「あっれ〜? ここら辺だと思ったんだけどな……」
ポツリと呟きながら、周りとは明らかに違った風貌の男は茂みの中でなにかを探していた。
過ぎ去る人々は、見たことのない服装をした彼に珍奇な目を向けながら、その横を通り過ぎて行く。珍奇なものでも見るような雑踏に気が付かず、男はただその茂みを漁っていた。
「ゼットさ〜ん、どこですか〜?」
名を呼び、茂みをの奥底を覗く。だが探しているものは見つからない。
風に靡く黒髪。紺色の作業着に似た服を纏い、その背中には『STORAGE』と書かれた文字。更には防弾チョッキのようなベストを付けた見た目で、一般人とはかけ離れていた。
その男は辺り一帯を探し尽くして、途方に暮れ始めていた。ふう、と一息ついて場所を変えようと踵を返した瞬間、背後から悲鳴が聞こえた。
「悲鳴──っ!?」
直ぐに背中に背負っていたアサルトライフルを手に持ち、照準を構えながら振り返る。そこには一人の少女を連れ去ろうとしている男の姿があった。
慌てて駆け寄り、男の肩を掴んで一気に振り払う。少女が抵抗しているのもあって、男は少女から離されて地面に放り投げられる。そして男が振り返った瞬間のその顔は、人ならざるものに変化していた。
「異星人か─っ!!」
縦に長い漆黒の顔。その中心辺りにあるたった一つの瞳が、ギロリと二人を睨んだ。
その異星人の名は、ゼットン星人。凶悪な宇宙恐竜ゼットンを操り、その変身能力で人々を欺く最悪な異星人である。
ゼットン星人の正体が分かるや直ぐにアサルトライフルを構えたが、引き金を引く直前でゼットン星人に振り払われて、アサルトライフルが宙を舞った。
だが、男は突き出されたゼットン星人の攻撃を回避してから、拳を引き絞った。
「──チェストォッ!!」
タイミング、速度、全てが噛み合わさった瞬間に突き出された正拳突きはゼットン星人の身体を吹き飛ばし、男は胸の前で両腕を交差してから「押忍!」と叫ぶ。そして地面に倒れて呻くゼットン星人の胸ぐらを掴み、男は険しい顔で睨んだ。
「なんでこの子を連れ去ろうとしたんだ!」
怒声を浴びせるようにしてそう問い掛けると、ゼットン星人は口のない醜悪な表情を変えず、どこからか声を出して答えた。
『──子供の恐怖心は餌になる』
「餌だと!? どういう意味だ!」
言葉の意味を理解できず、更に問答を続けようとしたが、ゼットン星人の身体は空気に溶けるようにして消え去る。最後まで聞けず、男は僅かに声を漏らしてから振り返った。
「もう大丈夫だよ。怪我とかはある?」
心配げな眼差しを向けて、男は少女に怪我がないか問い掛ける。それに少女は、恐怖で上手く話せないのか首を振って返した。
男は爽やかに笑って見せて、少女に恐怖心を与えず、柔らかい声色で言った。
「それなら良かった。立てる?」
男がそう言って、優しく手を差し伸べる。その手を取った少女を立ち上がらせ、男がその場から立ち去ろうとすると、少女は呼び止めた。
「あ、あの、ありがとうございました! その、お名前は……」
男──青年は振り返る。そしてふと笑ってから、その名前を答えた。
「──ナツカワ・ハルキっす!」
遠目にその様子をたまたま目撃してしまった無表情の少女──山田リョウは、持っていたアイスを加えながらポツリと呟いた。
「なにあれ。テレビの撮影?」
◆◆◆◆
あれから一ヶ月が経った。
ハルキさんはいまだに見つからない。手掛かりもまるでない──というより、ひとりが自ら聞き込みをしたことは一度もないので当たり前だった。
『なあ、ひとり』
「あっ、はい」
ガッツハイパーキーを起動させることで出入りが可能になるウルトラマンゼットのいる異空間──インナースペースで、ゼットはひとりを呼びながら、何をしているのか気になって見下ろした。
『さっきからなにを書いているんだ?』
「歌詞、です」
『歌の?』
「あっ、はい」
『ウルトラ凄いなひとり』
ゼットは関心しながら膝を曲げてひとりのノートを覗く。だが、そこには書き殴ったように消された文字が多く羅列されていて、ゼットの乏しい地球言語能力では到底理解できなかった。
「で、でも、全然書けてなくて……」
『それでも書こうと努力してるんだ。それだけでも十分ウルトラ凄いぞ!』
(ゼットさん、凄く褒めてくれる……)
ウルトラマンゼットの表情こそ変わらない故に、笑っているのか、蔑んでいるのか、どんな感情が表れているのか表情から読み取ることはできない。なにを考えているのかさえも分からない。だが、表情が分からないからこそ、ひとりはある程度ゼットの顔を見ることができていた──本当にちょっとだけ。
『ひとりは仲間に頼られ、ひとりはそれに答えようとしている。挑戦することは、何より大事だ。それができているひとりは誇っていい』
「ゼットさん……」
(あれ……ゼットさんって、かなりいい人……?)
いつもあまり頼りにならないゼットが、今日はなぜか雰囲気が違うように感じられた。漠然とした感覚ではあったが、普段のゼットの声色もどこか違う。ただ溌剌しているのではなく、粛然としていて、悠然と、まるで別人のようだった。
『俺もいつの日か師匠に頼られたい……』
「師匠……?」
『俺は、ウルトラマンゼロっていう御方の弟子なんだ』
一か月を共にして、ひとりはゼットとそれなりに会話ができるようになった。
もとよりゼットは人ではない。形と言語こそ一緒だが、それ以外は明らかな人外の生命体。感情の表現が声色とジェスチャーにはなるが、かなり感情豊かに会話をすることができる。宇宙人というのもあり、人よりも軽い気持ちで会話ができていた。
『ゼロ師匠は、若くして光の星や宇宙の危機を救い、色んな宇宙を旅しながら
普段よりも感情を露わにして熱弁するゼットに驚きながらも、ひとりは新たな用語に戸惑いを隠し切れない。ニュージェネレーションヒーローズがなんなのかは分からないが、取り敢えずそのウルトラマンゼロがどれだけ凄い人材なのかは、ゼットの口振りからも理解できた。
『俺なんかじゃ足元にも及ばない。だからこそ、俺はもっと強くなって、ゼロ師匠と肩を並べられるくらいになりたいんだ』
「そ、そうなんですか……」
(向上心オーラが凄い……)
ゼットの言葉を聞いて、ひとりは俯いた。
描いた目標。先を見据えて、今を努力する。宇宙人にもそんな人間のような向上心があったことにも驚きだったが、なによりひとりは羨ましいと感じていた。
『ひとりには、目標となる人はいないのか?』
「あっ、わ、私は……」
言葉に詰まった。なんと答えるべきか分からない。
目標となる人。憧れの人。分からない。
虹夏ちゃんのように素晴らしい夢を持ちたい。
リョウさんのように自分を貫ける人になりたい。
喜多さんのように明るく優しい人になりたい。
お姉さんのように凄いバンドマンになりたい。それでも、人気なバンドになって周りからチヤホヤされたい夢は変わらない。だけど、目標となる人と聞かれれば、分からなかった。
みんなのようになりたい。
みんなと一緒に高みへ行きたい。だけど〝なりたい〟だけでは無理だ。
「私は、結束バンドのみんなのようになりたいです……」
だけど──そう言って、纏まらない思考で詰まりながらも言葉を紡ぐ。
「私は、結束バンドを支えられる強い人になりたいんです。目標の人、とか分からないですけど、ゆ、夢はあります。みんなと、凄い人気バンドになりたい……!」
欲張り、強欲、ひとりは自分でもそう思う。だが、今まで自己否定をして、自信のなかったひとりの眼差しが、鋭く、強く、別の色を滲ませていた。
ゼットはひとりの言葉や、強くなった声色に圧倒されて息を呑んだ。未来を見つめる輝く瞳。ゼットはかつての戦いから経験して、人々のその強い眼差しが心に刻み込まれていた。
「す、すいません……欲張り過ぎ、だったかもしれません……」
言った後で、ひとりは声が小さくなる。ゼットに引かれているのではないかと思って、思考が悪い方向へと傾いてしまった。ゼットの表情を伺うが、彼の表情は変わらない。だからこそ、なにを考えているのか分からない。
だが、深く考えずとも、ゼットの思考は単純。彼は不思議そうに首を傾げた。
『良いじゃないか、欲張って』
「えっ……?」
『それを言うなら、俺だって欲張りだ』
そう言うと、ゼットは指を折って、欲張りと言った所以を呟きながら数え始めた。
『ウルトラ兄弟のように偉大な御方になりたい。ゼロ師匠だけでなく、ニュージェネレーションヒーローズの先輩方のように強くなりたい。ゼロ師匠に一人前と認めてもらえるようになりたい。──それだけじゃなく、まだまだなりたいものが沢山ある。俺も、かなりの欲張りだ』
ハハ、と笑ったゼットの顔はどこか穏やかに見えた。ウルトラマン、宇宙人といえど、人と同じように知性を持ち、命ある生命体に過ぎない。それこそ、万能の神なんかではないのだから。
ゼットは笑って、ひとりを見つめた。
『
ウルトラマンゼットは、かつて半人前どころか三分の一人前とまで師匠に罵られた。それから地球で仲間たちと共に成長していき、最高の相棒と呼べるハルキにも出会った。
少しずつなのかもしれないが、明らかに成長しているのは確かだった。
その場を見た訳ではないのにも関わらず、ゼットの言葉から感じられた強さに、ひとりは思わず聞き入ってしまっていた。
『はは、我ながら柄にもないこと言ってるな』
頭を掻くような仕草で後頭部に手を置く。穏やかな雰囲気で、そして和やかな仕草。まさか宇宙人がここまで親しみやすいとは、夢にも思わなかった。
一ヶ月を過ごして来て、ウルトラマンゼットのいる日常か当たり前になり始めている。だが、目的の『ハルキ』の行方は未だに分からない。ゼットには沢山の目標がある。自分とは比べ物にならないほどに大きな夢。
ひとりは唇を噛み締めてから、口を開いた。
「す、すいません……」
突然の謝罪に、ゼットは首を傾げた。
困惑して、なぜひとりが謝罪したのか分からない。ゼットは心配するようにひとりの肩に手を置いた。
『ど、どうしたんだ。急に謝るなんて……』
「い、いや……私が、ちゃんと人探しができないから、ハルキさんも見つけられなくて、それの所為でゼットのさんはずっとここに……」
ハルキを見つけられないから、ゼットの夢を阻んでしまっている。その為の罪悪感が、ひとりの中に渦巻いていた。思考が負の方向へと偏り、考えたくもないことを、勝手に考えてもしまう。だが、ゼットはこんなこと微塵も思っていなかった。
『そんなに謝らなくていい。俺は結構楽しいぞ! あまり人間と関わることがないから、新しい体験ができてウルトラ感激だっ!』
「ゼットさん……」
(やっぱりゼットさんって、良い人だなぁ……人じゃないけど……)
ふと笑いで返して、ひとりはゼットを一瞥する。
『ところで、ひとり』
「あっ、はい」
ゼットがなぜか改まった様子でひとろを見つめる。ひとりはゼットと視線を合わせることができず、足元を見ていた。一向に進まない作詞ノートへとゼットの視線が向けられて、ひとりは首を傾げた。
躊躇い。ゼットは腕を組んでから、問いかけた。
『最近どうしてこの空間に居座るようになったんだ?』
「え……?」
『ああいや、最初の頃はこの異空間に来ようとすらしていなかったはずなのに、最近はよくこの空間に顔を出すようになってる気がしてな』
思い返してみれば、確かにそうだった。
いまも、作詞をするためにわざわざハイパーキーを起動して、インナースペースへと入っている。普段は押し入れが最も落ち着く空間になっていたが、最近は押し入れ以外の気分転換にインナースペースを使ってしまっている。この空間は周りに人がいるわけでもなく、邪魔も入らない故に、作業するにはもってこいの場所でもあった──ゼットが常にいることを除けば。
『まあ、俺は珍しいものが見れているから別に構わないんだが。あ、もしかして……』
ゼットが手を叩く。なにかを思いついたように、ハッと息を呑んで声を上げた。
『──俺がいないと寂しいんだな!!』
「…………え?」
ゼットの発した言葉を理解できず、ひとりは一文字だけ声を漏らす。まったくの検討外れ。なにを思えばそんな答えに辿り着くのかまるで分からない。ゼットは腕を組み、納得したような仕草で何度も頷きながら──、
『そうかそうか、とうとうひとりも俺に慣れてくれたということだな。最初は怯えられてウルトラショックだったが、やっとか……』
なにやらぶつぶつと呟きながら、ゼットは『ウルトラ嬉しいぜ』と感慨深く頷いていた。
確かに最初の頃に比べてゼットのことは大分慣れた。無機質な見た目も、感情の分かりにくい表情も、人間からかけ離れた身体も、なにもかもとは言えないが、ほとんどは慣れてしまった。
慣れって、怖い。宇宙人ですら、いまでは普通に信頼してしまっている。ゼットの真っ直ぐで暑苦しい性格の所為なのかは分からないが、いつの間にかゼットには、微かでも心を許していた。
「そ、そういうわけじゃ……」
『いやー、俺もウルトラ嬉しい』
(あっ、全然話を聞いてない……)
話をまったく聞いていないゼットは勘違いを貫き通したまま『そうだ』と声を上げる。突然の大きな声にビクッと肩を震わせ、ひとりが全然の方を一瞥すると、彼はひとりの肩を掴んでその輝きに満ち溢れた瞳を向けた。
『俺にもそのビターっていうのを教えてくれ!』
「えっ……え゛ぇ゛!?」
ゼットは姿勢を正して頭を下げる。腰を直角に曲げて、ひとりに頼み込む。礼儀正しいのか、ポンコツなのか、はたまたどっちもなのかはさておき──ひとりはたじろいでいた。
ゼットの言っている『ビター』とは、恐らくギターのことで、それを弾けるように教えてくれと言っている。断れ、断れ、と自分に何度も言い聞かせて、ひとりは固唾を飲んだ。
「わ、私、は……その……っ」
『頼むひとり! 今まで音楽を習ったウルトラマンは恐らくいない! これができるようになれば、きっとゼロ師匠も俺のことを認めてくれるはずだっ!!』
怒涛の攻撃。ギターが弾ければ師匠が認めてくれる──そんなことはない。寧ろ『なにやってんだお前』と言われるのが目に見えている。だが、そんなことら知らずに、ゼットは畳み掛けるようにひとりに頼み込んでいた。
(断れ私、断れ。今は喜多さんを教えるので手一杯だって、断る理由だってちゃんとあるんだ……!)
最大級の暗示。自分に数万回言い聞かせて、ゼットの頼みを断ろうとする。
因みに、郁代を教えるので手一杯──これはウソである。確かに教えるのは大変だが、郁代はかなり上手くなっている。それを文化祭で味合わされた。しかしゼットの頼みを断る為に郁代を使っていた──ごめんなさい、喜多さん。
覚悟を決めて、決意を定めて、真っ直ぐにウルトラマンゼットの瞳を見据えた。
(ああ、キラキラしてる。物理的にも。喜多さんみたく、ポジティブ向上心オーラが凄い……!)
断れ、断れ、断れ。
『──頼むひとり! ハルキ探しをしてもらってる上にこんなことを頼むのは、図々しいと承知している! それでも、頼めるのはひとりだけなんだ!』
断れ、断れ。
『──ウルトラお願いだ!』
断れ……。
『──ひとり!』
ああ、あぁぁああぁ…………。
「は、はぃ……」
この作品が始まって三度目の────、
私のばぁかぁ、断れぇ〜……。
声に出すことのできない恨み言を吐くひとり。
そんなこんなで、人探しとギターを教えるぼっちちゃんの、普通で異常な日常が加速し始めた。