ワールドトリガー 私達の青春の物語   作:ゴウ・フェトア

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「アリス、君のその選択を私は責めない。だがその選択で悲しむ人がいることは覚えておいてくれ」


活路

 人型近界民とボーダーの戦いは多くの場所で繰り広げられている。

 

 その戦局の一角、ハルナ率いる美食部隊。

 

「あっちに行くね〜」

「ブっ壊してやるっ!」

「ほっかほかの榴弾、行きます!」

 

 イズミが、ジュンコが、アカリが、それぞれ己のメインウェポンをぶっ放す。

 

 いずれの武装もボーダーのトリガーを上回る速度、威力は、連射性を取り備え、その上人数もハルナを含めて四人。通常の部隊であれば十秒持たずに蜂の巣にされてしまう火力が彼らにはあった。

 

 だが、相対するのはA級一位、太刀川隊。

 

「ん、捌いて」

「簡単に言ってくれるなぁ!」

 

 射手一位出水公平。

 

 彼は両の手に展開した通常弾を細かく分割すると、飛んでくる弾幕に打ち返す。

 

 トリオンの弾の構造上、トリオンの弾を破壊するのに同意力である必要はない。

 

 一般的な銃トリガーの弾はトリオンの爆発するエネルギーとそれを包むエネルギーで構成されている。で、あるならば、後者を削り切ることさえできれば十分なのだ。

 

 そして、射手一位のこの男であれば飛んでくる弾幕に弾幕を当てることなど朝飯前だ。

 

 同時に砂狼クロコが弾幕の中を突っ込んでいく。前後から放たれる弾幕を、しかし、まるで見えているかのように突撃していく。

 

 副作用【狼返り】。彼女は副作用の影響により空気の流れに対する嗅覚が人の数倍敏感だ。

 

 地を伝って襲ってくる攻撃にはほとんど意味が無くなるが……そんなものは度重なる近界での遠征中でも【風刃】以外で見たことはないので彼女は割と自分の副作用を信頼している。

 

「うっそお!? あれ抜けてくるの!?」

「嘘でしょ!?」

 

 驚愕する美食の面々。そんな彼女たちにクロコはスコーピオンを伸ばして首を狩りに行く。

 

「お見事。そして御免あそばせ」

 

 だが、先程のフルアタックに参加しなかったハルナが的確にスコーピオンを撃ち砕き、さらに追撃も怠らない。クロコは一旦さがる。

 

 

 

 だが、それらは全て陽動。

 

 

 

「【旋空弧月】」

 

 壁越しに、太刀川が旋空弧月を放つ。

 

 狙いは前衛を努めていたハルナ以外の三名。

 

 壁越しの攻撃かつ、ボーダーの攻撃の中でもトップクラスの速度を誇る旋空弧月。オペレーターがいなければ避けられないはずの攻撃だが……

 

「危ないですよ〜」

 

 ぐっ、と側にいたアカリがジュンコの首根っこを抑えて地面に引き倒す。

 

 乱暴な手段だが横薙ぎの旋空弧月の回避としては正解である。

 

 だが、太刀川の旋空弧月が到達する前にそれを実行できるのは間違いなく異常だった。

 

 

 ちなみに、その横ではイズミが輪切りにされている。

 

 

「すまん。一人しか持ってけなかった」

「ん。十分」

「そうそう。これで人数は同じですからね!」

 

 それに、と出水は考える。

 

 壁越しの旋空など分かるはずがない。

 

 であれば、黄色い髪の女性は何かしらの副作用を持っていると考えられる。それが分かっただけでも儲けものだ。

 

 一方でアフト組。

 

「あ、ありがと!」

「お気になさらず〜」

「ちょ、ちょっとおおおおお!?」

「イズミさんがやられましたか。しかし……」

 

 イズミの悲鳴を聞き流しながら、ハルナは何かを言いかけて、そして黙る。

 

(フウカさんはどちらに? 運転中のフウカさんの顔色を見るに、恐らく彼女には私達を見捨てるように命令が飛んでいるはず……しかしミラが迎えに来た様子も彼女が脱出した様子も見られない)

 

 彼女は一人、理解していた。己達が捨て駒とされ、この遠征の結果に関わらず玄界に置き去りにされるということを。

 

 玄界に取り残されることは彼女自身問題ないと考えている。アフトクラトルの食事は十分に満喫した。ならば新しい食材が眠る他国に合法的に行くのはむしろ好都合だ。

 

 だがそれは命あっての話。

 

(適当に戦って、負けて、捕虜になるという手はありましたがそれをやるにはここは戦場が近すぎますわ。捕虜を出さないためにミラの【窓の影】で口封じされることは十分に有り得る話……)

 

 そう。彼女はこの遠征の真意に気付いていた。

 

 ハイレインが今回の遠征で邪魔者を消すことも視野に入れていることを彼女は掴んでいる。

 

 それを可能にしたのは……彼女の美食のために培った政治能力故だ。美食を探求するものとして彼女達はいくつもの困難を打破してきたが、それはほぼイコールで敵を作ってきたと言い換える事ができる。

 

 しかしそれでも彼女は政界で生き抜く嗅覚を持ってして切り抜けてきたのだ。

 

 そして、今回はその政治能力が、彼女に警鐘を鳴らしていた。

 

 打つ手を間違えると、死ぬぞと。

 

 故に彼女は今戦っている。少なくとも【窓の影】の範囲を抜けるところまで。

 

(イズミさんが落とされましたが……ミラが手を出してくるとすれば私達が全滅したタイミング……ならば)

 

「さあ皆さん! 玄界の食事は目の前です! イズミさんは置いといて優雅に参りましょうか!」

 

 メンバーを鼓舞する言葉はこれで十分だ。食事の為ならば自分たちは常に120%の実力が出せる。

 

 そして同時に、イズミには秘匿通信を送り戦闘を再開するのであった。

 

「なぁ、いま向こうからイズミって聞こえたんだが」

「聞こえたなぁ……」

「そんなことより、換装が解けた一人が逃げていくけど?」

 

 トリオン体の言葉は言語を超える。そんな知識があるものはここにはいない。全員感覚派だ。

 

 そして、戦闘には関係ない些事である。クロコは気にせずに市街地の方向へ走るイズミを横目に見ながら武器を構え直す。

 

「放置でいい。俺たちの仕事はトリオン体の撃破だ。市街地に逃げても生身ならC級でもなんとかなる」

 

 太刀川は既にイズミを視界から外している。

 

 生身の身体では、如何なる方法を用いてもトリオン体に傷をつけることは叶わない。

 

 勿論、念のために付近のB級で手が空いているものがいれば追うように、という指示は出すが。

 

「さて、お相手さんの狙いがよく分からないが……俺たちの仕事は敵を切ることだ」

「ん、了解」

「了解!」

 

 

 戦場、南地区。B級部隊。

 

 ハウンドストーム。B級間宮隊の象徴とも呼べる必殺技である。

 

 ランク戦では発動さえできれば、フルガードしたところで並の隊員ならば削り切ることが可能である。

 

 全員が違う弾速で、違う角度で、違う場所から、一人に対して圧倒的な数の暴力をぶつけ、処理能力を容易く上回る事ができるのがこの作戦(?)の強みだ。

 

 当然欠点もある。ランク戦はバラバラに配置されるため全員が揃わないことも多い。結果、一対一になってしまえば、ただハウンドを使う射手でしかない。

 

 そして……

 

「「「ハウンドストーム!!」」」

「遅い……」

 

 相手の処理能力が圧倒的な場合も、結果は悲惨なものとなる。

 

 間宮隊が相手にしたのは……相性最悪の雷の羽。

 

 撃ちの威力、速度、連射性、その全てで間宮隊は圧倒的に負けていた。

 

 遅い……、ヒナがそう言い終わったときには既に、放たれたハウンドは全て撃墜され、間宮隊の三人はトリオン体の胴に穴を開けていた。

 

「え……?」

 

 間宮隊の誰の驚きだったのか。彼らだってこれで勝負に勝てたとは思わなかったし、東に先の戦闘で言われた通り様々な今後の作戦を考えていた。

 

 だが、その全ては虚無に帰す。

 

 雷の羽部隊隊長ヒナの、凶悪すぎる放射状に放たれた弾幕によって。

 

『トリオン体活動限界、緊急脱出』

『トリオン体活動限界、緊急脱出』

『トリオン体活動限界、緊急脱出』

 

「っ! 全員! 退け!」

 

 東が叫ぶ。だが慌てたように見えるこの行為はブラフ。

 

 ヒナの意識が東へ向く。距離は若干不安があるが障害物を使えばヒナの先程三人を鏖殺した弾幕であろうと、躱すのは難しくはない。

 

 そして、東へ意識が向いたヒナを、ボーダー1のハウンド使いである那須が瓦礫の隙間から狙い撃つ。

 

 リアルタイムで軌道を描き、シールドすらすり抜けるかのように躱していくハウンドが、意識の間隙を

 

「甘い。甘いぞ。玄界の戦士よ!」

 

 突けない。

 

 ヒナは、一歩も動かない。防御は全て隣に立つ大男ランバネインが引き受ける。

 

 しかし、そのシールド操作は緻密とすら言える技量だ。一人でバウンドストームよりも複雑な軌道を描く那須の弾幕を一つ残らず、最小限のシールドで防ぎ切る。

 

 そして再びヒナの掃射。だがそれは誰か一人を攻撃したものではない。

 

 狙ったのは、地形の破壊。

 

 ビルも、住宅も、瓦礫にして、更地にする。ボーダー側にあったはずの地の利を、かけた時間だけ削り取っていく。

 

 そうなれば……有利なのは射程、威力で勝るアフトクラトル側だ。

 

「これは……面倒な相手だな……」

 

 東は、一人、背中に嫌な汗が流れるのであった。

 

 

「敵がいなさすぎる……」

 

 カヨコは独りごちる。周囲には自身が侍らせる猫の姿しか無くボーダー側の戦士が特攻を仕掛けてくる様子もない。

 

 彼女の黒トリガーは広域殲滅型と呼べるものだ。能力は音。特定条件さえ満たせたならば、ある空間にいる敵を一掃することは容易い。

 

 仮に、ボーダー側がB級合同部隊などを結成し、順にトリオン兵を駆逐していた場合、間違いなく彼女はそこに投入され、9割の人員を削ってみせただろう。

 

 だが、ボーダーはその手も取らず、アフトクラトルの襲撃を完璧に予知し、予備の戦闘員など考えていない最大限の戦力をぶつけてきた。

 

 さらに、ボーダー側は戦力をバラけさせた。結果としてカヨコの初見殺しはA級隊員4名を撃破したのみに留まる。

 

 

 この事実は、ボーダー側にとって、この戦いの結果を左右する鍵の一つだった。

 

 

「……っ?! 来る」

 

 猫が一斉に反応する。カヨコは遠方を見やる。

 

 そして、舌打ち。

 

「やっぱり……対応が早い」

 

 彼女の視線の先にいたのは……

 

 

 『緑川、風間、絵馬、来てもらって済まないな』

「いいっていいって! それに黒トリガーとやらせてもらえるんでしょ? むしろ頼ってよ」

「緑川、慎め。ここはもう戦場だ。敵の攻撃射程に入っていることを忘れるな」

「それで、冬島さん。そもそも僕たちはどうして選ばれたの? あんまり詳しくは聞いてないんだけど」

 

 戦場、南西地区。A級部隊戦闘地区。集められたのは緑川、風間、絵馬。

 

 既に三輪や米屋、加古に奈良坂といった面々が黒トリガーに撃破されてしまった戦場である。

 

 分かっているのはその黒トリガーが音を媒介とする攻撃をすること。そして何かしらの特定条件で範囲内の敵を一掃できること。

 

 よって、この戦場で戦っていたA級隊員は既に黒トリガー保有者のカヨコからは距離を取っており、集められた3名以外に増援はない。

 

『ああ、あまり野放しにするのは不味いからな。早急に本題に入るぞ。敵の遠距離攻撃の条件は『共振』だ」

「なにそれ」

「理科の授業で見たことある……音叉とかのやつだよね……? それがどう関わるのさ」

 

 共振。絵馬が例に挙げたのは震える音叉を同じサイズの音叉に近づけると揺れていなかった音叉も音を出し始めるというものだ。

 その反応を受けて冬島は問で返す。

 

「そうだな。そもそも共振はどうして起こるか知っているか?」

「物体には固有振動数というものがある。その周波数を当て続ければ物体の振動が増していく……というものだったはずだ」 

「流石風間だ。その通りだ」

 

 答えたのは風間。だが、彼は少し釈然としない様子だった。

 

「だが、その固有振動数は一体どうやって割り出す? 黒トリガーの出力を考えれば条件はそこまで厳しいものにはならないだろうが……待て、まさか」

 

 そして、彼は思い至る。このメンバーをみて、音叉の実験を思い出して。

 

「ああ、身長か」

 

 その事実を、誰に憚られることなく言い切ったのは絵馬。隣の緑川は未だに頭に疑問符を浮かべているが話は進んでいく。

 

「正解だ。緊急脱出した三輪、米屋、奈良坂、加古、こいつらは全員175前後だ。そして緊急脱出しなかったメンバーはそれよりも高いか低いかのどちらかだ」

 

 正確なデータを並べるならば、三輪が174、米屋が175、奈良坂が177、加古が173だ。

 

 一方で緊急脱出し無かったメンバーでこの身長に最も近い者は古寺の167。

 

 おおよそ、特定の身長±5センチメートル。それが冬島の予測する敵の黒トリガーの能力範囲だ。

 

「うーん、よくわかんないけどそれで何で僕たちが呼ばれるのさ。見た感じ僕たち同じくらいの身長だけど一掃されたりしない?」

「されない。なぜならお前たちの身長は敵の……黒トリガー保有者と同じだからだ。お前たちに振動を伝えることのできる固有振動数は敵にとっての固有振動数にもなりうる。これで戦闘の最低条件も満たされる」

 

 敵の身長は157cm。

 一方で集められた3人は風間が158、緑川が157、絵馬が156。多少の誤差が合ったとしても範囲攻撃は避けられる範囲だと冬島は考えている。

 

「あの黒トリガーを倒すのはお前たちだ』

 

 彼は言い切った。




黒トリガー【魔笛】
1分毎に特定の身長の相手を消し飛ばしていく黒トリガー
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