生粋のサバイバル能力を誇るランサー。召還されてほどなく現世に適応し、この時代の生活を楽しんでいる。
ランサーの今の趣味の一つは釣りだ。朝から港に出かけていっては日がな海に釣り糸を垂れている。
ある日、散歩をしていたランサーは、たまたま港にいた間桐慎二に姿勢矯正の指導をした結果、彼から釣り道具を譲り受けた。いや、第三者からは強請り取った、に見えたかもしれない。
この小さな港は一見釣りに向くようには見えないが、いざ釣り糸を垂らしてみればずいぶんといろんな魚が釣れた。サバが山ほど、それにクロダイ、カワハギ……。たまにタコまでかかるくらいだ。
ランサーのマスター、バゼットは
「魚がかかるのを待ってじっと座っているなんて退屈ではないのですか?」
と不思議そうに聞いてきた。好戦的かつ活動的なランサーにしては意外な趣味に見えるらしい。
「まあ、釣りも鍛錬のひとつだ。それに竿と糸で海の様子を探るのが楽しいのさ」
とランサーは答えた。港で釣りをしているひと時は、ランサーのささやかな天国だったのだ。
だが、バゼットが見るにランサーは最近浮かない顔をしている。というか日に日に表情が曇っていっている。
むろんランサーは見かけ上はそんな態度はおくびにもださない。しかしバゼットはマスターである。己のサーヴァントの不調はすぐに気がつく。
「ランサーが最近元気がないのはなぜでしょうか?」
バゼットはランサーとの魔力供給のパスを確認してみた。今も彼女の魔力は滞りなくランサーに流れている。
「ふうむ、魔力供給は問題なさそうです。ではいったい何が……?」
今日もランサーは港に釣りに出かけている。普段は彼の楽しみを邪魔するまいと港には顔を出さなかったバゼットであるが、
「……様子を見に行ってみましょうか」
と、バゼットは館をでて港に向かった。
港で平和に釣りにいそしむ日々を送っていたランサー。だがそれはつかの間の平和だったのだ。
ある日、アーチャーが現れた。頭から足の先まで投影で作ったバッタものの高級釣り具に身を固めていた。
手にしているのは釣り竿一本、
ランサーの釣果はサバがほとんどだ。そんなランサーを尻目にアーチャーは、
「フ、イナダ16匹目フィッシュ。ところでランサー、今日それで何フィッシュ目だ?」
「うるせえ、なんでテメエに答えなきゃいけねえんだよ!」
「なんだサバがたったの八匹か。貴様のような時代遅れのフィッシングスタイルではそんなところだろう。おっと、17匹目フィィィィシッュ!」
と絶好調であった。アーチャーの最新端リールはランサーの野生の勘をあっさりしのぐ。
さらに、
ある日、ギルガメッシュが現れた。金ぴかの
「拍子抜けだな、所詮は番犬と贋作使い。王たる我とは比べるべくもない!」
と哄笑するギルガメッシュにアーチャーが応じた。
「がっかりだ。道具に頼るとは見損なったぞ英雄王……!」
「ほう? アーチャー、そういう貴様のリールは釣具屋で連日品切れの高級品ではないか」
「む! ギルガメッシュ、そのロッドは試作段階で製造中止になった伝説の製品。なぜ貴様が……」
いつの間にか意気投合して釣りオタ話を繰り広げる二人のサーヴァント。
一方で、
「…………」
ランサーは全く話に参加できなかった。
そして今日も。
「フィィィィシッュ! 今日これで20匹目だ、ハハハ」
「ああ、そこな番犬。その原始的な竿でまともな魚は連れているのか? なんだそれはタコではないか。
なんならこの我の釣果を下賜してやってもかまわんのだぞ」
カワハギやらイナダやらカレイやらを釣り上げながら、ニヤニヤとランサーを見るアーチャーとギルガメッシュ。
「やかましい! タコはうまいんだぞ」
吠えるランサー。
……こうして今やランサーの天国は失われていたのである。
さて、港にたどり着いたバゼット。その視界に釣り竿を握る三人の男の姿が映る。いや男というか、三人ともサーヴァントだ。
「なんと……。いつの間にこんなことに」
ご老人のお散歩や家族連れの憩いの場だったのどかな港は、いつの間にかサーヴァントたちによる釣り大会、いや釣り決戦の場となっていたのだ。
周囲に漂う殺気、まともな人間は近寄らない。
そんな中でただ一人。
「みんながんばってー。アタシは釣れた人から魚をもらえればいいからねー」
シマシマ柄の女性が釣り人たちに場違いな声援を送っていた。
おや、あの女性は確か……。
バゼットは声をかけてみた。
「あなたは確か衛宮士郎の高校の教師では?」
またの名を衛宮家が飼っている飢えた虎、藤村大河ではないか。
「あら、バゼットさん。おひさしぶりー」
大河はにこやかにバゼットに手を振っている。
「大河、この港の有様はいったいどうしたのですか?」
とバゼットが問うと、大河はいつもどおり楽しそうに、
「うん、最初はねえ、ランサーさんが一人で魚を釣っていて、いつも晩御飯用にバケツ一杯お魚を貰っていたの。
けど、最近はアーチャーさんとギルガメッシュさんのほうがたくさん魚を釣れてるからそっちから貰ってるんだー」
と返事した。彼女は今日も今晩の魚の供給元を捕まえようと狙っているのである。
そんな大河の返事を聞いたバゼットは
「むむ、ランサーが劣勢になっているとは……。この状態は捨て置けません。戦況を挽回しなくては!」
と、くるりと踵を返し港の角のボート乗り場に向かって走っていった。
ドドドドド……というエンジン音が港に響く。
「ん……?」
と、顔をあげたランサーの目に海上に浮かぶボートとそれに乗っているバゼットの姿が飛び込んできた。
「バゼットじゃねえか、なんでそんなところに」
「助太刀にきました、ランサー!」
バゼットはボートの上で腕組みして仁王立ちしている。
「私はこれでも漁村の生まれです、漁くらいなんとかなります」
と、海の上からのたまうバゼット。
「オマエん家、魔術師一家だろ? 釣りした事あるのか?」
というランサーの冷静な質問に
「いえ、ありませんが!」
と断言し、やおら首のネクタイを外して頭にきりっと鉢巻きをする。
「なにしてるんだ、バゼット……?」
「……? この国では気合いを入れるときにこうするものだと」
いや、そのネクタイ鉢巻きこういう時にするものじゃないから……。
ランサーの不安は高まる。
バゼットのボートには巨大な石が、いやむしろ岩が積まれていた。その重みでボートがやや傾いている。
バゼットはその岩に片手を添えながら、もう片方の手でびしっとアーチャーとギルガメッシュを指差して宣言する。
「別に、この港の魚を取り尽くしても構わないのですね?」
「おい、何する気だ、バゼット!」とランサー。
「ほう? できるものならやってみせよ、雑種」とギルガメッシュ。
「こら、オレの台詞をパクるな」とアーチャー。
三人のサーヴァントが見守る中、バゼットは手に持った釘で岩に何やら刻み始めた。
それは収穫を意味する、
刻み終わったルーンの上にバゼットが手をかざすとルーンは魔術の光を帯びて光る。そして、
「とおっ!」
やおらバゼットは岩を頭上に抱え上げた。
「「「おおおおお!?」」」
三人のサーヴァントの戸惑いの声がきれいにハモる。
「一撃必殺———、大漁祈願!!」
バゼットはそう叫ぶなり、ルーン魔術付きの岩を、全力で海中に放り込んだ。
ばっしゃーーーーーーーん!!!
水面から巨大な水柱が立ち上る。それの水しぶきは空中高く舞い上がり、港にいるランサーたちの頭上に降り注いだ。
サバ、イナダ、クロダイ、カワハギ、タコなどの魚とともに。
神代から伝わるのかどうかは定かではない原始の石投げ漁法。
バゼットが投げ込んだ岩が起こした波紋がおさまった後の海面には、港の魚がごっそりと浮かんでいた。
かくして、バゼットはアングラーの称号を獲得した。
名付けて赤枝の漁師。
「あまりうれしくありません、ランサー……」
バゼットの岩のせいで港の魚は本当に獲り尽くされてしまい、次の魚群が巡ってくるまでしばらく時間がかかりそうだ。そんなわけでバゼットはかえって落ち込んでいる。
「ははは。まあいいじゃねえか、大漁だったんだしよ」
ランサーはなんだかんだでご機嫌だ。
ランサーは取れた魚の大半を藤村大河を経由して衛宮家に譲った。衛宮士郎はお礼にとランサーとバゼットの分の魚を料理して渡してくれた。ランサーが手に持っている包みには港で取れた海の幸各種が詰まっている。
館に帰ったら、缶詰しか知らないこのマスターに魚料理を解説してやろう。
そして、俺たちの食卓事情が改善されますよう、とささやかな期待をこめるランサーであった。
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jera(ジェラ)
象徴:一年/収穫
英字:J
意味:収穫を象徴する報酬、達成のルーン。 季節の巡り、収穫までのプロセスを示す。転じて、日々の努力とその成果を意味する。
ルーン図形:
jera(ジェラ)のルーンは農業的な意味合いが強そうですが、この話では魚釣りに使いました。