「それで、これからどうする? くー、クルルゥ。ログアウトする? ……それとも、ちょっと冒険してみる?」
「もちろん、冒険!!」
姦しく二人の女の子が街の外への道を歩いていた。前を歩くのは金髪の小柄な少女。ギザギザの歯をむき出して笑うその姿は、小柄な身体と反した野性的な魅力に溢れている。
後ろについていくのは不思議な髪色をした女の子、マゼンタ色の頭頂部から毛先に向かって青く、蒼くなっていくその髪。
アメジストのような瞳は眠たげに細められており、ジトリとした視線が前の少女に向けられている。別に前の少女に怒っているわけではない、彼女のチャームポイントの一つだ。俗に言うジト目というやつである。
前を歩く少女よりも小柄な彼女は、急に前を歩く少女に手を引かれる。少女の光を束ねたような金髪と、不思議な色のツインテールが宙に舞った。
彼女らはクルルゥとコーリン。この世界にやってきた新米冒険者である。
「ちょっ、くー、違っ、クルルゥ!? どうしたの? 急に?」
「いんや、別にー! 楽しくなってきただけ! あと別にくー、って呼んでもいいよー。リンだけのトクベツだけどね」
トクベツ、特別。とコーリンは口の中で言葉を転がす。クルルゥは全く気づかずにそんな凛を引っ張っていた。
クルルゥが急に止まる。慣性の法則でコーリンはクルルゥにぶつかった。コーリンは自分のHPバーが少し削れたのが視界の端に見えた。
──ー私、弱すぎる。
HPが減った原因であるクルルゥを心なしかいつもより、ジト目で見た。
急に止まったクルルゥに抗議の視線を向ける。
「ボク……」
「ボク?」
「ボク……凛のことなんて呼べばいいの? リンでいいの?」
「……いいよ」
「……特別?」
「トクベツ」
「やったぁ〜。いこいこ!」
「うわっ、って、待って!」
クルルゥがまた走り出した。コーリンはやっとの思いでついていく。
口では待ってと言ってるものの、コーリンは薄く微笑んでいた。
二人は走って街の外に出た。街の外は草原が広がっている。牧歌的な光景は、現代の日本ではなかなかお目にかかれない新鮮なものだった。しかし、草原をよく見てみると、現代では見れない光景がある。草原には戦闘チュートリアルで見たのよりも大きなネズミが闊歩していた。けむくじゃらの牛のような動物も見られる。
クルルゥは口をポカンとあけて眼前の光景に見入っていた。コーリンもまた微動だにせずにいる。
「すごいね……」
「うん、すごい」
「よし! 早速戦ってみよう!」
「うん」
コーリンが背負っていた弓を番える。近くにいた大ネズミに向かって弓を放った。弓は綺麗な軌道を描いて命中する。
大ネズミの眉間に命中した矢は、血の代わりに赤色のポリゴンを吹き出させて一撃で大ネズミを倒した。ポリゴンとともに大ネズミは消える。その場にはネズミの尻尾というアイテムだけが残った。
ナイフを構えていたクルルゥとしては拍子抜けだったが、初の二人の戦闘は快勝に終わった。
クルルゥはさっき落ちたアイテムを拾っているコーリンに声をかける。
「次はさ、あの牛にしてみない?」
「ん、了解」
今度は少し遠くの方にいる牛に向かって矢を放った。今度もまたまた命中する。だが、牛はネズミと同じようにポリゴンとともに倒れることはなかった。
ブモオォォと牛が吼える。
牛はコーリンに向かって機敏な動きで突進してきた。
大迫力で迫る牛の前にクルルゥが躍り出る。牛はクルルゥへとターゲットを変えた。牛の長い体毛の中の目と、クルルゥの鋭い視線が交錯する。クルルゥはナイフをゆっくりと構えた。強烈な牛の突進をひらりと躱したクルルゥの後ろで、牛がポリゴン状になって消える。
クルルゥはナイフを振るわず、当てるようにして牛を倒したのだ。
おおー。とコーリンがパチパチと拍手をした。ふふん、と得意げなクルルゥ。牛からドロップしたアイテムをコッソリとコーリンに取られていることには気づいていない。
「そういえばさ、リンのスキルってどんなのなの?」
あれから数体のネズミや牛を倒したクルルゥは、一度もコーリンがスキルを使っていないことに気づいた。クルルゥは何度かスキルを使っているのだが、思い返すとリンは使っていない。
「私の? 見たい?」
「見たい見たい!」
クルルゥのラブコールにコーリンは宜しい、と弓を構える。狙いは草を食む牛。
「スターアロー」と唱えて矢を放つ。
矢は青色の軌跡を描いて、牛の頭に命中、牛はポリゴンとなって消えた。
「おー! すごいじゃん、一撃だよ!」
ぴょんぴょんと跳ねて賛辞をおくるクルルゥへ、誇らしげなコーリン。
二人はこのあとも夢中で周りのモンスターを倒し続けた。
気がつくと、クルルゥのレベルは4。コーリンにいたっては5にまで上がっている。
レベルが上がったことで貰えたステータスポイントをクルルゥは速度のパラメーターに、コーリンは攻撃力のパラメーターに振り分けた。
順調に強くなっていく己に、もっと頑張るぞー、と新たなる獲物を求めて草原へ繰り出そうとするクルルゥをコーリンが止めた。
どうしたん? と見るクルルゥに対して、時間と一言。
そこでクルルゥはようやく合点がいく。
ボクはまだしも、リンは家に帰らないと。
「それじゃ、今日はここでお開きか。楽しかったねー、リン」
「うん、楽しかった、クルルゥとできて。じゃ、バイバイ」
「バイバイって! ログアウトしたら隣にいるじゃん。まあ、バイバイ?」
コーリンは手を振ってログアウトした。クルルゥは見届けた後、自分もログアウトする。視界が暗転。
現実世界へと戻ってきたクルルゥは雨の降る音と、雨の匂いを感じた。
VRゴーグルをとると、ゲーム内とは違う、黒髪の凛がこちらを見ていた。
……やっぱり似てる。
リンがコテンと首を傾げた。見すぎたかな。
「もう帰るの?」
「うん」
「傘は?」
「無い、でも大丈夫。家近いし」
「それ、何が大丈夫なのさ。送るよ、家まで。凛ともうちょっと喋ってたいし、友達を濡れネズミで帰すような薄情者にはなりたくないしさ」
「……そう。ありがと、よろしく」
凛が持ってきたVRゴーグルを袋に入れた。ボクは袋を持って、玄関から大きめの傘をとってさす。
ボク一人ならば大きすぎるが、二人ではいるなら丁度いい。
「ほら、帰ろ」
凛を呼ぶ。
凛がスススと傘に入ってきた。
帰り路に話すのはやっぱりさっきまでやっていたゲーム、ドラゴンズナイトのことだった。ボクたちの冒険はまだまだ始まったばかりである。これからはきっと、もっと壮大なことが起きるだろう。
ボクはアサペンさんのことを凛にまだ話してないことを思い出した。
まっ、次のゲームのときに話せばいいでしょ。
隣の凛からぼそっと「課題、やったの?」と聞かれた。
久羽の顔から血の気が引く。忘れてたぁーという情けない叫びが、雨の降る音に溶けて消えた。
空には、重く黒い雲が広がっている。