ワールドトリガー 私達の青春の物語   作:ゴウ・フェトア

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「作戦はシンプルです。恐らく私達に当てられるのは出水そん、米屋さん、三輪さんです。ならば振り分けは簡単。ヒフミさんが出水さん相手に長距離戦、三輪さんは恐らくアズサさんに仕掛けてくるでしょう。ということでコハルちゃんは米屋さんを相手してください♡ 大丈夫ですよ♡ コハルさんが思ったことを相手にぶつければいいんです♡」


黒トリガー争奪戦 参

 阿慈谷ヒフミは自身を普通の少女と信じて疑わない。

 

 成績は並。得意科目、不得意科目、いずれも無し。お人好しで友人からはよく相談されるが、人付き合いそのものは狭くも広くもない。

 

 運動はできるわけでもなくできないわけでもない。

 

 ペロロを始めとしたモモフレンズという作品群は愛してやまないが、人は誰しも好きなものがある。ヒフミの場合それがモモフレンズだっただけのこと。特別なことではない。

 

 ボーダー隊員であること、それ自体は特別かもしれないが、希望すれば大抵のものがボーダーに入れる。それもヒフミが自身を特別視する理由とはならなかった。

 

 では、さらに細かく見ていく。

 

 射手(シューター)としてはどうなのか? ヒフミの射手(シューター)の順位は3位。傍から見れば誰もが優秀だと判断するだろう。

 

 だが、彼女の周囲が異常だった。

 

 例えば、射手(シューター)一位に君臨する二宮。彼はトリオン量、戦術、学力、胆力、その全てにおいてヒフミを上回る。もしも二人が一対一で戦えば戦績は九対一で二宮が勝つ。

 さらに、言うならば、ヒフミはボーダーに入って早四年。本来であれば先輩であるはずなのに負けてしまうことに対して、ヒフミは申し訳無さすら感じていた。

 

 そして、射手(シューター)2位の出水。ヒフミが最も戦力的に近いのはこの男だ。

 

 トリオン量はほぼ互角。戦術面や他のパラメーターを見てもそこまで大きな差は無い。

 

 しかし、射手(シューター)としての才能において彼女は出水に大きく引き離される。

 

 射手(シューター)としての出水は、正しく天才であった。弾バカなどと揶揄されることもあるが、彼が弾丸系トリガーにおいて他の追随を許さない知識や、蘊蓄を蓄えているのは事実だ。

 

 そして、その代表はやはり合成弾。やったらできた、という巫山戯た言葉に反してその性能は破格だった。誰も考えなかった技術、柔軟な発想、深い造詣。そのどれもがヒフミにはないものだった。

 

 

 故に、彼女は自分を特別視しない。才あるものは他にいくらでもいるのだから。

 

 

「たくっ……また腕を上げやがったな」

 

 

 だからこそ、彼女は今、射手(シューター)2位を相手にしてもなお撃ち合えている。

 

 

 才能がないのはわかり切っていた。

 

 ならば、練習するだけだ。

 

 勝てない日々が続いた。

 

 ならば、練習するだけだ。

 

 友の助けになりたい。

 

 ならば、練習するだけだ。

 

 合成弾なる技術が広まった。

 

 ならば練習するだけだ。

 

 

 決して、努力の天才などではない。効率も悪い。後輩には抜かされた。高みはまだまだ遠く、後陣は追いかけてくる。

 

 それでも彼女は足掻くことを止めない。

 

「出水君、相手から通信が来てるけどどうする?」

 

 出水の耳に届くのはこちらの戦闘を援護してくれている三輪隊オペレーター月見の言葉。

 

「ん? ヒフミちゃんか? いいぜ。繋いでくれ」

 

 ヒフミが通信を臨んだ目的は分からない。だが出水は乗った。

 

 現状、距離を挟んで撃ち合っているが、距離が遠すぎるがゆえに互いに決め手がない、実質的な膠着状態だったがゆえに。

 

『もしもし、出水さん。阿慈谷ヒフミです』

「こちら出水。久しぶりだなぁ。元気してたか?」

『なぜ、そんなことをしているんですか』

 

 軽く雑談を始めようとした出水だったが、ヒフミは会話をぶった切る。

 

「そんなことって? 近界民(ネイバー)から(ブラック)トリガーを奪おうとしていることか? それとも近界民(ネイバー)を庇った玉狛と敵対してることか?」

『人が大切にしているものを奪おうとしていることです』

 

 そう言われて出水は納得する。

 そうだ。阿慈谷ヒフミとはそんな少女だった、と。

 

 環境柄、大人びた者が多いボーダーの中で彼女は普通の感性を持ち、特にその性格は善性に大きく偏っている。

 今回の作戦でいい感情を抱かないのは当然とも言えた。

 

「うーん、そういう見方もあるかもな。だけどな、ヒフミちゃん。世の中ってのは難しいものなんだよ。良いことだけで物事が進めば皆が幸せさ。でもそうじゃない。ボーダーひとつを見ても勢力毎に意見は対立するし、意見が合わなかったらどちらを取るか揉めることになる」

『そんなことは分かってます。でも、最初から話し合うことを放棄したあなたたちが言って良いことではありません』

 

 それは、そのとおりだ。

 城戸派は一度として、空閑遊真と対話したことはない。対話したのはいずれも城戸派に属さない者たち。

 

 今回のA級合同部隊は、出会ったことがないゆえに話し合ったことは当然ない。

 

 ならば、なぜ、

 

『なぜあなた達は、敵じゃないかもしれない人と敵対するんですか! ボーダーにとっての、敵とはなんですか!』

 

 出水はヒフミが声を荒げるところを初めて聞く。

 

『今日は、負けるわけには行きません。私といつまでも撃ち合いに付き合ってもらいます』

「淑女のお誘いを断るわけには行かないな」

 

 夜は、まだ長い。

 

 

 下江コハル。阿慈谷隊の中で唯一の15歳。

 

 個性的なメンバーの中にいてもなお輝くその個性はボーダーの中では広く認知されている。その小動物的な可愛らしさは勿論、純真さに混じった人には言えない趣味もバレる人にはバレており、それでもなお愛されているのが下江コハルだ。

 

 そして、そんな彼女には尊敬する人がたくさんいた。

 

 例えば阿慈谷隊。阿慈谷ヒフミ、白洲アズサ、浦和ハナコ。この三人に対して普段は口をとがらせながら不平不満を言いはするものの、心の底から彼女はこの3人のことを尊敬している。

 

 例えば攻撃手(アタッカー)の上位陣。彼女とて、昔からボーダーに所属する戦士だ。自分よりも強い相手は尊敬するし、それを超えたいと思うのが常日頃の彼女のランク戦のモチベーションだった。

 

 ゆえに

 

「見損なったんだから……」

「あん? どうしたよ」

 

 コハルは、自身に追撃を仕掛けてきた米屋に対して深く失望していた。屋根を走る足を止めてコハルは米屋に振り返る。

 

「ずっと尊敬してたのに、なんでこんなことしてるのよ!」

「なんでって言われてもな。命令には従うもんじゃね? 仮にも組織だぜ? 別に変な命令でもないしな」

 

 米屋はぶれない。彼自身、近界民(ネイバー)に敵意があるわけでもないし、空閑遊真個人に対して恨みがあるわけでもない。

 

 なんならリベンジマッチくらいの軽いノリだった。

 

「違うの! 私が言いたいのは……そうじゃないの……!」

「ならなん……っ?」

 

 ここでようやく、米屋は目の前の少女が大泣きしていることに気がつく。

 

 トリオン体ゆえに目が腫れたりはしていないがぽろぽろぽろぽろと彼女の瞳からは涙がこぼれ続けている。

 

 これ、やっちまったか? と米屋が思い至るがすでに彼女の地雷は踏まれていた。

 

「信じられないんだから! 聞いたわよ! 寄ってたかって! 近界民(ネイバー)の子のトリガーを取ろうとしてるって!」

「いや、それは誤解……じゃねえわ。その通りだわ」

「ほらね!! がっかりよ! 人から物を取る時点で死刑ものなのに! それを複数人でやろうとしてるとかどうかしてるわよ!」

「いや、でもな! 相手はA級やS級でな。しかも近界民(ネイバー)(ブラック)トリガーだから戦力的には」

「相手が強いからって!! 大人数で虐めていいわけないじゃない!」

 

 繰り返すが、下江コハルはボーダーの皆から愛されている。

 しかし、その理由は可愛さではない。

 

 それは、彼女の黄金の精神を皆が知っているからだ。

 

「もし、城戸司令が許したとしても! そんなの私が許さないんだから!」

「ん〜、まじで悪もんだな、俺ら……」

 

 もしも、米屋とコハルが戦えば7対3で米屋が勝つ。まともにやりあえば米屋に分がある。

 

 しかし、それは彼が戦闘に乗り気な場合だ。

 

 涙を浮かべる、年下の、自身を尊敬するという少女が相手ではその実力が発揮されるとは言い難い。

 

「全く……誰だよこんな悪魔的な采配したのは……」

 

 引きつった顔で彼は特注の槍を構えるのであった。

 

 

 白洲アズサは、近界民(ネイバー)嫌いでボーダー内では有名だ。数年前まで彼女が城戸派にいた事を知る者は多い。

 

 それほどに彼女の近界民(ネイバー)に対する憎悪は有名だった。

 

「止まれ! 白洲アズサ!」

 

 だからこそ、今彼女が忍田派にいることを三輪は許せない。

 心の何処かで肉親を近界民(ネイバー)に奪われたもの同士、三輪はアズサに共感している節があった。

 

 ともに仇をとろう。近界民(ネイバー)全てを殺そう。そんな話をしたことも一度や二度ではない。年頃の少年少女がするにはあまりにも重い話を彼と彼女は、幾度も交わしてきた。

 

 天童アリスがやってくるまでは。

 

 彼女が来てから、アズサは明確に近界民(ネイバー)に対する態度を軟化させた。

 

 勿論、三輪も天童アリスが近界民(ネイバー)であることを知っているし、その入隊に思うところはあった。だが玉狛が近界民(ネイバー)に融通することは知ってはいたし、何より上層部が彼女をボーダーに入隊させるにあたり、ミレニアムから受けた援助が大きいことは知っている。

 

 だが、三輪はアリスを許容していない。当たり前だ。彼女は近界民(ネイバー)。いつ裏切るかもわからないその存在を一刻も早く殺そうと彼は常々上層部に掛け合っていた(いつも「まだその時ではない」とあしらわれる)。

 

 そして、そこにきての今回の(ブラック)トリガーを持った近界民(ネイバー)の騒動である。三輪は我慢の限界であった。この任務において、ついでに天童アリスも殺せるのでは、と考えていたほどに。

 

「三輪。調子はどう?」

「いいと思うのか!」

 

 立ち止まり、振り返って問いかけてきたアズサに三輪は鉛玉を発砲する。

 

 それを十分な距離を保ったまま躱したアズサは言葉を重ねる。

 

「調子が悪いと自覚するなら寝るべきだ。睡眠は大事だぞ。不足すると出来ることもできなくなる」

「だまれ! 裏切り者が!」

「裏切ってなんかない。私の価値観はたしかに変わった。けどそれを話したところで三輪は受け入れないだろう? 押し付ける気もない」

 

 アズサが逃げながら路地に消える。しかしその声は静かな廃墟にはよく響く。

 

 音を頼りに三輪はアズサの位置を特定する。しかし、路地に降りるようなことしない。降りれば確実に夥しいワイヤーが張られていると知っているからだ。

 

「綺麗事を……」

 

 民は屋根の上からアズサを狙う。地上に降りてはならない、となれば彼に取れる手段は非常に限られるがないわけではない。

 

「それにだ、三輪。話し合うならば冷静になるべきだ」

変化弾(バイパー)!」

 

 屋根を飛び移りながら、射線が通ったその瞬間、彼は声の方向へと変化弾(バイパー)を撃ち、

 

「なっ……」

 

 一瞬だけ見えた声の主に思わず驚く。

 

 それは使う人がほとんどいないことで、逆に有名なトリガー、ダミービーコン。

 

 トリオン反応を出すことで自分の居場所を誤魔化すことによく使われるトリガーだが、しかし、それに音声機能はついていない。はずだった。

 

 一瞬だけ見えたダミービーコン。そのトリガーに巻きつけられるようにつけられていたのはスピーカー。

 

「冷静じゃない。だからこんな手に引っかかる」

 

 今度こそ聞こえたのはアズサの肉声。急いでそちらに振り向こうとした三輪だったが足に衝撃を受け思わず姿勢を崩す。

 

 攻撃を受けたのか?と思った彼だが理性がそれを認めない。夜という空間においてトリオンは非常に強い光を放つ。不意打ちであっても弾トリガーを主体とするアズサの攻撃は気づけるはずだった。

 

「なっ……」

 

 だが、足についたものを見て、三輪は己の敗北を理解してしまった。

 

 それは鉛弾(レッドバレット)。三輪が使い手としてよく知られるトリガーであり、その機能を三輪はよく理解している。

 

 弾速は遅く躱すのは容易い。しかしその色は黒に近い。闇夜に紛れて低速で追跡弾(ハウンド)として放たれたそれはじわじわとやってくる地雷のようなものだった。

 

 ドンドン、と三輪の四肢に更に重しが加わる。見渡してみればどの家の屋根にも数発ずつ仕掛けられていたそれは最初からアズサの狙いが障害物の少ない屋根を戦場にすることだったことに気がつく。

 

「アズサ……」

「三輪。近界民(ネイバー)が憎い気持ちはよく分かる」

 

 銃を持ったアズサが悠々と三輪に近づいてくる。

 

「なら、なぜだ……。なぜお前は近界民(ネイバー)とともに居られる!? 俺たちの、家族を奪った相手だぞ」

「違うぞ。三輪。私達の家族を奪ったのは天童アリスでも、今回の空閑遊真でもない。全く別の国の誰かだ」

 

 それはそうかもしれない、と一瞬、三輪は思う。だが、彼の本能が叫ぶ。

 

「それは綺麗事だろう! トリオン兵を使う奴らが近界民(ネイバー)だ! 彼らはオレたちの世界で人を殺し、奪っていく奴らだ! お前の言う近界民(ネイバー)の国が同じことをやってないと言えるのか!」

「それは……言えない」

 

 アズサは正直だ。ミレニアムや、空閑遊真の仲間が玄界の人々から略奪を働いていない証拠はない。

 

「なら!」

「けど、それは私達の世界も変わらない。私達の誰もが人を殺しうるし、罪を犯しうる」

「何を言っている……?」

 

 たが、アズサが伝えたかったのはそこではない。

 

 かつて先人からの教えと同じことを彼女は伝える。

 

近界民(ネイバー)も、人だ。私達と変わらない。一人がそうだとして相手の国全てが敵とは限らない」

「それは……」

「三輪、私達の本当の敵は何処だ? 誰が私達の家族を奪った?」

 

 この問に三輪が答えるの簡単だ。近界民(ネイバー)、そう言えばいい。

 

 だが、アズサが伝えようとしていることも頭の回る三輪は理解してしまう。

 

「家族を……殺した相手の国を見付けるつもりか?」

 

 三輪の言葉はアズサの問いに対する返答ではない。だがその言葉はアズサの言いたいことが伝わった証明だった。

 

 白髪の少女はコクリと頷く。

 

「三輪、一緒に戦おう。そして、敵を見定めるんだ。味方を増やそう」

 

 鉛弾(レッドバレット)でハリネズミのようになった三輪にアズサは手を伸ばす。

 

「一緒に戦おう。三輪」

 

 その手を、三輪は振り払う。

 

「時間をくれ……。まだその手は取ることができない」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)、そう呟いて、三輪はボーダーへと帰還する。

 

 その光の筋を目で追いながらアズサはひとりその場に残された。

 

 

 けれど、伝えるべきことは伝えられたからか、彼女はどこか満足そうな顔をしていた。

 

 

 

 

「隙あり」

 

 三輪の緊急脱出(ベイルアウト)直後、アズサの頭は冬島隊狙撃手(スナイパー)、当真勇によって撃ち抜かれた。

 

 

 

 

 これにて(ブラック)トリガー争奪戦、閉幕。

 

 

 迅悠一VSA級合同部隊

 

   勝者、迅悠一

 

 阿慈谷ヒフミVS出水公平

 

   作戦終了まで決着つかず

 

 下江コハルVS米屋陽介

 

   勝者、下江コハル

 (米屋の戦意喪失による不戦勝)

 

 白洲アズサVS三輪秀次

 

   勝者、白洲アズサ

 

 白洲アズサVS当真勇

 

   勝者、当真勇(狙撃による不意討ち)




黒鳥争奪戦終結
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