ワールドトリガー 私達の青春の物語   作:ゴウ・フェトア

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「ごめんね……先生……。ありがとう。沢山夢を見せてくれて。お姫様って……言ってくれて。嬉しかったんだ……。だから……ごめんなさい……先にいくね……」


第六話 始まる動乱の兆し

 日付は12月頭。アズサたちのボーダー入隊からもうじき四年が経とうという頃。彼女たちは高校2年生(コハルのみ一年生)の生活を謳歌していた。

 

 定期テストを受け、文化祭を荒らし、ランク戦で暴れ、そして現在、阿慈谷隊室の模様替えを行い、炬燵で寛いているところである。

 

「はぁ……温まります……」

「今年もみんなでこたつを囲めてよかった……」

「やめてよアズサ。私こたつ嫌いになりそうだったんだけど」

「それは宿題サボったコハルちゃんが悪いんじゃ……」

 

 炬燵での思い出にヒフミとのワンツーレッスンが追加されていたコハルの顔は憎々しげだ。去年の冬休み、防衛任務以外のほぼすべての時間を勉強させられたのは流石にトラウマになっているらしい。

 

 勿論、そうしないとやばいほどの成績だったのは間違いなく、エスカレーター式の三園学園であるはずなのに進学を危ぶまれるほど。彼女の両親も勉強を見てもらえるということで笑顔で送り出していた。結果的に無事進学できたとはいえ、それでも嫌なものは嫌だ。

 

「皆さん、温まるのもいいですけどもうそろそろ防衛任務ですよ。クリスマス会のための資金を貯めるんですよね?」

 

 そして、寛いでいた三人を、パンパンと、手を叩きながらハナコが急かす。

 

 ちなみに彼女が仕事に取り掛かるのが早い訳では無い。オペ用のいすが完全防寒使用になっており普段からそこにいるだけだ。

 

「うん、頑張ろう」

「ちょ、ちょっと二人共! 寒いじゃない!」

 

 言われてすぐ行動するのはアズサとヒフミ。コハルは寒い空気が入ってきてことに文句を言いつつ寝っ転がったまま「トリガー起動」と、トリオン体へ換装する。

 

「それじゃあ阿慈谷隊、出撃よ!」

 

 トリオン体にさえなってしまえば寒さは関係ない。勢いよく炬燵から離脱するとさっさと立ち上がる。

 

「毎回名前を呼ばれるの結構恥ずかしいんですよね……」

「何度もいうが、この中だとリーダーシップあるのはヒフミだけだ」

「そうよ! ハナコが臨時にリーダーになったときのこと忘れたの? 知らないうちにみんなのトリオン体の服装が水着になってたんだから!」

「ふふふ、いい思い出ですね♡」

「良くないわよ!!」

 

 ヒフミが言う通り、最近この隊の名前が呼ばれることは非常に多い。

 

 現A級第5位。それが阿慈谷隊の順位である。

 この順位の理由としては複数ある。メンバー全員がボーダー設立時から入隊し研鑽を積んだこと、他のオペレーターと比べても高すぎるハナコの指揮能力、ゲリラ戦のような方法が刺さるランク戦であること、その他多くの要因が合わさり阿慈谷隊はこの順位にいることができていた。

 

 ちなみに順位は以下の通り。

第一位太刀川隊

第二位錠前隊

第三位冬島隊

第四位風間隊

第五位阿慈谷隊

第六位草壁隊

第七位嵐山隊

第八位加古隊

第九位三輪隊

第十位片桐隊

 

 順位に多少の変動があれど、前回のランク戦、そして二宮隊と影山隊がB級に降格されたことによる順位はこのようになっていた。なお、彼女たちより上位のチームには未だに対策ができていない。

 

 そして勿論、隊服が突然水着になったことも有名になった原因の一つだ。

 

「あはは……あれはすごかったですよね……」

「すごかった……じゃないわよ! あのあと本当に、本当に大変だったんだから!!!」

「好評でしたけどね♡」

「別に私はなんでもいいのだけど……。リーダーはやっぱりヒフミだ。ヒフミなら誰かが間違ったことをしても止めてくれる」

「できれば皆さん、自制してくださると……」

「ほら! 早く行くわよ! いつ近界民(ネイバー)が来るかわからないんだから!」

 

 そして、いつも通りの防衛任務が始まる。

 

 

 はずだった。

 

 

(ゲート)が開きます。付近にお住まいの方々はーー」

 

 そんな警報はいつものことだ。出現場所が普段より市街地に近いことに驚きながらも。ないことではない。ちゃんと誘導は働いている。

 

「随分市街地に近いわね」

「巻き込まれた人がいるかもしれない。二人は先に行っててくれ」

「分かりました。行きましょうコハルちゃん」

『アズサちゃんには私がルートを提示しますね』

「よろしく頼む」

 

 機動力に優れているのはヒフミとコハルだ。グラスホッパーで宙を駆け、マーキングされた目標地点に急ぐ。

 

 そして目にする。巨大なトリオン兵。バムスターだ。距離にして数百メートル先だがそれでも目視出来る巨体である。

 

炸裂弾(メテオラ)準備! いつでも」

 

 両手に炸裂弾(メテオラ)を構え、地上に降り立ったヒフミは既に射程内の敵に対し発射準備ができたことを伝える。

 しかし

 

「ヒフミ待って! 人がいる!」

「えっ!?」

 

 慌てて炸裂弾(メテオラ)を消すヒフミ。もし付近に人がいて炸裂弾(メテオラ)など撃とうものなら間違いなく命はない。

 

 そして、ヒフミが撃てないならこの場にはコハルしかいない。グラスホッパーでさらに距離を詰め、スコーピオンを伸ばしてその核を狙う。

 

 直後、近づいたコハルにトリオン兵が吹き飛んできた。

 

「きゃっ!?」

「コハルちゃん!?」

 

 全員、思いもしないトリオン兵の挙動に面食らうも、行動が遅れることはない。ヒフミはすぐさまグラスホッパーでコハルのところに向かう。

 

「うぅ……大丈夫……。挟まれただけだからすぐに脱出でき」

『トリオン反応?! コハルさん! シールドを!』

「えっ?!」

 

 その時だった。その光景を唯一視認したのはヒフミのみ。

 

 黒い人影がグラスホッパーの数倍の速さで上空に飛び上がるとそのまま倒れたトリオン兵に落下する。

 

 その衝撃にトリオン兵は爆発した。遠くにいたヒフミですらその余波でグラスホッパーを踏み外しかけたほどだ。

 

 そして、トリオン兵の下敷きになっていたコハルは、その衝撃をもろに受けることになった。

 

 下江コハル緊急脱出(ベイルアウト)

 

「コハルちゃん!?」

『ヒフミさん目を逸らさないで! 誰かいます!』

 

 思わずその光を追ってしまいそうだったヒフミをハナコが引き止める。

 煙の向こうに見えたのは……

 

「人型近界民(ネイバー)……」

「あ、あれは敵ですか!? 味方ですか!?」

 

 彼女たちは一瞬迷う。人型近界民(ネイバー)、あるいは人型トリオン兵として、すでにアリスという前例はある。だがそれはトリガーで暴れる前に事前に通達があった。

 

 それに、もし敵だった場合、すぐそばにいる少年が危ないではないか。

 

 ハナコの頭は動く。この場合、どうすれば最悪を、人命の損失を確実に避けられるか。

 

 だが、迷っている暇はない。その近界民(ネイバー)はその場にいま少年へと歩みだした。

 

『敵です。もし違ったら私が、責任を取ります。あの少年の命が最優先です』

「阿慈谷了解!」

「白洲了解。付近にワイヤーを設置する」

 

 アズサもすでに人型近界民(ネイバー)との距離を詰め終わっていた。右手にトリオンキューブを出現させ、夥しい数のスパイダーを起動し、メテオラとと共に設置していく。

 

『アズサさんはいつも通りで。ではヒフミさん。まずは少年と近界民(ネイバー)の距離を稼ぎましょう』

 

 

 そんなバタバタした空気とは反対に、三雲修と空閑遊真はのんびりとした空気になっていた。すでに不良は逃げ去り、敵であったバムスターは遊真が瞬殺。煙の中何かが飛んでいった気もするが飛んだ先がボーダーである以上、それは遊真が気にすることではない。

 

「無事かい? メガネ君」

「メガネ君じゃない。修だ」

 

 そう言って、白髪の少年、空閑遊真は三雲修へと歩みだす。

 

 その時だった。

 

「ユーマ」

「?!」

 

 レプリカの警告の直後、遊真は迅速にシールドを張る。

 

 

 ガガガガガン、とまっすぐに飛んできたアステロイドがシールドに激突。しかしその出力は黒トリガーだ。通常弾で削られるようなものではない。

 

 だが、撃った本人の狙いも相手を倒すことではなく相手の注意をひくことであった。

 

「ボーダーです! 近界民(ネイバー)とお見受けします! 投降してください!」

「なっ……!!」

 

 このとき、修の頭は混乱していた。

 

 最初に頭をしめたのは疑問。なぜ、トリガー使い、すなわちボーダー隊員である空閑にボーダー隊員が攻撃を仕掛けたのか。

 

 次に驚き。目の前の少女はボーダーを名乗り、なおかつ空閑のことを近界民(ネイバー)だと断定した。まさか正規隊員が、正規隊員のことを近界民(ネイバー)呼ばわりするはずはない。

 

 3つ目に既知の情報を思い出す。目の前に現れた少女について。彼女はボーダー内でも奇行の目立つことで有名なA級だ。しかし、それで軽んじられることなく、チームの実力は誰しも認めるものだ、

 

「そうだよ。俺は近界民(ネイバー)だ」

 

 だが、そんな修の思考など露知らず、空閑はヒフミの言葉を肯定し、

 

「オサム、今回も先に手を出したのは向こうだよな」

 

 と、物騒なことしか起きなさそうな言葉を修に投げた。

 

「ま、待ってくれ空閑!」

 

 修が慌てて静止するも、これは空閑が売られた喧嘩。先程の攻撃は牽制だったとしてもシールドを張らなければ黒トリガーとはいえ傷を負わされたことは間違いない。

 

弾印(バウンド)二重」

「くる……追尾弾(ハウンド)変化弾(バイパー)、掃射!」

 

 弾丸のような速度で突進する空閑。それを、両脇に構えたトリオンキューブを発射して相対しようとするヒフミ。

 

 変化弾(バイパー)は7つのグループに分けて複雑な無軌道を描きながら空閑の正面を制圧。追尾弾(ハウンド)は左右のグループに分けての発射。

 

 ランク戦で相対する人間に、フルガードを強いるヒフミの数とトリオンの暴力である。

 

 だが、遊真の速さ、盾印(シールド)の頑丈さは異常だ。正面から来る変化弾(バイパー)盾印(シールド)で押しつぶしつつ、左右の追尾弾(ハウンド)は無視。

 

「ブース……」

 

 直後、構えのために伸ばしていた左手が撃ち抜かれる。上空から飛来した追尾弾(ハウンド)によって。

 

 すぐさまレプリカが上空にシールドを張り、雨のような追撃は逃れるがその一撃は痛かった。左手は皮一枚繋がった状態となってしまい、動かすのが困難となる。

 

「なにがあった?」

 

 理解が追いつかず、咄嗟に身を引く遊真。だが、そこに、左右に分かれて放たれていた追尾弾(ハウンド)が襲いかかる。

 

 シールドでそれらを弾きつつ遊真はその攻撃方法を確認する。

 

「単純だ。最初に撃ってきたとき、上空にも打ち上げていたということだ」

「へぇ……面白いことしてくれるじゃん」

 

 正しく単純だった。仕込みは名乗りを上げる前、最初に通常弾を撃ったのと同時に、上空へ追尾弾(ハウンド)を打ち上げていたのだ。

 

「レプリカは奇襲に備えて盾印(シールド)準備しといて。攻撃は俺がやる」

「了解した」

 

 

「仕留められてない……次弾準備します」

『焦らないでくださいね。私達に今必要なのは敵の情報を集めること、そしてこの場に敵を足止めすることです。A級は私達だけではないんですから』

 

 そう言いながらハナコは分析を開始する。交戦開始から現在まで、敵の使用した能力はシールドような盾、グラスホッパーのような跳躍、そして恐らく先程のトリオン兵を倒したときの爆発的な火力。自分たちが8つのトリガーを使っているのだから敵が同じことをやってきてもおかしくはない。

 

 しかし、そう考えても彼女の頭は疑問だった。着眼点はその出力。

 

『敵の最高速度はグラスホッパーの2倍から3倍程度。一対一の機動戦になれば勝ち目はないと思ってください』

 

 玄界のトリガー技術はまだまだ未熟だ。

 

 しかし、その数倍の出力を誇るトリガーを複数種類扱うなどあり得るのだろうか、と。

 

 

「お姉さん、ボーダーって一人で近界民(ネイバー)と戦ってるの?」

「……そうだとしたらなんですか」

 

 喋るべきかどうか、一瞬迷うも時間稼ぎもヒフミの仕事だ。僅かな言葉を彼女は呟く。

 

「ふーん。お姉さん、つまらない嘘つくね」

「え……?」

 

 だが致命的だ。空閑が相手である限り、それは情報を露呈させる行為にほかならない。

 

「レプリカ、響印(エコー)

「了解だ」

 

 ソナーのように音を響かせ、ときに己の音や気配を消し、そして時にはこのように周囲の状況を把握する[[rb:響印 > エコー]。

 

「左手の高い建物の敷地に一人。付近にはそれだけだ」

「サンキュー」

「どっちから行くつもりだ?」

「勿論、まだ見てない方から」

「いいだろう。敵に、我々が探索手段を持っていることを知られる前に叩くのは正解だ」

 

 この間、ずっとヒフミの弾をシールドで相殺しているがまだ余裕がある。ヒフミが炸裂弾(メテオラ)ではなく追尾弾(ハウンド)のみの薄い弾幕しか張っていないからだ。先程のような不意打ちを警戒して攻め気がないことも理由の一つ。

 

「それじゃあ、行きますか。弾印(バウンド)四重」

 

 だから、まずは、まだ見ぬ敵を叩く。発射方向は左手のマンション。

 四重に強化された空閑の速さは正しく弾丸だった。

 

「アズサちゃん!!」

 

 すぐにその狙いにヒフミも気づき、警戒を促す。

 

「私の方なら大丈夫。ワイヤーなら張り終わって」

壁貫(かべぬき)が来ます!! 警戒を』

「っ!?」

 

 ワイヤーを張り終え、罠も設置し、待ち受けるアズサ。

 だが真正面から乗り込んでくる空閑ではない。

 

強印(ブースト)二重」

 

 その要塞のようになっていたマンションを空閑は超速で飛び込み、ワイヤーが繋がっていた壁ごと破壊してマンション内に飛び込んだ。

 

 そして、その速さはそれでもなお、止まることはない。

 

 その速さと威力にアズサは驚く……が、まずは回避だ。

 しかしアズサは、グラスホッパーもなければ回避能力が特別高いわけでもない。このまま行けば飛んでくる空閑に貫かれて緊急脱出(ベイルアウト)だ。

 

 だから、自分が仕掛けたワイヤーで転んで一撃目を避けた。

 

「へぇ」

 

 感心したような空閑の一言。だが、彼には弾印(バウンド)がある。躱されてもその直後に追撃が可能だ。

 

 アズサも敵がグラスホッパーのようなものを使った報告は聞いている。銃から手を離し、両手にトリオンキューブを出現させ至近距離から弾を撃ち尽くし、マンション内に逃げ込む。

 

 だがその程度の弾幕は空閑には通じない。盾印(シールド)でそれらを軽く凌ぎきり、逃げたアズサを追いかける。

 

 追いかけようとしたときだった。

 

 カチリ、と嫌な音が空閑の耳に聞こえてくる。

 

「レプリカ! 盾印(シールド)!」

 

 直後、アズサと空閑が入ったマンションの部屋……だけではなく1階が爆発。そして計算された位置に置かれていた炸裂弾(メテオラ)の誘爆により10階建てのマンションは瞬く間に倒壊したのだった。

 

 しかし、生身ならいざしらず、トリオン体ならばマンションで生き埋めにされた程度で死にはしない。なんなら物理ダメージはほぼ皆無だ。空閑にとっては起爆した炸裂弾(メテオラ)の方が危なかったくらいである。

 

「うわあ……玄界こわ……。ここまでする? アイツラの街だろ?」

「無駄口を叩いているのもいいが……追撃があるぞ」

 

 レプリカの進言にハッと気づく。ゆっくりと、何かが迫ってきていることを彼は知覚する。

 

盾印(シールド)七重(セプタ)!」

 

「誘導炸裂弾(トマホーク)!!」

 

 上空から、先程とは比べ物にならない威力の変化弾(バイパー)、誘導炸裂弾が、崩れたマンションごと、消し飛ばす。弾速を落とし、威力に振り分けたその流星群は、例えボーダー隊員同士のランク戦ならばフルガードでも耐えることが厳しい威力であり、もしも直撃すれば、一撃必殺だ。

 

 だがやはり、彼女たちには経験が足りなかった。黒トリガーとの戦闘という経験が。

 

弾印(バウンド)六重」

 

 今度こそ、空閑が認識できない速さで、飛んできた。

 

「?!」

『アズサちゃん!』

 

 奇跡は二度は訪れない。罠は既に崩壊したマンションの下。アズサの周囲に武器となる罠はない。

 

 逆転の方法は、ない。

 

 白洲アズサ緊急脱出(ベイルアウト)

 

「何がありました!?」

『先程とは速度が段違いでした。恐らく出力はもっと上……。近接戦のコハルさんを最初に落とされたのが痛いですね……』

 

 慌てたヒフミが確認するもそれは、残酷な知らせだった。今までの移動速度がまだまだ本気ではなかったという恐ろしい事実。

 

 そして、ヒフミ一人では、いや、そもそも、アズサと二人だけではここらが限界だったのだろう。

 

「あはは……それじゃあ、最後に足掻いてきます」

『はい。引き続きサポートを』

「いえ、ハナコちゃんは敵の行動分析に全力を注いてください。私が無理でも次に繋ぎます」

 

 だから、ヒフミは生存を諦める。しかし、必ず次に繋げるべくハナコの処理をそちらに割かせる。

 

『……はい、分かりました。ご武運を』

 

 そして、

 

「やぁ、お姉さん、ちょっと振り」

徹甲弾(ギムレット)!」

 

 誘導炸裂弾すら耐え忍んだシールドを警戒し、しかし機動力を考えれば散らして撃ちたい。その妥協案としての徹甲弾。

 

「悪いね」

 

 だが、その程度、本気で攻めに出て、かつ、既に速度が乗っている空閑には無意味だ。

 

 弾印(バウンド)で上空に飛び、さらに弾で加速して落ちてくる空閑をヒフミは捉えられなかった。

 

 阿慈谷ヒフミ緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

「阿慈谷隊がやられた!?」

 

 その報告は衝撃だった。いつものように誘導した(ゲート)から出現したバムスター。それはいい。付近にA級5位である阿慈谷隊がいたのだ。万が一もなく勝てる。間違いなく。

 

 だがその直後、新たな報告が司令部を混乱に陥れた。報告者の浦和ハナコ曰く、未知のトリガーを使う存在、人型近界民(ネイバー)を補足。少年へ近づこうとしたため攻撃を阻止して交戦に発展。

 

 勢いが強すぎた。

 

「浦和隊員の分析によればA級二部隊での対応が最低限必要とのこと!」

「敵能力で現在判明しているのは跳躍、シールド、打撃の強化、探知とのことです」

「なぜ民間人が危険区域に!? 急いで他にもいないか確認を!」

「すぐ近くにいるのは!?」

「駄目です! どの隊もまだ一分はかかります!」

「グラスホッパー持ちだけでも先に行ってはどうだね!?」

「ダメです! 民間人を抱えて離脱されました! カメラでの補足が間に合いません!」

近界民(ネイバー)の外見は白髪に赤目! 身長は141cm、トリオン体は黒を基調にした戦闘服!」

 

 まとめると近界民(ネイバー)との戦闘が終わり、ボーダー側の敗北。戦闘した近界民(ネイバー)は側にいた一般市民を抱えて市民に逃走。

 

 誰が言わなくても大失態である。

 

「これは問題ですぞ……」

 

 根付が頭を抱えるが仕方なし。もしこれが公になればボーダーへの叱責は厳しいものとなるのは誰でもわかる。

 

「公にするわけにも行くまい。今本部にいるA級は周辺市街地を捜索せよ」

 

 即座に決定を下したのは城戸だ。近界民(ネイバー)を逃さず、かつバレないようにするには迅速に事態を収束させるしかない。その点を考えれば妥当な判断だ。そこに口を挟むものはいない。

 

 未来が見えたりしない限り。

 

「はーい、そこまでー。その子は問題ないよ」

 

 司令部の扉をぼんち揚を食べながらS級隊員迅悠一がのんきに入ってくる。

 

「じ、迅!?」

「も、問題ないとはどういうことか!?」 

「そのまんまですよ。彼はボーダーにとって害ある存在じゃない。さっきの戦闘は事故みたいなものです」

 

 ボリボリと音をたてながらそんなことをのたまう迅に他の上層部は、納得できない。してはいけない。

 彼らは万が一の事態を想定しなければならないのだから。

 

「し、しかし近界民(ネイバー)を放置するなど……」

「迅」

「はいはい、城戸さん? 何でしょう」

 

 だが、迅の予知が信用できるのも事実。城戸は、迅の思考を考える。

 

「今、何が見えている?」

「2つ……ですかね。一つはその近界民(ネイバー)は問題ないということ。もう一つはその近界民(ネイバー)とは比べ物にならない大仕事が俺たちに待っているということ」

「なに?」

「市街地に(ゲート)が開きます。ちょっとしばらく忙しくなりますよ」

 

 さらりと、この数年で、少なくとも四年前の大侵攻以降で最悪な事態が迅の口から予告される。

 

 そのことに一番反応したのは鬼怒田だ。

 

「なんだと!? 誘導しているにも関わらずか!? ハッキング対策はミレニアム監修で万全のはずだぞ」

 

 去年、ミレニアムの内紛の際、やってきたミレニア製の通信用トリオン兵。それは確かに誘導を無視して上層部の会議室へと侵入してきた。

 

 しかしそれは、後で聞いてみれば誘導装置に対するハッキングを行っていたとのことで、内紛の長期化に伴うアリスの預かり期間延長の代わりに、システム全面を強化、効率化してもらったのである。

 

 しかし、現実は非情である。

 

「ですね。ちなみに解決方法は明日まで分かりません! なのでその近界民(ネイバー)を追いかけるよりイレギュラー(ゲート)への対処を優先したほうがいいと、俺の副作用がそう言ってます」

 

 そこまで言われて一考しない城戸ではない。逃げた近界民(ネイバー)か、これから現れるイレギュラー(ゲート)か。

 

 その決断は早い。

 

「B級以下はイレギュラー(ゲート)への対処を。A級は二部隊編成でその近界民(ネイバー)を追え」

「もー、城戸さん、その子は問題ないって言ってるじゃない」

「関係ない。近界民(ネイバー)は敵だ。各隊へ通達せよ」

 

 毅然とした園姿にボーダーは落ち着きを取り戻す。

 彼らの戦いはこれからである。

 

 

「イレギュラー(ゲート)?」

「なんでも市街地に(ゲート)が出現するらしいです。参加できる隊員は全員参加とのこと」

 

 場所は変わって錠前隊の隊室。一人の少女がオペ用のデスクに座り、その発言を、そばにおかれた四人の少女が聞いていた。

 

「忙しくなりそうですねぇ……うぅ。せっかく新刊出てたのに……」

「文句は近界民(ネイバー)に言え。それに近界民(ネイバー)を倒せば報酬が手に入る。無駄じゃない」

 

 ヒヨリの文句をサオリが一蹴し、アロナに対して視線で詳細な情報を求める。

 

「B級以上はなるべく市街地のパトロールをするそうです。私達の出番は……あれ?」

「どうしたのアロナ?」

「いえ、皆さんのパトロールが割り振られてないんですよね。むむむ、皆さんだけではなくてA級みんな割り振られていませんね」

 

 アロナがメールをいくら開いてもそこにA級隊員の文字はない。パトロールに割り振られているのはどれもB級部隊だ。

 

「あれ? じゃあ雑誌読んででも……」

「そんな訳ない」

 

 ヒヨリがこんどはミサキに頭を小突くが、それはじゃれ合いの範囲内。

 

「うーんと、うーんと、あ、これですね! たった今A級宛のメールが来ました! 内容は……どひゃぁぁ……!?」

 

 おそらく目的のメールを開いたであろうアロナだが直後部屋に響いたのは彼女の奇声だ。

 感情豊かな彼女であるがそれがふざけていないことは四人には分かる。

 だから、続きを待つのだが……それは衝撃的な報告だった。

 

「阿慈谷隊が遭遇した人型近界民(ネイバー)と交戦、敗北したとのことです、近界民(ネイバー)は市街地へ逃走したそうで」

「なに?」

 

 一番驚いたのはサオリだ。阿慈谷隊の実力はボーダーの中で彼女が一番把握している。そしてその彼女たちを倒したとなると相当な手練であると判断できた。

 

 そしてなにより、その近界民(ネイバー)は市街地に行ったとのこと。

 

 イレギュラー(ゲート)よりもよっぽど緊急性が高い案件だった

 

「たった今A級全隊に通告がありました。阿慈谷隊を撃破した近界民(ネイバー)は市街地へ逃走。二部隊以上で捜索に当たるように、とのことです」

「敵の特徴は?」

「トリオン体は白髪に赤目、全身を黒い戦闘服に包んでいる模様。能力はシールド、グラスホッパー、いずれもボーダーのトリガーよりも強力な出力を誇ります。また、他にも打撃の威力強化、視覚に頼らない探知機能を持っているようです。あと……わぁ!」

「どうしたの? 続きは?」

 

 再度驚きの声を上げるアロナに続きを促すのはアツコ。既にその手にはトリガーが握られておりトリオン体へ移行を開始する。

 

「ハナコさんの分析によると敵のトリガーは黒トリガーだそうです。A級二部隊も納得ですね」

 

 黒トリガー。サラリと告げられたその事実に半ば驚愕し、半ば納得する。確かに黒トリガーならば阿慈谷が負けても違和感はない。驚きはするが。

 

「黒トリガーですか……面倒くさそうですね……」

 

 文句を垂れ流しつつヒヨリもトリガーを起動。ミサキとサオリも、それに続く。

 

 出撃命令は既に出ている。出発はもう数分後だろう。最後にサオリが確認する。

 

「それで、私達はどうしろと? どこかとチームを組むのか? 確か私達以外の上位チームは遠征に出ていたはずだが」

 

 2チーム合同ならばどこかと協力する必要がある。そしてそもそも私達はチームを組むのか、という確認でもある。

 

「いいえ! 勿論単独チームです!」

 

 そして、返ってきた答えはサオリの予想通り(・・・・)単独チーム。

 

「私達は負けません。そうですよね。先生」

 

 デスクに置かれた一枚の写真に手を添えながらアロナは、小さく呟いた。

 

 そこには写真が2つ。一つは現在の錠前隊のもの。

 

 そしてもう一枚。古い写真であり、5人の少女と、一人の大人の男性が笑顔を浮かべていた。写っているメンバーで同じメンバーはアロナとサオリだけだ。

 

「……。そうだな。私達は負けない。錠前隊、捜索を開始する」

 




空閑ゆうま、襲来
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