腹が空いたら食事をするように。
一枚のCDを聞き終わったら、キチッとケースにしまってから次のCDを聞くように。
誰だってそーするように、吉良もそーして当たり前のこととして、人を殺してきた。
しかし吉良は、生まれながらに持ったこの『人間を殺さずにはいられない』という欲求を、不幸なことだとは
自分は人殺しであるが、そのサガを抱えたまま「誰よりも幸福に生きてみせる」という、強固な信念を持っていた。
そしてこれまでの三十三年の人生の中で、実に五十人以上に渡る被害者を出してきた、日本史上最悪の殺人鬼なのである。
だがむろん、殺しのことは誰にも見せない裏の顔であり、表向きはしがないサラリーマンとして生活していた。
それは生まれ故郷である「
そう、「だった」のだ。
今、吉良吉影の平穏な人生は……音を立てて崩れ去った。
「マズい……非情にマズいぞ……ッ」
眼前で横たわる名も知らぬ女性の、すでに冷たく硬直した体を見下ろしながら、吉良は声を漏らした。
吉良吉影はこの時、
それは今回の殺人が、『
「監視カメラの
『エリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしている』と同僚に評される吉良だったが、今はその風格の良さも陰に隠れ、止まらない冷や汗とビクつく態度で辺りをキョロキョロとうかがっている。
まるで、どこかのマヌケな小物か、三下のヌケサクだな……。
吉良は内心で毒づいた。
吉良吉影はとても用心深い男で、自身が犯人だと発覚するような証拠は、これまで現場には残してこなかった。
たった一度を除いて。
そしてその一度だけのミスで、彼はかつてないほどの
「クソッ! 『キラー・クイーン』さえ使えれば、死体など粉々に「爆破」できたものを……。なぜ『スタンド能力』が出せないのだ」
スタンド──それは精神力が形となった、パワーのある
俗にいう『超能力』と呼ばれるものを、この男は使えるのだ。
彼はこの「スタンド能力」を利用することで、証拠も、殺した被害者の遺体すらもこの世から残さず消し去り、これまで犯行の発覚を
「あの時……杜王町で『
故郷である杜王町に宿る「黄金の精神」たちによって、吉良という邪悪は町から一掃された。
人命を守る救急車に
これまでのピンチは悪い夢かとも思ったが、はっきりとした死の感覚がそれを許さなかった。
吉良吉影は確かに死んだ。そして生き返ったのだ。能力の喪失と引き換えに。
この現象に説明はつかなかった。
吉良は『時を戻す』ことのできる力も持っていた。
杜王町で彼を探す者たちに追い詰められた時、
日付を確認すれば、それは彼が生きていた年代より、五年も先の「未来」を示していたのだ。
最期の方の記憶はあやふやだったが、混乱の中でも吉良は、今の状況を『運命』だと思った。
神や悪魔がいるとは信じなかったが、天が自分に味方してくれたのだと。
そうして吉良はこの街で、再びしがないサラリーマンとしての生活を始め、人々の中に埋もれていった。本当の自分を隠すために。
「だというのに……これまで衝動をおさえ静かにすごしていたというのに……クソッ! すべては『あの声』のせいだッ」
東京に来て、以前のように商社マンとして中小規模の会社に
職場では目立たず、かといって見下されもしないポジションをキープし、近所づきあいもほどほどに。
以前ほど
そんな日々の中で気がつけば、ふとした時に脳裏に響く、一つの声があった。
『殺せ……殺せ……人間を殺せ……』
生まれ持っての殺人癖を持つ吉良であったが、いまだかつてこのような幻聴が聞こえてきたことは、一度として無かった。
この男が人を殺すのは、あくまでも自らの内から生じる欲求にそってのことであり、「神」や「宇宙人」の指令なんてバカげたものでは決してない。
吉良には殺人の外に、もう一つの趣味がある。
それは、手の綺麗な女性の『手首』を体から切り離し、所持することだ。
持つのは常に「一人」だけ。
吉良はその一人の女性の手首と、日常を共にする。
外出するならコートの内ポケットに忍ばせて出かけるし、ショッピングの時には一緒に店内を見て回る。
食事をする際は、その「彼女」に
確かに吉良は、右も左も分からない東京に来てからというもの殺人も、当然ながら手首を所持することも一切を止めていた。
土地勘のない場所では、いつどこで誰に犯行の現場や『彼女』を見られるとも限らないし、都会なら「監視カメラ」だって付いているだろう。
彼の生きていた時代ではまだそれほど普及していなかった「インターネット通信」で、怪しい奴はすぐ警察だとかに目をつけられてしまう。
不用意な行動は極力
ゆえに吉良はこれまでジッと、静かに自分の欲望を抑えこんできた。
しかしそれは、今ここにいたって初めての行いという訳でもない。
杜王町にいた頃でも、被害者がニュースで取りざたされた時などは、次の犯行を
その時でも「殺人を
『声』は最初、一人自宅でくつろいでいる時などに聞こえ始めた。
初めは空耳かとも思ったが、声が聞こえる回数は日に日に増え、ついには所かまわず脳裏に響くようになり吉良を苦しめた。
と言っても殺人への衝動は、この男が持って生まれた欲求でもある。
苦しいのは、欲望のままに動けばすぐに破滅を招くため、『やりたくてもやれない』という自縛によるものだ。
吉良吉影という人物に、「人を殺すのは悪いこと」だなんて良心は存在しない。
『お前がひた隠しにする、その欲望を解放しろ』と。
それは吉良にとって耐えがたい誘惑だった。
花の蜜に虫が
コーラを飲んだらゲップが出るっていうぐらい確実に、吉良の理性は吹き飛ぶだろう。
「……冗談じゃあないぞ。また、安心して熟睡できない夜が来るなんて……ッ」
吉良は子供の頃から、『絶望』した時に血が出るほど爪を噛む癖があった。
スタンドが使えなくなった状況で起こした、突発的な殺人行為。
どうやっても隠ぺいできるものでもないこの事態に……万一この場は逃れられても、これから先ずっと追われ続けるだろう人生に、吉良は無意識に絶望していた。
「こんな時にせめて親父でもいれば……」
吉良の父親「
吉廣は吉良が若い頃にすでに他界しているが、息子を心配するあまり「幽霊」となって現世にとどまり、影から息子──吉影の殺人に手を貸していたのだ。
しかしそれも、親子の『敵』である者たちとの戦いの中で、吉良が図らずも父親を「爆破」するにいたったため、すでに彼の協力者は一人としていなくなってしまった。
「どうする? どうやって、この『名も知らぬ女』の遺体を始末する? 川にでも投げ入れるか? どこかで燃やすか? それとも自宅に持ち帰って、バラバラにしてゴミに捨てるか?」
どれも現実的な解決法ではないことは、自分でもわかっていた。
初めて殺人を行った時も、吉良はまだスタンド使いではなかった。
その時の犯行が発覚しなかったのはたまたまの偶然であり、たとえ今この場から逃げたとしても、おそらく……いや、絶対に警察は犯人が吉良だということを突き止めるだろう。
遺体を前にしてどれほどの時間が
不意に吉良は近くに、自分と遺体以外の「誰かがいる」ということに気づいた。
闇の中から彼を見つめる、何者かの「視線」を感じたからだ。
直後、吉良に向けられた視線の元。その闇の中から、一本の『青いバラ』が飛んできた。
夜に浮かぶ月の光を反射するバラは、一筋の流星のように遺体の女性に突き刺さった。
闇の中に青白い光がともる。
バラが起爆剤となったのか、女性の遺体は蒼い炎につつまれた。
驚くべきことに炎はほんの数秒で遺体を燃やし尽くし、吉良の眼前で名も知らぬ女性は真っ白な灰となった。
灰は生ぬるい夜風に吹かれ闇の中へと消え、残るのは呆気にとられたような表情を浮かべた吉良ただ一人であった。
「困りますね。死体をそのままにされては……」
つぶやくような、しかしハッキリとした声とともに、闇の中から一人の男が姿を見せる。
一目で高級とわかるスーツを着こなし、キビキビとした足取りは自らの存在に対する自信と誇りの表れか。
「……貴様、スタンド使いか……!?」
「『すたんどつかい』? 知りませんね、そんなものは」
吉良の問いかけに、男は素っ気なく答えた。
コツコツと革靴の音を響かせながら、男は吉良に近づいていく。
警戒を高める吉良だったが、スタンドが使えない今は具体的にどうすることもできない。
男は吉良の正面で立ち止まると、スーツの内に手を入れた。
(まさか、『拳銃』ッ!?)
吉良の緊張がピークに達した。
しかし男が
「なん……これは、『名刺』……?」
虚を突かれたような吉良の言葉がおかしかったのか、男は口の
「明日、ここに来てください。待っていますよ」
吉良が名刺を受け取ったのを確認した男は、それだけ言い残すと一転して背を向け、再び闇の中へと溶けるように姿を消した。
謎の人物を黙って見送るしかなかった吉良は、数秒後我に返ると……渡された名刺に目を落とした。
そこには、『スマートブレイン』という企業の住所が
『謎の声』はファイズの小説版からの設定です。