空から微かに雪が舞い落ちて地面をうっすらと覆う。
ここは冬木市という名前の街だが雪が積もることはほとんどない。せいぜいわずかな間だけ地面を白く見せる程度だ。ランサーとバゼットの故郷アイルランドの冬と比べたらささやかなものである。
ランサーとバゼットは隠れ家を出て新都の中を歩いていた。
通りすがりの家の窓にはリースの飾り物、ビルの入り口には青と白のLEDのイルミネーションが輝き、商店の入り口にはツリーが置いてあって、店先からはクリスマスの歌が流れてくる。
今夜はクリスマスイブなのだ。
「キリスト教が宗教の主流でないこの国でもクリスマスを祝うのですね」
バゼットは賑やかな町並みを眺める。
コンビニエンスストアの入り口にはケーキとチキンを販売中との派手な広告写真が張り出され、通りにはぴったりと寄り添ってあるくカップルの姿がいつもより多い。そうかと思えば居酒屋らしき店の前では十数人の若者のグループがたいそうにぎやかに騒いでいる。
この国のクリスマスは彼らの母国の風習とは違い、なんだかよくわからないお祭りのようになっている。
浮き立つ街の空気にバゼットは一瞬気が緩みかけたが、ふと本来の目的を思い出して我に返った。軽い緊張感を取り戻して先を急ぐ。
ランサーとバゼットの今夜の目的地は冬木教会だ。クリスマスイブに教会に行くのは自然な行動に見えるが、別にミサに行くわけではない。クリスマスパーティーが開かれている、ということもありえないだろう。
「ランサー、あの監督役から急に呼び出しとはいったい何の用でしょうね?」
「毎度のことながら嫌な予感しかしないな」
ランサーとバゼットは聖杯戦争の監督役である言峰に呼び出され、冬木教会に向かっている。どうも何組かのマスターとサーヴァントに声をかけたらしい。言峰の真意ははかりかねるが監督役の呼び出しを無視するわけにはいかない。
忌々しげにランサーは呟いた。
「あの外道神父、今度はなにを企んでやがる」
冬木教会に着くと神父は教会の入り口でツリーにリボンや星で飾り付けをしていた。
「……似合わねえ」
ランサーのぼそりとした一言に気づいたのか言峰がこちらを振り向いた。
「ふむ、待っていたぞランサー。これで全員揃った」
周囲を見回すと教会前にはセイバー、アーチャー、ライダーが集まっていた。そして言峰の後ろにはでかい布袋ががいくつも積んである。
なんだありゃ? もしかしてプレゼントだとかいうんじゃあるまいな。
怪しい布袋を見てランサーは警戒心を一気に高めた。
もし言峰が「おまえたちにプレゼントをやろう」などと言うなら即座に断る。絶対にロクなものが入ってない。
言峰はランサーの表情から心中を察したのか、嫌味な微笑みを浮かべた。
「安心しろ。この後ろの袋の中身はおまえたちのぶんではない」
「そうか、それは良かった。じゃあ何なんだよ」
言峰はふふふ、と笑いつつ集まったサーヴァントをぐるりと見回す。
「この街の子供たちにクリスマスプレゼントを配布するのだ。手伝いたまえ」
ランサーは唖然としたが、他のサーヴァントたちはもう説明を聞かされていたのか無表情か仏頂面をしているか、こっそりため息をついたりしている。
「テメエ、なに善人ぶったことしてんだよ」
「私は神父だ。なにも不思議はないだろう?」
ランサーの憎まれ口にも構わず言峰はふてぶてしく薄笑いしていた。仕方なくランサーは集まっているサーヴァントたちの姿を見て尋ねた。
「それにしてもよ。このメンツはなんなんだよ」
「よく街を騒がせているサーヴァントたちだ。おまえも身に覚えがあるだろう? 協力しろランサー」
「げっ……」
そう言われるとランサー陣営はマスターともども肩身が狭い。ここでヘタに逆らって聖杯戦争のルールに背いたと難癖をつけられてペナルティを課せられてはたまらない。
今はこのいけ好かない監督役の言う事を聞くしかないか、とランサーは観念した。
「その余興、
不意に夜の闇の中から声がした。しかもやけに偉そうだ。
暗闇の中に金色の粒子が現れて人型になる。金髪のサーヴァント、ギルガメッシュが現界した。言峰はギルガメッシュにちらりと目をやる。
「そうだな。居候にもたまには働いてもらわないと困る」
「構わぬぞ。我は子供好き故な。子供の笑顔は王の宝である。はっはっは」
金ぴか王は機嫌良く高笑いしていた。
一方、セイバーの方を見るとあっという間に機嫌が悪そうになっていく。セイバーは露骨にギルガメッシュから目を反らしつつ言峰に言った。
「神父、こんなところで余計な話を続けてもしかたがない。子供たちも待っているのでしょうから早く配りに行きましょう」
セイバーはどこから持ってきたのかごついバイクを調達してきていた。確かあれはV-MAX……。セイバーの体格には不釣り合いな事この上ない。
「オマエ、ソレに乗れんのかよ」
「セイバークラスには騎乗スキルがある。そもそも私は騎士王だ」
訝し気に聞いたランサーにあっさりと言い返して、セイバーはプレゼント入りの袋を担いでバイクにひらりとまたがると、急発進して街のほうへ姿を消した。
セイバーの騎乗スキルBの効果はさすがだ。
「では私もお先に」
ライダーはペガサスを呼び出し、袋を乗せて空へ飛び去っていった。
ライダーにいたっては騎乗スキルA+である。
「やれやれ騎乗スキル持ちはいいねえ」
ライダーが飛んでいった夜空を眺めてランサーは呟いたが、
「いや、奴らは根本的に間違っている」
と隣でアーチャーの声がした。振り向くとアーチャーは投影魔術を使おうとしていた。
「Unlimited Blade ……ならぬ、Santa Works!」
アーチャーの目の前に立派な8頭立てトナカイそりが出現した。確かにこれが正しいサンタの乗り物である。
アーチャーは投影したそりに乗って夜空に飛んでいった。今までのサーヴァントの中ではアーチャーが一番違和感がない。服も赤いし。
「それにしてもアイツ無限にサンタの仕事するっていったぞ。やる気あるな」
さて、これで教会前に残っているのはランサーとギルガメッシュになってしまった。ランサーはギルガメッシュを忌々し気に睨む。
「ギルガメッシュ、テメェはどうすんだよ」
「ふはは、原初の王である我は機械仕掛けだの獣だのに頼る必要など全くない」
ギルガメッシュが片手を上げる。全ての宝具の原典を持つと豪語するこのサーヴァントは「王の財宝」から乗り物を取り出せるのだ。ギルガメッシュの頭上に金色に輝く飛行機、ヴィマーナが現れた。
「
「くそう……俺だってアイルランドで召還されたら戦車の宝具があったはずなのに」
悔しがるランサー。ギルガメッシュそんなランサーの姿を空から見下ろして高笑いしている。
「狗は喜んで駆け回っておれば良い。ほれ、この国の童謡にあるとおりにな」
「うるせえ!」
「そう吠えるな雑種。我は寛大だぞ? そうだな騎乗スキルも乗り物のない貧相なオマエに我が乗り物を下賜してやろう」
わんわんわん!
教会前で元気な犬の鳴き声がする。
「おい、ギルガメッシュ。なんだこれは」
「見ればわかるだろう。そりだ。サンタクロースの乗り物であろう」
「それはわかる。そうじゃなくて、なんで
ランサーの目の前には毛のもこもこした犬の群れがいる。
ギルガメッシュが呼び出したのはそりはそりでも犬が引く「犬ぞり」だった。
「我の心遣いで貴様にあわせてやったのだ。
いや、この犬たちはみんな血統書付きだぞ。雑種のおまえとちがってな」
では、せいぜい励めよ、はっはっは と笑い声を響かせギルガメッシュも飛び去っていった。その後にはわおーん、と鳴きながら人なつこく尻尾をふる犬の群れとランサーたちが取り残されていた。
「まじかよコレ」
「この子たちふかふかしてますよ、ランサー!」
ランサーが犬ぞりの方を見るとバゼットは犬とじゃれて喜んでいる。ギルガメッシュが自慢した通り、犬はそり引きが得意なシベリアンハスキー揃いだ。
「気に入ってんのかよ、バゼット……。
それはそうとこの街には雪が積もらないぜ。犬ぞりは無理だろ」
犬ぞりは豪雪地帯で使うものだ。土やアスファルトの道路の上では車輪のないそりは満足に動かせない。
「そこをなんとかできそうなルーンがあります!」
バゼットがそりの脇にルーン文字を刻む。
「なるほど
ランサーは刻んだルーンに魔力を通す。犬ぞりの刃の部分に即席の車輪のようなものが現れた。
「これで走れるようになったな。よし、じゃあ他の奴らを追いかけるぜ!」
ランサーが合図をすると、犬たちはわおん!と吠えて走り出す。こうしてようやくランサー組のサンタ活動が始まった。
冬木市のとある家の前。
犬ぞりから降りてきた青い男からプレゼントを手渡された子供が固まっていた。
「あー」
ランサーは言峰に割り当てられた子供たちの家を順番に回ってプレゼントを渡しているのだが、先ほどから行く家でことごとく子供に怯えられてさすがに困っている。
「なあ、バゼット。いまいち子供たちが嬉しそうじゃないんだが。
なんでだ? 俺が怖いのか?」
犬ぞりに戻ったランサーが首をかしげる。バゼットは腕組みしてうーんと考え込みつつ答えた。
「……いろいろ原因が考えられます。乗り物がサンタとだいぶ違うとか、髭を生やしてないとか、そもそも青いとか」
「やっぱ、全然サンタらしくないよな」
「そうだ、せめて格好だけでもなんとかしたまえ」
話し合うランサー主従の脇に、どかどかっとトナカイそりが横付けされた。そりの上にはアーチャーが憮然とした顔で乗っている。
「貴様らにせめてもの情けだ」
アーチャーは手元で何かを投影するとランサーに投げてよこした。ランサーが広げてみると、それは赤いズボンとコートに白いつけ髭。
「おお、サンタの服だな! 助かるぜアーチャー。テメエの贋作もたまには役に立つもんだな」
「貴様の為に作ったのではないぞ。それを着てちゃんとサンタの格好をしてくれ。そうでないと冬木市の子供たちがあまりにもかわいそうだからな!」
セイバーとライダーのところにも行ってくる、と言ってアーチャーはまたトナカイそりを走らせていった。
アーチャーが言うには、今冬木市のあちらこちらで、バイクを飛ばしてきた外国人少女が子供にプレゼントを渡したり、子供部屋の窓にペガサスがやってきて部屋にプレゼントを投げ込んでいくなどの事件が多発しているらしい。
「まあ、あいつらがサンタクロースやったらそうなるな」
「ライダーのは幻想的で悪くないですね」
ランサーとバゼットは他のサーヴァントたちのサンタ姿を想像して頷き合う。
そういえばギルガメッシュは?
ランサーたちはふと空を見上げた。夜空に金色の波紋が見える。空中のヴィマーナの上からギルガメッシュがプレゼントを流星よろしく子供たちの家に射出していた。
「あのヤロウ、手抜きしやがって……」
しゃんしゃんと鈴をならしながら、ランサーサンタの犬ぞりは夜の道路を進む。ちなみに鈴もアーチャー作のサンタ衣装一式についていた。
赤信号に差し掛かり、犬ぞりは横断歩道の前で止まって信号の変わるのを待つ。ランサーたちは一応真面目に交通ルールを守っている。
が、その目の前をバイクに乗ったサンタクロースが猛スピードで横切っていった。
「おい、今の……」
「セイバーですね」
その遥か後ろからパトカーのサイレンの音がする。スピード違反で追いかけられているらしい。
「犬ぞりの俺らが道路交通法を守ってるのにセイバーは何やってんだよ!」
「ランサー、私たちの犬ぞりは車道を走るにはスピードがたりませんから。スピードを抑えめにして歩道を走るのであまり無理はできません。
それにしてもセイバーのバイクは楽しそうですね」
ランサーとバゼットが遥か先のセイバーの姿を眺めると、セイバーは華麗にターンを決めて道路を逆走していくところだった。パトカーを撒いているらしい。
見上げるとライダーのペガサスとギルガメッシュのヴィマーナが夜空を優雅に飛んでいる。こちらも航空法などは関係なさそうだ。
「地道に行くか……」
「そうですね」
ランサーとバゼットは手元の地図を広げた。そこにはプレゼントを配る子供たちの家がかき込まれている。
「お、なんだかんだ言って、後は最後の1軒だな」
「郊外の森ですか。ここだけずいぶん遠いですね。急ぎましょうランサー」
冬木市の郊外に広がる森に向かって、ランサーとバゼットは犬ぞりを走らせた。
「イリヤスフィール様! もう夜遅いのですからお休みください」
森の中にあるアインツベルン城では深夜になっても寝室の明かりが消えていない。メイドのセラがイリヤスフィールを叱りつけていた。
「寝ないもん。サンタに会いたいの。
シロウが教えてくれたの。いい子の家にはサンタさんが来るんだって。
イリヤはいい子だからプレゼントがもらえるんだもん」
イリヤスフィールはぬいぐるみを抱えたままベッドでむくれている。一向に寝付く気配がない。はあ、とため息をつくセラの横でもう1人のメイドのリーゼリットが部屋の外へ出ようとしていた。セラはリーゼリットを呼び止めた。
「どこに行くのです、リーゼリット」
「もりに、おきゃくさまがきてるみたい」
「何ですって?」
セラは窓を開けて森の様子を見た。
夜風に乗って、遠くから叫び声と槍や剣を打ち合う音や犬の鳴き声が聞こえてくる気がする。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」
「
「
「わおおおおーーーん!」
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raido(ライド)
象徴:車輪
英字:R
意味:車輪を象徴し、旅や移動を意味するルーン。遠方からの連絡やメッセージを受け取るという意味もある。物事の急激な変化や新展開があることを暗示し、それに対応する為に新たな環境への移動の必要性がある事を示す。
ルーン図形:
サーヴァントがサンタクロース、だったらこんな感じかもと思った。