目が覚めれば、そこは見慣れた自室の天井だった。
「…………知ってる天井だ……」
布団を捲りながら、むくりと起き上がった。
不可思議な夢を、鮮明に覚えている。M78星雲のウルトラの星から来た、ウルトラマンゼットと名乗る巨大な宇宙人。二人で一人の関係。渡されたガッツハイパーキーという謎のアイテム。
「え…………」
右手に何かを握り締めている。固くひんやりとした感触に首を傾げ、まさかと思いながら恐る恐る握り締めていた手を開いた。
夢の中で渡されたガッツハイパーキー。ウルトラマンゼットの描かれたそのキーは、確かに夢の中で渡されたものと同じだった。
「あれ、夢じゃないの……?」
ひとりは頭を抱え、布団に顔を埋めた。
二人で一人のウルトラ凄い関係──ゼットが言っていた言葉が脳裏を過る。その言葉の意味がまるで分からない。身体になにか異常があるようにも思えず、取り敢えずこの場にそぐわないモノを眺めた。
「ガッツハイパーキー……?」
キー、と言われている以上どこかの鍵となるものなのだろうか。だが、ハイパーキーを差すような場所はどこも知らないし、持っているわけでもない。
「いったいどこの鍵なんだろう……」
ハイパーキーを眺めながら、ぽつりと呟く。元よりハイパーキーの幅は普通の一般的な鍵と比べても何倍も太く、鍵を回す以前にどこにも差し込めない。
思考を諦めて布団の上に倒れる。天井を仰いで、夢の中で起きた出来事を軽く振り返っていた。
「ウルトラマン……ゼット……」
光の星から来た人……人、なのか怪しいけれど。星から来たということは、多分……いや、絶対に宇宙人。だけど、宇宙人が日本語を平然と話していたし、きっと私が創り出したイマジナリーフレンドと一緒。今もまだ、夢と現実の区別が付いていないんだ。
「これも夢。よし、もう一回寝よう」
そう覚悟して、布団の中へと身体を滑り込ませた直後──、
ガッツハイパーキーから大音量で音声が響き渡り、驚愕したひとりが布団から飛び出た。
辺りの物にぶつかり、巻き込みながら壁に背中を付け、布団の上に投げ捨てられたガッツハイパーキーを見つめる。あまりに突然のことで壁に背中を付けた際、勢い良くぶつけてしまった──痛い。
だが、それよりもガッツハイパーキーからの発せられた音声に対する驚きが勝り、ひとりは一分ほど眺めてからシャーペンで恐る恐るハイパーキーに触れた。
当たった感触は硬い。生きている様子はまるでない。ひとりはゆっくりと手を伸ばす。恐怖が勝って一瞬だけ手を引っ込めるが、固唾を飲んで慎重にハイパーキーを取った。
「え、どうして音が鳴ったの……?」
軽くひんやりとした感触。じっくりと両手で持って観察していると、ハイパーキーの側面にスイッチらしき物が付いているのに気が付いた。
「もしかして、これ押しちゃったのかな……」
ゆっくりとスイッチを押すと、先程の音声が鳴り響くのではなく、眩い光が不思議な音と共になにもない空間に〝Z〟の文字を刻み込み、その輝きが広がって
その瞬間に、またもや驚愕したひとりはハイパーキーを落として輝く光とは反対の方へと逃げていた。
「え、なにこれ……」
冷静になった思考で、じっくりとその光を見つめる。眺めていると目が痛くなってくるほどの眩い光。人一人が入れてしまいそうな大きさで、光以外になにも見えなかった。
試しに持っていたシャーペンを放り投げる。するとシャーペンは光に阻まれたりすることなく、その輝きの中へと吸い込まれるように消えて行った。
その場で座り込んで悩む。もしかしたらあの中には、人を喰らう化物がいるかもしれない。そんな妄想が膨らみ、まずハイパーキーのスイッチを押してみたが、反応はなかった。
「うーん……よし」
物を投げて見れば、中の様子が分かるかも。
ひとりは立ち上がって、使わなくなった小学校の教科書を何冊かフルスイングで投げた。
教科書はシャーペンと同じように光の中へと消えて行き、続けて辞書を投げ込んだ瞬間──声が聞こえた。
『──おおっ!? 今度はなんだ!?』
やっぱり、中になにかいる……。
ひとりは怒涛の如く教科書を投げ込み、ランドセルや鍵盤ハーモニカも投げようと持ち上げた。
『──ちょっ、待つんだひとり!!』
「え、あれ……」
静止を求める声。聞いたことのある声。それは夢の中で語られた声と同じで、ひとりは持ち上げた鍵盤ハーモニカを床に下ろして、光の近くまで歩み寄った。
「え……あっ、ゼット……さん……?」
『そうだひとり。ちょっと、中に入れ』
ゼットの声が響き、ひとりは促されて目を閉じながら一歩ずつ光の中へと踏み入れた。
眩い輝きに包まれて、ゆっくりと瞳を開くと、そこは見たことのない不思議な空間だった。色とりどりの光が、遠くで尾を引きながら流星のように輝いている。その空間はどこまでも続いているようにも見えて、距離感が曖昧な感覚に陥る。広くも、狭くも感じる場所だった。
『あちゃー、だいぶ散らかりましたなぁ……』
声が聞こえて僅かに驚きながら振り返ると、そこには人と同じ大きさにまで小さくなったウルトラマンゼットが立っていた。
足下に視線を向けて、何かを踏まないように避けている。ゼットの視線を辿ってひとりもその足下を見つめた。
「あっ……」
そこにあったのは無数に散らばった教科書。それはさっきひとりが勢い良く投げ続けた物だった。慌ててひとりは「すいません」と謝罪を述べながら拾い上げる。それをゼットも手伝って、集めた教科書を積み重ねて地面に置いた。
「す、すいません……」
『い、いや、いいんだ』
積み重ねられた教科書を見つめて、ゼットが『しかしまあ』と切り出した。
『急にどうしたんだ?』
「あっ、いや、えっと……」
ひとりは言葉に詰まって俯く。そしてその思考回路は恐怖で埋め尽くされそうになっていた。
なにせ相手は本物の宇宙人。怒らせてしまえば、宇宙船に連れて行かれて改造手術をされてしまうかもしれない。もしかすれば、光の星で永遠の奴隷生活が待っていたりも────ここは嘘をついて誤魔化すしかない。
嘘をつけ──と自分に言い聞かせて、ひとりは震えながら口を開いたが、
「中に怪物でも待ち受けてるかと思って、食べられてしまうのかと……」
未知の生命体を相手に嘘をつけるほどの度胸が、ひとりには存在していなかった。
殺されるかもしれない。
奴隷にされるかもしれない。
改造手術をされるかもしれない。
そんな恐怖に飲まれながら、精一杯の服従心を現そうと試行錯誤していると、ゼットがひとりの肩に手を置いた。たった一言──『大丈夫だ』と添えて。
『俺も含めて、ウルトラマンはそんなことしない。なにせ宇宙の平和を守っているんだ。安心していい』
ゼットから語られた言葉は、妙に落ち着く温かい声色で、ひとりは思わずゼットの瞳を真っ直ぐに見つめていた。
『それにしても、地球の学校の教科書はウルトラ難しいぜ』
積み重ねられた教科書の一冊を手に取って、ゼットは中のページをペラペラと捲りながらそう呟いた。小学校の教科書でも、やはり宇宙人には難しいのだろうか。だが、宇宙人といまこうして普通に日本語で会話をしているのが不思議だった。
しかし、言葉が通じるならいい。
「あっ、あの……」
『ん?』
「その、朝にゼットさんが言ってたことの意味が分からなくて……」
問い掛けるとゼットは『ああ』と言って、手に持ってた教科書を置いて立ち上がった。
『普段、俺はハルキと一緒に行動していたんだ』
「ハルキ……?」
『ハルキは俺と一体化している地球人だ。いや、一体化
その瞬間、ゼットの声色が落ちた。
視線も落として、どこか悲しんでいるような雰囲気が席巻する。人と違って表情が変わっている訳でもないのに、なぜかそんな風に感じてしまった。
『俺たちは、とある怪獣の攻撃を受けてこの地球に来たんだ。その時にハルキと分離させられてしまったんだ』
「で、でも、どうして私の力が……?」
この時ひとりは少し気持ちが昂るのを感じていた。
ヒーローもののアニメや映画のように、なにか自分にも特別な力があるのではないかと思っていたからだ。コミュ障でぼっちの自分でも、特別ななにかを持っているかもしれない、と。
ゼットは腕を組んで、顎に手を置いて『うーん』と呻った。
『ひとりからは、何かを感じた──』
お、これは……!
『──気がする』
グッバイ、私の特別な力。
『俺も意識が朦朧としていたからな……』
「う……あ、でも、どうして私なんかの力が必要だったんですか?」
コミュ症でぼっちで、ギターしかない私の力が必要と言われても、いまいちピンと来ていない。
『俺たちウルトラマンは、地球で長くは本来の姿を保っていられない。だから、長期滞在する場合は誰かと一体化する必要があるんでございます』
「ああ、なるほど……」
本来の姿──きっとそれは夢に出てきたあの巨人での姿、という意味だろう。確かなにかのアニメで、とあるヒーローが元の星と地球では環境がかなり違っていてエネルギーの消耗が激しいというデメリットを背負っていた。
恐らくゼットは誰かと一体化することで、本来の姿を使わずに長期滞在が可能になるのだろう。
『今は離れてしまったハルキを探さなきゃならない。その為にも、ひとりの力が必要なんだ』
ああ、力ってそういう力か…………。
特別な魔法だとか、そういうものを思い浮かべた自分を殴りたい。そうだよ、私にそんな特別な力なんてないから。
自分を卑下して、ひとりは肩を落とした。
「で、でも、ゼットさんが見ないと、そのハルキさんって人も分からないんじゃ……」
『それは問題ない。一体化している以上ひとりの見聞きしているものは俺も分かる』
「あっ、でも私、人探しとか全然できない、と思います……」
人探しができるならぼっちしてない。そもそもコミュ障だから人とも上手く話せない。そんな人間に人探しをさせるなんて、もはやチュートリアルを飛ばしてラスボスと戦わせるほどに困難なこと。
最近になってやっとのことでバンドメンバーとも話せるようになったのに。
『まあ、そこはひとりに頑張ってもらうしかない!』
あれ、もしかしてこの人って結構……。
まあ、最悪バンドメンバーに手伝ってもらうしかないかな。でも、みんなになんて言ったらいいんだろう。宇宙人が人探ししてる? そんなこと言ったらまたおかしくなったと思われるし……。
よし、ここは断ろう──そう決心して顔を上げた直後、ゼットに両肩を掴まれた。
『──申し訳ないが、今はひとりしか頼れる人間がいないんだ!』
「うっ…………」
ゼットの宝石のようにキラキラと煌めく瞳が、ひとりを見つめる。表情は変わらないのに、なぜだかその瞳からどうしても目を背けるのは心苦しくなってしまって────、
「はい……がんばりましゅ……」
私のバカぁ、断れぇ…………。