死んだお目々のステフちゃん   作:イクリール

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ジブリールェ……

 ステフちゃんが人類種(イマニティ)で唯一残った国――エルキアの女王様になってから9年後……

 

 

 

 ――とあるお客様をお迎えして、ステフちゃん(17歳)のお目々が死にました

 

 

 

「……申し訳ございませんが、その勝負(ゲーム)をお受けすることはできません」

 

「理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。自分で言うのもなんですが、悪い話ではないと思いますよ? なにしろ、私が賭けるモノは“この私自身”なのですから」

 

「ご自身を賭けても問題ないほど、ゲームに勝利する自信がお有りなのでしょう? “人の身で天翼種(フリューゲル)にゲームを挑む”ということがどれほど無謀な行為であるか、わたくし達は良く存じておりますもの。“このゲームを受ける”ということは、“無償で賭けたものを差し出す”ということと同義です。さすがにお渡しできませんわ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エルキアの王宮――その応接室にて、ステフちゃんは絶世の美女とご対面しておりました。

 

 ――光の角度によって虹のように色を変える長い髪

 ――シミ一つ無いどころか、輝いてすら見える白い肌

 ――腰からは淡く輝く神秘的な翼を生やし、

 ――頭上には幾何学的な模様の光輪を戴く

 

 【十六種族(イクシード)】位階序列・六位――天翼種(フリューゲル)

 その最終番個体(クローズ・ナンバー)。最強の天翼種――ジブリール。

 

 まぎれもない原作キャラです。実際に出会えたステフちゃんのお目々は、憧れと興奮にキラキラと輝いておりました。

 

 

 

 ――まぁそれも、当のご本人に『国の資産よこせ』と脅されるまでの話でしたが

 

 

 

 エルキアにおいて“本”というものはとても貴重です。

 

 ステフちゃんが獣人種(ワービースト)の国――東部連合と交渉した結果、エルキアは急速に発展しました。製本の分野においても、活版印刷や高品質な紙の大量生産が実現されました。

 原作と違って王様が国土を東部連合にゲームで奪われていないため、多くの国民を抱えているのに土地が小さい東部連合は資源不足で追い詰められており、逆に土地や資源だけはやたら多いエルキアから……正確にはステフちゃんから『資源を多めに融通するから技術よこせ』と言われて、しぶしぶ応じた形です。

 

 とはいえ、東部連合はステフちゃんの前世の地球でも実現されていなかったフルダイブ型テレビゲームを開発するような超技術大国。つまり、彼らの製紙・印刷技術はレーザープリンターでデジタル印刷するようなレベルです。

 そんな何世代も未来の技術をいきなり持ってこられたところで、中世ヨーロッパレベルの文明のエルキアでは上手く導入することができません。

 

 なので、『何世代も型落ちの技術でいい』とステフちゃんが言えば、『まあ、その程度なら……』と獣人種のお偉いさんも頷いてくれました。

 もはや東部連合では誰も使用していないような型落ちの技術など、惜しくも何ともないでしょう。

 エルキアは余った資源で先進国の技術が手に入ってハッピー。東部連合は不要となった過去の技術を渡すだけで大量の資源が手に入ってハッピー。まさにWIN-WINです。

 

 しかし、大量製紙・活版印刷の技術が導入されたとはいえ、デジタル印刷ができない以上、写本を作成する時間も費用もそれなりにかかります。

 つまり、エルキアにおいて“本”というものは、未だ簡単に複製ができない高級品なのです。

 

 なので、“国立図書館をまるごとよこせ”という要求は、いかに原作ファンのステフちゃんといえども、国を治める者として絶対に首を縦に振るわけにはいかないものなのです。

 

 

 ――ですが、相応のメリットを提供してもらえるのであれば、話は別

 

 

「ゲームではなく、交渉でしたら喜んでお受けいたしますわよ? ゲームではオールオアナッシングですが、交渉はお互いに利がありますわ。場合によっては、ゲームをするよりもWIN-WINの関係を築けます。国立図書館の写本を順次作成してお譲りいたしますので、ジブリール様の所有する書籍を順次お借りし、写本を作成させていただけないでしょうか。もしお望みでしたら、書庫もお付けいたしますわ」

 

 原作において、ステフちゃんのおじいさまが盟約に誓った賭けゲームでエルキアの図書館を奪われてしまう展開をステフちゃんは知っています。

 そのため、ステフちゃんはいざというとき図書館の書籍ではなく、その写本を渡すことでどうにかできるよう少しずつ予算を割き、国立図書館の書籍の複製を進めておりました。

 

 東部連合から技術をもらえるよう交渉していたのは、エルキア全体の技術を底上げして発展させるためではありますが、この事も大きな理由の一つだったのです。

 

 写本とはいえ、天翼種に寄贈するのですからオリジナル以上に立派なモノに仕上げてお渡ししますし、そもそも原作においてジブリールは自分だけの書庫が欲しくて図書館を要求したはずですから、書庫も付けてあげれば文句はないでしょう。

 言うなれば、図書館そのものを丸ごとコピーして渡してあげるわけです。

 

 その代わり、ジブリールが集めた書籍を複製させてもらいます。

 

 知識の収集を生業とする天翼種が何百年・何千年もかけて集めた書籍の質と量は、エルキアの図書館程度とは比べ物になりません。

 もしその全てを複製し、図書館に収めることができたのならば、現時点のエルキア図書館のコピーを渡したところでお釣りが来ます。いえ、お釣りの方が遥かに大きいくらいです。

 

 仮に複製できる書籍の数をエルキアの蔵書数と同数に制限されたとしても、やはりメリットの方が遥かに大きいでしょう。ステフちゃんは、そう考えました。

 

 しかし――

 

「おやぁ? 人類種(ムシケラ)ごときが私と交渉をなさるおつもりで? ましてや、私の所有する書籍に手垢をつけようと?」

 

 スッとジブリールが琥珀の中に十字が浮かぶ瞳を細めた瞬間、まるで心臓を絞めつけられたかのような強烈な悪寒がステフちゃんを襲いました。

 

 十の盟約は結構穴があります。十の盟約は“あらゆる殺傷・戦争・略奪”を禁じてはくれますが、そのほとんどが直接的なものであり、間接的なものはあまり防いでくれません。

 さらに言えば、物理的な攻撃はほとんどが“直接的”判定になってくれますが、精神的な攻撃は結構な範囲が“間接的”判定にされてしまいます。

 

 例えば、直接ナイフを刺して相手の肉体を傷つける行動は十の盟約がキャンセルしてくれますが、直接悪口を言って相手の精神を傷つける行動は“間接的”と判断されてキャンセルしてくれません。

 森精種(エルフ)をはじめとする魔法を使える種族が魔法を使い、直接精神を攻撃するところまで行ってようやく十の盟約がキャンセルしてくれます。精神そのものに干渉するレベルになって、はじめて“直接的”と判断されるわけですね。

 

 だから、この世界の人々は悪口を言うことも脅すこともいじめることもできますし、こうして殺気を飛ばして怖がらせることもできます。

 原作主人公も彼女と出会った時、殺意を乗せた視線を向けられてビビりました。お揃いですね。

 

 だからこそ、この世界には“山賊”という職業が存在できます。

 

 十の盟約のおかげで直接的な暴力ができないので、どれだけ山賊が脅そうと無視したりゲームを拒否したりすれば山賊は何もできません。

 しかし、そうと分かってはいても、刃物を突き付けられたり怖い声で脅されると、ついお金を差し出したり無理やり賭けゲームをさせられたりする人は少なくありません。これが山賊を撲滅できない原因でした。

 

 余談ですが、エルキアにおける殺人の手段で最も多いのが自殺教唆です。

 徹底的に精神を痛めつけて、自分で自分を殺すように仕向ければ、十の盟約に引っかかりません。恐ろしいですね。

 

 しかし、残念ながらステフちゃんにその手の脅しは通用しません。

 

「――はい。わたくしは貴女方から見て取るに足りない存在ではありますが、それでも多くの民の命を預かる王……我が国の国益にならない行動を取ることはできませんわ」

 

 ジブリールは驚きました。

 

 天翼種は人類種とは比較にならないほど強力な種族です。水爆をノーガードで受けても無傷でピンピンしているくらい強い生物です。

 その殺気も山賊などとは比較にならないほど強く、普通の人類種であれば恐怖から逃れたい一心で天翼種の要求を呑んでしまいます。気絶してもおかしくありません。

 

 ところが目の前のステフちゃんは、そのお目々こそ死んでいるものの、声にも身体にも一切震えがなく、恐怖に思考が麻痺することもなく、ハキハキとしっかり自分の意思を伝えてきたのです。

 その堂々とした態度・風格は、人類種の王たるにふさわしいものでした。

 

 実は、これにはタネがあります。

 

 十の盟約を利用した【盟約に誓って(アッシェンテ)】ゲームは精神に作用します。物理的には何にも作用しません。

 

 仮にステフちゃんがゲームに負けて『100メートルを1秒で走れ』と言われたとしましょう。

 どこぞの令呪であれば、空間を跳躍してその場所まで1秒で移動させてくれるでしょうが、十の盟約の場合、“100メートルを1秒で走りきるつもりで、全力でステフちゃんが走る”だけです。

 

 しかし、確かに【盟約に誓って(アッシェンテ)】ゲームは物理的には何もできないものの、その代わり、精神に関することであれば非常に強力な効力を発揮します。

 

 獣人種の国防ゲームにもありましたが、意図的に記憶を消すことすらできるレベルです。やろうと思えば、一時的に恋心を植え付けることだってできます。

 どんな薬や催眠を使ってもできないような精神操作だって、盟約を使えば可能です。

 

 このことに気づいたステフちゃん(当時3歳)は、こう思いました。

 

 

 

 ――この【盟約に誓って(アッシェンテ)】ゲームは、敵ではなく、味方や自分に使ってこそ最大限の効果を発揮する()()()()()()()()()()、と

 

 

 

 そこでステフちゃんは、人類種にできる範囲で“こういう風になれたらいいな”と思えることを全て紙に書き出しました。

 

 ――必要な時に任意のタイミングで、集中力を自在にコントロールできるようになる

 ――必要な時に任意のタイミングで、ゾーン状態に入ることができるようになる

 ――いかなる恐怖にも負けない強靭な精神力を持つ

 ――視覚・聴覚・触覚など、イメージで情報を記憶し、好きなタイミングで思い出せるようになる

 ――一瞬で視覚に入った情報を記憶し、本をめくっただけで全て速読できるようになる

 ――頭の中で、高速演算・高速シミュレーションができるようになる

 ――時間感覚を視覚化したり、色から温度を感じ取ったりする共感覚能力を手に入れる

 

 その他にも思いつく限りのことを全て書き出したうえで、コインを1枚取り出し、ステフちゃんは、こう宣言しました。

 

『このコインの表が出れば、わたくしの勝ち。裏が出れば、わたくしの負け。それ以外は全てわたくしの勝ち』

『わたくしが勝っても負けても、わたくしはこの紙に書かれたことを【盟約に誓って】遵守いたしますわ』

 

 

 ――十の盟約その6:【盟約に誓って】行われた賭けは、絶対順守される

 

 

 十の盟約において、ゲーム人数の規定はありません。たとえ1人でゲームをする場合であっても、【盟約に誓って】からゲームを行えば、自分自身を盟約で縛ることができます。

 

 このように、本来であれば対戦相手を縛るための効力を逆手にとって、本来長い能力開発の訓練や暗示などを必要とするはずの超人的能力をステフちゃんは手に入れたのです。

 特に速読能力と完全記憶能力は物凄く便利でした。これがなければ幼女の身でアカデミー首席卒業なんてできなかったかもしれません。

 

 そんなステフちゃんの願いの中には“自分の精神の完全制御”といったものも当然含まれていますので、どれだけジブリールが怖い顔をして脅そうとも、言うことを聞かせることができないのです。

 

 しかし、そんな裏事情を知らないジブリールはこう思いました。

 

 

 ――この人類種の王は、他の人類種とは何かが違う

 

 

 天翼種は、今は亡き主たる戦神より命令をいただいております。

 

『万が一、戦神たる己が滅ぼされしとき、己に代わり、その因を暴け』

 

 戦神亡き後、この命令が最初番個体――アズリールより全天翼種に告げられて以来、その因を調べるため、天翼種は知識の収集を生業とするようになりました。

 ジブリールは、この因について既におおよその推測は立てているものの、確証を得られていない状態です。

 

 天翼種の中でも特に力を持つ個体であるジブリールの眼力にもひるまない、ステフちゃんの人類種ばなれした肝の太さは、“その確証を得るための材料になるのではないか”と思わせるに充分なほど異常なものだったのです。

 

 しかし、自らを“能力は無理やり開いたけど、それ以外は凡人”と自称するステフちゃんは、それに気づけません。

 “自分は盟約のおかげで耐えられてるけど、これを素で耐えて話せた原作主人公スゲー”なんて考えているステフちゃんでは、“ジブリールの興味を引いてしまった”など夢にも思わないのです。

 

 ジブリールは意味深な笑みを浮かべると、こう言いました。

 

「……なら、国益になるのであれば、ゲームを受けていただけると考えてよろしいので?」

 

「ですから、オールオアナッシングでは――「いえいえ、もちろんそこは承知していますとも」……??」

 

 何が言いたいのか分からず、ステフちゃんは可愛らしく首をコテンと倒します。

 そんなステフちゃんに、ジブリールはいい笑顔でこう言い放ちました。

 

 

 

「私の提示するゲームを受けていただく……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(!?)

 

 ステフちゃんは驚きました。

 確かに、それならば検討の余地はあります。ただゲームをするだけで天翼種の所有する多くの知識を得ることができるのであれば、ほぼ丸儲けです。

 

 しかし、世の中そんなに美味しい話が転がっているはずがありません。きっと何か裏があるはず。

 たとえば、『ゲームで負けたら全部パアになって、さらにエルキアの図書館をもらう』とかだったら――

 

「ああ、もちろん貴女様が懸念しているような『ゲームで負けたら全部なし』とかは言いませんのでご安心を。貴女様が負けても、私は()()()()()()()と盟約に誓いましょう」

 

(!!?)

 

 ステフちゃんはさらに驚きます。

 『ゲームで勝ったら写本と書庫をよこせ』ならばまだわかりますが、『何もいらない』とはいったいどういうことでしょうか。

 

「……いったい何を考えているんですの?」

 

「秘密でございます♡ さあ、ご返答は?」

 

「……」

 

 ステフちゃんは考えます。

 

 盟約に誓う以上、嘘はつけません。仮に嘘をついたところで、盟約が約束を破らないように精神を縛ってしまうので、誓約者は嘘を本当にせざるを得ないのです。

 それは、例え人類種とは比較にならない力を持つ天翼種であろうとも変わりません。

 

 可能性があるとすれば、“そもそもジブリールが書物を所有していない”ケース。

 天翼種であるジブリールが所有していないとは考えにくいですが、一時的に別の天翼種の方に譲渡しておくなどすれば条件は満たせます。このケースであれば、ステフちゃんがジブリールのゲームを受けたところで何も手に入れることはできません。

 

 ですが、仮にそのケースであったとしても、今ジブリールが言った条件ではジブリールにメリットがありません。

 ジブリールは“ステフちゃんとゲームをすること”以外に何も要求していないのですから。

 

 ここまで考えれば、いかに自己評価の低いステフちゃんといえども、ジブリールにとって“ステフちゃんとゲームをすることそのもの”に価値があるのだと察することができます。

 どうしてジブリールがそこまで自分に興味を持ってしまったのかまでは分かりません。ですが、それはステフちゃんにとって都合の悪い展開でした。

 

 本来の原作の流れであれば、このように超越者たるジブリールが人類種などという下等種族であるステフちゃんに興味を持つことはありません。

 彼女が唯一例外として興味を持った人類種はたったの2人――原作の主人公たちだけなのです。

 

 ステフちゃんが女王様となってしまったことで原作の流れはとうに崩壊してしまいましたが、それはあくまでもステフちゃんのおじいさまの賭け事にエルキアを巻き込まないために仕方なく行ったことです。

 そうした“どうしても見過ごせないこと”が無いのであれば、できる限り原作改変を避け、原作の流れを(できれば特等席で)拝見したいと、原作ファンであるステフちゃんは考えております。

 

 そんなステフちゃんにとって、“ジブリールが興味を持つ一番最初の人類種”は原作主人公たちであってほしいのです。

 

 原作主人公たちは、“引きこもりでほとんど人と会っていないのに、まるで心を読むかのように人の心理を読み解く兄”と、“フルダイブ型ゲームのゲーム内からソースコードも読まずに五感を通して得た情報だけでプログラムを解読できる演算能力を生まれつき手に入れている妹”という、華々しいまでに才能に溢れた強者中の強者です。養殖物のステフちゃんとは格が違います。

 

 一番最初に興味を持つべき人類種として、これ以上のものは無いでしょう。

 ジブリールには、そうした素敵な思い出を作ってほしいとステフちゃんは考えているのです。

 

 とはいえ、ステフちゃんに不安はありません。

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 天翼種が行うゲームは、基本的に1種類――原作でも登場した“具象化しりとり”です。

 

 これは天翼種が用意する魔法のゲーム装置を利用して行われるしりとりで、口にした単語が“その場に有れば消え”、“無ければ出現する”というものです。

 

 ただし、これを利用してプレイヤーに直接干渉し、しりとりを継続できなくさせることはできません。

 

 仮にステフちゃんが『天翼種(フリューゲル)』と口にしてもジブリールを消すことはできませんし、ジブリールが『水分』と発言したところで、ステフちゃんの体内の水分を消して失血死させることはできません。

 継続不能にならないのであれば、『髪』と発言して相手をつるっぱげにもできます。その代わり、自分もつるっぱげになりますが。

 

 しかし、間接的な干渉であれば問題なく相手を継続不能にさせることが可能であり、例えばジブリールが『猛獣』とでも発言すれば、ステフちゃんはジブリールがイメージした猛獣に襲われ、殺されてしまいます。

 こういった内容が前提のルールなので、このゲームに同意した途端、“自身を傷つけて良い”と同意したこととみなされるため、十の盟約も護ってくれません。

 もちろん、殺されたプレイヤーはしりとりの継続ができなくなりますので敗北扱いです。

 

 

 ――だからこそ、ステフちゃんは自然に負けることができます

 

 

 6千年前にあった種族間の大戦で多くの猛獣は絶滅しておりますが、知識として知っていれば“具象化しりとり”はいくらでも再現することができます。

 そして天翼種を殺せるような猛獣なんていませんが、人類種を殺せる猛獣はいくらでもいるのです。

 

 “具象化しりとり”はゲームが終われば全て元通りになるので、例えステフちゃんが死んでも無傷の状態で復活できます。

 盟約で恐怖心を制御できるステフちゃんであれば、猛獣に殺されても失うものが無いというわけです。

 

 何より“自然に負けられる理由”として有力なのは、具象化しりとりは“実在しないもの”・“架空のもの”・“イメージが無いもの”以外でさえあれば()()()()()()()ということです。

 

 原作で主人公たちがジブリールと戦った際、まず真っ先に主人公たちは『水爆(すいばく)』と発言します。

 そして主人公たちのイメージ通り、両者の頭上で今にも爆発しそうになった水爆から主人公たちを護るため、ジブリールが『久遠第四加護(クー・リ・アンセ)』という森精種(エルフ)の扱う最上位封印魔法を具象化しています。

 

 ジブリールが主人公たちを護ったのは、異世界からやってきた2人の知識に興味を持ち、“もっとしりとりを続けたい”と思ったから……といった細々とした背景はさておき、()()()()()()()()、『水爆(すいばく)()()()()()()()久遠第四加護(クー・リ・アンセ)()()()森精(エルフ)()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――つまり、音の響きがある程度一致していれば、文字や綴り(スペル)を一切問わないのです

 

 

 これは、日本語のしりとりによくある『“ん”が末尾につく単語を口にする』という敗北条件が無いことを意味します。

 “ん”で終わる単語は“n”の響きで終わる単語なので、全て“ナ行”の言葉で返すことができ、継続不能にならないからです。わざわざ“ンカイの腕輪”といったマニアックな単語を用意しておく必要すらありません。

 

 同時に『“る”攻め』、『“x”攻め』といった“頭にその音がつく単語が少ない文字”を多く口にする戦略が使えないことも意味します。

 

 “る”で終わる単語は、“ru”あるいは“lu”の響きから、“Luminousness(ルミナスネス)(明るさ)”と返すこともできれば、末尾の“u”の響きだけ取って“ウサギ”と返すこともできます。

 “x”で終わる単語もその響きだけ見ればいいので、仮に“FAX(ファックス)”を日本語の発音で言えば“ス”、あるいは“su”と取って“u”を、英語の発音であれば末尾の響きから“s”で終わると捉えて“s”を始まりとする言葉で返すことができます。

 

 実は語尾の文字数指定すら無いので、先の“Luminousness”であれば末尾の“ness”を取って“Nesselrode(ネッセルロードゥ)(栗を使ったお菓子の一種)”なんて返すことだってできます。

 これを使えば『“る”攻め』、『“x”攻め』も、少し前の文字から取って“ボウル”→“うるし”、“Fox(フォックス)(狐)”→“Oxygen(オキシジェン)(酸素)”のように返すことも可能です。

 

 結果どうなるかというと、“近い響きで始まる単語をいくつ知っているか”という単純な知識量勝負になってしまうのです。

 何千年も生きていて、知識の収集を生業とする種族相手に知識量勝負など、前世含めて数十年程度しか生きていないステフちゃんでは勝てるわけがありません。

 

 ……原作主人公は『しりとりで勝つのに知識量は関係ない』と言っていましたが、このルールで知識量無しにどうやって勝つつもりだったのでしょう?

 

 ジブリールの説明を受ける前に“具現化しりとり”の詳細を調べ上げて、原作で実行した勝ち方をあらかじめ考えておいたのでしょうか。

 それとも本当に“ただのしりとりである”と認識して“る”攻め、“x”攻めをするつもりだったのでしょうか。

 凡人のステフちゃんには、そこまでは分かりません。

 

 こうした理由から、ステフちゃんは“ゲーム後にジブリールが自分に興味を持つことはない”と判断しました。

 すると、ステフちゃんがゲームを受けるデメリットはほぼありません。せいぜいステフちゃんの公務の時間が削られることくらいです。

 

 その程度のデメリットで天翼種のプレッシャーから逃れられるのであれば、例えジブリールの書籍の写本を手に入れられずともステフちゃんにとっては充分なメリットと言えます。

 今こうしてジブリールと対峙していること自体、ステフちゃんの精神に多大なダメージを与えつつ公務時間を削るという現在進行形のデメリットなのです。

 

「……承知いたしましたわ。それではこの契約書に目を通した後、問題なければ空欄にゲーム内容を記入のうえ、サインをお願いいたします」

 

「ああ、これがあの人類種の涙ぐましい努力で作られたというセコい契約書でございますね」

 

 ステフちゃんが机から取り出した1枚の書類――これは、ステフちゃんが考えたイカサマ防止ツールです。

 この契約書には、【盟約に誓って(アッシェンテ)】ゲームを行うに際し、イカサマを防止するための決まりごとが列挙されています。

 

1. 甲および乙は、_____ゲーム(以下“当該ゲーム”)に際し、一切のイカサマを行わない

2. 当該ゲームのゲーム内容は以下空欄内の記述の通りとする。空欄に無い内容はこれを一切認めない。

ゲーム内容を記載しきれない場合は、別紙(以下“当該別紙”)を用意し、当契約書の契約番号と甲および乙の署名を記載することで、例外的に当該別紙の内容もゲーム内容に含めるものとする。

3. 甲が賭けるものは以下空欄内の記述の通りとする

4. 乙が賭けるものは以下空欄内の記述の通りとする

5. 上記2、3、4は、甲および乙が記載されているものを両者が声に出して読み上げ、両者の認識が合っていることを確認したうえで、【盟約に誓って(アッシェンテ)】の宣言を行う

6. 甲および乙は、魔法や超人的な身体能力をはじめとする人類種に不可能な行動の全てを禁止し、人類種に可能な水準に力を制限したうえで当該ゲームを実施する

7. 甲および乙、そして“当該ゲームを行うために必要な道具および環境の全て”に対する第三者からのあらゆる干渉は全て権利侵害とみなす

8. 甲および乙は上記7の認識でもって当該ゲームを実施する。もし既に第三者からの干渉を許可する状態であれば、当該ゲーム実施前にその全てを申告し、相手の同意を得なければならない。もしこれに違反した場合……

 

 他にもズラッと細かい字で並んでおり、読むだけでうんざりしそうです。何とか表裏あわせて1枚に収まっているのが救いでしょうか。

 

 しかし、これはステフちゃんが【盟約に誓って(アッシェンテ)】ゲームをするにあたって絶対に必要なツールでした。

 

 この世界には魔法だの、物理法則を超越する身体能力を持った種族だのが存在しますが、人類種はそういった超人的な能力を一切持っておりません。

 そのため、そういった超人的能力でイカサマをされてしまった場合、人類種はそのイカサマを証明できず、一方的に負けてしまうのです。

 

 これは人類種同士のゲームであっても発生する場合があり、例えばゲームをしている者が人類種であっても、裏で森精種(エルフ)と組んでコッソリ魔法でイカサマされたりするので、誰が相手であろうと防ぐための手段が必要でした。

 

 それがこの契約書です。

 

 ゲームをする当事者に“イカサマをしない”と盟約で誓わせることで当人によるイカサマを防ぎ、第三者の介入を権利侵害――すなわち盟約違反と認識させることで、外部からの干渉を防ぎます。

 

 後者について分かりにくければ、トランプをイメージしてみるといいでしょう。

 

 盟約によって、ゲーム以外ではあらゆる殺傷・略奪が禁じられているこの世界では、魔法によってトランプの絵柄を変更することはできません。

 “トランプを改変する権利”はトランプの所有者のものなので、その権利を譲り受けない限り、例え森精種であろうとトランプの絵柄を改変できないのです。

 

 しかし、トランプの所有者の同意があれば絵柄の改変は可能です。ゲームの当事者がトランプを用意し、当事者ではない森精種が魔法で絵柄を変えることを同意すれば、“絵柄改変”のイカサマは成立します。

 そういったイカサマを防ぐための条項が、“第三者の介入を権利侵害と認識する”という内容です。

 

 こういったイカサマを防ぐための条項を列挙し、()()()()()()()()“勝っても負けても引き分けても、お互いにこの契約書の内容を順守する”と盟約に誓って簡単なゲームを実施することで、イカサマそのものを盟約違反にしてしまう……それがこの契約書であり、ステフちゃんが考えたイカサマ防止法でした。

 

 十の盟約その3:ゲームには、相互が対等と判断したものを賭けて行われる

 十の盟約その4:3に反しない限り、ゲーム内容、賭けるものは一切を問わない

 

 つまり、十の盟約において“自分が賭けるもの”と“相手が賭けるもの”が全く同じであっても構わない、ということです。

 ステフちゃんはこれを逆手にとって、“勝っても負けても引き分けても、お互いが同じ盟約に縛られる”ようにしたわけです。

 

 原作主人公であれば頭脳戦そのものでイカサマを封じてしまいますが、凡人のステフちゃんにそんなことはできませんので仕方ありませんね。

 

 ちなみに、この契約書は応用されて、エルキア王国では大きな交渉時の契約や法令順守にも利用されています。

 

 交渉の前に“契約内容を順守する”ことを盟約で縛れば、約束を破ることはできません。たとえ空手形であろうと、約束を守る最大限の努力を強いられてしまいます。

 

 また、ステフちゃんの政策によって、エルキアでは生後3年たったら“エルキアの法と裁きに従う”という契約を盟約に誓って宣誓する儀式が作られました。

 こうすることで、エルキアの法律と裁判による判決を盟約によって順守させるわけです。儀式に参加した者はエルキアの戸籍に明記され、その人物の信用度を測る大きな目安になります。

 就職や契約に大きく影響するため、ステフちゃんが儀式を行う以前に3歳を過ぎていた人たちも、その多くがこの儀式を実施しております。

 

 これらの政策をステフちゃんが実施するまで、エルキアは法律の大部分が形骸化した無法国家でした。

 なぜなら、同意を取ってしまった時点であらゆる契約が盟約によって絶対順守されてしまうため、例え法律で何らかの罰則を与えようとしても、それらが全て権利侵害として盟約に無効化されてしまうからです。

 

 例えば、AさんがBさんに騙されてお金を取られたとしましょう。後から騙されたことに気づいてBさんに返却を迫っても、Aさんはお金を取り返すことができません。Aさんがお金を渡すことに同意した時点で、そのお金の所有権はBさんに移ってしまっているからです。

 AさんがBさんからお金を取ろうとすることは十の盟約で言う“略奪”に該当してしまうので、例え取り返そうとしてもAさんはその思考をスキャンされ、行動をキャンセルさせられてしまうのです。

 

 詐欺行為を証明して警察を頼ったところで、警察もまた行動をキャンセルさせられてしまうので、罰金を取ることも牢屋に入れることもできません。

 法律を順守させることなどできるわけがないのです。

 

 エルキアはこういった詐欺行為がまかり通るどころか、常識レベルで浸透してしまった詐欺大国だったのです。

 幼い子供が「相手に『うん』って言わせさえすればいいんだよ!」と発言しているのを聞いたとき、あまりの世紀末ぶりにステフちゃんのお目々は死にました。

 

 こうしたステフちゃんの活躍によって、エルキアは法治国家として生まれ変わりました。

 先に述べた東部連合との交渉による技術革新を含め、ステフちゃんが女王様になってから目覚ましくエルキアが発展したことから、ステフちゃんは稀代の賢王として称えられるようになったのです。

 

 そんなステフちゃんの涙ぐましい努力など、どこ吹く風。『セコい契約書』と一蹴したジブリールは、ザッと契約書に目を通し、用意されたペンを手にすることなく魔法を使ってゲーム名に“具象化しりとり”、ゲーム内容にその詳細な説明、そして“甲”の欄に自身の名前である“ジブリール”という単語を記入しつつ――

 

 

 

 ――契約書の末尾の枠外に、サラリと一つの条文を付け足しました

 

 

 

「……え?」

 

 大きく目を見開くステフちゃんを嘲笑うように、ジブリールは目を細めて笑います。

 その条文には、こう書かれておりました。

 

 

 

 ――“乙は、当該ゲームにおいて全力で勝利を目指さなければならない”

 

 

 

 ジブリールの脅しにも微動だにしなかったステフちゃんが、動揺にピタリと動きを止めてしまいます。

 盟約は“その人にできる最大限を行うよう精神を縛る”もの。つまり、催眠などよりも余程強力な盟約で精神制御できるよう自らを縛ってもなお、動揺を表に表してしまうほどに大きな衝撃をステフちゃんは受けてしまったのです。

 

 交渉を始めてからこゆるぎもしなかったステフちゃんのすまし顔を崩してやったことに気を良くしたジブリールは、ここぞとばかりに煽ります。

 

「おやぁ、どういたしました? 私はごく当たり前のことしか書いておりませんよ? それとも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……いえ」

 

 ステフちゃんは原作知識持ちです。原作主人公がどうやってジブリールに勝利したのか、その詳細を知っています。

 つまり、盟約によって“全力で勝利すること”を誓わされてしまうと、その知識を使ってジブリールに勝利してしまうのです。

 

 しかし、こうなってしまっては、もうどうしようもありません。

 先程までゲームに乗り気だったのに、契約書にこの一文を足されただけでゲームを拒否してしまっては、『私は貴女に全力を見せたくはありません』と宣言するようなもの。それは同時に『私は天翼種相手だろうと“具象化しりとり”で勝つ手段を持っています』と言っていることと同じです。

 

 つまり、ゲームを受けようが受けまいが、ジブリールから自分への興味を失わせることができなくなってしまったのです。

 

 どちらの道を選んでもデメリットを避けることができないのであれば、より多くの国益を得られる選択肢を選ぶほかありません。

 ステフちゃんは、契約書に書かれたゲーム内容と賭けるもの(正確にはジブリールが前払いするもの)を確認し、ジブリールと口頭で認識合わせをすると、しぶしぶ契約書にサイン。人払いを行ってから、そばに置いてあった契約専用の黄金色のコインを手に取ります。

 

「それでは今からコインゲームを行います。コインを放り投げて表が出れば、わたくしの勝ち。裏が出ればジブリール様の勝ち。どちらの勝ちであっても、また引き分けであっても、盟約によって履行されるものは、共にこの契約書に記載し、口頭にて認識確認した内容……よろしいですね?」

 

「はい、よろしいです♪」

 

 ステフちゃんとジブリールは、ともに右手を掲げて宣言しました。

 

 

「「【盟約に誓って(アッシェンテ)】」」

 

 

***

 

 

 ステフちゃんが弾いたコインがその右手の甲に落ちた直後、ステフちゃんの様子が変わりました。

 盟約に縛られ、ジブリールが提示したゲーム……“具象化しりとり”に勝利すべく、全力で動き始めたのです。

 

「ジブリール様……ジブリール様は、わたくしの全力が見たいのですわよね」

 

「……? ええ、確かにその通りでございますが……」

 

 首をかしげるジブリールに、ステフちゃんは挑発的な笑みを浮かべつつ言いました。

 

 

 

「わたくしが指定する場所でゲームを行い、わたくしに先手を譲っていただければ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「!!?」

 

 ジブリールは驚きました。

 この極めて天翼種に有利に作られているゲームで、人類種が天翼種に勝利する方法が……それも()()の方法があると言うのです。

 

 未知を好むジブリールにとって、これほど極上のエサはありません。ジブリールの表情がまるで牙をむく獣のように凶悪な笑顔に変わり、戦意がほとばしります。

 たとえ罠と分かっていても関係ありません。彼女は最強の天翼種。非力な人類種の罠ごとき、食い破って見せる自信があります。

 

 ステフちゃんから提示された場所は、広大な無人の空き地。

 エルキアは非常に広大な国土を持っており、文明レベルの低さから開発が追い付いていないため、都市から少し離れればすぐにこういった未開発の土地があったりします。

 

 地図で場所を確認したジブリールは『移動する時間がもったいない』と空間転移で瞬時にステフちゃんを空き地に連れてきました。

 (……帰り、どうしよう)とステフちゃんのお目々が死にました。

 

 ジブリールが手をかざすと、彼女の目の前に光を放つ幾何学模様が生まれ、収束し、無数の魔法陣が浮かびます。

 すると、魔法陣の中から円テーブルと一対の椅子、そしてテーブルの中心に浮遊する水晶が現れました。事前に認識合わせで確認した“具象化しりとり”用のゲーム装置です。

 

「さて、それではお望み通り貴女が先攻です。お好きな言葉をどうぞ♪」

 

「……ありがとうございます」

 

 ステフちゃんはそう応えるや否や、全力で後方へダッシュ。円テーブルから100メートルほど離れたところでジブリールに向き直り、地面に伏せながら両手で耳をふさぎ、目をつむりました。

 ステフちゃんの視力では良く見えませんが、おそらくジブリールはステフちゃんの突飛な行動に首をかしげていることでしょう。

 

 王城での認識確認で『具象化された猛獣に襲われたとき、逃げながらしりとりする必要があるが、ジブリールはどれくらいの距離であれば自分の言葉を聞き取れるか』とステフちゃんが訊いた際、『今話している程度の音量であれば、ジブリールの視界内であれば問題なく聞こえる』と言っておりましたので、今ステフちゃんがいる場所からでもジブリールは問題なくしりとりできますが、これでは逆にステフちゃんがジブリールの言葉を聞けないでしょう。耳をふさいでしまえばなおさらです。

 

 そんなジブリールの疑問に対する答えを、ステフちゃんが大声で叫んでくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神撃!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、ジブリールは「は?」という口の形のまま、一瞬にして蒸発しました。

 

 

***

 

 

 原作主人公がジブリールに勝利した方法……それは、具象化しりとりを利用して星のクーロン力を消滅させることで発生させた極超新星爆発(ハイパー・ノヴァ)をジブリールにぶつけ、ジブリールを殺害することでした。

 

 水素爆弾にも無傷で耐えられるジブリールでも、流石に数光年の星系をも蒸発させる威力には耐えられず殺されてしまったわけですが、これは原作主人公が天翼種の耐えられる限界を知らなかったために、具現化しりとりで出しうる最大威力をぶつけざるを得なかったことが原因とも考えられます。

 

 ですが、原作を知るステフちゃんは、当時の原作主人公以上に天翼種がどういったものかを知っています。

 

 まず、天翼種の創造主である戦神アルトシュ。彼は概念そのものが自我を得た種族である“神霊種(オールドデウス)”の1柱です。

 彼ら神霊種は、万物の源流・万象の潮流たる星から生まれます。つまり、神霊種全員を合わせたものよりも星そのものの方が力は上、というわけです。星そのものの爆発をぶつけられれば、神霊種の眷属として生まれた天翼種程度ではオーバーキルもいいところでしょう。

 

 ということは、ジブリールを倒すにはもっと低い威力でもいい訳です。

 

 そして星を爆発させたにもかかわらず、どうやって原作主人公たちが死ぬよりも先にジブリールを殺せたかというと、()()()()()()()()()()()()()です。

 

 原作主人公たちは星を爆発させる前、まず大きくジャンプしてから地表を消し、惑星の中心核を露出させてから、数回のしりとりを挟んだうえで爆発させています。

 主人公の兄は18歳、妹は12歳なので、多めに見積もって大学生の垂直飛びの平均値である60cm程度ジブリールから離れると仮定します。空挺降下といったテクニックを主人公たちが使っている記述はなかったので、単純に手をつないで2人分になった分だけ空気抵抗が増えて、ジブリールとの距離が時間経過で離れると考えても、せいぜい数メートルから十数メートル。いえ、高速で落下し、耳元で風鳴が酷い中できちんとしりとりの単語を聞いていたことを考えれば、もっと短いかもしれません。

 

 重要なのは、“この短い距離の時間差で、先にジブリールの方が死んだ”ということです。

 

 ジブリールが単純に原作主人公と同じ強度……人類種と同じくらいの丈夫さであれば問題ありません。

 強度が同じであれば、爆発が先に到達したほうが先に死ぬのは当たり前だからです。

 

 ところが、ジブリールは水爆が直撃しても無傷でいられるほどの非常に高い耐久性を持っております。

 つまり、ジブリールに爆発が到達した後、原作主人公たちに爆発が到達するまでのほんの一瞬耐えることさえできれば、ジブリールの方が勝利していた、ということになります。

 

 で、あるならば――

 

 

 

 ――彼女たち天翼種の創造主の最大最強の一撃をジブリールに叩き込み、その余波がステフちゃんに到達するまでに生き残っていればステフちゃんの勝ち、ということになります

 

 

 

 戦神アルトシュの全力の一撃が“神撃”です。星の精霊回廊の源潮流の……つまり、星の力を吸い上げ、自身の力と眷属である天翼種全員の力を()()()放ちます。

 そう、極超新星爆発(ハイパー・ノヴァ)は無差別に破壊をまき散らしますが、彼の“神撃”は収束しているのです。

 

 星の力すべてを吸い上げるわけではないため、星そのものの爆発よりも総合的なエネルギー量は低いかもしれませんが、収束されたエネルギー密度は神撃の方が上かもしれません。

 そして余波についても、当然収束されている神撃の方がずっと威力が低いはずです。

 

 そして、神撃の発生位置と出現の過程。

 

 原作主人公たちは水爆を頭上で爆発させましたが、なぜ具象化された水爆は爆発できたのでしょうか。また、何故すぐそばの地面ではなく主人公たちの頭上に出現したのでしょうか。

 “爆発しない水爆”が出てきてもおかしくないはずですし、地面に水爆が出現してもおかしくないはずです。

 

 その理由は、イメージ。

 “爆発する状態”を主人公たちがイメージしたからこそ具象化された水爆は爆発したし、“頭上に出現したイメージ”を思い描いたからこそ水爆は頭上に具象化されたのです。

 ということは――

 

 

 

 ――ステフちゃんが“既に発射済みの神撃”を“既にジブリールに命中済み”の状態でイメージすれば、ジブリールにそれを避けるすべは無い、ということです

 

 

 

 ステフちゃんは神撃をジブリールに当たった状態でイメージし、その余波でステフちゃんが死ぬ前にジブリールが死んだ、というわけです。

 “極超新星爆発(ハイパー・ノヴァ)の無差別攻撃で数メートル程度の距離であっても、人類種が死ぬより先にジブリールが先に死ぬ”という原作で証明された事実が無ければ、とてもできない危険な賭けでした。

 

 本来であれば防御魔法でジブリールは自身の耐久力を上げられるのですが、原作では具象化しりとりの過程で魔法を使うために必要な精霊回廊を消されてしまったため、そして今回はステフちゃんとの事前契約で“魔法の使用不可”を盟約に誓わされてしまったため、その手段を取ることができませんでした。

 

 ここまでくれば、どうして『先手が欲しい』とステフちゃんが言ったのかもお分かりでしょう。

 

 ステフちゃんは、この“具象化しりとり”というゲームについて、こう考えております。

 

 

 

 ――この“具象化しりとり”の本質は、しりとりではない。“叩いて・かぶって・ジャンケンポン”の亜種である

 

 

 

 原作でジブリールは、こう言いました――『具象化しりとりは天翼種同士の諍いを解決するために使われるゲームである』、と。

 それは、このゲームは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということを意味します。

 

 つまり、先攻は該当の響きから始まる“自身が知る最も攻撃力の高い攻撃手段”を発言して具象化。後攻はそれを自身の魔法で防ぎ、先攻と同様、該当の響きから始まる“自身が知る最も攻撃力の高い攻撃手段”を発言・具象化。先攻もまた同様に自身の魔法でこれを防御。

 これを延々繰り返し、相手の継続不能を狙います。

 

 もし相手の攻撃を防げる魔法を展開できない場合、原作でジブリールが久遠第四加護(クー・リ・アンセ)を具象化したように、防御側はしりとりで防御手段を具象化して防ぐことになります。

 すると、攻撃側は更にもう一度攻撃チャンスが回ってくることになり、有利な状態を手にすることができる、というわけです。

 

 魔法が使えず、天翼種よりずっと肉体性能が低い人類種であるステフちゃんに、そんなことはできません。

 彼女にできる手段はたった一つ。“最初の攻撃具象化でジブリールを殺しきる”、それだけです。

 

 原作で主人公が初手で『水爆』と発言できたことからも推察できますが、この具象化しりとりは『“しりとり”の“り”で始まる』といった先攻の単語を縛るルールがありません。

 つまり先攻は初手に限り、自身の知る最大最強の一撃を叩き込むことができる……具象化しりとりは〇×ゲームにも似た“先手必勝”のゲームなのです。

 

 

 これが盟約によって全力を出させられたステフちゃんの“ジブリールに勝利する方法”でした。

 

 “原作を知っている”という圧倒的なアドバンテージがあるにもかかわらず、原作主人公と比べてあまりに(つたな)いその手段に、“やっぱり原作主人公は凄い”とステフちゃんは改めて彼らを尊敬しなおしながら、“神撃”の余波に巻き込まれ、その意識を白く染めました。

 

 

***

 

 

 ゲームが終了したのか、仮の死から復活したステフちゃんの意識が戻り、100メートル前方にジブリールの姿が見えるようになりました。

 ジブリールをあまり待たせないよう小走りで近づくステフちゃんに、椅子に腰かけたジブリールは、いつの間にか魔法で()び出したティーカップから口を放して円テーブルの上に置くと、不自然なほどに落ち着いた声音で言いました。

 

「……完敗、でございます。盟約通り、私が所有する書籍の写本作成を許可いたしましょう」

 

「あ、はい。ありがとうございます。書籍の移動は事前契約のスケジュール通りでお願いいたしますわ」

 

 そう応えるステフちゃんは、ゾクリと背筋を震わせました。

 

 

 

 ――ジブリールが、本当に心の底から嬉しそうに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、飢えた獣の瞳でステフちゃんを見つめていたからです

 

 

 

 ジブリールは、このステフちゃんとのゲームに敗北して確信しました。

 それは“人類種こそが、創造主である戦神アルトシュを討ち、大戦を終結させた『因』である”ということです。

 

 天翼種であるジブリールから見ても、ステフちゃんの勝利は実に見事でした。

 天翼種の誰もが想像しえなかった必勝法……それをあの短時間の説明で見抜く思考力、自身の命がなくなることを覚悟で実行できる精神力。こうしたものがあれば、大戦を裏で操り、彼女の創造主を討つことすら可能だとジブリールは確信したのです。

 

 ですが、足りません。まだまだ足りません。

 

 “彼女の創造主がどのようにして討たれたか”を推察するには、人類種の力に対する理解が全く足りていない……そう考えたジブリールは、一瞬にしてステフちゃんの背後に転移すると、“絶対に逃がさない”と言わんばかりにステフちゃんの肩をガッシリと掴み、ニッコリ笑顔でこう言いました。

 

「私、貴女のことがとても気に入りました。どうぞ、これからも末永くお付き合いください。……ね?

 

 

(あ~……やっぱり、目をつけられましたわ~……)

 

 

 ジブリールの言葉を聞いたステフちゃんは、原作知識からジブリールの笑みの意味を正確に理解し、その可愛らしいお目々から光を失わせていったのでした。

 

 

 

 

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