もっとも、お使いに来たのがバーサーカーでなくてよかった。

 

 そんな内心の呟きを営業スマイルで打ち消しつつ、花束をつくってルーンを書いてホムンクルスに渡す。白い二人組は礼儀よく一礼すると静かに店頭から立ち去った。

 

「イリヤスフィールが花束を渡す相手って、やっぱ衛宮の小僧なのか?」

 

 ランサーがふと湧いた疑問を思案して暇を潰していると、まもなく次の客がやってきた。

 

「ランサー、いる?」

「おお、遠坂の嬢ちゃん!」

 

 白の次は赤か。

 遠坂凛はかなりランサーの好みである。バゼットが共に戦った女戦士を彷彿とさせるならば、凛は気の強いお姫様だ。成長したらきっと高貴な女王様になるだろう。

 胸ももっと成長するだろうし。

 

「嬢ちゃんもかよ」

「も、ってことは、やっぱり桜やイリヤも買いにきたのね。もう、油断ならないんだから」

 

 早く早く、とせかす凛に上機嫌に笑いながらランサーは花束をまとめてゆく。

 ああ、全く衛宮の小僧がうらやましいぜ。

 ランサーはまとめ終えた花束に、いささか癪だがルーンを書き付けて、凛に渡した。

 

「どうもありがとう、ランサー」

 

 凛は優雅に礼を言ってひらりと身を翻し商店街の人混みにまぎれてゆく。もうちょっと世間話したかったなー、とランサーはその後ろ姿を名残惜しくながめる。そのランサーの頭に、

 後ろからぱこん! と何かが当たった。

 

「……何だ?」

 

 振り返ると路地の影に一瞬、赤い外套がちらりと見えた。

 

 アーチャーのヤロウの仕業だな。

 

 ランサーは頭に当たって地面に落ちたものを拾う。おもちゃの矢だ。なにか手紙らしきものが結んである。手紙をほどいて広げるとそこにはわざと雑な字で一言だけ殴り書きしてあった。

 

 ———凛に手を出したら、殺す。

 

「…………」

 

 ランサーは読み終わり次第ただちに手紙を握りつぶして地面に棄てた。

 また、通りの方からまた声をかけてきたヤツがいる。新しい客だ。そちらの相手をしよう。

 

「ランサー」

「おっと、これはこれは」

 

 珍しい客がやってきたのでおもわず顔がニヤついてしまう。そんなランサーをみて小柄な金髪少女はたいへん面白くなさそうにふくれている。

 

「何を笑っているのですか、ランサー」

「いやはやセイバー。おまえまで小僧に花をとはねえ。ライバルが大勢で大変だよなあ。

 アンタの場合、花よりもメシをたくさん喰ってもちっと胸を……おっと、サーヴァントだから成長しないんだっけな。

 ぐはっ…………!」

 

 ランサーは不意にみぞおちを堅いものでどつかれて悶絶した。セイバーの手元にはいつの間にか微かに風が渦巻いている。

 宝剣の束でこづきやがった! しかも、風王結界(インビジブル・エア)で隠しやがって。

 みぞおちを押さえて苦しむランサーをセイバーは冷ややかに横目で見つつ言う。

 

「普段から私に尽くしてくれるマスターのために花を贈るのです」

 

 その後、黙ってルーン付き花束を作ったランサーの手から、セイバーも黙って花束を受け取り、スタスタと去っていった。

 

「ううう、ひでえ目にあった」

 

 いまだ腹を押さえてため息をつくランサーの元に次の客が現れた。

 

「こんにちは、ランサーさん」

「おお、弓使いのお嬢さんか!」

 

 士郎や凛と同じ学校の弓道部の部長、美綴綾子。美綴はときどきこの花屋に怪我をした弓道仲間の見舞いの花を買いにくるのだ。

 根っからの武道家である美綴とランサーは武人同士ということもあるのか話が合う。

 

 サーヴァントのアーチャーどもとは全然気が合わねえが、この娘のような弓使いだったら大歓迎なんだがな。

 

「また仲間のお見舞いか。まあ戦士に怪我はつきものだ」

「はい。ランサーさんのお花を持っていくといつも喜んでもらえますよ」

「そういえば、先日は邪魔が入っちまったが、オレの武勇伝を聞かせてあげるという話だったのをあらためて」

「ええぜひ」

 

 いい感じに美綴と話が弾んでいるところに、

 ぎゃぎゃっ、とママチャリが見事なドリフトで花屋の前に横付けされた。華麗なライディングを見せつけたのは紫の長い髪を足までのばしたメガネの女性。彼女は美綴に怪しく微笑む。

 

「ごきげんよう、アヤコ」

「ラ、ライダーさん……。 す、すみません。また来ます!」

 

 ライダーの姿を見るや、美綴はダッシュで逃げていった。

 ライダーは美綴を気に入っているらしいが、なぜか美綴は彼女が苦手なようだ。

 

「おい、邪魔しにくるなよ。ライダー」

「ランサー、私も花を買いににきたのですよ。客をえり好みしてはいけません」

「まったく、アンタまで衛宮士郎にかよ?」

「店員は客の詮索などしないのが礼儀ですよ」

 

 ランサーが作ったルーン花束をさっさと受け取り、ライダーは自転車を走らせて美綴の逃げていった方向に向かって去っていった。

 

 

 結局、今日の客はこれで全部だった。しかも妙に知り合いが多かった。

 実のところ、ここしばらくは以前に比べて格段に客足が落ちている。

 客がこなくなった原因はなんなのか。ランサーは街の通りを眺めてうっすら気づく。

 

 そういえば近頃カップルをよく見るようになったな……。仲良かったり良くなかったりするけれども。

 

 通りを見ていると、楽しくお喋りしながら手をつないで歩くカップルや、険悪に口喧嘩したり殴り合いになりながら歩く3、4人組の男女が目立つ。よく見ればランサーから花を買った客たちだ。

 そう、ランサーの花の効果でみんなの恋愛が成就しきってしまったのだ。

 

 カップルのみなさん、つきあってからも贈り物は大事ですよ。あと三角関係のやつらは、潔くあきらめろ。

 それにしても世の中は理不尽。こんなに人の役に立ったのに、オレに役得はないのかなあ……。

 はあ、とため息一つついてランサーは肩を落とした。その肩を横からぽん、と叩かれる。

 

「ランサーさん」

「あ、店長」

「大変すまないけれど、最近お客の人数が減ってしまったので、実はバイトも減らそうかと」

「えっ、オレ、クビ!?」

 

 お詫びに好きなだけ花を持っていってくれ、という店長の申し出をありがたく受けて、ランサーは現物支給で貰った花の鉢を両手いっぱいに抱えて館に帰る。

 

 ああそういえば、今日買い物に来たセイバーの言葉を思い出した。

 

 ———普段から私に尽くしてくれるマスターのためにです。

 

 そうだ。ウチのマスターにも。

 ランサーは持っている鉢に愛情(ゲボ)のルーンを書き付けた。

 

 

「ありがとうございます、ランサー!」

 

 花を持って帰ったらバゼットは喜んでた。

 今度は安心して毎朝水をやってくれよ。ああ当分は庭先が華やかだな。

 庭で花の鉢に水やりをしているバゼットの後ろ姿を眺めながら、さて、次のバイト先でも探すか、とランサーはバイト雑誌をめくった。

 

 

 

 ところ変わって、衛宮家。

 居間のテーブルには4つの花瓶に飾られた花が並んでいる。

 

 衛宮士郎は四人の女性に取り囲まれていた。

 

「士郎は私のモノよ」

 イリヤが首にしがみつき、

 

「ちがいます、私のです!」

 桜が右手をひっぱり、

 

「何言ってんのよ、私のよ!」

 凛が左手をひっぱり、

 

「私のマスターに決まっているではありませんか!」

 セイバーが足を抱え込んでいる。

 

「やめろー! 首が、手が、足がもげる!

 なんでさあああああー!!」

 

 

 

 商店街の路地裏にて。

 人気のない裏道に追い込まれた美綴はライダーと真正面から見つめ合っている。

 

「アヤコ……」

「なっ、なんですか、ライダーさん。急にお花なんて渡されても」

「あなたから貰うばかりではいけませんから」

「貰うって……何を———!」

 

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gebo(ゲボ)  

 

象徴:贈り物

英字:G

意味:贈り物を象徴するルーンで、愛情、友好を意味する。バランス良く交差した2線が良好なパートナーシップを示す。恋のお守りにもなる。恋に限らず人間関係を現すルーンなので人類愛、福祉や社会奉仕等の意味も持つ。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




Fate/stay night [UBW] 1話の美綴さんかっこよかったです。

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