吉良吉影、『オルフェノク』になる。   作:ほろろぎ

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第二話 出会う二人

「ここが『スマートブレイン』の本社か……」

 

 名刺を片手に吉良吉影はつぶやく。

 彼の前には、文字通り見上げるほどの超高層のビルが一棟、その存在を誇示(こじ)するように屹立(きつりつ)していた。

 

 事の起こりは昨夜……吉良は意図せぬ形で人一人の命を奪った。

 遺体の処理に悩む彼の前に現れた謎の男は、スマートブレインの住所が記された名刺を渡し言ったのだ。

 

『明日、ここに来てください。待っていますよ』

 

 と。

 得体の知れない(やから)の言うことに(したが)うのは気が乗らなかったが、無視したとして徳があるとも思えない。

 逆に、事件のことを警察にタレコまれる可能性もある。

 

「まったく、ツイてない……」

 

 (あきら)めたようにため息を一つつくと、名刺をポケットにしまい一歩踏み出す。

 自動ドアをくぐり、吉良はスマートブレインの社内に立ち入った。

 

 ここで吉良は、はたと歩みを止めた。

 

(そういえば、私はどうやって『あの男』とコンタクトをとればいいのだ?)

 

 名刺に書かれていたのは会社の住所だけで、それ以外は真っ白だ。

 その上「男」は名前も名乗らず、ただスマートブレインに来いとしか言っていない。

 待ち合わせだとして、時間すら指定されていないのだ。

 

(まさか、かつがれた(・・・・・)んじゃあないだろうな……。私を呼び出して、すでにこの周囲に刑事とかが待ち構えているなんてことは……)

 

 嫌な予感が浮かび上がるが、それはすぐに払拭(ふっしょく)された。

 

「失礼、『川尻浩作(かわじり こうさく)』様でいらっしゃいますか?」

 

 声の主を見た吉良は、つい顔をしかめた。

 それは名前を間違われたとかではなく、彼に声をかけた女性の服装にある。

 

 水色と黒の二色で構成された光沢のある生地は、女性の体のラインをはっきりと浮かび上がらせる。

 肩と太ももを大胆に露出させている様は、どこかの「いかがわしい店」の店員ではないかと勘違いさせるほどだ。

 胸元とスカート部分に申し訳程度にあしらわれた会社のロゴが、その勘違いをかろうじてだが防ぐ役割をになった。

 

「川尻様でよろしいですか?」

「……ええ、私が「川尻浩作」です」

 

 吉良は、女性の問いに少し遅れてうなづいた。

 

 『川尻浩作』とは、吉良吉影の仮の名前である。

 この名前は、生まれ故郷の杜王町(もりおうちょう)にいた頃から使っているものだった。

 名前だけではない。

 吉良は外見や指紋すら、川尻浩作にそっくり成り代わっていた。

 

 これは「追手」から逃れるため、『エステティシャンのスタンド使い』を利用して変えさせたものである。

 この変装のおかげで、吉良は一度は追手の追跡から逃げおおせたのだ。

 

「こちらへどうぞ、川尻様」

 

 女性──スマートブレインの宣伝を務めるイメージガールでもある「スマートレディ」に案内され、あとを着いて行く。

 エスカレーターに乗り、たどり着いたのは社の最上階。

 

「中へどうぞ」

 

 スマートレディは、「社長室」と書かれた扉の前でそう言うと、吉良に一人で入室することをうながした。

 

「……失礼します」

 

 (ひか)えめなノックのあと、一言添えて静かにノブを回す。

 

 部屋の中は、大企業の社長が居を構える一般的なイメージに対しては、いささか派手さに欠けていた。

 もちろん社長室など一介の平社員である吉良は早々立ち入ったことはないので、ただの想像によるのだが。

 しかし仕事に必要なもの以外を排した機能的な室内は、吉良に持ち主の品の良さを感じさせた。

 

「ようこそ、我がスマートブレインに」

 

 室内の奥。

 社長専用デスクに備え付けの椅子に優雅に腰掛けていた人物は、ゆっくりと立ち上がり吉良を出迎えた。

 

「お前は……ッ」

 

 吉良は小さく警戒の声を上げる。

 彼を迎えた人物は……昨夜、吉良の前に現れ名刺を渡した「謎の男」その人だったのだ。

 

 室内に破裂寸前の風船のような緊張感が走る。

 が、それは吉良一人の内面でのこと。

 

 『男』は警戒をあらわにする吉良を意に介さず、「どうぞ」と対面式のソファーに座るよううながした。

 男が先にソファーに座ったのを見て、吉良も用心深く対面に腰かける。

 

「さて……」

 

 男が口を開いた。

 

「昨夜の貴方(あなた)の行いですが……『下の下』ですね」

「……なんだって?」

 

 唐突に下された犯行への評価。

 吉良はつい聞き返してしまった。

 

「遺体の後処理を考えず人を殺し、あまつさえ動揺し身動きが取れなくなるなど、もってのほかです」

「…………」

「もし私が来なければ、貴方はどうするつもりだったんですか?」

「それは……」

 

 吉良は、男のもっともな意見に言い(よど)んだ。

 教師に叱られた生徒のような雰囲気になる吉良に、一転し男は笑みを浮かべる。

 

「しかし、殺しの手際はスムーズで無駄がなく、非常に良かったですよ。まさに『上の上』です」

「なんだって……?」

 

 想定外の男の言葉に、吉良は再び聞き返してしまう。

 

(今こいつ、なんと言った? 私が殺人を犯したことを……まさか、『褒めた』のか?)

 

「私も多くの殺しの手口を見てきましたが、貴方ほど鮮やかに人の命を奪う者は、未だ出会ったことが無い」

「ちょっと待て、なんなんだ貴様は? 一体なにが言いたい?」

「これは失礼、まだ名乗っていませんでしたね」

 

 意図の見えない男の言葉に、吉良は(あせ)りを見せないよう問いただした。

 そして男は昨夜と同じように、再びスーツの内ポケットから名刺をとり出し吉良に渡した。

 

 『スマートブレイン 代表取締役 村上峡児(むらかみ きょうじ)

 

 名刺の文字を目で追いながら、男の顔に視線を戻す。

 

「代表取締役……つまり、アンタはこの会社の社長……?」

「そうですよ、川尻浩作さん」

「そう、それで……あなた(・・・)はさっき、なんとおっしゃったのだ?」

「川尻さんの殺しの手際は素晴らしい」

 

 一介の社会人として、吉良は相手の役職に敬意を払い、言葉(づか)いを正した。

 そして村上もまた、笑顔を浮かべたまま吉良の犯行に敬意を表する。

 

「……私はこのあとどうなる。通報するか、もしくはすでに通報済みなのですか」

「通報なんてとんでもない。むしろ我々は、貴方の行いを推奨(すいしょう)する」

 

 吉良は三度同じ言葉で聞き返しそうになった。

 今この男はなんと言った? 殺人を推奨する(・・・・・・・)だって?

 

「混乱するのも無理はありません。ですが、私の言っていることは本当です。貴方にはこれからも、もっと人間を殺し続けて欲しい」

「なにかの冗談なのか? それともイカレてるのか、この状況で」

「本気ですよ、川尻さん。いえ……『吉良吉影』さん」

「貴様ッ!? なぜその名を……!?」

 

 ガタッと音を立てソファーから立ち上がる吉良。

 村上は穏やかな笑みを絶やさず、言葉を続ける。

 

「人一人の個人情報を探ることなど、わが社にとっては造作もないこと」

「……私はこの世界に来て、ただの一度も「吉良」の名前を使ったことはない」

この世界(・・・・)?」

「…………」

 

 妙な言い回しに引っかかりを覚えたような村上だったが、無言でたたずむ吉良を見て、あえて触れないことにした。

 

「わが社のことは、ご存知ですか?」

「『スマートブレイン』という社名くらいは……だがアンタ(・・・)たちの会社で作っている商品が、実際に店頭に発売されているのは見たことがない」

「うちは人工衛星も開発していましてね。今も(そら)で稼働しているんですよ」

「つまり、私はすでに見張られていた……ということか」

「その通り」

 

 これは答えになっていない。

 監視衛星を使用したとしても、この世界の住人でない吉良の正体を知ることなど、出来ないはずだ。

 

(あるいは、監視衛星を造れる技術があるなら……『別の世界』のことを探る方法もあるということか?)

 

 杜王町に暮らしていた頃より進んだ時間のここ(・・)なら、もしかしたら……。

 SFめいた考えを否定することが、吉良にはできなかった。

 村上は言葉を続ける。

 

「我がスマートブレインは、貴方のような優れた人間を探し出し、そのサポートをすることが目的なのです」

「人殺しを支援する企業だって? なんの冗談だ?」

「ただの殺しではありません。我々が行うのは、人類がより『優れた種族』へ進化するための、一つの手段です」

「言っている意味が分からない」

「では、お見せしましょう」

 

 そう言って、村上はソファーから立ち上がった。

 力を込めた村上の顔に、黒い縁取りのような紋様が浮かぶ。

 スーツの上を(おお)うように体が光に包まれた。

 そして、光が失せると村上のいた場所には、一体の異形がたたずんでいた。

 

「なにぃーッ!? こ、こいつはッ!?」

 

 なんなのだ、こいつ(・・・)は? 吉良の思考は驚きの一色に染まる。

 目の前にいるのは、子供の頃に興味の無かったテレビのヒーロー番組でチラッと見かけたような、『怪人』としか言いようのない存在。

 

「す、『スタンド能力』……!? いや、これは「違う」ッ」

「そう、私は『オルフェノク』」

「オル……フェノク」

 

 廃墟を想起させる灰色の体。

 額にあたる箇所は透明なガラス状の(ふた)がされ、中にはバラの花束が脳ミソの代わりとでもいうように収まっている。

 

 村上峡児が『変身』した怪人──「ローズオルフェノク」は、吉良を指さした。

 

「そして、貴方も私の仲間……」

「なん、だって……?」

 

 なにを言っているんだ、こいつは。

 

「私が、お前のような怪物だと? 確かに私は人間を殺さずにはいられない人でなしだ。その自覚はある。だが、貴様のようなバケモノなんかじゃあない」

「自覚が無いのは仕方ありません。貴方は誰かに『使徒再生』の義を(ほどこ)されていない、『オリジナル』のオルフェノクだ」

「しとさいせい?」

「人間がオルフェノクに進化するためには、他のオルフェノクの手によって体内に特殊なエネルギーを注入されるか……『死を経験』する必要がある」

 

 吉良の胸のあたりがドキリと強く高鳴った。

 その表情を見て、ローズオルフェノクは納得といった声を上げる。

 

「どうやら、覚えがあるようだ」

「……確かに……私は以前、一度死んだ経験がある。今生きているのに、『死んだことがある』なんて不思議な物言いだが」

「我々は、人間とオルフェノクを見分けることができる装置を持っている。それを使って、貴方を発見したという訳です」

「つまり私は、アンタたちの言う所の『純粋種』であると」

 

 ローズオルフェノクは小さくうなづいた。

 

「私も体を変えられるのか? その異形の姿に」

「ええ。口ではうまく説明できませんが、感覚で理解できるはずです。やって見せてください」

「……あまり気が乗らないが……」

 

 『スーツのように身にまとうスタンド』もあると、以前吉良は「幽霊の父親」から聞いたことがあった。

 目の前のオルフェノクの姿を見て、おそらくだがその「装着型のスタンド能力」は全然別のビジュアルをしているのだろう、と吉良は思う。

 オルフェノクの灰色一色の体は、まるで死体をイメージさせる。

 一度死に瀕した吉良は、その死のイメージに近づくような行為──怪人への変身に戸惑いを覚えた。

 

「恐れることはありません。オルフェノクとは進化した人間の新たな姿。いずれ人は皆、この形へと到達する」

 

 村上のどこか恍惚(こうこつ)とした言葉を聞くも、彼の描く未来に関心を持てない吉良。

 仕方ないといった風に、自身の体の内部に意識を集中させた。

 

 スタンドを体の外に出すのと似たような感触で、体内の力を外に向けて放出するイメージ。

 吉良の顔に黒い縁取りが浮かび、その体が灰色一色の体表を持つ異形のモノへと変わった。

 

「……これが、私の新しい力か」

 

 独り言ちる吉良。

 自らのスタンド、触れたものを「爆弾」へと変えることが出来る能力──『キラークイーン』のような、人間を越えた未知のパワーを吉良吉影は再び手にした。

 久しぶりの高揚感とでもいうべきものに、吉良はつつまれる。

 

「おめでとうございます。これで貴方も、真に我々の同胞となった」

「……この力を教えてくれたことは感謝するよ。だが、あいにく私は一人きりというのが性に合っていてね。アンタたちと行動を共にするつもりはない」

「そうですか、それは残念です。貴方なら我が社の重要な役職に就くことも、不可能ではないと思っているのですが」

「そりゃどーも」

 

 オルフェノクの変身を解く吉良と村上。

 話は終わったと、吉良は村上に背を向け退室しようとする。

 

 本来オルフェノクとなった者はスマートブレインの監視対象となり、いずれは社に帰属させられる。

 その上で、従わない者はより強いオルフェノクによって脅され、人を殺すことを強制される運命にあった。

 

 だが生粋の殺人鬼である吉良なら、オルフェノクの力を手にした今、誰に命じられずとも再び人を殺める様になる。

 村上峡児は吉良の本性を見抜いていたからこそ、あえて無理矢理スマートブレインの傘下に収めることをしなかった。

 

「吉良さん……いえ、川尻さん。どうぞこれからも、オルフェノクの繁栄に協力してください」

「アンタに言われたからじゃあないが、私だってせいぜいこの力を有効に使わせてもらうさ」

 

 ドアのノブに手が触れる直前、吉良は動きを止め村上を振り返った。

 

「一つ(たず)ねたいんだが、アンタたちは人探しがお手のもなんだよな……『空条承太郎』や『東方仗助(ひがしかた じょうすけ)』、『岸辺露伴(きしべ ろはん)』って人物は、どこにいるか分かるかね?」

 

 特に露伴って奴は有名な漫画家なんだが、と吉良。

 村上はそれらの名前を携帯用の端末──スマートパッドに打ち込んだ。

 数秒で答えが出た。

 

「そのような名前の人物は、戸籍登録されていませんね」

「……そうか」

 

 吉良は思わず、ニヤリとほくそ笑んだ。

 あとは何も言わず、社長室を出て、スマートブレイン本社からも退場した。

 

「ククク……ハハハッ」

 

 周囲に人の目が無ければ、もっと大声で笑いだしたいところだ。

 雲一つない青空が、自らの新しい門出を祝福している様に感じられる。

 爽やかな日差しの中で吉良は、暗く冷たい氷の中から解放された気分だった。

 

「やはり、この世界(・・・・)に丈太郎どもはいなかった。やったぞ。私はついに奴らから逃げ切ったのだ……!」

 

 初め村上に呼び出された時は多少(あせ)ったものの、あの男もどうやら吉良の『敵』ではない様子。

 胡散臭(うさんくさ)い存在ではあるが、せいぜい利用してやるさ。スタンド能力に代わる新しい力も手に入ったことだしな。

 吉良は鼻歌でも口ずさみそうな上機嫌で、自宅への帰路に就いた。

 

「これで、これからも安心して『美しい手』を愛でられる」

 

 この日を(さかい)に、東京都内における行方不明者の数は、劇的な増加を見せ始めることになる……。

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