正体がバレたら殺されるので、人間に成りすまします   作:秒速123km

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プロローグ

首が痛くなるほど高い天井に、いくつものシャンデリアが吊るされている。ガラス玉の一つ一つが照明の光を反射して眩しい。結婚式場というのはどうしてこうも煌びやかなのだろう。特にチャペルは、光の粒一つ一つまで浮かれているような気がする。一か月の短期バイトももうすぐ終わりだが、この雰囲気には結局慣れなかった。

 

 三浦秀平は18歳にしてニートである。正確には4月に入学したばかりの大学生1年生だが、学科では友達ができず、勇気を出して所属したサークルでも居場所がなく、早々に心が折れて下宿先に引きこもる道を選んだ実質ニートである。今年の留年は既に確定的だ。

 

 一日中家にいると時間が余ってしょうがない。そこで秀平がのめり込んだのがソシャゲだった。半年間に及ぶ重課金によって仕送りは底を尽き、餓死の危険すら出てきたところで、ついに重い腰をあげてバイトを始めた。

 

 結婚式場のバイトを選んだのは、単に下宿先から近かったからだ。しかし想像以上にハードだった。10月は結婚式の繁忙期らしく、毎日が忙しなかった。さらに、新郎新婦にとって一生に一度の晴れ舞台であるという緊張感の元、正社員から発せられるパワハラまがいの厳しい指示の数々。シルバーだのマキカタだの、訳の分からない専門用語が飛び交う現場。毎日頭がパンクしそうだった。

 

 それでも一か月続いたのは新郎新婦の笑顔を見たいから――などではなく、純粋な下心だった。チーフマネージャーが可愛かったのだ。パリッとしたスーツに明るい茶髪が良く似合う、快活な女性だった。

 

 そのチーフマネージャーから、披露宴の締め作業終わりに休憩室へと呼び出された。他のバイトはもう帰っている。

 

「はい、バイト代。一か月お疲れ様」

 

「ありがとうございます」

 

 すると、露骨に時計を確認しだす。そして、こちらの顔をちらちらと窺う。――まさか飲みにでも誘ってくれるのだろうか。慣れないバイトをやり遂げたことを労わってくれるのか。そうに違いない。

 

 気安く話しかけてくれたことや、この1か月で距離が縮まったことなどを思い返して、 秀平は浮かれはじめる。地に足が着いていないようなふわふわとした心地だった。

 

「あのさ、私ってこれから式場の見回りを一通りして、電気消して戸締りをして――ってなると、大体帰れるのって1時間くらい後なのね」

 

「はい」

 

「結構時間掛かっちゃうわけ」

 

 それでも良ければ、仕事終わりまで待っててくれない?一緒に飲みに行こう――秀平にはそんな声が聞こえてくるようだった。

 

「だから、それ三浦くんが代わりにやってくれない?今日、結婚記念日なんだよね」

 

「はい!――って、え?」

 

 勢い込んで返事をしたが、とんでもないことを言われた気がする。

 

「わあ、ありがとう!彼とのディナーに間に合うよ!」

 

「えーっと、それって――」

 

 バイトがやることではないような――言い終わる前に、チーフマネージャーはさっさと身支度を済ませてしまった。

 

「鍵は適当に、入口横の観葉植物のポットにでも入れといて!じゃあ一か月お疲れ様!」

 

 言い終わるや否や、コートを羽織りながら休憩室から飛び出していく。柔軟剤の良い匂いがした。なにがなにやら分からないまま、ふらふらとチャペルまで足を運ぶ。相も変わらずシャンデリアが綺麗だ。

 

 ようするに、今日でオサラバの短期バイトに、面倒ごとを体よく押し付けてやろうという訳だ。冷えた頭がそう毒づく。

 

「俺、あんたのこと割と好きだったんですけど」

 

 誰もいない会場に、覇気のない声が寂しく響く。

 

 俺は一体何をやっているんだろう。入りたくもない大学に入って、そこから逃げ出して――逃げた先でも邪険に扱われて、一人ぼっちだ。

 

――幸せそうだったな。

 

 チーフマネージャーだけじゃない。1か月もの間、このチャペルで見たどの夫婦も、心の底から幸せそうだった。それは、良い面だけを見ているに過ぎないのかもしれない。しかし、女の影すらない人生を歩んできた秀平にとっては、どうにも眩しく見えた。そんな相手、どこかにいないものだろうか。

 

「こんな俺じゃ、無理な話だけど」

 

 なんとなく、聖壇の前に立ってみた。バージンロードの終着点、新郎と新婦が誓いのキスをする場所だ。そして、バイトの間何十回も聞かされ、すっかり覚えてしまった神父の言葉をそらんじる。

 

「えー、汝・三浦秀平は、きっとどこかにいる筈の俺を愛してくれる女性――を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」

 

 当然、答えるのも自分だ。意気込んでチャペルを見渡す。誰もいない結婚式場に一人、なんだか気が大きくなってきた。

 

「ええ、誓いますとも!もしそんな相手がいるのなら、世界中のどこにいようと、たとえ違う世界にいようと見つけ出します!そして、どんな試練を与えられようと乗り越えて結ばれてみせます!愛の名のもとに!」

 

 すると、なにかが裂けるような、割れるような、埒外の異音が頭上で響いた。慌てて上を向くと、あの煌びやかなシャンデリアがすぐ目の前まで迫っていた。そして痛みを感じる間もなく、終わりを迎える。

 

 しかし、それは始まりだったのだ。




あらすじまで辿り着くのに7話くらいかかる予定です。
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