クルルゥはごるふぃに向かって落ちていく。クルルゥの周りの景色が目まぐるしく変わっていく。
クルルゥは重力にしたがった自由落下の真っ最中だった。胸元に抱えるようにして持つナイフが鈍く光る。
ベストは一撃で決めること。最悪なのは上空からの強襲に気づかれて迎撃されること。空中ではやはり相手の攻撃を避けづらい。
このイチかバチかの襲撃は一体どちらに転ぶか。気づかれなければ、勝負が決まる。まさしく会心の一撃なのだが、クルルゥにはほとんど確信に近い嫌な予感があった。クルルゥはその予感から目を背けようと、何度も自分の成功をイメージした。ただ、嫌な予感はクルルゥの心に既に芽吹いている。
ごるふぃならば気づく。
緑のスモックパーカーが強烈な風になびく。下ではごるふぃの放つレーザーがチュイィンと音をたてていた。幾度となくレーザー光線によってブロック状にされてきたクルルゥにとっては聞き馴染みのある嫌な音だ。
再び、浮遊と推進を発動させて落下速度を調整した。スモックパーカーが下からの強い風でなびく音を軽減するためである。下では光線による破壊音が鳴り響いているが、万全を期した形であった。
ここまではうまくいってる。イケる、イケる。大丈夫。勝てるっ。ごるふぃの首にナイフを突き立てる。そうすれば──ー
そう、気が緩んだことが悪なのか。
その寸刻、ごるふぃがバッとこちらを急に振り返った。前触れもない、本当に突然のこと。
脳内で伊達メガネをクイクイする凛が言う。
「悪い予感は大体あたるよ」
なんでばれたやばいバレたどうする、頭の中で言葉がぐるぐると回る。バレるようなことは何もないはず、それなのにどうして!?
クルルゥは一瞬呆けてしまう。
ごるふぃの目が私を捉えて、大きく見開いた。口角が上がる。
金魚の一体がこちらを見た。金魚の口に光が灯る。
ーッ加速!
推進の力をフルスロットルで発動、光線の前に倒す!
そう意気込むも光線のほうが数段早い、咄嗟に体を反らす。やにわに左足に違和感。
持ってかれたっ
直撃は避けたものの左足が撃ち抜かれたことを悟る。しかしクルルゥは落下しながら迫っている。急所の首や頭に一撃叩き込めば落下速度も相まって、紙装甲のごるふぃならば一撃だ。だが、ごるふぃの光線にはまだ次がある。左足を貫通する光線がごるふぃの思惑に沿って動き出す。光線がクルルゥを両断しようと迫る。
左足はもう無理だと判断したクルルゥは自らで左脚の腿から下を切り飛ばし、空間ごとまとめて固定した。
左足を貫いたレーザーは足と空間の壁で止まる。ごるふぃとの距離がさらに縮む。
常軌を逸する駆け引きは、刹那であっても劇薬であった。クルルゥは自分が今どんな顔をしているのか分からない。
頭の中のゴチャゴチャやグチャグチャはもうなくなっていた。勝ちたい気持ちとも違う、もっと根源的な感情がクルルゥの中にはたしかにあった。
ごるふぃのレーザーは5本ある、1体は止めたものの、それで終わるようならばランカーにごるふぃなんて居ない。5体という極地に至るのがランカーであり、ごるふぃであった。
ただ、依然、分はクルルゥにある。
ごるふぃの後ろの4体の金魚たちもこちらに標準合わせた、だがまだ口の中に光がない。唐突な方向転換など、ごるふぃ自身が降ってくるクルルゥを迎撃しつつ、他のレーザーも用意するというマルチタスクにラグが生じたからであろう。
数秒後には発射されるだろうが、それならボクのほうが速い!
ごるふぃは鼻にシワを寄せて、金魚の操作を放棄した。クルルゥという名の危機が迫る以上、そんな悠長なことはできない。
両手を頭の上で交差させつつ、バックステップで後方に退こうとする。
──ー関係ない
まとめてぶった斬ろうとクルルゥはナイフを振るう。ごるふぃの退く先を完璧に予測し、推進を発動、合わせる。脳内はいやに静かだった。
殺った、脳裏に勝利までの軌跡が浮かぶ。自分のナイフがごるふぃを両断するのを幻視した。勝ちを確信する。
しかし予測とは変わって、ごるふぃはその場で大きく体勢を崩した。足がもつれて転んだのだ。予測に沿った、完璧な道筋からの脱却を余儀なくされる。
クルルゥも体をひねって無理な体勢になりながらもごるふぃの脳天へナイフの切っ先を向ける。
ナイフがごるふぃの細く白い腕を容易く切り飛ばす。だが、顔を浅く斬ることに終わった。
殺しきれなかったことにギザギザの歯を歯噛みする。
地面に激突すれば、負けるのはクルルゥだ。脳を限界まで絞り浮遊を使う、身体の左側を下にする。
左足がないおかげか、体のどこもぶつからずにギリギリ静止した。すぐさま、ごるふぃの方へ自分の体を推進で発射した。ゲームはまだ終わっていない。
ごるふぃならばこの隙に立て直しているはず、左足がない以上、長期決戦は望めない、ここで決めるしかない。
そう思い、ごるふぃの方に向き直ると、ごるふぃは地面にへたり込んで両手を上げていた。想像とは全く違うその姿にクルルゥの困惑が最高潮に達する。
「降参や、こーさん」
浮遊でぷかぷか浮かびながら驚くクルルゥに気にせず続けるごるふぃ。
「あれほんとやったら私もう死んでるし、何よりあんなダサい生き残り方してもうて恥ずいわ」
「えぇ……」
とクルルゥ。
そんなクルルゥをほほほと笑い、ごるふぃは笑ってきっぱりとこう言った。
「上から来るのもビビったし、今回は私の負けやな……まあ、次は負けへんで!」
ってかよく上から来れたね、怖かったやろ。と笑うごるふぃに反応せず、「あっ……」というクルルゥ。そんなクルルゥにどしたん? と不思議そうにごるふぃが聞く。
クルルゥはおずおずときりだす。
「実はさ、今日でこのゲームお休みするんだよね、リア友と別ゲーやる兼ね合いでさ」
この告白にごるふぃも驚きで目を見開いた。「そっかあ」と小さく呟く。「そうなんかぁ」ともう一度。
ほなこれがラストやったんか……と寂しげな様子にワタワタと慌てるクルルゥ。
「別にもう辞めるってわけじゃないよ、ちょっとお休みするってだけだから。ボクもこのゲーム好きだし、ごるふぃとも会いたいしさ」
その言葉に一転、嬉しそうに笑うごるふぃ。
「それは光栄やな。あーでもほんなら最後まで戦ったほうが良かったなぁ、降参しなけりゃ良かったわ」
悔やむごるふぃにクルルゥはこう告げた。
「それならさ、もう一回戦わない?」
ごるふぃは小首をかしげた。黒髪と対比的な白い肌が相まってお人形さんみたいであった。
意外にも、クルルゥとごるふぃは今まで一日に一回しか戦ってこなかった。お互いの消耗もあるし、負けたクルルゥが逃げ帰るのもある。そもそもクルルゥは基本こんな早い時間にログインしたことはなかったし、勝負が終わったあとは二人で長時間お話するのも定番だった。
「それ、ええなぁ」
ごるふぃは噛みしめるように言った。まるで頭の中になかった発想だった。目からウロコが落ちたかのようだった。
試合の終了は、まるで示し合わせたかのように。
金魚の口に眩いほどの光が溜まっていく。クルルゥはナイフを構え直した。
お互い、この戦いに決着をつけるのが、どちらが勝者でどちらが敗者か、決めるのが嫌だった。
クルルゥのナイフがごるふぃの首に突き刺さったその瞬間。クルルゥの心臓部分を金魚の口から発射されたレーザーが貫いた。
二人の対戦で、初めての引き分けであった。