ワールドトリガー 私達の青春の物語   作:ゴウ・フェトア

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「いいですか? サングラスの人とコンタクトを取るのです。ブリッジ部のないサングラスに茶髪のオールバックの男性です。彼がいる場で話をするとうまく話が進むでしょう。私の星座占いがそう言っています」


第五話 AL-1S・IN・WONDERLAND

「現在の……情報を解析……【玄界】と推定……」

 

 小さな門が開き、少女が一人、【玄界】の大地を踏む。

 

「歩行に異状なし……。敵生体との遭遇を想定して隠密状態へ移行……ダミーを設置し、この場より離脱を実行……【占い】に従い座標を設定します」

 

 フラフラとしている足取りだがその目的ははっきりしているらしく、迷いはない。

 

 その後、防衛任務についていた弓場隊が迅速にその場に留まっていたトリオン兵を撃破しこの日は終わる。

 

 

「近界民が攻めてくる? 何だそれは。前から言っていた大規模進行がもう近いということか!?」

「いやいや、大規模進行は一年か二年は先です。俺が今言ったのはもっと近日中……おそらく3日以内」

 

 【ボーダー】の会議室。城戸、根付、鬼怒田、唐沢、忍田、林藤が集められたその場所で迅悠一が未来を語る。

 その未来は超直近。対策にかけられる時間は少ない。

 

「3日!? ふむ、それはどの程度の備え、戦力が必要だ?」

「いやぁ、それほどの戦力は必要ないですね。敵戦力は最大でも6人。トリオン兵の動員もありません」

「人? それはつまり……」

「はい。攻めてくるのは人型ネイバーです。接敵するのは二宮隊、そして阿慈谷隊か三輪隊のどちらかですね」

 

 だが、迅は対策なんて必要ないとばかりに未来を語る。その表情に焦りの感情は一切ない。

 

「少ないな。近界民からの襲撃があるんだよな?」

「はい!」

 

 林藤が確認のために訪ねてもそれを笑顔で受け流す迅。

 だが、敵が来るのに戦力を集めなくていい、と言うのは理解し難い。

 それは他の上層部も同じで根付は恐る恐る聞く。

 

「そのための戦力をどの程度集めるかの話……ではないということかね?」

「はい! 戦力面では何も心配ありません。むしろ敵がちょっと可哀想なくらいですねl

「なら……何が困る? いつもの防衛戦と違う点があるのかね?」

 

 城戸は事態を見極める。

 今日の会議は迅がわざわざ集めたものだ。その意図を読み解こうとする忍田だがうまく行かない。

 

「敵の狙いが読めないことですね。【ボーダー】に攻撃してくる様子もなければどのルートでも民間人が攫われる未来が見えないんですよ」

「? それ以外に……何かあると?」

「さぁ? まあ安心してください。今回の件は【ボーダー】にとっていい方向に転がりますよ」

 

 そう断言した直後、迅の目がサングラスのなかで見開かれる。

 

「今、未来が動きました。接敵するのは阿慈谷隊に確定です。他の未来が消えました」

「な、なに?!」

「確定と言うと……セイア嬢か」

 

 驚く根付と、事態を推察した林藤。

 セイアという少女はボーダー内において未来を見るという希少な副作用の持ち主だ。だが、普段動くことは殆どない。故に林藤はこの事件をどう捉えるか考え始める。

 

「そうみたいですねー。よし、それでは伝えたいことは伝えたのでまた後日」

 

 五人の上層部へ伝えるべきことだけしっかり伝え、彼は部屋を後にする。

 

「そうそう、皆さん、明後日の夜にここで集合ね。俺の副作用がそう言ってる」

 

 扉が閉まる直前、そう言い残して。

 

「ここで三輪隊か阿慈谷隊のどっちかが玉狛に近づいてくれればよかったけど……阿慈谷隊のほうが良かったのかな? セイアちゃん」

 

 

「ちっ……相変わらずトラップがうぜぇ」

「トラップ無しで影浦君と渡り合える未来が私には見えないんだ。許してくれ」

「別に……文句を言ってるわけじゃねぇ。ただの感想だ。ワイヤーが切っても切らなくてもめんどくせぇ」

「切られる対策をしないと君のマンティスなら全部切られてしまうからね」

「ちっこいのも面倒くせぇ。うちのゾエくらいもっと大きくなりやがれ」

「ゾエさんまで行くと弱点になるのでは……?」

 

 白洲アズサは個人のランク戦を終えて、対戦相手である影浦と戦闘を振り返りながら考える。

 戦績は4勝4敗2分。トラップで爆殺したりワイヤーをくぐり抜けたマンティスに串刺しにされたりしながらいい勝負を繰り返していたこの二人。トリガーなんでもありの勝負であればいい勝負であった。

 

「君が白洲アズサだね?」

 

 そして、ランク戦を終えて、隊室へ戻ろうとするアズサに声をかける者がいた。

 影浦はアズサへの客だと判断し「じゃあな」とだけ言ってその場を去る。もしかしたら何か嫌な感情を向けられたのかもしれないが。

 

「そ、そうだが……。あなたは確か、百合園セイアさん?」

 

 声をかけてきたのは小柄なアズサよりも更に小柄な少女だった。

 その少女の名前は百合園セイア。見た目こそ幼いが、現ボーダーが成立する以前、旧ボーダーの時代からこの組織にいる重鎮だ。

 ちなみにアズサが知っているのはサオリに聞いたからである。

 

「年齢はそう変わらない。敬語もいらないし、さん付けもいらない」

「そ、そうか……。それで、何か私に用なのか?」

「明後日の夜間、君は防衛任務に入る」

 

 突然の、予告である。アズサとしては困惑だ。別に断る理由もないが任務に入る理由もないのである。それにそもそもアズサの属する阿慈谷隊は四人チーム。自分だけの予定で動くことはできない。

 

「それは……なんだ? 別に構わないが、入るとしても他の人に確認してからになるが」

「夢で見たんだ。私の副作用で、確定した未来を夢で見ることがあるんだ。一週間以内の近未来だけども」

 

 副作用、それも未来を識るタイプ。その希少性に驚きながらもアズサは話が見えない。

 

「それで、それがなにかに繋がるのか?」

「君と、チームメイトは任務で近界民と戦闘していた。そして恐らく、君の価値観にとって重要な戦いであるように見受けられた」

「……了承した。教えてくれてありがとう」

「気にしないでくれ。私が夢に見たということはすでに確定したということ。ここで言わなくても、いや、私がどう働きかけようと君はその防衛任務についていたのだから」

 

 話はそれだけだったのか、もと来た道を引き返していくセイア。

 

「それじゃあ息災で。サオリにも宜しく」

 

 後ろ手で手を振りながらそんなことを言いながらセイアは廊下の影に消えていった。

 

「なぜ……サオリ? ああ、旧ボーダーの繋がりか……?」

 

 そんなことを思いながら、気を取り直してもう数戦だけやるかとアズサは戦闘ブースへと引き返す。

 

 すると、

 

「アズサか。丁度いい。少し見てやろう」

 

 そんなことを言うサオリとばったり出会うのであった。

 

 

「というわけで明後日の夜、防衛任務に入りたいと思うのだがいいだろうか?」

 

 サオリに個人戦でボコボコにされた後、アズサは阿慈谷隊の隊室へ戻り、チームメイトへ防衛任務の相談をしていた。

 

 ちなみに現在、隊室に置かれたこたつでは、コハルがヒフミに勉強を教えてもらっている最中である。

 

「別にいいわよ? ていうか珍しいわね。こんな急に予定入れるなんて」

「私も大丈夫ですね。あ、そうだアズサちゃん。来週公開のペロロジラ対メカペロロジラ見に行きませんか?」

「いいぞ。そういえば来週だったか。あのPVは胸にくるものがあった。予定にいれておく。ハナコは?」

 

 こたつ組の賛成は得られたがオペレーターはハナコだ。彼女がいなければそもそも任務につくことができない。

 

 が、「いいですよー」とキッチンからきた返事に安心するアズサであった。

 

「それで? 何かあったの?」

 

 ヒフミによって容赦なくチェックを入れられていく答案から目を逸らしつつコハルは、アズサに聞く。

 普段なら2日前にアズサが任務を入れていいか聞くことなどない。アズサたちは現在中学三年生。ボーダー中心の生活を送っている彼女たちだが予定がないわけではない。

 ヒフミだって来週ならば映画を理由に断っていただろう。

 

「セイアさんに会って、私が防衛任務についている予知夢を見たらしい。確定らしくて事前にバタバタするのも大変だから今共有させてもらった」

「あ、聞いたことあります! セイアさんの予知夢は絶対に当たるとか」

 

 反応したのはヒフミ。この隊の中で最もボーダーの女子同士の会話に参加しているヒフミだけが反応を示す。

 

「結構有名なのか?」

「噂程度ですけどね。迅さんと違って隊室から出てくることも滅多にない人ですからあんまり情報がないんですよ」

「ふぅーん、引きこもってる人なのね?」

 

 罰の多い答案から、やほり目を逸らしつつ、コハルは話題を頑張ってセイアの方に持っていく。

 

「なんでも、時折予言するみたいに人前に現れては見た夢を教えてくれて、実際にその通りになるみたいです」

「なんか凄そうね」

 

 あまり凄さを実感してないコハルがなんとなく相槌をうつ。

 彼女の答案が言及されるまであと10秒。

 

 

「あああああああ! 負けたああああ」

「ふっふっふ、これで残ったアイスは私のものだね」

 

 B級20位、花岡隊、隊室。

 メンバーは4名。花岡ユズ、才羽モモイ、才羽ミドリ、そしてオペレーターの百合園セイア。

 

 そして現在、部屋で騒いでいるのは才羽姉妹であった。

 賭けの内容は単純。ゲームの勝負に買ったほうが冷蔵庫に残っているケーキを食べられるというものだ。

 

「2人とも……勝手に食べたら怒られるよ?」

 

 だが、ユズはそれを咎める。当然だ。そのケーキは余り物ではなくセイアのもの。才羽姉妹に食べる権利はない。

 

「大丈夫大丈夫。本人が嫌なら私たちが食べる前に食べるって」

 

 この発言にユズは黙り込む。屁理屈ではあるが、実際、モモイの発言も理屈は通っており、セイアの裏をかくことなど不可能というのは三人の共通認識であった。

 

「よく分かってるじゃないか。モモイ。全部見えてるよ?」

「ひゃああああああああ!?」

 

 そして、それは実際その通り。勝者のモモイが冷蔵庫に向かう前に隊室の扉が開きセイアが帰還する。紅茶を出し、皿を出し、流れるような所作でケーキを確保するセイア。

 

「あ、セイアさんお帰りなさい。珍しいね。外出してたなんて」

「ちょっと野暮用がね。あとミドリも。私のアイスを賭けてゲームしてたことは知っているよ」

「うぐっ……」

 

 ミドリが素知らぬ顔で挨拶するも、セイアは全てお見通し。呆れた顔をしながらケーキにフォークを入れていく。

 

「セイアさん、今日は何するの? 訓練? それとも防衛任務?」

「いや。しばらくは何も無しだ。皆家に帰っても大丈夫だよ」

「え? いいの?」

 

 ユズの質問に対して答えたセイア。その返答にモモイが思わず声を上げる。

 普段なら初めてのランク戦に向け戦闘訓練や作戦会議などが開かれるのだがそれがない。モモイにとっては唐突な休日であった。

 

「うん。私に用事があるからオペができないんだ」

「あー、そういうことなら仕方ないね! オッケー、モモイ了解したわ!」

「休みだからって調子に乗っちゃって……。いい? シナリオ早く書いてくれないと皆作業できないんだよ?」

 

 ミドリの指摘は彼女達の作るRPGゲームだ。趣味で作っているがいつまで経ってもモモイのストーリーが決まらないため行き詰まっているのである。

 

「ちょっと、ミドリだってさっきまでゲームしてたじゃない!」

「あ、あれはアイスを賭けてたから乗っただけでしょ!」

「私のアイスだけどね」

「「うぐっ」」

 

 言い争いを終えて、トボトボと帰宅準備を開始する才羽姉妹。

 それを横目に見ながらユズがこっそりセイアに尋ねる。

 

「セイアちゃん、何か見たの?」

 

 セイアとユズたちはまだ関わって短い。だがそれでもセイアの予知夢に対する信頼や、それに対するセイアの行動指針は分かっているつもりだった。

 そして、そのユズたちから見てセイアは出会ってから一番動いているように思えた。

 

「見た。言ってもいいけどユズの精神衛生状は聞かないほうが良い」

「あ、面倒ごとなんだね……」

「そうだ。確定してる未来が少ないのか夢で見る量も少ない。だから……ユズ、君はいつも通りでいい」

「うん、セイアちゃんがそう言うなら聞かないよ」

 

 ケーキの最後の一欠片を口に運び、セイアは席を立つ。

 

「それじゃあ、私は用事を済ませてくる。何かあったらメールか電話を」

「「はーい」」

 

 隊室から出ていく、その小さな背中を見守りながら残った双子はコソコソと話し出す。

 

「セイアちゃん、なんか焦ってた?」

「夢見た後っていっつもああだよね。アイス取られるくらいじゃ気が紛れなかったみたい」

「お姉ちゃんにしては妙手だったよね。うーん、それにしても何でだろ。予知夢は絶対当たるし、本人もそう言ってるのに何で走り回るんだろ」

「分かんない。静観しても良いのになぁ」

 

 そんな彼女たちを横目にユズは、彼女がずっと思っていたことを伝える。

 

「きっと外れることが怖いんだと思うよ……」

 

 その瞳はどこまでも優しかった。

 

 

「あー! もう! 何も思いつかないんですけど!」

「七個も思いついてるじゃん。何が不満なの?」

 

 帰り道、モモイは頭を抱える。ミドリはそれを呆れた目で見ているが当たり前だろう。

 

「これを全部一纏めにする案よ! せっかく出したのに使わないなんて勿体ないじゃない!」

「出たよお姉ちゃんの悪癖……」

 

 考えついたもの全てをストーリーに捩じ込む、という暴挙をどう行おうと悩んでいるのだから、そこに同情の余地はない。というかミドリとしては辞めてほしい。

 

「なんとでも言いなさいよ! うーん……うん……?」

 

 だが、ふと、モモイの足取りが止まる。視線は一点に釘付けにされ目を見開く。

 

「ん? 何かあったの?」

「これよ……これだわ……!」

 

 バッと走り出したモモイが手に収めたのは水晶のような鉱石だった。夕焼けの光を乱反射しながら美しい色彩を当たりに撒いている。

 そしてどうやらモモイはその光景にInspirationを受けたらしい。

 

「主人公たちは不思議な石を見つけるのよ! それを使えばいろんな世界を渡れて……そうしたらいろんな世界感を一つにまとめて出せるわ!」

「ストーリーがめちゃくちゃ冗長になる気がしてならないんだけど」

「そんなのちっちゃなことよ! 私はやる! そして今度こそ金賞狙うんだから!」

「まあ、詰まるよりはいっか」

 

 こうなったモモイを止めることの無駄さを世界で最も理解している双子の妹は姉の気が済むまでやらせようと思うのであった。

 

 

 時は過ぎ、阿慈谷隊の夜間防衛任務。

 

 ハナコがオペに座り、その他三人が暗い廃墟の中を巡回していく。

 

「今日はこの地域? 全然平和そうだけど」

「コハルちゃん、門が開かない限り安全なのは当然ですよ。というか開いてないのに平和じゃなかったらそれはもうダメだと思うんです」

「ヒフミの言う通りだ。それに敵がいないからと言って油断して良いことにはならない。気を引き締めよう」

『流石アズサさん、良いこと言いますね♡』

 

 実際、防衛任務は単純だ。門が現れたらそこに急行し、出現したトリオン兵を殲滅する。その繰り返しだ。

 それに頻度も高くない。一回の任務で一戦あるかないか。トリオン兵が潜伏している可能性も無いため、巡回中にピリピリするほどでもない。

 しかし、コハルは警戒していないわけではない。警戒した上で不審に思っているのだ。

 

「そうは言うけどさ、未来がわかる人がわざわざアズサに伝えにきたんでしょ? 絶対何かあるって!」

「あはは……確かに不思議なタイミングでしたね。それに丁度1枠、防衛任務の枠が空くなんて……。予知夢ってすごいでーー」

 

『緊急警報、緊急警報、門が出現します』

 

 そして、その時はやってくる。ヒフミの発言を遮るように廃墟に察知されたスピーカーから警報が鳴り響く。

 

『さあ皆さん、お仕事ですよ。セイアさんの顔に泥を塗らないように頑張りましょうね。場所はーー』

 

 門の発生場所はハナコが素早く指示。それに従いアズサたちは武器を構えて駆け出した。

 

 

 門が開かれ、侵入者がやってくる。

 いつもならトリオン兵の巨影だが、今回は勝手が違った。

 中から出てきたのは人型のトリオン体が6人。その事実に少々驚くが作戦通りコハルが姿を表す。

 

「下江現着! これより戦闘開始します!」

 

 わざと姿を見せ、その隙をヒフミとアズサが突く。それが彼女たちが合流しているときの常套手段であった。

 

「あれは……人型のトリオン兵か? 初めて見るな」

「それにしては人に形寄せ過ぎじゃない?」

 

 秘匿通信でコハルが送ったデータを見ながらその姿に戸惑うアズサとコハル。

 だが、もっと大きな混乱が彼女たちを襲う。

 

「早い……【玄界】の兵士か」

 

 六人の中で体格の良い人影がコハルを睨みつける。が、トリオン兵が喋った事実が彼女たちにとっては衝撃だった。

 

「喋った……? ハナコ!」

『落ち着いてください。いつもどおりで大丈夫です。敵の総数は6。後退しながら罠に引き込みましょう』

「ヒフミ、コハル」

「中距離メインね。了解」

「空間制圧メインで行きます」

 

 

「グラ、メート、リトル、お前たちは目標を追え。我々は敵兵を引きつける」

「了解、行くぞ二人とも」

 

 名前を呼ばれたであろう三人が踵を返してコハルから遠ざかる。逃走する敵という、やはり初めての行動に面食らう。

「あ、待ちなさいよ!」

「いや、追わなくていい。あっちには【二宮隊】がいる。私達はこの三人に警戒すればいい」

 

 そう言いながらアズサは周囲にスパイダーを展開していく。足音を立てずに、そして目の前の敵を屠るために。

 

「近界民は殺す。絶対に」

 

 アズサの狂気は、どこまでも静かで冷たい。

 

 

「二宮隊、現着。人型近界民とは珍しい。犬飼、辻、鳩原。行くぞ」

 了解、と返す隊員を率いて二宮隊も近界民と接敵、市街地へ向かおうとした近界民三人と相対した二宮隊は戦闘を開始する。

 

 これから二宮隊は苦戦することもなくこの三人を蹴散らす。

 

 だが知らない。阿慈谷隊も知らない。

 

 12月の中頃、満月が高く登る深夜12時。

 この日門は2つ開いていた。

 一つは廃墟の街に。

 一つはボーダー本部の中に。

 

 

「!?」

 

 迅に集められた忍田、城戸、鬼怒田、唐沢、根津はその異状な自体に動揺する。

 門の発生はすでにある程度の制御が可能になっている。完全に、と派言い難いがそれでも発生を廃墟の街に留めることに、現状失敗はない。

 

 だが、その法則が破られた。

 

 バチバチと黒い稲妻と共に上層部が控える会議室に門が開かれる。

 

 事前に迅に話を聞いていたとしてもその光景はなかなか衝撃的であった。

 思わず弧月に手が伸びる忍田であったがそれを迅が制する。

 

「大丈夫です。こいつは無害なやつです。それにいざとなったらすでに仕掛けた風刃を起動します」

 

 そして、門からトリオン兵が現れる。

 

 しかし、その姿はサイズも非常に小さいものだった。

 

「トリオン兵……なのか?」

 

 正方形の板を中心に四足の脚がついている。という酷くシンプルなデザインのそれ。戦闘に用いられるものでないことは直ぐに分かる……が、それで警戒を解いたりはしない。

 そして、そのトリオン兵(?)が床に着地し数秒後、板部分からスピーカーが現れて音声が発された。

 

『ギガガ……ジジズズザ………………………アー、アー、あー、マイクテス、マイクテス聞こえますか。【玄界】の皆様。我々はミレニアム。千年難題を掲げる技術と発展の国』

 

 聞こえてきたのは特殊な加工がなされたであろう合成音。口調から女性だろうとは思えるがそれ以上の情報はない。

 そして、出てきた国の名前はミレニアム。接点を持ったことのない国であり、警戒心は上がる。だが同時に敵意のないその空気に城戸も対応する。

 

「……聞こえている。我々は【ボーダー】。玄界を近界民から守護しているものだ」

 

 ここまではスムーズだった。初対面の人間同士が互いの組織を明確にする。普通である。

 

 そして、普通はここまでだった。

 

『結構。そして対話に応じてくれて感謝します。そしてまず確認なのですがあなたはサングラスをかけていますか?』

 

 その発言を瞬時に理解できた人員はいない。その場にいる全員の頭が『サングラス?』で一致するほどである。

 

 唯一迅だけは『あれ? もしかして俺のこと?』と思い至りはしたがそれにしても脈絡が無さすぎた。

 

 混乱からいち早く立ち直ったのは……城戸。

 

「サングラスは……つけていないが……何か問題があるのかね」

『あれ、付けてない? ……あの、カメラを起動させていただきますが宜しいですか? 機密に触れてはそちらが困るだろうとオフにしているのですが』

 

 そして返ってきたのは何やら混乱している様子の音声。混乱しているのはこちらだ、とまたもや思考が一致する上層部。

 

「カメラ……? ああ、いいだろう」

 

 城戸が、ちらっと鬼怒田を見手問題がないことを確認する。

 

『了承感謝します。それでは』

 

 瞬間、トリオン兵(?)の目が光る。そしてキョロキョロあたりを見渡すような動作をした後、迅の方向に向いて、その動きが止まった。

 ばっちり目が合った。

 

「サングラスっていうのは俺のことかな?」

 

 その気まずい空気の中、迅はなんとか声を絞り出す。自身が未来予知の副作用持ちである。故に向こうも何かしらの副作用持ちで迅の存在を知ったのであろうという予測はすぐに立てられた。だがその事実が相手のメリットになるとは思えない。むしろ交渉を有利に進めるならば相手の場にはいて欲しくない。

 

『ブリッジ部のないサングラス、赤みを帯びた茶髪のオールバック、そうですね。ほぼ間違いなく』

 

 なぜ探していたのかは言わない……が、向こうも探していた人物がその場にいることを理解して安心したのだろう。改めて城戸へ向き直り鹿が休むような姿勢で足を折りたたむ。

 

『失礼、状況を把握しました。このボーダーの長はあなたでいいでしょうか?』

「そうだ。城戸と名乗っておこう。して、君たちの要件は何かね? 数分前に開いた門は君たちの国のものか?」

『答えやすい方から一つずつ答えていきましょう。まず先程そちらに開いた門は我々の国からのもので間違いありません』

「なら、君たちは敵ということかね?」

 

 当然、自分たちが門を開いたと認める相手に対していい感情は浮かばない。それに報告を受けた二部隊はいずれも戦闘に発展している。侵略者であることは間違いない。

 

 だが、城戸も今の話し相手が敵だと判断したわけではない。

 その意図を相手も理解する。

 

『話をすすめるための質問に感謝を。我々は今回、あなた方の味方をするべくこうして馳せ参じました』

 

 そして語られるはその真相。

 

『ミレニアムは現在内戦状態にあります。『玄界』へ現在進攻しているのは我々の敵対組織です』

「つまり、君たちとは別勢力がこちらに来たからその尻拭いということかね?」

『その認識で大丈夫です。その辺を詳しく説明したいのですが……まずは我々が使っているトリガーについての情報を、現在戦っている戦闘員に教えてあげてください』

 

 それは優しさであり、驕りであった。自分たちのトリガー編成を教えないとお前たちに勝ち目はないだろう、と。

 

「いや、その必要はない。すでに戦闘は終えたようだ」

 

 しかし、『玄界』の発展は著しいものだった。

 

 

「目の前の敵は私が。隊長は伏兵に警戒してください」

 

 コハルを前に佇む三人。前に出たのは小柄な人影だった。腰に巻いたベルトのスイッチを起動し、球体の機械を浮遊させる。

 

「なにあれ、ドローン?」

「かもしれない。爆発や閃光に注意。片目を閉じておいて」

「とりあえずシールド起動しておくわ」

 

 秘匿通話でアズサから指示を得たコハルはトリガーをスコーピオンから二重のシールドに切り替える。

 

 宙に浮かぶ球体は全部で九つ。トリオンで生成された機械なのだろうがその機能は未知数だ。

 

 そして、他の二人も行動を開始する。隊長と思しき人影はロケットランチャーのようなものを肩に担ぎ、もう一人はコハルたちから距離を取って瞳に手を当てる。

 

「      」

 

 そして、何かを隊長に目配せする。恐らく秘匿通信を行ったのだろうがその内容をアズサ達は知らない。

 

 同時に、相手のロケットランチャーが火を吹いた。放たれたのは上空。そしてそれが落ちてくる。

 

  三方向に分かれて(・・・・・・・・)

 

「っ!? 全員退避! 位置がバレてる可能性がある!」

 

 考えられる最悪をアズサは導きだす。隠密は即座に捨てグラスホッパーを持つコハルとヒフミはトリガーを切り替えてその場から離脱。アズサはワイヤーの張力を活かしてその場から弾けるように飛ぶ。

 

 直後、落ちてきた榴弾が弾け飛ぶ。狙いは正確に、先程まで三人がいた場所であった。

 

『後ろの人ですね。何か指示を出していたようですし、あの人がいる限り位置がバレてると思いましょう」

「みんな! 機械が飛んできてる!」

 

 落ち着いたハナコの声に反し、声を張り上げたのはコハル。

 先程まで宙に浮いていた機械が、3つ一塊になってそれぞれに飛んでくる。

 

 バチバチと機械球から火花が散る。ヒフミとコハルはグラスホッパーで再度距離を取る……が、アズサはワイヤーの範囲外に出たためにシールドで対処する。

 

 バチチチチチっ!!!

 

 電撃のような、そんな痺れがシールドを超えてアズサを襲う。

 

「っ!?!」

 

 シールドを、破壊せずに攻撃がトリオン体に届いたことに驚きながらもアズサは落ち着いて着地。

 幸い、トリオン体に外傷はない。そう思って戦闘を再開しようとしたときだった。

 

「一人目だな」

 

 隊長の男がロケットランチャーをアズサに向ける。行動はスムーズ。だがアズサに当たるほどの迅速さはない。

 

 既にアズサは、自身の体勢を整えている。例え榴弾が飛んできたとしても銃、あるいは射手としてアステロイドを撃ち込める自信があった。

 

 しかし、トリガーが発動しない。

 

「これは……!」

「トリオン障害。聞いたことはないかな?」

 

 ロケットランチャーが再度火を吹いた。狙いは当然、シールドも弾幕も貼れないアズサ。

 

『ヒフミちゃん!』

「分かってます!」

 

 だが、アズサが緊急脱出することはなかった。アズサへ飛んでくる榴弾はグラスホッパーで上空に飛んだヒフミが速度に偏重させた通常弾で撃ち抜く。

 

「む……あれを当てるか」

「まあいいでしょう。一人はこれでしばらくは無力です」

「彼女は私が追います。二人は機動力のある二人をお願いします」

「任せたぞ」

 

 榴弾では止めを刺せないと判断した近界民は即座に作戦変更。機械の球体を引っ込め、ブレード状のトリガーに換装した人影がアズサへ距離を詰める。

 

『アズサちゃん。トリガーは全部起動できませんか?』

「確認した。全て使用不能だ」

『ならワイヤーの陣地まで案内します。そこでなら戦えますね?』

「頼んだ」

 

 迷いはない。新たに罠を張れないなら、すでに張った場所へと導く。それだけだ。

 

「待てっ!」

 

 逃げるアズサ。そしてそれを追う近界民。

 

 その対決は数秒で終わる。

 

「っ!?」

 

 驚いたのは近界民。何かに躓き目を細める。足元にあったのは闇夜に紛れる黒色のワイヤー。

 

「小癪な……」

 

 だが追撃はない。当然だ。アズサが新たにトリオンを使えないことはこの近界民もわかっている。

 

 このワイヤーがトリオンでできたものではないのだろうと判断し、追いかけていく。

 

「これは……面倒臭いな……」

 

 だが、徐々に増えていくワイヤー陣地。アズサが門の出現を受けて向かいに行く道中は既にスパイダーが張り巡らされている。

 

「鬱陶しい!」

 

 そして、ブレードで切りながら進む近界民。最初転ばされたときも追撃がなく、慎重に進もうにもアズサの逃げ足が早すぎて追いつけないと判断した彼女は、最も愚かな選択を取る。

 

 最初の一本が、次の十本が、切って大丈夫だったからと言って百本目が切って大丈夫な保証はないのだから。

 

 ある一本を切ったとき、カチリ、と近界民の耳に不気味な音が響く。

 

 それは炸裂弾に繋がれたワイヤーが切断され、炸裂弾が、起動する音。

 

 夜に見れば閃光弾かと見間違うほどの光と音、そしてメインの衝撃が彼女を襲った。

 

 

「ダイ。モノクルはもう要らん。落としに行くぞ」

「了解」

 

 最後列にいた近界民は瞳から単眼鏡を外す。それこそが隠れている人員を見つけ出した彼トリガーであった。

 そして入れ替わるように取り出したのは棒状のトリガーであった。

 

「どちらから?」

「弾を飛ばす方からだ。サポーターから落とそう」

 

 近界民側がそんな作戦を立てると同時、コハルたちもアズサがいなくなった分の作戦変更を余儀なくされる。

 

「ヒフミ、補佐お願いできる?」

「大丈夫です。気をつけて」

 

 ヒフミの行動は追尾弾(ハウンド)変化弾(バイパー)の準備。それを確認してコハルはグラスホッパーで一気に距離を詰めに行く。

 

「好きにやっちゃってください!」

「オーケー!」

 

 飛び込むコハル、そして彼女を守るように変化弾(バイパー)が宙を飛ぶ。弾速を落とし、コハルの速度に合わせて弾道を引いているのだ。

 

 そして上空には追尾弾(ハウンド)。上空と真正面からの同時攻撃を彼女たちは仕掛ける。

 

「面白い試みだな。だが二対二ならば……ダイ!」

「わかってますよ」

 

 棒状のトリガーを持つ男がそれをトン、と叩く。

 

「空から64の弾。迎撃します」

 

 言うが早いか、実行が早いか、男の持つ棒が伸縮する。

 ハウンドが上空から地上に届くまで数秒。そのたったの数秒の間にその全てが叩き落された。

 

「なにあれ!? 如意棒?!」

「伸縮する棒ですので間違ってないですね!」

 

 そして、正面のコハルに対して隊長の近界民が武器を変える。

 ロケットランチャーを引っ込め、変わりに片手を機械的な大砲へと換装する。

 

「死ね」

 

 夜の闇に、レーザーが迸る。グラスホッパーを使うコハルだが、それでも躱せないほどの速度で発射されたそれは、コハルの左腕を消し飛ばす。

 

 だが、

 

「っ!?」

 

 コハルの周囲に展開されていた変化弾が左右に分かれる。

 

「二対二じゃなくて二対四よ!」

 

 正面からはグラスホッパーでさらに加速したコハル、左右から変化弾。

 

 棒持ちの近界民が援護に向かおうにも追加で放たれたのは64に分割された追尾弾が二人に襲いかかる。

 

「なら……!」

 

 だが隊長も諦めない。レージーの狙いを自身を狙うそれではなく、後ろの仲間を狙うハウンドへ切り替える。

 

 そして、着弾。隊長のトリオン体が生身へと切り替わる。

 

 そして、コハルたちは追撃を緩めない。

 

「3人目!!」

 

 コハルのスコーピオンが伸びる。二本のスコーピオンを合わせたマンティス。それは隊長をすり抜けるように、後ろに控えていた男の首を切り裂く。

 

「がっ……」

 

 そして、トリオン体が破壊された瞬間、戻ってきたアズサがスパイダーを用いて拘束する。

 

『戦闘終了ですね。皆さんお疲れ様でした』

 

 アズサの指示へ動いていたハナコも通信に復帰し阿慈谷隊は三人全員揃ったのであった。

 

「       」

 

 アズサに背負われていた女性近界民が何事か喚く。が、アズサは意に介さず縛るワイヤーに込める力を強める。

 

「なにか言ってますね?」

「あれ、さっきまで日本語話してなかったっけ?」

「トリガー工学に、トリオンは言語を介すると書いてあった気がする。今は彼らがトリオン体じゃないからその恩恵がないんだろう」

『そのとおりですよ。だから多分、皆さんの言葉は向こうに届いていますね』

 

 そして無造作に、他の男二人が縛られているところにその女性近界民を放り投げる。

 

「ちょ、ちょっとアズサ!」

 

 その乱暴な扱いにコハルが声を荒げるがアズサは聞く耳を持たない。

 

「……。ハナコ、こういう場合は……どうすればいいんだ? 捕虜として連行するのか?」

『規定には……ありませんね。そもそも防衛任務はトリオン兵への対応を前提としたものです。私達と同じ人間を想定したものではありません』

「だが彼らは近界民だ。戦う力が今はなくとも、撃破(・・)することは必要だよな?」

「……?! 待ってください! それは流石に見過せません!」

 

 アズサがやろうとしたことに一番早く気づいたのは側にいたヒフミ。そしてハナコもその反応で理解する。

 

『そうですよ。それに今はこちらに余裕があります。まずは上に判断を仰ぐべきでしょう』

「そうか……そうだな……。私は何を焦っているんだろうな……」

 

 銃を持つ自身の指に強い力が込められるのを自覚しつつ、アズサは自己嫌悪していた。

 

 

『驚いたわ。【玄界】にはもう対抗する手段があるのね』

 

 犬型トリオン兵(?)から発せられる音声が素直に驚嘆する。

 

「褒め言葉として受け取っておこう。それで、この通信の目的は捕虜の回収かね」

 

 見下されていることに苛立ちこそすれ、それは仕方ない。『玄界』のトリオン技術はまだまだ発展途上。技術の国と豪語する相手ならばそう思われても仕方がない。

 だがそんな嫌味も気づいていないのか、それとも気づいた上で無視したのか、声の主は話を続けた。

 

『それもあるんですが……いくつか取引をさせていただきたく。勿論質問があれば可能な限り答えさせていただくので』

「構わん。内容は?」

『こちらからの要求は【あるトリオン兵】の保護です』

「それは、先程の侵入者のことかね?」

『いいえ。違います。彼らとは別に、既に【玄界】へ一体のトリオン兵が流れ着いているはずです』

「なに……!?」

 

 それこそが本題。

 そしてその情報は上層部にとって看過できるものではない。

 もし万が一、民間へ被害が出た場合、突き上げられるのは当然ボーダーだ。ミレニアムではない。

 

「どうしてそちらのトリオン兵が【玄界】に?」

『内紛の敵派閥の目に留まって開発施設を襲撃。その際開発者たちがトリオン兵を逃した先が【玄界】だったわけです』

「話は分かったが……そのトリオン兵が攻撃してきたら我々もは反撃する。その点は分かってもらえるかね?」

『勿論。ただそのトリオン兵の性能に関しては話すことができません』

 

 言い切る声の主。そこに交渉する余地は無いと言わんばかりだ。だが当然受け入れられるはずがない。戦闘が起こった際に情報を知っているのといないのとでは全く別の問題だ。

 

「それは……都合がいいとは思わないかね?」

『勘違いしないでください。話さないのではありません。我々も知らないのです』

 

 強気だが……しかし言葉尻が少し小さくなる。そのことに感づいた上層部は次の言葉を待つ。

 

『これを話すのはお恥ずかしい話ですが、そのトリオン兵の情報は我々上層部も知りませんでした。事前に知っていたら襲撃なんてさせません。救援信号を受けて我々がその存在を知ったときには既に奪われていました』

「開発者はどうした? 作った者ならその性能を把握しているだろう」

『彼女たちは全員意識不明の重体です』

 

 絶句。そしてその声に込められた悲しみを察知する。

 

「そちらの要件は分かった。それで、見返りは?」

『そちらに侵入した戦闘員の持つトリガー、及び使用された船の設計図をお渡しします。旧式なので私達としては困りませんしあなた方にとっては最新レベルになるかと』

「!?」

 

 これに反応したのは鬼怒田。今ボーダーに足りないのはトリガー技術だ。少しでもそれが改善されるのであればいいに決まっている。

 

 だがこれは交渉。引き出せるものならばと根付がチャレンジする。

 

「それは、こちらに利があるのかね? 時間をかければ捕まえた彼らの捕虜のトリガーを解析し、そして製造することができる。そちらの要求を呑むメリットが無い」

『何を勘違いしているんですか?』

 

 だが、その行動は調子に乗ったと判断されたのだろう。声の鋭さが増し、同時に上層部全員に嫌な予感が走る。

 

『彼らの持つトリガーは例え旧式で格落ちだとしても、我々ミレニアムの叡智の結晶。それを安全に解析できるとでも? 勿論、できると言うなら別のものをお礼として差し上げますが』

「急いで解析斑に連絡を! 絶対に手を出すな!」

 

 遠回りに解析は危険だと言われ、慌てるのは鬼怒田。部下の命を守るために即座に連絡を飛ばす。交渉相手との通話中だとか関係ない。彼にとって守るべきはボーダー隊員の命だ。

 

 その様子を予期に見ながら忍田が不平を言う。

 

「随分と恐ろしいことをするね」

『こうして事前に忠告してあげたのですから優しいくらいでは?』

 

 だが声の主に動揺はない。もとより相手が勝手に自爆したとしてもそれは自己責任と考えているのだろう。

 これ以上引き出せないと根付が城戸へアイコンタクトを取る。それを受け城戸は交渉を終えることにする。

 

「分かった。条件を受け入れよう。設計図を受け取り次第」

『これです』

 

 だが、あまりに相手の一手が早かった。

 

「は……?」

 

 思わず出たその驚きは誰のものか。迅ですら口を開けて呆然としている。

 

『この四足トリオン兵に既に設計図を搭載しております。お確かめを』

 

 パカリと、板が左右にスライドする。そこには薄い板が8枚。勿論ボーダーにとっても未知のトリガーだ。

 忍田が迅に目をやり安全確認するとそれを手に取る。

 

「媒体を確認した。鬼怒田さん」

「分かった。儂が預かろう」

 

 流れるようにそれは鬼怒田の手に渡り、解析班へと運ばれていく。

 

「それで、保護する期限はどれほどかね?」

 

 メインの交渉は終わり、山場は超えた上層部は最後まで詰めを誤らないように確認していく。

 

『受け入れて頂き感謝を。そして期間ですがこちらの内戦が終わるまでを想定しています。内戦が終わらず【玄界】との距離が開いてしまった場合は次の接触までを期限とさせていただきたいです。その場合この四足トリオン兵を使って連絡します』

「分かった。それで、そのトリオン兵の外見分かるかね? それくらいは教えてもらわねばこちらとしても保護することができない」

『勿論です。開発場所のカメラに映っていましたのでその写真を差し上げます』

 

 そして今度は板がホログラムのように立体映像を映す。

 

「これは……」

「見覚えが?」

 

 その顔を見た迅は反応する。そのトリオン兵の……少女の顔に見覚えがあったからだ。

 

「はい。見ました。何人かの隊員が未来で接触しています」

『見覚えがあったなら助かります。どうぞ、保護の方よろしくお願いいたします。引き渡しの際は別にお礼を用意しておきますので』

 

 そして、通話は終わる。

 

 犬型トリオン兵の電源が切れる直前「計算通り、交渉は完璧ね」と、少女の声が聞こえたとかなんとか

 

 

「進む……進むよ! どんどんアイデア浮かんでくるの! これはノミネート間違いなしよ!」

「……進まないよりはいっか。明日からはユズちゃんにも来てもらえそう?」

「いける! 何なら2時間後くらいでもいいよ!」

「お姉ちゃんの馬鹿。もう2時だよ? テンションがハイになってるのはいいけど明日に響くよ?」

「ノープロブレム! むしろ今のこのインスピを逃したら完成しないよ!」

「あの石……ほんとにただの石なのかな……」

 

 パソコンにプロットを打ち込んでいくモモイ。そのキーボードの横にはキラキラと輝く水晶ご飾られていた。

 当然だが、実際にその石にそんな効果はない

 

『高トリオンの持ち主と接触……修復開始……。再起動まであと3時間……』

 

 ただ、中ではトリオン兵が体を再生しているだけだ。

 

 

 三人の捕虜を上層部経由で送り届けたあと、アズサたちは自分たちへの隊室へと戻っていた。

 

 時刻は既に夜の三時。だが、誰一人として寝ようとしているものはいない。

 

 その原因はもちろんアズサだ。

 

「アズサちゃん、落ち着きましたか?」

「済まない……混乱していたようだ。もうあんなことはしないし言わない」

 

 そうは言ってもヒフミたちから見て、アズサの様子は尋常ではない。時折過呼吸のようなものを起こしては交代で背中を擦ってもらっている状態だ。

 ハナコが一切ふざけていないのがいい判断材料である。

 

「ヒフミ、私は近界民が嫌いなんだ」

 

 ポツリポツリと、アズサが言葉を漏らす。

 

「そうですね。でも、それはアズサちゃんの境遇を考えれば……」

 

 今更な話だった。そもそもアズサがこのボーダーに入隊したのだって復讐したいという感情からで、そのことをヒフミたちも知っている。

 

「近界民とは……なんだ?」

 

 だが、アズサが引っかかったのはそこだった。

 

 近界民は、皆化け物だと思っていた。

 日頃から戦うトリオン兵=近界民だった。

 

 だから、彼らを殺すと豪語しても皆からは称賛され、推奨されてきた。

 

 だが、今日の相手は話が違ってくる。

 

「……っ!?」

「私は……もっと未知の化け物だと思っていたんだ……。けど、さっきのは、なんだ? 私達と変わらない人間じゃないのか?」

「うーん、今日の様子を見た感じそのようですねぇ。連絡したあとの迅速さを見れば上の方は知っていたみたいですが」

 

 自分たちの相手は人間ではないのか。

 

 そう考えてしまったアズサは思考の泥沼に沈んでいた。

 

 だって、それならば、自分は相手と同じことをしているのではないか。

 

「ちょ、ちょっと待って。てことは私達本当に少年兵だってこと!?」

 

 そして、メンタルが不安定なのはコハルもだ。彼女だけはこの3人の中で年齢が若い。それはただ年が違うということではなく、関係性の面からこの四人の中で精神的に幼いのだ。

 

「コハルちゃん、落ち着いてください」

「でも……! こんなの私達利用されてるだけじゃない! 黙ってるなんて許せないわよ!」

 

 コハルはヒフミの静止もふりほどき、涙を流しながら不透明な現実に不安を覚える。

 上層部は、一体何を隠して、何を知っているのか。

 

「やあやあ、実力派エリート迅悠一だよー。部屋に入っていいかな?」

 

 だが、そんな答えの出ない袋小路に入ろうとした瞬間、隊室の扉の向こうから陽気な声が聞こえてくる。

 

「すいません、今取り込み中ですので出直してもらえますか?」

 

 ヒフミが、もはや睨みつけるかのように扉に言いつけるが……、じんは揺るがない。

 

「近界民について、教えられることがあるけど……聞かなくていいかい?」

 

 それは、今彼女たちが最も知りたいこと。どこまで知っているのか分からない迅の不気味さにコハルが思わず後ずさる……が、決断したのはアズサだった。

 

「ハナコ、開けてやってくれ……。私は……情報がほしい。近界民について知らないことが多すぎるみたいだ」

「分かりました」

 

 そう言ってハナコは鍵を開ける。そして、部屋に入ってきたのはいつもどおりの格好の迅。その姿は頼もしくもあり、一方で何を考えているのか分からない不気味さも醸し出していた。

 

「阿慈谷隊のみんな、こんばんわー。さて、何から聞きたい?」

 

 にこやかに、されど、全てを知っているかのようなその笑顔にヒフミたちは恐ろしいものを感じてしまう。

 

 故に、最初に口を開いたのはアズサだった。

 

「私の……復讐相手は……誰なんだ?」

 

 なんとか絞り出したその言葉に、迅は手を顎にやり、どう答えたものかと少し考える。

 

「早速難しい質問から来たね。そうだね、それは調査中、といったところだね」

「近界民では……無いんですか?」

 

 迅の返答の解像度を上げるべく質問を重ねたのはハナコだ。

 

「合ってるけど間違ってる。そもそもだ、近界民というのは宇宙人みたいなおっきな枠組みなんだ。そして向こうには沢山の国がある」

「一枚岩ではないんですね」

「その通りだ。だからアズサちゃん。君の両親を殺した近界民がどこの国の者なのか調査中、と言うのが先程の答えだ」

「近界民全てを……憎いと思うのは、間違っているのか?」

 

 両親が殺されてから、ずっとアズサの心に巣食っていた激情。だが、迅はそれを肯定する。

 

「そんなことないよ。その感情は何も間違っちゃいない。けどさ」

 

 だが、彼の言いたいのはそれだけではない。

 

「それって、物凄く辛いと思うんだよね」

 

 その言葉に、アズサは震える。

 怒りというものは保つのに非常に少なくないエネルギーを要する。

 それをすでに3年。善性の強いアズサにとっては地獄のような期間だった。

 

「俺もさ、母親が殺されたんだ。近界民憎い、と思ったこともあるんだ。けどさ、そしたら仲良くなれるやつまで敵になっちまう。勿論こっちにやってくる近界民は大抵人攫い目的だからそれを倒すのは何も間違っちゃいない」

 

 その言葉にはっとするアズサ。いや、アズサだけではない。コハルもヒフミもハナコも、それは同じだ。

 

 彼女たちが気付かないのも無理はない。なぜならばその発想は近界民が知性ある生命体と認識していなかったからだ。

 

「君たちはもう気付いているかもしれないが、向こうに住む人たちは俺たちと変わらない人間だ。トリオンという技術こそ持っているが他は何も変わらない」

 

 反論はない。そのことは先の戦闘で十分理解していた。

 

「ならさ、仲良くできる人たちもいると思わないかい?」

 

 だからこそ、その言葉は響いた。

 四人の目に光が戻る。

 アズサは己のやるべきことを明確にする。

 

「迅、四年前の侵攻国……分かったら私に言ってくれ」

「うん、いいよ」

 

 そのスッキリとした顔を見て迅ほ安心する。

 

「アズサちゃん、大丈夫ですか?」

「大丈夫……。落ち着いた。私の復讐相手は……思ってたより少なかってんだな……」

 

 近界民全員敵だ、そう言い続けて摩耗しない人間はいない。その性根が善によっていればいるほどそれは辛いことだ。

 そして、アズサはここが限界だった。己の心に嘘がつけなくなっていた。

 

「方針は決まった。こっちにやってくる近界民は全員敵、とりあえずはそれで行く」

 

 今までとあまり変わらない行動指針。だが、行動理念が全く違う。

 やってくる近界民を敵として屠るのは皆を、街を、守るためのものだ。

 

 決して、恨みを晴らすためではない。

 

 そして、いい感じの空気になってきたところに迅は、1枚の写真を阿慈谷隊の机の上に置く。

 

「そうそう、ゴメンなんだけど早速例外を追加していいかな? この子なんだけど……。君たちが一番戦闘する未来が多かったんだよね」

「???」

 

 迅が見せたのは1枚の少女の写真だった。

 

 

「むにゃむにゃ……朝……?」

 

 うっすらと聞こえる小鳥のさえずりに、モモイは目をこすりながらカーテンへと手を伸ばす。

 朝だ。とても寝覚めがいい。きっと昨日の創作が上手く行ったからだろう。

 

「おはようございます。マスター」

 

 そんなことを考えていたモモイの思考は、その二言で吹き飛んだ。

 モモイの目の前には少女が佇んでいた。背丈は小柄なモモイたちよりは大きいがそれでも同年代程度。そして特徴的なのは彼女の長い髪。床まで届きそうなその長髪はどれだけ手入れしたのかと思うほどに艶やかであった。

 

「………………………???????!!!!! ミドリ! 起きて! 朝起きたら美少女が!!」

「やめてよお姉ちゃん……。昨日はお姉ちゃんのせいで寝れてないんだから……なにこの可愛い子!!!!!???????」

 

 寝ぼけた頭が見た幻覚かと思うが何度まぶたを擦っても目の前の少女は消えない。

 そして、「なにこの」に反応したのか。少女は……少女の形をしたトリオン兵は自己の紹介を行う。

 

「おはようございます。私はAL-1S。ミレニアムのエンジニアによって作られたトリオン兵です。負傷し休眠状態になっていたところをあなた達からトリオンを供給してもらい再起動しました。あなた達はいのちの恩人です」

「ど、どどどどうしよう! 私たち知らないうちに命の恩人になってる!?」

「お、お、落ち着いて!! 今聴き逃がせないこと言ってた気がするんだけど!? トリオン兵って聞こえたんだけど!?」

「はい、AL-1Sはトリオン兵です」

「……」

「……」

 

 聞き間違いであってほしかったが、残念ながら肯定された、思わず閉口してしまう才羽姉妹。

 AL-1Sから距離を取り、とりあえず姉妹で作戦を立てる。

 

「どうしよう、ミドリ……」

「いや、でも黙ってるのは無理じゃない? ひと一人匿うなんて私達には無理だよ?」

「しかもトリオン兵だよ!? 近界民だよ?! 匿ったら厳罰じゃなかったっけ!? ていうかセイアさんから隠せる気がしないよ!?」

 

 その時、彼女たちの家に来客が……というか、彼女たちの部屋の扉が開いた。

 

「その通りだ」

「二人とも、何してるの?」

 

 ぎぎぎぎぎ、と才羽姉妹が振り返るとユズとセイアがそこには立っていた。

 

「な、な、なんで二人がここに?」

「なんでって……プロットができたっていうからそれを見に……」

 と言うのはユズ。

「私は予知夢通りに行動しているだけだ」

 と言うのはセイア。

 

 なお、この二人は才羽姉妹の両親から合鍵を貰っている。

 

 まるで悪いことを見つかったように(悪気はなかったとはいえ実際には近界民の隠蔽だが)項垂れる双子。

 

「敵ですか?」

「違う! 違うから! 絶対攻撃したりしたらだめ!」

「了解しました」

 

 不穏なことを言い出すAL-1Sを制するモモイを見ながら予知夢で同じ光景を見ていたセイアとしてもやはり事態が飲み込めない。

 

「事情を聞かせてもらってもいいかな?」

「じ、事情と言いましても……」

「なんか朝起きたら部屋に彼女がいまして……」

「なんか命の恩人判定を受けまして……」

「ユズ、次はこのげーむを、やりたいです」

「自分のことをトリオン兵と言い出しまして……」

「今どうしようかと話しているところでして……」

 

 現状、モモイ達も事態を理解しているとは言い難い。なによりAL-1Sが本当にトリオン兵なのかも疑わしいところだ。

 だがこれを聞いただけでもセイアはどこか安心しているようだった。

 

「良かった、まだ誰にも会ってないんだね」

「はい? そうですけど」

「な、なにか手があるんですか!?」

「彼女を【ボーダー】に入れる。上層部には既に話を通している。設定としては君たちの友達で通るだろう」

 

 この花岡チームにおいてセイアは小柄で傍から見れば年下に思われることも多い。

 しかし、このチームの最年長はこのセイアであり、その判断に疑問を持つことはない(反対することはあるが)。

 そして、方針が決まれば次は作戦決めだ。不自然な日本語で話すAL-1Sをどう地球人に擬態させるか。

 

「え、近界民を【ボーダー】に入れちゃっていいの?」

「問題ない。というよりその辺のいざこざは全部処理しておいた」

「は、早い……」

「で、でも、彼女は人前に出したらすぐロボットみたいな反応を見せそうで……」

 

 無表情で、口調も覚えたての外国人のような有様だ。これを友達と言い張るのは厳しいだろう。

 だが、才羽姉妹は、これもセイアが解決策を持っていると期待するがそんかことはなかった。

 

「私も今その点に驚いているんだが……最初からこの状態なのかい?」

「はい。なんというかどこかカタコトで」

「私の見た未来では随分と表情豊かだったんだが……」

「そういうふりをしてって言えばできるんですかね?」

「ユズ。次のゲームはこれがいいです。レビューが高評価です」

「分からないな……。実際に命令してみるかい? マスターはモモイかな?」

「そう言われましたけど命令権があるのかどうかは……」

「ノベルゲームは不思議な気持ちになりますね。言語化できないなにかを受信している気がします」

 

 試しにやって見てもいいが、今楽しそうにゲームをする彼女の、邪魔をモモイにはできなかった。

 

「まずはそれをやってみよう。上層部から許可が出ているとはいえ周囲にトリオン兵だとバレるのは宜しくない」

「神ゲー? ユズ、神ゲーとはなんですか? 神様が作ったんですか?」

「外見がモンスターじゃなくて良かった……。いや、トリオン兵ってことはモンスターにもなれるのかな?」

「私に変身機能はありませんよ?」

「AL-1Sってのも良くない……。もっと名前っぽくしないと……」

「あ、アリスとかどう? そのまま読んだだけだけど」

「いいんじゃないかな? AL-1Sさん、これからこの【玄界】ではアリスと名乗ってもらえるかい?」

「コードネームですね! 了解です!」

「ねぇ、セイアさん、お姉ちゃん」

「どうしたのミドリ。今は案をどんどん出すべきよ。今隊員に見つかったら問い詰められて、すぐバレちゃうんだから」

「最終的には私の予知夢が大丈夫と言っているけどね。その道中、波風立たないほうがいいのは間違いない」

「いや、そうじゃなくてさ……」

「なら何よ? 何かいい案浮かんでるわけ?」

「トリオン兵ということは一度トリオンを補足されたらおしまいだ。わかっているのかい? 今は急ぐときだよ」

「いや、さっきからアリスちゃん、めちゃくちゃ流暢じゃない?」

 

「……」

「……」

 

 そう言われて、彼女たちは気づく。1時間前、初めて会話したときよりもずっと表情豊かで語彙も豊富だということに。

 

「マスターモモイ! 聞いてください! アリスはまた一つ世界を救いました! これで通算127回目です! レベルアップです!」

 

 語彙が偏ってはいるが。

 

「会話を全部スキップの早送りなのに全部頭に入ってるみたいです……」

 

 どこか信じられないものを見る目でユズはアリスを見る。

 しかし、それで十分すぎた。少なくともボーダーに入るという目的を達成するに当たっては。

 

「もしかして出てきた問題ほとんど解決してる?」

「そ、そのようだね。それじゃあ設定を決めていこうか」




(長くてすみません。分割しようかとも思ったのですが切り目がわからないのでこのまま行きます)
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