死んだお目々のステフちゃん 作:イクリール
「エルキアを大きく発展させ、さらには
目の前にひざまずく見目麗しい
***
事の始まりは半月前――ステフちゃんが“具象化しりとり”でジブリールを倒した直後。
『早速』と言わんばかりにジブリールが大量の書物を王城へ運び込み、ステフちゃんが写本の作成を部下に指示するという、両者の生物としての格を考えればありえないやり取りが目の前で行われたことで、あっという間に“ステフちゃんが天翼種をゲームで下した”という事実が国中に広まってしまったのです。
当然、そんなビッグニュースがエルキア国内にとどまる筈もなく、世界中に広まった結果、各国からステフちゃんが警戒されることとなったのですが……まあ、それはいいです。
ジブリールのゲームを受けたときから、それくらいはステフちゃんも覚悟していました。
問題はステフちゃんを利用しようとする勢力……その中で
それが、今ステフちゃんの目の前にいる、一見少女にも見えるほど眉目秀麗な吸血種の少年――プラムでした。
先の彼の発言は、少々差異はあるものの、原作で主人公たちに述べた内容とほぼ同じ。
しかし、言われた側はステフちゃん(17歳)。原作のステフちゃんは18歳なので、約1年イベントを前倒しにしてしまったことになります。
つまり原作ファンであるにもかかわらず、ステフちゃんは自身の凡ミスで原作イベントをつぶしてしまったのです。自業自得ですね。
ステフちゃんのお目々が死んだのは、そういう理由でした。
「……とりあえず、まずは詳細をご説明いただけますか?」
「は、はいぃ……」
プラムの説明をまとめると、こんな感じになりました。
吸血種はその名の通り、他者の血を吸って生きる種族です。そのため、十の盟約で同意なく他者を傷つけられなくなったことによって、滅亡の危機に追いやられてしまいました。
何らかの条件と引き換えに血を吸おうとしても、血を吸われた相手は漏れなく“直射日光を浴びると死ぬ”という病にかかるため、地上に生きる
そこで彼らは、
海棲種は女性しか存在せず、下半身が魚である人魚のような種族です。
彼女たちは海底に住む種族であり、海から長時間出ることができません。つまり、“直射日光を浴びると死ぬ”という病気にかかっても問題ないのです。
しかも、海棲種もまた、他者を傷つけなければ滅亡してしまう種族です。
彼女たちは繁殖する際に他種族の男性を必要とします。その際、一部の例外を除いて繁殖に利用された男性は絞りつくされ、死に至ってしまうのです。
つまり、吸血種の交渉に応じるだけの理由があります。
そこで、吸血種は海棲種に“共生”を持ちかけました。
“海棲種が血を提供する代わりに吸血種は魔法を提供し、餌となる他種族を確保する”という共同戦線です。
吸血種は魔法を使わず、八百長で引き分けのゲームを持ちかけ、共生関係を提示いたしましたが……なんと海棲種は、その意味どころか十の盟約により自らの種族が滅びに瀕していることすら理解しておらず、愚かにも海棲種は吸血種を返り討ちにしてしまったのです。
その結果、“吸血種の男性は海棲種の繁殖を手伝うこと”、“吸血種の男性は海棲種以外からは血を吸わないこと”という意味不明の契約を結ばれてしまいました。
しかしながら、吸血種もタダ黙って滅びを待つことはしませんでした。
海棲種は異種族の男性の精と魂を奪いつくすことで繁殖するのですが、繁殖に要する魂の量が致死量未満で済む個体が“1代に1人だけ”存在することを突き止め、繁殖協力を“彼女”のみに対して行うことにしたのです。
こうして海棲種の企みは潰えたかに見えましたが、ここでまさかの事態が起こります。
今から800年ほど前に誕生した“1代に1人だけ存在する”特徴を持つ個体の海棲種が、とある童話に影響され、“私を目覚めさせる王子様が現れるまで起きない”と盟約に誓い、
“凍眠”とは海棲種が体内の精霊を利用して行使する冬眠のようなもので、千年以上眠り続けることができる生理的機能です。
“彼女を惚れさせる王子様が現れればクリア”というゲームを設定した彼女は、その力を用いて千年の眠りについてしまったのです。
……いったい眠ったままの状態で、どうやって彼女を惚れさせればよいのでしょう?
このような根本的な疑問にすら気づかないほど、彼女は愚かでした。
――さあ、吸血種はどうなるでしょうか?
通常個体の繁殖を拒む口実がなくなったその800年後である現在、吸血種の男性はたった1人……目の前にいるプラムだけになってしまった、ということです。
プラムは自分のことを『その男性だ』とは言っておりませんし、なんなら自分のことを女性と勘違いさせようとする素振りさえ見せますが、原作を知るステフちゃんには意味がありませんでした。
自分の知る原作知識と情報が変わらないことを確認したステフちゃんは、プラムに問います。
「……それで、わたくしに『どうしろ』と言うんですの?」
「女王は凍眠状態ですが意識はあるんですぅ! そこでぇ女王の意識に――夢に干渉する術式を編み、夢の中で惚れさせる――恋愛ゲームを可能にしましたぁ!」
“1代に1人”の個体は、全権代理として種のコマを管理する女王としての立場に祭り上げられることになりました。
つまり、今、凍眠中の個体は海棲種の女王様です。
「どうか、女王様を惚れさせてくださいぃ! そのための策も用意しましたぁ!」
「ご自分でなされば?」
ステフちゃんは半眼で呆れたように言いました。
そこまで準備できているのであれば、プレイヤーがステフちゃんである必要はありません。
仮にステフちゃんの腕を買っているのだとしても、まずは自分達でプレイしてみて、どうしようもなくなってから頼るのが筋でしょう。別にプレイ回数に制限などないのですから。
「
(あ~、なるほど……
原作を知るステフちゃんは、この要請が海棲種と吸血種がグルになって仕組んだ、人類種をハメるための罠であることを知っています。
原作でプラムが主人公たちを騙そうとする際、主人公たちの傍には
――用意した“策”は、女王が対象に抱く感情を、強制的に“恋愛感情である”と誤認識させる魔法である
――女王様が求めているのは“王子様”である
――したがって、生殖能力のある男性でなければ“恋愛感情である”と誤認識させることができない
――吸血種最後の男性は幼すぎて、この“策”を使うことができない。だから、貴方(原作主人公2人のうち、男性である兄)に協力を仰いでいる
吸血種は唯一の男性が幼すぎて不可能。
海棲種に協力を仰ごうにも、海棲種は女性しかいない種族。
だからこそ男性で、かつゲームにおいて素晴らしい腕を持っている原作主人公を頼る……と誤解させるよう、うまく嘘をつかずに言いまわしておりました。
ステフちゃんは誰がどう見ても女性です。人類種の中でもトップクラスの美少女です。間違っても“生殖能力のある男性”には見えません。
なのでステフちゃんがジブリールに勝利したところで、このイベントは起きないと踏んでいたのですが……“ステフちゃんには獣人種の仲間がいない”という点を見落としておりました。
ステフちゃんは、相手の発言を嘘だと見抜く
海棲種にとって、この罠は“種族のコマ”を持つ、他種族の全権代理者にかかってもらわないと意味がありません。なので、海棲種が吸血種に女王のゲームをプレイする許可を与えるわけがないのです。
つまり、“吸血種が既に女王のゲームをプレイして失敗した”というプラムの発言は嘘になります。
また、嘘がつけるので、“生殖能力のある男性しかプレイできない”という言い訳を使う必要もありません……というか、逆に使えません。
女性であるステフちゃんがプレイできるのなら、同じ女性の吸血種や海棲種にプレイさせればよいのですから。
余談ですが、原作では“生殖能力のある男性しかプレイできない”と直接言わず、相手に誤解させるよう誘導しているから“嘘”になっていないだけで、実際はこれも真実ではありません。
吸血種の認識偽装魔法は、“存在そのもの”に偽装をかけて荷物の量や重さを感じなくさせたり、性別どころか生物ですらないマフラーに化けたりできるデタラメなものです。幼い男児を成人男性に見せることも、女性であるステフちゃんをイケメンに見せることも朝飯前でしょう。
「……失敗しているなら、その“策”は意味が無いではありませんの……」
「はいぃ……。絶対成功するはずの策なんですが……なぜか、おっしゃる通り失敗してしまって……その原因を調べるためにも、ステファニー様のお力をお借りしたいんですぅ……」
「……その“策”の内容をお話しいただけます?」
「ステファニー様を男性と認識するよう、女王の夢に干渉しますぅ。その上でぇ、女王のステファニー様に抱く感情を、それがどんな感情であれ“恋愛感情である”と認識するよう定義づけしてしまう魔法をかけますぅ」
原作と全く同じ策でした。
それに対し、ステフちゃんはこう答えます。
「なら、そもそもの前提条件…… “
「え?」
プラムは目を丸くします。
「海棲種の女王の逸話はわたくしもある程度存じておりますが、彼女が宣言した盟約の内容を明確に記したものは見たことがありません。失伝したのか、そもそも女王が伝えていなかったのかまでは分かりませんが、あなたの策が失敗した以上、間違っていることだけは確かでしょう」
「あなたがわたくしを高く評価してくださっているのはありがたいのですが、さすがにクリア条件の不明なゲームでの勝利はお約束できませんわ。申し訳ございませんが、お引き取りください」
プラムは慌てて反論します。
「そ、そんなぁ! 見捨てないでくださいよぉ! 第一、今聞いた情報だけで判断するのは早急すぎますぅ! 実際にプレイしてみて、それから判断してみてもいいじゃないですかぁ!」
「……報酬は?」
ステフちゃんの質問の内容に、“前向きになってくれた”とわずかに安心したプラムは、ホッとした様子で答えます。
「“
……しかし、その認識は誤りです。
即座にステフちゃんから断る気満々の発言が飛び出しました。
「……で、女王のゲームをするための掛け金と対価は?」
女王が盟約で誓ったうえで眠りについた以上、彼女が設定した掛け金が存在するはずです。
そして、原作で明らかになっているその掛け金は……“プレイヤーの全て”。もし全権代理者であるステフちゃんが全てを賭けて敗北した場合、人類種のコマを奪われて、人類種そのものが支配されてしまいます。
それこそが海棲種と吸血種が仕組んだステフちゃんに対する罠でした。
ステフちゃんの鋭い指摘にピタリ、とほんの一瞬プラムが固まりますが、すぐに笑顔で答えます。
「
ステフちゃんの眼がスッと細まり、すかさずプラムにこう要求しました。
「その言葉が真実でしたら、盟約に誓っていただきますわ。『プラムは常にステファニー・ドーラの声を聞ける状態を維持しつつ、ステファニーが帰還の意思を示した場合、いかなる状況であろうと速やかに全力でエルキア王城まで安全にステファニーを帰す』、と」
今度こそプラムの動きが固まりました。
十の盟約は、故意に相手を害する行動をキャンセルしてくれますが、同意の取得あるいは過失によって被害を被った場合、そのアフターフォローまではしてくれません。
原作では、ジブリールがプラムの存在を失念したまま広範囲の空間転移で日光の直下に移動し、危うくプラムが死にかけるというハプニングがありました。しかも、死にかけたプラムに対し、ジブリールは特に何のフォローもしませんでした。
このように過失でも良いので相手を害する結果さえ出してしまえば、十の盟約下であっても相手を害することは可能ですし、その被害を補填する必要もないのです。
今回のケースであれば、嘘をついて騙してでもステフちゃんを海底の国 オーシェンドに連れてくることができればOKです。
十の盟約は彼女をエルキアまで帰してくれませんし、プラムに帰させる効力も発生させません。
仮にステフちゃんが自分の脚でエルキアに帰ろうとした場合、オーシェンドから最寄りの海岸まででもその距離は378.23km。
一般に徒歩の移動速度が時速4~5kmですから、仮にステフちゃんが時速5kmで歩いたとして、不眠不休で3日以上……1日8時間歩いたとしても、約9.5日かかる計算です。食料無しでこれは死ねます。
それどころか、プラムから水中呼吸の魔法を故意に解除してステフちゃんを溺死させることはできませんが、ステフちゃん自ら魔法の効果範囲を離れてしまうことは問題ないので、ステフちゃんは“息をするため”という、ただそれだけの理由でプラムから離れることができません。
また、魔法の効果が自然に切れて溺死する分にも問題ないので、ステフちゃんは自分の命を握られることになってしまいます。
つまり一度海底に連れ込まれてしまえば、どんなに無茶な要求であろうとプラムは通すことができてしまうのです。
だからこそ、プラムは『掛け金は無い』と嘘をつきました。海底についてさえしまえば、嘘がバレても“全てを賭けること”をステフちゃんに強制できるからです。
(……“賢王”の名はダテではないってことですかぁ……)
プラムはがっくりとうなだれながら、真実と言い訳を口にします。
「うぅ、申し訳ございませぇん……本当の掛け金は“プレイヤーの全て”ですぅ……。でもぉ、これを聞いたら絶対に受けてくれないと思ったんですよぉ……」
「……そんなことだろうと思いましたわ」
ステフちゃんは考えます。
ここで拒否すること自体は可能です。十の盟約は不法侵入を防ぐことはできませんが、滞在を拒むことはできると原作の獣人種の外交官も保障しております。
プラムの滞在を拒否して追い出し、救援要請を拒否することは可能でしょう。
しかし、そうすると彼が何をしでかすかが分かりません。
原作でも救援要請を主人公たちが拒否すると、プラムは間接的な業務妨害を仕掛ける形で要求を呑ませました。
ある程度はエルキアのトップであるステフちゃんがいなくとも国政が回るようにしてはありますが……あまりに長期間業務妨害を受けると厳しいですし、ステフちゃんが懸念している“
ステフちゃんは悩みに悩んだ末、大きくため息をついて言いました。
「……わかりましたわ。先ほどの“わたくしをエルキア王城に帰す”という内容を一字一句間違いなく今ここで盟約に誓っていただけるのでしたら、その女王のゲームをクリアして差し上げましょう」
「ほ、本当ですかぁ!?」
騙そうとしていたことが明白になったのに、まさか了承してもらえるとは思っていなかったプラムが目を大きく見開いて驚きます。
そしてステフちゃんが用意した契約書に先ほどの“ステフちゃんをエルキア王城に帰す”内容を追記すると、“ここで拒否されてはたまらない”と言わんばかりに素早くサインし、口頭で認識合わせを行い、コインゲームで“ステフちゃんをエルキア王城に帰すこと”を盟約に誓いました。
すると、ステフちゃんは傍付きの者に命じ、エルキアの宰相を呼び出します。
“何事か”と頭に疑問符を浮かべるプラムの前で、ステフちゃんは先ほど契約書を書くために使ったペンを手に持ちつつ、宰相にこのように言いました。
「今から【盟約に誓って】ゲームを行い、このペンの所有権を除くわたくしの全てをあなたに譲渡いたしますわ」
「は……はあああぁぁぁあぁああああっ!!?」
プラムは目の玉が飛び出るかと思うほどに驚きました。
「譲渡した“わたくしの全て”をあなたは利用できず、他者に譲渡することも破棄することもできません。あくまでも預かるだけですわ。そしてゲーム終了から24時間後、あなたはわたくしを見つけ次第、速やかに“わたくしの全て”を返還しなさい。また、あなたは可及的速やかに“わたくしの全て”をわたくしに返還できるよう、最大限の努力を行うものとします……よろしいですわね?」
「御意」
ステフちゃんを賢王として心の底から尊敬している宰相は厳かに一礼します。
プラムはその様子を見ながら呆然としておりました。
十の盟約の穴の一つに、“既に奪われたものを賭けることはできない”というものがあります。
所有していないものは賭けられませんから当然ですね。
仮に賭けることができてしまったら、そこらへんにいる幼児に対して“国の全て”を賭けさせて勝てば国を取れる、なんてことになってしまいます。
全てを宰相に預けてしまったステフちゃんが“自分の全て”を賭けてゲームに参加したところで、奪われるものなど何もありません。
仮に女王のゲームに参加するために何らかの掛け金を賭ける必要があったとしても、唯一除外した“今ステフちゃんが持っているペンの所有権”が賭け皿に乗りますので問題ありません。
この方法は原作でも利用されていた手段で、獣人種のコマが奪われそうになった時、“東部連合の全領土と、その上にある人材資材一切合切”を
ステフちゃんが使った方法は、その応用になります。
今回この方法を利用する際に注意すべき点は、返還における誓約の主体をステフちゃんではなく宰相にしておくこと。
もし“ステフちゃんが返還の意思を示したら返還される”とした場合、ステフちゃんが“自分の全て”を賭けてゲームをすると、“ステフちゃんの全てを返還してもらう権利”を賭け皿に乗せてしまうことになるからです。
主体が宰相であれば、宰相に“ステフちゃんに返還する義務”があるだけで、ステフちゃんには何も残りません。これで安心ですね。
こうしてステフちゃんは、ほぼノーリスクで海棲種の女王様のゲームに参加することになったのです。
***
「ありがとうございます、ジブリール様。あまり長い間、国を留守にするのは臣下たちの負担が大きいので、とても助かりましたわ」
「いえいえ、こんなに面白そうなこと見逃せるわけがございませんので、礼など不要でございます♪」
自らの創造主が討たれた“因”を推察するためにステフちゃんをジ~…………ッと観察しているジブリールが、吸血種の訪問なんて特大イベントを見逃すはずがありません。
吸血種には劣るものの、人類種には絶対に見抜けない隠ぺい魔法で自らの姿を隠し、盗み見、盗み聞きしたうえで同行を申し出、ステフちゃんは“空間転移での移動”を対価にその申し出を快諾しました。
どうせ拒否しても勝手についてくるに決まっていますし、下手に拒否すると後で何をされるかわかりません。
それに海棲種がジブリールに“オーシェンド滞在拒否”をきちんと告げられるかも分かりません。十の盟約が護ってくれていると分かっていても、天翼種が放つ殺気はそれほどまでに恐ろしいものです。
以前“山賊がなくならない理由”でもお話ししましたが、“脅し”という手段は未だこの世界で有効な手段なのです。
それならば、素直に同行を許可し、ついでに天翼種の空間転移能力で送ってもらった方がよほど建設的というものでしょう。
そんなわけで、ジブリールを伴って海底にある海棲種の国――オーシェンドにやってきたステフちゃんは、さっさと盟約に誓ってステフちゃんの全て(=持ってきたペン1本)を賭け、プラムの魔術によって海棲種の女王様の夢の中にやってきました。
もちろん、ステフちゃんがどうやって女王様のゲームをクリアするのか興味津々のジブリールも一緒にプレイしております。
そうしなければゲームに参加できないとはいえ、躊躇なく自分の全てを賭けられるところは流石です。
ひょっとしたら、ステフちゃんが“自分の全て”を宰相に預けるところを見て、自分も同じように天翼種の誰かに“自分の全て”を預けているのかもしれませんが。
あらかじめ海底のイメージを思い浮かべていたので、ステフちゃんのイメージと女王様の夢のイメージのすり合わせはほとんど齟齬なく一瞬で行われ、ステフちゃん達はすんなりと女王様の夢の中に侵入できました。
すぐに、その耳に美しい歌声が聞こえてきます。
ステフちゃんがそちらに視線を向けると、そこには海のように波打つ長い青髪を揺らめかせて水中を優雅に泳ぐ人魚の姿がありました。
海棲種の女王――ライラです。
夢に入る直前に氷の中で眠る彼女の姿を見ているので、間違いありません。
(……うん、夢の中でも問題ないようですわね)
ステフちゃんは、表情に出さずホッとします。
海棲種は人類種と同じく魔法が使えない種族ですが、一つだけ魔法のような特性を持っています。
それは“魅了”。体内に保有する圧倒的な量の水の精霊が、他種族の体内の精霊を惹きつけることにより、彼女達は他の種族を魅了することができるのです。
女王クラスになれば、天翼種ですら魅了できるその力は非常に強力です。
原作に登場した一般的な海棲種であるアミラが原作主人公を誘惑した際、獣人種の男性は『あんなに魅力的な女性に迫られて躊躇なく断れるとは、想像を絶するような自制心でも持っているのか』と驚いたほどです。
しかし、海棲種の魅了能力は相手の精神に干渉する魔法ではなく、生来備わったタダの身体的特徴です。人類種で例えれば、傾国の美貌とスタイルをもって生まれた絶世の美女のようなもの。
だからこそ“故意ではない”と判定され、十の盟約に引っかからず相手を魅了できるのですが……逆に言えばあらかじめ“そういうことができる”と認識し、警戒しておくだけで抵抗は簡単にできてしまうということも意味します。
美人な女の人が『好きです♡』と擦り寄ってきたら男の人はコロッと騙されてしまうかもしれませんが、あらかじめ“美人局かもしれない”と警戒しておけば、そうそう騙されることはありません。
それどころか心の底から惚れた相手が別に存在した場合、女王クラスであっても何の魅力も感じられなくなるケースも存在します。原作主人公が、まさにこれです。
なので、盟約で自分の精神制御を誓うことによって自らの精神を縛っているステフちゃんは、ライラの姿を見ても、その歌声を聞いても、彼女に見惚れることがありません。
事前に夢ではなく現実の世界で、氷の中で眠る彼女を見ても見惚れることが無かったので、おそらく大丈夫だろうとは思っていましたが、ステフちゃんにとっては初めて体験する“他者の夢の世界”。ついつい警戒してしまうのも仕方のないことでしょう。
その美しさを保ったまま、とても格好いいイケメンの姿になったステフちゃんは、さっそくライラに向かってスタスタと歩いて近づいていきます。
ステフちゃんに気づいたライラはニコリとほほ笑みながら、自分の姿を見せつけるようにスルリと泳ぎつつステフちゃんに近づきます。
ステフちゃんは、まっすぐにライラの眼を見つめながら話を切り出しました。
「わたくしは人類種の国――エルキアの王、ステファニー・ドーラと申します。ライラ様でお間違いございませんでしょうか」
「はい、わたしがライラです」
ほんのわずかの対話ですが、実際に話してみるとどことなく上から目線の傲慢さを感じます。それでいて、知的な雰囲気を全く感じません。表情も“何も考えずに生きている”ということが良く分かるポヤッとしたものです。
そんなライラに対し、念のためライラ本人であることを確認したステフちゃんは、単刀直入に本題に入ります。
「大変申し訳ございませんが、わたくしはこのゲームをプレイしに来たわけではございません。
原作においても、経緯は異なりますが、原作主人公たちは“女王を起こす条件は惚れさせることではない”と気づき、本当の条件を探す展開になります。
原作を知るステフちゃんは、その過程を省略したのです。
ゲームをクリアする条件を一番よく知っているのは、ゲーム内容を作った本人。夢でその本人と意思疎通が取れるのであれば、本人に聞いてしまうのが一番手っ取り早いですから。
手に汗握るハラハラドキドキの原作と違い、あまりにロマンがありませんね。
「……はい? わたしに“真実の愛”を「
首をかしげながら発言したライラにかぶせるようにステフちゃんが脅しをかけた瞬間、まるで頭痛に苦しむかのようにライラが両手で自分の頭を押さえてうつむき……
「……」
……そして、ゆっくりとその顔を上げました。
その表情は先ほどと変わらず、どこかポヤッとした感じに
「え、本当にクリア条件がわからないの? このゲーム――わたしに惚れず蹴飛ばせばクリアよ? バカじゃないの?」
そして、彼女がバカっぽい口調で上から目線のセリフを吐いた瞬間――
――ステフちゃんは、ライラのみぞおちに渾身のヤクザキックを叩き込みました
***
「“手に入らぬ愛”……つまりは“絶対に自分に惚れない人”を求めていたってわけですかぁ……。こんな理由でぇ……800年眠られて、ボクたち滅びかけたんですよねぇ……。ちなみにぃ、『海棲種が吸血種にゲームで勝利した本当の理由』ってなんですぅ?」
「上位種族のイケメンで逆ハー「あ、もういいですぅ。聞きたくありませぇん」」
「なんで話しちゃうの!? わたしが恥ずかしい思いするじゃない!!」
「女王様は、もう既に恥の塊ですぅ……ほんっと~に今さらですぅ……」
見事にライラを眠りから目覚めさせたステフちゃんは、ライラの口から正確なクリア条件をプラムに説明してもらい、それを聞いたプラムのお目々が死にました。
それも当然でしょう。海棲種の中でも極めて高い魅了能力を持つ彼女に対し、“絶対に惚れない”と証明する最も簡単な方法は
つまり“自分を虐める人が欲しかった”という理由で吸血種は何百人・何千人という死者を出し、滅亡寸前まで追い詰められたのです。これは酷いですね。
これほどおバカな海棲種が吸血種にゲームで勝利した理由……“たぶんヤバい理由だろうな”と薄々予想していたプラムですが、“怖いもの見たさ”ならぬ“怖いもの聞きたさ”で、つい内容を訊いてしまい、速攻で後悔しました。
その後、ステフちゃんは原作の主人公と同じように“ステフちゃんに従う義務”以外の全てをライラに返還しました。
プレイヤーに全てを賭けさせるゲームで、ライラがゲームに賭けたものもまた“ライラの全て”だったからです。
もしここで返さないと、ライラの持つ義務――吸血種への血液提供までステフちゃんが引き継いでしまいます。
“ステフちゃんに従う義務”だけは残したのは、いざという時、吸血種に対する切り札になるからです。
唯一吸血種を死なせずに繁殖できる海棲種を押さえておけば、吸血種はうかつにステフちゃんを追い詰めることができません。
もしステフちゃんがライラに自害を命じれば、それだけで種の存亡に関わってしまうからです。
……まあそれも、
本来ならば、ライラ1人ではなく“海棲種のコマ”そのものを押さえてしまった方が遥かに効果的です。次代の女王も含めてステフちゃんは支配できるのですから。
ですが、ステフちゃんにそれはできませんでした。なぜなら、ライラのゲームに勝利した直後、スカートのポケットに手を入れて、ポケットの中で
――さて、全権代理者であるはずの彼女を“自分の全て”を賭けたゲームで倒したというのに、どうしてステフちゃんは“海棲種のコマ”を手に入れることができなかったのでしょうか?
「ああ、愛しの君よ……どうか2人っきりで、誰にも邪魔の入らないところで、思いっきり! 周りの方がドン引きするほどに! わたしを虐めてくださいませぇ~~♡」
性欲にとろけただらしのない笑顔で、いかにもおバカなマゾ女の発言をするライラに対し、ステフちゃんの眼は氷のように冷めています。
ライラのおバカさに呆れているのではありません。“
ステフちゃんの眼が笑っていないのは、
「……ジブリール様」
「はい、何でございましょう?」
“海棲種のおバカさ加減がより明確になっただけで、大した収穫は無かった”とガッカリしているジブリールに、ステフちゃんは“お願い”をします。
「わたくしとライラ様以外に誰も入れない空間を創り、誰も入れないようにしたうえで“中で行われる会話の内容を絶対に誰にも伝えない”、“他者に会話内容を推測させる言動を取らない”、“一切記録に残さない”、“得た情報を絶対に利用しない”と盟約に誓えますか?」
原作を知るステフちゃんは、ジブリールが“断絶空間”と呼ばれる天翼種ですら突破不可能な空間を作成できることを知っています。
また、吸血種の魔法は、注意を払っていなければ天翼種すら欺くほど偽装に特化した魔法ですが、逆に言えば、注意を払ってさえいれば天翼種を欺くことはできません。
つまりジブリールの協力を得ることができれば、ジブリールとライラ、そしてステフちゃん以外には話を聞かれることはまず無い防音密室を作成することができるということです。
「もし、誓えるのでしたら……そこで“弱者の戦い方”を一部、教えて差し上げますわ」
――ゾクリ
ステフちゃんの会話の内容を理解できず、疑問符を頭に浮かべていたプラムの背筋が凍ります。
――なぜなら、ジブリールの口がまるで裂けるかのように三日月の形を描き、よだれを垂らさんばかりの飢えた獣の眼でステフちゃんを心の底から嬉しそうに見つめていたからです
「お安い御用でございます♪ ええ、蚊の1匹すら通さない、絶対的な密室を用意してご覧に入れましょう」
言うや否や、瞬時にジブリールの超魔力が空間を断ち切り、世界からステフちゃんとライラ、ジブリールを切り離します。
即座にジブリールが盟約に誓うことを宣言し、ステフちゃんはそれを確認したうえで、ポケットからコインを取り出して親指で弾き、右手の甲に落とします。これでジブリールは吸血種の盗聴を防ぎ、これから交わされる会話内容を誰にも話せなくなりました。
「お待たせいたしましたわ、ライラ様。
そうステフちゃんが話しかけた直後、まるで今までのおバカなマゾ女であったことが吸血種の認識偽装であったかのように、ライラの背筋がスッと伸び、『女王である』と言われても大いに頷ける高貴な雰囲気へとガラリと変わりました。
「大変失礼いたしました。海棲種の王女、ライラと申します。此度は人類種に多大なご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
ライラは自らのことを“女王”ではなく“王女”と名乗りました。
ライラが凍眠する直前には、彼女の母である先代の女王が生きていたためでしょう。
「いえ、おそらく海棲種の方々……特に女王代理のアミラ様も、流石に『自分の全てを賭けろ』と言われて本当に賭ける方がいるとは思っていなかったのだと思いますわ」
「それでも……です。なりふり構わなくなった吸血種の恐ろしさを今の海棲種は分かっていなかった。それは
互いに認識している情報をすっ飛ばして行われるステフちゃんとライラの会話に、意味が分からないジブリールはストップをかけます。
「ステファニー様、私にも分かるようにご説明いただけますでしょうか?」
「ああ、申し訳ございませんわ。ライラ様、少しだけお時間をください。この話し合いの場を調えてくださったジブリール様に背景から説明いたしますので」
「承知いたしました」
快く頷いてくれたライラに感謝し、ステフちゃんはジブリールに向き直ります。
「ジブリール様。ジブリール様は吸血種と海棲種の関係について、どこまでご存じですか?」
「残念ながら、一般に知られているよりは多少詳しく知っている程度でございます。エルキア王城で
ジブリールの回答に一つ頷いたステフちゃんは、こう続けました。
「