アイルランド出身ウマ娘さんと、それを見守る一般人さん   作:佐月檀

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プロローグⅡ レース場でようやく気づく

 胸元に掛かったゼッケンを伸ばし、皺になっている部分を修正する。

 もう少し、もう少しであ(・)の(・)人(・)と再会できるかもしれないのだから。

 失礼のないように、ちょっとでもよく見えるように。想い人に自身を強調したい。

 もちろん、勝負にも抜かりなどない。むしろ今日はそちらが主だ。

 だがそうであっても、恋する乙女は止められない。

 

 今日のレースで自分に気づいてもらえるよう、手回しもしてある。

 あとは彼がどう動いてくれるか。一瞬でも気づき、目を向ければ、彼女にとってレースはほぼ勝ったも同然。

 姿形こそ変わってしまったが、きっと気づいてくれるはず。

 

 深く息を吸って、吐いてみる。

 自然と、緊張はなかった。それどころか、高揚しているような気さえしてくる。

 

「おうい、そろそろや。……しっかし、どっか感慨深いなぁ」

 

 控え室に彼女のトレーナーを務める男が立ち入る。

 前世では『魔術師』と呼ばれていたが、その手腕とやらは今生でも健在らしい。

 

「あら、どうかした?」

 

「いやぁ、こうしてタッグを組むのは前世ぶりというわけやからな。

 ……あのときのように、世話ばかりなんてさせへんで」

 

「相変わらずね、トモヒコ。けど残念ね、魔術師さん。あなたはあのとき(ダービー)のように、私に導かれるのよ」

 

「ほーう? 言うてくれるやん。なぁ? 王族さん?」

 

「それにしても、王族と魔術師が一緒にいるなんて、まるで何かの御伽噺みたいね」

 

「まっ、魔術師は控えて、王族のほうが戦うっていうちょい奇抜なことにはなるけどな」

 

「だから導かれるのよ、魔術師さん?」

 

「……なるほど、やられたわ」

 

 くすくすと笑んで、ウマ娘は立ち上がる。

 

「……あんたにとっちゃ、このレースは楽勝やろな」

 

「わからないわよ? あっさり負けるかもね」

 

「元ダービー勝ちが何を抜かすのやら。

 ……他の娘には悪いが、俺が今まで担当してきた中で、やっぱりあんたが一番抜けてる。魔術師がそう評するのだから、誇ってもええんやで」

 

「あら、ありがとう、魔術師さん。誇りにはしないけど」

 

「あらら……」

 

 ウマ娘のトレーナーである友彦は思わず苦笑する。

 前世での相棒にまさかここまで切り返されるとは。こんな不思議もあるものだと、友彦は痛感する。

 

「そういえば、そろそろパドックね。……じゃあ、行ってくるわ」

 

「おうよ。ああ、そうそう。

 あんたに相応しい舞台は整えてある。思う存分暴れてくるとええわ!」

 

「そこには感謝するわ、トモヒコ」

 

「頑張ってくれよ、――シ(・)ャ(・)ー(・)ガ(・)ー(・)!」

 

 

 

 一方で、パドックの時間だというのだからやってきたわけだが、宗正は唖然としている。

 いや、そうするしかなかった。

 電光掲示板にはウマ娘たちの名前が表示されるのだが、そのひとつに、思い当たりしかない名が存在していた。

 

 今頃目は飛び出しているに違いない。そう錯覚しかねないほどに、目を見開いている。

 彼女を知っている。いや、宗正が知らないほうがおかしい。

 だってその名は、宗正の前世での愛(・)馬(・)の名なのだから。

 

 やがて呆然と立ち竦んでいるうちに、そのときは訪れる。

 宗正にはわかる、わかってしまう。そのウマ娘が只者でないことを。

 ウマ娘は背まである鹿毛を靡かせ、ジャージを放り投げる。

 

 刹那、実況が場内に鳴り響く。

 

『3番、シャーガー。このメイクデビューでは圧倒的な1番人気を誇っています』

 

 エメラルドのように美しくて、透き通った双眸の先には。

 誰にもわからないゴールが、確かに見えていた。

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