死んだお目々のステフちゃん   作:イクリール

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■『ステフちゃんとジブリールの内緒話シーン』削除のお知らせ
 感想欄にて読者の方より「完全記憶能力を持っている白の前で内緒話はおかしい」とのご指摘をいただきました。ご指摘ありがとうございます。
 同時に、後の展開を考えたとき、「この時点でステフちゃんがジブリールにこの話を振るのはおかしい」ということにも気づいたため、大変申し訳ございませんが、該当シーンを削除いたしました。
 ご認識いただけますよう、よろしくお願いいたします。


フィールェ……前編

「“人類種(イマニティ)の賢王”だぁ?」

 

「ずい、ぶんと……大層な、肩書…………みえ、っぱり……?」

 

 ――エルキア王国の首都“エルキア”

 その都心に設置されている在エルキア・東部連合大使館の廊下を玄関に向かって歩みながら、2人の人類種がいぶかしげに眉を顰めました。

 

 “I♡人類”と書かれたTシャツを着る黒髪黒瞳の青年の名は“(そら)”、長い白髪にルビー色の瞳の少女の名は“(しろ)”。

 彼らは、異世界――21世紀日本にて無敗の戦績を誇るゲーマー“  (くうはく)”。この世界――盤上の世界(ディス・ボード)の唯一神……遊戯の神 テトによって召喚された唯2人の異邦人です。

 

 そんな彼らに対し、頷くのは狼の耳を持つ筋骨隆々とした初老の男性でした。

 

「そう思われるのもごもっともですが、その名に恥じぬ聡明な方ですぞ。ここ10年ほどのエルキアの目覚ましい発展は、間違いなく彼女の功績と言えますからな。海棲種の国(オーシェンド)との正式な交易を開くことができたのは彼女以外にはおりませんので、海底資源はほぼエルキアでしか手に入らない特産品となっておりますし、噂ではゲームで天翼種(フリューゲル)をくだし、吸血種(ダンピール)とも協力関係にあるとか……」

 

「――ほぉーッ! そりゃ凄い!」

 

「そんな、こと……できる、ゲーマー……この世界に、いた、んだ……!」

 

 2人は目を輝かせます。

 

 空と白は、テトからこの世界を『全てがゲームで決まる世界』と説明されて、この世界にやってきました。

 そんな世界で、ここまでうまく国を回すことができているのですから、相当凄腕のゲーマーなのでしょう。“ぜひ対戦してみたい!”とワクワクしています。

 

 ……が、直後、空は意地悪そうにニヤリと笑い、狼耳の男性――東部連合の外交官“初瀬いの”に言いました。

 

「……で? そんな凄ぇゲーマー様に、爺さんは尻尾巻いてビビっちまってるって訳だ」

 

「……ふむ? 空殿がいったい何を言っておられるのか、私には分かりませんな。私のどこがエルキア王殿を恐れていると?」

 

「とぼけんなよ。アンタ俺たちに出会った時もそうだったが、慇懃無礼な態度の下で基本的に人類種を見下してんのに、その賢王サマとやらの話をしたとたん言葉に細心の注意を払ってるじゃねぇか。……顔に書いてあんだよ――“()()()()()()()()()()()()()()()()”……ってな」

 

「……」

 

 空の言葉を肯定するかのように、いのは黙り込みます。

 ややあって、唇が鉛のごとく重くなったかのように、ゆっくりと口を開きました。

 

「……空殿。空殿はこれから資源の不均衡を正すべく賢王殿と交渉なさるとお聞きしましたが……我々が今までそれをしなかったとは思いますまい」

 

「……ああ、なるほど。アンタらが交渉しようとしたら、その賢王サマにいいようにされちまった、と」

 

 空の言葉に怒る様子も見せず、いのは頷きます。

 

「ええ、“獣人種は心を読む”というブラフも、“鋭い五感で嘘を見抜く”という我々の能力も通用せず、こちらに有利な条件を飲ませることも、こちらのゲームに応じさせることもできず、あらゆる策を防がれ、時には逆にこちらの策を利用されたのです。……()()()()()8()()()()()()、ですぞ?」

 

「……え、それマジ……?」

 

「……はっ……さい……!?」

 

 空と白は目を剥きます。

 現在11歳の白もコンピュータすらしのぐ常識外れの頭脳を持っていますが、それを考えたとしても8歳でそこまで政治的な能力があるとは信じられません。

 

 当時のことを思い出したのか、いのは深いため息をつきます。

 

「……幸い、どういう訳か、彼女は我々獣人種に非常に好意的でしてな。本来であればもっと強引に交渉できるはずなのに、“エルキアの交渉力を損なわないギリギリ”を見極めて我々に譲歩していたようです。“エルキア第一”という姿勢を決して崩しはしませんでしたが、東部連合の事情も真剣に考慮して資源の価格設定を行っておりました」

 

「資源と交換で我々の技術を求められることもありましたが、我々が既に使っていないような古い技術から徐々に導入しておりましたし、我々が“譲渡できない”と判断した技術についても、こちらの意思を尊重して取り下げてくださいました。……この10年のエルキアの発展は目覚ましいものがありますが、それでも“本”が“未だ簡単に複製できない高級品”扱いの水準……彼女がもっと強引に事を進めていたら、今とは比較にならないほど発展していたでしょうな」

 

 いのが語った東部連合の過去に、空は呆れたように言います。

 

「……いや、『幸い』でも『どういう訳か』でもねぇよ。見事に手玉に取られてんじゃねぇか。“自分たちでは敵わない交渉力を持ってる”、“でも、獣人種に好意的だし、譲歩してくれているから、無理に噛みつかなきゃいけないほど追い詰められてもいない”、“なら、現状維持を選ぶべきだ”って思わされちまってるって気づいてる?」

 

「……我々を手玉に取り、獣人種(われわれ)の国で好き勝手されていた方が言うと説得力が違いますな」

 

 いのは意味深な目を空達に向けながら、皮肉の意味を込めて同意します。

 

 空と白は、東部連合にたどり着くや否や、その並外れたゲームの腕で獣人種たちからお金や宿を巻き上げることで生活環境を整え、獣人種が独自に開発したテレビゲームを日々自堕落にプレイして過ごしておりました。

 そんな彼らを面白く思わない獣人種たちが、こぞってゲームを吹っかけ、それを返り討ちにしていくうちに、あれよあれよという間に政治に関わる獣人種の権利まで巻き上げてしまい、今や彼ら兄妹は東部連合の意思決定にまで関われるようになってしまいました。

 

 どこからどう見ても人類種にしか見えない空と白がそんなことをしでかせば、人類種のトップであるステフちゃんの企みを疑わないわけにはいきません。

 ですが、やろうと思えば資源を盾にいくらでも脅すことができるステフちゃんが、そんなことをしでかす理由もありません。

 

 ステフちゃんの機嫌を損ねたくはありませんが確認しないわけにもいかず、思い切っていのがステフちゃんに確認した結果は……なんと“まっしろ”。

 

 獣人種の感覚でも全く嘘をついているようには見えず、それどころか【盟約に誓って】『今から5分間嘘は言わない』と宣言したうえで『“空”や“白”と名乗る者たちが東部連合で行っていた活動について、自分は一切関与していない』と言われてしまっては疑い続けることはできませんでした。

 

 結果、いのをはじめとする東部連合の上層部は、彼ら兄妹を“エルキア以外の他国の支援を受けた侵略者である”と断定。排除しにかかったのですが――

 

「おいおい、それが国を救った英雄に対する態度ぉ~?」

 

「……這い、つくばって……足、舐める、の……」

 

 その隙を突くかのように森精種(エルフ)の策が東部連合を崩しにかかり、東部連合は窮地に陥りました。

 そこへ颯爽と現れ、兄妹はニヤニヤと大変意地悪そうに煽りに煽りながらその策を潰し、東部連合を救ってしまったのです。

 

 ……そこで終わっておけば、大変カッコいいだけで済んだのですが、

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、アァン!?」

 

 

 

 

 

 ――それだけでは済まないのが、この兄妹。

 

 プレイヤーの記憶を消すことで秘密を守ってきた“東部連合の無敵のゲーム”のゲーム内容を森精種に暴かれそうになったところを防いだと思ったら、今度は自分たちが『ゲーム内容を世界中に暴露する』と獣人種を脅し、最終的に獣人種の全権代理者に種のコマを賭けさせるところまで追い詰めてしまったのです。

 

 今にも唸り声を上げるのではないかと思えるほど迫力のあるいのの凄みは、

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ヘラヘラと笑いながら空がそう言った途端、フッと霧のように消え去りました。

 

 

 ――“種のコマを奪える状況にあって奪わない”

 

 

 彼らの状況を考えれば、確かにここまでしなければ信用を得ることは難しかったでしょう。

 多大な問題がある……いえ、問題しかない方法ではありましたが、そのおかげで、いのですら彼ら兄妹が“獣人種の敵ではないこと”だけは信じています。

 

 いのは、大きく溜息をついて頭痛をこらえました。

 

(……いったい巫女様は何を考えていらっしゃるのか)

 

 獣人種の全権代理者である狐耳の獣人――巫女は、いのに、こう命じました。

 

 

 

 ――『獣人種全権代理者、“巫女”として命ずるわ。あの者らに、ついて()け』

 ――『あのおもろい連中から、学べるだけ学んでき。“弱者のやり方”とやらを』

 ――『ほんで、くれぐれも、あの兄妹(ふたり)だけは敵に回さんようにな』

 ――『あやつら本当に――』

 

 

 

「……空殿……空殿は、本気で――」

 

 

 

 ――『――(テト)を下すかもしらんよ?』

 

 

 

「――唯一神を倒すつもりなのですかな?」

 

 この兄妹(ふたり)の実力を知り、尊敬する巫女に言われてもなお、信じきれない彼らのバカげた目標を……

 

「本気も本気。つか、俺らをこの世界に呼んだのアイツだし」

 

「……普通の、チェスで……負けたから……『次は、こっちのルールで勝つ』、だって……」

 

 兄妹はあっさり肯定しました。『既に唯一神に1回勝った』なんて、もっと信じられない……しかし、全く嘘を感知できない言葉も添えて。

 

 唖然とするいのをよそに、兄と妹は視線を合わせて楽しそうに笑いながら玄関の扉をくぐります。

 

「さて、“最終目標”は世界制覇。その第一歩だ」

 

「……ん……相手は、魔法も超能力も、使えない……最弱の、種族……でも、()()()()()……」

 

「ああ、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()退()()()()()()()()()()()()()ヤバいプレイヤーだ。……で、今からそいつと国の命運をかけた会談(ゲーム)に臨むわけだが――どう思うよ?」

 

 

 

 

「……さいこー♡」

 

「っだよな~♪」

 

 

 

 

 目を剥くいのの前で不敵に笑う異世界最強のゲーマーの表情は、強敵とゲームで対戦するワクワクで、まばゆいほどに輝いていました。

 

 

***

 

 

「……ずいぶんと嬉しそうでございますね?」

 

「ええ、東部連合に現れた常勝不敗の人類種のゲーマーですわよ? なんだか物語を読んでいるようで、ワクワクしません?」

 

「私といたしましては、エルキアの脅威になるかもしれない存在に対して、そうまで暢気でいられる理由が分かりません。……もっとも、ステファニー様であれば、取るに足らない相手なのかもしれませんが」

 

 東部連合からの客人と会談するため、応接室へと向かうジブリールとステフちゃん。

 ステフちゃんの実力を知るジブリールのお目々は非常に鋭く彼女を射抜いておりましたが、対するステフちゃんのお目々は、久しぶりに生き生きと輝いておりました。

 

 それもそのはず、ようやく待ちに待った原作主人公――異世界(ちきゅう)最強のゲーマーである“  ”兄妹と会えるのですから。

 原作ファンである彼女からしてみれば、推しのアイドルと会えるような気分なのです。

 

 

 

 

 ――もっとも、『彼らが東部連合にいる』と吸血種のスパイから報告を受けた時は、その綺麗なお目々が死んでおりましたけれど

 

 

 

 

 考えてみれば、当然です。

 

 吸血種のコマを奪ったステフちゃんには、ステフちゃんに忠誠を誓う吸血種たちが相当数います。

 

 同盟で“人類種に隷属化した吸血種を提供する”という契約を海棲種(セーレーン)と結んでおりますので、“ライラから吸血種を借りた”という建前で通せば、ジブリールに不審に思われることはありませんし、吸血種の魔法のエネルギー源となる魂は、毛髪をはじめとするエルキアの資源と交換で海棲種たちから吸血補給させてもらうことができます。

 

 そのため、今のステフちゃんは、彼女たち吸血種の強力な認識偽装魔法を使いたい放題なのです。

 

 そして今までのステフちゃんのやってきたことを思えば、“  ”をこの世界に送ろうとしている唯一神から……

 

 

 

 ――エルキアに“  ”を送り届けようものなら、ステフちゃんは彼らを危険因子とみなし、認識偽装魔法を使って“彼らの全て”を奪いかねない

 

 

 

 ……そう思われてしまっても仕方がありません。

 

 既に魔法や各種族に対してある程度の情報を得ていれば話は別ですが、この世界に来たばかりでそれらについて何も知らない状態では、いかに“  ”といえども、吸血種部隊を操り、自分の立場を存分に活かして国単位で罠にハメようとするであろうステフちゃん相手に勝利することは難しいでしょう。

 ……いえ、ステフちゃんにそこまでするつもりはないのですが、“唯一神(はた)から見れば、そう思える”ということです。

 

 この世界のゲームで自分と戦ってほしいからこそ、唯一神はこの世界に“  ”を招待したのです。

 初手必殺で彼らをゲームオーバーにしてしまうかもしれないヤバい国に、彼らを招待するわけがありません。

 

 となると、唯一神は、“  ”が何も知らないうちに魔法を使われてゲームオーバーになることを避けるため、魔法を使えない種族の国に彼らを招待しようとするはずです。

 

 人類種の国(エルキア)は先ほどの理由でバツ。

 海棲種の国(オーシェンド)は海底なので魔法なしには住めませんし、エルキアと同盟を結んでいて危険なのでダメ。

 

 ……そうなれば、もう残っているのは獣人種の国(東部連合)以外にありません。

 

 そんなことにも気づいていなかった自分に対し、“やはりわたくしは凡人なのですわね”とステフちゃんは落胆したのでした。

 

 いえ、そんな過去など、もはやどうでもよいことです。

 こうして憧れの原作主人公達と会話できる機会を、いのに用意してもらったのですから、何も問題ありません。ええ、無いったら無いのです。

 

 今回の会談で、ステフちゃんがコッソリ企む裏の目的は、“  ”と仲良くなること。

 できるなら、原作と同じくらい気の置けない仲になって、『ステフ』と呼び捨てにされるようになりたいものです。

 

 ステフちゃんは、意気揚々と憧れの人達が待つ応接室の扉を開けたのでした。

 

 

***

 

 

「――今までの礼として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!? 空殿ッ!!? いったい何を……そんなこと、巫女様が許すわけが――!?」

 

 ステフちゃんとの交渉中、空がニヤニヤと笑いながら突如として言い放った“自分たちのカードをタダでくれてやる”宣言。

 正気とは思えない行為に言葉を荒らげるいのを無視するかのように、その場にステフちゃんの声が響きました。

 

「――うふふ、お気持ちは嬉しいですが、()()()()()()()

 

「………………は?」

 

 いのは固まります。

 

 エルキアからすれば、タダでエルキアのインフラを向上させるチャンスのはずです。それを間髪入れずに断る理由が、いったいどこにあるというのでしょうか。

 

 しかし、そんないのに、そして“あとで説明してもらおう”と考えていることが丸わかりなほどヤバい表情になっているジブリールに説明する余裕なんて、空にも白にも……そして、もちろんステフちゃんにもありませんでした。

 

(……にぃ! どう、いける……っ!?)

 

(いや、ダメだ! これっぽっちも油断してねぇ! 今のが“自分の驕りと油断を誘う罠だ”って完全にバレちまってる! 次だ!)

 

 机の下で繋いだ手の指を動かし、お互いに自分の意思を伝えあって“  ”はステフちゃんへと策を仕掛け――

 ステフちゃんもまた、自分自身を縛った盟約を存分に利用して超集中状態、超高速思考を駆使して彼らの策をさばき、逆に策を仕掛け返します。

 

 先ほど空が仕掛けた策は、“東部連合のエネルギーインフラをわざとエルキアに導入させることで、エルキア優位の状態をひっくり返す”というもの。

 

 “神霊種(オールドデウス)の双六”編で明らかになった東部連合のテレビゲームの動力源は、巫女が盟約を用いてその身に宿した“神霊種の力”でした。

 なんの資源も消費せず無限に供給されるその動力は、エルキアには存在しないものです。ですが、東部連合よりも遥かに文明的に劣るエルキアには不要のものでもありました。

 

 

 

 ――では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 21世紀の日本を想像してみれば分かるでしょう。エアコン、冷蔵庫、掃除機にゲーム機……生活の隅々にまで入り込んだ、ありとあらゆる利便性を提供する機械の数々は、ヒトの生活水準をグッと引き上げ、ヒトは“電力の無い生活”など考えられなくなります。 

 

 ところが、エルキアはこのエネルギーを自ら生み出すことができず、東部連合に頼るしかありません。

 利用されるエネルギーは電力ではなく、神霊種の力……今のエルキアに“協力してくれる神霊種”なんて存在しないのですから。

 

 こうなっては、今までのように法外な値段で資源を売ることも、資源を盾に要求を通すこともできません。

 なぜなら、エルキアに“自国でエネルギーを生み出すことができない”という“弱み”が生まれてしまっているからです。

 

 空はエネルギーインフラ……つまり“エネルギーを利用するための基盤となる設備”については『無料で提供する』と言っていますが、『エネルギーそのものも無料である』とは言っていません。

 今までのように高い値段で資源を売ろうものなら、エネルギー価格を同じくらい高く引き上げられてしまいますし、今までのように資源を盾に要求を通そうとしたら、エネルギー資源を盾に要求を拒まれてしまいます。

 

 ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――『資源と交換で我々の技術を求められることもありましたが、我々が既に使っていないような古い技術から徐々に導入しておりました』

 ――『この10年のエルキアの発展は目覚ましいものがありますが、それでも“本”が“未だ簡単に複製できない高級品”扱いの水準……彼女がもっと強引に事を進めていたら、今とは比較にならないほど発展していたでしょうな』

 

 

 この、いのの発言からも分かる通り、ステフちゃんは明らかにエルキアが発展しすぎないように調整していました。

 ステフちゃん自身、既にこのことに気づいていたからこそ、エルキア優位の状態を崩さないようにするために、エネルギーインフラを必要としない程度に発展を抑えていたのです。

 

 つまり、ステフちゃんに対し、敢えて失敗する策を使うことにより、“こんなことも理解できないレベルなのか”と自分たちを見くびらせ、油断を誘い、隙を生むための布石だったわけです。

 

 しかし、ステフちゃんにそんな油断はありません。

 なぜなら、相手が他でもない憧れの“  (原作主人公)”だからです。

 

 原作ファンであるステフちゃんは、彼らの凄さをこの世界の誰よりも理解しています。

 そして同時に、“彼らと比べれば自分は遥かに格下である”という強い強い自覚も持っているのです。

 

 凡人にすぎないステフちゃんが、原作主人公にして世界最強のゲーマーでもある“  ”に対して油断する?

 あり得ません。思い上がるにも程があります。

 

 今はこの世界に来たばかりで知識や経験が足りていなかったり、ステフちゃんが原作知識を持っていたりするからこそ、このように勝負が成り立っておりますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ……そうです。ステフちゃんは、自分がこの2人に負けることを既に覚悟しております。

 

 

 

 ステフちゃんが思い描く理想と、“  ”が思い描く理想は違います。

 

 ステフちゃんは“エルキアの繁栄”、そして“人類種の幸福”を。

 “  ”は“十六種族(イクシード)全員が手を取り合って、なかよく『唯一神のゲーム』をプレイすること”を目指しています。

 

 女王になる前のステフちゃんとは異なり、今のステフちゃんは“  ”に人類種を任せるつもりはありません。

 なぜなら、彼らのやり方はエルキアに大きな負担を強いるからです。

 

 ステフちゃんの原作知識は、彼らが地精種(ドワーフ)の国に行くお話までですが、その最後のお話では他種族のスパイ合戦に巻き込まれてエルキアがボロボロになっておりました。

 それ以外でも行政が停止したり、人類種のコマを賭けてゲームをしたりと、エルキア国民に多大なストレスを与えざるを得ない方法を彼らは取っております。

 

 たとえ一時(いっとき)のものであろうと、ステフちゃんは愛する国民にそのような苦難を負わせたくはありません。

 ですが同時に、ステフちゃんには“凡人にすぎない自分では、どうあがいても『  』には敵わない”という自覚もありました。

 

 人類種の運命を実力不足の者に任せるわけにはいきません。その人が負けた瞬間、人類種の全てが奪われてしまうのですから。

 ステフちゃんが導く過程がどんなに幸福であったとしても、その結末が“人類種の不幸”であっては意味がありません。

 

 人類種の全責任を負う者として、ステフちゃんは最後まで自身の理想を貫いて戦いますが、もし彼らに負けたら、“自分はその役割を全うするには実力不足である”と証明されたということです。

 その時は潔く彼らの下について彼らを支え、エルキアにかかる負荷を低減しつつ、彼らの活躍を特等席で見させてもらおうとステフちゃんは覚悟を決めておりました。

 

 今、ステフちゃんが隙を見せずに空と交渉できているのは、自分の精神を縛る盟約をフル活用して全身全霊で挑んでいるだけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も原因だったのです。

 

 ステフちゃんは、最強のゲーマーの腕を一切疑っておりませんので、最後には必ず自分が負かされると信じています。

 はじめの内はステフちゃんが勝利することもあるでしょうが、いつか必ずステフちゃんが敗北させられる日が来るでしょう。

 

 つまり、ステフちゃんにとって“『  』との勝負”とは、自分自身の現在の実力を測る試験(テスト)であると同時に“エルキアに負荷をかけない期間”を延ばすための処置でしかないのです。

 

 “いつか必ず自分はこの2人に敗北する”と覚悟を決めてしまっているステフちゃんに“得をしたい”なんて欲も無ければ、煽られて怒るような精神も、何かを奪われる恐怖心もありません。

 “だが、敗北するまでは自分が人類種の全権代理者だ”と覚悟を決めてしまっているステフちゃんは、これまでの人生で磨いてきた知識や知恵を惜しみなく、一切の油断なく使ってきます。

 

 そして仮に敗北したとしても、“十六種族全員が仲良くなれる未来”はステフちゃんにはとても叶えられない、この2人にしか為せない偉業です。

 ステフちゃんの理想が目指せなくなったとしても、その偉業を為す一助となれるのでしたら、それもまたステフちゃんにとって望むところなのです。

 

 ステフちゃんは必死です。

 空と白もまた、一切の余裕がありません。

 

 ですが、お互いに交渉し、罠を、策を仕掛け合う彼らの目は活き活きと輝いておりました。

 

(にぃ、この世界……ホント、凄い……!)

 

(ああ、この世界に生まれ直させてくれて感謝するぜ……! 確かに、ディス・ボード(ここ)が俺らのいるべき世界だ!)

 

 この世界に彼らを招待した唯一神とのチェス――それに勝るとも劣らぬ大苦戦。

 噂に勝る凄腕ゲーマーとの戦いに、空と白の全身に凄まじい充実感がみなぎります。

 

 そして、同様の充実感に加えて、それ以上の高揚感まで味わっているのがステフちゃん。

 

 幼い頃……いいえ、生まれる前から憧れていた人達とようやく言葉を交わすことができただけでなく、こうして知略を尽くして互いに“騙し合い”や“駆け引き”を行うことができ、更には彼らから“強敵である”と認識してもらっているのですから。

 主人公達に強敵と認めてもらう……原作ファンとして、これ以上に誇らしいことはそうはないでしょう。

 

 1時間にわたって数十もの罠や策、駆け引きを交えた会話が為された後、お互いに“話は済んだ”と判断して空気が落ち着いたところを見計らい、ステフちゃんは傍にいた侍女に“お茶を温めなおす”よう指示を出してから、空達に向かって言いました。

 

「……それで、どうですの? ()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ああ、マジで爺さんの言うことは誇張でも何でもなかった。これは爺さんたちの手には負えねぇわ」

 

 空が肩をすくめると、冷や汗をダラダラと垂らしたいのが説明を求めます。

 

「……空殿。気のせいですかな? 『エルキア王殿の実力を把握しようとした』と私には聞こえましたが」

 

「その通りだが?」

 

「“機嫌損ねたら東部連合がどうなるか分からねぇ”って知ってんだろ、このハゲザルゥッ!!? なに失礼なことしてくれてんだ、ぶっ殺すゾ!!?」

 

 原作を彷彿とさせるやり取りにクスクスと笑いながら、侍女が新たに注ぎなおした紅茶を手に、ステフちゃんは目を細めます。

 

 空と白は大胆でありながら慎重さも兼ね備えているゲーマーです。

 彼らは、ゲームそのものは勝つか負けるか分からない……場合によっては勝てる確率の方が少ないほど難易度の高いゲームを好みますが、ゲーム以外のところで戦う時は“準備を充分に整えて、最初から相手が負けている状況を作る”策を好みます。

 

 そのため、場合によっては準備を整えるために自ら調査をすることもあります。

 原作でも、獣人種のゲームをする前にステフちゃんのお爺様が残した資料を調べたり、ライラのゲームをクリアするために天翼種の都(アヴァント・ヘイム)の資料を調べたりしていました。

 

 今回の場合、“人類種でありながら魔法を使う種族に対抗できる存在”がどれほどの実力を持っているのかを確認しに来たのでしょう。

 彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず、というやつですね。

 

 ステフちゃんは、パン、と手を叩いて笑顔で“  ”に提案します。

 

「さて、これで本日の要件はおしまいですわね! もしこの後お時間がございましたら、わたくしとゲームで遊びませんか? 一度、東部連合最強のゲーマー兄妹とゲームで勝負してみたかったんですの!」

 

 ステフちゃんの言葉に合わせて、侍女たちが様々なカードやボードゲームなどを部屋に運び込んできます。

 

「この時のために一生懸命、仕事を前倒しして丸々1日スケジュールを空けておきましたの。もちろん、『何かを賭けろ』だなんて無粋なことは言いませんわ。純粋にみんなで楽しくゲームをいたしましょう?」

 

「……あ~、アンタとゲームをすること自体は賛成なんだが、その前にちょっといいか?」

 

「……にぃ?」

 

 ゲーム廃人であるはずの兄が、これほどの凄腕ゲーマーとのゲームに即賛成しないことに違和感を覚え、白が首をひねります。

 そして次の言葉を聞いて、勢いよくステフちゃんへと向き直りました。

 

 

 

 

「……アンタ、なんでそこまで俺らを()()できるんだ?」

 

 

 

 

 白は信じられない思いで大きく眼を見開き、ステフちゃんを見つめます。

 

「アンタ、最初から最後まで俺達に対して負の感情が全くなかった。さっきの会談の中でどんなに俺達がダメ人間で、働きもせず、学校にも行かず、引きこもってゲームばかりしていることを話そうが、自分1人では人と話すことすらできないコミュ障であることを語ろうが、アンタの目が俺達を見下すことは一切なかった。俺達がアンタの国にとって都合の悪いことを企んでいることを理解しているはずなのに、敵意すら存在しなかった」

 

「それどころか、アンタからはそれとは真逆の感情――“尊敬”と“好意”が見える。……なんでアンタは俺達をそんな目で見ることができるんだ?」

 

 “心底わけが分からない”と言わんばかりに空がそう言うと、ステフちゃんは正直にその本心を打ち明けます。

 

「……わたくしには、貴方達と同じ道を歩むことはできませんわ。わたくしには、このエルキアを、人類種を護ることで精いっぱい。ですが、貴方達は違いますわ。わたくしが進む道とは比較にならないほど難しい道を、そしてわたくしが目指す未来よりもずっと素晴らしい未来が得られる道を自らの意志で喜んで進んでいる……そんな貴方達と戦えることを光栄に思いこそすれ、見下すことなど決してありませんわ」

 

 ――“唯一神への挑戦権”

 

 会談の中で“  ”が話していた『この世界のゲームで唯一神を倒す』という彼らの目的……それを果たすために必要なもの。

 それを得るためには他種族のコマを奪ってはならず、十六種族すべてを共通の意志で束ね、それぞれ“種のコマ”を手に、自らの意志で挑まなければなりません。

 

 

 

 ――それは即ち、“十六種族全員を仲良くさせる”ということ

 ――いがみ合い、傷つけあうことしか知らなかった種族が、一つの強大な敵に立ち向かえるほどに、みんなでなかよくゲームをプレイできるほどに、お互いに信頼し、協力し合えるようにする、ということ

 

 

 

 ステフちゃんは“人類種を護ること”しかできません。ですが彼らは、人類種なんてちっぽけな視点ではなく、“世界すべてを平和にすること”を目指しています。

 これほどまでに大きな夢を、器を持っていて、その夢を実現できる実力を持ち、実際に夢を実現するために動いているのです。ステフちゃんが尊敬しないはずがありません。

 

 “唯一神への挑戦権”の詳細に既に気づいているからこそ、そして“空達が既にそのことに気づいているであろう”と確信しているからこそのステフちゃんの発言……原作知識というズルのおかげなのですが、それを“ステフちゃんの底知れなさ”と勘違いし、空と白は感嘆します。

 

「……それに、貴方方はエルキアの優位を奪うことはあっても、エルキアを滅ぼすつもりなんてこれっぽっちも無いし、エルキアを東部連合に隷属させるつもりも無いでしょう? 貴方達はただ“みんななかよくプレイしたい”だけ……むしろ、仮にエルキアが、人類種が滅びそうになったら、逆に貴方達はわたくし達を助けに来てくれるはずですわ。でなければ、“みんなでなかよくプレイ”できなくなってしまいますもの。……違いますか?」

 

「……いいや、違わねぇな」

 

 悪戯っぽく片目をつむりながらステフちゃんが言ったセリフに、空は苦笑いしながら答えます。

 

「なら、わたくしが貴方方に敵意を抱く理由はありませんわ。仮にわたくしが貴方方に敗北しようと、わたくしよりも強い貴方方が人類種を護ってくれるのですから。……()()()()エルキアの政治はわたくしにお任せくださいな。内政から外交まで、お2人の策で被るエルキアにかかる負担を最小限に抑えてみせますわ」

 

 この女王様であれば、間違いなくできるだろう――そう確信できる非常に心強い言葉に、空と白の胸から覚えのある高揚感が湧き上がります。

 ……そう、これはゲームに登場した異常に強い敵キャラが、その強さのまま味方になった時の高揚感です。ゲーム難易度は低下するので“歯ごたえ”という意味では微妙ですが、苦労させられた敵キャラが味方になった時のワクワク感や、そのキャラで無双するときの爽快感は格別なものがあります。

 

 

 

 ――自分に勝てば、仲間になってやる

 

 

 

 このゲーマー2人にとって、これほどまでに分かりやすく、これほどまでにやる気が湧く言葉は他に無いでしょう。

 “絶対にお前をゲットしてみせる”と言わんばかりの獰猛な笑顔が、とっても素敵です。

 

「……その言葉、忘れんなよ女王様?」

 

「……賢王様……いつか絶対、ゲットする……!」

 

「……ふふ。ええ、楽しみにしていますわ」

 

 ステフちゃんは、心の底から本当に、その日が来ることを待ち望むのでした。

 

 

 

 ……それはそれとして――

 

 

 

「……お2人とも、どうぞ、わたくしのことは『ステフ』とお呼びくださいな。同じゲーム仲間としてこれから一緒にゲームをするのですから、堅苦しい呼び方は無しに致しましょう?」

 

 『女王様』だの『賢王様』だの、やたら距離を感じる呼び方をこの2人にされるのは、ステフちゃんとしては、ちょっぴり気になります。

 ここはやはり、原作通り『ステフ』と呼んでもらうべきでしょう。ステフちゃんの当初の目的であった“あだ名呼び”を果たすときは、ゲームを通して親密になれる今しかありません。

 

 ……するとどうしたことか、空も白も微妙な顔をして言いました。

 

「……いや、なんかその呼び方は違うんだよな~。ほら、すんげー強キャラで、しかもめっちゃ高貴な高嶺の花を気安く呼ぶのって違和感が……」

 

「……むしろ、“様”づけの方が……しっくり、くる……」

 

 ……残念なことに、会談でのやり取りから“  ”に強キャラ認定され、更に先ほどの会話でどこか気高い印象まで与えてしまったせいで、彼らはステフちゃんのことを“気安く接することができる相手”とは思えなくなってしまっていました。

 

 ステフちゃんの自業自得としか言えません。結果――

 

「そうそう……って、うぉっ!?」

 

 ――流れるようにシームレスにステフちゃんのお目々から光が消え、それを見た空は大いにビビることになったのでした

 

 

***

 

 

「変わった、人……だった、ね……」

 

「ああ、だが意外と面白い奴でもあったな」

 

 エルキア王城から大使館へと帰る馬車の中、最強のゲーマー兄妹は幸せそうにお話ししていました。

 

 “突如としてステフちゃんのお目々が死ぬ”というささやかなハプニングがあったものの、ステフちゃんが提案したゲーム親睦会は大成功。

 会談で“  ”と互角以上の駆け引きを繰り広げ、空と白の期待のハードルを天高く放り投げたステフちゃんでしたが、見事その期待に応え、2人を存分に楽しませることができたのでした。

 

「……賢王様……本当に、強かった……。楽し、かった……♡」

 

「ああ、あれは“  ”でないと勝てねぇな。俺か白、どっちかだったら負けてた」

 

 そんな兄妹のやり取りを聞いていたいのが、自身の疑問を解決しようと空に問います。

 

「……空殿。結局のところ、当初話されていた『エルキア王殿と交渉して資源の不均衡を正す』という目的は嘘だったのですかな? エルキア王殿の実力を測ることだけが目的だったと?」

 

「いいや? すぐにできるんだったらそうするつもりだったし、女王様の実力を測って“いけそうだ”と判断できたら、次の会談までに女王様を追い詰める準備を進める予定だったぜ? 資源の不均衡どころか、エルキアを東部連合に併合するところまで持っていくつもりだった」

 

「……全て過去形ですな?」

 

「ああ、会って話してみて分かった。アレは今の手札じゃ、どうしようもねぇ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ん……賢王様の、知ってる情報……知らない情報……だいたい、分かった」

 

 空はニヤリと不敵に笑います。

 

「さて、それじゃ~、早速エルキア以外の国から攻めるとしますか。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「せいぜい……白たちの、ために……タダ働き……して、もらうの……♪」

 

 白もまたクスクスと機嫌よく笑います。

 不気味に笑う兄妹を見て、彼らが何を企んでいるのか底知れず、いのは背筋を震わせ、しっぽの毛を逆立てるのでした。

 

 

 

 


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