ランサーが今日の偵察を終えて館に戻ると、バゼットは袋にがそごそと何かを詰め込んでいた。
「なにしてるんだよ、バゼット」
するとバゼットはランサーの目の前に1枚のパンフレットをかざした。それは先日ランサーとバゼットが街に出たときに商店街で貰ったものだ。
「ランサー、9/1は防災の日です。
この国ではかつてこの日に大きな地震がありました。首都である東京が甚大な被害に見舞われたのです。
その教訓を忘れないために、9/1は地震にそなえて身の回りの防災グッズや避難経路を確認する日と定められているのだそうです」
ランサーはバゼットからパンフレットを受け取ってぱらぱらと中身を見る。パンフレットにはこの国で「関東大震災」と呼ばれている過去の大きな地震についての説明と、それ以後に発生した大地震、また将来起こりうる大地震の予測が書き連ねられていた。
「へえ、ずいぶんと大地震が多いんだな、この国は」
「ええ、ランサー。日本は十数年おきに大きな地震に見舞われています。この国は海底の複数のプレートの上に位置している。プレート同士がぶつかり合ってせり上がって出来た山の上にあるようなものです。日本ではいつどこで大地震が起こってもおかしくありません。当然この冬木の地もです」
バゼットの話を聞きながら、ランサーはさらにパンフレットをめくる。パンフレットの後半には「おうちで確認しよう! いざという時のための防災グッズ」というキャッチフレーズと共にさまざまな防災グッズや非常食の紹介が載っていた。
「そこで、私もこの国の習慣に習って緊急避難のための備えを行う事にしました」
「それで袋になにか詰めてたのか」
どれどれ、とランサーはバゼットの手元の袋の中をのぞく。
果たして想像通りの中身がそこにあった。
「缶詰だけじゃねーか」
「日頃この館にある食料は缶詰だけですから」
そもそもこの館の日常は非常時以下の状態であった。
ランサーは緊急避難袋もとい缶詰袋を閉じた。
明日、商店街でセットのヤツ買ってこよう……、と心の中でつぶやく。
「非常食の他に検討すべきものとしては」
バゼットは再びパンフレットを手にとり、防災グッズの紹介に目を通す。
「災害時帰宅支援マップ、というものが紹介されていますね。地震の際に道が障害物で塞がれてしまい退路を断たれるおそれがある。その危険を避けるための特別な地図です」
「この国にはそんなものまであるのか。実践的だな」
「我々も万一の場合、行動に差し障りが出てはなりません。この地図に習い、街からこの館までの道を調査しました。だが、特に気にすべき障害は見当たりません。もし障害物があって帰宅できないときは、その場で破壊すれば良い。問題ありません」
「まあ、オレやアンタはそれでいいんだろうけどよ……」
次は、とバゼットはページをめくる。
「地震の際の避難所となる場所が記載されています。地震で家が壊れたり、地滑りや川の氾濫に巻き込まれる恐れがある場合の逃げ場ですね。この地域では穂群原学園の校庭が指定の避難所になっています」
「おー、セイバーやアーチャーのマスターが通っている学校だよな」
「ですが、なにもその場所まで移動するまでもないでしょう。広いスペースがないなら作ればいい」
「バゼット、災害を増やすな……」
「それはそうと、オレはアイルランドで召還されていたら不眠の加護が付くくらいだから、今でも多少寝られなくても平気だけどよ。バゼット、アンタは困るだろ」
発想が暴走気味のバゼットにランサーがツッコミをいれる。
「仮にこの館が崩壊して寝るところがなくても野宿で十分です。
日本は良い国です。温かいし、布団の代わりになる段ボールも街中で簡単に入手できる。
私が封印指定執行の仕事をしているときはむやみに野宿もできませんでした。周囲には魔獣だのなんだのがうようよしているのがザラでしたから。私は直接見た事はありませんが、戦場の中には森全体が吸血鬼になっている場所すらあるそうです」
どうやら無用な心配だったようだ。
ふと、ランサーは思った。このマスターに召還された理由は、実は触媒である自身の耳飾りではなく、この人外なサバイバル能力が共通点になったのではないかと。
バゼットは一通り目を通し終えたのか、ぱたん、とパンフレットを閉じた。
「一通りの情報は収集できました。
停電になった場合は
ルーン魔術が使えれば、自然の力である
……いや、むしろ災害がおこれば、日頃壊す事しか能のない私も他の人に感謝されることができるかもしれない。ふふふふ」
不穏に笑うバゼットをランサーはジト目で見る。
「バゼット、人の不幸を当てにするのはよくないぞ」
「はっ!」
「ところでランサー。今までの情報は全て地震の被害が広がってしまってからの話です。
被害を最小限に食い止める為に自力で地震の検知ができる仕掛けを考えようと思います」
「ほほう」
「日本人は地震に大変敏感です。我々が気がつかない些細な地震でもすぐに気がつくらしい。
たとえば日本人は揺れを感じるとすぐについったーに「揺れ」と書きこみます。大変に迅速で正確です」
「なるほど、ついったーならサーバーが外国にあるから地震の影響を受けないしな」
「このままでは地震に慣れていない我々はそんなに素早く地震に気づく事ができない。日本人のマスターたちに比べて不利です」
「ふーん。バゼット、どうするつもりなんだ?」
バゼットはポケットからスマートフォンを取り出した。
「セイバーのマスターから借りてきました。
あの家には常に複数の居候がいるので一台くらいしばらく貸してもよいと快く貸してもらえました」
「それを何に使うんだよ? オレとアンタは魔力のパスが通ってるから道具がなくても非常時にはお互いの様子がわかるだろ」
「この国では大変精度のよい緊急地震速報があるのだとか。大きな地震があると自動的にスマートフォンの警報が鳴るのだそうです」
その時、バゼットの手元のスマートフォンから、ちゃららん♪ ちゃららん♪ と不安感をあおる警告音が流れ始めた。
「お!?」
「え、地震!?」
一瞬遅れて、どん!と揺れがやってくる。棚に不安定に乗っていた小物や、テーブルの端に置いてあった本が床にどさどさ落ちた。
「うわっと」
揺れに足をとられそうになりながら慌てて棚を押さえるランサー。バゼットは揺れるテーブルを押さえこみながら、感嘆していた。
「……本当に鳴った。これは実に素晴らしい精度だ」
揺れがおさまり、ランサーとバゼットは部屋に散らかったものを元の位置に戻す。その作業が済んだところでバゼットが言った。
「さきほどの地震検知の仕組みはなかなかおもしろい。我々も同じくらいの精度の地震検知結界を作成しましょう。日本の機械に頼っていては他のマスターに遅れを取ります」
「できるのか、そんなの?」
「雹のルーンである
「なるほど、オレたちの出身地のヨーロッパ北部では恐ろしい自然災害の象徴は雹だけど、この国で一番の災害は地震なんだな。
まさか、こんなところにお国柄が出るとはねえ」
バゼットは館の外に出て、地面や木立に
「さて、ランサー。結界ができたので実験してみます。ランサー、ちょっと外に出かけてきますね」
「何をする気だよ」
ランサーを館に残し、バゼットは歩いて館から少々離れた場所にやってきた。ポケットから革手袋を取り出し、しゅぱっと手にはめる。
「
手袋に刻んだ強化のルーンを発動する。バゼットの拳はルーンの加護の光りに包まれた。
バゼットは地面を見つめながら、右拳を大きく引く。
「いきます、鉄拳制裁! はああああっ———!」
気合いとともに魔術で強化した拳を大地に撃ち下ろす。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
衝撃音とともに地面が振動した。
地鳴りの音に混ざって、館の方から
ちゃららん♪ ちゃららん♪ ちゃららん♪ ちゃららん♪
と緊急地震速報の音が鳴っているのが聞こえた。
「よし! ルーン魔術製の緊急地震速報の出来上がりです。これで我々の災害対策は万全ですね」
バゼットは腰に手を当て、満足げに頷いた。
鳴り続ける結界の緊急地震速報の音。それに混ざってランサーの声が響く。
「うわ、また地震かよ。って、さっき直した棚がぁぁぁぁぁ!」
その時冬木市にいた衛宮士郎たちのついったーでは。
士郎 「地震だ」
凛 「今、揺れたよね」
桜 「揺れました」
イリヤ「震度5くらい?」
士郎 「あれ、他の地域の人は揺れてなさそう」
桜 「他の地域の人は地震の書き込みしてませんね」
凛 「えっ、もしかして冬木しか揺れてないの?」
イリヤ「なにそれ!?なにかの魔術?」
**********************************************************************
hagalaz(ハガラズ)
象徴:雹
英字:H
意味:災難、被害を意味するルーン。 天から振ってくる雹は避けられないアクシデントや予想外のトラブルの象徴である。いずれやってくる災難や苦難に対して、注意深くその問題を受け流すべしとの警告でもある。
ルーン図形:
ヨーロッパ北部で使われていたされるルーン文字には氷、雹など寒い地方独特のシンボルが比較的多いです。