ワールドトリガー 私達の青春の物語   作:ゴウ・フェトア

8 / 21
「負けた……負けた……? 負けたら……皆が……」


第七話 イレギュラーゲート

「ウワああああん! 終わらないよーーー!」

「お姉ちゃん、静かにして。変な目で見られちゃうでしょ」

「いいじゃん! 学校途中でも(ゲート)発生! 放課後食べてたら(ゲート)発生!」

「ランダムエンカウントですね!」

「アリスちゃん、嬉しそうにしちゃ駄目だよ……」

 

 日付は12月5日金曜日。ボーダーの一部では阿慈谷隊の敗北や、それに伴う近界民(ネイバー)の捜索が開始された頃、花岡隊は三門街を走り回っていた。

 その原因は、昨日から突如として発生し始めた、誘導制御装置の効かないイレギュラー(ゲート)

 中から出てくるのは正規隊員から見れば雑魚が多いとはいえ、市街地に突如出現したそれらに対処できるほどボーダーの人員は多くない。

 

 結論として、B級隊員である彼女たちは市街地のパトロールに駆り出されているのであった。

 

「セイアさん。あとどれくらい続くのー?」

 

 モモイが未来を知りうるセイアに、終わりの時刻を求めて通信を入れる。終わりが見えない労働ほど辛いものはない。そんな悲観的な気持ちから出た問いであったが、

 

『明日には解決手段が見つかる。事態が沈静化するのはその後さらに2日後だ』

 

 セイアは晩ごはんを告げるかのような軽さで告げる。

 

「うぇぇぇ、そんなに……あれ? それだけですか?」

「い、意外と早い……」

 

 当然、もっと長期的なものだと思っていたモモイたちは驚きを隠せない。愚痴のつもりで言った言葉がまさかの事態である。

 だが、早く終わるのであれば好都合。手に持つ重火器を構え直し、彼女たちは気合を入れ直す。

 

『そうだね。だから今日明日は頑張るんだ。終わったらケーキでも奢……?!』

 

 前向きになった彼女たちをモニター越しに見ながらセイアは、しかし、突然黙り込む。

 

「ん、セイアさん? どうかした?」

 

 通信が切れたのかと思ったモモイが呼びかける。が、返事はない。しかし通信機を確認してみても通話は繋がっている状態らしく異常は示されない。

 

 暫くして、再びセイアの声が聞こえてくる。

 

「……君たち、通っている学校の名前は?」

 

 その声はどこか不穏で、暗いものであった。モモイとミドリが声に詰まる程には。

 

「第三中学校……ですけど……」

『急ぎなさい。そこに(ゲート)が開く』

 

 黙ってしまった双子に代わり、ユズが控え気味に答えると、その返答に被せるようにしてセイアから指示が飛ぶ。

 

「えっ……」

「嘘……」

「っ!? アリスちゃん、二人を抱えてついて来て!」

 

 信じられない、という感情が先走り、一瞬動きが止まってしまう。こういうときの司令塔はユズ。瞬時にやるべきことを判断しアリスに指示を飛ばす。

 

「クエスト受注しました!」

 

 そして、命令を下されたアリスの行動は早い。小さな両肩に双子を担ぎ、先に走り出したユズを追いかける。

 

 しかしその時、警報が鳴る。

 

『市街地に(ゲート)が出現します。付近の皆様は……』

 

 同時に、彼女たちの遥か彼方。

 

 彼女たちの通う第三中学校。

 

 そして、彼女の優れた目は見てしまう。未だ視界の中では点でしかないその場所に黒い稲妻が走り、(ゲート)が出現したことを。

 

「間に合わない……! 無事でいて……」

 

 しかし、ここで彼女にできるのは少しでも早く現場に行くことだけだ。

 

 

「終わってる……?」

 

 急いだユズたちが辿り着いたのは全生徒が無事に避難し終えた校庭だった。ピリピリした空気は既に霧散し、校庭にあるのは落ち着いた空気。

 

 そして真ん中では白髮の小柄な少年がまるで劇の様に動きながら大きな声で何事かを話している。

 

「何があった感じ!?」

「誰かが倒した感じ?」

 

 アリスから降ろされたモモイとミドリは情報収集のため話を聞きに行く。都合がいいことに話の中心にいた人物は三雲修と空閑遊真。全員クラスメイトであり双子に躊躇する理由はない。

 

「も、モモイにミドリ……どうしてこんなところに……あ、そうか警報か」

 

 一方で、双子に一番最初に反応したのは遊真の側にいた三雲修だ。正規隊員である彼女たちを見てぎょっとするがそれに気づける才羽姉妹ではない。

 

「おっすおっす! 三雲君無事?」

「ちょっとお姉ちゃん、仕事中でしょ」

 

 友達故にフランクに話しかけるモモイをミドリが諫める。その隙に修が遊真に耳打ちする。

 

「昨日は話さなかったけど。彼女たちはB級の正規隊員だ。空閑なら負けることはないと思うが……戦ったりはしないでくれ。いいな?」

「ほうほう。B級だったか。大丈夫大丈夫。襲われない限りそんなことしないって」

 

 3の口になりながら中心にいた白髪の少年、空閑遊真は彼女たちを見やる。

 

 ぱっと見で、彼女たちにそこまでの実力はない、と空閑の本能がそう告げる。少なくとも先日戦闘した二人(アズサとヒフミ)ほどの胆力は感じない。

 

 それにB級というのも彼からすれば安心に至る情報だった。修によれば前に出たかったのはA級。それよりも下の部隊ならば彼の敵ではない。

 

「空閑……本当に分かって……」

「大丈夫大丈夫、見とけって」

 

 ひっそりと耳打ちする修に遊真はマイペースに返す。そしてすぐに話を待っている双子に大げさに話し始める。

 

「いやぁ、実はですね、オサムが助けてくれたんだよ」

 

「あなたは転校生の空閑くんだよね? ちょっとまってね。レポート書くから」

 

 懐から端末を取り出し、メモ機能を動かすミドリ。一方で隣ではモモイが修をからかっていた。

 

「三雲く〜ん、ほんとに倒したの〜?」

「そ、それは……まぁ……」

 

 疑う者がいれば例え副作用(サイドエフェクト)など無くても看破できそうな修の誤魔化しだが、モモイはそれほど鋭くはない。

 それにそもそも、モモイ自身、修がモールモッドを倒したことに対して懐疑的な心情を持ち合わせていない。あるのは素直に驚きだ。

 

 からかう口調だが、一対一で、しかも訓練用トリガーでモールモッドに勝てる実力を彼女は有していない(別に彼女に限った話ではないが)。

 

 故にビクビク震えている修と目を輝かせて追求するモモイという状態になっていた。

 

 しかし、それをユズの目は見逃さない。

 

 不自然な瞬きの増加、しきりに動く目線、ボーダー隊員たちが接触する前に行った耳打ち、何れも彼女の持つ副作用(サイドエフェクト)『強化動体視力』が見逃すことなどありえない。

 少なくとも、何か異常なことが起こったとユズが判断するには十分だった。

 

「アリスちゃん、周囲のトリオン反応を探知してもらえる? 残滓でもなんでもいいから。わかったらこっそり教えて」

「了解しました!」

 

 命令を受け、アリスは混乱する学校へそそくさと侵入していく。

 

 それを見送ってユズは再び校庭へと視線を戻すのであった。

 

 

「オサムはひらりと身をかわすと素早く相手の背後を取って一刀両断! 返す刀でもう一匹を串刺しに!」

「おおお! やるじゃん三雲君!」

 

 ミドリがセイアへの報告と、本部への報告用のレポートを書き終えた、ちょうどその頃。新たに3人のボーダー隊員がやってくる。

 

「これは……もう終わっている? どうなってるんだ……!?」

 

 やってきたのは嵐山隊。隊長の嵐山が木虎、時枝の二名を連れて第三中学校の土地を踏む。

 

 だが、先に到着した花岡隊と同じく、彼らを支配するのは驚きだ。

 そして、視界に映る唯一の正規隊員であるユズたちへと距離を詰める。

 

「A級の嵐山隊だ。近界民(ネイバー)を倒してくれたのは君たちか?」

「び、B級のは、花岡隊、です……。私達が来たとかにはもうげ、撃破されてました。た、倒したのは彼だそうです……」

「ふむ? 君は?」

 

 人見知りを発動しながらもなんとか件の三雲修を指差す。

 

「……C級隊員の三雲修です。他の隊員を待っていては間に合わないと思ったので……自分の判断でやりました」

 

 モモイにいじられていたときとは別の恐れが修を襲う。怒られることを覚悟して、彼は一歩、嵐山へと進む。

 

 だが、嵐山は、規定よりも大事なものがある人間だ。

 

「そうだったのか! よくやってくれた!」

 

 バンバンと修の肩を叩きながら、満面の笑みで嵐山は修の行動を褒め称える。叱る言葉が来ると思っていた修は毒気を抜かれた顔だ。

 

「ユズ、ユズ、調査終了です」

「なにか分かった?」

 

 そんな一段落した傍らで、アリスが現場検証から戻ってくる。

 

「破壊されたトリオン兵は彼のトリガーで倒されていることが確認されました」

「ホントだったんだ……」

 

 信じていなかったわけではない……が、訓練用トリガーでた倒すというのは偉業と言って間違いない。少なくともこの場でできるのは副作用(サイドエフェクト)が有利に働くユズや、万能手の中でもトップクラスの嵐山くらいだ。攻撃手の上位陣ならばできるのだろうが……C級ができたと言って素直に信じることができる情報ではない。

 

 だが、アリスの情報はそれだけではなかったようで、続けて彼女は口を開いた。

 

「あと、トリオン反応についてですが、そこの」

 

 しかし、その情報がユズに伝わる前に、再び、学校上空にイレギュラー(ゲート)が開く。

 

「なっ……!?」

「あれは……」

 

 それは誰の驚きの声だったのか。

 

 突如として現れたのは爆撃用トリオン兵イルガー。上空をゆったりと浮遊しながら向かうのは市街地。

 

 この場のボーダー隊員は誰もそれが爆撃用トリオン兵だとは知らない……が、やるべきことは変わらなかった。

 

『アリス』

「はい!」

 

 セイアの呼びかけ。それにアリスがすぐさま答える。

 

 構えるのはアイビス。当然ながら本来の彼女の武装ではなくボーダー支給のものだが、その銃はトリオン量が多ければ多いほど高火力を出す優れもの。

 

 そして、アリスのトリオン量は多い。もともと戦闘用トリオン兵だったこともありその総量は通常のボーダー隊員とは比較にならない。

 

 結果として、

 

「光よ!!」

 

 そんな掛け声と共に彼女のアイビスが火を吹き、一瞬にしてイルガーの腹部に巨大な風穴を開ける。

 

「ボーダーもやるなぁ」

「これが……正規隊員……」

 

 空に登る光の柱を見て遊真はその威力にボーダーの戦闘力の見積もりを数段上げ、修は正規隊員の印象を塗り替える。

 

「だが、まだ活動している。このままでは街に落ちるぞ」

 

 自爆機能すら、既に残っているかは怪しいがそれでもイルガーは落下を止めない。落ちるだけでもイルガーの巨体なら被害は大きいだろう。

 

「あれ? まだ止まっていません!」

「あ、アリスちゃん! もう一発打てる?」

 

 慌てる花岡隊の面々。しかし、そこにセイアが待ったをかけた。

 

『もう十分だ。あとは』

 

 直後、イルガーの体が遠方からの狙撃に貫かれる。一発ではない。複数の通常弾(アステロイド)が的確にイルガーの体を貫き体を分解していく。

 

 そして、空中で残骸に成り果てたイルガーを地上からの炸裂弾(メテオラ)が更に破壊していく。

 

『錠前隊だ。彼女たちなら万に一つもない』

「なら安心だね……」

「ですね!」

 

 自体の収束を見て安心する花岡隊(ユズとアリス)。

 

「ボーダーってみんなこんななのか……」

「昨日のトリガー使いといい、連携がどのチームも上手い。徹底的に訓練されているのだろう」

 

 ボーダーの戦力に感心する遊真とレプリカ。

 

「これが……正規隊員……」

 

 正規隊員との実力の違いを知り、縮こまる修。

 

「副! 佐補!」

 

 守るべき者を見つけた嵐山。

 

「いいじゃん! 被害がなかったんだから! 木虎のわからず屋!」

「結果良ければ全て良し、というわけには行かないのよ!」

 

 規定違反について言い争う木虎と才羽姉妹。

 

「ユズ、あの白い髪の少年、トリオン体です。ボーダー未承認です」

『こちら佐取。嵐山さん、そこに昨日阿慈谷隊と戦ったと思われる近界民(ネイバー)がいますがぁ、どうしましょう?』

 

 そして、アリスと佐取が自分たちの隊のリーダーへと進言した。

 

 直後、ユズは空閑の口を見る。

 

(……!? 口と発音が一致していない……!)

 

 そして、その優れた動体視力は空閑遊真の口と発音が一致しないことを即座に見破る。

 

 しかし、ここは民間人が多すぎた。

 

「ここじゃ無理……。嵐山隊がいるとしても、民間人を守りきれない」

「アリス、了解です」

 

 そして、嵐山隊も空閑遊真の姿を目で捉え……、しかし同じ結論に達したのだろう。

 

「うーん、そうだな。少なくともここで戦うことはできないね。他の隊員に連絡して追跡するに留めよう」

『佐取了解!』

 

 戦闘は起こらなかった。

 

 しかし、事態は水面下で次々に動き出していた。

 

 

 

 

 

「へぇー、副作用(サイドエフェクト)っていうのか」

「そうそう。俺は人の嘘が分かるんだ。他にはそうだな……目を閉じてる間だけ耳がいいやつとかいたな」

 

 12月5日深夜。レプリカを通じて修と遊真は雑談に花を咲かせていた。

 こちらの世界に来てはや2日。修と遊真の関係は良好以上だ。話は幾つも弾み、副作用(サイドエフェクト)近界(ネイバーフッド)、そして彼の今までの経験など語る話の種は尽きない。

 そんな中、その来客に先に気づいたのは遊真だった。

 

「ん? なぁ、レプリカ。あの光ってるのはなんだ?」

 

 彼が指さしたのは遠くから近づいてくる淡い、青い光。ボヤケているせいで形をはっきり捉えることはできないがゆっくりとこちらに近づいてきているのが分かる。

 

「人だな。何か発光する被り物を被っているのだろう」

『光る被り物? ヘルメットか……? こっちの世界にはヘルメットっていう装備がある。頭を守るためのものだ」

「ほぉ〜、面白いな」

『面白い?』

「いや、トリガー使えるならヘルメットなんかいらないからさ」

「そうだな。一般のトリオン体ならばトリガー以外の物質で傷つけられることがない」

『トリガーって便利なんだな……』

 

 未だ理解しきれていないトリオンの力に感心する修……であったがここでふと思い至る。「ヘルメットを被る人がいる場所とはなんだ?」と。

 

『空閑、お前、今どこにいるんだ?』

「どこって、学校だけど」

『なんでそんなところに……』

「レプリカがイレギュラー(ゲート)に心当たりがあるって言うからさ、その調査ってわけ。分かったらオサムにも教え……ん?」

『それは助かるが……どうかしたのか?』

「さっきの人、こっちに来てるな。レプリカ」

「うむ……。確認した。目の前の人物からトリオン反応を検知した」

『トリオン反応ってことは……』

「修のボーダーかな』

 

 即断即決。遊真もトリオン体に換装し襲撃に備える。敵がトリオン体ならばこちらもトリオン体になって備えるのは当然だ。

 

『なっ……空閑! 逃げるんだ!』

「逃げてもいいけど……多分これ偶然じゃなくて、もう補足されてると思う。じゃないとこんな時間に来ないだろ」

『そ、そんな……』

 

 青白い光は近づいてくる。そして、その光源で遊真は相手の姿を捉えた。

 黒の長髪に臍を出しているのが特徴的な戦闘服の、修や遊真よりは2.3年上の少女。

 

 右手に持つのは銃。アサルトライフルに分類されるそれは淡い光を帯びて不気味に光っていた。

 

 そして、最も目を引くのは……天使の輪のように頭上に展開される光源だった。

 十字架を2つ合わせたような、その奇妙なオブジェクトは何かに支えられることもなく彼女……錠前サオリの頭上で光り輝いていた。

 

「こちら錠前。近界民(ネイバー)を発見。命令通り排除を開始する」

 

 サオリの声が、遊真の耳にも届く。ダメ元で遊真は話しかけてみる。

 

「話し合いの余地は?」

「ない。あると思っているのか?」

 

 適当に返されて、戦闘開始……そう思っていた遊真だったが彼の副作用(サイドエフェクト)が反応する。

 

「ふーん……お姉さん、つまらない嘘つくね」

「……何を言っている?」

「トリガー解除、これでいい?」

 

 黒いトリオン体を消し、遊真は相対する少女に対話を試みる。勿論一瞬あれば換装できるため遊真にとってそこまでのふりには働かない。

 一方でサオリは警戒を高める。銃口を遊真に向けるが……生身の相手に撃つほど彼女は人を捨てていない。

 だが、トリガー解除が偽装の可能性もある。警戒は解かないまま、彼女は話し合いに乗ることにした。

 

「何が狙いだ?」

「俺の名前は空閑遊真。お姉さんの名前は?」

「空閑……?!」

 

 その、遊真の自己紹介が決め手だった。仲間に警戒継続、手出無用の2つのサインを送り、サオリは目の前の近界民(ネイバー)がとの話し合いに応じることを決めた。

 

「姓は錠前。名前はサオリ。ボーダーの者だ」

『ちょっとリーダー、何素直に名乗ってるのさ』

『そそそそうですよ。名前が分かったら相手を殺せる能力もあるかもしれませんし……』

『流石にそんな概念攻撃は黒トリガーでも無理だと思うよ……』

『ま、待ってください! 空閑ってことは……』

 

 通信の中でサオリの行動が理解できなかった二人は騒ぎ、サオリを信頼する一人は事態を静観し、空閑の名前を知るものは戸惑いを顕にする。

 

 なにせ、アロナとサオリがその名前を聞いたのは5年以上も前のことだ。通信の声を無視して彼は遊真に話しかける。

 

「空閑と……言ったな?」

「そうだけど」

「親の名前……父親だ。父親の名前を言ってみろ」

「空閑有吾だけど……?」

『ぴょえっ!? やっぱりそういうことなんですか!?』

「そうか……。聞け、こいつは敵じゃない」

「はーい」

『了解』

 

 アロナとアツコだけが即座に従い返事をするが、事情がわからないミサキとヒヨリは納得する訳にはいかない。

 

『ちょっとリーダー、説明して。納得いかない』

「こいつの親はボーダーの人間だ。それも旧ボーダー時代のな。私も直接会ったことはなくて、話でしか聞いたことがないが」

 

 ミサキが噛み付いてくるがサオリが知っていた情報を開示する。それは数年前より恩師に聞いた元ボーダー関係者の話。

 

「およ? なんか聞いてた話と違う……」

 

 サオリの発言しか聞けていない空閑だが、彼もまた、自分の知っている情報との相違を知る。

 

「空閑遊真。貴殿に確認させてほしいことがいくつかある。聞いてもいいか?」

「なんなりと。おれも状況がよく分かってないんだよね」

「助かる。ではまず貴殿がこちらの世界に来た理由を知りたい」

「親父の知り合いに会いに来た」

「名前は?」

「最上宗一」

 

 その名前に、サオリは反応してしまう。唇を噛み締めながら、しかし、伝えなければいけないと判断し、彼女の知る情報を彼に渡す。

 

「残念だが……彼は5年前に死んでいる」

「……そうか」

 

 嘘はない。遊真の副作用(サイドエフェクト)がそれを事実として受け止める。

 

「私よりも彼について詳しい人がいる。話を聞きに行くよう手配することもできるが……勿論相手の許可が降りたらだが、どうだ?」

 

 頭に林道の顔を思い浮かべながら彼女は遊真に提案する。既に彼女に戦意はない。

 それに、嘘がなく自らの目的に近づきやすくなる道ができたのならば利用しない手はない。

 

「そうだな……。今の用事が終わったら向かうよ」

 

 遊真は同意する。己の父を蘇らせるために。

 

「用事?」

「イレギュラー(ゲート)だっけ? それの心当たりがあるからさ。その原因調査」

「なに……?」

 

 自分たちの理になる行動をしていてくれたことに驚きを隠せないサオリだったがそこに、暗闇に紛れてレプリカも遊真の袖から現れて口添えする。

 

「解決できるとは限らないがな」

「あなたは?」

「俺のお目付け役だ。名前はレプリカ」

「よろしく頼む」

「あ、ああ。よろしく……」

 

 流石に見たこともないトリオン兵(?)に動揺しつつも話し合いの邪魔にならないのであれば問題ない。それに何より、サオリには聴き逃がせない情報があった。そちらの追求を優先せざるを得ない。

 

「いや、それよりもイレギュラー(ゲート)の原因が?」

「恐らくは、だが。分かり次第ボーダーの人間に伝えるつもりではあった」

「恩に着る。ならば何かしら通信手段はあるか? なければこちらから貸し出すが」

「それなら問題ないよ。レプリカ」

「心得た」

 

 遊真の意図をすぐに読み取り、レプリカは修へやったように自陣の体を分割しサオリの元へ行かせる。彼女もそれが通信手段となると把握したのだろう。ポケットに誘導すると再び遊真を見据える。

 

「どちらからでも話しかけてくれれば話を繋ぐことができる」

「なるほど、了解した。何か手伝えるなら手伝うが……手は足りているか?」

「いや、こっちは大丈夫。それよりもボーダーにこれ以上襲われないように話を通してくれると助かる」

「確約はできないが……出来る限り取り計らおう」

 

 それもそうだとサオリは承諾する。が、そのサオリの行動に遊真は近界(ネイバーフッド)との差異を実感する。

 

「ん? 黒トリガー使いでもそんなに発言力がないのか?」

「残念ながら、こちらの世界で黒トリガー使いはそんなに優遇されていない」

「大変だな」

「まあ、な。それではまた。最上さんの話を知っている人にも話は通しておく」

「よろしくお願いします」

 

 ペコリとお辞儀をして遊真はサオリを見送る。ザッザッと足音が遠ざかっていくのだが……、不意にそれが止まる。

 

「そうだ、最後に一ついいか?」

「何?」

「有吾さんは……どうなった?」

「死んだよ」

 

 嘘をつく理由もない。彼はあっさりとその事実を告げた。

 

「そうか……。無遠慮に聞いてすまない」

「別にいいよ。3年も前だし」

「そうか……。では、また」

 

 そして今度こそ、サオリは彼らの視界から消えた。

 

『ちょっとリーダー! どういうつもり?』

『そそそうですよ。何か騙されてるんじゃないですか? 相手が心を読める副作用(サイドエフェクト)とか、記憶を読める副作用(サイドエフェクト)を持ってたらどうするんですか!』

『二人とも落ち着いて。考えなしにこんなことするサっちゃんじゃない。そうでしょ?』

「そうだな。ヒヨリの言う通りだ」

『ちょっと? サっちゃん?』

 

 サオリだって遊真の発言に確信があるわけではなかった。故に、保留にした。

 

「アロナ。どうだった?」

 

 サオリがアロナへ確認する。それは保険。遊真の話が、本当かどうかを判断するための情報をサオリは求めていた。

 そして、その期待にアロナは応えてみせる。

 

『彼の装着しているトリガーは有吾さんのトリオン反応と一致します。彼が遊真君に自身を黒トリガーとして授けたか、有吾さんが授けた相手を殺したかの二択ですね』

「だが黒トリガーは奪ったから使えると言ったものでもない。ならば託されたと考えるのが自然だ」

 

 黒トリガーの特異性として、『万人に使えるものではない』というものがある。風刃のように例外こそあるが基本的にはかなり確率が低い。

 

『そうかもしれないけどさぁ……』

「それに……」

 

 しかし、それでも納得しない様子のミサキに、サオリは本音を告げる。

 

「有吾さんは先生の親友だった。彼の子供に手を出すようなことはしたくない」

『それ言われちゃうと……』

 

 沈黙が通信を支配する。それを同意と見なし、サオリはその隙に通信端末を取り出した。

 

 開くのは電話帳。少ない登録番号から彼女は目的の人物を見つけ、通話ボタンを押す。

 

「……もしもし、林道支部長? サオリだが……」

『よーう、サオリ嬢! こんな時間にどうした? いつでも戻ってきていいんだぞ? 勿論チームみんなで来てくれるなら大歓迎だ』

 

 ワイワイと、背後で子供の叫び声や誰かが怒る叫び声をBGMにその相手は出た。彼が軽口を叩くのはいつものことであり、それを流すのもいつものことだった。

 

「黒トリガーの配分を考えるとそんなわけには行かないと何度も言っているだろう。そうではなく聞きたいことがある」

『なんだ?』

「空閑有吾のことを知っているよな?」

『また懐かしい名前だな。勿論知ってる。どうした?』

 

 サオリからその名前が出るのは予想外の林藤である。即ち、予想外の事態が、なにか起こっていると彼が判断するには十分だった。

 

「彼の息子を名乗る人物がいた」

『……なんだって?? いや、しかし彼は随分前に近界(ネイバーフッド)に……』

「今A級に討伐司令が出されている近界民(ネイバー)が彼の息子だ」

『はぁぁぁぁ!?』

 

 そして、事態が、とても深刻に悪い方向に動いていたことを知ることとなる。

 

「後で連絡する予定だが……場所を伝えてもいいか?」

『勿論だ! そうか……そうか……有吾さんの……いや、まずは城戸司令に掛け合って……』

「林藤さんは……この話本当だと思うか?」

 

 一瞬にしてやるべきことを大量に頭の中にリストアップしていく林藤をサオリの一言が止める。これもまた、サオリが確認したい情報の一つだった。

 

『あ、ああ。すまない。思うね。その名前を知ってるのはごく僅かだ。嘘をつくメリットが少なすぎる。サオリ嬢じゃなく他の戦闘員なら誰も知らなかったさ』

「そうか。分かった。ではな」

『あ、ちょっ、待て! 今度ご飯でも食べに』

 

 要件を済ませれば既に用済みとばかりに、サオリは通話を切る。そこに躊躇はない。

 そして、通話を聞いていた他のメンバーもこれ以上反対することはなかった。

 

「と、言うわけだ」

『うん……まぁ……話はわかったけどさ……』

「なら従え。これ以上彼と話がこじれても困る」

『は、はぃぃ!』

『了解、リーダー』

『了解』

『はーい!』

 

 錠前隊、戦闘突入前に撤退。

 

 

 翌日、12月6日。遊真という近界民(ネイバー)がボーダーと初めて衝突してからはや2日。

 

「この錠前隊からの報告ですが……」

 

 上層部の集まる会議室では城戸派の面々が頭を抱えていた。

 昨日の深夜に作成され、本日の明け方に提出されたそれは近界民(ネイバー)がボーダー関係者の近親者であることを告げていた。

 まだ捉えていないが……これからも捉えようとするべきかは判断に迷うというのが大半だ。

 

 一方で、リーダーである城戸はその思考はすでに終わっていた。

 

「関係ない。ボーダー隊員で無い者がこの世界でトリガーを使うことを我々は認めない」

 

 選ばれたのは継戦。彼にとって、近界民(ネイバー)はどのような出自であろうと近界民(ネイバー)であった。

 

 近界民(ネイバー)は、敵だ。

 

 城戸の決定に反対するほどの理由を持つものはいない。彼らだってボーダーの管轄外に黒トリガーが存在するのは看過し難いのだ。

 

 だがそうなると、重要なのは手段。どのようにして黒トリガーを強奪するか。

 

「しかし、この報告によりますと錠前隊はもう戦う気がないようだぞ」

「もとより彼女らは忍田派。敵対する近界民(ネイバー)が好戦的であれば戦闘もしてくれただろうが……」

「恩師の知り合いの息子。少々遠くは思うが積極的に倒しに行く対象とはならないでしょうな」

 

 鬼怒田、唐沢、根付がそれぞれ所管を告げる。しかし、錠前隊は現在のボーダーにとって最後の砦に等しかった。

 

 阿慈谷隊は敗走、錠前隊は戦意喪失。他の部隊で、阿慈谷隊以上の隊か、A級チーム2つの合同チームを結成するのは至難であった。

 

「三輪隊か?」

「戦力に不安はあるが……仕方ない。彼らに指示を」

 

 出そうとしたその時だった。

 

「はいはーい! 実力派エリート迅でーす! 皆さん揃ってて丁度いい!」

 

 遠慮の欠片もなく一人の青年が部屋に入ってくる。

 

「迅、勝手に入ってくるな。今は」

 

 そう言って、迅を止めようとした鬼怒田に、彼は右手に持っていた物体を無造作に投げ渡す。

 

「イレギュラー(ゲート)の原因が特定されました。鬼怒田さん、はいこれ。解析してレーダーに映るようにしておいて。根付さんはテレビ出て。これ人手が欲しいから。唐沢さんは言わなくてもわかるかな」

 

 次々と指示を出していく迅だったが、対応する大人も行動が早い。鬼怒田は即座に席を立つとエンジニアチームに連絡しながら急ぎ足で部屋を出る。

 

 だが、その行動に対して、城戸は目を細めて迅を睨む。

 

「なにを勝手な……」

「ちなみにね、このトリオン兵どうやら数千単位でいるっぽいよ」

 

 文句の一つでも言おうとしたところに爆弾が落とされる。数千の敵兵など即座に行動せねばすぐに解決不能に至るのは想像に難くない。

 

「……」

 

 城戸司令は黙る。解決手段が見つからない一方ですでに危険がないと報告された近界民(ネイバー)と、解決手段が提示され即座に対応しないといけない数千のトリオン兵。

 

 どちらに対応するべきかは明白だった。

 

「……全隊員に連絡せよ。これよりイレギュラー(ゲート)への対応を始める」

「さっすが城戸司令。話が分かる人は好きだよ」

「誤解するな。イレギュラー(ゲート)への対処が終われば次はその黒トリガーだ。精々見張っておけ」

 

 最後の抵抗とはがりにそう言い捨てて、彼は迅から視線を逸らす。

 

「全く、強情なんだから」

 

 その様子を迅は楽しそうに眺めていた。




アズサ発狂中
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。