何が正義で、何が悪か。
それは誰にも分からないし、そして仕方ないことだ。だからこそ、人はせめて〝正しく〟在ろうとする。その正しさは個人のものだ。どんな理念、どんな理想、どんな思想か。それは人それぞれで、答えなど在りはしないのだろう。
「それでは最後に……お前の掲げる〝正義〟は何だ」
故に、今度こそ。
この二度目の人生では、そう在りたいと思った。それは問われたように掲げるものではなく、人生観にも似たものでしかない。まぁ、この場でそんなこと言ってもどうせ伝わらないので、俺はその問いに簡単に答えることにした。
「掲げるのは、〝真っ当な正義〟です。
一人の人間として正しく、人と海を守りたい」
それがただの真摯な願いとして受け取られたのか、白い正義のコートを羽織った初老の面接官は静かに頷いて、机上の資料に俺の言葉を書き加えた。そう感じるように仕向けたのは俺だが、まぁ別に問題ないだろう。どうせ気にされるようなことでもなかろうし。
そうして軍服の面接官は俺と資料を交互に見合せ、小さな笑みをその頬に浮かべた。
「うむ! 合格だ。その心意気や良し、
我等海軍に入隊するに相応しいものだな。
これからも、その正義を忘れぬように」
「ありがとうございます!」
その言葉に、立ち上がって敬礼を返す。
面接となればやはり緊張はするし、それに合格されれば嬉しいものだ。その緊張も少し解け、敬礼と同時に息が漏れた。それに、面接官も頬を緩める。
「ははは。頑張ってくれたまえ。
君のような意気込みの入隊希望も少なくなった。
海賊への復讐だの、海のゴミを取り除きたいだの……
怨みもいいが、我らは元より治安維持組織なのだ。
今の時代は、それも悪いとは言えなくなったがね」
彼の笑みはすぐに溜め息に変わってしまい、この大海賊時代への悲嘆を感じさせる。確かに、分からなくもない。この東の海、イーストブルーでも、この島が広い群島のようになっているとはいえ、毎日のように海賊の襲撃事件が聞こえてくる。
特に最近よく聞こえてくる〝海の辻斬り〟の事件を思い返していると、彼ははっとしたように顔を上げた。
「おっと、すまないね。めでたい時にこんな話を。
年寄りの悪い癖だ、許してくれたまえ」
「いえ、とんでもありません。
それにこの海も日夜、事件が絶えませんから」
「あぁ、そのためにも君や皆の活躍に期待している。
私だけでなく、この名もない群島の人々もね」
「はい、頑張ります」
「うむ。……仔細は後を追って伝えよう。
今日のところは家に戻り、身体を休めるといい。
─────明日からは、激務だぞ? ははは」
「……了解しました!」
目を潜めて言う彼に、再度敬礼を返す。
そうして、俺の海軍入隊の面接は終わりを告げた。
死んで生まれ変わった先は、前世では世界中で人気を博していたワンピースという漫画の世界。一繋ぎの大秘宝ワンピースを求めて海賊たちが海をゆく、そんな話だった。そんな話の中で出てくるのが、先ほど面接官の言っていた海の治安維持組織、海軍だ。
この大海賊時代、海のどこにでも湧いて出る海賊たちを追いかけ捕縛する、まぁ苦労の絶えない組織であるのだが、それでも海軍は絶対的正義を掲げている。組織全体が本当にそうかは、まぁともかくとして。
この海の中でも比較的平和なここ、
「───、────さ!」
入隊から5年。俺もこの世界に生まれて23になった。それでも何度も海賊たちと交戦して、なんとかかんとか生き残ったり死にかけたりした。そのせいで傷だらけではあるが手柄も立て、昇進もそれなりに多く、いつの間にか、この東の海の海軍支部から
「大佐!!!」
「うおあ!!? なになにどうした!?
海賊の襲撃でもあった!!? ごめんね!!」
「あ、いえ、海賊の襲撃ではないのですが……
ご心配をかけ申し訳ありません」
部下の呼び掛けにびっくりして椅子から飛び起きる。どうやら寝惚けたまま考え込んでしまっていたようだ。襲撃じゃないなら良かった。危うく腰の剣と銃に手をかけそうになり、ゆるゆると手を離していく。軍船内部で支部大佐が暴発とか色んな意味で危なすぎる。
「あー……悪い、謝んないでくれよ」
申し訳なさそうにする部下の一人にそう言って、船室の椅子から立ち上がる。そして正義のコートを取って羽織り、欠伸を1つ。そうして目元を腕で擦りながら、俺は改めて、半ば呆れ気味な部下に向き合った。
「あの……大佐。要件とは関係ない話ですが、
その、本部では決してそのような態度は……」
「……うん、直すわ。怖い人多いからね。
もしかしたら文字通り首が飛ぶかもだし」
「そうなさって下さい……我々、どうも心配で」
「あははは、いい部下を持ったもんだよ。
どう? お前らも一緒に本部行かない?」
「嫌です。我々もあの島々が気に入ってるので」
真顔で断られる。いい部下?
まぁそれはともかくとして、机上の海図に目を移す。巨大なレッドラインが目を引き、その手前にローグタウン、更にその手前辺りに俺たちがいた群島がある。そりゃ海賊も多いよねって話だ。
「俺の下にいるんだからその反応は当然か。
調子乗るみたいだけど俺いなくなって大丈夫?」
「恐らく大丈夫かと。
死線を潜っているのは我々も同じですし、
その死線を自ら正面突破しようとする大佐が
おかしいだけかと……本当になんで生きてんです?」
「最後は一月前だっけ?
海賊船の大砲直撃したけど生きてたわ、あはは」
「そこから海賊の6割を一人で捕縛……不死身ですか?」
「不死身なのは俺じゃなくて〝辻斬り〟だな」
「!!」
俺の放った〝辻斬り〟という単語に、彼は顔を強ばらせて息を飲む。少しふざけたつもりだったが、言い過ぎたようだ。1年前の巡回での遭遇・戦闘は、やはり部下の皆にも衝撃的だったらしい。一つ息をついて、机上に置いてあった水筒を掴んで彼に投げ渡す。彼はそれを器用にキャッチし、顔を伏せた。
「ありがとう、ございます……」
そう言って彼は水筒の水を飲むと、呼吸を整え直した。どうやら少しは落ち着いたらしい。やるよ、とそう言ってやると、再度ありがとうございます、という言葉と共に、彼は水筒を船室の入口近くの棚の上に置いた。
「……あいつも偉大なる航路に向かうらしい。
俺に、追ってこい、とも言ってた」
「本気で、追うのですか?」
「そうだな。あいつは多分……
放置してたらとんでもないことになる」
そう答えると、彼はまた俯いてしまう。
その肩は震えており、以前の恐怖をまた思い返しているようだった。事実、あの時の俺も足が震えた。
「奴は、いえ、アレは……危険過ぎます。
海賊も我ら海軍も見境なく襲い、船を奪っては、
また新たな獲物を見つけて、襲いかかる………」
「辻斬りの所以だな。
全く、ふざけた野郎だよ。女だったけど」
「………女には、見えませんでした。
あれは、もはや……悪魔としか、言い様がない」
彼の恐怖の言葉を聞き終えて、また机上に目を向ける。そこにあるのは、写真も名前もない手配書。名前欄にはただ『辻斬り』とだけ刻まれており、その懸賞金は100万ベリー。東の海の強者の中でも少ない方だろうが、〝辻斬り〟は海上から離れない。島には決して危害は加えないのだが、見かけた船には乗っているのが誰であろうと容赦なく襲いかかり、船員を皆殺しにした後、その船を貨物ごと奪ってまた海を漂う。
懸賞金は市民への危険度も含まれている。海に出ない限りは襲われない故に、今まではその正体も分からず、賞金もかけられなかった。だが1年前、あの面接官……群島基地を統括する海軍本部元中将が殺され、その後生き延びた俺たちが撤退しその正体を確定させたことで、遂に賞金がかけられたのだ。
俺がそいつを追っているのは、その人の敵討ちでもある。あの人には世話になったし、鍛えてくれた師でもあった。個人的な恨みなのだが、辻斬りは俺に確かに『追ってこい』と言った。その次の行く先は、偉大なる航路だということも。
「話を戻そうか。それで、要件は?」
「あ………はい。目的地であるローグタウンが、
そろそろ見えてくる頃であると、航海士から。
そして海軍本部の、スモーカー大佐がお待ちだと」
部下の口から、懐かしい名前が出てくる。前世じゃ漫画はそれなりに読んでいたし、その彼のことは未だ記憶にも残っている。物理を無効化する自然系の悪魔の実、モクモクの実を食べた〝煙人間〟。
「スモーカー大佐、ね」
その名前を反芻し、俺は船室から出る。
空と海の、その先に、ローグタウンが見えてきた。
そして、声が聞こえてくる。
「ナガクラ大佐、ローグタウンが見えて来ました!!
出立の準備をお願いします!!」
「はいよー」
名前を呼ばれ、腰の剣と銃に手を添える。
準備なんてこんなもんでいいだろう。
さて、〝辻斬り〟を追わせてもらえるよう、どうにかケムリンを説得しなければ。