吉良吉影、『オルフェノク』になる。   作:ほろろぎ

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第三話 その少女

 杜王町の住民なら知らない人はいない有名なパン屋、「サンジェルマン」。

 東京に転移して新たな生活を始めた吉良吉影は、ふと入ったとあるパン屋に故郷の面影を感じた。

 それから吉良は、「その店」を時折訪れるようになる。

 今も店内で、昼食のランチを選んでいる最中だった。少し前に手に入れた『彼女』と共に。

 

「ん~。いつ来てもこの店には、焼き立てのパンの香りが漂っているな」

 

 香水の香りを楽しむように、吉良は店内を満たすパンの匂いを鼻から吸い込んだ。

 

「ほら、この店のサンドイッチ()焼きあがったばかりのパンを使っているから、まだ柔らかくてホカホカなんだよ。とても美味しそうだろう?」

 

 他の客からは見えない角度で、ポケットから取り出した「女性の手首」に、吉良は小さな声で話しかける。

 

「気に入ったのかい? では、今日のお昼はこれにしようね」

 

 まるで子供のする人形遊びのように、吉良は一人「彼女」との会話を重ねる。

 会計の最中に、吉良の耳は店内ラジオのニュースの音を拾った。

 

 それは、この近辺に住んでいる二十代の女性がまた一人、行方不明になっているというもの。

 ニュースは、『またしても』行方不明者が出たということを強調している。

 

 そう、吉良がオルフェノクに覚醒したあとで、行方不明の人間──特に若い女性の数が劇的に増え始めたのだ。

 人間を越えるパワーを手にし、タガの外れた吉良の犯行はとどまる所を知らない。

 

 また、被害者の行方が知れないことの要因の一つとして、大企業『スマートブレイン』の隠ぺい活動も大きく影響していた。

 オルフェノクを人類の革新と説くスマートブレインの社長──村上峡児(むらかみ きょうじ)のお眼鏡に、吉良はかなったという訳だ。

 

 もっとも村上は、『仲間』を増やす過程として人が死ぬのを良しとしているのに対し、吉良は「美しい手首」を得る手段として人を殺しているという違いはあるのだが。

 

 そうして吉良は今、東京都内の小さな公園で、独りのどかなランチタイムを過ごしていた。

 手入れもされずうら寂しい場所だったが、そのおかげで他に人の気配もなく、鬱陶しい思いをせずに済むので気に入っているスポットの一つだ。

 

 午後の柔らかな日差しに照らされながら、出来立てのまだ温もりのあるサンドイッチを、『彼女』の手で食べさせてもらう(・・・・・・・・)

 吉良吉影にとって至福のひと時だ。

 

「もっとも東京(ここ)は、杜王町のような清々(すがすが)しい空気感じゃあないってのが、少し気に入らないがね」

 

 故郷を懐かしみながらパンを口に運ぶ。

 かじりついた拍子に、サンドイッチにかかっていたソースが一滴、スーツに飛び跳ねた。

 急いでハンカチで拭きとるも、濃いめのソースはすでに服の繊維(せんい)の間に浸み込んでおり、水洗い程度では落とすのが難しい状態になっている。

 

「しまったな、一滴とはいえ白いスーツにソース染みは目立ってしまう。自宅の洗濯機は故障しているし、どうしたものか……」

 

 そういえば、となんの気なしに財布に入れていたチケットを一枚、取り出してみる。

 ポストにチラシと一緒に投函(とうかん)されていた、どこかの「クリーニング店」の割引券だった。

 店名に聞き覚えはない。おそらく個人経営の店なのだろう。

 

 吉良は過去に、ボタンの取れたスーツを修理に出したことがきっかけで、『追手』に存在を知られた経験があった。

 その過去の体験から、自分の持ち物を誰かに預けることには抵抗があるのだが、サラリーマンとして働いている手前スーツの汚れをほったらかしにしておく訳にもいかない。

 

「仕方がない……この店に洗濯を頼むとするか」

 

 パンをすべて食べ終えると、「彼女」を懐にしまい店へと向かう。

 目的のクリーニング屋──『西洋洗濯舗 菊池』は、公園からほど近い場所に立地していた。

 

 ドアを開けると、こじんまりとした店内には、カウンターの前に『茶髪の青年』が一人。

 受付であろう。いかにもヒマそうな感じでイスに座っていた。

 

 客が来たというのに挨拶の一つもない。吉良は少し不愉快そうに眉間を寄せた。

 

「……らっしゃい」

 

 ドアから離れ、吉良がカウンターの前に立ったことで青年はようやく口を開いた。

 吉良は、あらかじめ脱いでたたんでおいたスーツを、カウンターに乗せる。

 

「このスーツをクリーニングに出したいのだが」

「ん、どこも汚れてねーぞ」

 

 青年はスーツを手に取って広げることもせず、一べつしたのみ。

 客に対してタメグチとは、一体どういう教育をされているのだ……。吉良は内心で毒づいた。

 青年にも分かるように、汚れの部分を指で示す。

 

「ここに一点、シミができてしまってね」

「はぁ? こんなのでわざわざ持ってきたのかよ。ボタンでも着けとけば隠せるだろ」

 

 まるで、仕事を増やされては迷惑だとでも言いたげな様子だ。

 

 確かに、たった一滴のソースのシミだけで洗濯を頼むのは、いささか大げさだったかもしれない。

 だとしても、そんなことを店員であるこの男に言われる筋合いはない。

 吉良の中で、目の前の青年に対するイラ立ちが溜まりはじめる。

 

「ちょっと(たくみ)! お客さんになに言ってんのよ!」

 

 この店には青年の他にもう一人店員がいたのか、奥の部屋から小柄な女性が姿を表した。

 顔つきからして女の方は、まだ二十歳前であろう青年よりさらに歳が低く見える。

 

 少女は自分より年上の青年にも臆することなく、店員としての態度がなっていないことへの怒りをぶつけた。

 対する青年も、面倒そうに少女をあしらおうとする。

 

「うるせえなぁ。だったら真理(まり)、お前がこいつの相手してやれよ」

「はぁ!? 今日の店番はあんたの当番でしょ!」

「なに言ってんだよ。元々は啓太郎(けいたろう)の番だったはずだ」

「その啓太郎は急な配達でいないんだから、巧がするのが筋でしょ」

「なんで俺が」

「『ジャンケン』で負けたから」

「……あれはお前の遅出しだった。インチキだ! 無効だ、無効!」

「自分がジャンケン弱いのを相手のせいにするなんて、ヒーローとして恥ずかしくないの!?」

「うるせーブス!」

「この猫舌! バカ!」

「なんだとこのバカ!」

「バカバカバカ」

「バカバカバカバカバカバカ」

 

 なんて『低次元な言い争い』なんだ……。

 吉良は青年と少女の子供のような罵声の応酬を聞いて、先ほどまでのイラ立ちなどすっかり忘れ、呆れかえった。

 二人は壊れたテープのように、互いに向けて延々と「バカ」という単語ばかり繰り返している。

 

 このままでは日が暮れてしまう。

 吉良はコホンと咳払いをして、二人の注意を引き戻した。

 

「あっ! ご、ごめんなさい」

 

 少女──『真理』と呼ばれていた──は、とっさに頭を下げた。

 その流れで、カウンター上に置きっぱなしになっていた吉良のスーツを手に取る。

 真理が汚れの有無を確認している間に、これ幸いと青年は、無言で奥の部屋へ引っ込んでいった。

 その背に向けて小さく放たれた真理の舌打ちの音が、吉良の耳に(かす)かに聞こえた。

 

 この場に残った険悪な空気を振り払うように、少女は吉良に対して営業スマイルを向ける。

 

「これくらいのシミだったら、今日中に仕上がります」

「そうか、ではまた夕方ごろに取りに来よう」

「料金は先に支払ってもらうことになってるんですが……」

「ああ、構わないよ」

 

 提示された金額は半端なものだったので、吉良は一万円札を渡した。

 

「これ、お釣りです」

「…………」

 

 釣銭を「手渡し」してくる真理。

 不意に触れた彼女の指の感触に、吉良は(しび)れるような衝撃を覚えた。

 

 不思議と引き込まれる真理の指の肌ざわりに、吉良はついその『手』を取り、じっと注視してしまう。

 

「ぇ、あ、あの……」

 

 戸惑いを見せる真理の姿は、同年代の女子たちよりも一段美しい容姿をしていた。

 けれど彼女の「手」は、その整った顔立ちに比べると、しごく『普通』のものだ。

 

(おそらく、村上峡児なら『中の中』と表現するのだろうな)

 

 そんなありふれたはずの「真理の手」から、なぜか吉良は目が離せなかった。

 握りしめる手の肌触りを、いつまでも堪能していたい。

 「奇妙な誘因力」とでもいうべき、謎の魅力を少女の手は放ってた。

 

 この『手首』を手に入れたい。

 

 吉良は思い出したように、パッと真理の手を離した。

 何食わぬ顔で彼女の手から釣銭を受け取ると、さっきの奇行など無かったかのように、無言で店から去っていった。

 

「……なんだったんだ、あのオッサン」

 

 店内では、一人残された真理が困惑の声を漏らしていた。

 

「顔は良いけど、いきなり女の子の手をガン見とか、ヤバい趣味でも持ってんのかな……」

 

 顔が良いだけ中曽根さんよりマシかもしれないけど。

 苦手な客のことを思い出し、つい比較してしまう真理。

 それでも気になるので、消毒液で手を洗おうとした時、ふとカウンターの上に残った一枚の紙きれが視界に入った。

 

「あ、『受け取り表』渡し忘れた……」

 

 これがないと、衣類の持ち主が分からなくなってしまう。

 まだ吉良が退店してから数分と立っていない。

 真理は、部屋の奥にいる青年に「店番を頼む」と言い残し、急いであとを追った。

 

「おかしいなぁ……一体どこにいるんだろ」

 

 距離にして、男はそれほど店から離れていないはず、と真理は思っていた。

 しかし近辺には、どこを探しても吉良の姿は見当たら無い。

 

「どうしよ、これじゃまた啓太郎にブツブツ文句言われるよ」

 

 店の(あるじ)であり居候先の家主のお小言を想像して、少女はげんなりとした気分になった。

 と、視界の端で動く白い影が。

 目を向けると、少女の視線の先──道路の向こう側に、白いスーツを着た先ほどの客が背を向けて歩いている姿が映った。

 

「お客さん!」

 

 真理は声を上げ、客である吉良の背中を追いかける。

 人通りのない路地裏に入ったところで、彼女はようやく吉良を呼び止めることに成功した。

 

「お客さん、これ……!」

 

 息を切らせながら、受け取り表を差し出す。

 紙切れを受け取りながら、吉良は礼を言った。

 

「……どうもありがとう」

「いえ、それじゃあ」

「『ありがとう』と言ったのはね、この伝票を持ってきてくれたことじゃあないんだ」

「ぇ?」

「わざわざ私の元まで来てくれてありがとう、ってことなんだ」

 

 真理の目に、男の黒く(にご)った瞳が映る。

 一切の光を通さない暗黒のようなどす黒い目が、じっと真理のことを見つめている。

 

 なんか、ヤバいぞコイツ。

 少女の直感が、吉良吉影という男の危険性を告げた。

 

 すぐにでも逃げだそうと足に力をこめるが、それよりも早く吉良に腕をつかまれてしまった。

 

「ようこそ。君が新しい『彼女』だ」

 

 吉良の顔に黒い縁取りが現れ、その姿を異形の怪人へと仕立て上げる。

 

 死を想起させる灰色の体には、肩や腰などの各部に「人の頭骨」を模したレリーフがあしらわれている。

 しなやかな肢体と鋭い目つきを持つそれ(・・)は、「猫」の姿を真理に思い起こさせた。

 

 吉良吉影は進化した自らの形──『キャットオルフェノク』としての姿を少女の前に現した。

 真理の目が、驚愕と共に見開かれる。

 キャットオルフェノクは『前の彼女』を取りだすと、自らの能力を使いその「手首」を消し去った。

 

「これで昔の女とも『手が切れた』な……」

 

 怪人は目の前の「新しい獲物」を見据えながら、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。

 それはさながら、餌のネズミを前にして喜びの鳴き声をあげるネコのようだった。




真理の口調に違和感があるかもしれませんが、井上先生の小説版だとこんな感じだったので、そちらを参考にしています。
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