アイルランド出身ウマ娘さんと、それを見守る一般人さん   作:佐月檀

3 / 3
プロローグⅢ 夢は続いていた

 ただただ、唖然とするしかなかった。

 宗正にとっては、夢のような光景。試しに頬を引っ張ってみても、パドック上に設置されたステージには、ひとりのウマ娘が立ったまま。

 確信する。これは夢ではない、現実だと。

 それでもまだ、現実味などなかった。

 まさか今になって、唐突に前世の愛馬(シャーガー)が出てくるとか、宗正には想像すらできなかったから。

 

 やがてシャーガーはジャージを拾い上げると、背を向けてステージの裏に消えていく。

 なにがなんだか、理解が追いつかない。宗正の思考が複雑に絡まっていく。

 なぜシャーガーがこ(・)こ(・)で(・)姿(・)を(・)見(・)せ(・)た(・)? あ(・)れ(・)が(・)い(・)る(・)べ(・)き(・)世(・)代(・)は(・)既(・)に(・)み(・)な(・)一(・)様(・)に(・)デ(・)ビ(・)ュ(・)ー(・)し(・)て(・)い(・)る(・)は(・)ず(・)だ(・)。

 だというのに、なぜ? 今となっては、長期間ウマ娘関連の情報から離れていた自分を呪うしかなかった。

 

「シャーガー……お前も、ウマ娘になっているとは……」

 

 自然と独り言が零れる。誰にも聞こえない小声で発せられたそれは、すぐに観客の驚嘆で掻き消される。

 まさかあれが可憐な美少女になっているなんて……想像すら容易く超えるこの世界に、つい溜め息を吐いてしまう。

 

「…………この世界、ある意味で恐ろしいな」

 

 未だに理解が及ばない思考を巡らせつつ、そのように呟くしかなかった。

 

 

 

 ショートしかけな脳を以て、肉体を駆動させる。

 あれから思考は打ち切った、いや、打ち切るしかなかった。

 あのあと、宗正に残った選択肢はひとつ。

 

 今からシャーガーが走るというこのレースを、見届ける他ない。

 新潟レース場、芝1600m、晴れ、良馬場、8人立て――。

 それらの要素を照らし合わせ、結果を予想してみる。シャーガーというウマ娘を軸として。

 

「……流石は1番人気、だな」

 

 目を細める。この時点で、宗正の中では一瞬で結果が出てしまう。

 すなわちシャーガーの圧勝。出走メンバーを鑑みても、そうとしか考えられない。

 あれがここで飛ぶなどあり得ない。宗正はそう結論づける。

 

「他の娘には悪いけどな……あれは強すぎるんだよ……」

 

 なぜだか自嘲気味に唇を歪めてしまう。

 今の自分には関係ないというのに、ほんの少しだけ申し訳なさが残る。

 

「そういや、トモちゃんはどこ行ったん……」

 

 と、いきなりどこかへ姿を消した男の存在を思い出す。

 前世ではシャーガーの鞍上だった男と同姓同名で――

 

 そこで思い当たる。思い当たってしまう。

 

「――待てよ、まさか」

 

 なるほどあとでしばく。そのような決意を、宗正は胸に秘めた。

 

「頑張れーっ! 応援してるぞーっ!」

 

「負けないでーっ!」

 

 観客たちが声援を送り届けていることに気づく。

 視線をターフに切り替えると、そこには体操着とゼッケンを着用しているウマ娘たちが各々ゲートに入りつつあった。

 緊張している様子のウマ娘もいたが、今の宗正の目には留まらない。

 彼は目線を、幻影(シャーガー)に奪われているのだから。

 

 一方のシャーガーはというと、このゲートに懐かしさを覚えていた。

 まだ入ったことなどないのに、なんだか懐かしい。そう思ってしまうのは、やはり前世があるからだろう。

 

 スタートの態勢を取る。

 その行為だけでも、自然と笑みが零れる。

 

 ああ――楽しみたい、楽しみたい、楽しみたい!

 衝動にも近い感情を、もはや抑えることなどできやしない。

 いや、元から抑えなんて必要ない。

 そうしていると楽しめないのもある。だけれどなにより、あの人に無様な姿を晒しかねない。

 

「さあ」

 

 ――誰よりも楽しみましょう。

 

 シャーガーが独り言を発したと同時、ゲートが開く。

 

 宗正は息を呑む。3番のウマ娘がいいスタートを決めていたため、ひとまずは胸を撫で下ろす。

 

「頼むぞ……!」

 

 3番手という脚質からは若干前目の位置取りを選択したシャーガーに、消え入りそうな小声で祈る。

 

 長髪を靡かせて、地面を蹴る。

 そこにあるのは、彼に自分を認識してほしいという想い。

 認識してくれているのなら、あとは楽しみつつ勝つだけ。

 まずはこのメイクデビューから。ここから夢を駆け上がる。

 新潟の直線は長い。だから後方から追い込むようなウマ娘が有利だというのに、シャーガーは敢えてそのアドバンテージを捨てた。

 

 トレーナーの友彦からは指示なんてない。ただ「好きに走れ」とだけ。

 ならばそれに応えるのが、筋というものだろう。

 

「ややスローペースか? こうなると末脚勝負だけどなぁ……」

 

 それでもシャーガーは前目につけたまま。本来得意なはずのポジションを無視して、だ。

 シャーガーを信頼しているとはいえ、流石にこれはどうだ。

 ……いや、そうであっても勝つか。恐らく勝ってくれる。不安になっているのは自分だけだ。

 宗正は内心で自身にそう言い聞かせる。

 

『最終コーナーを回って、間もなく直線勝負! 新潟の直線は長いが、ウマ娘たちはどう動くか!』

 

 実況が木霊するなか、宗正は自身が動揺していることに気がつく。

 今にも叫んで、想いをぶつけてやりたい。

 だけれどここからは彼女たちの舞台。その邪魔をするのは、野暮にもほどがある。

 

 シャーガーはターフを強く踏みしめると――

 

「――もっと、もっと」

 

 一気に先頭を奪取しに行く。

 

「私を、楽しませてッ!」

 

 一瞬で逃げていたウマ娘を抜き去ると、後続との差を引き離していく。

 

『シャーガーだシャーガーだ! やはり1番人気のシャーガーだ! シャーガーが後ろを突き放していく!』

 

 実況と共に、湧き上がる歓声。

 

 少し仕掛けただけで、この独走っぷり。

 歓声が上がらないほうがおかしかった。

 

 観客席から見守る宗正の脳裏には、ある光景が走馬灯のように蘇る。

 

 ――シャーガーだ! 日本の馬だ! シャーガーが本場のダービーを駆け抜けている!

 

「ああ……」

 

 目元に熱が籠る。思わず拭いそうになる。俯きそうになる。

 だけれど、決して目を逸らさない。

 

『シャーガーが独走でゴールイン!』

 

 だって彼女の初勝利を、もう一度見届けたかったから。

 

 

 

「やったわね、トモヒコ」

 

「ああ、見事やったわ、シャーガー」

 

「……ねえ、少しいい?」

 

「うん? どないした?」

 

「ご(・)主(・)人(・)さ(・)ま(・)はどこにいるかわかる?」

 

「たぶん観客席やけど……今行ったらまずい。申し訳ないんやけど、あとちょっと辛抱や」

 

「ああ……会いたい、会いたいの……」

 

「……まさに重い想い、だな……」

 

 シャーガーが喜びに浸るなか、急に友彦の懐かあら着信音が鳴り響く。

 

「すまん、シャーガー。ちょっと出るわ」

 

「……ええ、どうぞ」

 

「おう、ありがとな」

 

 友彦が耳に電話を当てると――

 

『トモちゃん、今どこ!?』

 

「あー……すまん、今トイレ」

 

『そこも探したけどいなかったぞ!?』

 

「……お、おう」

 

『どこにいんだよ! 本当にさー!』

 

 友彦がどう返すべきか迷っているところだった。

 

「……もしかして、ご主人さまなの?」

 

「あっ、ヤベッ! 一回切――」

 

 言いかけたところで、友彦の手から電話が取り上げられる。

 

「あのー……もしもし?」

 

『……ん? トモちゃん?』

 

「いえ。――あ(・)な(・)た(・)の(・)シャーガーよ」

 

『……え?』

 

「こうして声が聞けるだけでも嬉しいの。いつか会いたいね」

 

『お、おう……』

 

「ちょっ、シャーガー!」

 

「次のレース、ぜひ観戦してね。それじゃ、一回切るね」

 

『アッ、ハイ』

 

 電話を切ると、友彦に手渡す。

 

「……ふふっ、やっぱり愛しいね。いつかまた、再会したいな」

 

 友彦はもう呆然とするしかなかった。

 

「ああ、やらかしたわ……」

 

 発せられた独り言は、控え室の天井に吸い込まれていくだけだった。

 

 

 

 一方で友彦を探し回ってフードコートにまでやってきた宗正も、呆然と立ち竦んでいた。

 

「……また、見に行けばいいのかな?」

 

 首を傾げて、再び友彦を探し始める。

 

 しばらくして、関係者のみが入れるウィナーズサークルに友彦が現れたため、宗正は必ずしばくと再度決意した。

 

 

 

 夢は姿形を変えても続いている。そう、再び始まりを迎える。

 ――どのような形であれ、だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。