街に出かけたランサーがなかなか帰ってこない。
バゼットは部屋の時計を見上げる。
「戻ると言った時間をとっくに過ぎています……。ランサーにしては珍しい。なにかあったのでしょうか」
バゼットとランサーの間は魔力供給のパスが繋がっている。パスを介してランサーに流れる魔力の量は普段と全く変わっていない。
もし街中で他のサーヴァントと遭遇して戦闘になったのであれば、ランサーがバゼットから吸い上げる魔力量に変化があるはずだ。
「うーむ、じっとしていても仕方がありません」
街にランサーを探しに行こう、とバゼットは館を出た。
街中でランサーの姿を探すバゼット。商店街をほぼ通り過ぎようとしたところで、
「む、ランサーの気配が」
気配を感じる方を振り向くとそこにはずいぶんと賑やかしい店があった。ピエロや侍やアニメの萌えキャラがつぎつぎ表示されるディスプレイ、赤青黄色のチカチカ点灯するネオン、店内からたえまなくながれるピコピコした電子音。
それはパチンコ店だった。
「ランサーはこの中にいるようですね」
バゼットは店の自動扉をくぐる。
「ううう……」
パチンコ台の前で猛犬のような唸り声をあげ、周囲に威圧感を与えているアロハ姿の男。一見してヤバい筋の人のように見える。
彼の両隣のパチンコ台は空いている。というか、さきほどまで人がいたのだが彼から放たれる殺気を感じて静かに移動していった。
このアロハの男こそ、槍の英霊ランサーである。
聖杯の知識に導かれ、彼の生きた時代には存在しなかった現代の娯楽を体験しようと今日はパチンコに挑戦していた。
ランサーは必死の表情で目の前のパチンコ台を見つめていた。ランサーが日々のアルバイトで稼いだなけなしの収入の化身であるパチンコ玉が、情け容赦なくパチンコ台の一番下の穴に吸い込まれていく。
不本意なことながら敗色が濃いのはわかっている。だがしかし、戦士たるものが負けっぱなしで引き下がれるものか、一矢報いねば終われない。そしてその執念が彼の財布から綺麗にお金を吸い上げていたのだった。
「今日はついてねえぇぇ……」
おもわずうめき声をもらす。そこに、
「ここにいましたか、ランサー。なにをしているのですか」
と、ランサーの台を覗き込む黒スーツの男装女が現れた。
「げ、バゼット!」
急に登場したマスターを見てランサーの背筋に冷や汗が流れる。パチンコに集中していた熱意がちょっとだけ冷めた。
「あなたが時間になっても戻らないので様子を見にきたのですが」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。いまはたまたま調子が悪いだけだ!」
ランサーが慌て気味に弁解しているが、どうみても負けが込んでしまって今打っている台から離れられなくなっているのに相違ない。
「勝負は時の運と言います。今日の所は撤退を」
「いやいや! これだけ飲まれていればそろそろ当たりがくるはずなんだ!」
聖杯の知識は告げている。パチンコ台には底というものがあり、お金を突っ込み続けるといつかはその反動で当たりがくるのだと。
が、バゼットは冷静にかぶりを振る。
「ランサー、あなたの幸運パラメータ値では望みは薄い」
ランサーの幸運値は安定のEである。
「えっ、アンタがマスターでもなのか……」
ランサーは少し目をうるませてバゼットを見た。
「そ、そんな目をしないでください、ランサー。しかたがありません。私に策があります」
バゼットはポケットからマジックペンを取り出した。
そして周囲をささっと確認し、素早くパチンコ台の隅にきゅきゅっとちいさなマークを書き込む。
「お、それは。……なるほど」
バゼットが書き込んだのは
ランサーはそのルーンにそっと触れた。文字一瞬だけ光り魔術が発動する。
ランサー主従はちらりと視線をあわせ、微かにニヤリと笑いあった。
小一時間ほどたった頃、
「わははははははははは!」
ランサーは上機嫌で笑い声をホールに響かせている。
彼の目の前のパチンコ台は派手な演出と賑やかな効果音を振りまき、彼が座っている椅子の周りにはパチンコ玉が満杯にはいった箱がところ狭しと積み重なっている。
誰が見ても大当たり中の図である。ホール中の客の羨望の視線がランサーに集まる。
そこへ、
「調子いいねえ、兄ちゃん」
ランサーと同じようなアロハにサングラスという出で立ちの男がやってきた。
「ん?」
ランサーとバゼットがきょとんとしていると、たちまち彼らのまわりに大勢のアロハやら着崩れたスーツ姿のチンピラ風の男たちが集まってくる。
「この店はパチプロお断りなんだよね。断りなく荒稼ぎされちゃ困るなあ」
「見慣れない顔だが、アンタどこの組のモンだ」
と、このガラの悪い男たちはランサーたちに因縁をつけてきたのだった。
「なんだコイツら?」
周りにあつまってきたチンピラを睨み返しながらランサーがバゼットに聞く。
「ランサー、彼らはおそらくこの街の地元マフィアの一味でしょう。パチンコ店は規模の小さいカジノのようなものですから、私たちが稼ぎすぎたので文句を言いにきたのかと」
バゼットは小声で返す。今の出玉でランサーが損したぶんは十分取り返せたはずだ。もう帰ってもいいだろう。
それに、この辺のマフィアの親玉はたしか……衛宮士郎の家に出入りしている冬木の虎、藤村大河の実家ではないだろうか。厄介事の匂いがしてくる。
面倒な事になる前に帰りましょう、とバゼットがランサーの袖を引きかけたところでチンピラの怒鳴り声が響いた。
「おらぁ、ちょっとオモテに出ろや!」
「おおいいぜ。バゼット、ちょっと台を見張っててくれ、行ってくる」
「ちょ、ちょっとランサー!?」
バゼットが止める間もなく、チンピラたちと一緒にランサーはパチンコ店を出て行ってしまった。
30分後。
「兄貴ィィィィィィィィィィィィィ!!」
ランサーはすっかり大人しくなった、いや完全にランサーに尊敬の目を浮かべているチンピラの集団を引き連れてパチンコ店に戻ってきた。
「……結局どうなったんですか、ランサー?」
状況が飲み込めず唖然としているバゼットにランサーが気分良さそうに笑いながら答える。
「いやあ、軽く何人かに戦闘指導をしてやったらよー、舎弟にしてください!っていわれちまってな」
いったいランサーは彼らに何をしたというのでしょうか……とあっけにとられるバゼット。
一方、突如できてしまった舎弟たちは
「兄貴、缶コーヒーを買ってきます!」
「兄貴、灰皿をお持ちしました!」
と嬉々としてランサーの世話を焼いていた。
「いやあ、愉快愉快!」
すっかり上機嫌のランサーは舎弟どもを引き連れてパチンコ屋を出た。
「おっと、そういえば」
ランサーは周りを見まわすとバゼットの姿がない。舎弟に取り巻かれているせいで見失ってしまったようだ。ランサーは隣にいるチンピラに声をかけてみる。
「なあ、オレの横にいた黒いスーツ着た女知らないか?」
「はい! 姐さんですか? 姐さんはパチンコの出玉の景品交換を手伝ってくれるそうで、他のヤツと一緒に景品交換所に行きました」
「ふうんそうか」
ランサーは軽くそう返事をした。が、その直後に心の中に微かな不安が産まれる。
ランサーは隣の男にもう一つ聞いてみた。
「ちなみにその景品交換っていうの、時間かからないよな?」
「はい。まあ、ちょっとは待ちますが。せいぜい5分か10分か……」
「なぬ!?」
「あ、兄貴! どうしたんです兄貴———!」
驚く舎弟たちをその場に残してランサーは景品交換所にひた走る。
すっかり忘れていた。バゼットの忍耐力の限界を。
疾走するランサーの目に景品交換所の窓口が見える。そしてその前にいるバゼットの姿が見える。その手には革手袋。右拳を頭の後ろに引き、今まさに振り下ろそうとしている。
「待てバゼット———! ああああああああ」
そうだった、バゼットの忍耐力はたったの40秒しか持たない……。
ランサーの制止は間に合わず、景品交換所の窓口のガラスは彼の目の前で砕け散っていった。
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perth(パース)
象徴:ダイスカップ
英字:P
意味:勝負、挑戦のルーン。 ギャンブル、偶然の導き、ハプニングを意味する。この文字には、秘密を暴くといった意味があり、結果を決定する偶然の中に存在する必然を暗示する。
ルーン図形:
今回はクールめのバゼットさんにしたつもりが、結局最後は同じに。