今日もランサーは偵察を終えて隠れ家に戻ってきた。
「戻ったぜー、バゼット。特に異常なしだ」
がちゃりと部屋のドアを開けると、マスターのバゼットはテーブルの上に本を広げて読みながら涙ぐんでいた。
「あん? どうしたバゼット」
「あなたの物語を読んでいました、ランサー……」
バゼットの手元の本は『アルスターサイクル』。ランサー、つまりクーフーリンの物語が綴られている神話の本である。
「なんだよ。アンタ子供のときからずっとこれ読んできたんだろ?
何で今更泣くんだよ」
「だってランサー、何度読んでもこの物語の結末は悲しすぎます」
その神話では、クーフーリンはたった一人で敵の軍勢を迎え撃ち、敵の奸計にはめられ、壮絶な戦死を遂げたのだった。
「はっはっは!」
ランサーはそんなバゼットの言葉を笑い飛ばして、
「別にいいじゃねえか。
オレの最後はあんな結末だったけど、物語はずっと語り継がれてる。
そしてオレは今、アンタに召還されてここにいるんだぜ」
と言いながら彼女の頭にぽんと手を置く。
が、バゼットは
「あんなバッドエンドでは納得できません!」
きりっ、とランサーの瞳を見据えて言った。
「目指すのは問答無用のハッピーエンド!!
きっとこの国でランサーの知名度が低いのはあのバッドエンドのせいです」
「へ?」
バゼットが英霊召還の都合を説明する。
「いいですか、ランサー?
英霊の召還には知名度補正というものがあるのです。その場所での知名度が高いほど、英霊は伝説どおりに近い能力で召還されます。
つまり、私たちの故郷、アイルランドで召還すれば最強の状態であなたを呼び出す事ができたはず。ですが、今回の聖杯戦争の制約上、戦場となるこの地であなたを召還しなければなりませんでした」
「んー。確かにそうだけどよ」
適当に相づちをうつランサー。
バゼットの説明は続く。
「この国の人々の間でのあなたの知名度は
クーフーリンを知らない 70%
Fateで知ってる 20%
パズドラで知ってる 10%
このように惨憺たるものです。
わかりますか、ランサー? この知名度のせいであなたの宝具が槍しかないのです」
「……まあ、それはこんな極東の国だし仕方ないよな。けど、バゼット、どういう調査だよ?それ」
「通りすがりの人10人に聞きました。わたし調べです」
「おい」
「それはそうと」
ランサーのツッコミをスルーし、バゼットは拳を握って熱く語る。
「もしこの地で祖国アイルランド並の知名度を得れば、宝具として城も戦車も手に入ります! 我々の戦いが一気に有利に!」
と、バゼットは力強く宣言したのだった。
「確かにそうできればそれに越したことはないけどよ。どうする気なんだ、バゼット?」
ランサーは首をかしげる。
するとバゼットはにやりと笑いながら言った。
「私によい作戦があります」
「この国にはコミケという行事があり、夏と冬に開催されます。
そこでハッピーエンドに書き直したアルスターサイクルを販売するのです!」
「えっ」
「幸い夏のコミケがもうすぐです」
「でもよー。参加のために申し込みとか抽選があるんじゃないのか?」
「心配無用です。すでに魔術協会に連絡して参加証を手配させました」
バゼットはへへん、と胸をはっている。
「ランサー、今この国の若者の間ではライトノベルという読み物が流行っています。しかも 内容は剣と魔法のファンタジー世界を書いたものが人気なのだとか」
「ほほう」
「さらにその中でも大人気なのがチートハーレムというジャンルです。
それは神様に特典能力を貰った主人公が俺Tueeeeee!と並み居る敵をばったばったとなぎ倒し、出会った女の子に片っ端からモテまくるというストーリーです。
ランサー、あなたの伝説はまさしくこのチートハーレムではありませんか!
そう、問題なのはエンドだけです」
どん、とテーブルを叩きつつバゼットは熱弁を振るう。
……えっ、
オレ、神の子ではあるけど……、それなりに修行もしたんだけど……。
影の国で師匠スカサハにみっちりしごかれて、そのおかげでゲイボルクを使えるようになったんだけど……。
それに、嫁のエメルを貰う為には名誉がないとダメだって言われたから修行に行って名誉を得て帰ってきたのに、嫁の親父からそれでもやっぱダメって言われて怒って戦争起こして皆殺しにしてようやくエメルと結婚できたのに。
息子の母のアィフェはそもそもスカサハの敵だったから、影の国時代に戦争をした間柄だ。一騎討ちに勝って、その結果愛が芽生えたのに。
魔女モリガンは戦闘中の間の悪いときに告ってくるから、つい断っちまったらヤンデレストーカーになっちまったし。
赤枝の末裔のバゼットはご覧の通り。
ああ、オレの恋愛っていつも
己の過去を思い出し、赤い瞳を虚空に彷徨わせるランサー。
その横で、バゼットはそんなランサーを眼中に入れる事もなく、一心不乱にノートに何かをばりばりと書きなぐり続けていた。
——— 一週間後。
「できあがりました、ランサー!」
バゼットは自信に満ちた笑みを浮かべてランサーの目の前に一冊の薄い本をひろげた。
「な、なんだこれ?」
ランサーはとりあえずバゼットから本を受け取りパラパラとめくる。
「コミケで販売する同人誌。
『槍の英雄がチートでハーレムすぎてアルスターがやばい』です!」
どどん!と擬音がつきそうなくらい力強くバゼットはタイトルを宣言した。
「……………………」
ページをめくるごとにランサーの目は点に近づいていく。
その様子をみたバゼットは、
———夢中になって読んでいるようだ。ふふふ、やはり会心のできばえでしたね。完売間違いなしです。
と満足感を覚えた。
一方ランサー。
———うおおおおおおおおお、アルスターサイクル原作崩壊ッッッ!!
この主人公誰だ!? もはやひとかけらもオレじゃねええええ。
いや、ハッピーエンドにすればなんでもいいってもんではないのでは……。
ええと、この謎の同人誌のイメージでオレは今後英霊として召還されるのですか?
ランサーはめまいを感じながら薄い本を閉じた。
そんなランサーにバゼットは追い打ちのかけるかのごとく、
「どうですか、ランサー。これで我らの戦力アップは間違いなし。
この同人誌は段ボール10箱ぶん印刷しました!」
と部屋の角を指差す。そこには薄い本が一杯に詰まった段ボール箱の山が積んであった。
「同人誌の表紙にはオーディンを意味する
オーディンは我が身を神に捧げることでルーン文字の神秘を人々に与えた神です。つまり文学、物語を意味するルーン。このルーンを描く事でさらにこの同人誌の魅力が強化できるはず。
オーディン神のご加護あれ!」
準備は万端です、と意気込むバゼット。
「そうか……。うまくいくといいな……」
ランサーはうつろな目をしながら、かろうじてそう呟くことしかできなかった。
——— コミケ当日。
ではいってきます、と勇躍バゼットはビッグサイトへ向かっていった。
その後ろ姿を無言で見送りながらランサーは思う。
いくら表紙に
魔術が実現できるのはこの世界で可能な事だけだ。例えば魔術で高火力の火焔を放つ。それが生み出すのはこの世のなんらかの他の現象で発生可能な火力に限定される。魔術は単に特定の現象を生み出す為のショートカットを行う技にすぎない。
なので、逆にこの世にあらざるものを魔術で生成することは、それが塵程度の大きさの小さな物質であっても、不可能だ。
要するに何が言いたいかというと、ありえない出来事を起こすのは無理なのだ……。
——— コミケ終了。
さて、結局あの大量の薄い本はどうなったかって?
あの黒歴史は部屋の隅に積み直されて、バゼットが失敗して沈んでるときにその上に座って落ち込むのに役に立ってるよ。
ランサーが部屋の角に目をやると、今日もバゼットは何かを後悔しているのか、段ボール箱の上に体育座りしてうずくまっている。
「大丈夫だぜ、バゼット。このオレがこの朱槍にかけてアンタに聖杯を勝ち取ってやるって」
そんなバゼットを微かに微笑ましく思いながらランサーは心の中でそう呟いた。だが彼の耳に小さいが不穏な声が聞こえた。
「また書き直して冬コミに再挑戦です…」
「えっ?」
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ansuz(アンサズ)
象徴:口/オーディン神
英字:A
意味:口を象徴する情報、言葉のコミュニケーションのルーン。 状況への影響や対応といった意味があり、感情や思想の共有を暗示する。
ルーン図形:
参加される皆様、楽しんでくださいなー。