死んだお目々のステフちゃん   作:イクリール

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プラムェ……中編

「……………………は?」

 

 ジブリールは絶句します。

 

 それも当然でしょう。

 “おバカ”の代名詞である海棲種(セーレーン)が“噂を流して印象操作”なんて高度なことができるはずがありません。

 

 しかし、その認識を崩す質問がステフちゃんから投げかけられます。

 

「ジブリール様、落ち着いて考えてみてください。その話では『十の盟約によって、海棲種は滅亡の危機に瀕するようになった』とされておりますが、それは本当でしょうか?」

 

「当然でございましょう? 男性の魂を全て絞りつくさなければ、海棲種は繁殖できないのでございますから。十の盟約によって十六種族(イクシード)を害することができなくなった以上、海棲種は繁殖を封じられ、滅亡するしかありません」

 

「そこです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。確かジブリール様は大戦当時のことをご存知でしたよね? では海棲種は、まだ十の盟約が存在しなかった大戦時、どうやって繁殖していたのでしょうか?」

 

「それは当然、海棲種の特性である“あらゆるものを惹きつける魅力”で、他種族の男を誘惑し、行為に及んだのでございましょう」

 

「どうやってですの? 彼女たちは海から出られないんですのよ? 他の十六種族はほとんど地上で過ごしているというのに」

 

 ステフちゃんのその疑問に対し、ジブリールはステフちゃんの無知を嘲笑うかのように慇懃無礼に回答します。

 

「ああ、ステファニー様はご存じないのかもしれませんが、短時間でしたら海棲種は海上に出ることも可能なのでございます。獲物が近づいたところで海上に出て魅了したのでございましょう」

 

 ステフちゃんはジブリールのその態度を全く気にせず、ジブリールの回答に対し、ゆっくりと一つ一つの単語を強調するように発言しました。

 

「そうです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……いいですの?」

 

 ステフちゃんは、一つ指を立てて言います。

 

「十の盟約があろうとなかろうと、海棲種と行為に及んだら死んでしまうことに変わりはありませんわ。つまり、海棲種と繁殖したい方は大戦時でもほぼ存在しなかったはずですの」

 

 ステフちゃんは、二つ目の指を立てて言います。

 

「そして海棲種から見れば、十六種族のほとんどが自分達を簡単に殺せる魔法や、強力な身体能力を持っているのですわ」

 

 ステフちゃんは、三つ目の指を立てて言います。

 

「さらに、大戦時は他種族同士での殺し合いが当たり前。“他種族に見つかったら殺される”なんて珍しくもなかったでしょう」

 

 ステフちゃんは、指を立てた腕を降ろして言いました。

 

 

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 ジブリールは凍り付きました。

 

 海棲種は魔法も使えなければ、優れた身体能力も持っていない種族です。

 そんな彼女たちが相手の同意を取らずに無理やり相手を強姦しようとしたならば、魔法や強力な身体能力で殺されてしまうでしょう。他種族同士で殺しあっていた大戦中であれば尚更です。

 

 仮に薬を盛って相手を強姦しようにも、魔法や鋭い嗅覚で薬を見つけられてしまったら即ゲームオーバーです。大戦中であれば、そのような警戒や対策は当たり前のようにしていることでしょう。薬を所持しての接触は、あまりにもリスキーです。

 仮に上手く飲ませることができたとしても、大戦中であればその手の解毒魔法を準備していてもおかしくありませんし、鋭い味覚で海棲種では判別できない微妙な味の差異を見破り、薬を吐き出すかもしれません。

 

 そして、確かに海棲種には強力な魅了能力がありますが、それはあくまでも“自分を魅力的に魅せるだけ”であり、“相手の動きを封じる”わけでもなければ、“相手を洗脳できる”わけでもありません。

 どんなに海棲種のことを魅力的に感じても、同意を取ることができなければ、その圧倒的な身体能力や魔法で跳ねのけられるか、あるいは殺されてしまいます。

 

 つまり、魅了能力で相手を魅了するにしろ、そうでない手段を使うにしろ、基本的に相手の同意を引き出さなければ、彼女たち海棲種は繁殖することができないのです。

 

 人類種(イマニティ)であればまだ何とか強姦できるかもしれませんが、彼らの場合、そもそも出会うことが非常に難しかったでしょう。

 最弱の種族でありながら大戦を生き延びることができたということは、相応の知恵と逃げる技術を持っているはずです。海棲種が蔓延る海に近づくことはまずなかったでしょう。

 

 原作のジブリールが言っていたように海棲種は多産な種族ですが、多産でなければ生き残れないほど、彼女たちの繁殖は生死を賭けた命がけのものだったのです。

 

「――“自分達の種を滅ぼさせない”という使命を胸に、勇気を振り絞って、自分を殺すかもしれない相手に声をかけ、」

 

「――命がけで繁殖に成功した先人たちから受け継いだ知識や知恵・テクニックを使って、自らの魅了能力を最大限発揮し、殺されないよう立ち回って、」

 

「――どんなに嫌いな相手でも、その嫌悪感を使命感で塗りつぶして、精いっぱい機嫌を取り、尽くし、奉仕し、」

 

「――そして“死を伴う性行為への同意”という奇跡を何度も何度も勝ち取って、彼女たちは大戦を生き抜いてきたのですわ。だったら――」

 

 

 

 

 ――だったら十の盟約下(いま)でも、他種族の男性に性行為の()()()()()ことだってできると思いませんか?

 

 

 

 

 ジブリールはようやく気づきました。

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 海棲種は人類種と同じく魔法が使えない種族です。獣人種(ワービースト)のような優れた身体能力も持っていません。持っているものはただ一つ、“自分を魅力的に魅せる能力”だけです。

 ()()()()()()()()()()()()()天翼種(フリューゲル)()神霊種(オールドデウス)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかも、彼女たちは長時間海から出られません。

 つまり、そのほんのわずかな時間の間に他種族を魅了し、繁殖に応じさせることができるだけの魅了能力や頭脳・テクニックを持っている、ということです。

 

 それも常に命の危機を感じ、警戒心が常に最大まで引き上げられ、魅了しにくかった筈の……場合によっては海棲種を警戒し、海には近づこうとしなかったかもしれない男性たちからはぐれ、海に近づいたほんのわずかな例外の男性を彼女たちは確保し、滅亡を回避したのです。

 

 それは、この十の盟約で縛られた世界において、どういうことを意味するでしょうか?

 

 

 ――そう、“簡単に相手の同意を取ることができる”ということを意味するのです

 

 

 大戦当時よりもはるかに平和になったこの時代、死亡率が劇的に下がったおかげで他種族の男性は一気に人数を増やし、警戒心も大幅に下がりました。

 おまけに“十の盟約のおかげで、十六種族を害することができなくなったから、海棲種は繁殖できなくなった。海棲種は安全だ”などと勘違いし、油断しきってくれています。

 繁殖相手に困ることなど、ありえません。

 

「し、しかし、十の盟約があれば、相手を魅了して同意を取ることなんて――」

 

「できますわ。海棲種の魅了特性は、あくまでも体内の精霊の保有量が大きいから発生する磁力のようなもの。つまり、本人の意思に関係なく発動するものですの。十の盟約はあくまでも悪意に反応するものなので、魅了能力はキャンセルしてくれませんわ。それはライラ様を見たジブリール様が一番よく理解されているはず……そして、十の盟約は悪意をもった暴力などはキャンセルしてくれますが、悪意をもって同意を取ることまでは防いでくれない」

 

 ジブリールは、再び絶句します。

 

 ステフちゃんの言う通り、十の盟約で海棲種の魅了能力を封じることはできません。

 

 繰り返しになりますが、海棲種の魅了能力は、故意に利用できるような“魔法”をはじめとする“技術”ではなく、生来備わったタダの身体的特徴です。

 美しい女性が美人局(つつもたせ)を仕掛けたところで、十の盟約は相手の美貌を不細工に変えてくれたりはしないようなものです。

 

 事実、原作において、ジブリールや獣人種の男性を含む主人公の仲間たちが、氷の中で眠るライラを一目見ただけであっさりと魅了されておりました。

 

 つまり海棲種は、ただでさえ強力な魅了能力が全く封じられていないというのに、大戦時、何百年・何千年もの間、命を懸けて蓄積し、磨き上げてきた百戦錬磨の知恵やテクニックでもって、生来の魅了能力の効果を何倍にも引き上げた上で、海上に出て男性に『エッチなことしよ♡』と誘惑したり、あるいは大恋愛を演出したりしてくるわけです。

 十の盟約で平和ボケした今、そんな彼女たちの知恵やテクニック、そして魅了能力に太刀打ちできるでしょうか? おそらく魅了された相手は少しずつ、あるいは気づいたときには無意識に同意してしまい、彼女達に搾り取られてしまっていることでしょう。

 

 ちなみに、十の盟約において必ずしも同意の意思を言葉で示す必要はありませんし、無意識下・潜在意識下であっても同意していれば“了承”の意思を示したことになります。

 原作において天翼種の最初番個体アズリールが主人公に突如キスできたように、受け入れる側が無意識に同意していれば言葉も要らないし、本人の表面意識がどのような状態であっても問答無用でOKになってしまうのです。

 

 『手だけなら……』、『口だけなら……』と流されて気がついたら最後まで致していた、なんてこともあるかもしれませんし、夢のように素敵なムードを作られて、無意識にいつの間にか同意してしまい、“気づいたときには海棲種にのしかかられ、合体していた”……なんてことも起こりうるかもしれません。

 

 そして、一度合体してしまえば最後、男性は逃れることができないでしょう。原作でジブリールが読んだ文献によると、海棲種との繁殖は『天にも昇る快楽』だそうなのですから。

 

「ここまでくれば、聡明なジブリール様であればもうお分かりでしょう。プラム様はエルキア王城で自分達の事情を説明する際、『海棲種は海底に住む種族であり、海から長時間出ることができないから“直射日光を浴びると死ぬ”という病気にかかっても問題ない』とおっしゃっておりましたが――」

 

「そんなわけがございませんね。海上に出なければ、他種族の男を確保できないのでございますから」

 

 ジブリールは鋭い目つきで頷きます。

 

 海棲種は繁殖相手を手に入れるため、必ず海上に出なければなりません。彼女たち以外の十六種族は、そのほとんどが地上で生活しているからです。

 もし吸血種の提案を呑んで、直射日光を浴びて死んでしまうようになってしまえば、雨の日や夜間という非常に人の出歩きにくい時間帯にしか繁殖相手を手に入れることができなくなってしまいます。

 

 かといって、吸血種の提案を蹴ることもできません。

 

 “吸血種の提案を蹴る”ということは、『あなたたちの協力が無くても海棲種の繁殖に問題はありません』と宣言することと同じです。

 せっかく海棲種が噂を流して“十の盟約のおかげで、海棲種は繁殖できなくなったから安全だ”と印象操作していたのに、吸血種の提案を蹴ってしまったら、その計画は完全におじゃんです。“問題なく今まで通り繁殖できる種族である”ことが、吸血種を通して世界中に知られてしまいます。

 

 ここまでの説明を聞いて、ジブリールは首をひねりました。

 

「……はて? 提案を断って“繁殖に困っていないこと”がバレるとマズいのでしたら、素直に提案を受けてしまえばよいだけでは? 提案では“吸血種は繁殖用の他種族を確保する”としているのでございましょう?」

 

「……ジブリール様、もう少しだけ深く考えてみてください。今までは自分達で繁殖用の他種族を確保できていたのに、これからは吸血種に頼らなくてはならなくなるのですわよ? そして、吸血種は『自分達はエサとなる他種族を確保できるぞ!』と言っているのですわ」

 

 まだ分からない様子のジブリールに、ステフちゃんは更に突っ込んで説明します。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 吸血種の要求をそのまま受け入れて、海棲種全員が血を吸われて太陽の下に出られなくなった後、『繁殖用の他種族が欲しいなら種のコマをよこせ』と言われたら、いったいどうしますの?」

 

「――ッ!?」

 

 そう、実はこの“共生”の提案は、吸血種が一方的に得をする罠です。

 

 吸血種は、まず海棲種を騙して吸血を行い、自分達の危機を回避すると同時に自分達が魔法を使うために必要な“魂”を、吸血を通じて確保します。

 そして、存分に自分達の魔法を使って他種族を吸血用の奴隷として確保した後、繁殖用の他種族を引き渡す代わりに種のコマを要求し、海棲種という種族そのものを吸血種の奴隷にするつもりだったのです。

 

 吸血種の認識では、海棲種は十の盟約のせいで滅びに瀕していることになっているので、この策は100%成功するはずでした。

 

「……い、いえ! 吸血種は“海棲種の血液提供”と引き換えに“繁殖用の他種族を差し出すこと”を約束したのでございましょう!? だったら、吸血種は必ず海棲種に他種族を差し出さなければならないはず――!!」

 

()()()。彼らは『()()()()』とは言っておりません。『()()()()』と言ったのです。差し出すかどうかは吸血種の気分次第ですわ」

 

 いつの間にか吸血種の言葉遊びに引っかかってしまっていた自分に、ジブリールはサーッと青ざめつつも、思い浮かんだ疑問を口にします。

 

「で、では……海棲種は何故“繁殖に困っていないこと”がバレるのを覚悟で吸血種の提案を断らなかったのでございましょう? 種のコマに比べれば、“自力で繁殖できる”くらいバレても問題ないのでは?」

 

「ジブリール様……『自力で繁殖できる』と言えば聞こえはいいですが、やっていることは“死を伴う性行為への同意”ですわよ? 言い換えれば、男性限定とはいえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということですわ。“そんなことができる危険な種族である”という事実がバレてしまったら、世界中を敵に回してしまうに決まっているではありませんの」

 

「あ……。い、いえ! そうです、海棲種には女王がいるではございませんか! 『海棲種には他種族を殺さなくても繁殖できる女王がいるから問題ない』と言って提案を断れば――!」

 

 ジブリールがハッと気が付いて言いますが、ステフちゃんは首を横に振ります。

 

「……それは悪手ですわ。吸血種は海棲種を罠にかけたいのですわよ? しかも海棲種の女王は1代に1人しかいませんのよ? もしそんなことを言ってしまえば、『じゃあ、女王がいなければ海棲種は繁殖できずに滅びるんだな』と吸血種の狙いが女王1人に集中してしまうではないですの。それでもし女王を吸血種に奪われてしまったら、今度は『女王を返してほしければ種のコマをよこせ』と脅しにくるか、女王の能力を悪用して吸血用の海棲種を養殖させられてしまいますわよ?」

 

 海棲種にとって“女王”とは、切り札であると同時に最大の弱点です。

 

 海棲種にとって“人を殺さずに繁殖できる”という女王の能力は世界を敵に回さないために必要不可欠の能力です。

 この能力と“十の盟約のおかげで、海棲種は繁殖できなくなったから安全だ”という印象操作を組み合わせることによって、ようやく海棲種は『ああ、女王という特殊個体がいたから、十の盟約ができても海棲種は滅びなかったんだな』と世界から受け入れてもらえるようになるのです。

 

 ですが、逆に言えば、それは“女王さえ押さえてしまえば、海棲種は他種族を殺さなければ繁殖できなくなる”ということ。

 いくら十の盟約があるとはいえ、魔法が使える種族である吸血種、その全員が女王1人を押さえに回ったら、流石に魔法が使えない海棲種では防ぐことは難しいでしょう。

 

 例えば、()()()()()()()()()()

 

 吸血種は認識偽装を得意とする魔法使いです。ジブリールですら注意しなければ見逃す彼らの姿隠しを、魔法を使うことすらできない海棲種が見破れるとは思えません。

 そして先の“滞在拒否”の件で述べた通り、十の盟約は不法侵入を防ぐことはできません。女王の寝床に侵入するなど、彼らにとっては朝飯前でしょう。

 

 そして、もう一つ。

 実は十の盟約は“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 原作でも、畑に埋まった状態で意識を失っている地精種の女の子をジブリールが引っこ抜き、運搬し、水洗いしたうえでベッドへと放り込むシーンがありました。

 そうでなければ、怪我や病気で意識を失った人を医療機関に運ぶことができなくなってしまいますから、当然と言えば当然かもしれませんね。

 

 この十の盟約の穴を利用し、魔法を使って静かに、静かに、眠っている女王を起こさないように運びます。

 もし見張りがいたら、女王の姿を隠したり、“寝床で眠っている女王の幻影”を見せたりして認識を偽装します。

 もしこれらの偽装魔法を使用する際に大量の魂が必要である場合は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、あらかじめ海中に用意していた大きな容器の中へ女王を寝かせたら、今度はその容器を中の女王や海水ごと()()()()()()()()()()()

 “閉じ込めている”わけではありません。“移動させている”だけです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だっただけです。

 

 自力で移動できなければ、当然自力で食料を手に入れることもできないため、女王は“飢え死にするか”、“吸血種から食料をもらう代わりに、『自分の全て』を差し出す必敗のゲームに応じさせられるか”の2択を吸血種に迫られます。

 

 “自分を差し出す”ことを選べば、吸血種の指示通りに“魂を吸いつくさない繁殖”をさせられ、“自力で移動も食料の確保もできない海棲種”を量産させられるでしょう。海棲種の養殖場の出来上がりです。

 あとは天然の海棲種に『女王を返してほしかったら種のコマをよこせ』というだけです。吸血用の養殖海棲種から血を吸いながら、ゆっくりと交渉できます。

 

 “飢え死にする”ことを選んでも問題はありません。海棲種が提案を拒否する原因がなくなったことに違いは無いのですから。

 女王がいなくなったことに対しては『知らぬ存ぜぬ』と言い張りつつ、再度海棲種に同じ提案をするだけです。

 

 このように、吸血種全員が一丸となってしまえば、女王を1人さらうことくらいならできてしまうのです。

 

 もし女王を吸血種に奪われてしまっても、他種族を殺しさえすれば繁殖自体は可能ですが、海棲種は既に吸血種に狙われてしまっています。

 偽装魔法で姿を隠して海棲種を監視し続け、いつかは“海棲種が他種族を殺して繁殖する場面”を目の当たりにするでしょう。

 そうなったら今度は、『“十の盟約下でも他種族を殺せる種族である”と世界中にバラされたくなければ種のコマをよこせ』と脅されてしまいます。

 

「……………………」

 

 ここでジブリールはようやく、吸血種の提案を持ちかけられた時点で、海棲種がどれほどまでに追い詰められているかを理解しました。

 

 吸血種の提案を断れば、世界中を敵に回してしまう。

 吸血種の提案を受ければ、海棲種は未来永劫、吸血種の奴隷となってしまう。

 

 究極の2択です。

 しかし、追い詰められた海棲種は、このどちらも選びませんでした。

 

「吸血種に無自覚に追い詰められた海棲種が、この状況で選べる手段はそう多くありませんわ。わたくしが現在思いつくことができる手段はたった一つ……」

 

 

 ――それはわざとゲームに勝利し、吸血種を支配すること

 

 

 海棲種という種族全員が愚か者を演じ、ゲームの意味を理解していない()()をしてゲームに勝利します。

 そして、海棲種の繁殖を強制させることで吸血種の男性を少しずつ殺し、緩やかに吸血種という種族そのものを滅ぼすのです。

 そうすれば男性の数が徐々に減少し、最終的に子孫を残せなくなった吸血種は滅びざるを得ません。

 

 そして、“海棲種以外からは血を吸わないこと”と誓わせる対象を吸血種の男性に絞ることで、海棲種の血液提供義務を吸血種の男性のみに限定します。

 こうすることで、徐々に吸血種の男性が減少するにつれて、吸血種に血を吸われていない海棲種の数が増えていき、“直射日光に当たっても問題ない、海上に出られる海棲種”を増やしていきます。

 もしかしたら“凍眠”を利用して、数人~数十人くらい“吸血種に血を吸われていない海棲種”を確保し、吸血種から隠していたりするかもしれません。

 

 こうして緩やかに、そして自然に吸血種を滅ぼすことで、再び元通りの生活に戻ることができます。

 

 そして、吸血種を滅ぼし終わった後は、“吸血種に血を吸われていない海棲種”を利用して、十六種族の体毛を集めて回ったり、あるいは交易で海底資源と交換で体毛を入手したりして、女王のみが繁殖を行えば、“海棲種が十の盟約下でも故意に人を殺すことができる能力を持っていること”を誰にも知られないまま、全てが丸く収まります。

 

 原作で明らかになった“海棲種の女王が繁殖するために必要な魂”は、髪の毛数本分。その程度であれば魅了した相手から抵抗なくもらえるでしょうし、魅了しなくとも海底資源と大量に交換できるでしょう。単に種の滅亡を回避するだけならば、吸血種の協力なんて必要ないのです。

 

 『吸血種は全員自決しろ』と言えれば手っ取り早かったのでしょうが、流石にお互いそこまでできる権利を賭けてゲームをするとは思えませんし、もしそのレベルの権利を賭けていたのなら引き分けなんて目指さず、魔法を使ってイカサマをしてでも吸血種がゲームに勝利していたでしょう。

 

「ここで最も重要なのが“愚か者を演じる”ということですわ。ジブリール様、もし愚か者だと思われていない状態で意図的にゲームに勝利すると、どうなると思いますか?」

 

「“なぜ海棲種は自らが滅ぶにもかかわらず、このようなことをするのか?”という疑問から、“吸血種の協力が無くても繁殖できる”、“問題なく繁殖できるので、吸血種全員を意のままに支配できるチャンスである”と吸血種は推測するでございましょうね。……ああ、だから“海棲種は愚か者である”という噂を広め、印象を操作したのでございますか」

 

 ジブリールは感心しつつ頷きます。

 

 もし海棲種が愚かなふりをしていなければ――

 

 吸血種の協力が無くても繁殖できる方法がある

 →海棲種の特性は一つしかない

 →魅了で相手の同意を強制できるのではないか

 

 と、海棲種が最も隠したい事実にたどり着いてしまいます。

 

 しかし“バカだから、自分たちが滅ぶと理解せずにやってしまった”と思わせることができれば、その事実を隠すことができます。

 

 あるいは

 

 吸血種の協力が無くても繁殖できる方法がある

 →女王であれば魂を吸いつくさずとも繁殖できるらしい

 →なら、女王をさらって海棲種を脅すか養殖してしまおう

 

 と、愚かなふりをしていない状態で女王の存在がバレれば、先の“女王誘拐”パターンになってしまいますが、“自分達が滅びると理解できない、自分の命が危ないと理解できないほどの凄まじい愚か者である”と吸血種に認識させることができれば、

 

 ――女王はバカだから、自分が飢え死にすることを理解できていない

 ――海棲種はバカだから、女王がいなくなったら自分達が滅びることを理解できていない

 

 と“脅すことをそのもの”を不可能と思わせることができます。

 

 原作のライラが水と共に鞄で運ばれ、水を溢れさせて死にかけたシーンでも『あら、胸が……苦しい、わ……。あ……これ――恋、なの……ね……?』と、自ら死にかけることをためらわない、覚悟を決めた愚か者の演技をしておりましたね。

 “脅す”という行為は、“相手の安全をおびやかす”行為です。“安全”なんて頭から放り出し、自ら平気で死に急ごうとする超ド級の愚か者を相手に“脅す”という行為は全くの無意味なのです。

 

 それどころか、

 

『へ~、魂を吸いつくさなくても繁殖できる娘なんていたんだ~。凄いね~☆。んじゃ、繁殖しよっか♪』

 

 と、まるで自分達の種の存亡を気にしない愚か者のふりをしてガンガン吸血種の男性と繁殖に励めば、“女王を攫って脅す”どころか、吸血種は自分達の種を護るために、逆に女王を護らざるを得なくなってしまいます。

 ゲームで負けてしまった吸血種は繁殖を断ることができないため、“女王()()と繁殖する”以外に生き延びる方法が無いからです。女王を脅そうとして飢え死にさせてしまったら、自ら滅びの道を歩むことになってしまいます。

 

 “愚かなふりをする”という手段は、使う人が使えばここまで凶悪な効果を発揮するのです。

 

 とはいえ、すぐに“愚か者である”と信じさせることは難しいでしょう。ましてやそれが“種族単位で愚かであり”、“1人も賢い者が生まれてこない”、“自分達の種の滅亡の危機にも、自分の身の危険にも気づかない”なんて極端なものであれば尚更です。

 さらに、長命の種族や不老の種族もいるため、数十年・数百年単位では信じさせることができないかもしれません。

 

 おそらくこの数千年間は全力で世界中に“種族単位の愚か者である”と信じさせることに徹し、そしてライラが眠った約800年前、“準備が整った”と判断した海棲種が一気に勝負を決めにかかったのでしょう。

 

 これは、海棲種が人類種と同様、弱者であるからこその戦略です。

 人類種は大戦当時、一方的に狩られる弱者であったため、とにかく敵から気取られないよう、逃げ隠れすることに徹しました。

 

 その戦略はおそらく海棲種も同じだったでしょう。

 ひたすら海底に潜み、核兵器もかくやという威力の流れ弾から逃げ続けてきたはずです。そして、ほんのわずかなチャンスをつかみ、海に近づいた男性を魅了してすぐに体毛と精(=魂)を確保し、逃げ帰ったことでしょう。

 

 ――自分たちは存在しないものである

 ――仮に気取られようと、相手からは“取るに足らないもの”、“気にする必要のないもの”と思わせる

 

 こうして見事に、自分たち海棲種を除く全ての十六種族から“愚か者(とるにたらないもの)”と見下されることに成功し、未だに自分たちの魅了能力の恐ろしさを隠し続けているのです。

 これほどまでに凄まじい種族単位の“昼行燈(ひるあんどん)”をステフちゃんは他に知りません。

 

 これらは全て原作に記載されていないステフちゃんの推測ですが、おそらく当たっているでしょう。

 なぜなら、原作には、こうした“海棲種は、本当は頭のいい種族であること”を暗示する記述がそこかしこに記載されているからです。

 

 そもそも、海棲種は自分達の種の存亡の危機に気づいていなければ仕掛けられない罠を主人公達に仕掛けていますし、海棲種の一時的な代表として登場したアミラに至っては、人類種語(イマニティご)流暢(りゅうちょう)に操っています。

 日本人が英語をペラペラに話せるようになるまでに、いったいどれほどの教育環境と訓練期間、そして本人のやる気を必要とするでしょうか。

 

 それも当然でしょう。海上に出られるわずかな時間で男性の警戒心をほぐし、油断させて“心の隙”を作りつつ誘惑するために、誘惑対象の言語を話せる能力は非常に大きな武器です。

 誘惑対象の警戒心MAXで、魅了がかかりにくい大戦当時のことを考えれば、皆、必死に習得したことでしょう。

 そう考えれば、むしろ海棲種全員が全種族の言語を話すことができてもおかしくはありません。

 

 その証拠に、今、目の前にいるライラもまた流暢に人類種語を話しておりますし、彼女が眠る原因とされている“真実の愛”を描いた地精種(ドワーフ)語で書かれた本も読んでおります。

 彼女が海棲種語を含めた3種族言語能力者(トリリンガル)であるだけでなく、地精種語に至っては読み書きすらできることを示しています。

 

 また、原作ではライラの夢に主人公たちが入った際、学校のイメージが登場し、“何故こんなおバカな女王が『学校』を知っているのか?”とプラムが疑問に思っていましたが、これもまた海棲種が“学校”――すなわち“教育機関”という概念を知っていることを示唆しています。

 

 こうした背景から考えると、読めない・話せないふりをしているだけで、実際は多くの海棲種が他種族の言語を操れるであろうことが推測できます。

 

 いえ、そもそも頭がよくなければ、人類種とそう大差ない力しか持たない海棲種が大戦を生き残れるはずがありません。

 彼女たちは海底に身を隠すことができ、他種族を魅了する能力を持ちますが、その代わり“女性しかいない”という大きすぎるハンデを背負っています。

 

 これは、“必ず他種族の男性と接触しなければならない”ということを意味します。ちなみに海棲種は十六種族の中の位階序列は第十五位。人類種の1つ上であり、さらにその1つ上は個体によっては物理限界すら超越する身体能力を持つ獣人種です。

 そして、序列六位の天翼種以上は“生物”ではなく“生命”――存在そのものが魔法でできている種族であり、魂の器や濃度の次元が高すぎるため繁殖できません。もし吸血種が天翼種の血を少しでも吸ってしまったら、蒸発してしまうようなものです。

 

 十六種族のうち“序列六位以上”と“自分たち海棲種”を除くと、残りは9種族……つまり、8/9――パーセンテージに直すと約89%の確率で、自分達を容易く屠ることができる種族と繁殖のために接触しなければならないわけです。

 残った1/9の人類種だって武器を持っていたら危ういですし、そもそも彼らは弱者である自覚が強いため、視界が開けて他種族に見つかりやすく、海棲種が出没しやすい海岸には滅多に近寄りません。

 

 だからといって、突出した魅了能力を持つ女王を軽々しく利用するわけにもいきません。

 

 確かに彼女は海棲種の中で唯一、洗脳さえ生ぬるい暴力的な拘束力を持つ魅了能力を発揮できます。

 さすがに凍眠状態ではそこまでの力を発揮できませんが、声やしぐさを用いて十全に魅了能力を引き出せば、彼女との繁殖を断れる者は相当限られてくるでしょう。

 

 ですが、同時に彼女は海棲種の中で唯一、体毛数本で繁殖可能な個体であり、種族の滅亡を回避するために最も重要な個体でもあるのです。

 もし万が一、彼女の魅了から逃れた他種族に女王が殺されてしまったら、あっという間に滅亡の危機です。

 

 彼女は、自分以外の海棲種たちから魅了に成功した他種族の毛を受け取り、それらを元に繁殖するという重要な役割があります。

 女王の魅了能力は、使わないに越したことはないのです。

 

 彼女達から見たら、人類種をうらやましく思ったこともあるでしょう。

 確かに上位種族がドンパチする陸上に住まなければならないデメリットがあるものの、人類種は自分達の種族だけで繁殖することができます。“危険な種族との接触を避け、徹底的に逃げ続ける”という戦略が取れるのですから。

 

 もしかしたら、海棲種が扱う“凍眠”という能力は“どうしても繁殖のしようがない”と追い詰められた時のために、時間を置くための非常手段だったのかもしれません。

 流れ弾で大陸が吹き飛び、海が蒸発する大戦において、ジッと同じ場所に居続けるのは非常に危険ですが、そうせざるを得ないほどに追い詰められた彼女たちが生み出した知恵の結晶なのでしょう。そう考えると、これもまた海棲種の知性を証明するものなのかもしれません。

 

 原作主人公も、こうした海棲種の知性を理解している模様です。

 

 原作では、アミラが吸血種の裏切りまで織り込んで吸血種を出し抜いていることを主人公たちがプラムに突きつけていますし、アミラが人質を取った際、『手を出せばどうなるか分かっているだろう?』と、これからの未来を推測できるだけの知性があることを確信した発言をしています。

 “海棲種はおバカである”と思い込んでいたら、このような発言はできません。

 

 また主人公は、ステフちゃんのおじいさまである王様が『愚王』と呼ばれていることを原作のステフちゃんが悲しんでいることから、その愚かさを疑い、亡き王様の遺志をつきとめています。

 そんな彼らが“海棲種の愚かさ”を疑わないはずもなく、だからこそアミラの知性に気づくことができたのでしょう。

 原作でライラのおバカなM女っぷりに付き合っていたのは、海棲種が愚かなふりをしていることを吸血種たちに気づかせないためなのかもしれません。

 

 海棲種が実は頭のいい種族であることは、こういった原作の描写からチラチラと伺うことができるのです。

 

「なるほど、だから先ほどライラ様は『人類種に迷惑をかけた』と謝罪したのでございますね」

 

「ええ。本来であれば、この問題は海棲種と吸血種の間の問題であり、吸血種を滅亡させることで完結していたはずでしたわ。ところが、吸血種がなりふり構わず他種族……わたくしたち人類種を巻き込んでしまったんですの」

 

 ここでライラが説明に加わります。

 

「もちろん、吸血種が他種族を巻き込むことをある程度は想定しておりました。だからこそ、わたしは“凍眠”する際、あのような無茶苦茶な参加条件とクリア条件を設定したのです」

 

 ジブリールが首を傾げたので、ライラは詳しく掘り下げます。

 

「ジブリール様。ジブリール様は、もし『自分の全てを賭けてゲームに参加しろ。勝った時の報酬は海棲種の女王の愛』と言われたら、どういたしますか?」

 

「深刻な脳障害を憐れみ、せめてもの慈悲に首を()ね――ああ、なるほど……そんなゲーム、応じるはずございませんね」

 

 見たことも会ったこともなく、“海底”という十六種族で海棲種以外にほとんど住む者がいない場所で生活しているため、種族によっては一緒に暮らせるかどうかも分からない女性の愛を手に入れるために『自分の全てを賭けろ』と言われて賭けられる人は『ほぼいない』と言っていいでしょう。

 それが“愚か者”の代名詞として悪い意味で有名になってしまっている女性であれば尚更です。

 

 そこを何とかするために吸血種は『女王のゲームに賭け金は無い』という嘘、そして『海底資源の3割』というエサを用意しました。

 そして、海棲種の女王代理であるアミラに『人類種の全権代理者を罠にハメて、人類種のコマを奪って新たな海棲種の繁殖材料にしないか?』、『このまま吸血種の男性が滅びれば、吸血種だけでなく海棲種も滅びて共倒れだぞ?』と罠を仕掛ける話を持ち掛けたのが、今回の話になります。

 

 実際に彼女に訊いてみないことには分かりませんが、『グルで人類種を罠にハメようぜ』と吸血種に言われたアミラは、おそらくこう思ったことでしょう。

 

 

(種が滅びる瀬戸際まで追い詰められて~、気でも狂ったのかな~☆)

 

 

 仮に吸血種の言う通り、『賭け金は無い』という嘘で騙せたとしましょう。『海底資源の3割』というエサにも喰いついたとしましょう。

 ですが、吸血種から『ゲームをするために海底に来てほしい』――そう言われたなら、きっと言われた人類種のほとんどがこう返すはずです。

 

 

 

 ――『わかった。ゲームをしてやるから海棲種の女王を()()()()()()()()()()()

 ――『凍眠のせいで氷に包まれてる女王を何百kmも運ぶのが大変? 種が滅びに瀕して追い詰められているのはそっちだろう? ヤれ』

 

 

 

 精霊を感知できない人類種にとって、魔法とは完全に未知なものです。

 

 ――そんなものを自在に操る種族が、大量に待ち構えているかもしれない場所に行く? 

 ――しかも、その種族の魔法が無ければ呼吸すらできない場所に?

 

 恐ろしすぎてできる訳がありません。

 

 吸血種は、『自分たち“魔法を使える種族”が人類種にとって如何に恐ろしいものであるか』をまるで理解していなかったのです。

 逆にアミラは、海棲種もまた魔法が使えず、長時間水の無い場所で生存できない種族ですので、彼ら人類種の気持ちは非常に良く分かりました。

 

 吸血種は『人類種の全権代理者は、天翼種をゲームで下して調子に乗っているだろうから引っかかるはず』とでも思っているのかもしれませんが、アミラからしたら『序列六位を下せるくらい頭が良いのなら引っかかるはずないし、別の種族が背後にいたから天翼種に勝てたのだったら、天翼種にすら勝てるその種族に魔法なりなんなり使わせれば、“海底での呼吸”や“長距離移動”なんて、どうとでもなってしまうだろう』と、吸血種の言う計画が絵空事に見えた事でしょう。

 

 そして、先に“女王をさらう”例で述べた通り、十の盟約は“同意なく意識を失った人を運ぶこと”を防いではくれません。

 なので、“やろう”と思えば吸血種はエルキアまで凍眠状態のライラを運ぶことはできてしまうのです。

 

 『大変だからやりたくない』なんて言い訳はできません。もしそんな言い訳をゴネ続けてしまえば、“どうしてそんなに『海底に連れていくこと』にこだわっているのか?”と疑問を抱かせ、“海底に罠があるかもしれない”と警戒されて、ますます海底に連れていくことが困難になってしまいます。

 しかもそれを“自分達の種族が滅びる瀬戸際である”というギリギリの状況でやってしまえば、“不審”なんて言葉では収まらないほど怪しさ満点です。これで騙せるわけがありません。

 

 『海棲種が嫌がっている』という言い訳も使えません。吸血種の言い分を信じれば、海棲種もまた吸血種の男性が尽きてしまえば種が滅んでしまうのですから、『海棲種の滅びも救うことになるのだから吸血種(おまえたち)が彼女らを説得しろ』と言われてしまいます。

 

 ――『海水が無ければ女王は生きられない』と言えば、『じゃあ、海水も一緒に運べ』と言われ……

 ――『“海そのもの”の中でなければ女王は生きられない』と嘘をつけば、『じゃあ、(海底に行くのは怖いから)断る』と言われ……

 

 アミラからしたら、吸血種がどのように話を運ぼうとも、人類種は“地上でゲームをする”か“ゲームを断る”のどちらかを選ぶイメージしか思い浮かばなかったのです。

 アミラから見れば、別に吸血種や海棲種が滅びようとも人類種は何も困らないのですから、この考えに至るのは自然と言えました。

 

 そして当然、ライラをエルキアに運んでしまえば、呼吸の心配も長距離移動の心配もない人類種に対して正直に“女王のゲーム”の本来の賭け金を説明せざるを得ません。『賭け金は無い』と嘘をついたのに、です。

 おまけに、氷の中で眠るライラを目にしたところで、人類種がライラに魅了されることはありません。原作で“()()()()()()、全てを惹きつける魅了”と書かれていたように、海棲種の魅了能力は“海”限定の能力だからです。

 

 こんな状況で『自分の全てを賭けろ』と言われて賭けられる人類種がいるとは、アミラにはとても思えなかったことでしょう。

 

 だからこそアミラは“できるものならやってみればいい”くらいの気持ちで吸血種の提案に乗ったのでしょう。

 愚か者の演技をしているのですから、“吸血種の策を理解できずに『うんうん、いいよ~☆』ととりあえず頷いているふり”をしていた方が自然なので、提案に乗った方が都合が良かったという理由もあるかもしれません。

 

 “海棲種と吸血種がグルになって罠をしかけている”と吸血種は思っていたのかもしれませんが、実際には吸血種の独り相撲だったわけです。

 ステフちゃんがライラに『アミラも流石に“自分の全てを賭けろ”と言われて本当に賭ける人がいるとは思っていなかったのだと思う』と言っていたのは、こういう訳です。

 

 なお、ステフちゃんがこの方法ではなく“確実に自分を五体満足で返すようプラムを盟約で縛ったうえで海底に行くこと”を選んだのは、例の“業務妨害なんてレベルではない、とある行動”を思いつかれて実行されることを恐れて、“思いつかれる前にサッサと解決してしまおう”と考えたからです。

 逆にアミラは、何千年もの長期間をかけて吸血種を滅ぼす計画を実行している立場であり、さらに今の今まで……自分達の種が滅びるギリギリになっても吸血種がその“とある行動”を思いつけないでいる様子を間近で見続けているため、いまさら吸血種が思いつけるとは思えなかったのでしょう。

 

 持っている知識や周囲の環境がアミラとステフちゃんでは違うため、それぞれが全く別の結論を出したわけですね。

 

 それと、もう一つ。“アミラが『自分の全てを賭けろ』と言われて本当に賭ける人がいるとは思っていなかっただろう”とステフちゃんが推測していた理由は、『自分の全てを賭ける』というゲーム参加条件が、凍眠状態のライラに魅了されても正気に戻って拒否せざるを得ないほど無茶苦茶なものだったからです。

 それは、一度ライラに魅了された原作のステフちゃんですら、『全てを賭けろ』と言われた途端、『何言ってるんですの!?』と激しくツッコんだことからも分かります。

 

 ライラの魅了は洗脳以上の効果を持つ極めて凶悪なものですが、凍眠して動くこともできなければ声も出せない状態では、いかに彼女といえども“自分の全てを賭けること”を強制させられるほどの魅了能力は発揮できません。

 このことを利用し、仮に他種族が凍眠状態の自分の魅了に引っかかったとしても、きちんとゲーム参加を拒否できるよう事前に配慮していたからこそ、ライラは“自分の全てを賭ける”という無茶苦茶な参加条件を設定していたというわけです。

 

「はい。加えて、わたしは“真実の愛”という言葉をミスリードにし、本当のクリア条件を“わたしに惚れず危害を加える、または罵倒すること”といたしました。これはクリアを困難にすることで、わたしの眠りを解かさせず、吸血種を滅ぼすことが主目的ではありますが――」

 

「――同時に、他種族にクリア困難であることを見せつけ、他種族の干渉を減らすことも目的だった、ということでございますね」

 

 海棲種の女王であるライラの魅了は、命を持つ魔法そのものである天翼種のジブリールにすら油断すれば通ってしまうほど強力なものです。

 まず、“ライラに惚れずに”という条件をクリアすることが非常に困難になります。

 

 また、“ライラを罵倒する”であれば、まだ可能性がありますが、“ライラに危害を加える”こともまた非常に困難です。

 これはライラが十の盟約を逆手に取った“常識の盲点”をついた条件だからです。

 

 

 ――十の盟約その4:その3に反しない限り、ゲーム内容、賭けるものは一切を問わない

 

 

 実はこの盟約、半分嘘になります。

 もしこの盟約がそのまま通ってしまったら、“殺し合いをして、殺されたほうが負け”、“戦争をして、王都を滅ぼされたほうが負け”といったゲームが成り立ってしまいます。

 

 そのため、この世界では直接的暴力そのもののゲーム――例えば格闘技で殴り合って優劣を競ったり、国同士で戦争したりは基本的にできないようになっています。

 原作でも地精種(ドワーフ)は伝統的に殴り合いのケンカで物事を決めてきましたが、十の盟約以降はそれができなくなってしまっていました。

 

 このような常識があるため、ライラがステフちゃんに言った『わたしに惚れず蹴飛ばせばクリア』という条件を通常は思いつくことができないのです。

 仮に思いつくことができたとしても、この常識が邪魔をして“そんなはずはない。十の盟約でできないようになっているのだから”と候補から外してしまう人も多いでしょう。

 

 ところが、実際にはこの程度であれば可能です。

 

 十の盟約その4は非常にグレーゾーンの多い盟約であり、“どこからどこまでがゲーム内容として設定可能なのか”は実際に試してみないと分からない部分が数多くあります。

 

 例えばジブリールの“具象化しりとり”はあくまでも仮想世界の出来事であり、実際の暴力ではありません。大怪我をしても、死んでも、ゲームが終われば元通り。この条件であればOKです。

 直接的な暴力であっても、プレイヤー本人に危害が加わらないのならOKです。先ほどの地精種の例で言えば、殴り合いのケンカはダメでもロボットを操縦して戦わせるのはOKになります。

 

 また、十の盟約は精神的な危害に対しては非常に緩いので大体がOKです。

 存在そのものをパーツに分けて奪い合い、記憶や人格を奪って相手を廃人に追い込むことだってできますし、精神的危害に対する条件が緩いことを逆手にとって“『大戦』のシミュレーションゲームで首都陥落したら自殺”といったように、特定の条件を満たしたら自傷・自殺させるよう精神を操作するルールを組み込むこともできます。

 

 今回の場合は“危害を加えられる本人の同意があり”、かつ“直接的暴力そのものをゲーム内容としていないから”OKという判定です。

 直接的暴力である“蹴り”はあくまでもクリア条件であり、ゲームそのものは“ライラが本当に求めているものは何か”を彼女が読んでいた本の内容から推察する“推理ゲーム”という扱いなので、盟約をクリアできた形です。

 

 “オラクル・カード”という森精種(エルフ)のゲームがあります。

 

 これは“直接的暴力そのもの”を十の盟約ギリギリまでゲーム内容に反映させたゲームで、カードで作った役で勝利した方の魔法攻撃が相手に炸裂し、カードの役で負けた側はそれを自身の魔法で防御する、という内容です。

 

 原作でこのゲームをプレイしていた森精種のプレイヤーが、『失敗しても大丈夫ですよ。ちょっぴり痛くて――うっかり死んじゃうだけです』と脅されて否定していなかったことからも分かりますが……このゲーム、防御に失敗した術者は普通に怪我をしますし、場合によっては死に至ります。

 

 おそらくは、“十の盟約において直接的暴力をどこまでゲーム内容に反映させられるか”を検証する過程で作成されたゲームなのでしょう。

 このように、ある程度ゲームっぽい体裁を整え、そして互いの同意が取れていれば、直接的暴力であっても問題なくゲームに反映させることができるのです。

 ライラのゲームの“惚れずに蹴飛ばす”なんて、余裕で問題ありません。

 

 このようなゲームを作った森精種がもしライラのゲームに参加していたら、もしかしたらゲームのクリア条件を見破っていたかもしれませんね。

 

「? では、ステファニー様はどうしてそのような何のメリットも無い条件を呑んで、彼女のゲームを受けたのでございますか?」

 

「“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”ですわ。ジブリール様。十の盟約で暴力が封じられたこの世界で、最も強力な“力”とは何かお分かりになりますの?」

 

 ジブリールの頭脳が目まぐるしく回転し、ステフちゃんの言葉を分析します。

 

(『脅す前』……『力』……)

 

 ふと、思い浮かんだキーワード。

 それを並べることで、ジブリールは答えを導きだしました。

 

「“脅す力”……で、ございますか」

 

 ステフちゃんとライラは揃って頷き、交互に答えます。

 

「正確には“相手の弱みを握る力”ですわね。これがあれば必敗のゲームに応じさせることもできますし、そもそもゲームをする必要すらありません。無理やり同意させればよいのですから」

 

「騙すことでも同意を引き出すことはできますが、どうしても限界があります。相手の財産をむしり取るくらいは何とかなるでしょうが、相手の全てを奪うことは難しいでしょう。種族や国そのものとなれば、ほぼ不可能に近い」

 

「ですが、相手の弱みを握れば話は別ですわ。極端な話、相手の子供の全権利を奪って人質にすれば、その親の全てを手に入れることも可能ですの。わたくしが東部連合相手に終始有利な条件で外交や取引ができるのも、“資源不足”という東部連合の弱みを握っているおかげですわ」

 

 この世界はゲームで全てが決まる世界ではありますが、あらゆる取引や交渉をゲームでする必要はありません。

 そんな条件をこの世界の法則に加えてしまったら、とんでもなく面倒で時間のかかる生活になってしまいます。

 

 だからこそ“互いの同意があればOK”という条件が入っているわけですが、このせいで相手を騙そうが、脅そうが、とにかく同意を引き出せばOKという抜け道が発生し……結果、弱みを握って脅しさえすれば、面倒なゲームをする必要もなく全てを手に入れることができるようになってしまったのです。

 

 原作主人公の兄が『盟約で戦争がなくなったのに、何で国盗りするのか?』と訊いた際、主人公の妹が『資源は有限、生物は繁栄すれば無限、有限を無限で割れば共倒れ』と答えたように、戦争が封じられたこの世界では資源が非常に重要です。

 

 そして、原作において、エルキアが東部連合に土地を奪われ、その後エルキア連邦として併合された状態においてすら『連邦になったせいで、本来東部連合に法外な値段で売れるはずだったのに、妥当価格で売らざるを得なくなった』と言われるほどに、東部連合にとって大陸資源は必須なものであり、非常に価値があるものなのです。

 

 ステフちゃんのお爺様である王様が、国土を賭けて負けてしまった原作ですらそのような状況なのですから、今の土地を奪われていないエルキアでは“法外な値段で売れる”どころの話ではありません。

 価格決定権をほぼ完全にエルキアに握られた状態になってしまっているだけでなく、資源提供と引き換えに様々な要求を飲まされてしまっているのです。

 

 このため、この世界のエルキアは非常に経済的に豊かで、資源の輸出を盾に東部連合から技術や知識を少しずつもらっているため、加速度的に発展しています。

 ステフちゃんが“賢王”と呼ばれる所以(ゆえん)の一つは、“平民も貴族も含めて、国民すべてが豊かになっていっていること”なのです。

 

 いざとなればエルキアからの資源の輸出を停止することで、ある程度は政治的に言うことを聞かせることもできるでしょう。

 こうなってしまえば、“ゲームがどうこう”なんて話ではありません。東部連合がゲームを持ち掛けてきても、ステフちゃんが一言『資源の輸出を止めるぞ』と言えば取り下げざるを得ないからです。

 

「ジブリール様。突然ですが、ジブリール様は吸血種が魔法で存在を偽装したら、彼女たちに気づくことはできますの?」

 

 ステフちゃんの急な話題転換に戸惑いつつも、“説明に必要なことなのだろう”と判断したジブリールは質問に答えます。

 

「……癪に障りますが、注意していなければ見落とします。日常生活で気づくのは難しいかと」

 

「ならば、お分かりですわよね」

 

「……ッ――!?」

 

 ようやく、ジブリールは気づきました。

 その答えをライラが言います。

 

 

 

「この世界で、一二を争う“()()()()()()()()()()()()()()()()()()”……それが、吸血種なのです」

 

 

 

 吸血種の認識偽装魔法は非常に高レベルで、ジブリールですら注意しなければ気づくことができず、最大限に能力を発揮できるようになれば、“生物”の範疇では最も魔法に適性があり、魔法の複数同時起動だってできる森精種ですら、実は魔法を使っていないのに“自分は魔法を使った”と誤認識させられ、倒されてしまうほどの力を持っています。

 

 そして、十の盟約は不法侵入も盗聴も防いではくれません。

 先に述べたように、滞在拒否を告げれば立ち退かせることは可能ですが、そもそも侵入されたことに気づけなければ立ち退き要求などできるはずもありません。

 

 もし彼女たちを野放しにしてしまえば、あっという間に各国は“国家機密”という名の弱みを握られ、彼女たちに支配されてしまうでしょう。

 獣人種自慢の必勝のゲームだって、こっそり開発者や責任者が資料を読むところ、プレイヤーが実際にプレイしている場面を覗き込んでしまえば、内容は丸裸です。

 

 “吸血させてもらう”なんて要求、簡単に呑ませることができます。“国の存亡に関わる機密情報”と“数人の犠牲”であれば、“数人の犠牲”を選ぶ可能性の方がずっと高いからです。

 “国や種族を護るためなら……”と妥協し、吸血用の奴隷を提供してしまう様子が目に浮かびます。

 

 いえ、そもそも資料などを覗き込む必要すらありません。先の森精種の例で“魔法を使った”と誤認識させられたことからも分かるように、十の盟約は魔法による他者への認識干渉を防いでくれないのです。

 

 ということは、相手の認識を操作して関係者になりすませば、機密情報は引き出し放題。仮になりすましがバレても、“本当に相手は関係者か?”と疑心暗鬼に陥って、互いを信頼することができなくなった国は崩壊せざるを得ません。

 秩序を失った国など、かたっぱしから脅しをかけていけば簡単に各個撃破し、奪いつくすことが可能です。

 

 もうお分かりでしょう。

 “共生”という提案を海棲種に持ち掛けず、ただ弱みを握って脅す方向に動いてさえいれば、彼女たち吸血種は、この世界で最も強力な“力”を手にしつつ、かつ直接的な命の危険から解放されるという、十の盟約の恩恵を最大限に享受した種族になれていたはずだったのです。

 

 ライラ達は、繁殖の件だけでなく、この事にも気づいていたからこそ、提案を持ち掛けた吸血種を封じ、滅ぼしにかかりました。

 そして、ライラ達の企みによって滅ぼされる直前まで追い詰められたことで、吸血種はようやく他種族へ干渉することに思い至ったのです。

 

 ステフちゃんが恐れていた“業務妨害なんてレベルではない、とある行動”とは、吸血種によるスパイ活動を指していたのです。

 

「だからこそ、ここで吸血種に対して“弱みを握る”必要があるのですわ。先に吸血種に弱みを握られてしまったら、詰むのは人類種の方なのですから」

 

「そこでステファニー様は、吸血種に対する切り札としてライラ(わたし)に目を付けた、というわけです。わたしを押さえてしまえば、たとえステファニー様の弱みを握ったとしても、吸血種たちはステファニー様を脅すことができなくなります。……わたしを吸血種から取り上げてしまうだけで、彼女たちは滅びてしまうのですから」

 

 ジブリールは戦慄しました。

 ステフちゃんとライラの間で行われた、あのほんのわずかな二言三言(ふたことみこと)の会話の中に、これほど多くの情報と戦略が入っているとは思いもしなかったからです。

 

 ジブリールもまた、天翼種の中では非常に思慮深く、その知性によって、大戦中、本来天翼種単体では討伐不可能な筈の上位種族をジブリール1人で討伐するという快挙を成し遂げている知恵者です。

 その彼女ですら戦慄するほどの情報量がやり取りされていたことを知り、ジブリールは確信を深めました。

 

 

 ――彼女の創造主である戦神アルトシュを倒した者は人類種、()()()()()()()()()()

 

 

 ジブリールの推測、その候補に海棲種も加わりました。

 ライラの知性もまた、ジブリールには及びもつかないものであり、アルトシュを討つ可能性を感じたからです。

 

 その証拠に、今まさに“神殺し”とまではいかずとも、本来であれば到底勝てないはずの上位種族である吸血種を、魔法すら使えない下位種族である海棲種が滅ぼそうとしています。

 あまりの興奮に、ジブリールの表情がヤバいことになっていました。

 

「……とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はい?」

 

 ステフちゃんが苦笑いしながらそう言うと、ジブリールは何を言われているのか分からずポカンとします。

 

「これほど頭の良い方が、本当に自分の全てを賭けてゲームをするはずがありませんわ。おそらく、わたくしと同じように別の誰かに自分の全てを預けていらっしゃるはずです」

 

「その通りです。現在、誰が持っているのかまでは分かりませんが、少なくとも代々わたしの全てを預かり、継承している者がいるはずです。もちろん、対外的にはステファニー様に従うふりはいたしますが」

 

「……で、では、海棲種の種のコマも……?」

 

 ジブリールがそう疑問を呈すと、ライラはあっさりと頷きます。

 

「はい。そもそもあれは、吸血種が海棲種のトップを分かりやすくするために、全権代理者と繁殖能力の高い特殊個体を一つにまとめるよう要求したものなので、わたしたち海棲種にとっては、何のメリットも無い提案なのです。要求に従ったふりをして、わたしたち代々の女王が全権代理者として振る舞っておりますが、本当の全権代理者は別に存在いたします。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ですから、もし本当にわたしの全てを手に入れたとしても、海棲種のコマは絶対に手に入りません」

 

「だから、ライラ様はこのような話し合いの場を設けたのですわ。わたくしと口裏を合わせて“わたくしがどのようなお願いをライラ様にしたいか”、“ライラ様はどの程度まで受け入れられるのか”をあらかじめ決めておかなければ、わたくしに従う義務を持つはずのライラ様が無理なお願いをされて上手く動けず、不審な動きをしかねませんの。もしそこを吸血種に怪しまれ、本当はライラ様が盟約に縛られていないことに気づかれたら、そこから海棲種の聡明さに気づかれてしまうかもしれませんもの」

 

 ステフちゃんがそう言うと、なんとライラは首を()()振りました。

 

「いえ、そのようにご認識なさるのはごもっともなのですが、わたしからお話ししたいことは全く別です」

 

「え?」

 

 思わず目を丸くするステフちゃんに、ライラは言います。

 

「わたしが水精を使って確認したところ、あの場にいた吸血種で男性は1人。わたしがゲームのクリア条件を説明した少年だけでしたが、他に吸血種の男性はおりますでしょうか?」

 

 その言葉にギョッとしたのはジブリールです。

 

「お、お待ちください! 海棲種は魔法を使えないはずでは!?」

 

「魔法ではありません。“海”という場所限定ではありますが、体内の水の精霊が一定以上多い海棲種は、周囲の精霊に命じて水を思い通りに操ることができるのです。少なくともわたしくらいの量があれば、水を通して水中にいる吸血種の体表面の形を把握し、性別を見分けることはそう難しくありません」

 

 原作でも“海にあってライラは絶対であり、彼女の有する『水精』の量を前にしては、水中の万物が彼女に跪く”、“森精種だろうと術式に使われる精霊はライラに味方する”と説明されておりました。

 この能力も海棲種が隠しているため、一般にはあまり知られていない特性で、海棲種が大戦を生き残ることができた理由の一つです。

 この能力があるからこそ、海棲種は水を操ることで水中を高速で逃げ回ったり、強敵が油断した隙に返り討ちにしたりして、ピンチを切り抜けてきたのです。

 

 残念ながら“海を離れてしまうと使えなくなってしまう”という弱点がありますが、そもそも海棲種の能力は魅了も含めて、全て“海”限定の能力です。

 原作の表記も“()()()()()()、全てを惹きつける魅了”、“()()()()()ライラは絶対”と書かれていました。彼女たち海棲種は、良くも悪くも“海に愛された種”なのです。

 

 だから、原作で水の入った鞄の中にいたライラが、鞄から飛び出した際に水が溢れてしまった時、“水を操作して自分を包む”といったことができずに死にかけたし、そのライラを見ても誰も魅了されなかったわけですね。

 

 ステフちゃんは、ライラの問いに首を縦に振ります。

 

「少なくともわたくしは、あの少年……プラムさんから『吸血種の男性は1人しか残っていない』と、そのようにお聞きしておりますわ」

 

「では、ステファニー様。ステファニー様は彼の油断を誘い、同意を取らせることはできますか?」

 

「……内容によりますわね。いざという時、ライラ様のゲームをいつでも強制的に中断できるようプラムさんを盟約で縛っておりますので、それを使えばある程度はどうにかなると思いますわ」

 

 ステフちゃんがライラのゲームに参加するとき、一つだけ心配していたことがありました。

 

 

 ――それは、本当にライラがおバカであること

 

 

 原作で描写されていたライラの心中は、まさに本物のおバカの思考であり、非常に傲慢なものでした。

 おそらく愚か者の演技がバレないよう、盟約で自らを愚か者であるよう洗脳してしまったのでしょうが、緊急時に……『海棲種が吸血種にゲームで勝利した本当の理由』という海棲種にとって致命的なキーワードを聞いた瞬間に、その洗脳が解けるかどうかは賭けでした。

 

 そこで、いざとなったらゲームを中断してバックレるため、プラムを盟約で縛り、ステフちゃんが望んだ時にエルキアへ帰れるようにしておいたのです。

 

 十の盟約は“ゲームは必ずどちらかの勝利で終わらせなければいけない”とは言っていません。

 ゲームを中断してうやむやにできることは、原作主人公たちがまさにこのライラのゲームで証明しております。

 

 プラムは“ステファニーが帰還の意思を示した場合、()()()()()()()()()()()速やかに全力でエルキア王城まで安全にステファニーを帰す”と盟約に誓っています。

 なので、ステフちゃんが『帰る』と言えば、ゲームを中断させてでもステフちゃんをエルキアに帰さざるを得ないのです。

 

 まあ原作の描写を見る限り、ライラの洗脳が解けなくとも、おバカな様子を理由にわざと冷たい会話をしたり、ライラの発言を無視してからゲームを中断して帰れば、“ライラに惚れない”、“手に入らない愛”という条件をクリアできるので、洗脳状態のライラからクリア条件を聞くことができなくとも問題なくゲームクリアできたとは思いますが、念のためです。

 

 まさか最初も最初、王城でのプラムとのやり取りで“ゲームの中断”を想定していたなど想像もつかず、ステフちゃんがそこまで先のことを考えていたことに、傍で聞いていたジブリールが絶句します。

 

 ステフちゃんの答えを聞いたライラは、真剣な表情でステフちゃんに提案しました。

 

 

 

 

「ステファニー様…………海棲種(わたしたち)と同盟を組んでは頂けないでしょうか」

 

 

 

 

 

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