【某月某日 S県とA県の県境沿い】
「今日はよろしくお願いします、鎮西さん」
「ええ、といっても参考になるかどうかわからないけれど……」
S県からE県に向かう電車の中で、4人がけのボックス席を二人で使い、人避けの結界を張って話し込む二人の少年がいた。
片方の名は、もはやお馴染みの仮面ライダー(見習い)、鷹村ハルカ。
もう片方は、霊山同盟支部に短期所属することになった黒札霊能力者……名を『鎮西 与一(シズニシ ヨイチ)』である。
長い黒髪を後ろで1つに束ねた青年で、若干ツリ目気味な事を除けば、線の細い美青年だ。
ノリの効いたビジネススーツを身にまとい、きっちりとネクタイを巻いたその姿は『衣服だけ見れば』新人サラリーマンに見えなくもない。
年齢は19、黒札というだけあって相応を遥かに超えた霊能力者であり、LVは半終末の現時点で【27】を記録している。
とはいえ単純な戦闘力と言う点ではハルカ*1の方が先を行くあたり、ガチ勢・修羅勢ではなく無理なくレベル上げに勤しむ真面目勢なのだろう。
え?エンジョイ勢がなんで下位の神様ぐらいなら狩れそうなレベルなのかって?黒札だからです。
ともあれ、どちらもちょっと衣服を整えて化粧をすれば美女&美少女という美形コンビなのもあり、目立たない程度に結界等で自分たちを隠して移動している。
「師匠から『たまには参考になりそうな相手と仕事して来い』って言われて紹介されたのが鎮西さんですから、寧ろ期待の方が大きいんですけどね」
「ははは……まあ、私なりに期待を裏切らないようにするさ」
(それでも特撮俺達の中で名が売れてる『仮面ライダー』と一緒の仕事とか荷が重い気がするんだがなぁ)
ともあれ、前世はそれなりの大企業で営業部の管理職を務めていた鎮西からすれば、戦闘面以外は『売り込める』部分も多いだろう。
事実、阿部はそういう所を期待して鎮西にハルカを預けたのだ。
これから先、ハルカは霊山同盟支部の支部長としてあちこちの支部や派出所と交渉し、技術交流を行わなければならない。
その時に彼のような『交渉ができる人間』の指導は大きな経験になると踏んだのである。
「ま、昨日密かに送り込んだ調査員*2の話じゃユルい異界だから、苦戦することはないよ。
……その上で、今回君が学ぶのは『異界の攻略法』じゃあない。
我々という『武力』をどれだけ高く売りつけるのか……そこに限る」
「高く売りつける……ですか?」
「ああ。慈善事業じゃ組織は回らない、っていうのは君なら理解してくれると思う。
とはいえ営利10割だと先細りする、利益を上げるのなら長期的視野は必須だ。
『相手に1儲けさせて自分は2儲ける』。これを意識に置けるようになれば一人前かな」
『とりあえず今回は見本を見せるよ』と気軽に言いながら、目的地の駅についたのを確認し座席を立った。
【A県某所 県境沿いの某市 霊能一族『西島家』屋敷】
霊能一族『西島家』。A県でも有力な霊能一族の大家であり、S県の霊山同盟に匹敵する霊能力者一族である。
元はA県のとある神社を細々と継いでいた家であったが、12世紀になってからその権力を拡大。
時代の流れか源頼朝による『流鏑馬の復活』を受けて神事としていち早く取り入れることで、武家との結びつきを強くした。
さらに源氏の家臣に巫女を嫁入りさせつつ、流鏑馬の『弓術』と『馬術』を魔払いの儀式として採用。
その後はメシア教による蹂躙からもなんとか生き延び、*3今日まで血を繋いでいる。
元がそんな成り立ちなので、女だてらに弓を取り、馬に乗り、かの巴御前のように流鏑馬も女が行う……という、変わった神社であった。
戦闘用の防具も、巫女装束ではなく弓道着に近いモノに防具を足した袴姿。
弓を手に取り戦う女傑……そういったイメージに近い巫女が多く在籍する組織『だった』。
「母上、件の『ガイア連合』とやらが到着したようです。
もう間もなく屋敷に挨拶に来るとと連絡がありましたが……。
かの異界は私と秋穂(アキホ)でも半分すら届かない魔境!いくらかのガイア連合とて!」
「それでもよ、夏芽(ナツメ)。既に西島家で前線で戦える霊能力者は片手の指程度。
私と貴方、そして秋穂を中核に据えた編成でも道半ばで撤退を余儀なくされる以上……」
「……これ以上、身内の損害は許容できない、と?」
「……秋穂はまだ、治癒の方陣*4の上から出られないほどの重傷。
私自身も悪魔との戦いで右腕を失い、もはや弓の一射すら引けぬ身。
何とか戦えるのが貴方と、見習いの巫女数名では……賭けにすらならないわ」
数ヵ月前から突入した『半終末』により、A県の霊地もまた異常な活性化を見せつつあった。
異界内部の凶悪さはさらに増し、今まで1つだけの異界をなんとか抑え込んでいた所に二つ目の異界が発生。
現状維持すらどうにもならなくなり、一週間に乾坤一擲の賭けとして西島家の総力をもって『若い方の異界』の調伏に挑戦。
……結果、異界の主にたどり着くことすらできず、決死隊は半壊。生き残った者も死にかけの巫女を抱えて這う這うの体で逃げ帰る事になった。
参加した巫女の半数が意識不明、死者も出たし、無傷の者は一人もいない。最悪の敗走であった。
当主の『西島 春奈(ニシジマ ハルナ)』は右腕を失う重傷を負い、弓術による破魔矢*5を使えなくなった。
次期当主である『西島 夏芽(ニシジマ ナツメ)』は比較的軽傷だが、それも一族に伝わる霊薬*6の最後の1つを用いてなんとか復帰したからこそ。
その妹の『西島 秋穂(ニシジマ アキホ)』は、悪魔の呪いを受けたせいかいまだに意識が戻らず*7、このままいけば点滴があっても遠からず死ぬだけだ。
そう、既に西島家は詰んでいる。人柱の術を使って異界が広がるのを抑え込む程度しか、もはやできることはない。
ガイア連合から派遣されてきた霊能力者が調伏に失敗したその時は、己の命を持って異界を封印するつもりである。
県外から入ってくる噂話を聞いてはいるが、どうにも現実味のないおとぎ話じみた話ばかりが届いている弊害であった。
『意図的に誇張して伝えているのではないか』という疑念が生まれてしまっているのである。
「迎えに、いや。 見極めに行ってまいります。この地の未来を託すに相応しい益荒男なのかを」
「……無礼だけは働かないように。いいわね?」
「はい、無論です」
……そう言いながら、戦装束でもある襷姿で出迎える当たり、思う所アリアリなのは母の眼から見ても明白であった。
「ここが!あの女の!ハウスね!」
「昔師匠も言ってたけどなんなんですかソレ……」
「いつか使ってみるといいよ」
「ソレを使うような女性に出会いたくないんですけど」*8
石段を登った先で見えてきた屋敷へと歩を進める二人。
最初の石段を登り、途中でわき道にそれると西島家の屋敷があり、そのまま続く石段を登り続けると神社につくという立地らしい。
というわけで、正門が見えてきたところでオフザケはいったんストップした。
「(ハルカ君、ここからは事前の相談通り、読心を使った疑似テレパシーも使う、いいね?)」
「(あ、はい。了解です)」
ハルカはギルスの体に搭載された読心スキルで、与一は所有している道具を使った読心を使用。
『互いが互いに向けた心中の言葉の表層』だけを読み取るように調整することで、疑似的なテレパシーを可能にしているのだ。
ハンドサインも目配せもいらない相談を、高レベル特有の高速思考で可能。これだけでも取引や交渉において有利この上ない能力である。
正門を開いて出迎えたのは、次期当主である夏芽とそれに付き従う巫女たち。
霊視を用いたアナライズと、式神の機能としてのアナライズで、この面々で悪魔と戦えるのは夏芽だけだと一目で見抜いた。
他の巫女は全員未覚醒……となると、恐らく出迎えのためだけに修行中の巫女で数をそろえたのだろう。
「よくぞいらっしゃいました、ガイア連合の術師殿。 奥で当主がお待ちです」
(細腕のやわそうな男に子供……? どう考えても神話の術師等には見えんな)
「(わー、すごい侮られてますけどどうするんですか鎮西さん)」
「(むしろその方が足元ガバガバでハメやすいんですよ、ハルカ君?)」
相手を侮る、これはどのような分野であろうと禁忌とされる行為だ。
余裕があるのと慢心するのは違う。過度な慢心は綻びを生み、強者こそ敵の綻びは突き己の綻びは無くす。
そこに例外があるとするなら……。
(その『綻び』すら勢いで押し切っちゃえる君みたいなタイプなんだけど、まあ、これは蛇足か)
屋敷の中に入れば、畳敷きの部屋にて当主である春奈が出迎える。
周囲には何人もの巫女が控えているが、やはりアナライズしてみてもほとんどが未覚醒者。
先日の調査で『一週間ほど前に異界調伏に挑戦して失敗した』という情報は掴んでいるため、この点については違和感を覚えなかった。
堅苦しい挨拶や社交辞令を勧めながらもそれらを観察し、どういう風に切り崩していくかを計算する。
「(はっきりいって、大抵の組織はガイア連合の力を見せつければ盛大に私たちを『高く買う』。
が、高く売りつけるだけじゃ三流だ。売ったはいいが向こうがネタ切れになれば逆効果。
裸土下座でも何でもして『どうかお救いを』って求めてくる。払えるモノもないのにね)」*9
「(それは……まあ、そうなんですが……)」
「(うん、根っこがヒーローな君にとっては受け入れづらいだろうけど、これは必要な事なんだ。
『誰か』がやらなきゃいけない、この残酷極まる利己的な損得勘定を……誰かが、ね。
で、君はその『誰か』を他人に押し付けられるタイプかな?)」
自己紹介に加え、異界の状況やこうなるまでの経緯を聞き出しながらも、『教師』として『生徒』へ教えを説く。
暗に、この土地が滅びる最中で藁にも縋る思いで依頼してきた西島家を『教材』として扱っていることちらつかせながら、だが。
当然、そのことは依頼者には気づかせない。ポーカーフェイスはどちらも訓練済みだ。
あくまでスムーズに進めつつ、より高く自分たちを売りつけつつ、継続的な儲けが出るように画策する。
そして一通りの状況把握が終わった所で、与一は「なるほど!」と会話を転換した。
「では、今日は式神を用いて異界内部の調査を行います。
その後、私とハルカ君で異界の調伏に挑みます故……」
「わかりました……ですが、調査は今からですか?旅の疲れを癒してからでも……」
(……? 調査?そもそも異界の内容なんかも資料で届いてるはずじゃ……)
訝しむハルカと、確実な調伏のために体調を整えてから、と心配する当主。
だが、与一は「その一日の余裕があるかどうかを調べねばなりませんので」と返してから。
「こういうのは即決即断。早いうちに情報だけは仕入れるのが鉄則なのですよ。
ですが一応、だれか異界への案内をお願いしても?」
「……では、僭越ながら私が」
当主である春奈が戦えない以上、必然的に夏芽が案内役となり、その日は三人で異界へ向かった。
未だにハルカと与一の力を疑っている夏芽の視線に気づかないフリをしつつ、異界の入り口まで山道を歩く。
神社の裏にある山の1つが霊山となっており、そこが異界化したというよくあるパターンらしい。
地元の人間でも苦労する山道をひょいひょいと歩いていき、その時点で夏美が高レベルとそれ以外の身体能力差に驚愕していた。
(ま、まるで天狗か何かのように整備されていない山道を……もしや本当に……?)
「では、式神による偵察をば……ハルカ君、補佐をお願いします」
「あ、はい!」
ハルカの師匠は、ご存じイイ♂オトコな破界僧である阿部。
彼から陰陽術の手ほどきも受けており、レベルによるゴリ押しもあるが、ある程度の式神の作成・使役はお手の物だ。
どちらも梵字を書いた人型の紙を取り出す。簡易式神である『式神 ヒトガタ』を作り出す術式だ。
LV5いくかいかないかの式神とはいえ、現地人の霊能力者にとっては目を見開いて驚愕するしかないシロモノ。
当然、夏美もパクパクと口を開閉させ、異界の入り口にいた悪魔*10をなぎ倒して奥へ進んでいく式神を見送るしかなかった。
なんせ、今しがた薙ぎ払った悪魔ですら、一対一で勝てるのは西島家でも腕を失う前の母や自分、そして妹だけだったのだから。
「(いいかいハルカ君、落ち着いて、これが当然の事のようにふるまうんだ。
我々にとっては大したことじゃないんだぞ……って雰囲気が、さらに価値を高める)」
「(謙虚な方が美徳、ってことですか……)」
「(そういうことだね。 さ、念には念を入れた偵察も終わった。引き上げるとしよう。
……『この程度』に引っかかる様なら、これ以上のテクニックも必要なさそうだしね)」
どことなく徒労感を感じる与一の声に、ハルカは頭にクエスチョンマークを浮かべるものの、いまいち確信を得られず。
『偵察は十分なのでこのあたりで』と夏美に声をかければ、驚愕に固まっていた夏美がようやく再起動する。
その瞳に籠る『もしかしたら……』という光を、与一は見逃さなかった。
(首尾は上々、後は最善の形で『家と土地ごと掌握する』だけ。いやぁ、世の地上げ屋がジェラシーに狂いそうな商売ですよ)