死んだお目々のステフちゃん   作:イクリール

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おじいさまェ……

『名前は、どうされますか?』

 

『うむ……ステファニーというのはどうだろう?』

 

王冠(ステファニー)……ええ、素敵ですわ。人類種(イマニティ)を導くに相応しい名前かと』

 

『よし、決まったな。今日から、お前はステファニー! ステファニー・ドーラだ!!』

 

 このお父様とお母様の会話を聞いて、転生したばかりの赤ちゃんである少女は、自分がとあるラノベの世界に生まれ変わったことを理解しました。

 

 “ノーゲーム・ノーライフ“。ゲームで全てが決まる世界に異世界トリップした男女がゲームで無双するお話です。

 ステファニー・ドーラという少女は、そのお話に登場するヒロインの女の子。少々扱いが酷い所はありますが、まぎれもない主要人物の1人です。

 

 少女は、そのステファニーに生まれ変わったのです。

 

 少女……ステファニーは歓喜しました。

 

 なぜなら、自分が大好きなお話を間近で見る事ができるからです。

 素敵な登場人物たちとお近づきになれるからです。

 

 何より、命の危険が無い世界であることが素晴らしいです。

 

 この世界は“十の盟約“という唯一神が定めた絶対のルールが有り、これは誰も破る事ができません。

 その1番最初のルールに“あらゆる殺傷・戦争・掠奪を禁ずる“とあるのです。

 

 ゲームで全てが決まる世界ですので、そうした権利を賭けてゲームをして負けたりするとその限りではありませんが……何、そんなゲームなんてしなければ良いのです。

 

 主人公たちにゲームで負けて色々と恥ずかしい目に遭うのだって、主人公たちとゲームしなければ問題なく回避できます。

 お話の進行にステファニーちゃんがゲームで負ける必然性は有りません。本来主人公たちが享受していたであろう利益をステファニーちゃんが提供してあげれば良いのです。

 

 とはいえ、せっかくゲームで全てが決まる世界に生まれ変わったのです。“できれば自分もゲームで活躍したい“と、ステファニーちゃんは思いました。

 

 それからステファニーちゃんは一生懸命勉強しました。

 

 王族なので元々勉強しなければならないことは多かったのですが、隙間の時間に将来に備えて更に知識を蓄え、いっぱいゲームの実践訓練をしました。

 アカデミーを飛び級で首席卒業するにとどまらず、専門知識を持つ家庭教師をお願いして更に知識を深めました。

 

 日常的に他人を観察することで、社交界で警戒されるくらい高い観察力・洞察力を手に入れましたし、“こうすれば、こうなる”と様々なシチュエーションで頭の中で繰り返したイメージ力・シミュレーション能力は、チェスといった先読み系のゲームで負け無しになるほど鍛えられました。

 

 流石は睡眠不足の状態であっても主人公の片割れを相手にして追い詰めたキャラクター。そのトンデモ肉体スペックに、ステファニーちゃん大喜びです。

 これならばひょっとすると、いつかやってくるであろう主人公たちとゲームをして、いい勝負をすることだってできるかもしれません。ステファニーちゃんの夢は膨らみます。

 

 ステファニーちゃんは、みんなから『ステフ』という愛称で呼ばれ、愛されながらスクスクと育ちました。

 

 両親が亡くなるなど、決して良い事ばかりではありませんでしたが、それでも素敵な人達に囲まれながら幸せに暮らし、そして立派な淑女(レディ)に育ちました。

 

 今では文武両道・才色兼備と名高い、人類種(イマニティ)が誇るお姫様です。

 

 なんと、齢8歳でありながら国のお仕事もバリバリこなします。精神年齢が成人しているからこそできる転生者ならではのチートです。

 最初にお仕事をもらう際、ゲームで無理やり仕事を奪ったことは“幼女のやったこと”として目をつむってもらいましょう。

 

 仮に主人公たちがやってきて、この国を中心に多種族連邦を作ろうとも、バッチリ対応してみせる自信があります。ステフちゃんのお目々は希望に輝いていました。

 

 そんな希望と充実感に満ち溢れた毎日を過ごしていたある日のこと。

 

 この国の王様であるステフちゃんのおじいさまが、国政を決める会議で『獣人種(ワービースト)の国に国盗りゲームを仕掛ける』と言い出しました。

 

 十の盟約では、争いは全てゲームで決めるルールになっています。つまり賭けゲームをすれば、国を貰う事だってできるのです。

 “あらゆる殺傷・戦争・掠奪を禁止する”というルールと矛盾している気がしますが、どうやらこちらのルールの方が強いようで、ゲームで勝ちさえすれば、あらゆる殺傷・戦争・掠奪が許されます。“全てがゲームで決まる世界”とは、こういうことです。

 

 大臣達は大反対。変幻自在の魔法を操る森精種(エルフ)が挑み、何度も返り討ちに遭っているという獣人種自慢のゲームです。

 しかも、彼等はゲームの対価として必ず“ゲームで戦った記憶を忘れること”を要求するのです。

 

 十の盟約は絶対のルール。盟約を護る本人に可能な事であれば、記憶を忘れさせることすら可能なのです。

 これでは対策を立てることすらできません。なにせ、獣人種以外にゲームの内容を知る人が誰もいないのですから。

 

 おまけに、彼等が要求するのはゲームの記憶だけではありません。獣人種の国を賭けるというのですから、当然それ相応のものを要求してきます。

 

 そんなゲームに挑むなど無謀にも程があります。タダで大金や国土をあげるようなものです。

 そのように大臣達は王様を説得しようとしますが、王様は全く譲りません。

 

 ステフちゃんは不思議に思いました。

 

 原作を読んだ事があるステフちゃんは知っています。

 王様が獣人種の国に国盗りゲームを仕掛けてボロ負けし、多くの国土を失って『愚王』と呼ばれるようになる事を。

 

 そこまでしてどうして獣人種の国が欲しいのか、会議の後でこっそり聞いてみました。

 

 ステフちゃんのお爺ちゃんである王様は『お前になら……』と、誰にも話さないことを条件に話してくれました。

 どうやら『ステフちゃんを後継者に』と考えてくれていたから話してくれたみたいです。『一生懸命頑張ってきて良かった』と、ステフちゃんは心の中で自分をいっぱい褒めました。

 

 王様は言いました。

 

「かつてのように、この地上すべてを人類種の領土にする……それが爺ちゃんが王として為さねばならない使命だからじゃよ」

 

「……それ、いったい何のメリットが有るんですの?」

 

「そうしなければ、最終的に人類種が滅ぶからじゃ。資源は有限じゃが、生物は繁栄すれば無限……有限を無限で割れば共倒れじゃ。そうなる前に、他の種族の資源を奪いつくさなくてはならない」

 

「……おっしゃることは分かるんですけど、それ、方向性が間違っておりませんの? 仮に人類種が他の種族を全て駆逐して世界統一したとしても、その問題はついて回りますわよね? だったら資源を“奪う”のではなく、“増やす”方向で考えないといけないのでは?」

 

 現時点で人類種は最大の国土を持っています。焦って他種族の国土を奪いに行かなくても充分余裕を持って豊かに暮らせていますので、今から資源を増やす研究をすれば、人類種がその問題にぶつかるまでには間に合うでしょう。

 

 ステフちゃんの頭の中には、前世において資源を増やすことに成功し、戦争しなくとも貿易でどうにかなるようになった先進国のイメージがあります。

 後々ステフちゃんが王位を継いで国のかじ取りをすれば、決して不可能ではないはずです。

 

 ステフちゃんがそう言うと、王様は『バレたか』と茶目っ気たっぷりに舌を出しました。

 

「すまん、実はメリットなんてない。これは男のロマンじゃ。序列最下位の人類種が他種族を圧倒し、世界を手に入れる……限りなくゼロに等しいが、決してゼロではない可能性を信じて賭ける……ワクワクしてこないかね?」

 

 ステフちゃんは絶句しました。

 

 先程の会話にも有った通り、現在の人類種の国土は世界最大です。わざわざ獣人種の小さな国土を奪わなくたって、国民は充分幸せに暮らしています。

 

 獣人種の“絶対勝てないゲーム”を脅威に思う必要もありません。十の盟約に“ゲームを挑まれたら受けなければならない”なんてルールは無いのですから。

 それどころか、十の盟約が掠奪を禁止してくれているので、ゲームさえしなければ無理やり奪われる心配すら要りません。

 

 むしろ今国盗りゲームをしかければ、負けて国土を奪われるリスクがある分、人類種の資源不足が早まる可能性の方が高くなってしまいます。

 そう、王様の言う通り、メリット/デメリットとは関係のない、極めて合理的でない理由が無ければ、誰も獣人種の国に国盗りゲームなど仕掛けるはずがないのです。

 

 そこまで考えて、ふとステフちゃんは気づきました。

 

 原作では、王様は後継者にステフちゃんを選びませんでした。

 王様は亡くなる前に、こう言い残していたのです。

 

 

 

 ――『次期国王は余の血縁からでなく、“人類最強のギャンブラー”に戴冠させよ』

 

 

 

 そう、()()()()ではありません。()()()()()()です。

 

 こんな言葉、自分がギャンブラーでなければ出てくる筈がありません。

 王様は国の資産を質に入れてまで賭けをする、根っからの博打うちだったのです。

 

 いえ、よくよく思い返してみれば、それどころではありません。

 

 原作における“国王選定ギャンブル”を王様が実施した理由について、主人公たちは“他国の干渉が入って、他種族の傀儡が王になる欠陥を承知で命じた”、“他国の干渉を正面から破れる者しか、王が残したゲームの記録を役立たせられないから”と推測しておりました。

 

 つまり、この王様は国の資産どころか、人類種の全てを賭け皿に乗せた上、次の王様すら自分の賭け事に巻き込んで人類種にギャンブルを続けさせようとするレベルの賭け狂いだったのです。

 

 絶句するステフちゃんを見た王様は、慌ててステフちゃんを安心させようと、地図を広げながら言葉を続けます。

 

「大丈夫じゃ。ゲームに賭けるのは、奪われても問題の無い国土じゃからな。……たとえば、ほれ、この土地。ここに有るのは鉱山だけで、そこから取れる鉱物“アルマタイト”は、融点が三千度もあるせいで、今の人類種では活用できないものじゃ。じゃが、獣人種には既に加工できるほどの優れた技術があるにもかかわらず、その加工するための資源そのものが無いから、彼らにとっては喉から手が出るほど魅力的な土地でもある。ここなら盗られても問題ないじゃろう?」

 

 そんな訳はありません。

 

 “ただの山”ではなく“鉱山”ということは、“掘り出される鉱物に需要があるから開発されて鉱山になった”ということです。

 

 そして“獣人種に需要がある”ということは、“その鉱物が獣人種に高く売れる”ということ。言わば、金の成る木です。そんなものを取られたら、この国――エルキアは経済的に大ダメージを受けてしまいます。

 鉱山で働く人たちは仕事も住む場所も失って路頭に迷うでしょうし、彼らを相手に商売をする人達も大きな商圏を失うでしょう。もし土地を取られたら、彼らに何と言って謝れば良いのでしょうか。

 

「次に、この広い湿原……土地の整備ができていないから何にも利用できない。ここも無価値だ。ここも賭けることができる」

 

 そんな訳はありません。

 

 今まさに王様が自分でおっしゃったではないですか。『資源がなくなってしまえば、人類種は滅びる』と。その資源を自ら手放してどうするのでしょうか。

 整備できてないから使えないのであれば、整備して使えるようにしてしまえばいいのです。仮にこれだけの大平原を全て農地にできたとしたら、いったいどれだけの人口を養うことができると思っているのでしょうか。

 

 というか、そもそもそれらの土地を治める貴族達への補填はどうするつもりなのでしょうか。

 もしゲームに敗北して土地を奪われ、何の補填もなければ、王様は政治で一番大切な“信用”を失ってしまいます。

 エルキアは貴族社会。彼らにそっぽを向かれては、まともな政治なんて期待できません。

 

「勝算もある。獣人種はゲーム内容がバレる事を恐れているのだから、“記憶を失う”のではなく“生涯他人にゲーム内容を話さない”と契約内容を変更すれば良い。そうすれば、爺ちゃんは対策を立てて何度でも挑戦できる。もし爺ちゃんの実力で勝てないゲームなら、爺ちゃんが死んだ後に、爺ちゃんが記録したゲーム内容を、もっと実力のあるゲーマーに見て貰えば良い……死んだ後にまで十の盟約の効果は残らんからな」

 

 そう言って自信満々に王様はニヤリと笑いますが、そんな事はありません。

 

 まず、そんな契約を結んでくれるかどうかも分かりませんし、仮に結んでくれたとしても、毎回同じゲームで勝負してくれるか分かりません。

 原作を知るステフちゃんは知っています。獣人種が国防に使っているゲームは、フルダイブ型のテレビゲームです。

 

 

 

 ――そして、テレビゲームというものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 一生懸命アクションゲームの練習をした後に、格闘ゲームを出されて勝てるでしょうか? FPSゲームを出されて勝てるでしょうか?

 仮に同じジャンルのゲームだったとしても、ソフトが変わればルールがガラッと変わることも珍しくありません。そんな状態で、いったいどうやって対策を立てるというのでしょうか?

 

 “ゲーム内容を知らずに挑む”とは、これ程までに無謀な行為なのです。

 

 こんな状態でイカサマなんて仕掛けられたら、目も当てられません。

 

 十の盟約では、“ゲーム中の不正発覚は敗北とみなす”とあります。つまり、バレなければイカサマOKということです。

 例えバレたとしても、それがゲーム後であれば何も問題ありません。

 

 格闘ゲームで技の無敵時間を多めにするイカサマをされた後で、次に挑戦した時にはFPSの照準(エイム)速度が上がるイカサマなんてされたら、どうやって対策すれば良いのでしょうか?

 

 そういう意味では、確かに『生涯ゲーム内容を話さない』という契約を結んでくれるかもしれません。

 だって、王様が対策を考えつくギリギリにゲーム内容を変えてしまえば、それまでの王様の努力は全て無駄になり、獣人種は大儲けできるのですから。

 

 王様の狙い通り、王様が亡くなった後に情報を伝えられたとしても、役に立つのは“フルダイブ型のゲームで戦った”という1点のみ。

 こんな情報だけで勝てるゲーマーなんて、原作主人公以外にステフちゃんは知りません。

 

 あと、なぜか王様本人がゲームしようとしていますが、『もし勝てなかったら次の人に』なんて言わず、最初から国内で1番強いゲーマーにお願いしないのは何故でしょうか。

 国土を賭ける権限が無いのでしたら与えれば良いですし、裏切られることを恐れているのなら、それこそ“絶対に裏切らないこと”を賭けてゲームをして、わざと負けて貰えばいいのです。

 

 そうすれば、十の盟約に縛られて、絶対に裏切らない、王様よりゲームの強い人が最初から戦ってくれます。王様が負けるのを待つ必要なんてありません。

 

 また、確かに『生涯ゲーム内容を誰にも伝えない』と契約を結べれば、十の盟約の効果は王様が死んだ後に切れますが、もし相手に狙いを気づかれて『永久にゲーム内容を誰にも伝えない』と変えるように言われたらどうするのでしょうか。

 十の盟約は絶対遵守です。もし『永久に伝えない』としたら、記録を残すことすら許されません。なぜなら、十の盟約に縛られた王様は、永久にゲーム内容を伝えないよう最大限の努力をさせられるからです。

 

 いえ、もし気づかれたとしても、それが最初のゲームであれば問題ありません。合意ができなかったとして、ゲームをしなければ良いのですから。

 最悪なのは、王様が何回も挑戦した後で気づかれてしまうことです。充分な対抗策を考えつけるだけの情報を手に入れる前に契約変更を迫られたら、もうゲームへの挑戦が出来なくなってしまいます。もし次に負けたら、今まで溜めた記録すら捨てなければならなくなるのですから。

 もちろん、それまでに取られた国土などは取り返せません。泣き寝入りです。

 

「なぁ、ステフや。あらゆる物事に通ずる“目的を達成する方法”を知っているかな?」

 

「……え?」

 

「それはな、“予測し、予想し、準備を整えて、挑み……そして()()()()()()”なんじゃ」

 

「え……? は? ……し、失敗?」

 

 ステフちゃんは混乱しました。

 予測するのも、予想するのも、準備するのも、挑戦するのも分かります。ですが、何故そこで失敗しなければならないのでしょうか?

 

「うむ。失敗した理由を検証・対策・準備して挑み……そして、また失敗する」

 

「は、はぁ……」

 

「あとは、これを()()()()()()()()、できないことなどこの世にないのじゃ。例え成功しないまま爺ちゃんの寿命が尽きようとも、世代を超えて託すことができる……それが人類種の強さなのじゃ」

 

 自信満々に笑みを浮かべる王様に、ステフちゃんは再び絶句します。

 

 それは、あくまで相手がいない場合の話です。自分1人ならば、寿命尽きるまでいくらでも挑戦できましょう。王様の言うように、夢を後継ぎに託すこともできましょう。

 

 しかし相手がいる場合、無限回も相手が勝負を受けてくれる保証がいったいどこに有るというのでしょうか。

 

 特に今回の場合、国土が尽きてしまえば、それで“詰み”です。賭け金なしで獣人種が国盗りゲームを受けてくれる訳がありません。

 そうなれば、後は人類種のコマという、人類種の全権限を具現化したアイテムを賭ける以外になく、もしこれを取られたら、王様含めて全員獣人種の奴隷です。ゲームを挑むことすらできなくなってしまいます。

 なぜなら、コマと共に奪われた権限は種族全員……つまり子孫にまで影響してしまうため、王様の言う“後継ぎ”が権利を奪い返すこともできなくなるからです。これだけは絶対に賭けることはできません。

 

 加えて言えば、王様は“自分が対策を準備する間、相手もまた対策を準備できる”という点を失念しています。

 仮に無限回こちらが検証・対策したとしても、都度、相手が別の対策を用意するのであれば、いつまでたっても勝てません。いたちごっこです。

 

 つまり、王様の言う“無限回の試行”というのは、心構えとしては良いですが、相手有りの賭けゲームでは決して実践してはならないものなのです。

 

 ステフちゃんは青ざめました。

 

 このままでは、この国が王様のギャンブルのためにボロボロになってしまいます。

 原作では“大半の国土が取られた”としか書かれていませんでしたが、現実に生きてみるとそれだけでは済まないことが良く分かります。

 “原作通りだから”と見過ごすことなど、ステフちゃんにはとてもできません。

 

 ステフちゃんは覚悟を決めました。

 

「おじいさま、わたくしとギャンブルをしましょう」

 

 ステフちゃんは、あえて『ゲーム』ではなく『ギャンブル』という言葉を使いました。

 すると、王様はその言葉に反応し、興味深そうにステフちゃんに先を促します。

 

「わたくしが勝ったら、今すぐ王位をわたくしにお譲りください。もしわたくしが負けたら、ゲームで負かしてでも大臣達を説得いたしますわ……おじいさまは獣人種に国盗りゲームを仕掛けて、最後には世界を手にしようとする御方ですもの。こんな小娘相手に、王位程度で腰が引けたりなんかしませんわよね」

 

 これで拒否して貰えばしめたものです。

 

 こんなあからさまな挑発に乗らないくらいの冷静さと頭脳をちゃんと王様が持ってくれていることが分かりますし、何よりここで腰が引けたことを理由にして、王様に国盗りゲームを諦めて――

 

「いいじゃろう! 受けて立とうではないか!」

 

 ――はい、とても元気で良い返事ですね。

 ステフちゃんは泣きそうになりました。

 

「爺ちゃんが挑まれた側じゃから、爺ちゃんがゲームを決めさせてもらうぞ!」

 

 そう言って王様は、心なしかウキウキした様子で自分の机へと向かいます。

 ウキウキしているのは、“久しぶりに孫とゲームができるから”だと思いたいステフちゃんです。決して“賭け事が楽しいから”ではないことを祈ります。

 

 そして王様が机から取り出したトランプを見て、ステフちゃんはハッと気づきました。

 

 あれは今よりもっと幼い頃、ステフちゃんが王様の誕生日プレゼントとして贈ったトランプです。1枚1枚デザインを考えて、業者にお小遣いで発注して作った渾身の作品です。

 

「ゲームの内容は……ポーカーじゃ!」

 

 そして王様の発言に、ステフちゃんは確信します。

 

 このトランプ……王様には伝えておりませんが、実は当時の幼いステフちゃんが一生懸命考えた仕掛けが施してあります。

 そしてその仕掛けはポーカーや神経衰弱といった、トランプの裏面を確認できるゲームで初めて発揮できるものなのです。

 

 おそらく王様はその仕掛けに気づき、ステフちゃんが用意した罠を逆に利用した高度な頭脳戦をしようとしているのでしょう。

 あえてステフちゃんが罠を施したトランプを使っての頭脳戦……不謹慎とは分かっていても、まるであの憧れの主人公たちのようなシチュエーションに、ステフちゃんはワクワクしてしまいます。これこそ転生ならではの醍醐味ですね。

 

「それでは、わたくしが勝ったら、おじいさまは今すぐわたくしに王位をお譲りいただきますわよ! ……【盟約に誓って(アッシェンテ)】!!」

 

「よかろう。だが爺ちゃんが勝てば、お前には大臣たちを説得してもらうぞ! ……【盟約に誓って(アッシェンテ)】!!」

 

 十の盟約に従い、絶対順守のギャンブルを行う宣言――この宣言をした上で負けてしまえば、ステフちゃんは王様の無謀なギャンブルを実行できるよう大臣たちを説得せざるを得なくなります。そのように精神が支配されてしまうからです。

 

 8歳の幼女の身で国の仕事をしっかりこなしてきたステフちゃんは、次期国王にふさわしい凄まじい才女であると認識されています。

 ステフちゃんが説得すれば、首を縦に振ってしまう大臣は少なくないでしょう。

 

 しかし、そうとは分かっていても、この国の行く末を決める重大なゲーム……いえギャンブルを自分が行うという事実に、どうしても原作主人公と自分を重ねてしまい、ステフちゃんは興奮を抑えることができなかったのでした。

 

 

***

 

 

 王様がお互いにチップを20枚ずつ配り、カードを5枚ずつ配ります。

 今回は、このチップを全て奪われたほうが負けというルールです。

 

 ステフちゃんが参加代のチップ1枚を場に出し、自分の手札を確認すると、同じ数字のカード2枚が2セットありました。既にツーペアです。なかなかの強運ですね。

 チラリ、とステフちゃんは、ポーカーフェイスの王様が扇状に広げる手札へ視線を向けます。

 勝負を降りる必要は無いので、ステフちゃんはさらに1枚チップを場に出しました。

 

「レイズ!」

 

(……え?)

 

 一瞬、ステフちゃんの頭が真っ白になりました。

 

 呆然とした表情を表に出さないよう、一生懸命ポーカーフェイスを維持しながら再び王様へ視線を戻すと、自信満々の表情で笑みを浮かべた王様がチップを2枚場に出し、1()()()()()()()()()()()()()

 

 その瞬間、先程まであった高揚感が砕け散り、深い絶望感をステフちゃんが襲いました。

 

「……コールですわ」

 

 はたして自分は落ち込んだ表情をしていないでしょうか。落ち込んだ声を出していなかったでしょうか。

 ステフちゃんには自信がありません。それほどのショックをステフちゃんは受けていました。

 

(いいえ……まだ、まだ希望はありますわ……!)

 

 “勝負は最後まで分からない”と奮起したステフちゃんはチップを更に2枚場に出すと、王様と同じように1枚だけカードを交換します。

 

「レイズ!」

 

「……コール」

 

 再び王様がチップを4枚場に出して掛け金をつり上げ、ステフちゃんがそれを受けて立ってチップを4枚場に出します。

 

 さあ、いよいよ勝負の瞬間です。

 

 “どんなイカサマも見逃さない”とステフちゃんは王様の手札を中心に、王様全体を視界に収めるようにして、全身全霊で王様の行動を見つめ――

 

 

 ――王様が公開した手札を見て、今度こそポーカーフェイスを維持する余裕を失い、愕然と言葉なくその手札を見つめ続けました

 

 

 王様が公開した手札は………………()()()()()()()

 

 

 

 

 ――ステフちゃんのお目々が死にました

 

 

 

 

 ノロノロとステフちゃんが公開した手札は………………()()()()()

 ステフちゃんの完全勝利でした。

 

 

 ステフちゃんは確信しました。

 “王様は、このトランプの仕掛け(イカサマ)に全く気付いていない”ということに。

 

 

 このトランプに施された仕掛けは、シンプルなマークドデック……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 王様を描いた精緻な点対称の絵柄を、2列に並んだ「―」と「・」のマークが四角く縁取ったとても見事な絵柄ですが、よく見ると縁取りの角の部分だけ対称ではなく、ひとつとして「―」と「・」の並び順が一致するカードが無いことに気づくでしょう。

 

 

 “モールス・トランプ”――それが、ステフちゃんが名付けた、このイカサマトランプの名前です。

 

 

 このトランプには、各カードごとにアルファベットが割り振られており、“どのカードにどのアルファベットが割り振られているか”はステフちゃんしか知りません。

 

 実際の割り振り内容は、スペードのエースに「A」、スペードの2に「B」……のように、スペードのエースからキングまで順番にAからMが、ダイヤのエースからキングまで順番にNからZが割り当てられています。

 同様に、クラブのエースからキングまでAからMが、ハートのエースからキングまでNからZが割り当てられています。

 

 2列の縁取りの角を見て、外側の「―」と「・」のマークの長辺側が、モールス信号で「A」を表す「・―」であれば、そのカードはスペードのエースです。

 短辺側が「U」を表す「・・―」であれば、そのカードはクラブの8です。

 

 列の外側の模様がカードのアルファベットを示しており、長辺側でスペードかダイヤ、短辺側でクラブかハートを判断します。

 アルファベット26文字×2で、52種類のカードを判断できるわけです。

 

 長辺・短辺どちらを見ればよいかは、2列の内側の「―」と「・」のマークを見ます。

 「―」が2連続で並んでいる箇所がモールス信号の区切り位置です。この区切り位置が長辺側にあれば長辺を、短辺側にあれば短辺を見ます。

 

 長辺にあれば、トランプの長辺が縦になるように見て、角から縦に区切り位置までのモールス信号を読みます。

 短辺にあれば、トランプの長辺が縦になるように見て、左の角から右の区切り位置まで、あるいは区切り位置から右の角までを読みます。

 

 残り2枚のジョーカーは、内側の区切り位置を示す2連続の「―」がありません。

 区切り位置が無ければ、それがジョーカーです。

 

 ステフちゃんは、自分が作ったこのトランプを一目見るだけで判別できるよう訓練していました。

 ……そうです。最初にカードが配られた直後、王様の手札を見た瞬間に、ステフちゃんは王様の手札の内容がただのワンペアであることを既に知っていたのです。

 

 だからステフちゃんは勝負を降りる必要は無かったし、ワンペアであるにもかかわらずレイズを宣言した王様に驚いたのです。

 もしこのトランプの仕組みを理解していれば、既にツーペアが揃っているステフちゃんに勝つのは難しいのですから。

 

 そして次の瞬間、1枚だけカードを交換した王様を見て、ステフちゃんは気づきました。

 ワンペアであるにもかかわらず1枚だけカードを交換するということは、相手を勝負から降ろすためのブラフ目的の行動です。

 

 仮に3枚交換したとすると、王様の初期手札が“ノーペア”か“ワンペア”の2択にまで絞られてしまいます。

 しかし、2枚交換ならば“スリーカード”が選択肢に入り、1枚交換であれば“2ペア”もしくは“ストレートやフラッシュに1枚足りない状態”まで候補が一気に増えます。

 ジョーカー無しのルールでプレイしているので、フォアカード以上は確率的に無視して問題ないでしょう。

 

 自信満々の笑みをステフちゃんに見せつけつつ1枚だけカード交換を行い、果敢にレイズを宣言することでストレートやフラッシュ、フルハウスを警戒させてステフちゃんを勝負から降ろし、場のチップを得ることを目的としていたのでしょう。

 その行動自体は間違いではありませんが……それも“イカサマトランプを使ってさえいなければ”の話です。

 

 王様のブラフは完全に筒抜け。

 ステフちゃんは“この程度のイカサマを見抜けない王様が、人類の全てを賭け皿に乗せてギャンブルしようとしていた”という事実に、深い絶望感を王様から与えられたのです。

 

 いえ、この時点ではまだ希望はありました。

 なぜなら、わざとイカサマに気づいていないふりをして、ステフちゃんを罠にはめようとする作戦の可能性が残っていたからです。

 

 この時ステフちゃんが想定した王様の作戦は、“すり替え”。

 カードオープンの直前に裏面が全く同じ柄でありながら、(おもて)面がステフちゃんの用意したものと全く異なるトランプを用意してすり替え、ステフちゃんの手札よりも強力な手札でステフちゃんをくだす……“王様はイカサマに気づいていない”と油断していれば、まんまと引っかかるでしょうが、そうはいきません。

 

 実は、ステフちゃんは王様にプレゼントしたこのモールス・トランプを自分でも2組持っています。

 1組はどうしても負けられない勝負をその場で持ち掛けられたときに使うため、そしてもう1組は、その勝負で“すり替え”を行うためのカードを自分の服に仕込むためです。

 十の盟約で“ゲーム内容の決定権は仕掛けられた側にある”と明記されているのです。せっかく一目で見抜けるよう練習したこのトランプを使わない手はありません。

 

 つまりステフちゃんは、服に仕込んだトランプを含めると、常にこのモールス・トランプを2組携帯していたのです。

 ゲームで全てが決まる世界ならではの用心は、まさに今この時、その効果を発揮しようとしていました。

 

 あらかじめ服に仕込んでいたカードの位置を脳裏に浮かべて確認し、フルハウスにするために必要なカードを、ちっちゃなお手々の裏に丸めるようにして仕込みます。

 そして手の甲で隠すようにカードを持ちながらバレないよう慎重にデッキに手を伸ばし、あたかも上から1枚めくったかのように仕込んだカードを取って見せます。

 

 これでフルハウスが完成しました。仮に王様の手が本当にストレートでもフラッシュでも勝つことはできません。

 王様が勝つためには、カードをすり替えて役を作るしかないのです。それも、ステフちゃんのフルハウスよりも強い役を!

 

 ステフちゃんは、必死に王様がすり替える動作を見抜こうとしましたが、どうしても見抜くことができません。

 ステフちゃんの焦りと興奮が頂点に達したとき――!!

 

 ……最初に確認したまんまのワンペアが出され、“この程度のイカサマを見抜けない王様が、人類の全てを賭け皿に乗せてギャンブルしようとしていた”という事実が確定し、ステフちゃんのお目々が死んでしまった……という訳でした。

 

 この程度のイカサマ、原作主人公なら一目で見抜くどころか逆利用してステフちゃんを完膚なきまでにコテンパンにしてくれることでしょう。

 いえ、のちに内戦が続く獣人種をまとめ上げるお狐様や、吸血種(ダンピール)最後の男性体である少年だって、それくらいはやってのけるはずです。

 

 ステフちゃんが考えた程度のイカサマで負けていて、どうして森精種の魔法ですら攻略できない獣人種のゲームを攻略できるというのでしょうか。

 

 ……いえ、何となくですが、ステフちゃんには王様がイカサマに気づけなかった原因について想像がつきました。

 “自分の孫(ステフちゃん)が自分にイカサマなんて仕掛ける筈がない”という信頼(思い込み)もあったかもしれませんが、何より大きいのは王様の“老い”でしょう。

 

 エルキアの文明は中世ヨーロッパ……正確には15世紀初頭レベル。栄養学なんてステフちゃんの前世とは比較にならないほどの後進国です。老化のスピードは、ステフちゃんの前世よりもずっとずっと早いのです。

 一般の人よりは良いものを食べているので、彼らに比べればずっとマシなものの、それでも品種改良品や栄養補助食品に溢れ、“何を食べればどのような効果があるのか”がつまびらかにされた21世紀日本に住むご年配の方々とは天と地の差があります。

 

 おそらく王様は老化のせいで視力が落ち、「・」と「―」の組み合わせの違いが分からず、トランプの模様の違和感に気づけなかったのでしょう。

 もしかしたら違和感どころか、模様そのものが良く見えていなかった可能性だってありますし、気づけないほど老化によって判断力が低下していた可能性すらあります。

 

 それは、“王様がそんな老いた身体で獣人種の国盗りゲームに挑もうとしていたこと”を意味しています。

 若者の反射神経にすら負けるかもしれない王様が、フレーム目押し余裕どころか個体によっては物理法則を超越する獣人種の反射神経相手に、どうやってテレビゲームで勝とうというのでしょうか。もはやイカサマ以前の問題です。

 

 ステフちゃんは、死んだお目々で使用したトランプを集めると、デッキをシャッフルしてカードを配り直し始めます。

 

 “おじいさま自身の力で、この仕掛けに気づいてほしい”とワクワクしながらプレゼントしたトランプでしたが……結局、王様はその生涯を終えるまで気づくことはありませんでした。

 

 

***

 

 

 こうして、ステフちゃんは王位を継ぎ、エルキア初の“8歳の幼女女王”が誕生したのです。

 

 しかたのないこととはいえ、自ら原作ブレイクしてしまったステフちゃん。はたして、原作主人公たちはエルキアに来てくれるのでしょうか?

 

 ふてくされつつも開き直ったステフちゃんは、その後10年に渡り前世の知識を利用した内政チートで国を発展させ続け、国の、そして人類種の未来のために身を粉にして働き続けます。

 

 その彼女があげた多大な功績を称え、エルキアの人々は彼女を“人類史最高の賢王”と呼ぶようになるのですが……

 

 

 

 ――不思議なことに、彼女の眼は、いつも死んだ魚のように濁っていたそうです

 

 

 

 

 

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