「いやいやいやいやいや!なんですかなんでですかなんなんですか!急に廃教会に呼び出されたと思ったら神変わりますよってバイトのシフトいれますねみたいな」
廃教会に小人の絶叫が木霊した。心底わけのわからないこの世から大混乱した声である。
「HAHAHAHAHAHAHA!うん、大困惑するよね私大失敗!物事省きすぎもよくないね!!」
一方爆笑するは道化師である。ベル、端折りすぎよくない。
「笑い事じゃないです!っていうか説明してくださいよ!何がどうなってこうなったんですか!?」
「うむ、もっともだな。では端的に説明しよう」
ベルは一度咳払いをし、珍しく真面目な顔を作った。
「まず前提としてだ。君のいたソーマ・ファミリアには、許可はもらった」
「は!?」
「本当だとも。けどドブカスだねあの団長」
「……否定はしませんけど、言い方ってものがあるでしょう……」
「次にだ」
指を一本立てる。
「私はソーマ・ファミリアの現団長、並びに主神ソーマ本人から、君の改宗――コンバージョンの許可を正式に得た」
「え」
「え、じゃない。書類的にも神的にも問題はない」
「ちょ、ちょっと待ってください!? いつの間に!? どうやって!?」
「細かい経緯は省くが、交渉と試練と説得の末だ」
「省かないでくださいよ一番怖いところを!!」
横で聞いていた女神が、完全に話についていけていない様子で首をかしげた。
「え、えっと……ベル君? つまりどういうことなの? ボクもだんだん分からなくなってきたんだけど……」
「シャラップ!神ヘスティア!」
「ひどくない!? 今の完全にひどくない!? ボクまだ何もしてないんだけど!?」
ヘスティアの悲鳴を受け流し、ベルは続ける。
「そして最後に最重要事項だ。……この改宗は、強制ではない」
「……え?」
「君がどうするかは、君が決める。私はあくまで“提案”をしたに過ぎない」
そこでベルは、わざとらしく肩をすくめた。
「事実、このヘスティア本神の善性については私が保証しよう。性格も良く、情にも厚く、おそらく眷属想いだ」
「おそらく!? そこ断言してよベル君!? ボク神様なんだけど!?」
「だが」
ベルは続けて、さらりと爆弾を落とした。
「正直に言えば――あまりにも未来のないファミリアでもある」
「そこは庇ってくれてもいいんじゃないかなぁベル君!!!???」
廃教会に女神の悲痛な叫びが響いた。
「い、今の必要あった!? ボクの心折る必要あった!? まだ始まってもいないんだけど!?」
「必要だ。情報開示は誠実さの基本だからな」
「誠実さの使いどころ絶対まちがってるよ!!」
ベルはくるりと視線を戻し、改めてリリルカを見る。
「だから君には選択肢がある。もし仮に選ばなければ、適しているファミリア探しに全力で協力しよう」
「……そんなの……」
リリルカは言葉を失った。
知らないうちに、世界が一段階進んでいた。
知らないうちに、逃げ道と居場所が同時に提示されていた。
「……なんで、そこまで」
小さな声で問う。
ベルは一瞬だけ視線を逸らし、それからいつもの道化の笑みを浮かべた。
「さあ? 理由を語るのは野暮というものだろう」
「……答えになってません」
「だが選ぶのは君だ。そこだけは間違いない」
廃教会の空気が、ほんの少しだけ静まった。
「……わからないです」
ぽつりと、リリルカは呟いた。
「リリは……冒険者様を騙して、盗みをしようとしていたんです。怒られて、突き放されて、当然なのに……」
視線は床に落ち、握った拳が小さく震える。
「それなのに、どうして……」
ベルは少しだけ困ったように頭を掻いた。
「リリ。たわごと半分で聞いてくれ」
「……はい?」
「君は英雄の条件とは、何だと思う?」
「……急に何ですか?」
戸惑いながらも、リリルカは考える。
「……えっと。偉業の達成、とか……強い魔物を倒すとか……人々に讃えられる存在、ですかね……」
「実に模範的な英雄だ。感心する」
ベルは素直に頷いた。
「確かにそれは事実だ。私もそう思う。それも、全面的に肯定しよう」
一拍、間を置く。
「私もな。なれるものなら偉大な英雄になりたい。一騎当千の豪傑にもなれたら、それが一番だ」
リリルカは思わず顔を上げた。
「……でもね」
ベルの声は、どこまでも穏やかだった。
「泣いている女の子の涙を拭えないような、ダサい男ではいたくない」
その言葉は、驚くほど軽く、しかし揺るぎがなかった。
「……それだけ、ですか?」
信じられないものを見るように、リリルカは問い返す。
英雄。
偉業。
神々の喝采。
それらに比べて、あまりにも些細で、あまりにも個人的で。
「うむ」
ベルは即座に肯定した。
「たったそれだけだ」
笑って言い切る。
「だが私にとっては、それで十分だ」
リリルカの胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
価値の秤が、静かに傾く。
英雄とは何か。
救われるとは、どういうことか。
その答えは、剣でも奇跡でもなく――
ただ、目の前で差し出された、不器用な言葉だった。
「……唐突で、青天の霹靂だろうが」
ベルは一度だけ深く息を吸い、そして真っ直ぐに女神を見据えた。
「それでも、神ヘスティア。私は貴女の第一の眷属として、リリルカ・アーデを推挙しよう」
廃教会の空気が、ぴたりと張り詰める。
「とても申し訳ないとも思う。貴女の最初の一歩を、こんな形で踏み出させることを……どんな補填でも、詫びでも、私に出来ることがあるなら何でもさせてもらおう」
ベルは、ほんの僅かに頭を下げた。
「……だから。彼女の手を、取ってやってほしい」
一瞬、時間が止まったようだった。
「……えっと」
ヘスティアは、ぽりぽりと頬を掻く。
「正直に言うとね、何が何だかまだよく分かってないんだけど……」
二人を見る。
泣きそうな小人と、必死に平静を装う道化。
「……うん。でもさ」
ふっと、柔らかく笑った。
「君たちが切羽詰まってるのは、わかるよ」
胸に手を当て、少し照れたように続ける。
「だから……ボクでいいなら、その期待、応えよう」
ぱっと明るく言い切った――かに見えたが。
「……応えられるかどうかは、今後に乞うご期待、だけどね」
声が、少しずつ小さくなる。
「……うん。ボクさ、まだ眷属もいなくて……正直、主神にすらなれてない失格なんだけど……」
最後は、ほとんど独り言だった。
その瞬間だった。
「っ……!」
リリルカの小さな身体が、びくりと震えた。
「な、なんなんですかもう……!」
堰が、切れた。
「急に人生ひっくり返されて! 勝手に未来決められて! 英雄とか、神様とか、意味わからないことばっかり言って……!」
拳で目を擦りながら、子供のように叫ぶ。
「バカ! 無茶苦茶! 強引! お人よし! お人よしすぎです! そんなの……そんなの……」
罵倒は、どれも棘にならなかった。
涙だけが、止まらない。
「……なのに……」
言葉が、喉で詰まる。
溢れた涙を拭うことも出来ず、リリルカは必死に顔を上げた。
「……助けてください」
震える声で、必死に縋る。
「リリを……助けてください……」
その願いは、英雄譚でも神話でもない。
ただ、居場所を求める、あまりにも人間的な叫びだった。
───
時間と場所は変わり、豊穣の女主人。今宵はベル・クラネルは一人で浮かれつつも勝利の美酒を噛み締めていた。
「ベルさん、いいことでもあったんですか?」
給仕しつつそんなふうに語りかけるのはなんてことのない町娘、ウェイトレスのシルである。
「…有り体に言えば私の双肩にかかる一つの問題が解消したということかな。うむ、傍から見ればなんてことのないよくある話だが私にとっては何よりもの冒険であった……特に『貴女』との会話は…」
「なんのことでしょうか〜?」
すっとぼける街娘にベルは内心こいつ…と思いつつそれをおくびにも出さず酒を煽った。神ソーマの酒も美味かったがなんてことのないただの酒もどうしてか癖になる。ベル・クラネル14歳はアルゴノゥトとして生きていた前世のことを含めるとちょっとジジイ臭くなったのだった。
「まあいいさ…シル、追加オーダーで串焼きを…」
「シル、ミア母さんが呼んでます」
そんな逢世に入った中断は現実に呼び戻してくる言葉であった。
「…はぁーい、ではベルさん。追加はちょっとリューにお願いします!また後で!」
シルはのらりくらりと消えていってしまったのだった。しょうがないとベルはそのかつての吟遊詩人に瓜二つなエルフのウェイトレスに追加オーダーを頼んだ。
「そういうわけで申し訳ないが串焼きを3本追加で頼む。麗しきエルフの貴女」
「承りました。お持ちします…それとクラネルさん」
「うん?まだ何かな?」
「…いえ、これは個人的なことなのですが……店の終了後話を是非したいことがあります」
ベルの脳内に謎の音声が鳴り響いた。「お誘い来たぁぁぁぁぁ」という大歓喜である。もちろんばっちこいである
が、すぐに現実に引き戻された。
「お待ちしております……『アル』殿?」
「…………………………は?」
────────
夜の路地裏の会合。男女のそれは傍から見えれば逢引だがそんなものではない。ベルはどこか引きつった表情を抑えつつ驚愕していた。
「…さて、気配はない。それは貴方が一番分かっているはずだ。そろそろ本題に入ろうか。麗しきエルフの貴女」
「懐かしいですね、その軽口も…戯言も。はじめましてクラネルさん。私はリュー…とりあえず今はそう呼んでいただけると助かります」
「テンションの落差激しいなぁ…」
「…ハッハッハ…!ではここで一曲奏でましょうか?あいにくと竪琴(リラ)はないのでシラフのアカペラとなりますが…」
「いやっ、いい。近所迷惑だ、それに何か今の君のキャラじゃない!」
普段そのエルフを知る人間からすれば卒倒もののやり取りである。なんて言ったってあの無表情エルフがケタケタケラケラと破顔し声を上げたのだ。アーニャなんかすっ転びそうである。
「…本当に本当に君なのか、リュールゥ」
「はい、本当に正真正銘『私』です。アル殿、いえ今はこう呼ぶべきですね…ベル殿」
もう疑いようもない事実だ。目の前のエルフのウェイトレスはベルやレフィーヤと同じ、かつての記憶を持ち現代を生き残る転生体。かつてのエルフ…リュールゥ、またの名をウィーシェの生まれ変わりだ。
「…えー…こんなあっさり再会するの…なんかこうもうちょっとドラマチックなの期待してたんだけど…クロッゾとはこう、劇的すぎる再会したのに…」
「ご期待に添えずそれに関してはとても申し訳ないと思いますがいかんせん、私はこういうエルフですから。物語を引っ掻き回すそんな傍観者です。なので私との再会など路傍の石ころのようなありふれたものでいいのです」
「いや良くないよ?ていうか私嬉しいんだからね一応これでも。顔には出てないけど」
コホンと咳払いするとベルは改めてリューに向かい合った。
「…いつからだ?」
「最近です。というか一昨日です」
「そんなに直近!?」
「はい、そんなに直近です。ちなみにきっかけはあなたとフィーナ殿…失敬、レフィーヤ・ウィリディスと共にいたのを見たからです。シルに招かれて貴方が豊穣の女主人に来たその時にビビッと来ました。何やらシルとお取り込みのようだったので日を改めてさせていただきましたが」
「えっ、そんなきっかけ?」
「はい、そんなきっかけです」
道化大困惑。ベル本人も自覚はあるが大概ふざけた性格とは思っているがさすがに目の前の吟遊詩人転生体の無茶苦茶ぶりには呆れてばかりである。
「…うーん容量不足…すごいね君」
「ハッハッハ、貴方に褒められるのならばそれは恐悦至極ですね」
「うん、いや本当にいろいろすごいよ…」
そして彼は…
「…それで『疾風』の君は今の君を見てそんな自分をどう評価している?」
「そこまでやはりご存知でしたか。そうですね、リュー・リオンとしての私として言うと羞恥で死ぬと思いますね。ええ、ここであなたの首を切って命を絶つと思います」
「ヒェッ」
潔癖症な元人格はどうやら凶刃を振り回すらしい
「ご安心を。もう既にリュー・リオンもリュールゥも統合されておりますのであなたをぶっ殺すことはないですよ……多分」
「多分!?断言してくれない!?」
「やはりあなたは心地良い。打てば響くとはまさにこのこと。以前振り回されていたので良い意趣返しが出来ましたよ」
「酷くない?」
「酷くありません」
「…話を戻そうか。とりあえず君が疾風のリオンと公言するつもりも言いふらすつもりもないから安心してくれ。君の居場所を壊すことになるだろうし何よりも私があの恐ろしき女傑にぶっ殺される」
「ミア母さんのことでしたらまあ、そのとおりです。はい、死にます」
「やめてよ分かってるんだからさらに震えさせないで」
「……では」
路地裏に、夜風が一筋吹き抜けた。
リュー・リオン――否、リュールゥは、すっと姿勢を正す。
つい先程までの戯けた笑みをわずかに引っ込め、吟遊詩人の顔でベルを見た。
「この私に、何を望みますか。ベル殿」
「そうだな……」
ベルは少しだけ考える素振りを見せたあと、肩をすくめた。
「また詩を――とも思った。正直それだけでも魅力的だ。君の言葉は、昔から不思議と胸に残る」
「ふふ、それは詩人冥利に尽きますね」
「だが、それだけじゃない」
ベルの声が、わずかに低くなる。
「今度こそ、共に戦い抜きたい」
迷いはなかった。
「見届けるだけじゃなく、同じ場所に立って、同じ危険を踏んで……同じ結末まで行きたい。そう、強く君に望む」
一瞬。
そして次の瞬間――
「……ッ、ハハッ、ハハハハハハハッ!!」
リューは腹を抱えて笑い出した。
「いやあ、これは参りました! 前世では散々傍観者を気取って、介入したのはほんの僅か……それを今世では前線に引きずり出そうとは!」
悪びれもせず、しかしどこか楽しそうに言い放つ。
「この非力な吟遊詩人に、働けと仰るか!」
(どの口が言ってるんだ)
ベルは即座心の中で突っ込んだ。
君、LV4の第二級冒険者だろう
一拍。
「……」
気まずい沈黙
「……ええ、確かに。リュー・リオンとしての私は、疾風などと呼ばれている身です」
「でしょうね」
「詩人が剣を振るうのも、まあ……時代の流れ、ということで」
「便利な言葉だなぁ」
だが、リューはゆっくりと笑みを整えた。
それは、かつて英雄の隣で歌を紡いだ、あの時の表情だった。
「……承りました」
静かに、しかし確かに。
「そのオーダー、この私が確かに受け取りましょう」
夜の闇に、吟遊詩人の声が溶ける。
「ではまた今世でも――道化の詩を紡がせていただきます」
一歩、ベルに近づく。
「そう……貴方が、真の英雄に至るその日まで」
ベルは思わず、苦笑した。
「……やっぱり君、厄介だよ」
「今に始まったことではありません」
二人の笑い声は、誰にも聞かれることなく夜に消えた。
こうして再び。
英雄の隣に、吟遊詩人は立ったのだった。
閑話休題
「ところで話は変わるけどサ」
唐突に、ベルが言った。
「……なんでしょうか、クラネルさん」
「うわぁ、急にクールエルフになるな」
「いえ。今世の私は基本的にこれが通常運転なので。あしからず」
「ああ、うん、ごめん。続けるけど……シルのことなんだけどさ」
一瞬。
リューの表情が、ほんの僅かに動いた。
「……シルが、何か?」
「ぶっちゃけ怖くね? あの街娘」
「随分と率直ですね」
「いやさ、うん、怖いじゃん?」
ベルは頭の後ろで手を組む。
「ていうか今の君なら、もう気づいてるよね。あの街娘が、ただの街娘じゃないって」
夜の静寂が、一拍落ちた。
「……それについては」
リューは目を伏せ、静かに息を吐いた。
「否定も、肯定もしません」
「だよね」
ベルはそれ以上踏み込まなかった。
しばしの沈黙。
だが、リューは続けた。
「……けれども」
その声は、柔らかい。
「それを抜きにしても、シルは私の恩人です」
「恩人?」
「はい」
リューは頷いた。
「追われ、過去を抱え、立ち止まっていた私を――問い詰めもせず、裁きもせず、ただ“ここにいていい”と言ってくれた」
それは、淡々とした語り口だったが。
その実、深い感情が滲んでいた。
「ですから」
顔を上げ、ベルを見る。
「彼女が何者であろうと……私は、それでいいのです」
「……なるほど」
ベルは小さく息を吐いた。
「君らしい答えだ」
「そうでしょうか」
「うん。すごく」
ベルは笑った。
「だったら余計なことは言わないでおくよ。知らない方がいいことも、この世には山ほどある」
「ええ」
リューも、同じように微笑んだ。
「詩にしない方が美しい真実、というものもありますから」
「それを言われると何も言えなくなるなぁ」
二人は視線を交わし、夜の路地裏を見上げた。
語られなかった名。
明かされなかった正体。
だが、それで壊れる関係ではないと――
互いに、もう分かっていた。
閑話休題×2
「……最後に、もう一つだけいい?」
夜風に紛れて、ベルが言った。
「中々しつこいですね」
「しかしだ、しかし実にこれは大事なことだ。心して聞いてくれ。いや、聞かせてくれ」
無駄に真剣な声色だった。
「……なんでしょうか」
一拍。
ベルは、にこりと笑った。
「リューさん。前世より――おっぱい大きくなった?」
「――――ふっ!」
次の瞬間、夜の路地裏に鈍い音が響いた。
拳。
膝。
肘。
どれが決定打だったのかは、もはや誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは。
リュー・リオンは一言も発さぬまま、怒りに任せてベル・クラネルを半殺しにし、そのまま踵を返して店へと戻っていったという事実だけである。
あとに残されたのは。
路地裏に転がる、哀れな道化の亡骸だった。