ボーダー本部。救護室と呼ばれる部屋で白洲アズサは目を覚ます。
「ん……ここは?」
動こうとした彼女だがそれは叶わなかった。なぜならば腕には点滴が繋がれ、自由には動かせなくなっていたからだ。
「?」
周囲を確認しようにも部屋は薄暗くぱっと見で得られる情報は少ない。仕方がないので点滴が外れないように気をつけながら彼女は立ち上がり部屋の外へ歩き出す。
だが、そこで服装も自分の記憶と異なることに気づく。覚えているのは学校の制服であったはずだが今の彼女は、薄い病院着だ。流石にこれで歩き回る訳にはいかない。
幸い、近くに彼女のものと思われる私服が、まとめられていたのでそれを着用することにする。
「今は……何時だ? 誰もいないのか?」
部屋を出て廊下の時計を探して確認すると、時間は夜の九時。一方でアズサが自身の記憶を遡ると白髪の近界民との戦闘が最後の記憶となっていた。
戦闘していたのが12月4日の夕方だったことを思えばこの数時間の記憶がないことになる。
「トリガーは……ある……換装しておくべきか……?」
自身が取り逃した敵がボーダーに侵入してしまった、という可能性が彼女の頭に駆け巡る。もしそれが現実であればいつ襲撃をかけられてもおかしくはない。
それに彼女は、正規隊員。トリガーを使うことに躊躇いはない。
「トリガー起動」
オペレーターによる視覚支援は無いが、体に力が入るのを実感する。どうやらアズサ自身が思っていたよりも体は疲弊していたようだと把握し、
「何をしているのです!!」
そんな怒声が彼女にかけられた。
「あなたは……蒼森さん」
「ええ、ええ。蒼森ミネと申します。こうして話すのは初めてですね。そして、あなたの救護を担当しております」
「私の?」
言われて先程の点滴や病院着が頭に思い浮かぶが、結局彼女の言う救護の対象に自分がなっていることへの理解が繋がらない。
「言い訳は無用です。今すぐに換装を解いて部屋に戻るのです。従わないというのであれば……」
彼女は、手に持つトリガーを掲げる。暗に実力を行使すると言っているのがアズサにも伝わるがアズサに抵抗の意志はない。
「ちょっとまってくれ、理解が追いつかないんだ。それに隊員どうしの模擬戦以外の戦闘は禁止されているはず……」
「関係ありません! 救護が必要な場に救護を! それが私達救護団のモットーですので!」
トリガー起動。その一言とともに彼女の手元には銃とレイガストが展開される。ランク戦はチームを組んでいないために参加しない彼女だが、レイガストの扱いだけで見ればアタッカーの村上鋼に勝るとも劣らないと評されている女傑だ。
まずい、とアズサは思う。話が通じない……のは彼女の平常運転ではあるのだが、アズサはどうするべきかを考える。
戦闘をするのは良くない。当たり前だ。トリオン体同士で戦えば下手をすれば周囲に人死が出る。だが一方でこのままだと攻撃されるのは目に見えている。
「ちょっと待ってください!!」
「待って! 待って団長!」
だが、ミネがスラスターを起動する前に声がかかる。声の主は二人ともミネの背後からやってきた。
「あ、やっぱりトリガー使ってる! いけませんって! 彼女は、病人なんですよ!」
「彼女を見つけたら連絡してくださいといましたよね! なんで戦闘しようとしているんですか!」
アズサは現れた彼女たちのことを知っていた。
鷲見セリナと朝顔ハナエ。トリガーを用いて戦闘をするのではなく、トリガーを用いて救護に徹する、ミネと同じ救護団の少女たちだった。
[newpage]
「今日が……日曜日?」
ミネの暴走をなんとか抑え、落ち着いた話し合いの場をセッティングされたアズサであったが、齎された情報に驚愕を隠せない。
日付は12月8日、日曜日。アズサが白髪の近界民に敗北してすでに4日が経過していることになる。
「はい、あなたは四日前から今日まで寝ておりました」
ミネがアズサにお茶を入れながら説明をしていく。
それによるとどうやら緊急脱出してきたアズサが倒れヒフミやハナコによって運ばれてきたとのことだ。
「原因としてはそうですね……。近界民に敗北した、という心理的な負担が強かったのでしょう」
言われて納得する。当時どう思っていたのかは彼女自身分からないが、近界民に敗北したのが原因ならば理解できる。
彼女にとって近界民に敗北することはあってはならないことだからだ。
「なるほど。状況はわかった。それで、近界民の方はどうなったんだ? 今のところボーダーは無事みたいだが……」
「そのことでしたら問題なかった、とだけ。少々上の方で揉めているようですが詳しいことはハナコさんなら把握していることでしょう」
それだけいうと彼女は、立ち上がる。
「受け答えははっきりしているようですし問題なさそうですね。我々は救護を終わりたいと思います。また何かあればご連絡を」
「あ、ああ……ありがとうございました」
「ではではお大事に!」
「相談ならいつでも伺いますからね!」
嵐のような女性達が、嵐のように去っていく。
残されたのは湯気を立てる温かいお茶とアズサだけであった。
[newpage]
「セリナ、アズサさんには一日一度はコンタクトを取ってください。身体面はトリオン体でなんとかなっているようですが、まだ精神面に揺らぎが見受けられます。ハナエは引き続き情報収集を。特に上層部の動きには警戒してください。なにかことが起こるかもしれません」
「「了解!!」」
[newpage]
「ただい……ま?」
アズサが阿慈谷隊の部屋に戻るとそこには疲れ切った顔のヒフミとコハル、ハナコがこたつに倒れ伏していた。
しかしアズサが部屋に入った途端ガバリと顔を上げて飛び上がる。
「アズサちゃん!? もう大丈夫なんですか!?」
真っ先に飛びついてきたのはヒフミ。思わず、といった勢いで彼女に飛びつきそうになるが相手が病み上がりであることを直前で思い出し優しく抱きしめるに留めた。
「すまない。もう大丈夫だ」
「ほんとうに? 無理をしてはいけませんよ?」
「うん、大丈夫。もう動ける」
アズサも抱擁を返して、そして体を離す。同時にコタツにいたコハルからも声がかかる。
「ア、アズサが大丈夫っていうなら……。あ、なにか食べたいものある?」
「お粥がいい。まだあんまり食べる気にはならないんだ」
「あ、そう……? わかったわ」
そしてそのままコタツに再び倒れ伏す。かなりの疲労が溜まっているらしいことがアズサにも見て取れる。
「心配をかけた。ところで、何があったんだ?」
「誘導装置の効かない門が市街地に発生してまして……その対処に追われていたところです」
「市街地に? 大丈夫だったのか?」
聞いてサラリとハナコの口から伝えられたのは予想外の非常事態。驚きに目を見開くアズサだったがハナコが補足する。
「はい。滞りなく事態は収束しました。それに錠前さんによるとアズサちゃんたちと戦った近界民が解決に貢献してくれたようです。人生何があるか分かりませんね」
「そう……か。味方だったのなら申し訳ないことをしたな……」
伝えられる密度の濃い情報をぎりぎり処理しきると、次にアズサの心に湧いたのは罪悪感だ。話のとおりであれば自分たちは善良な近界民に手を出してしまったことになる。
今回は事なきを得たようだがもし敵対していたら、と彼女は考えてしまう。
だが、その様子を感じ取ったのだろう。ハナコが口を開く。
「あのときはあれが最善でした。それに黒トリガーが突如として襲来するという事態を経験できたのです。いい糧になったと思いましょう」
「そうです! それにまだこっちの世界にいるらしいですしお話とか聞けるかもしれませんよ!」
「そうだな……。それに謝罪も許されるならしたい。その近界民はどこに?」
「サオリさんによれば第三中学校に通っているそうですよ。明日になれば平日ですので、そこに行けば会えるかと」
「……中学校?」
[newpage]
12月9日。月曜日。
「空閑君! 今日はうち来ない?!」
「ゲームたくさんあるよ! とりあえずやってみよ!」
「そうです! まずは触ることが大事です! アリスもそうやって沼に沈みました!」
「ほうほう? ゲームですと? 是非是非やってみたいですな」
それは第三中学校の校門近く。今から帰ろうとしている様子の学生たちが楽しそうに話している。
話の中心にいるのは空閑遊真。先日玄界と呼ばれるこの世界に来たばかりであり、クラスメイトのモモイや、ミドリ、アリスの話す遊びには興味深々だ。
一方で、その様子をすぐ側で強張った顔で見ている男女もいた。
「どうしてこんなことに……?」
三雲修。彼の心労は留まるところを知らない。
三雲に関しては自身が見張っていた(と本人は思っている)近界民の存在がすでにボーダーには認知されていたこと、そしてそれを知った上でボーダー隊員であるモモイたちが一日中べったり引っ付いているのだ。ヒヤヒヤもする。
「わ、私達がボーダーから監視任務を受けたから……」
一方でその返答をしたのは花岡ユズ。彼女の心労もまた、計り知れない。
ボーダーから下されたのはクラスメイトとして空閑遊真を見張れと忍田から言われたものの、その距離感を掴みかねていた。
それに彼女はもとより人間関係に強くない。三雲修が人畜無害というのはクラスメイトの共通認識であり、彼に対しては忌避感はないものの、空閑遊真は別だ。心を許せるような出来事もなく、赤の他人だ。その見張りを任されたユズの心労は積み重なり続けている。
だが、そんな気苦労二人組とは別にモモイたちは楽観そのものだった。
「近界民にもいい子がいるっていうのはアリスちゃんが証明してるもんね!」
「ふむふむ? アリスも近界民なのか?」
「はい! 機体名AL-1S。天童アリスです!」
「ほう? 機体名?」
「トリオン兵か。これほどまで人に近づけているのは珍しい」
ニュッ、と遊真の袖から小さく黒いトリオン体、レプリカが興味に釣られて顔を覗かせる。
「わわっ、何かでできた?!」
「こ、こんにちわ?」
「こんにちわ。私の名前はレプリカ。ユーマのお目付け役だ」
「才羽モモイです!」
「才羽ミドリです!」
才羽姉妹が驚きつつも挨拶を返すとレプリカも返事を返す。
だが、そんな何気ないやり取りもユズの顔を青くするには十分だった。
「あ……い、一応報告とかしなきゃいけないからあんまり変なこと言ったりしないでね……。できるなら危険じゃないって報告にしたいし……」
「承った」
ユズがことなかれ主義……というわけではない。だが、自分が報告する情報によって上層部が大参議になる未来が見えてしまい(副作用ではなく比喩的な意味で)頭を抱えているのである。
それに、ボーダーに仇なす存在ではないとセイアに保証されていることも彼女の心の罪悪感を加速させていた。すでにレプリカのことを見てしまったのでその報告も必要とされるだろう。
そんな様子を副作用含めた経験で感じ取ったのだろう。自身に敵意がないことを踏まえた上で警告を発する。
「ふむ、なんか勝手に信用してくれてるみたいだけど俺が悪いやつだったらどうするわけ?」
「あ、あなたがボーダーに味方するのは知ってるから……。それにモモイやミドリの話に付き合ってくれてるし……」
「ボーダーに味方?」
「あ、うん……気にしないで……いざとなったらなんとかなるし……」
やはり、嘘はない。だが、なぜ自分がボーダーに味方することになっているのかは理解できないが。先日のイレギュラー門の解決を手伝ったのはあくまで三雲に対する礼のようなものだ。決してボーダーに協力したわけでもなければ入ったつもりもない。
それに後半。【いざとなったらなんとかなる】という発言にも嘘はない。目の前のトリオン兵か、それとも少女自身にその実力があるのか。
「ふーん……」
味方をするつもりがない以上、深く聞くようなことはしない。それに聞いたとしても彼女が話すとは思えなかった(隣のモモイならば聞けそうだとは思ったが)。
「ボーダーにも近界民がいたのか……」
そして、その横で三雲も衝撃を受けているのであった。
[newpage]
「ん? あの人この前戦った人じゃん」
その出会いは唐突だった。商店街を経由して才羽家に向かっていた三雲たちだったが商店街の向こう側から歩いてくる人物を見て遊真は歩みを止める。
白髪は遠くからでも目立つ。それは白洲アズサを早期発見できたことにもつながるし、一方で空閑遊真が遠くからでも見えやすいということが理解できた。
事実、白洲アズサはすでに空閑遊無に視線を向けていた。
「ホントだ、アズサさんじゃん」
「げ、空閑君、逃げる? あの人近界民嫌いで有名だよ?」
「いや、大丈夫。俺に用事みたいだし」
才羽姉妹が警告するが彼は気にする様子もなく自然体だ。逃げることなく、近づいてくるアズサから目を逸らさない。
「空閑遊真、で合っているか?」
アズサの第一声はそれだった。
「うん、お姉さんは?」
「白洲アズサだ」
たったそれだけの会話。だが、空閑の後ろでは才羽姉妹は緊張し、アリスはオロオロしながら二人の顔を見比べて、ユズは顔を青くして、三雲がうろたえていた。
だが、その誰もが当事者でないために、行く末を案じるのみで割り込むことはない。
だがら、次のアズサの言葉と行動に安心したのだった。
「今日は謝罪に来た。先日は申し訳ないことをした」
誰かが反応するよりも早くアズサが頭を下げ、
「うん、いいよ。別に気にしてないから」
それを謝罪として遊真は即座に受け入れた。
「ありがとう。助かる」
あっさりと謝罪が受け入れられたことで安心する反面、その呆気なさに拍子抜けしているアズサはだが、それは周囲の人も同じ。
「空閑は……それでいいのか?」
三雲が恐る恐る、蒸し返すべきではないと思っていながらも彼の心情を図るべく踏み込む。
「いいも悪いもボーダーでは近界民は倒せって言われてるんだろ?」
「それは……」
「ならいいよ。心から謝ってくれたし」
副作用で【嘘】が分かるゆえに、そしてその副作用のことを知っている三雲が相手ゆえに、必要以上の言葉は重ねない。
「ありがとう。引き止めて悪かった。用事があるならそちらへ行ってくれて構わない。また今日は、個人としてだが組織としても後々謝罪するつもりだ」
「許可が降りました! アリス出発します!」
アズサが空閑を開放したのを確認しアリスは号令をかける。
一瞬緊張した空気もすでに薄れ平和的に事態は収まり、空閑は両脇を才羽姉妹に捕まったまま引きずられて行く。
「し、失礼します……」
「し、失礼します」
そして、アズサの隣をユズが、そして三雲が通り抜けようとしたときだった。
「待った。三雲修、君にはボーダーとして聞かなきゃいけないことがある」
ガシリと、三雲の腕がアズサの細腕に掴まれる。決してトリオン体ではないが、鍛錬しているアズサの腕を解く術を三雲は持っていない。
それになにより、相手は正規隊員。逆らうつもりもない。
「ぼ、僕にもなにか……?」
だから、できることは人違いであることを祈るだけだった。
「あの日、空閑遊真と一緒にいたと私達のオペレーターから聞いたのだが……」
「うぐっ……」
「その様子だと間違い無いようだな。大丈夫。まだ本部長にしか連絡していないはずだ」
「うぐっっ……」
言い逃れできない証拠、状況を突きつけられ何も言えない三雲。これが勘違いであればきっぱりと反論するところだがその全てが事実だ。
「詳しく事情が聞きたい。今からご同行願う。ちなみにこれはボーダーの正規の依頼だ。断ることはボーダー隊員として許されない」
「はい……」
故に、彼にできるのは大人しく連行されることだけだった。
[newpage]
「あ、おかえりなさい! その人があの?」
「は、初めまして……三雲修です……」
場所は阿慈谷隊の隊室。帰ってきたアズサと客人の三雲を迎え入れたのはコハルとヒフミだった。
「あれ? ハナコは?」
「あんなの中学生の前に出していいわけないじゃない!」
外出する前はいたはずのオペレーターの姿がないことにアズサは疑問を覚えたが聞くなとばかりにコハルが怒声を上げる。
「あんなの?」
「三雲君は気にしなくていいですからね!」
「ああ、理解した。私達のオペレーターが席を外しているみたいだけど気にしないでくれ」
「わ、分かった……」
三雲だけが頭に疑問符を浮かべていたが、ハナコのパーソナリティーを知っているアズサからすれば碌でもないことを引き起こすことは目に見えている。この場にハナコがいないのはヒフミがなにかしたのだろう、とだけ考えてアズサは本題に入った。
「では早速、尋問を始めようか」
「え?」
「あ、気楽にしてていいですからね。はいこれ、お茶とお菓子です」
「あ、どうも……」
コタツに座るように促され、けれど尋問という良くない言葉が頭から離れない三雲は渡された菓子類に目を通しながら体を固くする。
「あの……尋問というのは一体……」
「君が無断でトリガー使って怒られたってところまでは把握してるんだ。けど、近界民と接触していた、という話はまだ聞いていない。なんで隠した?」
「いや、それは……」
口ごもる三雲。言えない理由があるわけではない。だが立派な理由があるわけでもない。
「順に聞いていこう。彼が近界民だと知ったのはいつだ?」
それを察したのだろう。アズサは事前に聞くべきことがまとめられたメモ(ハナコ作)を見ながら事態の推移を確認していくのだった。
[newpage]
「ふむ……報告書はこんなものか……」
三雲修が空閑遊真と初めて学校で出会ってからイレギュラー門の事件が解決するまで、三雲の知るほぼすべての情報を吸い出し終わり、アズサは、一息つく。
「ハナコからの質問リストは……あとは要らないやつね」
「あはは……」
「なぜ顔を真っ赤に……?」
その横でコハルが別のメモ用紙を顔を赤くさせながら握り潰し、ヒフミも乾いた笑いをこぼす。
「コホン、気にしないでくれ。これを言ったら私達が捕まる」
「えぇ……」
表情を変えないままに、アズサは三雲の質問を断ち切る。そしてメモ用紙を閉じると再び疑問を投げ込んだ。
「そんなことより、三雲くん。私からも個人的に聞いておきたいことがある」
「は、はい。何でも聞いてください」
「君は、空閑遊真が悪いやつだったなら、どうするつもりだったんだ?」
それは彼女には理解できなかった三雲の行動の芯を問うものだった。
ハナコのメモに書かれていたのは基本的には三雲の行動だ。そして話を前後させないために疑問に思ったことがあってもアズサたちは質問することはなかった。
「それは……」
三雲が口ごもる。それを受けてアズサは質問を重ねる。
「友情を信じたのか? それとも反抗されてもどうにかする算段があったのか?」
「違います……」
アズサの問は三雲のことを慮ってのものだった。友情なら理解できた。実力があるなら理解できた。
しかし、彼は否定した。それを意味することをアズサは、即座に理解する。
その可能性を考えていただけに。
「そうか……」
アズサが発したのはそれだけ。
三雲にとっては気まずい沈黙が隊室を支配する。
直後。ペチン、と乾いた音が部屋に響いた。
三雲の頬を、コハルが叩いた音だ。慌ててヒフミがコハルを取り押さえ、第2撃を与えようとしていたコハルが叫ぶ。
「離しなさい! こいつは私が!」
「コハルちゃん、駄目ですよ!」
コハルは抑えられていることも鑑みずに三雲に対する怒りを燃やす。
三雲がやったのは自分で負いきれない責任を負い、そしてボーダーや市民を危険に晒した。コハルはそれが許せなかった。
そして、コハルが一番頭にきたポイントはそれをアズサの前で言い切ったことだ。だらだらと誤魔化す輩と比べればマシかもしれないがコハルがキレるには十分すぎた。
「コハル」
だが、それを止めるのがアズサであれば話は別だ。なぜ止めるのか理解できないとばかりにコハルはアズサを睨む。
その様子から自分が地雷を踏んだことを理解したのだろう。もとより規定違反などで負い目がある三雲は
「す、すみません……」
と、謝ってしまう。それが火に油を注ぐことになるとも知らずに。
「こいつ……!」
コハルが、ヒフミを振り払う力を一層強める。ヒフミと1歳差あるとはいえ、それでも全力で人を害そうとする力を抑え込めるほどヒフミに技量があるわけでもない。
「三雲君、謝らなくていい。殴って悪かった。治療費も出すし」
だから、アズサが先に動いた。
「アズサ!!」
信じられない者を見る目でコハルは悲痛な声でアズサの名前を呼ぶ。その一瞬、力が抜けたところを見逃さずにヒフミはコハルを抱えあげる。
「コハルちゃんはちょっとこちらへ行きましょう。アズサちゃん、一人で大丈夫ですか?」
「うん、コハルをよろしく」
そして、最後まで三雲を睨んでいたコハルが部屋の外に出て言ってから、再び部屋の時間は動き出した。
「失礼した」
「い、いえ、大丈夫です……。それほど痛くはありませんでしたし……」
「そうか。ならよかった」
気まずい沈黙が舞い降りる。
最初に沈黙を破ったのはアズサだった。
「ご両親は元気か?」
それは、何気ない質問に三雲には聞こえた。
「え? あ、はい。父親は海外で建築を、母親も専業主婦ですが体に悪いところはありません」
「いいことだ。私の両親は死んだ」
「え……」
投げられた会話のボールが手榴弾だったことに気づくがすでに遅い。
「ボーダーにはそんな人が沢山いる。そして大概、近界民を憎んでいる」
「白洲先輩は……空閑のことも憎いですか?」
恐る恐る、彼は尋ねる。もしも憎いと答えられてら、自分はどうするのか、いや、どうされるのか。
だが、その疑問は杞憂だった。
「いいや、分別はついてる……というかついた。今私が悪いのは四年前、三門市に侵攻してきた近界民だけだ」
「な、ならなんであの時、空閑を撃ったんですか?」
アズサの返答に拍子抜けしつつも、今度は「ならばなぜ戦闘が起こったのか」と疑問が湧く三雲。
だが、答えはシンプルだった。
「君が襲われているふうに見えたからだ」
「え……?」
「実際は半々だった。君が近界民と友誼を交わしたのか、君が近界民に襲われていたのか」
「ぼ、ぼくの……せいだったんですね」
「そこは気にしなくていい。聞けばあのときはまだ近界民だと知らずに同行していたとさっき聞いたし」
「……」
アズサの優しさが三雲を刺す。
「彼との戦闘に関してはこちらの落ち度で構わない。それ故のさっきの空閑君への謝罪だ。こちらがどう判断したかは向こうには関係ないからな」
「な、なるほど……」
なんとか、声を絞り出した三雲だったが、その様子を見てアズサは考えていたことを告げる。
「それに、聞きたいことも聞けた。そして理解した。三雲君、君には危機感が足りない」
「それは、どういう意味で……?」
「もしも、空閑君が悪いやつだったら、という話だ。この世界が危なくなるのも間違いないが……真っ先に殺されるのは君なんだ」
「でも……誰かが見張ってないと」
「それが君である必要があるのか?」
どきりと、三雲の心臓が脈打つ。
「それは……僕が、やるべきだと思ったから」
「やるべきこと、それはいい。だが、君は今でさえB級上がりたてだ。実力がその任務に見合っているとは思えない」
アズサは、現実を突きつける。
「実力が足りてないからと言って逃げるのは違う……。僕はそう思います」
三雲修は理想を掲げる。
「なるほど……」
「アズサさんも……身の程を知るべきだと思いますか?」
上層部にC級が外部でトリガーを使ったことで怒られたことを思い出す。
やるべきだと思ったことは実行する。それが受け入れられ無いということはすでに彼も知っていて、
「いいや? その気持ちはわかる」
「え……?」
だからこそ、同意されたのは予想外だった。
「その気持ちはわかる、と言ったんだ。私も一時期同じ気持ちで近界民……正確に言えばトリオン兵だけど、彼らを壊すのに躍起になった」
三雲は何も言わない。言えない。何より、彼にはアズサが何を言いたいのかがわからない。
「そして、私には、その目的のために鍛えてくれる人がいた」
「鍛えて……?」
「声をかけてくれたのは向こうだったけど、私はそれに乗った。目的を、為すべきことを為すために必要だったから」
その言葉が、三雲に引っかかる。そして、理解する。アズサが言わんとする事を。
「三雲君、私は君のことが心配だ。君が望むなら私の力を貸したい」
「それは……」
「私は君のことを同類だと思っている。為すべきことを見つけたら何を犠牲にしてでも成し遂げる」
確信しているようにアズサは話す。
「自分は……そんなんじゃ……」
そう言いかけて、しかし最後まで言えない。必要だと思えば、自分はどんなに危険でもやる。それがモールモッド出現時の自分の行動だった。
「違わない。私と目が同じだ」
そしてそれを、アズサも理解していた。
「だけど、命は一つなんだ」
白髪の少女は語る。
「命を掛けなきゃ行けないときもあると思う。緊急脱出があるからと言って絶対安心なんてない。けど、それでも、命を守るために力をつけるべきだ」
断る言葉が、一瞬三雲の口からこぼれかけた。アズサは他人だ。自分のために時間を割くような真似はさせられない、と。
だが同時に、イレギュラー門の対応が終わったあとの迅の言葉が思い起こされた。
【パワーアップはできるときにしとかないと、いざって時に後悔するぞ】
気づけば、答えは決まっていた。
「分かりました。是非お願いします」
「了解した。連絡先はこちらだ」
「あ、はい。どうぞ」
携帯を差し出され、登録する。
ここに新たに、師と弟子の関係が成立したのであった。
「そうだ言い忘れていた。連絡はいつしてくれても構わないがトークでは私のことはペンギン、三雲君のことはアヒルと呼ぶように。いつ誰が盗聴しているか分からないから。分かった?」
「……は?」
[newpage]
「あ、お話は終わりましたか?」
個室を出るとヒフミだけが隊室に残っていたらしく出てきた二人に気づくと声をかけてきた。
「うん。私が面倒を見ることにした」
「よ、よろしくお願いします」
「そうですか。アズサちゃんが面倒を……面倒を!?」
「どうしたヒフミ? それよりコハルがいないみたいだが」
「なんでそんな話になったんですか? お説教で終わりだったはずでは?」
元々の話ではその予定だった。このセッティングを行うに当たりハナコは調書を作ることや説教をすることを理由に上層部に掛け合っていた。本人はちょっとした理由でその場から外されることになったが、阿慈谷隊が三雲を捕まえた理由はそれだけだ。
「私が戦う方法を教えたほうがいいと思った。それだけだ。みんなには迷惑かけない」
「いや、そこじゃないと言いますか……むしろ迷惑はかけてくれていいんですけど……」
そう言いながらヒフミは三雲とアズサの顔を交互に見比べる。
そして、
「うーん……分かりました。アズサちゃんが言い出したなら止めません。三雲君、アズサちゃんをよろしく頼みますね」
「は、はい!」
威勢のよい返事を返し、ヒフミは、それを受けて満足気だ。
しかし、すぐに顔色が変わる。
「あ、そういえば、コハルちゃんがそろそろ帰ってきちゃうので三雲君は早めに帰ったほうが……」
それは警告であり、そして、すでに遅いものであった。
「あんた! まだいたのね!!」
ガチャリと部屋の扉が開くと同時、怒りに満ちた眼光が三雲を突き刺す。
「あ、帰ってきちゃいました……おつかいを頼んでいたのですが」
「も、もう帰りますんで! お二人共ありがとうございました!」
この場にいても良いことはなにもないと三雲にもわかる。即座に部屋を出ていこうとするがその首根っこをコハルは逃さない。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「ぐっ……離してくだ……」
「コハル、離してあげてくれ。彼に悪気はなかった」
「は……? それでも言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
「コハルちゃん、一応本人たちの中で話はついてますから……」
ヒフミとアズサがコハルを嗜めるが……彼女の怒りが冷める様子はない。むしろアズサに注意されたことでヒートアップしている様子すらある。
「ふん! 知らない! 私は! 許してないんだから!!」
そして、遂に彼女は目尻に涙を浮かべながら部屋を出ていってしまう。
「あ、コハルちゃん! アズサちゃん、私が追いかけてきます!」
「ありがとう、彼を見送ったら合流する」
慌ただしくヒフミも部屋を出て彼女の走った方向へと向かっていく。そんな様子を部屋から見送りながら三雲は申し訳無さそうにするのであった。
「なんか色々すみません」
「構わない。コハルだって本気で君を嫌っているわけじゃない」
「それならいいんですけど……」
「これは私達の問題だ。三雲君が悩む必要はないよ」
後ろ髪を引かれる様子の三雲だったが、アズサが考えるに彼がコハルの前に現れれば怒りが再発するのが目に見えている。引き離すのが良策だった。
その後、二人は無言のまま市街地まで、危険地帯を通って歩いていく。
そして市街地を抜けるとそのまま解散となるのであった。
「では連絡はいつでも。防衛任務が入っていない限り君の力になろう」
「はい! ありがとうございます!」
三雲の背を見送りながら彼女も踵を返す。
「さて、コハルを」
そして、コハル探索の手伝いに、本部に戻ろうとしたときだった。
「やぁ、アズサちゃん。調子はどうだい?」
彼女に声をかける男がいた。
「迅さん……」
男の名前は迅。アズサにとって、この男はコハルを打ち負かし黒トリガー【風刃】を手に入れたS級隊員である。
そして、セイアと同じく未来を見ることのできる副作用持ち。彼が誰かに接触する時には必ず何か理由があると考えている彼女は、思わず身構える。
「……うん、調子良さそうだ。三雲くんの師匠になってくれたのは助かる」
「まだ噂すらないだろうに。あなたは、今何が見えている? 彼を放置したのはわざとだろう? 彼が近界民と接触していたのは見えていたはずだ」
「いやぁ、この副作用も未来全部を見通せるわけじゃないからさ、読み逃すことは良くあることだよ」
軽く笑ってアズサの追求を流す迅。だが、
「放置したことは否定しないんだな」
「……」
「あなたが嘘をつかないというのはサオリから聞いている。あと対処法も」
「あー、あの子か……。対処法っていうのは具体的に?」
「セクハラされたら股間を蹴り飛ばせ、と」
「あ、そういう……」
迅の頬がピクリと引き攣る。
「あと質問したことに対してしっかり返答があるかも要チェックと」
「うーん、やり辛い」
「暗躍してるのが悪いのでは?」
「いやぁ、暗躍じゃなくても言っていいことと悪いことがあるからね。アズサちゃんは……言っていいほうかな」
「何の話だ?」
一言一句聞き逃さない。その警戒心でアズサは次の言葉を受け入れる。
「一ヶ月以内に大規模な近界民の侵攻がある」
「っ……それ、は……」
「うん、とってもやばい。今急いで対策してる最中だけどもしかしたらボーダーに死者も出るかもしれない」
「……戦争とは、そういうものか」
「そうだね。そして、三雲君は戦いの結果を左右する鍵となる」
「彼が……?」
「間違いなく、ね。だからできる限りでいいから鍛えてあげてほしい」
アズサの目から見て三雲修は決して戦闘の才に恵まれている隊員でもなく、トリオン量に恵まれた隊員でもない。
あくまで、彼女が指導を言い出したのは彼が過去の彼女に似ているからだ。
だが、その認識をアズサは改める。
「分かった」
彼女の返事はシンプルだ。だが、迅にはそれで十分だった。
「よし、また運命がいい方向に転がった。それじゃぁ! エリート隊員迅悠一は忙しいので今回はこれで! またね!」
滑稽な駆け足で彼は本部の方へと走り去っていく。それを見送るアズサは追いかけることはしなかった。
「大丈夫……大丈夫……。私は……わたしたちは負けない」
胸に手を当て、祈るようにしながら、アズサは独りごちるのであった。
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「うぐっ……ぐす……」
「よしよし……大丈夫ですよぉ」
「本当に何があったの……?」
「この部屋にいるのは全然構わないのだけど……」
場所は那須隊の隊室。泣きじゃくるコハルを日浦が慰めていた。
那須や熊谷は日浦よりも年が離れていることもあり少し距離を取っているがそれでも日浦と同じく様子を見ている状態だ。
「ほら、コハルちゃん、せっかくかわいいのに台無しですよ」
「うぅ……茜ちゃん……どうじよう……」
「何があったんですか?」
現状、那須隊の全員が事情を聞けていない。隊室で作戦会議をしていたら泣きながらコハルが飛び込んできたのだ。
この隊に来た理由は恐らく全員が女性であることが理由だとは思うが(加古隊も全員が女性だが性格的にこちらの方が来やすかったのだろうと那須は予想している)。
「人を……殴っちゃった……」
「え……」
「あら……」
「それは……」
そして、告げられた内容に3人は思わず閉口してしまう。
一番最初に動くことができたのは、このまま黙ってしまっては、コハルは更に自分を責めてしまうと心配した那須だ。
「それはボーダーの人?」
まず心配だったのはボーダー内部に収まる話なのかどうか。コハルが人を殴るような性格ではないことは重々承知しているがそれでもはっきりさせておきたい点であった。
「うん……でも……初対面で……でも許せなくて……」
「順番に話せる? ほら、これ飲んでいいから」
ひとまずは安心、と思いつつ、熊谷は水を出す。ボーダー内部であれば大きな問題にはならないだろう。
ならば、次の問題はどうして殴ったのか。
水を飲んでまた少し落ち着いたのであろう、コハルが口を開く。
「あんまり……詳しく話せないんだけど……」
「うんうん」
「気付いたら手が出ちゃった……」
「ええ……」
ほとんど増えない情報に那須達は困惑するしかない。だがコハルも隊員の規定違反について吹聴するのが良くない、と考える程度には冷静さを取り戻していた。
「うーん……状況が分かんないと流石に擁護も否定もできなくない……?」
「こ、コハルちゃんは悪い子じゃないよ!」
「茜ちゃん、駄目よ。熊ちゃんの言う通り、本人が自分を責めてるなら下手な慰めはしない方がいいわ」
「ううう……勝手に上がり込んでごめんなさい……」
事態が好転するどころか、どんどん卑屈になっていくコハル。
「いいのよ。落ち着くまでここにいてくれればね。あ、一応ヒフミちゃんには連絡しておくわよ」
「ありがとうございます……」
那須が優しく言葉で包んであげることでひとまずは、安定しているがいつ爆発するかわかったものではない。
そして、爆発するかしないかわからない爆弾ならば処理するに限る。
「うーん、ここで泣いてるのもアレだし熊ちゃんと2人で模擬戦でもしてきたら?」
そんなことを言い出したのは那須隊のオペレーター志岐。自室からひょっこり顔を出しながら彼女はコハルの顔を伺う。
「……やる。熊さん、いいですか?」
「え? 勿論私はいいけど……」
「りょー。それじゃあセッティングするからあっちの部屋にゴー」
そして、あっという間に志岐によって戦場のセッティングが、整えられると仮想空間での戦闘が始まったのであった。
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「本当に元気ないわね……。いつもの鋭さがないわ」
「ヒフミちゃんもうすぐ来るって。事情だけ聞かせてもらおー」
「そうですね……。コハルちゃんが無闇に暴力を振るうなんて考えられませんし……」
「頭の中はハナコさん並みだけどねぇ」
「小夜ちゃん?」
「あ、いえ、なんでもありません」
「なんの話です?」
話しているのは日浦、那須、志岐。どれが誰のセリフかは想像に任せる。
3人は志岐の提案によるコハルと熊谷の戦闘を見ながらヒフミを待っていた。志岐がメールをするとすぐに向かうとだけ返信が来てすでに数分。そろそろ来るだろうという頃だ。
そして、予想通り、コンコンと那須隊の部屋の扉がノックされる。
「入っていいわ」
「し、失礼します。阿慈谷です……。コハルちゃんがこちらにいると聞いたのですが……」
「ええ。今はくまちゃんが相手してるわ」
部屋に入ってきたヒフミは申し訳無さそうな顔で周囲を伺う。そして最初に視界に映るのはスクリーンの中で戦うコハルと熊谷、そしてその戦闘を眺める女子三人組だ。
「あ、本当に相手してる……。すいません。ご迷惑をお掛けして……」
「そこはいいのよ。けど本当に何があったの? コハルちゃんからは暴力振るったって言う情報しか出てないのだけど」
「今更だけど加害者からの情報が自分が殴ったってだけなの変な話ですね……」
「あはは……。どこまで話せるかな……。結構箝口令敷かれそうな案件なんですよね……」
「あなた達、何に巻き込まれてるの……」
ヒフミから出てくるのも物騒な情報であり軽く目眩を覚える那須。
ヒフミは伝えても大丈夫そうなところだけをどうにかしてピックアップしようとする。
「本当に簡潔に言ってしまえば……規則を破って危ないことをした人が許せないことを言って、それに対して我慢できなくなって叩いてしまった、と言う感じでしょうか。すいません。私からこれ以上は言えそうに無いです」
「いいえ、十分よ。相手にも非があったのね」
そこまで情報が増えたわけではない……が、やはり何かしらの事情があったのだろうことが察せられ、安心する那須隊の面々。
「ご迷惑おかけします……」
「いいのよ。私とヒフミちゃんの仲じゃない。困った時は頼っていいのよ。コハルちゃんだって気が晴れたら送ってあげるからヒフミちゃんも自由にしてていいわ」
「なんだったらヒフミと玲で仮想戦闘やっとく? それで手打ちにしよー?」
「こら、小夜ちゃん」
志岐は善意百パーセントでコハルと熊谷の戦闘をセッティングしたわけではない。次のB級ランク戦への経験値のためだ。
「あ、ありがとうございます。それくらいでよければいくらでもお付き合いいたします!」
そしてヒフミの方もそれを承知した上で受けて立つ。
「ほーい。準備するねー」
「あ、アズサちゃんに連絡しなきゃ」
「全くもう……」
そして、那須とヒフミも仮想空間へと消えるのであった。
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「緊張した……」
正規隊員による本部への呼び出し、というデジャブを覚えるイベントを終え三雲は帰路…、というより空閑がいるであろう才羽家を目指して歩いていた。
「けど、A級の人に師事できるって言うのはとんでもなくでかい……はず。期待に応えなきゃ……」
しかし、その成果は彼にとって大きいものだった。現状の彼は未だ独学。戦闘経験なんてほとんど積めていなければ運動神経が良いわけでもない。トリガーやトリオンの知識だって欠けている。
もっとも、アズサは別に彼に期待に応えてほしいなどとは欠片も思っていないのであるが。
「なんだあの人たち?」
そして、そんなことを考えながら才羽家に近づいてきたときだった。
角を曲がれば才羽家、というところで二人の男子高校生がジュースを片手に塀に寄りかかっていることに気付く。近くの高校の制服ではなかったため余計に目立つ彼らだが、三雲の視線に気がつくと片方の男が睨み返す。
特に悪さをしている様子もないため、三雲も関わるつもりはなかった。彼らをスルーして三雲は才羽家に入るのであった。
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「なあ、今のって」
「ボーダー隊員だな。見たことはないが」
三雲が通り過ぎた才羽家近くの男たち。
彼らはA級の三輪隊。城戸から与えられた司令に基づき抹殺対象である空閑を狙う機会を狙い、ずっと尾行していた。
「俺も見た記憶はねぇ。それが今見張ってる空閑のいる家に? できすぎじゃね?」
「あやしいな……月見さん」
「もう調べたわ。彼の名前は三雲修。今日B級に上がったばかりの隊員よ」
「今日?」
「学校も第三中学校だし、才羽さんたちとは同級生で知り合いなのかもね」
何やらきな臭い空気を感じる三輪と米屋。だが、黒という情報が出てきた訳では無い。
「……。放置でいい」
「了解。ならやっぱり今見張るのは」
「空閑という近界民だけでいい。見張っていれば必ず襲撃できるタイミングが来るはずだ」
「しかし変な話だよな。錠前さんたちが取り逃すなんてさ」
「あいつらは殺意が足りない。どうせ相手に敵意がないからとか言って見逃したんだろう。だから遠征部隊にも選ばれないんだ」
どこか苛々した様子で三輪は黒トリガーを動員したにも関わらず成果を挙げられなかった錠前隊の愚痴を言う。
この見張りについてからおなじことを三回言っているため米屋はすでに聞く気が失せているが。
そしてオペレーターの月見も喋りすぎと注意を飛ばしてくる。
「おしゃべりはそろそろ終わりにしなさい。時間的にもいつ誰が家から出てきてもおかしくないわ。今回の任務は黒トリガーの奪取。他のA級の都合がつかない以上私たちが最後の砦よ」
「「了解」」
そして彼らは気を引き締める。が、空閑が市街地にいる限りなかなか手を出すことは難しいだろう。
しかしそれでも彼らは近界民を殺すための機を狙うのであった。
そしてそれは次の土曜日に訪れる。
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「おじゃまします」
「あら、三雲君だったかしら?」
才羽家に入った三雲を出迎えたのはミドリとモモイの母親だった。あまり深い関わりはないがモモイの暴走を三雲が咎める事件が度々あるため、三雲の顔は把握されていた。
「あ、そうです」
「モモイから話は聞いてるわ。空閑君やユズちゃんなら二階で遊んでいるから上がっていいわよ」
「ありがとうございます」
進められるがままに彼は靴を脱ぎ2階に上がる。階段を一段上がる毎になにやら盛り上がっている声が聞こえてくる。
「才羽さん、入っていいかな?」
「あ、三雲くんいらっしゃーい。今アリスちゃんと空閑君が戦ってるよ」
扉に三雲が声をかけると中からモモイが出てきて彼を出迎える。
そして彼の視界にテレビ画面に熱中する空閑とアリスが映る。
「オサム、もうちょっとだけ待っててくれ」
「むむむ……上達が早いですね。けれど勝ちは譲りません!」
やっていたのは平面のアクションゲームであった。すでにモモイとミドリは敗北したらしく、残っている空閑とアリスの残基も一ずつだ。ゲームに詳しくない三雲でも決着が近いことは分かる。
「最初はハンデとしてモモイとミドリが空閑君のチームにいたんだけど早々に負けてね……」
ユズが現在の状況を補足する。
「要は相手が何をするかってのと、自分が何をできるかってことを理解すればいいんだろ? それなら自分が戦うのをイメージしやすいキャラクターを使えば勝ち筋は見える」
「な、なるほど……」
「三雲くんも何かやる? あんまりゲームやったことなさそうだし初心者でもできそうなのだと……」
空閑の独自理論に疑問符を浮かべているとモモイが声をかけてくる……が、あまりゲームが得意でない三雲はそれを断る。
「いや、僕はそろそろ帰るから。誘ってくれてありがとう」
「えー! せっかくきたのに? もっと遊んでいこうよ!」
「お姉ちゃん、三雲くんが困っちゃうでしょ」
「ははは、ごめん……」
そんな話をしているとテレビ組の決着がついたようで空閑が悔しそうにコントローラーを置いていた。
「ちぇー、惜しかったな」
「強かったです。さては名のある戦士と伺いしますが!」
冗談交じりにアリスは空閑に握手を求める。それを空閑が握り返しているとミドリが声をかける。
「そういえば空閑君ってどこに住んでるの? 近界民とは聞いたけどどこかに泊まってるの?」
「いや? 特にないよ? この体はトリオン体だから寝る場所もいらないんだよね」
「「え」」
その情報に声を上げてしまったのはモモイとミドリ。だが他の3人も衝撃的な情報に目を丸くしていた。
「アリスちゃんと一緒ってことは……寝れないの?」
心配そうな声を上げたのはユズ。アリスと接する時間がながければ自然とトリオン体の情報にも詳しくなる。
「そうだよ。だから夜はレプリカと勉強してることも多いかな」
「「おおぉ……」」
空閑にとってはすでに当たり前のこととなっているが、寝ずに勉学に励めるというのは素直に尊敬されることだ。アリス以外のメンバーは尊敬を抱く。
「それならユーマ! 夜は私の部屋に来ませんか!」
そして、一方でアリスにとってそれは通常だ。気兼ねすることなく空閑に提案をする。
「「「「え」」」」
「ほう? それは面白そうだな。レプリカ、いいか?」
「ユーマが決めることだ」
「おーけー。ならお邪魔しよう。こっちに来た先輩の話もじっくり聞きたいしね」
「はい! 機密に関わらないことであればなんでも応えます!」
アリスの爆弾発言にも取れる言葉に言葉を失う四人だが、彼らを置いて空閑とレプリカ、そしてアリスで話が進んでいく。
そして、その後一悶着ありつつも彼らは、解散となる。
この日から空閑は宿泊から登下校までをアリスと共に過ごすことになるが。それはまた別の話。
アリスと空閑のコンビって【天空】ってなってかっこよくない?