吉良吉影、『オルフェノク』になる。   作:ほろろぎ

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第一話 吉良の失策

 吉良吉影(きら よしかげ)という男にとって、人を殺す(・・・・)というおこないは、生活の一部と言っていいほど日常に馴染(なじ)んだものだった。

 

 腹が空いたら食事をするように。

 一枚のCDを聞き終わったら、キチッとケースにしまってから次のCDを聞くように。

 誰だってそーするように、吉良もそーして当たり前のこととして、人を殺してきた。

 

 しかし吉良は、生まれながらに持ったこの『人間を殺さずにはいられない』という欲求を、不幸なことだとは欠片(かけら)も思わない。

 自分は人殺しであるが、そのサガを抱えたまま「誰よりも幸福に生きてみせる」という、強固な信念を持っていた。

 そしてこれまでの三十三年の人生の中で、実に五十人以上に渡る被害者を出してきた、日本史上最悪の殺人鬼なのである。

 

 だがむろん、殺しのことは誰にも見せない裏の顔であり、表向きはしがないサラリーマンとして生活していた。

 それは生まれ故郷である「杜王町(もりおうちょう)」でも、この見知らぬ世界(・・・・・・)に来ても変わらないものだった。

 

 そう、「だった」のだ。

 今、吉良吉影の平穏な人生は……音を立てて崩れ去った。

 

「マズい……非情にマズいぞ……ッ」

 

 眼前で横たわる名も知らぬ女性の、すでに冷たく硬直した体を見下ろしながら、吉良は声を漏らした。

 

 吉良吉影はこの時、久方ぶり(・・・・)に「人を殺した」ということに(あせ)りを感じていたのだ。

 それは今回の殺人が、『早人(はやと)の時』と同じく吉良の予期せぬ形で(おとず)れたことに起因(きいん)している。

 

「監視カメラの(たぐい)は見当たらない。今は深夜……住宅街から離れたこの通りに、他に人の気配もない。誰にも私のことは、見られていないはずだが……」

 

 『エリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしている』と同僚に評される吉良だったが、今はその風格の良さも陰に隠れ、止まらない冷や汗とビクつく態度で辺りをキョロキョロとうかがっている。

 まるで、どこかのマヌケな小物か、三下のヌケサクだな……。

 吉良は内心で毒づいた。

 

 吉良吉影はとても用心深い男で、自身が犯人だと発覚するような証拠は、これまで現場には残してこなかった。

 たった一度を除いて。

 そしてその一度だけのミスで、彼はかつてないほどの窮地(きゅうち)に立たされることになったのだが、それはまた別の話。

 

「クソッ! 『キラー・クイーン』さえ使えれば、死体など粉々に「爆破」できたものを……。なぜ『スタンド能力』が出せないのだ」

 

 スタンド──それは精神力が形となった、パワーのある(ヴィジョン)

 俗にいう『超能力』と呼ばれるものを、この男は使えるのだ。

 彼はこの「スタンド能力」を利用することで、証拠も、殺した被害者の遺体すらもこの世から残さず消し去り、これまで犯行の発覚を(まぬが)れてきた。

 

「あの時……杜王町で『空条承太郎(くうじょう じょうたろう)』共に追いつめられ、「スター・プラチナ」の攻撃を食らったあと……。気がつけば私はこの街(・・・)にいた。そしてそれからだ、スタンドが使えなくなったのは」

 

 故郷である杜王町に宿る「黄金の精神」たちによって、吉良という邪悪は町から一掃された。

 人命を守る救急車に()かれ命を落とす、という形で人生の幕を引いたはずの吉良はしかし、次に気がついた時には、すでにこの街──東京にいた。

 

 これまでのピンチは悪い夢かとも思ったが、はっきりとした死の感覚がそれを許さなかった。

 吉良吉影は確かに死んだ。そして生き返ったのだ。能力の喪失と引き換えに。

 

 この現象に説明はつかなかった。

 吉良は『時を戻す』ことのできる力も持っていた。

 杜王町で彼を探す者たちに追い詰められた時、土壇場(どたんば)でその力を使ったような気もするが……場所を変えた今は、「過去」ではなかった。

 日付を確認すれば、それは彼が生きていた年代より、五年も先の「未来」を示していたのだ。

 

 最期の方の記憶はあやふやだったが、混乱の中でも吉良は、今の状況を『運命』だと思った。

 神や悪魔がいるとは信じなかったが、天が自分に味方してくれたのだと。

 

 そうして吉良はこの街で、再びしがないサラリーマンとしての生活を始め、人々の中に埋もれていった。本当の自分を隠すために。

 

「だというのに……これまで衝動をおさえ静かにすごしていたというのに……クソッ! すべては『あの声』のせいだッ」

 

 東京に来て、以前のように商社マンとして中小規模の会社に(つと)め、まだ(ふところ)に余裕は無いのでアパートを借りての独り暮らし。

 職場では目立たず、かといって見下されもしないポジションをキープし、近所づきあいもほどほどに。

 以前ほど優雅(ゆうが)な暮らしではないが、吉良の望む『植物のような静かで平穏な人生』を、ひとまずは手に入れた。

 

 そんな日々の中で気がつけば、ふとした時に脳裏に響く、一つの声があった。

 

『殺せ……殺せ……人間を殺せ……』

 

 生まれ持っての殺人癖を持つ吉良であったが、いまだかつてこのような幻聴が聞こえてきたことは、一度として無かった。

 この男が人を殺すのは、あくまでも自らの内から生じる欲求にそってのことであり、「神」や「宇宙人」の指令なんてバカげたものでは決してない。

 

 吉良には殺人の外に、もう一つの趣味がある。

 それは、手の綺麗な女性の『手首』を体から切り離し、所持することだ。

 

 収集(コレクション)するのとは少し違う。

 持つのは常に「一人」だけ。

 吉良はその一人の女性の手首と、日常を共にする。

 外出するならコートの内ポケットに忍ばせて出かけるし、ショッピングの時には一緒に店内を見て回る。

 食事をする際は、その「彼女」に食べさせてもらう(・・・・・・・・)のだ。

 

 確かに吉良は、右も左も分からない東京に来てからというもの殺人も、当然ながら手首を所持することも一切を止めていた。

 土地勘のない場所では、いつどこで誰に犯行の現場や『彼女』を見られるとも限らないし、都会なら「監視カメラ」だって付いているだろう。

 彼の生きていた時代ではまだそれほど普及していなかった「インターネット通信」で、怪しい奴はすぐ警察だとかに目をつけられてしまう。

 不用意な行動は極力()けるべきだ。

 

 ゆえに吉良はこれまでジッと、静かに自分の欲望を抑えこんできた。

 しかしそれは、今ここにいたって初めての行いという訳でもない。

 杜王町にいた頃でも、被害者がニュースで取りざたされた時などは、次の犯行を(ひか)え何ヵ月と耐え忍んだ経験もある。

 その時でも「殺人を(うなが)す幻聴」なんて、一度として聞こえたことはない。

 

 『声』は最初、一人自宅でくつろいでいる時などに聞こえ始めた。

 初めは空耳かとも思ったが、声が聞こえる回数は日に日に増え、ついには所かまわず脳裏に響くようになり吉良を苦しめた。

 

 と言っても殺人への衝動は、この男が持って生まれた欲求でもある。

 苦しいのは、欲望のままに動けばすぐに破滅を招くため、『やりたくてもやれない』という自縛によるものだ。

 吉良吉影という人物に、「人を殺すのは悪いこと」だなんて良心は存在しない。

 

 低くくぐもった不気味な声(・・・・・・・・・・・・)は、何日も、何週間も……絶えず吉良に(ささや)きかけてきた。

 『お前がひた隠しにする、その欲望を解放しろ』と。

 それは吉良にとって耐えがたい誘惑だった。

 

 花の蜜に虫が(たか)るように……あるいは、三日間砂漠をうろついた末にオアシスを見つけた旅人のように……、彼の前に美しい手をした女性が現れたなら?

 コーラを飲んだらゲップが出るっていうぐらい確実に、吉良の理性は吹き飛ぶだろう。

 

「……冗談じゃあないぞ。また、安心して熟睡できない夜が来るなんて……ッ」

 

 ()む、噛む、自らの爪を噛む。

 吉良は子供の頃から、『絶望』した時に血が出るほど爪を噛む癖があった。

 

 スタンドが使えなくなった状況で起こした、突発的な殺人行為。

 どうやっても隠ぺいできるものでもないこの事態に……万一この場は逃れられても、これから先ずっと追われ続けるだろう人生に、吉良は無意識に絶望していた。

 

「こんな時にせめて親父でもいれば……」

 

 吉良の父親「吉廣(よしひろ)」もまた、息子と同じ能力者──『スタンド使い』であった。

 吉廣は吉良が若い頃にすでに他界しているが、息子を心配するあまり「幽霊」となって現世にとどまり、影から息子──吉影の殺人に手を貸していたのだ。

 しかしそれも、親子の『敵』である者たちとの戦いの中で、吉良が図らずも父親を「爆破」するにいたったため、すでに彼の協力者は一人としていなくなってしまった。

 

「どうする? どうやって、この『名も知らぬ女』の遺体を始末する? 川にでも投げ入れるか? どこかで燃やすか? それとも自宅に持ち帰って、バラバラにしてゴミに捨てるか?」

 

 どれも現実的な解決法ではないことは、自分でもわかっていた。

 初めて殺人を行った時も、吉良はまだスタンド使いではなかった。

 その時の犯行が発覚しなかったのはたまたまの偶然であり、たとえ今この場から逃げたとしても、おそらく……いや、絶対に警察は犯人が吉良だということを突き止めるだろう。

 

 遺体を前にしてどれほどの時間が()っただろうか。

 不意に吉良は近くに、自分と遺体以外の「誰かがいる」ということに気づいた。

 闇の中から彼を見つめる、何者かの「視線」を感じたからだ。

 

 直後、吉良に向けられた視線の元。その闇の中から、一本の『青いバラ』が飛んできた。

 夜に浮かぶ月の光を反射するバラは、一筋の流星のように遺体の女性に突き刺さった。

 

 闇の中に青白い光がともる。

 バラが起爆剤となったのか、女性の遺体は蒼い炎につつまれた。

 驚くべきことに炎はほんの数秒で遺体を燃やし尽くし、吉良の眼前で名も知らぬ女性は真っ白な灰となった。

 灰は生ぬるい夜風に吹かれ闇の中へと消え、残るのは呆気にとられたような表情を浮かべた吉良ただ一人であった。

 

「困りますね。死体をそのままにされては……」

 

 つぶやくような、しかしハッキリとした声とともに、闇の中から一人の男が姿を見せる。

 一目で高級とわかるスーツを着こなし、キビキビとした足取りは自らの存在に対する自信と誇りの表れか。

 

「……貴様、スタンド使いか……!?」

「『すたんどつかい』? 知りませんね、そんなものは」

 

 吉良の問いかけに、男は素っ気なく答えた。

 コツコツと革靴の音を響かせながら、男は吉良に近づいていく。

 警戒を高める吉良だったが、スタンドが使えない今は具体的にどうすることもできない。

 

 男は吉良の正面で立ち止まると、スーツの内に手を入れた。

 

(まさか、『拳銃』ッ!?)

 

 吉良の緊張がピークに達した。

 しかし男が(ふところ)から取り出したのは、手の平に収まるサイズの、長方形の一枚の紙だった。

 

「なん……これは、『名刺』……?」

 

 虚を突かれたような吉良の言葉がおかしかったのか、男は口の(はし)をわずかにつり上げた。

 

「明日、ここに来てください。待っていますよ」

 

 吉良が名刺を受け取ったのを確認した男は、それだけ言い残すと一転して背を向け、再び闇の中へと溶けるように姿を消した。

 謎の人物を黙って見送るしかなかった吉良は、数秒後我に返ると……渡された名刺に目を落とした。

 

 そこには、『スマートブレイン』という企業の住所が(しる)されていた。




『謎の声』はファイズの小説版からの設定です。
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