ランサーとバゼットのルーン魔術講座   作:kanpan

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帰省のシーズンです。
※今回は独自解釈が多めです。


故郷《othila》

「おーい、バゼット。荷物が来てるぞ」

 

 ランサーが館の玄関からバゼットを呼ぶ。

 

「えっ、荷物?」

 

 バゼットは疑問に思った。この館には結界が張ってあり一般人には存在がわからなくなっている。だから郵便物など届くはずがないのだ。

 

「アンタの職場からみたいだぜ」

「職場って……魔術協会?」

 

 ランサーが抱えて来た荷物には魔術協会の印があった。なんらかの方法でバゼットの隠れ家まで届けてきたらしい。

 わざわざ送ってくるのだから重要な物が入っているのかもしれない、とバゼットは慎重に荷物の箱を開けた。

 箱の中身は一体なんなのか。

 

「ジャガイモにアイリッシュ・ウィスキー、あと干物とか海産物ですね……。私の故郷の漁村で獲れるものです」

「何だこれ? 何かの触媒に使う為に取り寄せたのか?」

 

 ランサーは不思議そうにバゼットの手元を覗き込んで聞いてくるが、バゼットは首を横に振ってみせた。

 

「違います。アイルランドの実家から職場に送られてきたのです。職場には日本には転送不要といっておいたのに。……はあ」

 

 バゼットはため息をつきつつ箱の中身を眺めた。正直要らない。

 15歳で実家を出て魔術協会に所属してからというもの、たまに実家からこういう食料品詰め合わせの荷物が届く。ちなみに送ってほしいと頼んだ事はない。

 だいたい実家はともかく、なぜ職場まで私の依頼をスルーするのだろうか。嫌がらせか?

 

「故郷の名産品を送ってくれたんだろ。いいじゃねえか。素直に感謝しとけよ」

 

 バゼットにとってはありふれた品でしかないが、箱の中身はランサーの生きた時代にはなかった品物だ。ランサーは今の時代、彼の出身地でこういう産物がとれるのだと知って面白そうに箱の中を引っ掻き回している。

 

「それ差し上げますから好きにしてください」

 

 バゼットはそう言って荷物を放って部屋のテーブルに戻った。ランサーはまだ箱をガサゴソやりつつ、ひょいと後ろを向いてバゼットに聞いた。

 

「なあバゼット。そういえばこの国の人々は年末年始に里帰りをするらしいぜ。アンタは里帰りしないのか?」

「え? 最近帰りましたよ。実家に召還の触媒に使った貴方の耳飾りを取りに。まあ、すぐ帰りましたが」

 

 バゼットは魔術教会から聖杯戦争の参加者に任命された際、サーヴァントの召還には彼女の実家に伝わる物を触媒に使うように言い渡された。

 そこですぐにアイルランドの実家に戻り、家に古くから伝わるクーフーリンの耳飾りを持ち出して日本にやってきたのだ。

 

「だから親も心配してこういうものを送ってくるんだろうよ。たまには家に帰って、親にゆっくり顔をみせてやればいいのに」

 

 ランサーにそう言われるとバゼットも多少は田舎の親にすまないかなという気持ちが湧く。つい珍しく思い出話がこぼれた。

 

「子供の頃、私は故郷を出たくてたまりませんでした。

 故郷の港町は深夜には人気がなくなって、まるで海底に沈んだような気がした。あの町にいたら、誰も覚えていないという古い神々と同じように私も世界の誰からも必要とされずに忘れて去られてしまうような気がしたのしょう」

 

 そう言って、バゼットは自らが触媒を使って現世に呼び出した神話の英雄の顔を見る。意外にもランサーはまじめにバゼットの話を聞いていた。ランサーに似合わないその神妙な態度が少しおかしくて、くすりと笑って続けた。

 

「ですが、今はそんな町が懐かしいと思うこともあります。実際に離れてみないとどれだけ故郷を愛していたのかに気がつかないとは、不思議ですね」

「この国には”故郷とは遠きにありて思うもの”って言葉があるらしいぜ。まあ誰でもそんなものかもな」

 

 ランサーが引用したこの国のことわざの通り、たいして執着がないと思っていたのに離れてみて始めてその大切さに気づけるものもあるのだ。

 

「こうなってみれば、なにしろ15歳で故郷を出て行ったのですから、いまさら大した名声も挙げずにノコノコと帰る訳にもいかず」

 

 と、バゼットは少し肩を落として続けた。

 そういう負い目もあってかバゼットは魔術協会に私のことを認めさせようと今までずっと任務を頑張ってきたのだ。

 

「まあまあ、そんなに肩肘はらなくてもいいんじゃないのか、バゼット?」

 

 自分の現状を思い出してついつい自戒に沈み始めたバゼットをランサーが軽口で引っ張り上げてやる。

 

「親ってえのはなんだかんだいって、子供のことが気がかりなもんさ」

「あなたらしくない事を言うのですね、ランサー」

 

 バゼットが意外そうな顔をするが、ランサーはへへんと自慢げに胸を張る。

 

「オレはこれでも人の親なんだぜ」

 

 そういえばそうだった。アイルランド神話ではランサーには息子がいたのだ。

 

「あっ、でもランサーはまったく子育てしてなかったのでは」

 

 ランサーの息子コンラは母親のもとに預けっぱなしで、ランサーはその子が訪ねてきても最初は誰だかわからなかったはず。それにランサーは結局その子を……。

 あわわ、とランサーは慌ててバゼットの話を遮った。 

 

「アンタ、神話のそう言うところだけはちゃんと覚えてるんだな。オレのイメージは勝手に誤解してるのに!」

 

 

 

 年の瀬だが、ランサーとバゼットはいつも通り偵察と称する散歩に出かけた。

 年末の街はいつもよりもせわしない。商店街は年末の買い物のための客で賑わっているが、皆忙しそうに品物を買い物かごに放り込んでいる。

 

「あれ、キャスター」

 

 スーパーの店先にキャスターの姿を見かけた。そして今日は珍しい事にキャスターの隣には旦那の葛木宗一郎も一緒にいる。

 

「あら野良犬カップル、まだ捕獲もされず街をうろうろしてたの?」

「こら気安く犬っていうな!」

 

 キャスターは吠えるランサーを冷たい目で一瞥したが、それ以上は構わずにすぐにスーパーの店頭に視線を戻した。

 

「今日は年末年始のための買い出しに来ているのよ。荷物が多いだろうからと宗一郎様も一緒についてきてくださったの。私たちは暇人のあなた方と違って年越しの準備で忙しいのだから邪魔しないでちょうだい。

 さ、宗一郎様行きましょう」

 

 と一方的に言ってキャスターと葛木はさっさとスーパーのなかに入っていってしまった。

 バゼットはやや気が抜けた気分で呟く。

 

「野良犬とか暇人とは言われましたが、キャスターと出会ったからにはもっと罵詈雑言が飛んでくるかと思っていました。拍子抜けですね」

「ああ、そうだな……。おおっと!」

 

 ランサーは真後ろから猛スピードで近づいてくる気配を察知して飛び退いた。一瞬前までランサーがいた場所をドドドドドドドド、と原付バイクが通過していった。

 

「どいたどいた! 藤村先生が通るぜー!」

 

 あっという間に藤村大河の原付バイクは道の彼方に消えていった。あっけにとられつつランサーとバゼットはその後ろ姿を見送る。

 ランサーがそういえば、とポンと手を叩いた。

 

「バゼット、12月はこの国では”師走”というらしいぞ。普段は落ち着いている先生たちも年末は忙しくて走り回るって意味だってよ」

「なるほど、それで葛木宗一郎も藤村大河も忙しくしていたのか……。

 いや、大河はいつもあんな感じですよね」

 

 

 

 引き続き商店街の散歩を再開したランサーとバゼットは異様な光景を見た。

 

「おい言峰?」

「綺礼、その格好は……?」

 

 赤い布で全身をぐるぐる巻きに縛られた冬木教会の言峰神父が女の子に引っ張られて歩いている。包帯ではないようだし、赤いのも血ではなく、特に怪我をしているわけでもなさそうだ。

 言峰を布で引っ張っている女の子もシスターの衣装である法服を着ていた。ということはこの子も教会関係者なのだろうか。

 

「何してんだ言峰。もしかしてプレイ? テメエそういう趣味持ちだったのか?」

「誰なんですか、その娘?」

 

 言峰は真っ赤なミイラのように縛り上げられた姿で棒立ちのまま答えた。

 

「私の娘だ」

 

 ランサーとバゼットは一瞬言葉を失った後、ほぼ同時に叫ぶ。

 

「娘ェ——エエエエエエエエエエ!?」

 

 銀色の髪に金色の目。娘と言われた少女の見た目は全然言峰に似ていない。

 

「言峰、テメエに娘なんかいたのかよ……」

「これの母親は外国人でな。赤ん坊のころに病気で死んだのだ」

 

 言峰の隣でそれまで黙っていた娘が不意に口を開き、言峰の言葉の後を継ぐ。

 

「その後はその国の教会に預けっぱなし。私がある程度成長してからは修道院をたらい回しになって過ごしました。最近になって父の居場所を突き止める事ができましたので、この年末に父の元を訪ねたのです。これも言わば里帰り、というところですね」

 

 そして赤い布がぎりぎりぎり、と言峰を締め付ける音が聞こえた。

 この娘の言った事が事実だとすれば、まあこの扱いは自業自得だろう。

 

「申し遅れました。私はカレン・オルテンシア。

 あなた方はいつも父がお世話になっている、いえむしろお世話をしているマスターとサーヴァントですね」

 

 言峰の娘はぺこりとお辞儀をしながら自己紹介してくれた。「あ、どうも」とランサーとバゼットも釣られて頭を下げた。あれ、今なにか言葉尻に嫌味が混ざっていたような気がするが……。

 

「来年も愉しい聖杯戦争になるよう、よろしくお願いします。さあ父さん、行きましょう」

 

 言峰は娘から「ぽるかみぜーりあ」と言われながら、引きずられるようにしてにして去っていった。

 

「外見は似てませんでしたが、確かに性格は父親に似てるかもしれませんね」

「ひでえ親子関係だな。あの神父のことだから、むしろあれはあれで結構幸せなのかもしれないが」

 

 バゼットはふと思った。「そういえば、私の知り合いの男性はなぜまともに子育てしない男ばかりなのだろうか」と。

 

 

 帰宅してからバゼットは珍しく手紙を書いていた。

 この国には新年に届くように手紙を出す習慣があるらしい。それにならってたまには両親に連絡でもしようかとアイルランドの実家宛に手紙を書く事にしたのだ。

 書き上げた手紙の隅にルーン文字を1つ添えてみる。故郷を意味するルーンであるothila(オシラ)の文字だ。

 

 まだ自信を持って故郷に飾れる錦もないけれど、これが故郷の両親の幸せを願う意味になればいいのですが。

 

 

 

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拝啓

 

父さん、母さん、お元気ですか。

 

庭で取れたじゃがいもや港で作った魚の干物とか家で余ったウィスキーを送ってくるのはやめてください。

こっちでも普通に買えます。

 

クーフーリンの耳飾りを持ち出してごめんなさい。そのうち返します。

 

召還は成功してクーフーリンを呼び出す事ができました。

クーフーリンがなんだか昔話のイメージと違って

落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。

 

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othila(オシラ)  

 

象徴:故郷

英字:O

意味:故郷を象徴し、親族からの家業、遺産の継承という意味を持つ。fehu(フェイヒュー)が動産的な財産を示すのに対して、othila(オシラ)は不動産的な財産や伝統的技術を示している。ある程度の束縛がある中での充実した状態を表すルーンである。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




筆者は年賀状の代わりにメールやSNS派です。

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