ワールドトリガー 私達の青春の物語   作:ゴウ・フェトア

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「東か……」
「俺が行こうか?」
「いや、それには及ばないよ。東には玉狛がいるし、北の太刀川隊も動ける。そのために北には二宮さんを置いたんだ」


黒トリガー

「私達の任務は、皆さん分かってますわよね?」

「勿論! 一点突破で包囲網を抜けて」

「見習い隊員やぁ、トリオンの高い一般人を見つけてぇ」

 

 東地区に出現した門から飛び出した装甲車。その車内で少女たちは下された司令を復習する。

 

 彼女たちの名はハルナ、ジュンコ、イズミ、アカリ、何れもその目を輝かせ目的地である市街地を目指して装甲車を走らせていた。

 

 だが、そこにあるのは忠誠心というよりは……

 

「ついでに食料をかき集める、ですね」

「その通り!」

「ほんと、トリオン兵って使えないよね。人じゃなくて食料集めてくれればいいのに」

 

 未知の食材を求めて、という探究心のほうが何倍も強かった。

 例えどんな敵が立ちはだかろうと彼女たちはそこに美味しい食材とや料理があれば障害を踏み潰して押し通る。

 

 そんな彼女たちのあだ名はテロリスト。国の内外に多大な被害を齎しながらもその実力故に地位を保証されている狂った集団。

 

 しかし、そんな彼女たちのそばにいながら、玄界に降り立って唯一、顔が優れない少女がいた。

 

「みんな、ほんとに行くの……?」

「フウカさん、何を弱音を吐いているのですか! これから目にするのは未知の食材ばかり! あなたの料理の腕の見せ所ですわ」

「そう……だね……」

 

 彼女の名前はフウカ。その料理の腕から彼女たちが食材を手に入れるときは必ず同伴させられる悲しき宿命を背負ってしまった少女である。

 

 しかし、彼女の足は、今非常に重い。

 今回のようにどこかに遠征する際に同伴させられる、というのは珍しいことではない。

 

 だが、いつにもまして彼女には気が重くなる理由があった。

 

 

 遠征出発前夜、フウカは国の遠征部隊隊長ハイレインに呼び出されていた。

 

 内密の内密。最重要機密と事前に通達され恐る恐る彼の元へ向かったフウカだったが聞かされた話は寝耳に水だった。

 

「フウカ。お前の任務はあのテロリストたちを玄界の市街地に届けることだ。それで報酬は約束される」

「それだけでいいんですか? 補給部隊に戻れるんですか!?」

 

 部下であるジュリの失態の尻拭いをし、その結果補給部隊に居られなくなってしまった彼女だが、その決定が覆されるという。

 

 だが、ハイレインの言葉には続きがあった。

 

「ああ。ハルナは狂人だがお前の事は信用している。補給部隊の装甲車は貸してやる。必ずあいつらを市街地に放り出し、そのまま帰ってこい」

 

 示されたのは向かう方法のみ。回収する方法は言わない。

 

 それはつまり、

 

「……あの人たちを玄界においていくということですか……?」

 

 そもそもただ放り出すなら投入されることが決まっている【窓の影】を使えばいい。フウカが送り届ける必要性はないはずだ。

 

 つまり、ハイレインの司令を言い換えるなら【窓の影】の範囲外まで彼女らを届けろということだ。

 それも、できるなら事故のように。いつの間にか回収できる範囲にいなかったと。

 

「ああ。彼女らの戦力は失いたくはないが……すでに制御下にない。これ以上アフトクラトルに置いておくのはリスクが高いと判断した。お前も散々な被害を被っているだろう?」

「それは……そうですが……」

「なら従え。それにジュリやコック長もおまえがいなくて寂しそうにしているぞ」

 

 

 そして、その司令を発したアフトクラトルの遠征部隊隊長ハイレイン。

 

 彼はボーダーの戦力を見て作戦を大きく変えることを余儀なくされていた。

 

「頃合いだ。敵戦力の分布・各隊の戦闘方法は概ね把握した。あのテロリストに戦力が集まったタイミングで外縁の兵力を我らで一気に削る」

「おいおい、まだ待たせるのかよ! 玄界の猿相手にちまちまやってんじゃねぇぞ?」

「ねぇ、隊長。あいつだけとっとと出せば?」

 

 黒髪の長身と白髪の少女が睨み合う。だがそんな光景をスルーして彼は考えを述べていく。

 

「安心しろ。直ぐに出番は来る」

「随分警戒してるのね? 確かにラービットを蹴散らされたことには驚いたけど」

 

 一方で【蝶の盾】部隊の少女、アルはそのハイレインの警戒レベルの高さに少々驚いていた。

 ここ最近の遠征はどれも大成功、言い換えれば楽勝と呼べる戦いしか存在していなかった。

 

 当然だ。投入される黒トリガーの本数がおかしいのだ。

 

 【卵の冠(アレクトール)】、【窓の影(スピラスキア)】、【泥の王(ボルボロス)】、【惡の音(アウロス)】、そして国宝【星の杖(オルガノン)】。

 

 大国であっても中々持ち得ないその戦力を一つの遠征に投入すれば苦戦などありえない。

 

 しかも今回の敵はここ数年までトリガー技術がめぼしく発達していなかった玄界である。

 

 ハイレインは応える。その分析を持って周囲を黙らせるために。

 

「ラービットを倒せる部隊と倒せない部隊がいる。あのテロリストにはラービットを倒せる部隊を引き付けてもらう」

「確かに、良い陽動にはなるでしょう」

 

 それに真っ先に納得したのは最年長であり、トリガー角を持たない老兵、ヴィザ。

 

 だがアルはそれだけでは黙らなかった。今回の目的は彼らを倒すことではないから。

 

「でも雛鳥はどこかしら? 今戦闘してるところは弱い人も皆脱出手段を持ってるらしいけど」

 

 雛鳥。

 

 それは度重なる事前の斥候調査において、唯一トリガーを使用したにも関わらず他の隊員が使用した脱出手段を持たなかった存在。

 

 

 それも一人二人ではない。緊急の脱出手段を持たなかった彼と同じ服装をした者が数百名いることをイレギュラー門騒ぎを起こしたときに確認済みだ。

 

 そしてその服装をしたものをこの侵攻においてまだ確認していない。

 

「あの技術があれば戦闘に参加させる者には持たせるだろう。逆に考えれば情報にあった雛鳥は本来戦闘はしないはずと考えられる。即ち中央の建物に守られているか戦闘区域外で避難しているか」

「外にいるなら包囲網は抜けなければいけないわけだね」

 

 アルの側に控える少女……黒角を持った少女の名前はカヨコ。

 恐らく最もハイレインと近い戦術眼を持つ彼女はこれからの方針を理解する。

 

「ああ。まずは遊撃部隊を確定する。そして相性の良いところへミラが転送する。エネドラ、カヨコ、そしてヴィザ翁。各々戦いたい者は選定しておくように」

「なるほど。確かに何人か血が滾る者がおりますわい……おや、ハルナ嬢から連絡が来たようですぞ」

 

 

その時作戦室に通知音が鳴る。ハイレインは時が来たとばかりに立ち上がる。が、すぐにその顔が曇る。

 

「これは……救難信号ですなぁ」

 

 

「市街まであと30秒といったところかしら」

「そうね。みんな準備はいい?」

「もちろ……フウカさん!!」

「分かってる! っ!?」

 

 その救難信号が届いたのは彼女らの車が両断されたときだった。

 蝶の盾の反射機能を参考にして作られた装甲車。遠距離攻撃は弾き、躱し、接近してきた敵は轢き殺すという酷すぎるが合理的な目的を持って作られたそれは、残念ながら中距離の反射できない攻撃によって両断されたのであった。

 

 その名は、旋空弧月。

 

 放ったのは……北にいたはずの太刀川隊。

 

「躱されたのか。だがタイヤは切った。出てくるぞ」

「敵は……4人か? 玉狛が合流すれば数でも勝てるな」

「ん。出る杭は打つ」

 

 秘匿でそんな話をしつつ相手の出方を見る三人。

 

 大きく離れた地区を移動する方法はボーダー側には2つある。

 一つはクロコの門を使うこと。もう一つは予め仕掛けたワープトラップを利用すること。

 今回使用したのは勿論前者だ。一対の門しか作れなくても十分すぎるほどに有用である。

 

「さてさて、出てくるぞ」

「随分な挨拶をなさるのね。私達の美食の道を邪魔する覚悟は皆様にあって?」

 

 現れたのは何れも少女たち。しかし全員が角持ちだ。油断できる相手ではない……。が、

 

 しかし、この遭遇において不運なのは少女たちである。

 

 

 

 彼女たちの目の前にいるのは黒トリガーを除いたボーダーの最高戦力なのだから。

 

 

「ふむ……外側へ行く者を止めに行ったか」

「空でも飛んだのか? あの者らは北の方角にいたであろうに」

「【窓の影】と同系統か……それとも高速移動の類?」

「今の太刀筋……中々のものですな」

「お爺さまが褒めた……」

「なんでもいいじゃねえか。俺を出せよ。全員殺してやるからよ!」

 

 傍受用のトリオン兵からもたらされた情報に対する反応は様々だ。

 

「侮れない敵なのは間違いない。それに彼女らの後方を車両で追う部隊も確認している」

「挟撃ね……。彼女たちに勝ち目はある?」

 

 小柄な少女が問うが、ハイレインは首を横にふる。かと言って援軍を出す素振りもない。

 

「あそこに戦力は割かない、ということだね?」

 

 それを問うたのはカヨコ。ハイレインは迷いなく頷き敵の目的を断定する。

 

「わざわざ強い者が集まる場所に兵を向かわせる理由はない。そして敵の戦略ははっきりした。雑兵は実力下位のもので囲み、突出して突破しようとすれば彼らのような遊撃部隊が畳み掛ける」

「いよいよもって、玄界の進歩は凄まじいですな……」

「ええ、我々が持ってきた黒トリガーが一本や二本ならばたちまち撃退されていたことでしょう」

「しかし残念です。戦うなら彼らが良かった」

 

 彼女たちの装甲車は軽々と倒せるものではない。事実雷の羽(ケリードーン)部隊の雷撃を一日中当てたところで生存できるだけの機能があの車にはあった。

 

 しかし、それがこうもあっさり壊されるとなると玄界の技術を侮る者はいなくなる。

 

「エネドラ、ヴィザ翁、カヨコ。まずは黒トリガーで玄界の戦力を削りに行く。手薄になったところを【雷の羽(ケリードーン)】と【蝶の盾(ランビリス)】で潰していけ」

 

 作戦は決まった。

 

 

 南西

 

 やってきたラービットを容易く撃破し、引き続きトリオン兵を片付け続ける三輪隊加古隊の合同部隊だったが突如違和感に気づいてその動きを止める。

 

「なんの音……?」

 

 一番最初に気づいたのは黒江。

 違和感の原因は……音。

 

 この戦場においては聞くはずのない様々な楽器の音が遠方より近づいてくるのだ。

 

「騒がしいわね。トリオン兵かしら?」

 

 加古を含めて他の隊員もその音源に意識を割き始める。

 

 現れたのは……猫だった。

 

 しかし、明らかに普通の猫ではない。各々がホルンやバイオリン、アコーディオンや三味線などの楽器を持ち、演奏し行軍しているのだ。

 

 ある一点から放射状に。

 

「的が小さいと厄介ですね。それに数も多い」

 

 その猫の集団を味方と思う間抜けもいなければ警戒しない阿呆もいない。

 

 加古なんてすぐさま追跡弾を放ち上空から攻撃を仕掛けたほどだ。

 

 しかし、倒すことは叶わず。

 

 一匹の猫の持つホルンより放出された衝撃波が盾のように上空に形成される。

 

 その音の盾を追跡弾では貫くことができない。

 

「よかった。ちゃんと敵だわ。しかも多分黒トリガーとかそんなレベルの」

「お、それに術者も見えたぜ。やっぱりというか当たり前だが……猫の集団の中にいやがるな」

「関係ない……全て殺す」

 

 三輪の目に憎しみが灯る。

 

 当然だ。近界民がいいやつなのか、悪いやつなのか、それはその相手が攻撃の意志を示さなかったからこそ三輪が悩んでいるだけだ。

 

 こうして真っ向から敵対されれば迷わなくて済む。

 

「お、べっぴんさんじゃね? 目つきは随分と怖いが」

「三輪くんと同じくらいではないかしら」

「っち……」

 

 彼らの視界の先にいるのは、白と黒の髪が混じった少女、カヨコ。

 手に持つのは黒い光沢のトランペット。そこから音を響かせながら進軍していた。

 

 目つきは最悪だ。恐らくB級であれば目が合うだけで戦意を喪失させられるほどの。

 

 しかし、彼らもA級。そんなことには動揺しないし、こんな話をしている間にも罠を設置し、敵との距離を保ちつつ後退している。

 

『もうじき加古さんが仕掛けた炸裂弾を猫が踏むわ。それを合図に戦闘開始よ。狙撃班はその援護を』

 

 オペレーター月見の指示が飛ぶ。

 

 目の前の黒トリガーの能力はほぼ間違いなく音に関するもの。だが、それを隠していないということはバレても問題ないような何かしらの手が向こうにあるということだ。

 

 故に先手は取りたいのがA級部隊。数えるのも夥しい猫の群れを潜り抜け黒トリガーを持つ少女のところまで行く方法を彼らは考えねばならない、

 

 

 一方でカヨコの考えは違った。

 

 勝つつもりはなく、その目的は多くの敵の目を集め……そして手薄となった場所をミラのワープで移動して各個撃破を狙う。

 

 故に姿は表すし、無理に攻めるつもりもない。

 

 それに、音が攻撃手段だとバレたところで全く問題はない。

 

 カヨコは静かに己の策を進めていく。

 

 

北東

 

「ひ、人型!?」

「来間先輩、いや、全員下がってください。こいつは……」

 

 来間と村上の目の前に突如として現れたのは角を持たない老兵、ヴィザ翁。

 

「はじめまして。玄界の戦士たちよ」

 

 そう言って降り立ったヴィザは一歩前に出る。

 

 来間と村上は2歩下がる。

 

 彼らの本能が警報を鳴らす。この距離は死地だと。

 

「な、なんかあのおじいちゃんめっちゃ強そうだよ??」

「そんなのみんなわかってるから! 隠れて!」

 

 そして彼らからほんの数メートル後ろにはB級最下位のモモイとミドリが、突然現れた人型の近界民に恐れを抱いていた。戦闘経験がまだ浅く、ランク戦は一戦もせず、トリオン兵との戦闘でさえまだ数えるほどしかしていない新米だ。無理もない。

 

「……二人は……後ろから援護をお願い……私が負けたら逃げて」

 

 だから、ユズが彼女たちの前に立った。震える足に必死に力を込めて。

 

「うむ……良き気迫です。私の剣もそれでこそ降振るい甲斐があるというもの」

 

 彼が……ヴィザがこの場に来た理由は簡単だ。彼の目に止まったのは村上鋼。

 東地区の強者以外で、剣を持っている。この条件に合致してしまったのが不幸にも彼だった。

 

 彼は杖に手を伸ばす。目の前の男、特に村上鋼を切るに値する者として認め……そしてアフトクラトルが目標を達成するためには目の前のB級部隊を始めとするトリオン兵を足止めする部隊の掃討が必要であるがゆえに。

 

 

 キィンッ

 

 音がなる。

 

 

 村上はすぐさま来間を守るべく前に出てレイガストを構える。

 

 モモイとミドリは距離を取ろうと全力で距離を取る。

 

 そんな彼、彼女らの行動は、

 

 全て無為に終わる。

 

『トリオン体、活動限界、緊急脱出』

『トリオン体、活動限界、緊急脱出』

『トリオン体、活動限界、緊急脱出』

『トリオン体、活動限界、緊急脱出』

 

 四人の戦士が戦場から離脱を余儀なくされた。

 

 村上のレイガストはしっかり構えていたはずだった。

 

 来間は変に動くことはせず、その守りを信頼していた。

 

 才羽姉妹は距離を取って襲撃による援護をしようとしていた。

 

 その目的を、行動を、【星の杖】が全て両断した。

 

「素晴らしい。星の杖を発動して、完璧に躱したのは貴方が初めてです。名前を伺っても?」

 

 【星の杖】。それは予めレールのように敷かれた軌道をブレードが辿るという、仕組み自体はシンプルなもの。

 

 だがその真価はそのブレードの移動速度。ちょっと目がいいだとか、戦闘に慣れているだとか、そんなもので追える速度ではないのだ。

 本物の戦闘慣れをしている空閑遊真を持ってしても、その斬撃は見ることすら叶わない。

 

 故に、初見殺し。

 

 敵を前にして横に盾を構える戦士はいない。

 

 そして、たちが悪いことに、構えたところで黒トリガーの鋭利さに勝る盾などそう多くあるものではない。

 

 躱すには……並外れた動体視力が必要である。

 

「ひっ……」

 

 唯一躱したその少女は……しかし、目の前の剣鬼に足がすくむ。

 

 だが、ヴィザは攻撃をどういうわけか止めてじっと、少女を見つめている。名乗りを待っているのだと、戦い慣れていない彼女でも分かった。

 

「は……花岡……ユズです……」

 

 彼女は逃げ出したかった。しかしこの場にいる近距離のアタッカーはすでに彼女だけ。

 

 いなくなれば今度は狙撃手が狙われ、この防衛ラインは完全に機能が果たせなくなる。それを許容できるほど彼女は大胆ではなかった。

 

「私の名はヴィザ。仲間は私のことをヴィザ翁と。良き戦いとなることを祈りましょう」

 

 星の杖が振るわれる。先程は一人に対して一本振るわれていたブレードが、今度はユズ単体に向けて七本。様々な角度から襲いくる。

 

 

 しかし、彼女はそれを見て、避けた。

 

 リズムゲームを踊るように、夜叉丸シリーズ組手を行うように。

 

 彼女の副作用(サイドエフェクト)【強化動体視力】は、国宝の黒トリガー相手にその性能を存分に発揮する。

 

 

 建物も、大地も、トリオン体も、すべてを関係なく両断する黒トリガーの刃は、しかし、少女を切ることは敵わない。

 

「本当に見てから避けているとは……やはり予想外な敵との遭遇はあるものですな」

 

 だが、余裕があるのは当然ヴィザだ。ユズには攻撃手段がスコーピオンや通常弾程度しかない。

 

 ダメージを与えることは可能だが……そは接近する必要がある。

 

 だが、ユズはすでに理解していた。彼女が余裕を持って躱すことができるのは軌道が大きく、視認してから避ける時間がある場合のみ。即ち現在の20メートルまでであると。

 

 それ以上は……彼女でも切り刻まれる可能性が十分にある、むしろまだ本気を出していない可能性も高く、その領域に踏み込んだ瞬間切り刻まれることもあり得た。

 

 しかし、彼女は武器を持つ。短剣のように左右の手にブレードを展開し、構えた。

 

「い、行きます!」

 

 

南東

 

「よう。猿ども。お前ら強そうじゃねえか」

「黒角……黒トリガーか」

 

 エネドラは門から出て、すぐに声をかけた。

 

 相手は元々少数なうえ、近接職が二人の部隊。襲撃をかけるに当たり彼にとって都合がいいのは錠前隊の彼女たちだった。

 

 エネドラの持つ黒トリガー【泥の王】。その性能の弱点である面攻撃を一切使ってないA級合同部隊は彼女たちだけだ。

 

 片方は銃の単発撃ち。片方は刀による斬撃。

 

 事実、サオリが迷いなく発泡してきた強化通常弾を体に受けながらエネドラは己の優位を自覚していた。

 

「おいおい、随分な挨拶だなぁっ!!」

 

 激高するエネドラがブレードを伸ばす。それを平然と躱しながら彼女たちは考察する。

 

「銃撃が無効化された。液体化か? それともあれ自体が幻覚か?」

「幻覚ではなさそう。それに立ってるってことは粘土が近いんじゃない?」

 

 推察を重ねながら距離を、10メートルほどに保ちつつ、彼女たちはエネドラの動きを注視する。

 躱されるどころかそのまま受けられてノーダメージという事実に、しかし、彼女たちは驚かない。

 

 黒トリガーは何でもありだ。そのことを彼女たちは……特にサオリはよく知っている。

 

 自分たちが使っているがゆえに。

 

「アロナ」

『分かってます。準備は完了しました。【先生】起動します!』

 

 敵が黒トリガーならば躊躇わない。アロナはすぐさま彼女が持つ黒トリガーを発動する。

 

 現れるのは……天使の輪を模した幾何学模様。それがサオリとアツコの頭に展開される。

 

「あん? 何だその珍妙なぶつは?」

 

 一瞬怪訝な顔になるエネドラ。だが【泥の王】が負けるはずがないと言う自負に彼は溺れていた。

 

「いいぜ? 撃ってこいよ。頭が足りないお前らが何しようと」

 

 言葉の途中にサオリは再び頭を銃撃。エネドラの喋りが妨害されるが、彼にダメージは入っていない。

 

 精々、視界が一秒程潰された程度だ。

 

 そして、

 

「旋空弧月」

 

 その一秒とは、アツコの旋空弧月の軌道時間として十分だった。

 

 パリンと、何かが砕ける音がする。

 

 エネドラは、最初、それがなんの音か分からなかった。

 

 否、分かりたくなかった。

 

 

「そのトリガーにどれだけ自身があるのか知らないが……すまないな。初見殺しに付き合うほど暇ではないのでな」

 

 サオリは銃を構える。すでにトリオン供給機関を破壊されひび割れていくエネドラのトリオン体を見ながら彼女はそう吐き捨てる。

 

「なんで……お前ら……『泥の王』の弱点を……」

「その足りない頭で考えてみろ。近界民」

 

 バンッと、乾いた音が戦場に響いた。

 

 

【先生】

 

 それはオペレーター用のタブレット型の黒トリガーであり、攻撃性能を持たない黒トリガーである。

 

 能力は大きく分けて2つ。

 

 一つは指定した対象の強化。持ち以外に四人までという制限はあるが指定した対象のトリオン量を、黒トリガーを持つ者のトリオン量だけ増やすことができるというもの。

※全体で見ればトリオンの総量は変わらない。今回であればオペレーターである黒トリガーアロナのトリオンをサオリたちも使えるということ。

※一人+四人というのは先生(本人)が黒トリガーになったときに生き残っていた生徒の数である。

 

 もう一つは情報の可視化。オペレーターが指揮を取るに当たり、必要な周辺情報を取得できるというもの。

 

 地形データ、味方の残りトリオン量などはもちろん、さらには敵の攻撃予測線やアタッカーの死角、更には敵のトリオンの解析すら即座に行える。

 

 そう、例えば、液状のトリオン体の中を漂う固体のトリオン供給器官を可視化し、隊員全員にそれを視覚情報として共有するような戦い方が可能なのである。

 

 

補足

エネドラが錠前隊のところへ行った理由

彼の黒トリガーが苦手な射手、ショットガン持ちがいない(ほかのA級は誰かしらが面攻撃が可能)

明らかに一人ひとりの練度が高い

(本物の雑魚に興味なし)

 

(黒トリガー【先生】は言ってしまえばブルアカのみなさんの戦闘画面をイメージしていただければ)




彼のファンの方はごめんなさい
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